ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
01.絡み合うほどのいと
間桐慎二。
東方のゲームチャンプ、世界に知られるハッカーの一人で、実力派魔術師。
ゲームチャンプ、という肩書ではあるが、それ以外にも彼の名を聞く機会は遠坂凛やレオ・B・ハーウェイほどではないが多い。
知名度で言えば、レオ、遠坂、そして沙条愛歌に次ぐ四番手。
サーヴァント次第ではあるが、優勝候補の一人である。
さしもの愛歌であっても、一回戦の相手としてはあまりに荷が重い。
無論、それを愛歌が口にすることなどないのだが。
――そして、沙条愛歌。
稀代の“メイガス”。
通称“人間災害製造機”、もしくは、白染めの白百合、とも。
純白のリリー、今大会の優勝候補、“三強”と呼ばれる参加者の一人。
知名度で言えば活動の幅がはっきりしている遠坂凛や、ハーウェイの王、レオには劣りはする。
しかし、魔術師としての実力は参加者の中でもトップと目される。
メイガスの域に至る、といえばその実力の程が知れるだろう。
一回戦にして、この両名が激突することは、果たして不幸であろうか、幸運であろうか。
実力者であればあまりに惜しいと思うだろう。
そうでなくとも、誰も予想もしなかった、一回戦からの好カード。
二階掲示板、対戦相手を発表するその場にて、間桐慎二と沙条愛歌は相対していた。
ともに、そばにはサーヴァントの気配。
ここが戦場であれば、今にも戦端が開かれそうなほど。
「光栄だな。沙条を斃したとなれば、僕は魔術師として、世界で三指に入れそうな位だ。一回戦は退屈しそうだとヒヤヒヤしてたけど、そんなこともなさそうだよねぇ」
ニヤニヤと、高慢に満ちた笑みを浮かべなおして、慎二は言う。
その言葉に自負は足りていた、彼は心底それを語っているのだ。
「あら、そう。それじゃあ、アリーナか、もしくは決戦場で会いましょう?」
愛歌は敵と慎二を認識した。
そうと決まれば、もう彼自身に興味はない。
愛歌は慎二を知っている、有名なのだから、調べれば足りない情報も出てくるだろう。
これは、愛歌なりの戦略であった――が。
「おい、まてよ」
彼の横を通り過ぎ、マイルームへ向かおうとする愛歌を、慎二が呼び止めた。
彼女の行く手を遮ろうとして、しかしそれを遠慮した上で、振り返りざまに声だけを投げかける。
「一応さ、僕と君って、友人同士だったわけじゃん? もうちょっとなんか、あるんじゃないの?」
「なんか……って、何が? そんなもの、別にないと思うけど」
――そも、それは予選における学園内での
と、愛歌は慎二に興味を持たない。
持とうとすらしない。
「…………」
慎二は、一瞬顔を険しい物にする。
それを更に、今度は何だか難しい物にして――しかし、やはりいつも通りの笑みに変えて、軽く髪を書き上げる。
「……それならいいさ。僕は別に、君のことなんてどうでもいいんだから。そう、どうでもいいのさ、全くね」
「あら、なら――もういい?」
ニヤリと、挑発するように笑みを浮かべて。
――ハッとしたように、慎二は口を開ける。
「あ、ちょ、ま――」
「……何?」
しかし、彼は言葉を紡げなかった。
愛歌は慎二に“何の興味すら”抱いていない。
敵に向けるべき威圧も、敵を押しのけるための殺意すらも向けていない。
単なる無感動、それを自覚したのか、慎二は――
「……なんでもないよ」
と、つまらなそうに言って、
「――行くぞ」
虚空に声をかけ、その場から消えようとする。
「ふふ……」
愛歌は少しだけ意味ありげに笑みを浮かべて――
しかし、そこで足を進めることはなかった。
――そこに、第三者が現れたから。
きっと、それは偶然だった。
彼もマタ、対戦相手が発表されたのか、はたまた、それ以外に用があったのか。
