ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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06.ノスタルジア・トーキング

 沙条愛歌は、一人であった。

 耐久度『★』を誇るシールドの解除方法に目星をつけ、迷宮の探索はおおよそ順調と言えるだろう。

 あの騒動のあと、一度サクラ迷宮へと足を踏み入れたが、遠坂凛とは出会わなかった。

 めぼしいものはといえば、ランサーの建造したと思われる“拷問施設”。

 

 彼女の真名を思えば実に“らしい”と言わざるを得ない悪趣味なそれを探索した後、現在は休憩中である。

 旧校舎にて、愛歌は羽根を伸ばしている、というわけだ。

 

 とはいっても、愛歌はあまり他者と顔を合わせての交流は嗜まないタイプではある。

 現在はセイバーとも別れ、一人旧校舎を散策している。

 はっきりとした目的があるわけではないが、こういうものは時間が潰せればそれで良いのだ。

 

 ――旧校舎の空気はなんと呼ぶべきだろう、静まり返っていた。

 決して人の気配がないわけではない。

 むしろ、この小さな校舎には十分すぎるほど、常に気配は側にあると言って良い。

 

 だけれども、どこかそこは人気の少ない――マスターの消えた表の校舎のようだと、セイバーは評していた。

 言うなれば生気がないのだ。

 人が生きた心地がしない。

 

 コレがなかなか複雑なもので、莫大なムーンセルの演算量によって成り立つNPC達は、誰もが本当の人間のようだ。

 けれども、決定的にNPCとマスター――つまり人間との間には壁がある。

 

 それは人としては逸脱した位置にある愛歌ですら、まだ“人間味がある”と言えるほど。

 間桐桜を思い返せば解ることだが、NPC達には意思がないのである。

 どれだけ人間らしい思考をしていても、決定的に人間とは違う。

 彼らは“決定”ができないのだ。

 

 それ故に、どうしてもこの場所は静まり返ってしまう。

 

 とはいえそれは、この校舎の空気が淀まないということでもある。

 現状、考えれば考えるほど絶望的な状況だ。

 無論NPCにも言えることなのだが、彼ら彼女らは、それを人と同じように絶望視したりはしない。

 少なくとも、彼らがどのように考えようと、それは人の気配を乱さないのだ。

 

 故にか、静寂に満ちた旧校舎は、その姿にふさわしい郷愁に満ちていた。

 ノスタルジアを纏った幻想は、この世界を美しく飾り立てるのである。

 

 ――愛歌は、ふと用務員室に続く廊下を通りかかった。

 本来の彼女であればそこに立ち寄る用事はない。

 だが、その時はなぜだか引き寄せられた。

 

 原因は、おそらく明白だろう。

 

 

 ――――そこには蒼銀のセイバー、騎士王アーサーがいたのだ。

 

 

 窓辺から外を眺めている。

 どこか物憂げな顔、整った顔立ち故に、少女であればそれに意識をときめかせるものだろう。

 愛歌もどこか嬉しそうに口元を歪め、転移により彼の背後に回る。

 そうして声をかけようとするよりも“はやく”、セイバーは愛歌へと振り返った。

 

「……おや、君か。どうしたんだい、こんなところで」

 

 愛歌の存在には気がついても、その正体にはたどり着かなかった。

 彼の直感が後方へ少女が到来したことを告げたのだろう。

 

「こんにちわ。今は手が空いているものだから、少し散歩をしているの」

 

 騎士さまは? と愛歌は問い返す。

 

「私は……まぁ、似たような理由さ。生憎と、この時代に適応した作業が出来なくてね、戦力外を通達されてしまった」

 

 電脳の世界における霊子ハッカーたちの技術は、旧来の魔術とはすこしばかり種類が違うものだ。

 根本的には違わずとも、行使の方法などは現代式に組み替えられている。

 ただでさえ魔術に疎い騎士王が、戦力にならないのも当然か。

 

「それは仕方がないことだと思うわ。だって騎士さまはその剣を振るう時が一番かっこいいわ。それに、それが貴方の役割なのだから」

 

 なんでも一人で、というのはあまり関心しない、と愛歌は語る。

 ――その、“なんでも一人で”できてしまうのが愛歌なのだが、現在の彼女は生徒会ヘバックアップを頼っている。

 そんな愛歌が言うのだ、ハハ、と苦笑しつつも騎士王に否定など不可能だ。

 

