ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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45.女王の肚の下

 一閃、真横からの回し蹴り。

 

 一閃、下からすくい上げられてくる拳。

 

 致死でもって迫るそれらを、セイバーは適確に避けていく。

 後方へ飛び去りながら、実によくセイバーは踊っていた。

 サイドへのステップなど手慣れたものだ。

 これで彼女にダンスの経験がないというのだから恐れ入る。

 

 回避に専念していたセイバーが、その足を止める。

 拳は直線的に迫っていた。

 ――セイバーにはてんでそれが見えてはいないが、愛歌の指示だ。

 それに合わせるように、カウンター。

 剣をアサシンに差し込みにかかる。

 

 両者の一撃は、直撃の寸前に避けられたようであった。

 流石に、攻勢に出ていれば多少でもセイバーは解る。

 自分の耳元を、拳は通り過ぎていった。

 

 セイバーが後退し、アサシンからの追撃はない。

 互いに殺気を放ちながら沈黙すると、ゆっくりとそのままその場に静止する。

 

 ――先程から、戦闘は概ね平行線で推移していた。

 苛烈なまでのアサシンの武闘に、可憐なほどのセイバーの舞踊。

 どちらも極限の才気に支えられた一連の攻防は、端から見ている分にはいっそ芸術とすら言えるだろう。

 アサシンの姿は何処にも見えないのだ。

 しかし、それなのにアサシンの一撃を美しいと思ってしまうほど、セイバーの回避は美に満ちていた。

 

 とはいえ、この場でそれに感銘を受ける者はいない。

 あくまでユリウスは冷静に戦場を俯瞰しているし、愛歌は逆に彼女らしくもないほどに集中し、戦場に意識を傾倒している。

 無理もなかろう、彼女は現在、透明とかしたアサシンの姿を、感覚のみで追いかけているのだから。

 その負担は、通常彼女が負う負担の比ではない。

 

 しかし、それに増して今の彼女は実に不気味だ。

 ただ行動が無いというのはそれだけで不可解ではあるが――この状況に、一切の怯みがないというのもまた異様。

 

 セイバーとアサシンが高速で演舞を見せる戦場の端で、愛歌は一人、佇んでいる。

 

 

 ◆

 

 

(――アサシン、あの娘を止めろ)

 

 ユリウスが念話にてアサシンに命ずる。

 中央では未だ、アサシンの猛攻が続いていた。

 時折セイバーが反撃し、それをアサシンは往なしているものの、終始戦場はアサシンのペースである。

 

 返答の余裕は、十分にあった。

 

(無茶を言うな。あ奴は今戦場におらん。あちらから仕掛けてくれば反撃も可能だが、そうでなくてはムーンセルがそれを許さんぞ)

 

 アサシンの言葉は最もだ。

 基本、決戦場での敵マスターへのサーヴァントの攻撃は禁じられている。

 愛歌の場合はそうではないが、それは基本、愛歌が戦場に自分から仕掛けてきているがために、“巻き添えにする”ことが許されているに過ぎないのだ。

 要するに、流れ弾で死んでも、それはマスターの責任というわけだ。

 

 ルールを敷設し、それに基づき裁定を下すが、その手法はどこか無機質。

 実にムーンセルらしい対処の仕方と言える。

 

(その程度の反則(ルールブレイク)ならば問題はない。俺の特性を忘れたか、アサシン)

 

(おおっと……反則魔に反則を咎めるのは非合理であったな。いや失敬)

 

 アサシンの声はどこか楽しげだ。

 こんな場にあっても、彼はそんな態度を取ってみせる。

 それに思うことはないではないが――まぁ、少なくとも不快ではない。

 

 これでも、四つの戦いをペアとして潜り抜けてきたのだ。

 そこにはバーサーカーでなければ、多少なりとも信頼関係があって然るべきと言える。

 ――それは、セイバーと沙条愛歌にすら言えるのだ。

 

(しかしなぁ。――この主従、そう簡単に守りを破らせてはくれんぞ)

 

 セイバーの動き、愛歌の指示、どちらもが実に巧みな業だ。

 この状態ではセイバーの隙をくぐり抜け、愛歌に襲いかかるのは不可能と言える。

 

(困ったことに、あちらの剣、あれは厄介だ。――少しでも触れてしまえばこちらの気功が乱される。……それは儂にも言えるのだがな)

 

 剣に“何か”が仕込まれていることは、アサシンにも、そしてユリウスにも解る。

 その何かまではユリウスには判断が付かないが、アサシンが“気功を乱す”というのだからその通りなのだろう。

 要するに、圏境を打ち崩してくるのである。

 

 一撃でも触れれば終わり。

 それはアサシンにのみ言えることだ。

 二の打ち要らず――その呼び声に誤りはない。

 故に、ただ圏境を崩されるだけのセイバーのそれと比べれば、優位なのはむしろアサシンなのだが――

 

