ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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03.月の海

 時刻は、愛歌と慎二の激突から少しばかり遡る。

 

 アリーナの内部は、さながら深海の底のようであった。

 漆黒の夜に浮かぶ、ネオンのような通路。

 

 立方体の空間は水族館を思わせて、まさしくそこは、電脳の海と呼ぶにふさわしい空間であった。

 セイバーにしてみれば、知識の上でしかない“ネットワーク”の存在を、この時初めて感じたことだろう。

 

「……うむ、ここは良い場所であるな。静寂に満ちた空気が実に清涼だ。だが、頬にピリピリと緊張の感覚が奔る。静の戦場、実に良い」

 

 ひとしきり関心するように、セイバーは語る。

 愛歌もそれを美しいと感じる。

 少しだけ上機嫌に、セイバーへ向けて語って聞かせる。

 

「――月の海、というのを貴方は知っているかしら? かつて人が月を夢想するさい、その一部は海であると信じられていた」

 

 月の濃淡の“濃”の部分。

 玄武岩で覆われたその場所は、かつて水があり、さながら海であると信じられていた。

 

「天文学の父、ガリレオ・ガリレイですらそれを信じていた。もしもこの聖杯戦争に彼が呼ばれていたら、果たしてどう思うかしら」

 

 実際に月に海はない。

 だが、それは月の内部――この聖杯戦争の中であればどうだろう。

 

 ここは電脳によって作られた漆黒の世界。

 アリーナとされる一部分のみが発光し、さながら海の中に飛び込んだかのような。

 

「うむ、ロマンであるな。月下の海を美麗なる少女が歩く。ここは月の中であるが、しかしこのアリーナはさながら月光だ。実に素晴らしい」

 

「セイバー、貴方の頭にはそんな変態妄想しか存在していないの?」

 

 上機嫌を害された。

 恨めしい眼をセイバーへ向けて、愛歌はアリーナを行く。

 先行しようとするマスターの前に慌ててセイバーは飛び出した。

 

「これ、奏者よ。そなたは下がっているが良い。ここは戦場だ。童女の遊び場ではないのだぞ」

 

「そう、そのとおりね。少しは気を引き締めなさいセイバー」

 

 “愛歌は戦場にはふさわしくない”。

 そう呼ばれたことをまるで気にかけた風もなく、愛歌はセイバーに忠言する。

 

「わかっておる。だがな奏者(マスター)。その身に少しでも傷がつくことを、余は看過できんのだ」

 

 自戒せよ、とセイバーは呼びかける。

 

「余計なお世話、言葉にしたほうがいいのかしら」

 

「童女が剣を持ち戦うのはふさわしくない。美しい少女には、美しい華こそ似合うものだ。そうだマスター、美しい華をそなたに贈ろう。どのような華が良いかな。純白の……クチナシ、などどうだろう」

 

「花言葉は……優雅ね」

 

 ついには話題が脱線したセイバーに答えつつ、愛歌は意識を切り替える。

 ――気配、セイバーもそれは察知したことだろう。

 手には赤の剣――刻まれた銘は曰く、“regnum caelorum et gehenna”。

 

 ――天国と、地獄。

 

 現れたのは立体キューブ型のエネミーであった。

 恐らくこの回想の普遍的な敵。

 

「――機会を見極めなさい、無駄な手は美しくないわ。貴方の容姿は可憐なのだから、それにふさわしい闘いをなさい」

 

「言われずとも――余は至高の剣、セイバーのクラスを拝命している!」

 

 拝命される、ではなくする。

 如何にもセイバーらしいと思われる言葉だ。

 

「ここに見よ、これが初陣だ。余の剣を受けるが良い――!」

 

 言葉とともに、高速でセイバーがエネミーに肉薄する。

 

 敵の接近におおぶりの一撃でもって答えた敵性プログラムを、しかしセイバーは振り払うようにいなす。

 慌てて防御に入った相手に、今度はセイバーの全力の一振りが答えた。

 勢い良くのけぞったエネミー、反撃とばかりに、破れかぶれにも見える突撃は、しかしセイバーに即座に切り払われた。

 

 三連撃を綺麗に喰らい、吹き飛ばされたエネミーに、セイバーの剣が殺到する。

 渾身の一撃、回避も防御も既に遅い。

 

 ――直撃。

 戦闘は、たった四回の攻撃で終了してしまった。

 

 まさしく圧倒。

 これがサーヴァントの戦闘能力、人間である愛歌では、これに追いつくのがギリギリだろう。

 

「やるじゃない、褒めて上げるわ」

 

「うむ、盛大に褒めるがよいぞ! もっと褒めるがよいぞ!」

 

 ふんす、と胸を張って自身を誇示するセイバー。

 これはこれで鬱陶しい、そう感じながらも愛歌は、タン、と足を踏み出して――

 

「けど――」

 

 と、セイバーへ告げる。

 

「それで慢心するのは行けないわ、減点よ」

 

 

