ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
沙条愛歌は天才である。
それは誰もが否定はしないだろう。
サーヴァントと互角に渡り合う戦闘能力。
マイルームを自分の思うがままに改造する霊子ハッカーとしての実力。
三回戦では、料理の腕まで披露された。
おそらく少女に不可能はないのだろう。
一種の全能と呼べるそれは、彼女が“沙条愛歌”であることの証明でもあった。
誰もが沙条愛歌を全能であると認めるだろう。
一回戦の対戦相手、間桐慎二はその絶対性に惚れ込んでいたし、二回戦のダン・ブラックモアはその異常性を悪魔と呼んだ。
愛歌と最も親しい遠坂凛とて常に愛歌が万能以上であることを自覚してきただろう。
赤きセイバー――EXランクの皇帝特権という真の天才としてのスキルを有するネロ・クラウディウスですら、自分以上の才を持つのだと、理解せざるを得ない程度に。
とはいえ、セイバーは才を見せびらかす類の人間ではなかったため、別に他者の才を否定するわけではないのだが。
ちなみにセイバーが見せたがったのは“自分が好きなもの”――生粋の趣味人であった。
とまれ、沙条愛歌は生まれてから常、神童として扱われた。
突き抜けた天才は、もはや嫉妬や蔑みなど無意味な存在だ。
何せ、それをするだけで自分の下劣さを自覚できてしまうのだから。
故に周囲は彼女を畏怖し、畏敬し、丁重に扱った。
彼女自身も周囲に意識を向けることはなかったのだから、世界は彼女にとって、“そういうもの”だったのだ
それは無論、今の沙条愛歌にとっても変わりはしないが、多少周囲への態度が軟化していることは事実だ。
でもなければ、態々一回戦終了後、間桐慎二に声をかけたりはしないだろう。
愛歌の在り方を変えた人物がいるのだ。
誰であるかは考えるまでもない、愛歌のたった一人の姉妹――姉、沙条綾香。
周囲からその全能性故孤立して、しかしそれを当然と思っていた愛歌に、ただ一人関わり続けた少女。
――愛歌という少女は究極の無垢だ。
ただ純白というだけではない、その純白には、何者にも穢されることのない白。
すべてを飲み込み、自分へと還る光と同じだ。
太陽ともみなされるほどのそれは、まさしく神の如きものであった。
そんな愛歌という存在を変革させたもの。
それが沙条綾香。
――そんな少女の性格は、ハッキリ言おう、“最悪”であった。
◆
――――少なくとも、愛歌はそう認識していた。
「ありていに言って、本当に普通の――何も持って“いない”わけでもない人間だったわ」
綾香という少女は、実に平凡で、まったくもって凡俗な少女であった。
別に才能がないというわけがない。
ただ、その才能はどこか別の誰かも持っている才能で、だからこそ、少女は普通であるのだ。
他人に持ち得ない適正を持っていたとしても、それは彼女の周囲を見ただけの話で――
そこに、沙条愛歌という天才が存在してしまえば、あっという間に霞んでしまう程度のモノだった。
――ふたりきりのマイルーム。
その日のティータイムの話題は実に単純、沙条綾香――愛歌の姉に関することだった。
「容姿はなんていうか……整ってはいたわ。貴方のいう、メガネを外したら美人、っていうやつかしら」
「なるほど……うむむ、微妙に余の男心を擽るな。平凡だが、見目麗しく、けれどもそれは普段隠されている……これぞ王道であるぞ!」
一体何の王道か、愛歌はそう嘆息した。
「何を言う、王道こそ劇の真髄、愛と勇気の物語ほど、心躍る撃もあるまいて」
そして最後には誰もが救われるハッピーエンドが良い。
どんな悲劇も、どんな惨劇も、最後にはすべての人々が救われるのが良い。
「――どれだけご都合主義と言われようとも、救われない物語に価値はないのだ」
「少なくとも、それは貴方の感性よ」
誰かに押し付けるように、断言するべきではないだろう。
――無論、そう言って譲るセイバーではないだろうが。
さて、と愛歌は話を引き戻す。
「その性格は――ありていに言って最悪ね。根暗で、臆病で、そのくせ人一倍嫉妬深くて。わたしを恐れることなく、わたしに嫉妬をしたのは、今のところこの世界で綾香一人よ」
「……なんとな、随分と貶すではないか。てっきり奏者はその姉が大切だから態々聖杯にまで願おうと思っているものだとばっかり」
それに――と、続ける。
「“綾香”と姉を呼び捨てか」
うむ、と頷く。
何を納得したのかは知らないが、解った気になられるのは、愛歌としてはなんとなく癪だ。
「別に嫌ってなんか居ないわ。綾香のことは、正直どうだっていいもの。――本当に、どうでもいい、わたしの姉」
どうでもいい、と言う愛歌の言葉に嘘はない。
ただ、同時に何処か寂しげな感情も、セイバーは見透かした気がした。
そっと、カップに入れられた紅茶に手を伸ばす。
それを少し眺めた後、愛歌は軽く喉を潤して、話を再開する。
「――とっても平凡で、わたしにコンプレックスばっかり抱いていて。嫉妬深いっていうより、アレは妙に見栄っ張りなのね。わたしに負けたくないって常に意地を張ってた。何の意味もないのにね」