(それでも、このアドバンテージを崩すわけには行かない、か)

 

(そういうことよな)

 

 ――とはいえ、そのアドバンテージを捨てることさえも、言ってみれば一つの選択肢だ。

 もしもその優位を失ったとして、対愛歌の勝率は零割にはならない。

 それが、アサシンとユリウス、共通の見解だ。

 

 故にこそ彼らが求めるのは必殺の機会。

 まさしくそれこそ、暗殺の理念――こと、一対一の決闘の場でそれは些か滑稽でもあるが、それもまた武の一つ。

 

 一瞬の攻防こそ仕合の醍醐味、そうアサシンは楽しげに語るのだ。

 

 セイバーの懐に飛び込んだアサシンの拳が舞う。

 それ一つ一つは牽制でもあり、フェイントでもあり、布石でもある。

 だが、アサシンの拳は全てが必殺。

 ――故に、二の打ち要らず、一打で殺してしまうがゆえに、アサシンは英霊となったのだ。

 

 しかし、セイバーもまたよく躱す。

 その動きには一切の淀みがなく、よほど愛歌を信頼しているのであろうことが見て取れる。

 でなければ、他者からの指示が実際に行動として現れるのに、一瞬のタイムラグが生じるはずなのだ。

 それが感じられない以上、セイバーは完全に自身を愛歌にあずけていると言っても良いだろう。

 

 必殺の拳がセイバーへと迫り、しかしセイバーは身を落としてそれを回避する。

 そこへ、返すようにセイバーの刃がアサシンへと突出される。

 短剣を構えるような刺突――暗殺のような構え。

 

 それを、アサシンは予めそうするつもりだったかのように回避する。

 否、想定通りの回避なのだ。

 

 一歩後退する、と同時にアサシンは再びセイバーの懐に飛び込む。

 セイバーの剣が揺れた。

 迫るアサシンを振り払うようなそれは、しかし躱され、今度はアサシンがセイバーへと肉薄する。

 

 拳――それは、既のところで避けられた。

 セイバーは、焦りとともに後方にて着地する。

 はぁ、と息が数回乱れたようだ。

 

 セイバーはゆっくりと剣を構え直し、態勢を整える。

 ――ニィ、アサシンは笑みを浮かべる、好戦的な笑み。

 自然と合一化しているためにそれは誰に読み取れることはなかろうが――

 それでも、その殺気はセイバーに伝わったようだ。

 

 苦々しげではあるが、未だ調子を崩さないセイバーと、それを“塗りつぶす”べく殺意を差し向けるアサシン。

 

 しかし、

 

 ――暗殺者としては、武人としては究極の位置にあるアサシンの殺意が、

 

 

 それ以上の、もっとおぞましい何かに、塗りつぶされた。

 

 

 ◆

 

 

 ――――その気配の主が誰であるか、語るまでもない。

 

 沙条愛歌だ。

 

 これまで完全に沈黙していた愛歌の手が躍っていた。

 何かを描くように、それは――セイバーのそれとはまた違う、儀礼が如き演舞である。

 

 異質。

 ――異物、腹の底に、“それ”が溜まっていくのが解る。

 沈殿していくのが、解る。

 

「――何をした、沙条愛歌」

 

 ユリウスが、愛歌へそう呼びかける。

 その答えとばかりに愛歌は楽しそうに笑ってみせる。

 牙を見せるように、うっすらと口を開いて、さもそれは闇に欠けた月のような――

 

 弧を描いた。

 

「さぁ、何かしら」

 

 愛歌は、くるくると、蝶が羽を振るうように、回り始めた。

 その瞳はゆっくりと閉じられて、実に楽しげに、少女は廻転を続ける。

 

「碌でもないもの、といえば、少しそれらしいかしら」

 

 全くもって、愛歌のそれは的を得ていた。

 そうとしか形容のしようがない、殺気とも、また悪意とも違う――ただ、この場にあることを嫌悪させられるかのような。

 

 あぁ、そうだ――これは狂気。

 ユリウスの身体から、無数の正気が抜け落ちていくのだ――!

 

「――アサシン! 今すぐあの娘を破壊しろ! 何としてもだ――!」

 

 思わず叫ぶ、それは、彼の中から溢れだしたのだ。

 焦燥――闇を知る暗殺者は、汚濁すら呑み干すような影に生きるユリウスが、焦っている。

 

「言われずとも解っておるわ!」

 

 アサシンもまた叫び、そして飛び出す。

 目前にはセイバー、彼女の横を通り抜けなければ、愛歌へはたどり着けない。

 同時、セイバーの顔が険しくなる。

 アサシンの気配を感じ取ったのだ。

 

 それは破壊のための一撃――高速でセイバーに迫ったアサシンは、ただ“殺す”ための拳を構えない。

 “壊す”ために振りかぶるのだ。

 

「…………っっ!」

 