 ――直後、セイバーの頭上に迫った鳥のような、鍵のようなエネミーの下へ、愛歌が即座に出現する。

 

 

「……何?」

 

 決して、油断していたわけではない。

 ただ、“問題はない”と放って置いただけのこと。

 

 だのに、愛歌はそれへ飛びかかる――否。

 愛歌はエネミーの前方に“現れた”のだ。

 虚空から、突如として。

 

 足を踏み出した直後、愛歌はこの世界から消えていた。

 

 そして現れた後――手には、花びらがはね飛ぶように漏らす、紫色の毒。

 

 プログラム名『手のひらの(バグ)』。

 ――愛歌が操るコードキャストである。

 

 接近するエネミーへとそれを直撃させる。

 突然のことに不意を突かれたのもあるが、回避もできずエネミーは直接それを受け――その場に停止した。

 

「トドメ――」

 

 もう片方。

 こちらは火。

 手の中に生まれたそれを、愛歌はエネミーへ叩きつけた。

 

 爆音とともに、業火がエネミーを包む。

 炎に包まれ、溶けていくエネミーは、さながら悲鳴にもにた異音を上げて――消滅した。

 

 空中にいた愛歌が再び消え、そしてセイバーの真横に出現する。

 若干の浮遊の後、その場に降り立つと、ちらり、とセイバーに視線を向けた。

 

 セイバーは唖然として、愛歌の戦闘を見守っていた。

 声もなく、思考すらも遅滞していることだろう。

 こほん、と愛歌が咳払いをすると、それでようやく再起動した。

 

「……奏者よ」

 

 回転の轟音が耳に届くほど、セイバーは高速で愛歌へ向き直った。

 嫌な予感――愛歌の脳裏に何かがよぎり、しかし、対応は間に合わなかった。

 

「こ、怖かったぞ――!」

 

 ばふん。

 間の抜けた、しかし何とも重い音が響いて。

 愛歌は、セイバーに抱きつかれていた。

 

「不意打ちにではない、奏者の行動にだ――! あわやと肝を冷やしたぞ!」

 

「むぐぐ、むぐ」

 

 何かを言いたげに愛歌は呻く。

 しかしセイバーはサーヴァントの身体能力で愛歌を羽交い締めにする。

 とてもではないが、冷静にもなれない。

 

「無茶をするではない、奏者が死んだらどうする! あぁだが、戦闘する奏者もまた凛々しく美しかったなぁ……いい香り」

 

「むぐぐー!」

 

 愛歌が怒りに吠える。

 しかし、胸元に抱きすくめられては声を出そうにも出すのは不可能。

 

 怒り故か、思考が冷静になったのだろう。

 愛歌はその場から掻き消えて、セイバーから数歩分離れた所に出現する。

 はぁ、はぁ、と肩で息をして、さしもの愛歌でも冷静は保てない。

 

「変態、変態、変態セイバー! 貴方の本当の適格はロリコンね! 喜びなさい、エクストラクラスの変態よ!」

 

「ふむ、それは違うなマスターよ。余の本来のクラスはエンペラー。もしくはライダーか、地味であるがキャスターでも良いぞ」

 

 全く堪えてもいないというふうに、むしろセイバーは鼻高々にそう宣言する。

 

「あなたにピッタリのクラスねぇ! 全くもって!」

 

 皇帝とは淫蕩に耽るもの。

 そして国を滅ぼしてしまえばいいのだ。

 と、愛歌は息を荒げる。

 

「国を滅ぼす愚物など、そんなものは皇帝ではない。よほど不幸に好かれたでもない限り、酒池肉林の紂王のような存在は、精々がバーサーカーが関の山よ」

 

 セイバーは訳知り顔でそう語る。

 そして、

 

「その点、余は国を傾けることはしなかった。見るが良い、余の皇帝特権を。これほどの皇帝は、この世にそうおらんだろうよ」

 

 自分の話題に入った途端、セイバーは勝ち誇ったような顔で言う。

 皇帝特権スキル。

 ランクにしてEXというのだから、破格としか言い様がない。

 

 だが、このスキルは決してセイバーの皇帝としての有能さを現すスキルではないだろう。

 

「そのスキルは、貴方が天才だから得られたスキルよ。しかも内容は如何にもわがままな貴方らしい物ね、皇帝としての偉大さを証明するものではないわ」

 

 愛歌は怯まず反論する。

 この皇帝は解っていないのだ。

 彼女は愚帝ではないが、決して賢帝ではない。

 あくまで我が道を行く暴君なのだ。

 そもそも別に、セイバーは国を滅ぼしてはいないが、それはたまたま滅びなかっただけの話だ。

 

 ――だが、愛歌こそ解っていない。

 その程度のそしり、セイバーが動じるはずもないではないか。

 

「うむ、そう褒めるでない。余は確かにわがままだが、自分にできないことを要求するつもりはないのだぞ」

 

「…………――――セイバー、敵よ、なぎ払いなさい」

 

 にこりと、愛歌は有無を言わせず命令した。

 遠くに、敵性プログラムが漂っているのが見える。

 

