ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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終:Prototype

 こぽんと、何かが揺れる音がした。

 そこは、既に誰かが望みを叶えた世界。

 ――その誰かが自分であることを自覚しながら、ゆっくりとセイバーは目を開ける。

 

 ムーンセルは駆動を始めていた。

 ゆっくりと、その願いを叶えるために、世界を変革させていく。

 

 

 ゆえに、それこそが、全ての騒動の終わりを告げていた。

 

 

 愛歌が、そしてセイバーが、世界を救ったことの証明でもあった。

 

 

 あぁ――終わってしまった。

 

 後悔は、幾らでもある。

 方法は、幾らでもあったのではないかと回顧する。

 

 それでも、これが一番正しかったから。

 愛歌のために、なるとおもったから。

 

 セイバーは、ゆっくりとそれら全てを飲み込んでいく。

 

 ――世界の修復は、ムーンセルが自動で始めてくれている。

 だから、まずすべきは己の願いを叶えること。

 

 一つは奏者の。

 そして後二つ――

 

 ――まず第一に、愛歌のために一つを終えた。

 

 芽吹く世界に、彼女を置いた。

 

 だから後二つ。

 どうしてもしなくてはならないことと、ある種セイバーの本当の願い。

 既にそれが、叶っているかを知るために。

 

 かくしてセイバーはそれを“書き換える”。

 それはこの世界の一つの在り方であった。

 

 

 つまり、“史実で男とされていた英霊が、実は女であることはありえない”。

 

 

 そう、ムーンセルに記述する。

 

 世界の法則として、書き込むのだ。

 こうすることで、セイバーの真名は、愛歌ですらひと目では判別できなくなる。

 

 なぜ、そうするのか。

 答えは簡単だ、“そうしなくては、愛歌はセイバーを見てくれない”。

 

 そもそも、セイバーが愛歌の中で対等以上になるには、セイバーの自我以外にもう一つ、外的な要因があった。

 それこそが“セイバーはセイバーである”という認識だ。

 つまり、過去を知らずにセイバーの人となりを知るということ。

 

 もしも過去を知ってしまえば、その時点で愛歌は納得する、当然だ、このセイバーはこういう存在なのだ、と。

 

 それでは駄目だ。

 愛歌が納得してしまっては、セイバーはそこで完結してしまう。

 ダメなのだ、愛歌にとってセイバーが、最初は得体のしれない存在でなくては。

 

 後は、愛歌に召喚されるセイバーの役目だ。

 自分はそれの後押しをするだけ。

 

 まぁ、頑張ってここまで来てくれ、といったところか。

 

 ともあれ、それでまずは一つ。

 

 もう一つは――あった。

 直ぐにその情報は見つかった。

 

 そこには、こう記されている。

 曰く、

 

 

 ――――それは、愛歌にとって最も相性が良いとされるサーヴァントである。

 

 

 そこに、セイバーは最上段に自身の名が記されているのを知る。

 これが確認したかった。

 愛歌にとって、本当にセイバーが最も相応しいと、ムーンセルが考えていたのか。

 

 それを確認する必要があった。

 

 そしてその上で――正しくそれは事実であった。

 

 だからこそ、セイバーは更にそこに加える。

 一つ、命令をした。

 

 

 ――ムーンセルに要請する、もしも愛歌がサーヴァントを召喚する際、“必ず自分を召喚するように”と。

 

 

 強く、そう命じた。

 そしてそれで――まず、セイバーがすべきことはおしまいだ。

 

 さほど時間はかからなかった。

 ――だから、まだ先は幾らでもある。

 幾らでも、時間はあるのだ。

 

 

 ゆっくりと、目を閉じる。

 

 

 いつか見る世界へ思いを馳せて、セイバーはゆっくりと、まどろみに身を預けるのであった。

 

 

 ◆

 

 

 ガバリと目を覚ます。

 元より自分は寝覚めは悪くない方だ。

 直ぐに意識は覚醒し、そこが自分の部屋であることを思い出した。

 

 殺風景で、つまらない部屋だと、なぜか感じる。

 それまでずっと、その部屋で暮らしていただろうに。

 

 あぁ、まるで世界が色を変えたかのようだ。

 

 ――あらゆるものを塗り替えられる。

 自分が自分でなくなる――そんな、そんな夢を見ていた気がした。

 

 直ぐにそんな幻影を振り払い、彼女はゆっくりとベッドから身を離す。

 軋んだそれは、どこか懐かしさすら感じられて、けれどもだからこそ、この静寂はあまりにも寂しくて。

 

