ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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14.神の如き月

 校内に敷設された教会。

 西洋の宗教のための施設ではあるが、このSE.RA.PH内では、ある目的でもって使われる

 

 魂の改竄。

 マスターの霊格が上がれば上がるほど、サーヴァントは自身の元の力を取り戻していく。

 これはそのための施設である。

 ――が、愛歌のサーヴァントは既に最大効率の能力を有しているため、彼女がそこを訪れることはない。

 加えて言えば、教会に居座る姉妹は、愛歌であってもお近づきになりたくない手合いだ。

 

 そんなわけで愛歌には縁のない場所ではあるが、多くのマスターはここに立ち寄り、サーヴァントを強化している。

 そんな教会の出入口――花壇と噴水の、憩いの場が設置されている。

 天宙のモニュメントも相まって、そこは幻想的な空間となってはいるが、あまり人気はない。

 多くの場合、マスター達はショートカットを要いて直接教会を訪れるためだ。

 

 普段であればこの場所で休憩を取っている少女が一人いるのだが――今はいないようだ。

 現在ここには、気分転換のために訪れた、沙条愛歌だけがいる。

 くるくると、楽しげにステップを踏む。

 今ここでは愛歌だけが存在を許されている。

 夜天のように輝く空も、無防備で自然体の花壇の花達も。

 

 全てを、愛歌が独り占めしている。

 

 そこは何とも不思議な空間だ。

 幻想的ではあるが、しかしどこか機械に近い無機質で。

 しかし、無機質であるがゆえに、人という存在を排他している。

 まさしくそれは自然であった。

 

 

 ――ふと、愛歌は足を止める、人の気配がしたのだ。

 

 

 ちらりと見遣る。

 この場を態々行き来する、物好きは果たして誰であろう。

 ――決して、自分と無関係ではない、愛歌の感がそう告げた。

 

「――あら」

 

 それは偶然ではあるが、あまりに奇遇でもあった。

 

「おや……これは、“魔術師(メイガス)どの”。教会に、御用かな?」

 

 優しげではあるが、しかしその身体に滲む頑健さが含まれた声。

 すらりと伸びる体躯は、老いてはいても、衰えることはなく――

 

「そちらこそ、この場所はあまり人の通る場所ではないわ。律儀なのかしら、それとも気まぐれ?」

 

「後者だ。時には、この場を通ることも悪いことではない」

 

 ――ふと、少しばかりの会話をして、そこで愛歌は居住まいを正す。

 実に格式張った礼儀で、そっと、頭を伏せお辞儀をした。

 

 

「――――サー・ダン・ブラックモア。ごきげんよう」

 

 

 ――そこには、愛歌の二回戦の対戦相手。

 ダン・ブラックモア。

 騎士にして老練な狙撃手。

 かつて戦場にて肩を並べたことのある、軍人でもあった。

 

「壮健そうで何より。教会に用、というわけではなさそうだ」

 

「えぇそうね、教会には特に用は無いですもの。ブラックモア卿はいかがかしら。目的は魂の改竄? それとも祈りを捧げに?」

 

 ふむ、とダンは蓄えた口ひげをもてあそぶ。

 ちらりと教会を見上げ――

 

「どちらも、であろうな。わしはそれなりに信仰の厚い人間であると自負しておるし、自身の勝利に目を曇らせもしない」

 

「あら、それはわたしが勝利を過信していると言っているのかしら」

 

 愛歌はダンにつられるように教会を見上げ、それからチラリ、とダンを覗き見た。

 ダンは目を伏せて否定する。

 

「そうではないよ。君や王のような人間は、自分の世界があるであろう。わしが何か思うべくもない」

 

「そう」

 

 愛歌は興味なさげに返すと、ダンの方を振り返って問いかける。

 

「――あなたは、神を信奉している敬虔な教徒。であれば、あなたにとって神とは、何?」

 

「……ふむ?」

 

 単なる戯れという風に、愛歌はダンへ背を向けながら問いかける。

 少しばかり歩を進め、それから振り返る。

 

「神でなくともよい。――貴方が信じるものはなに? 貴方が信念とすることはなに? それが少し、気になったの」

 

 ダン・ブラックモアの信念。

 彼の信奉する、彼の根源。

 まるで見透かすように、愛歌はダンに視線を向けた。

 

「神は我らを愛するものだ。常に我らとともにあり、その姿は永遠に不変。これはわしの外にあるものだ。幾らでも論じることはできるだろうが……その骨子に変わりはなかろうな」

 

「えぇそうね。まるで地球を見守る観測機――ムーンセルのよう」

 

 ――人は、それを本能で知っていたのだろうか。

 人類、地球、あらゆるものの記録を行う“ムーンセル”。

 その在り方は、まさしく神と呼ぶにふさわしい。

 

 そしてムーンセルは同時に、人の願いを叶える願望機である。

 

 とすれば、ダンの外にある神は、いうなればムーンセル。

 ならば内にあるものは――?

