ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

33 / 139
30.怪物ランサー

「そういえばリンよ、少し問いたかったのだが」

 

「……なぁに?」

 

 すでにその日は夕方を過ぎていた。

 時間も時間だろうと、凛はセイバーに、一度話を区切ることを提案してきた。

 愛歌に“姉がいる”ということがわかった時点でた。

 

 そしてその場をセイバーは立ち去ろうとして、しかしふと思い立ち、質問を投げかけた。

 

「リンを奏者が助ける際、奏者はリンの戦いを覗き見たのだ。当然これは反則だ。しかしその反則故にペナルティが設けられ、結果として他者の対戦を覗くのは不可能となっている」

 

「……それが?」

 

 言いたいことは、なんとなくわかる。

 確かにそれは疑問だろう。

 少なくともセイバーは魔術師ではないだろうからだ。

 

「奏者はどういう手品でそのペナルティを掻い潜ったのだ?」

 

 今も生きているから良いものの、肝を冷やしたぞ、とはセイバーの談。

 そりゃあそうでしょう、凛は嘆息して応えた。

 

「それはね、そもそも前提が間違ってるの。あの娘はペナルティを掻い潜ったんじゃない“無視した”のよ」

 

 ――この場合、ペナルティとはつまり“本体の脳が焼き切れる”ことだ。

 電脳死、つまり決戦場の敗北と同様である。

 決戦場の場合、更にそこに“(データ)の消去”も含まれるが。

 

 ポイントはそこだ。

 他者の対戦を覗き見る場合、ペナルティとして脳が焼かれる。

 しかし、それにともなって“魂が消される”わけではない。

 

 つまり、

 

 

「――あの娘は今、肉体を持っていないの」

 

 

「……肉体を?」

 

 ――思い出すのは、三回戦の対戦相手、“サイバーゴースト”ありすの言葉。

 愛歌は自分に似ている。

 であれば、

 

「勘違いしないで欲しいけど、別に愛歌は死んでないわよ」

 

 ――そういえば、そうだ。

 ありすは似ているといったが、決定的に違うとも言った。

 愛歌は死んでいない。

 死んでいるのではなく――肉体が消失している。

 

「どこから説明すればいいのかしら。――あぁそう、貴方も知ってるわよね、彼女の空間転移」

 

「無論だ。アレこそが奏者の強さの根本、アレがなければサーヴァントと渡り合うことも難しいだろう――それが、何だ?」

 

 そしてそれゆえに、愛歌は特権的に“サーヴァントとの戦闘”が許されている。

 要するに、愛歌はサーヴァントすらも単独で撃破しうるためにムーンセルから直々にハンデを付けられている訳だが、まぁ、それは余談か。

 

「簡単よ、あの娘、“現実(リアル)”においてもアレを使えるの。だからこそ、あの娘は魔術師(メイガス)なんて呼ばれ方をするわけだしね」

 

 すでにこの時代、魔力は枯渇し、神秘は完全に衰退している。

 その中にあって本物の神秘を操る存在、それが愛歌であった。

 その原因は本人が語ろうとしないために不明であるが、“どこからとも無く魔力を吸い上げ”、旧来の――しかも、神代クラスの魔術を連発する様は、まさしく災害にふさわしい。

 

 その中でも突出して愛歌が使用する魔術が空間転移。

 ――その原理がペナルティを受けない理由となるのだ。

 

「電脳世界においてわたし達ウィザードが使う転移は、言ってしまえば自分がデータ――つまり、光であることを利用した光速移動よ」

 

 この電脳世界において“基本的に”愛歌が使用しているのも同じ類のものだろう、とは凛の談。

 ただ、愛歌の場合どういうわけかそれを無制限に、しかも無限に使い続けられるのだ。

 とはいえ理由は単純で、現実世界においても魔力のリソースを確保できるのだ、そのくらいは苦もないことなのだろう。

 

「愛歌の場合、それを現実で行う場合、一度肉体を消去するのよ。魂を霊子に変換させる都合上、肉体の存在は不要だからでしょうね」

 

 その後は電脳世界と同じように光速での転移を行う。

 

「その後は――教会の人形師と同じよ。転移先に新しい肉体を魔力で構成させるの。むしろ人形師と違って、魂自体は本人のモノなんだから、愛歌のそれは良心的よね」

 