 ――否、別に今の己が孤独であるというわけではないのだ。

 だから問題はない。

 少女はゆっくりと部屋を闊歩して、クローゼットの前に立つ。

 今日はどんな衣装にしよう。

 迷いはあまりないが、悩みなら幾らでもある。

 

 ――とりあえず、よく着ているお気に入りの翠のドレスを手にとった。

 今日はそんな気分だ。

 と、いうよりも――そうしなくてはならないような気さえして。

 

「……おはよう、私」

 

 ふと、ドレスを手に取り身体にかぶせながら写った鏡に――

 

 

 ――――沙条愛歌は、呼びかける。

 

 

 少しだけ、髪が伸びたか。

 ――なぜだか、そんな違和感を覚えて。

 

 そこに、

 

 

「――――もしもーし」

 

 

 遠くから、誰かの声がする。

 

 ハッとして愛歌は直ぐに衣服を身につけにかかる。

 この程度ならなんということはない。

 そもそも、自分は“なんだってできる”のだ。

 この程度のことでどうと思っても居られない。

 

 だというのに、なぜだか今日は、震えるはずのない感情が常に震えて。

 

 ――一日が、あまりに新鮮でたまらない。

 

「今行くわ!」

 

 そう答える声も、常よりはるかに弾んだものだった。

 

 ――もしかしたら、階下では目を白黒させて驚いているかもしれない。

 そんな益体もないことを思いながら――愛歌は自身の部屋の扉に手をかけた。

 

 

 ――意識がはやる。

 

 

 なぜだか、無性に急ぎたい感覚に囚われる。

 なぜか、なぜか、前に進みたくて仕方がない。

 それを何とか抑えながらも、いつもの様に愛歌は階段を降りて行って――

 

 ――その足音が、常よりも幾分大きいことに気がつくことはなく。

 

 そこに、辿り着いた。

 

「――あ、おはよう。どうしたの今日は、随分調子が違うけれど」

 

 

 ――――一人の少女が、そこにいる。

 

 

 年齢にして十七かそこら。

 愛歌とは大分年の違う少女であった。

 

「もしかしたらあの娘たちが来るから? ううん、いつもはそんなことないと思うし、なんだろう」

 

 どこか的外れなことを言いながら、けれども。

 ゆっくりと、彼女はこちらに近づいてくる。

 

 

 ――少女の名は、知っている。

 

 

 愛歌は、

 

 

 それを、

 

 

「――――綾香」

 

 

 そこで、ようやく、口にする。

 

 

「もう、お姉ちゃんって呼んでよね」

 

 

 対する少女はそう言って――ぽん、と愛歌の頭に手を触れる。

 

 

 あ、と声が漏れた。

 

 

 ――それが、限界だった。

 

 確かに感じる沙条綾香の、自身の姉の感触。

 

 もう、何年も忘れていたようなそれに、愛歌は――

 

 

 ――――それまで流したこともない、涙を流す。

 

 

「ちょ、ちょっと急にどうしたのよ!」

 

 狼狽しだす姉は、かつてと変わらないどんくささで、思わず可笑しくなってしまう。

 涙は流れたままに、けれどもくつくつと笑う愛歌をさもおかしいものを見るような眼で綾香は見て――

 

「……何かあったの?」

 

 それを、極力抑えて――けれども抑えきれずに発露させながら――問いかける。

 

「……何でも、ないの――えぇ、本当に」

 

 かくして愛歌は自覚する。

 ――ここに、全ては決着がついたのだと。

 

 

 長い旅の末に、ようやく願いを手にした少女は、それを感情へと変えながら――楽しげに、笑う。

 

 

 そして。

 

 

 ◆

 

 

 ――少女から、少し離れた話をしよう。

 

 

 そこは、ある一人の少年の執務室であった。

 宮殿のような豪奢な仕立てを、最低限の威厳で飾り付けた――不要なものを全て排した部屋である。

 自身が王であることを自覚しながらも、そこに自己という色をださない。

 豪奢な宮殿も、あくまでそれがかつての王が使用していたから、とうだけのこと。

 

 ――そんな趣向を持つのはただ一人。

 

 そこは、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイの執務室であった。

 

 西欧財閥の総帥、幼くして王のなった少年は書類を手にしながらつぶやく。

 

「……ふむ、やはり“月の聖杯が機能を停止している”」

 

 どうやらそれは天蓋に浮かぶ願望機――ムーンセルの資料であるようだった。

 

 曰く、ムーンセルは使用できない状況にある。

 今のムーンセルには、単なる記録の道具としての機能しかないと。

 