どちらにせよ、その場に現れた少年。
レオ・B・ハーウェイと――
――その従者、蒼銀のサーヴァントは、堂々たる歩みでもって、愛歌と慎二に近づいた。
「――あ」
愛歌が、急に身体全体を振り返らせる。
突然の事だった、無防備だったといえばその通り。
そこにいた、かの騎士に、沙条愛歌は視線を奪われた。
「おや、これは……間桐慎二に、ミス沙条」
レオは、にこやかに両者に挨拶をする。
礼儀正しいようでいて、その実彼は礼節をもってあたっているわけではない。
それはまさしく、遮断の礼儀。
彼の言葉は親しげであると同時、こちらを決定的に“敵である”と宣言してもいるのだ。
それは――構わない。
愛歌にとって、間桐慎二とレオ・B・ハーウェイに違いはない。
どちらも敵だ。
排除スべき相手。
――しかし、
「――――」
そうではない、そうではない“誰か”がそこにいる。
愛歌は感じてしまった。
彼は違うのだ。
――沙条愛歌という人間が、彼に感じるべき感情は別にある。
「――――“騎士王”、彼らは僕の予選における学友……まぁ、競い合うべき敵といえる相手です」
レオは、その者の名を口にした。
――否、決してその真名を明かしたわけではない。
だが、解る。
“騎士王”と呼ばれた蒼銀の男は、決して刺のあるものではない、どこか優しげな――しかし、決して柔らかくはない表情で愛歌を見る。
愛歌と騎士王、両者の視線が交錯した。
「……クラスはセイバー。紹介に預かった、私の名は円卓の王、“アーサー・ペンドラゴン”――この剣に誓い、君たちとの公正な戦闘を約束しよう」
「――――アーサー・ペンドラゴン……!」
慎二が、思わずと言った様子で慄く。
それはしかたのないことだ。
騎士王、アーサー・ペンドラゴン。
円卓の主、騎士の中の騎士。
「――へぇ。貴方が、騎士王、なのね?」
愛歌は、嬉々に満ちた問いかけをする。
ゆっくりと、騎士の王へと近づいて、背の高い、彼の顔を見上げる。
「そうですよ、彼が僕のサーヴァント。――いつか、ミス沙条とも相対することになるでしょうね」
レオの答え。
しかし、愛歌は聞く耳を持たない。
騎士王は凛とした佇まいで、レオの隣で静止している。
接近した愛歌に意識を向けていないのではない。
向けた上で、それでも自身の在り方に忠実であるのだ。
まさに、騎士。
「――おい、待てよ。沙条と相対するってさぁ。それじゃあ僕が沙条に負けるみたいじゃないか!」
「……おや、ミス沙条の一回戦の相手は間桐慎二なのですか。なるほど、これは失礼。――ふむ、実に興味深い。僕はどちらの健闘も期待しますよ」
外部、レオと慎二の会話が響いても、愛歌はそれを歯牙にもかけない。
何かを迷うようにして、やがて。
激しい身長差故か、すがるように、愛歌は騎士王へと呼びかける。
「――騎士さま」
甘く、熱のこもった上ずった声。
それを媚びている、というのは違うだろう。
沙条愛歌の声は、決して計算によるものではない。
ただ“漏れてしまった”としか言いようのない、そんな声。
「素敵な騎士さま。……わたし、白馬の王子様にあこがれていたの。できることなら、今すぐこの場から連れ去って貰いたいくらい」
――それに、
間桐慎二が、唖然と口を開けて振り向いて。
おや、とレオ・B・ハーウェイが楽しそうに声を上げた。
「――ふむ」
とうの騎士王は――
困ったように、愛歌から視線をそらし、頬を掻く。
――随分と楽しそうだと、レオに向けて視線を向けたようだ。
まさかこんなところで“完璧な王”の素の表情を見ることになるとは思わなかったのだろう。
「でもダメね。不幸なことに、わたしと貴方は敵同士。いつかは分かたれてしまう。でも、一緒にお茶くらいは、ダメかしら」
すがるように接近した騎士王から、一度愛歌は距離を取る。
くるくると、二度三度、身体を回転させて、愉しげに“躍る”。