 それがデキるのも、愛歌の出処不明な魔力あってのこと。

 ――随分と、それは突拍子もない話であった。

 だが、同時に納得の行く答えでもあった。

 

 思い返されるのは二回戦での決戦場において。

 あそこで対決した緑衣のアーチャーは毒を周囲にまき散らした。

 それを愛歌は“ものともしていなかった”。

 これは単純に“現実での手法”を電脳でも行ったからなのだろう。

 

 つまり、転移の度に愛歌は身体(アバター)をリセットしていたのだ。

 

 そして“肉体がない”愛歌が自分の手で消滅させているのだから、肉体にかかる電脳死のペナルティが適用されないのは自明の理だ。

 

「……感謝する。リンとの会話は本当に実りが多いな。これまで余が感じ続けてきた疑問が、すべて解きほぐされていく」

 

「ちょ、別にアンタのためにやってるってわけでもないんだし、そんな大げさに言わないでよ。いい? 私と貴方の関係はあくまでビジネスライク――共闘関係なの。そこは間違えないで」

 

 慌ててセイバーの言葉を凛が否定して、ふとセイバーはポカンとする。

 しばらくそれを飲み込んで――やがてふふ、と笑みを漏らした。

 

「ちょっと、何を笑っているのよ!」

 

「うむ、リンは思いの外初いやつよのう、とな。ふふふ、少し髪を撫でさせてはくれぬか?」

 

「い、いきなり何言ってんのよ! アンタが女の子だからって、そんなことゆるさないんだから!」

 

 髪に触れるっていうのは、人にとって最も信頼しているというその証なのだ。

 ――と、凛は大声で演説をする。

 

「うむ、ではな、リン。明日また会おう」

 

 満足気にセイバーは頷いて、その場を離れる。

 ――後には、顔を真赤にした凛と、困惑気味の桜が残されるのであった。

 

 

 ◆

 

 

 真実の発覚から一夜明け、セイバーは物思いに耽っていた。

 何せあまりにも事実が予想の遥か先を言っていたため、それを呑み込むのにも手間がかかったのだ。

 お陰で愛歌に勘ぐられたが――上手くごまかせただろうか。

 

 案外人を疑うということを知らない愛歌のことだから、大丈夫だろうが。

 

 ――現在、セイバーと愛歌はアリーナにいる。

 目的は当然暗号鍵の探索だ。

 ついでに、敵と遭遇すれば一戦交えるつもりもある。

 

 ココらへんは、空間転移の連発による撤退が容易な愛歌の特権といえよう。

 

「――アリーナの敵も、随分レベルが上がってきたな」

 

「それでも、この程度なら軽く切り払ってもらわないと困るわ。元々こちらの経験はほとんど得られないのだから、ね?」

 

 すでに成長限界(カンスト)に近いレベルにある愛歌では、敵性プログラム(エネミー)と戦闘したところで、得られるものはさほどない。

 ただ面倒なだけの相手だ。

 それに手こずっていては、サーヴァントの名が泣くというもの。

 

「安心せよ。余は奏者が共にある限り、無敵なのだからな」

 

「当然よ」

 

「――愛の力だな!」

 

 途端に、愛歌は不機嫌そうな顔をした。

 むすっとした顔もまた愛らしい。

 最近こうして構えなかったから、また奏者ヂカラを補充しなくては。

 

 ――と、前方を征く愛歌が停止した。

 

 セイバーもそれに合わせる。

 訳は単純――後方に気配を感じ取ったのだ。

 それも二つ、間違いなくサーヴァントとマスターである。

 

 振り返る。

 想像通り、そこには人影が二つ。

 一つはマスター、ランルーくんであった。

 あいも変わらず、その眼は“人に向けていい”類の眼ではない。

 

 道化師としての仮面が完全に意味をなくしている。

 ――いや、狂人としての仮面であるのなら、これはこれで正解なのか。

 

 とまれ、もう一人――サーヴァントの方に意識が向く。

 

 

 ――それは、どこまでも異形と言う他にないのであった。

 

 

 ひと目見ただけで、そのサーヴァントが正常でないのは理解できる。

 その眼は本物の異常に染まっていた。

 愛歌のそれも同様であるが、眼に光と呼べるものが感じられない。

 否、生気と呼ぶべきものは感じられるのだ。

 それが特別強烈であるというだけで。

 