 そう、報告されていた。

 

「――誰かがそうなるように願ったのか、はたまた既に聖杯を手にする者が現れたのか……どちらにせよ、聖杯戦争に参加し勝利することで、西欧財閥が世界を制するという計画は、水泡に帰したわけですか」

 

 無論、一大事である。

 ――だが、レオの顔に一切の曇りはなかった。

 まるでそれで良かったのだと言わんばかりに、穏やかな声で頷いている。

 

「何にせよ、世界は今も変わらず運行されている。――よほどおかしなマスターでは無かったのでしょう。であれば、まぁ最低限でしょうね」

 

 西欧財閥にとって、最も避けるべきは、“西欧財閥にとって不都合なマスター”の手に聖杯が渡ることだ。

 だがそれも、今は特に見られない。

 とするならむしろ最低限――グッドではなく、むしろそれ以上にベターな結果であると言えるだろう。

 

「結局のところ、僕達はあまり聖杯に固執してはいなかった。――むしろ、そんなものに惑わされたくないとすら考えていたのでしょうね」

 

 今の自分を、レオはそう観察していた。

 ともあれ――しかし、

 

「――これで、人類はまた暗礁へ乗り上げたことになる。考えなくてはなりませんね――あぁ、まったく。世界をたった一人で変革しうるほどの天災が、どこかに転がっていないものでしょうか」

 

 ――などと、本来であればレオの立場ならば絶対に考えてはならないことを呟いて。

 直ぐに振り払う。

 

 今日もまた、レオは西欧財閥の主として手腕を振るう。

 

 その先にあるのは、彼らが望む延命か、はたまた――――

 

 

 ◆

 

 

 ――少女から離れた話をしよう。

 

 一人の男が、暗く淀んだ路地の裏、複数の青年たちと共に周囲を伺っている。

 ――名をユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。

 ハーウェイの掃除屋は、今日もまた薄汚れた泥にまみれながらも、己の願いの中に生き続ける。

 

「――作戦(コード)明星の堕天使(ルシフェル)。発動する」

 

 至ってまったく真面目な顔で、ユリウスはそう、司令を下した。

 

 

 一人の男が、複数の部下に囲まれて何事かを語る。

 男は既に老齢に差し掛かったいぶし銀、――ダン・ブラックモアである。

 彼は己を慕う部下たちを教導しながら、ふと胸元からロケットを取り出す。

 

「……さて、今日も行くとしようか」

 

 その中にうつっていた一組の男女の写真へ目を細め、ダンは、今日もまた、思いを馳せる。

 

 

 一人の少女が、電脳の中を駆けまわる。

 既に朽ちたその身体、けれども今の彼女は実に楽しげに踊っている。

 ――ありすは、くるりと振り返って声をかける。

 

「ちょっと、遅いよ! ――――“リップ”」

 

 それは、どこかいじめてしまいたくなる少女の名前。

 そんな少女に、そしてもう一人、黒いアリスをめぐり――彼女達は在る騒動に巻き込まれることを、まだ知らないでいる。

 

 

 一人の男女が、難しそうな顔を突き合わせていた。

 とはいえ片方はおかしそうに、もう片方は困ったように。

 

「――ソレデソレデ……ランルーくんノ話ヲ聞イテオクレ」

 

「むぅ……ご婦人! いや、しかし……」

 

 何やら悩ましげな臥藤門司の周囲を、おどけた道化師、ランルーくんは駆けまわる。

 そんな不可思議な光景が、何故かこの世界の最も登頂困難とされる山の上で行われていた。

 

 

 一人の女が、見知らぬが知っている者達に囲まれている。

 そんな中で、女は絶唱を繰り広げるのだ。

 ――ジナコ・カリギリは現在、どういうわけか“オフ会”なるものに参加していた。

 複数人のネット上の知り合いに囲まれて、けれど――

 

(何だ、何だ、何だ簡単じゃん! ジナコさんもしかしてガチ天才!? 人付き合いなんてホントイージーモードだよね!)

