ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
「そういえばリンよ、少し問いたかったのだが」
「……なぁに?」
すでにその日は夕方を過ぎていた。
時間も時間だろうと、凛はセイバーに、一度話を区切ることを提案してきた。
愛歌に“姉がいる”ということがわかった時点でた。
そしてその場をセイバーは立ち去ろうとして、しかしふと思い立ち、質問を投げかけた。
「リンを奏者が助ける際、奏者はリンの戦いを覗き見たのだ。当然これは反則だ。しかしその反則故にペナルティが設けられ、結果として他者の対戦を覗くのは不可能となっている」
「……それが?」
言いたいことは、なんとなくわかる。
確かにそれは疑問だろう。
少なくともセイバーは魔術師ではないだろうからだ。
「奏者はどういう手品でそのペナルティを掻い潜ったのだ?」
今も生きているから良いものの、肝を冷やしたぞ、とはセイバーの談。
そりゃあそうでしょう、凛は嘆息して応えた。
「それはね、そもそも前提が間違ってるの。あの娘はペナルティを掻い潜ったんじゃない“無視した”のよ」
――この場合、ペナルティとはつまり“本体の脳が焼き切れる”ことだ。
電脳死、つまり決戦場の敗北と同様である。
決戦場の場合、更にそこに“
ポイントはそこだ。
他者の対戦を覗き見る場合、ペナルティとして脳が焼かれる。
しかし、それにともなって“魂が消される”わけではない。
つまり、
「――あの娘は今、肉体を持っていないの」
「……肉体を?」
――思い出すのは、三回戦の対戦相手、“サイバーゴースト”ありすの言葉。
愛歌は自分に似ている。
であれば、
「勘違いしないで欲しいけど、別に愛歌は死んでないわよ」
――そういえば、そうだ。
ありすは似ているといったが、決定的に違うとも言った。
愛歌は死んでいない。
死んでいるのではなく――肉体が消失している。
「どこから説明すればいいのかしら。――あぁそう、貴方も知ってるわよね、彼女の空間転移」
「無論だ。アレこそが奏者の強さの根本、アレがなければサーヴァントと渡り合うことも難しいだろう――それが、何だ?」
そしてそれゆえに、愛歌は特権的に“サーヴァントとの戦闘”が許されている。
要するに、愛歌はサーヴァントすらも単独で撃破しうるためにムーンセルから直々にハンデを付けられている訳だが、まぁ、それは余談か。
「簡単よ、あの娘、“
すでにこの時代、魔力は枯渇し、神秘は完全に衰退している。
その中にあって本物の神秘を操る存在、それが愛歌であった。
その原因は本人が語ろうとしないために不明であるが、“どこからとも無く魔力を吸い上げ”、旧来の――しかも、神代クラスの魔術を連発する様は、まさしく災害にふさわしい。
その中でも突出して愛歌が使用する魔術が空間転移。
――その原理がペナルティを受けない理由となるのだ。
「電脳世界においてわたし達ウィザードが使う転移は、言ってしまえば自分がデータ――つまり、光であることを利用した光速移動よ」
この電脳世界において“基本的に”愛歌が使用しているのも同じ類のものだろう、とは凛の談。
ただ、愛歌の場合どういうわけかそれを無制限に、しかも無限に使い続けられるのだ。
とはいえ理由は単純で、現実世界においても魔力のリソースを確保できるのだ、そのくらいは苦もないことなのだろう。
「愛歌の場合、それを現実で行う場合、一度肉体を消去するのよ。魂を霊子に変換させる都合上、肉体の存在は不要だからでしょうね」
その後は電脳世界と同じように光速での転移を行う。
「その後は――教会の人形師と同じよ。転移先に新しい肉体を魔力で構成させるの。むしろ人形師と違って、魂自体は本人のモノなんだから、愛歌のそれは良心的よね」