「任せるが良い。そして、余の絶技に惚れるがよい!」

 

 セイバーは意気揚々と飛び出した。

 これで、愛歌の周囲の警戒も彼女はしっかりと実行している。

 決してマスターを危険にさらすまい。

 その意思が、愛歌にも理解できるのだ――理解せざるをえないのだ。

 

 このセイバー、実に優秀である。

 ステータスは地味だが、敏捷が高く、また皇帝特権スキル故に、そうそう他者に遅れを取ることもない。

 

 遠くで観察する限り、戦法は剣を浴びせながらの一撃離脱。

 ヒットアンドアウェイのそれだ。

 彼女は剣の専門家ではないのだろう、少なくともこういった戦闘で、余計なプライドを持たないのも実に良い。

 時に不意をうち、時に真正面から躍りかかる。

 

 天才ゆえの、可変の戦闘スタイルもまた魅力。

 単純な話だが、セイバーは“セイバー”でなくとも良いのだ。

 場合によってはランサーのような、場合によってはバーサーカーのような闘いすら可能だ。

 

 今まさに敵を一撃でなぎ払い、即座に近場の敵を切りつけ離脱。

 相手の様子を観察する武人の呼吸の後、狂戦士が如く、猛り狂って斬りかかる。

 一刀でもってエネミーは消し飛んだ。

 

 ――十分な魅力のあるサーヴァント。

 かの騎士王のように、明瞭な強さこそ持たないものの、戦い方によっては件の騎士王すら撃破しうる。

 ならば、後はそれに彩りを加える切り札、そして彼女を操縦する奏者の質だろう。

 切り札――宝具は如何なるものであろう。

 とまれ、今はそれを切る必要はないだろうが。

 

「ふふふ、どうだ奏者よ! これぞ余の真髄、これぞ余の実力だぞ!」

 

 周囲の敵をあらかた切り伏せ、セイバーが愛歌の下へ駆け寄ってくる。

 彼女の顔中に、“褒めろ”“褒めろ”という要求が張り付いている。

 余の男であれば――彼女を見下ろすような女性であれば、それを可憐と思うだろう。

 

 しかし、あいにく愛歌は齢十とそこらの少女。

 むしろ、その胸元で揺れる果実に、多大な苛立ちが増した。

 これがもっと自分に従順であればペットのように可愛がれたのだろうけれども。

 

 セイバーは、とにかく面倒な難物であった。

 

 ――それでも、

 

「……えぇ、よくやったわね、セイバー」

 

 愛歌は笑みをもってセイバーを迎えた。

 戦闘の結果自体は実に満足の行くものだった。

 それに関する充足を、愛歌は覚えないではないのである。

 

「貴方は優秀なサーヴァントね。その口を閉じて、従者らしく振る舞ってくれれば、とても華麗なのだけど」

 

「そうであろう、そうであろう。余は澄ましていればもはや人すら凌駕した魔性の人形だ、と評されたほどであるからな。容姿には自信があるぞ?」

 

 ――それは褒めてはいないだろう。

 そも、愛歌も褒めてはいないのだが。

 嬉々としたセイバーを見れば、もうそれでいいか、と諦めてしまうには十分だった。

 

「それにしても――これでハッキリしたわね。元々、私ですら屠れる相手、歯ごたえがないのはそうだけど、セイバーと連携なんてするべくもなかったわ」

 

「……まぁ、それもそうだな。今現在の余は全盛期のそれをはるかに上回っているのではないか、という程だ。この程度では、もはや絹を裂くようなものだ」

 

 あまりにたやすい。

 そも、それがサーヴァントとしては当然なのだろう。

 鍵の回収は十分に意味のあることだが――これでは単なる作業にしかならない。

 

「とすると――仕掛けてみるのか? 危険ではないか?」

 

「数分でSE.RA.PHからの介入が入るわ。貴方の実力であれば、相手がよほどの雑魚でない限り、“どうやったって決着はつかない”。こちらの手札を晒さない程度なら、むしろ全リソースをつぎ込んでも構わないわ」

 

「なるほど、たたき台としては十分だな。うむ、では――」

 

 愛歌に異論はない。

 セイバーは、愛歌の言葉を代弁する意味を込め、それを敢えて口にする。

 

 

「――叩くぞ、敵のサーヴァントを」




カリス愛歌ちゃん完。カリス愛歌ちゃんブレイクをお楽しみに。
セイバーのペースに呑まれる愛歌ちゃん、赤セイバーは人の話を聞かないお方。

コードキャスト『手のひらの毒』、花のような形状の、見るからに毒々しい“バグ”。
いわゆる『スタン』の発展型。手のひらで触れたものに多大なバグを与え行動不能にする。
サーヴァントであれば一ターン、マスターであれば余程の例外を除いて死に至る強烈なもの。
ただ、“触らなければならない”特性上、成功率は極めて低い。
触れることに寄る死。蒼銀における某ハサ子さんをイメージしたもの。

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