 

 などと、調子に乗っていた。

 そんな彼女が、現実でのドロドロに右往左往することになるまで、あと少し。

 

 

 一人の少女が、一人の女と顔を付きあわせていた。

 女が何かを語り、少女が目を輝かせてそれに食いついている。

 少女は感情の乏しい顔であったが、明らかにそれは喜びに満ちていた。

 

「なるほど……なるほど、これが“PHN”の極意なのですね」

 

 にこりと、女は自身の成果へ満足気に頷く。

 人類最後の神秘の蔵――オシリス院にて、少女達は今日も何やら怪しげな会話を繰り広げるのであった。

 

 

 少年の話をしよう。

 少年はその日、自身を除く己が所属しているコミュニティの全員がオフ会なるものを開いていると知らされた。

 置いてけぼりにされた怒りに水をかけるように、メールが届いたと端末が告げる。

 

「――なんだこれ……ファイル名は“メルト”……もしかしなくてもウィルスかよ。へぇ……僕への挑戦ってわけ? いいじゃん。僕みたいなハッカーには、たまにはこういう挑戦状が必須だよね」

 

 ――かくして、間桐慎二はそれに挑みかかる。

 それが、後に行われることとなる、“七人のマスターの聖杯戦争”への招待状であるなどと、気がつくはずもなく。

 

 

 そして――少女の話をしよう。

 

 金髪の少女、遠坂凛は在る男の運転するジープに揺られながら、運転席の男へあらん限りの罵声を浴びせていた。

 

「ちょっと! もう少しスピードでないの!? っていうか危ないでしょ、もうちょっと安全に運転しなさいよ!」

 

「おいまて、その二つは完全に矛盾している! そもそも、君がスピードを出せというからこうなっているのだろう。向こうは完全にムキになっているぞ!」

 

「それを何とかするのがあんたの仕事でしょうが!」

 

 ――隣の褐色肌の男は、即座にそれへ文句を返す。

 互いに口数は全く減っていない。

 

 現状はそれどころではないというのに。

 

 ――現在、この二人はある敵対勢力に追われていた。

 派手に敵のアジトを吹き飛ばした帰りのことである。

 

「くそ……君が少しその射幸心を抑えてくれればだな」

 

「無茶言わないでよ! っていうか、そういう無茶はあんたの方がもっとひどいじゃない!」

 

 がなり合う両者の後ろには、何やら一人の少女が載せられている。

 透き通るほどの白い肌と白髪の、齢十かそこらかという人形のような少女。

 明らかな危険の香りが漂う少女であるわけだが、金目のものはないかと歩きまわっていた凛が見つけてしまったのが運の尽き。

 とりあえず持ち帰ることにしようとなったのだが――明らかに敵の追撃はそれを目的としたものである。

 

 この場で放り出せれば良いのだが、生憎ここにいるのはこんな世界では異常なまでのお人好しと、狂ったまでの正義バカ。

 ――見捨てておけるはずがないのである。

 

「っていうか、この娘ほんとに生きてるの? 全然体温ないんだけど」

 

「案外、人ではないのかもしれないな」

 

 そして、そんな状況にあっても二人から飛び出すのは軽口の類。

 

 ――死の瀬戸際にあってもなお揺るがない者達の逃走劇は、まだ終わることは無いようだ。

 

 

 ◆

 

 

 ふと、軽く愛歌の髪をなでていた綾香が、何かに気がついたかのように難しい顔をする。

 今も愛歌は泣きじゃくっているというのに、のんきなことで。

 なにやらうーん、と少女は考え事をして、

 

 

 ぽつりと、

 

 

 その一言を、漏らす。

 

 

「――――愛歌、なんだか少し、背が伸びた?」

 

 

 あまりにも何気なく。

 けれどもそれは――間違いなく、愛歌にとって最も欲しかった言葉であって。

 

「……えぇ、勿論よ」

 

 なにせ、と続ける。

 

 

「――私は、これからもっと背が伸びるのだから。だから――驚かせてあげる、その度にね」

 

 

 そんなことを、臆面もなく自分の姉へと告げて。

 呆けた顔をする綾香。

 

 

 ――少女は、かくして世界に誕生することとなった。

 

 

 ――前を向いて生きるため、一歩先へ、踏みしめあるいていくために。

 

 

 ――多くの過去を、多くの経験を、決して零にしないため。

 

 

 今はまだ、それは始まりにすぎないのだ。

 

 

 始まりの時(Prototype)は終わりを告げる――

 

 

 これは、そう。

 

 

 そんな少女の、ちっぽけで譲れない――確かに宿る物語。

 

 

 月が今もそれを、見守っている――――




 ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
 随分長いお話になったかと思います、完走できるかどうかは私自身未知数でしたが、こうして完結までこぎつけることができました。
 それを楽しんでいただけた皆さんに感謝しつつ、今回はここで終幕とさせて頂きます。
 本当に、本作をご愛読いただきありがとうございました。
 またいつか、どこか別の作品でお会いしましょう……

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