それがデキるのも、愛歌の出処不明な魔力あってのこと。
――随分と、それは突拍子もない話であった。
だが、同時に納得の行く答えでもあった。
思い返されるのは二回戦での決戦場において。
あそこで対決した緑衣のアーチャーは毒を周囲にまき散らした。
それを愛歌は“ものともしていなかった”。
これは単純に“現実での手法”を電脳でも行ったからなのだろう。
つまり、転移の度に愛歌は
そして“肉体がない”愛歌が自分の手で消滅させているのだから、肉体にかかる電脳死のペナルティが適用されないのは自明の理だ。
「……感謝する。リンとの会話は本当に実りが多いな。これまで余が感じ続けてきた疑問が、すべて解きほぐされていく」
「ちょ、別にアンタのためにやってるってわけでもないんだし、そんな大げさに言わないでよ。いい? 私と貴方の関係はあくまでビジネスライク――共闘関係なの。そこは間違えないで」
慌ててセイバーの言葉を凛が否定して、ふとセイバーはポカンとする。
しばらくそれを飲み込んで――やがてふふ、と笑みを漏らした。
「ちょっと、何を笑っているのよ!」
「うむ、リンは思いの外初いやつよのう、とな。ふふふ、少し髪を撫でさせてはくれぬか?」
「い、いきなり何言ってんのよ! アンタが女の子だからって、そんなことゆるさないんだから!」
髪に触れるっていうのは、人にとって最も信頼しているというその証なのだ。
――と、凛は大声で演説をする。
「うむ、ではな、リン。明日また会おう」
満足気にセイバーは頷いて、その場を離れる。
――後には、顔を真赤にした凛と、困惑気味の桜が残されるのであった。
◆
真実の発覚から一夜明け、セイバーは物思いに耽っていた。
何せあまりにも事実が予想の遥か先を言っていたため、それを呑み込むのにも手間がかかったのだ。
お陰で愛歌に勘ぐられたが――上手くごまかせただろうか。
案外人を疑うということを知らない愛歌のことだから、大丈夫だろうが。
――現在、セイバーと愛歌はアリーナにいる。
目的は当然暗号鍵の探索だ。
ついでに、敵と遭遇すれば一戦交えるつもりもある。
ココらへんは、空間転移の連発による撤退が容易な愛歌の特権といえよう。
「――アリーナの敵も、随分レベルが上がってきたな」
「それでも、この程度なら軽く切り払ってもらわないと困るわ。元々こちらの経験はほとんど得られないのだから、ね?」
すでに
ただ面倒なだけの相手だ。
それに手こずっていては、サーヴァントの名が泣くというもの。
「安心せよ。余は奏者が共にある限り、無敵なのだからな」
「当然よ」
「――愛の力だな!」
途端に、愛歌は不機嫌そうな顔をした。
むすっとした顔もまた愛らしい。
最近こうして構えなかったから、また奏者ヂカラを補充しなくては。
――と、前方を征く愛歌が停止した。
セイバーもそれに合わせる。
訳は単純――後方に気配を感じ取ったのだ。
それも二つ、間違いなくサーヴァントとマスターである。
振り返る。
想像通り、そこには人影が二つ。
一つはマスター、ランルーくんであった。
あいも変わらず、その眼は“人に向けていい”類の眼ではない。
道化師としての仮面が完全に意味をなくしている。
――いや、狂人としての仮面であるのなら、これはこれで正解なのか。
とまれ、もう一人――サーヴァントの方に意識が向く。
――それは、どこまでも異形と言う他にないのであった。
ひと目見ただけで、そのサーヴァントが正常でないのは理解できる。
その眼は本物の異常に染まっていた。
愛歌のそれも同様であるが、眼に光と呼べるものが感じられない。
否、生気と呼ぶべきものは感じられるのだ。
それが特別強烈であるというだけで。