 ダンは信徒ではあるが、教会に身を預けているわけではない。

 神への信仰とは別の、彼自身の信念が、彼のそこにはあるというわけだ。

 

 愛歌は、それを問う。

 それは言ってしまえば、ムーンセルにかける願いにして他ならない。

 

「わしのそこにあるのは、恐らく騎士としての挟持であろう。少なくとも、この地には騎士としてやってきている。……君の知るわしと、今のわしは、同一ではあるが別のものだ」

 

「わたしに対しては別に何も変わらないと思うのだけど……まぁ、そうね」

 

 初日にアーチャーが仕掛けては来たものの、それ以降、ダンとアーチャーの奇襲はない。

 一度だけ、アリーナで直接激突した程度。

 それにしたって、アーチャーとダンの戦い方は、真正面からの正々堂々たるものだった。

 

 ダンは自身を騎士と呼ぶ。

 騎士には、誇りある戦い方というものがある。

 

「貴方のそれは、――ムーンセルに“許される”ものなのかしら、“愛される”ものなのかしら」

 

 愛歌はふと、話題を移す。

 ――ムーンセル、つまり神とは許し、祝福するモノだ。

 その形はどうあれ、それには種類と言うものがある。

 

 願いの種類。

 許すか、愛するか。

 

「――愛するものだ。それは、わしの中では疑いようもない」

 

 ダンはハッキリと断言した。

 彼の目には、揺るぎない意志の強さが見て取れる。

 ――彼が今の“老い”に至るまで、多くのことを彼は知っただろう。

 それらが彼に、その事実を告げているのだ。

 

 愛歌とて、それを揺るがせる障害ではない。

 直接の敵対者であれ、それを美しくないとは評さない。

 それが、沙条愛歌であってもだ。

 

 ――ただし、

 

「そうかしら。……何だか、貴方のそれは、美しくはあるけれど、変な形をしているわ」

 

「……それは、どういう意味かな?」

 

 愛歌の言葉に、ダンは純然たる疑問を覚えた。

 怒りではない――それは興味に近かった。

 

 愛歌は小首を傾げ、

 

「さぁ」

 

 と曖昧にするように笑ってみせた。

 

「少なくとも、わたしの決めることではないと思うわ?」

 

「それは……そうだろうな」

 

 ダンも、そう言われてしまえば納得せざるを得ない。

 無論、そうでなくとも、愛歌の言葉は、単なる雑談の一つでしかないだろうが。

 

「――ふむ、であればだ」

 

 ふと、今度はダンの方から愛歌へと問う。

 愛歌は不思議そうに、ダンの方ヘ向く。

 

「では、君の願いは何かな? 魔術師どの」

 

 それを問いかけられ、愛歌はその場で停止する。

 なんと答えたものか――視線が、空中へ飛んで、それから泳ぐ。

 

 それから、とびっきりの――普段の彼女以上の笑みを浮かべて、

 

 

「――“忘れた”わ」

 

 

 そう、答える。

 

 はたと、ダンはそれに過去を想起させる。

 イメージが、現実に重なる。

 デジャブというやつだ。

 

 知っている――ダンはこの笑みを知っている。

 

 そう、それは彼女と初めて出会った時の顔。

 

 彼女に初めて、狂気を覚えた時の顔。

 ふと、かつて恐慌状態に陥った兵士達を下がらせようとして、ここがムーンセルであることを思い出す。

 

 月に、軍における部下達はいない。

 ここには、騎士である、ダン・ブラックモアだけが存在しているのだ。

 

 であれば、話は思いの外単純だった。

 愛歌のそれは、恐れを感じこそすれ、竦み上がるほどではない。

 今の彼女にとって、ダンは敵ではないのだろう。

 