それそのものは、舞踏会のお姫様。
――だが、それは夏に咲き誇る夾竹桃のような、
まるで毒の華のように、強烈で可憐な、人を惑わす揺れる白。
慎二は、息を呑むようにそれを見守り。
レオは、無言のまま、無表情のまま、そんな愛歌から目を離さない。
「――残念ながら、私は騎士であると同時に王だ。王は常に毒を避け無くてはならない。君のお茶は飲めないんだ。すまないね」
騎士王は、あくまで憮然とした態度でそう言った。
――愛歌と騎士王は敵同士。
それ故に、愛歌の言葉を騎士王は否定する。
愛歌は、しかしまるで困った様子もなく、言葉を紡ぐ。
「いいのよ、騎士さま。わたしは貴方を麗しいと思う。……それ自体は、否定しないでくれるのでしょう?」
「私たちは、敵同士だけれどね」
両者は互いに、噛み合っているのだか、いないのだか。
よくわからない会話を交わし合い。
愛歌は、騎士王から背を向けた。
「行きましょう」
誰かに囁くようにそう告げて。
愉しげに、愛歌はスキップをして。
改めて――慎二の横を通り過ぎて行く。
「……お前」
慎二は、何かを言いたげに、しかし言葉にならずに愛歌を呼ぶ。
それは名前でも、親しげですらもなく。
けれども、どこか惜しさのある声で。
敵意のない声で、愛歌を呼んだ。
「――あら、なぁに?」
随分と弾んだ声で。
愛歌は、もうこれ以上ないくらい機嫌の良い声で、慎二に言葉を返す。
だが――愛歌は何も語らない。
慎二の言葉を待っているのだ。
そしてそれは同時に、“愛歌は慎二に何の関心もない”。
どころか、慎二を“認識しかしていない”ことの証明でもある。
それはむしろ、最初に愛歌がその場を離れようとした時よりも――
――それでも、もしくは、それだからこそ。
慎二は、真っ向から愛歌に言った。
「絶ッ対負けないからな」
驚くほどまっすぐな声で。
覚悟を決めた、どこかあどけなく見える少年の顔。
――くすりと、愛歌は笑ってみせた。
楽しみにしていると、そう応えるようであった。
どうでもいいと、嘲るようでもあった。
きっとそれは、どちらも内包しているものなのだろう。
だから、慎二はそれを受け取った。
「――――」
何か、言いたげな顔で。
彼もまた、沙条愛歌へ背を向ける。
レオ・B・ハーウェイの横を通り過ぎ、レオに関心を向けることもなく。
その場を離れる。
――それが、宣戦布告の合図であった。
一人残されるは、レオ。
隣には騎士王、壮麗にして美麗にして、騎士の如き騎士。
「――王」
騎士王は、レオのことをそう呼んだ。
「なんですか? 騎士王」
レオは素直に、彼のことを騎士王と呼んだ。
騎士王の言葉には慈愛があった。
レオの言葉には尊敬があった。
互いにそれを、言葉にすることはなく。
「行きましょう。我々の対戦相手発表まで、もう少し時間がある」
「そうですね……それにしても、騎士王。貴方――彼女のことをどう思いました?」
純粋な興味か、レオは騎士王にそう問いかける。
騎士王はそれに、無言でもって応える。
――だが、しばらくして、重い口を開ける。
「彼女は素晴らしい女性だね。高貴でそして何より花のように愛らしい。けれども同時に幼い容姿には見合わぬほどの才気。よほど名のある令嬢なのだろうね」
まるで、最初から用意されていたかのように。
一切なんらよどみなく。
しかし同時に、ほとんど一息に言葉を終わらせる。
ふぅ、と最後に呼吸をいれたほどである。
「……慣れているのですね」
やれやれと、レオは首をすくめて嘆息する。
そこには多少以上の共感が混じっているようだった。
騎士王は――何も語ろうとはしなかった。
カリス愛歌ちゃん、始まります。お楽しみに。
騎士王様は面倒な人なら男女問わず扱いは慣れたものよ、人類の面倒筆頭こと円卓を御していたわけですし。
なお地雷解体できるとはいっていない。