「コンニチワ……クフフ……今日モトッテモオイシソウ!」

 

 ランルーくんが舌なめずりをするようにそう言って。

 愛歌も、そしてセイバーも警戒を強める。

 

 サーヴァントの気配が強まったのだ。

 

 “それ”は実に怪物であるが、それは何よりも佇まいだけの話ではない。

 そう、それは――

 

 

「――――アハ、ハハハ、アハハハハ! ごきげんよう、と言うのが良いのかしら! 憐れで可愛い私の家畜!」

 

 

 ――竜の姿をその身に宿した、少女であった。

 翼と、そして角、西洋の竜のようなシルエットは、少女を異形として仕上げている。

 そう、それは少女である。

 紅い少女。

 

「ねぇ、アンタ達が私の次の対戦相手!? いいじゃないいじゃない! すっごく可愛い、私としてはもうドストライクよ!」

 

「直球ド真ン中……デモ君ッテドッチカトイウトソレヲ遠慮ナクホームランニシチャウヨネ」

 

 ランルーくんがちゃちゃを入れる。

 それに少女は顔をしかめて……

 

「ホーム、ラン? ちょっと、今どきの言葉!? なにそれ、私に解らない言葉を使わないでくれる!? ホント、アンタってば従者として最低ね!」

 

「クフフ……ゴメンネ?」

 

 全く誤っていない――というよりも疑問符などをつけて謝る意志すら不確かなランルーくん。

 少女は頭をガリガリとかきむしり、癇癪を起こす。

 

「何!? そんなに可愛がってほしいの!? KA・WA・I・GA・RI! なの!?」

 

「ヤダヨ君ニ可愛ガラレル位ナラ……死ンダ方ガマシサ」

 

「なんでそんなに潔いのよアンタァァァ! もっと狂人しなさいよ!」

 

 ――ランルーくんは、すでにその精神を正常から逸脱している。

 それはおそらく、あのサーヴァントとて同様なのだろう。

 だが、こうしてみると妙に噛み合っている。

 

「ネェ……モウ帰ロウ? アノ娘トッテモオイシソウ……ダケド今食ベチャウトモッタイナイシ……」

 

「それはアンタが食べたくないだけでしょ! っていうかいい加減諦めて優勝目指しなさいよ! 願いあるんでしょ!」

 

「……デモ、君トイッショハ嫌カナァ」

 

「どんだけ私のこと嫌いなのよ――!?」

 

 何故か――愛歌のそれと同様だ。

 ランルーくんはサーヴァントよりも異常にあって、サーヴァントの異常を圧倒している。

 

(……何だか、道化師の芸を見ているような気分だ)

 

(アレは道化よセイバー……というより、猛獣使い、というのが正解かしら)

 

 あの二人、決定的に反りがあっていない。

 まだそれなりの信頼関係を築いているセイバーと愛歌のほうがマシというもの。

 この四回戦に来てアレなのだ、そのハブとマングースっぷりは凄まじい物がある。

 

「あぁあぁ! もういいわ! そこのアナタ、そしてそこの家畜! 二人まとめて私の餌にしてあげる! 言い!? IgenかJaで答えなさい!」

 

「……何故ハンガリーとドイツ」

 

「後ろはなんとなくよ!」

 

 セイバーのツッコミに、紅い少女は答える。

 ――前者がそうでないのなら、つまり彼女はハンガリーの……?

 

「……ハンガリーの竜?」

 

 違和感を覚えないではないが、とまれ。

 セイバーは構える。

 それに愛歌も追随する――ここはすでに、死と隣合わせの戦場だ。

 

「ふん、そういうつもりなら相手になってあげる! ただし、その頃には八つ裂きになっているかもねぇ!」

 

「――征くぞ、ランサー!」

 

「えぇ……かかってきなさい!」

 

 ――槍を手にしているとはいえ、彼女はランサーとは確定していない。

 セイバーの引っ掛けに気がつかないあたり、オツムは割りとよろしくないようだ。

 

 かくして、アリーナにて最初の前哨戦が始まる。




 今年最後の投下となります。
 来年もどうかよろしくお願いします。
 というわけで、割りと怒涛な展開ですが、この娘が出てくる理由は簡単。
 詳しくは四回戦終了後にお知らせしますが、おおよそ予想は付くのではと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。