「それでも、申し訳なく思ってしまうんだよ。……こまった性分だ」

 

 思わず頬を掻きながら、ふと騎士王は思考する。

 愛歌は聖剣を手にし、それを振るう騎士王が最も麗しいと語った。

 それは確かにそうなのかもしれない。

 騎士王自身はよくわからないが、幼い少女は――白馬の王子様に憧れる少女は、きっとそれに憧れ夢を見るのだろう。

 

 ――愛歌もまたそんな少女なのだ。

 そういえば、と思い出す。

 こうして目の前で騎士王に笑みを見せる少女は、確か――――

 

「そうだ、少し疑問なのだけれども、聞いてもいいかな?」

 

「なぁに? なんでも聞いて? なんでも答えるわ」

 

 ――なんでも、と少女は言った。

 “文字通り”この少女なら、本当になんでも答えてしまえるのだろう。

 流石に、この異変の原因を問いかけても、帰ってくるのは推測だろうが――

 

 ――やもすれば、その推測すら、実際に正解なのかもしれない。

 

 そう錯覚してしまうほど、彼女の言葉には嘘がない。

 ――全能。

 もしくは、全知。

 万能すらも超えたそれは、きっと彼女の存在そのものだ。

 

 だとすれば、そんな少女は、

 

 

「――――私の事を、君は一体どう思っているんだい?」

 

 

 いや、と騎士王は訂正する。

 

「何も私のことでなくともいい、例えば彼女、遠坂凛、例えば私のマスター、レオ。セイバーや、せっかくなら間桐桜であって構わない。だれでもいいんだ。君は、その誰かを、一体どう思っているのかな」

 

 それは、知識だとか、理解だとか、そういう話ではなく。

 単なる感情、印象の話を問いかけている。

 

 好き、嫌い、――何でもいい。

 そういった人間として持っているべき当然のものを、あえて騎士王は問いかけているのだ。

 

「そう、ねぇ……」

 

 愛歌の思考の中には、例として挙げられた者達の顔が浮かんだ。

 彼らに対し、愛歌は幾度も言葉を投げかけた。

 その中には彼らを“理解”する言葉も、彼らを“表現”する言葉もあった。

 

 だがしかし、そこに愛歌の感情が伴っていたかといえば――

 

 

「――――よく、解らないわ」

 

 

 ――答えは、否である。

 

「解らない? それはどうしてかな。普通なら、人と向き合って好悪を抱かないということは至難の技だ」

 

 友人と顔を合わせれば、親しくその友人に語りかけるのが当然だ。

 敵対者と相対すれば、そこには憎々しげな視線が伴うことは必然である。

 誰かが誰かに触れる時、そこには素直な感情が伴うのが、自然でなければならない。

 

 それが無い、“解らない”とはつまりそういうことだ。

 

 それではまるで、まったくもって――人間らしくないではないか。

 

 しかし、

 

 それは、騎士王にとっても想定通りの返答であった。

 愛歌は騎士王の追及に答えない。

 不思議そうに首を傾げている。

 

 この答えを、騎士王は“あの時”から予想していたのだ。

 

 月の表、記憶の中における聖杯戦争の終盤で語った愛歌の言葉。

 

“「だって、女の子なら、王子さまに連れ去られることを、一度は夢見るものなのでしょう?」”

 

 どうしようもなく意識にこびりついたそれは、おおよそ騎士王の想像通りに愛歌の解答を引き出した。

 

「そうはいってもね、難しいわ。だってこうして話をしている間にも、貴方も、そして私も感情を無限に変えてゆくでしょう? 貴方の問いかけは果たして疑問? それとも確信? それすら私には正確な判断を下せないの」

 

 愛歌はそう、つらつらと語る。

 ――なんとなく、解らないでもない。

 

 きっと、沙条愛歌という少女にとって感情というものは“解りすぎる”のだ。

 故に、解らない。

 砂漠の中から、砂粒を見つける作業は、無謀の極み。

 “全能”であるがゆえに、愛歌は感情をそう消化してしまうのだ。

 

 さしもの愛歌とて他人の心が読める訳ではない。

 故に、彼女の中の考えが、こんがらがってしまう。

 

「――昔は、こんなことはなかったの。何時からか、どうしても考えすぎてしまうようになって……何でかしらね」

 