実に次々と、綾香を罵倒するような単語を引っ張り出してくる。
――それはセイバーに対してすら行わないほど、あまりに辛辣な評価であった。
「まぁでも、それでいて妙に頑固なのよね。ただでさえ他人に対して臆病なのに、なぜだかたまに自分の意見を頑なに曲げようとしなくなる。……どれだけ相手に威圧されようと、ね」
「ふむ……聞く限りでは、地味ではあるが強い少女のようだな。奏者に対して対抗意識を燃やすとは……確かにそのアヤカという少女は奏者の肉親であるが――“肉親だからこそ”普通は無茶というものだ」
セイバーは言う。
それに愛歌も否はない。
当たり前だ、肉親という近い位置にいるからこそ、より克明にお互いの差というものが理解できてしまうはずなのだ。
――加えて、
「そういう頑固さは、大抵の場合はわたしに向けられたのだけれど、時折“わたしに恐怖した相手”にも向けられていたのよね」
無茶もいいところだ、愛歌は肩をすくめて嘆息する。
セイバーの顔が難しそうに険しくなった。
あぁ、たしかにそれは不思議だ。
「貴方も夢をみたのならわかるでしょう? わたしは別に、誰かに認めてもらいたくはなかったし、そんなふうに振る舞うつもりもなかった」
――それは、綾香からしてみれば、正反対のことだ。
沙条綾香は聞く限りでも、それなりに上昇志向があって、それが愛歌へのコンプレックスからくるものであることがわかる。
嫉妬深くて、愛歌のことを常に意識していて――――それなのに、愛歌の事を守ろうとするのだ。
きっと、それは誰かから認められたかったというだけではない。
それが綾香にとって、至極自然なことだったから――
「綾香はわたしを嫌ってはいなかったけれど、純粋に親愛の情を抱いていたはずがない。少なくともわたしはそう見ているわ」
愛歌がそういうのであれば、おそらくそれは真実なのだろう。
――そして、故にセイバーには、解らないではない。
「なあ奏者よ。余は奏者の夢を見た。夢には奏者のことを誑かすでも崇拝するでもない誰かがいた。――それは、奏者の姉であるのだよな?」
改めて、愛歌の目を見ながら確認する。
「えぇ、そうよ」
淀むこと無く愛歌は肯定した。
ならば、とセイバーは愛歌から視線を逸し、遠くを見た。
「ただただ奏者の前に立ち、そこには何の感情も持ちあわせてはいなかった。――当然やもしれぬな。“それとこれとは話は別”というやつだ」
愛歌を崇拝の対象と見るものがいるかもしれない。
愛歌を欲望の矛先と見るものがいるかもしれない。
それは、愛歌が神にも至るほどであれば、ある種当然のことだ。
一種の英雄としての才覚。
覇者としての素質――もしくは、魔王となりうる資格、か。
そんなもの、綾香は愛歌に見出さなかった。
彼女はただ愛歌の前にいただけだ。
どれだけ嫉妬していても、どれだけ意識していても、それを一切挟むこと無く。
――目的はあった。
「――――アヤカという少女は、奏者を守りたかったというわけだ」
それを――
「……えぇ、そういうことなのでしょうね」
――愛歌は否定しない。
否定することなどできやしないのだ。
それを否定するには、あまりにも材料がたりなさすぎる。
それはセイバーとて理解していた。
“夢を見た”から。
愛歌の前に立ち続けた、愛歌の姉。
あらゆるものが愛歌を“人間”として見ていなくとも、愛歌を“妹”と見ていた相手。
どうやら沙条綾香という少女は、どこまでも人間臭く、そして平凡で。
平凡であるにもかかわらず、どこかで“譲れない一線”を秘めた少女というわけだ。
「全くもって、奏者とそのアヤカという娘は、実に正反対、まったくもって似ても似つかない姉妹なのだな」
――そんな少女は、実を言えばセイバーの一番好みとする“魂”を持っている。
見ていて飽きないというか、何というか。
それが地味メガネに包まれた神秘の美少女だとくれば、自然と心が躍るというものだ。
ふふ、ふふふ――そんな笑いが、想像のうちに飛び出した。
口元からよだれが垂れるのに気が付き、慌ててセイバーはそれを拭った。
「……一体何を想像しているの?」
愛歌、ドン引きである。
彼女の椅子とセイバーの椅子は机越しに並べられているが、それでも足らず空間転移でベッドの上に着地した。
「言っておくけど、不埒な妄想は厳禁よ!」
びし、と指をセイバーに突きつけて、剣呑な瞳で睨みつける。
「――――何とも、珍しい反応をするな、奏者よ」
クックック、セイバーは言葉のはしに悪い笑みが漏れた。
悪役セイバー誕生である。
ゆっくりと立ち上がり、仁王立ちで凄む姿は、普段であれば愛らしいのだが、今はどこか威圧感に満ちている。
変態の威圧――思わず愛歌がひるんでしまうほどだ。
「何よ、何が言いたいのかしら変質者」
「ついに余をセイバーとすら呼ばなく成ったな、奏者よ。ふふ、だが良いぞ、余は実に上機嫌だ。特に許す」
珍しいといえばセイバーもそうだ。
随分と傲慢に満ちた言葉。
だが、それゆえにわかる。
愛歌にもわかってしまう。
このセイバーは、いつものそれとは段違いの変態性を有している――!