「コンニチワ……クフフ……今日モトッテモオイシソウ!」
ランルーくんが舌なめずりをするようにそう言って。
愛歌も、そしてセイバーも警戒を強める。
サーヴァントの気配が強まったのだ。
“それ”は実に怪物であるが、それは何よりも佇まいだけの話ではない。
そう、それは――
「――――アハ、ハハハ、アハハハハ! ごきげんよう、と言うのが良いのかしら! 憐れで可愛い私の家畜!」
――竜の姿をその身に宿した、少女であった。
翼と、そして角、西洋の竜のようなシルエットは、少女を異形として仕上げている。
そう、それは少女である。
紅い少女。
「ねぇ、アンタ達が私の次の対戦相手!? いいじゃないいじゃない! すっごく可愛い、私としてはもうドストライクよ!」
「直球ド真ン中……デモ君ッテドッチカトイウトソレヲ遠慮ナクホームランニシチャウヨネ」
ランルーくんがちゃちゃを入れる。
それに少女は顔をしかめて……
「ホーム、ラン? ちょっと、今どきの言葉!? なにそれ、私に解らない言葉を使わないでくれる!? ホント、アンタってば従者として最低ね!」
「クフフ……ゴメンネ?」
全く誤っていない――というよりも疑問符などをつけて謝る意志すら不確かなランルーくん。
少女は頭をガリガリとかきむしり、癇癪を起こす。
「何!? そんなに可愛がってほしいの!? KA・WA・I・GA・RI! なの!?」
「ヤダヨ君ニ可愛ガラレル位ナラ……死ンダ方ガマシサ」
「なんでそんなに潔いのよアンタァァァ! もっと狂人しなさいよ!」
――ランルーくんは、すでにその精神を正常から逸脱している。
それはおそらく、あのサーヴァントとて同様なのだろう。
だが、こうしてみると妙に噛み合っている。
「ネェ……モウ帰ロウ? アノ娘トッテモオイシソウ……ダケド今食ベチャウトモッタイナイシ……」
「それはアンタが食べたくないだけでしょ! っていうかいい加減諦めて優勝目指しなさいよ! 願いあるんでしょ!」
「……デモ、君トイッショハ嫌カナァ」
「どんだけ私のこと嫌いなのよ――!?」
何故か――愛歌のそれと同様だ。
ランルーくんはサーヴァントよりも異常にあって、サーヴァントの異常を圧倒している。
(……何だか、道化師の芸を見ているような気分だ)
(アレは道化よセイバー……というより、猛獣使い、というのが正解かしら)
あの二人、決定的に反りがあっていない。
まだそれなりの信頼関係を築いているセイバーと愛歌のほうがマシというもの。
この四回戦に来てアレなのだ、そのハブとマングースっぷりは凄まじい物がある。
「あぁあぁ! もういいわ! そこのアナタ、そしてそこの家畜! 二人まとめて私の餌にしてあげる! 言い!? IgenかJaで答えなさい!」
「……何故ハンガリーとドイツ」
「後ろはなんとなくよ!」
セイバーのツッコミに、紅い少女は答える。
――前者がそうでないのなら、つまり彼女はハンガリーの……?
「……ハンガリーの竜?」
違和感を覚えないではないが、とまれ。
セイバーは構える。
それに愛歌も追随する――ここはすでに、死と隣合わせの戦場だ。
「ふん、そういうつもりなら相手になってあげる! ただし、その頃には八つ裂きになっているかもねぇ!」
「――征くぞ、ランサー!」
「えぇ……かかってきなさい!」
――槍を手にしているとはいえ、彼女はランサーとは確定していない。
セイバーの引っ掛けに気がつかないあたり、オツムは割りとよろしくないようだ。
かくして、アリーナにて最初の前哨戦が始まる。
今年最後の投下となります。
来年もどうかよろしくお願いします。
というわけで、割りと怒涛な展開ですが、この娘が出てくる理由は簡単。
詳しくは四回戦終了後にお知らせしますが、おおよそ予想は付くのではと思います。