 アリーナであれば、決戦場であればともかく、だ。

 

「君は、この場に戯れで訪れたのか? それとも――」

 

「あら、そんなことは“どうだって”いいじゃない。“どうでもいいことよ”、忘れてしまったのだから」

 

 ――それにしても、だ。

 彼女の姿を見て直自覚せざるを得ない。

 

 ――この少女は、実に異常だ。

 如何にも可憐でありながら、如何にも美しくありながら、それを恐ろしいと思う。

 思ってしまうがゆえに、世界からその美が隔絶されているように見える。

 人の姿をした美。

 それを評するならば、きっとそうなのだろう。

 

 それはもしかしたらダンが感じてしまった恐怖ゆえの感情なのかもしれない。

 やもすれば、彼女の本当の顔を知ることのデキる人間はいるのかもしれない。

 

 ――それでも、ダン・ブラックモアにはそれが不可能だった。

 生半で、デキることではないのだろう。

 

「――この場には、願いがあってこそ勝利の資格がある。既に、ゲームは終えたのだ、魔術師(メイガス)よ」

 

「えぇそうね、まったくもってその通り。一回戦で、願いを間違えている人の多くは落ちたでしょう。そうでない人も、きっと願いを胸に秘め、人を殺す覚悟を終えている」

 

 ――もしもそれができないのならば、この二回戦で消えていくだけだ。

 当然のように、愛歌はダンの言葉を肯定する。

 

「それは――“貴方も同じこと”よ、ブラックモア卿、貴方には夢がある。貴方だけの。けれど――それは果たして、貴方にとって正しいものかしら」

 

 ――ふと、何気ない様子で愛歌はそう言った。

 くるくると、ダンの周りを回転し、何度も何度も、ダンの横を通り過ぎる。

 

 髪は自身がかき分ける風に揺れて空の如くきらめく。

 陽に溶けたような髪。

 ダンはそれに目も向けない、ただ、言葉にのみ引きつけられる。

 

「どういう意味かな?」

 

「知ったことではないわ、わたしには関係のないことだもの。わたしは貴方を殺すだけ、その時、良い死に方をしてほしいだけ」

 

 ――良い死に方。

 敵から出た言葉だ、咎めるような感情は浮かばない。

 ただ、それをダンは疑問に思う。

 

「まぁ、それもわたしにはどうでもいい事なのかもしれないわ。どちらにせよ、決戦場で雌雄を決するだけなのだから」

 

 やがて、愛歌はダンから離れていく。

 両者に会話以上の接点はなく、またそれを近づける感情もない。

 

 ダンは愛歌に背を向けて、愛歌は端からダンをみてはいない。

 

「――わたし、貴方のことキラいではなかったから、こうして話ができて嬉しかったわ」

 

 そこには、果たして感情があるであろうか。

 

「さようなら、老いた狙撃手さん」

 

 ――そんなことを言い残して、沙条愛歌はその場から消え去った。

 

 ダンはふと、そちらを見やって――それから視線を外す。

 言葉は出てくることはなく、やがてダンもその場から立ち去る。

 

(――旦那と、あの嬢ちゃんは知り合いなんだよな)

 

 アーチャーがふと、念話で問いかけてきた。

 これまでダンに対して何かを言うことはなかった。

 愛歌を狙っていたのかもしれない。

 

 咎めようとも思うが、そも愛歌に対してそれは徒労だ。

 どうあっても不可能なことに対して、叱責は少し理不尽が過ぎるだろうか。

 

(知り合いと呼ぶには、些か接点が少ないがな)

 

(まぁ、だよな)

 

 ダンが答えると、アーチャーはなにか考え込んだようだ。

 

(旦那の言う、悪魔だっていうことは解った。……けれど、あの嬢ちゃんは本当に人じゃないのか? 俺には、旦那に何か伝えようとしているようにも見えた――伝え方は、間違いなく意味不明だけどよ)

 

(……良いか、アーチャー。それは確かに彼女なりの助言なのだろう。しかし、こちらがそれを受け取れない以上、そこに何の意味もないのだよ)

 

 ダンは結局、単なる人。

 軍人か、もしくは騎士でしかない。

 

 ――単なる人間に、沙条愛歌は些か劇物だ。

 

 それは、生前を人として、人らしく生きたアーチャーにとっても、きっと同様なのだろう――――


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