「さて。別にそう難しく考える必要はないだ。重要なのは相手を解かろうとする心だ」

 

 少しだけ、優しげな苦笑。

 まるで幼い少女を見守る父のようなそれは、愛歌からしてみれば少し不快だ。

 ただ、その不快さも心地よくはあるのだが。

 

「……解かろうとする心?」

 

 むぅ、と頬をふくらませながらも騎士王を見上げ、同時に反芻する。

 それこそ愛歌にはよくわからない。

 

「目と目を合わせて話をすること。相手と真摯に向き合うこと。誰かを慮ろうとすること。なんだっていい、誰かのために、その誰かが言いたいことを、理解しようと努力する」

 

「でも、何も解らなければ意味が無いじゃない」

 

 そんなことはない、騎士王は愛歌の言葉を解きほぐすように左右に首を振って否定する。

 

「別にわからなくともいい。解かろうとすることが相手に伝わればいいんだ。――誠意、と言うべきかな。誠意を見せる、何も対話というのは理解ではない、まごころだ」

 

「……まごころ」

 

 まごころ、まごころ、と何度もその単語を繰り返し。

 

「そう、わかったわ」

 

 ふわりと、そんな風に優しげな笑みで、愛歌は答えるのだ。

 それは、そよ風に花びらが薙がれるような、そんな光景であった。

 

 ふと、騎士王は目を細める。

 目の前の少女は、聖杯戦争を勝ち抜くマスターの一人だ。

 彼女は多くのマスターたちの夢の上に立ってここにいる。

 それはどこまでも非情であり、無常なことだ。

 

 けれども、こうして笑う少女は、本当に何処にでも居る。

 ――幼く可憐な、少女に見えてならない。

 生徒会長として他者を巻き込んではしゃぐレオのように。

 これが彼女の、ようやくかいま見えた人間性、なのだろう。

 

「そこで、改めて問いたい。君は、私たちとこうして言葉を交わして、どう感じた? 好きでも、嫌いでも、なんでもいい。君の正直な言葉が聞きたいんだ」

 

「わたし、は――」

 

 愛歌は困ったように言いよどむ。

 ぽつり、ぽつりと、小さな声が騎士王にも届く。

 か細いそれは、どうやら言葉を選んでいるようだった。

 好き――大切――ありがたい。

 どれも、彼女はしっくり来ていないようだった。

 

 まだ、彼女は正しく騎士王の言葉を理解したわけではないのだろう。

 当然だ、いきなり言われたことを、そのまま即座に実践できるものはそういない。

 愛歌は本来であれば、その例外にあってもおかしくはない。

 けれども人を理解するということに関しては、どうしようもなく少女は苦手意識を覚えている。

 

 それが、彼女の全知を妨げているのだとすれば――

 

(――決して、悪いものとは思えない)

 

 のだ。

 結局のところ、悩むことそれ自体は間違いではない。

 それに、こうして考え、選ぼうとしていることは好印象だ。

 だとすれば、間違いでは決して無いのだろう。

 

 そう考えているうちに、愛歌は思索の海から抜けだして顔を上げる。

 

「そうね、多分だけれど……」

 

 一度だけ言葉を止めて、それから彼女は、

 

 

「――――嫌いではない、のだと思うわ」

 

 

 うん、と納得したように、言い切った。

 

「と、いうと?」

 

 少しだけ踏み込んで、騎士王は問う。

 

「わたしとまっすぐ向き合ってくれる人は、わたしがまっすぐ向かいたいと思う人。ほら、そんな人は、きっと嫌いにはなれないでしょう?」

 

 ――“まごころ”を込めて、相対するのだ。

 そんな相手は、きっと嫌えない。

 

「それはもう、好きと言い切ってしまっていいと思うのだけどね」

 

 嫌いではないから、好きというのはまた違うとは思うのだが。

 愛歌の言葉を聞く限り、その語り方を聞く限り、騎士王にはそれが“好きである”と言い切ってしまって良いのだと思うが。

 

「それを言ってしまうのは、また違う気がするのよね」

 

 そう愛歌は否定する。

 きっと彼女のこだわりなのだろう。

 

 ――それを知るのが、対話というものなのだ。

 

 ならば、今はきっとそれで良い。

 

 騎士王は自分の中の小さく無い成果に、そう満足してみせるのだった。




 緑茶の顔のない王みたいな。
 ダジャレではない。

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