「今この場で余の男装をパージ……キャスト・オフ! して跳びかかってもよいのだが――」
ビク! 思わず、愛歌は身体を震わせた。
――本物だ。
このセイバーは本物だ――!
“本当の地獄”を知ってなお、このような顔ができるのだ。
「ふふふ、まぁ、奏者のその愛くるしい反応に免じて今日のところはよしとしよう」
笑みを漏らしながらも、それ以上の笑みを噛み殺すような含みのある声。
セイバーらしからぬようにも見える――それは、“愛歌が愛歌らしくがない故に”そういう態度をとっているのだ。
そのくらいは、愛歌にもわかる。
「本当に……何がいいたかったのかしらね、セイバー」
「……いやぁ、なんでもないぞ、まったくもってなんでもないぞぉ、奏者よ」
うん、うん、とセイバーはわかったような顔で頷く。
「あぁ、もう。話はここまでね、続きは明日にしましょう。興が削がれたわ」
ふん、と愛歌はセイバーから顔をそらし、マイルームの出口へと転移する。
そして扉へ手をかけ、セイバーに視線を向けようとしたところで――
「――――だいぶ落ち着いたのではないか?」
――そんな言葉に、ふと身体を止めた。
「正直に言えば、昨日の奏者は、まったくもって奏者らしくなかったぞ。アノような怒気、奏者には似合わぬというものだ」
セイバーは自負に満ちた笑みで続ける。
「余は奏者のすべてが知りたい。だが、あのような奏者は似つかわしくないとも思うのだ。この調子では、奏者の真の言葉を聞くことは叶わぬだろう、とな」
ふと、愛歌は出入口の戸から手を放し、改めてセイバーと向き合った。
両者はどうにも、いつも通りではいかないようだ。
セイバーの顔は自身に満ちてはいたが、同時に優しさにもあふれていた。
愛歌はぽかんと、そんなセイバーを見ている。
「安心しろ、リンから事の次第は聞いているでな。あの地獄を奏者から聞き出そうとは思わんよ。――だから、奏者の言葉をもう一度、正しい形で聞きたい。余は奏者がいつも通りの奏者であってほしいと、願っているのだ」
やれやれと、愛歌は理解できないものに対して嘆息をする。
“それ自体”が愛歌らしくないということにも気が付かず。
「貴方、一体誰にそんな言葉を投げかけているの? 生憎と、わたしは貴方の理解は必要としていない。なら、一体何を貴方に話せというのかしら」
理解してもらおうにも、言葉がない。
少なくとも、愛歌という少女はそういう少女だ。
「もっと、もっと奏者の姉のことを聞かせてほしい。今の奏者にとって、サジョウアヤカという少女が、一体どんな人間であったかを、だ」
「もうこれ以上話すことなんて何もないわ」
いいや、とセイバーは頭を振って否定する。
まだ、もう一つだけ、ある。
それを、少しの間を取ってセイバーは告げた。
「――――奏者が、自分の姉をどう思っているのかを、だ」
それに、愛歌は沈黙で持って応えた。
元よりこれ以上この場で会話するつもりがないというのもある――だが、
思わず、考えてしまったのだ。
沙条綾香に対して、愛歌が抱いていた感情を。
――考えてしまえば、それをセイバーに明かさないわけにはいくまい。
これはセイバーに対しての礼なのだ。
セイバーが求めるならば、それを答える義務があるだろう。
やがて、嘆息。
諦めた、ということだろう。
「――そうね、それじゃあまた今度、折を見て話してあげる」
「うむ、感謝するぞ奏者よ。――ところでだが、あえて今問いたい。……一言で答えるならば、どうだ?」
改めてセイバーに背を向けて、それでもって愛歌は、うんざりしたような声で――
「――――正直に言って、最悪よ」
そんな風に、ハッキリと言い切るのであった。