 セイバーが息を呑むのが分る。

 今までのそれとは、比べ物にならないほどの破滅の気。

 警戒するのも、無理はない。

 

 ――猛虎硬爬山。

 アサシンが有する対人ではなく、対門――破壊のために運用する絶技。

 

 それをアサシンは、セイバーへ向け放つのだ。

 ただ破壊のみを追求したそれは、純粋な決闘においては無駄の多い一撃だ。

 殺すだけなら触れれば良い、そのアサシンが、態々危険度の高い大技を放つ意味は無い。

 

 もしもそれがあるとすれば――

 

 

 ――フェイント。即座に構え、放たれるはずのそれに身構えたセイバーの横を、アサシンは駆け抜ける。

 

 

「なっ――!」

 

 思わず、といった様子でセイバーから声が漏れた。

 何を、などとは言わない。

 その目的はあまりにも明らかだ。

 

 ――してやられた。

 その表情が反転するセイバーから見て取れた。

 

 アサシンらしからぬ一撃を警戒してしまった。

 その警戒を逆手に取られ、横を抜けられたのだ。

 ありもしない連撃を幻視した。

 ――故に、構え、そしてそのまま硬直してしまった。

 

 完全に、セイバーの失態である。

 

 かくして、愛歌とアサシン、両者を取り巻く全てが消え去った。

 後には、空気に溶け消えたアサシンと、くるりと踊る愛歌のみ。

 

 一撃で殺すアサシンの一打は、高速でもって愛歌へ迫り――

 

 

 しかし、それすら愛歌は回避した。

 

 

 まるで既にそれをまっていたかのように。

 空間転移――おそらくは、最初からこのタイミングで転移するようセットしていたのだ。

 アサシンの行動を全て読み切った上で、計算した上で――!

 

「ほぉう!」

 

 瞠目するアサシン、身を翻し、その視線は愛歌を追った。

 

 アリーナの端から、愛歌は中央へと躍り出る。宙に身を投げだした彼女は、つま先から水面に立つかのように着地する。

 同時――地が、揺れた。

 

 

 ――――決戦場の地面が、黒く、歪つなものへと変色する。

 

 

 空気どころではない、世界すらも変質していく。

 愛歌という存在に――塗りつぶされていく。

 

 ふと、停止した戦場で、何かがカラカラと揺れる音がした。

 足元――アサシンからだ。

 先ほどまでは存在しなかった何か。

 暗がりに隠れたそれは――

 

 ――“遺骸”。

 

 無数の骨が、アサシンの足元――否、このアリーナ全てに散らばっていた。

 否、足元全てが白骨と化したのだ。

 決戦場そのものが変質するそれは、つまり――

 

「――結界か!」

 

 ユリウスが叫ぶ。

 

 ――ニィ。

 

 愛歌の笑みが、より一層強められた。

 

 

「――――■■■■(血に注ぐ)

 

 

 それは、言語ではなかった。

 愛歌の口から、“何か”が紡がれ、ささやかれる。

 

 その度に、世界は震え、周囲は異様な終焉に近い気配を帯びていく。

 

 

「――■■■■(神に注ぐ)■■■■■(悪魔に注ぐ)■■■■■(大地に注ぐ)

 

 

 ユリウスの瞳が見開かれる。

 ――そこには、ありありと新鮮な“恐怖”の色が見て取れた。

 

 

■■■■■■■■■(ここに交わりて四度)■■■■■■■■■■(祈り叫ぶ咆哮とならん)

 

 

 アサシンの表情は――困惑か。

 これほどの狂気、いかに対処したものか。

 彼はあくまでそう、考えている。

 

 

■■■■■■■■■■(我が身に宿る原初の芽)■■■■■■■■■■(その身に眠る終焉の花)■■■■■■(永久に変わり)■■■■■■(須臾へと至る)

 

 

 ――愛歌は、ただ詠う。

 それが、さながら彼女自身であるかのような――

 

 

■■■■■■■■■■■(始まりにして終わりの祖)■■■■■■■■(全にして一なる母)

 

 

 やがて、それらは愛歌を中心に完成していく。

 塗り替えられていく世界――さながら、世界そのものが愛歌に塗りつぶされていくかのような。

 

 

■■(杯よ)■■■■■■(栄光は満ちた)

 

 

 セイバーは、ただその光景を見守っていた。

 それは幻想に魅入られるかのようである。

 

 魔に、引きいられるかのようでもあった。

 

 

■■■■■(これより汝)■■■■■■■■■(常世を包む肚となれ)――――」

 

 

 愛歌の胸元が大きく開け、そこに浮かんだ令呪を“伝う”ように、“黒”そのものとしか形容できない何かが漏れだしていく。

 

 やがてそれは光のように辺りを包み、そして――

 

 

「――――――――怪獣女王(ポトニア・テローン)

 

 

 それがアサシンの後方にすら行き渡った頃。

 

 

 沙条愛歌の世界が、完成する。


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