ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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83.星を震わす地母の音

 迫るキアラの拳を、セイバーは剣で叩き弾く。

 

「――っ!」

 

 顔を歪めたのはキアラの方だ。

 よもや、真っ向から弾かれるなど考えても居なかった。

 直後に迫る剣を、距離を取ることで回避する。

 

 ――だが、そこには既に愛歌の姿が在る。

 

 襲いかかる光弾と、手のひらには紫の花。

 光弾を全て叩き潰し、直後に更に掌底を愛歌へ叩き込もうとするが――届かない。

 愛歌はふわりとすり抜けるようにキアラの横を滑り、毒手でもってキアラに触れる。

 

 痛み、激しい悪寒が浮かび――それを振り払い、愛歌からも距離を取る。

 

 ――触れられた。

 間違いなく、それ自体は絶対に否定のしようがなく。

 

 追いすがる愛歌の追撃を、セイバーの剣戟を、キアラは全て弾いていく。

 雨あられの中でなお、未だキアラは健在だ。

 しかし、

 

 ――明らかに、その体には切り傷が増えているのが見えている。

 

「――バカな! なぜ! ありえない!」

 

 言葉をそのまま覇気に変え、キアラは拳を振りかぶる。

 ――だが、それよりも先にセイバーの剣が構えられていた。

 間に合わない――心がそうはっきりと告げて。

 

「――――!」

 

 気がついて、しまう。

 原因は、三つ。

 

 まず何よりも先ほどの聖剣。

 完全に無防備なママ直撃を受けた、それでもなお未だ健在であるキアラの方が異常なのだが――それでも。

 無視できないダメージはあった。

 自己改造を繰り返したBBすら屠った一撃なのだ。

 当然といえば、当然か。

 

 そしてもうひとつは――考えて、ありえないと頭を振る。

 ありえてはならないことだ。

 それがもし事実なら、“既に自分は負けている”。

 だが、実際は違う、まだ身体は十分に動く。

 

 だから、ありえない。

 

 

 ――精神が愛歌達に劣っているなど。

 

 

 そして、最後。

 

(――セイバー!)

 

(……あぁ!)

 

 互いに、意思なく頷き合う。

 その間には念話すらない、言葉が必要ないのだ。

 それほどまでに、お互いのことを両者は理解していた。

 

 つまり、そういうことだ。

 

 愛歌とセイバー、この二人は――

 

 

 ――――今もなお、成長を続けている。

 

 

 こと連携という面に関して、完成と言える究極はない。

 故に、高めることのできることは、際限なくありつづけるのだ。

 それはそう、感情という湧き水が枯れることなどないように。

 

 それは測れるものではない。

 量では計測できないものなのだ。

 

 だからこそ、今も愛歌達は強くなる、――もしも、そうであるとするならば。

 

 

 キアラは気がついてしまう。

 

 

 ――――もはや自分に、勝ちの目などないのでは?

 

 

 否。

 否。

 否、否、否。

 

 ――断じて、否!

 

 そんなことあるはずがない。

 それを今から、この瞬間から証明しよう。

 

 さぁ、済度の時だ。

 今ここに、愛歌たちへと引導を渡す。

 浄土へ至る。

 

 ――終焉侍らす魔性と化す。

 

 打ち震える時が来た。

 殺生院キアラは、かくして全てを飲み込む選択を、取る。

 

 

 ◆

 

 

 ――宇宙がその時、確かに震えた。

 数多の星々、遍くきらめき。

 それらが、一様に不安と恐怖に叫び声を上げるのだ。

 

 そのうち一つが意思であった。

 

 そのうち一つが命であった。

 

 そのうち一つが――――キアラであった。

 

「……これは」

 

 愛歌は苦々しい顔でつぶやく。

 ――とんでもないことをしてくれた。

 そしてもはや、それは止められない所まで来ている。

 

「奏者よ、まさかアレは――」

 

 ――その続きは口にはできなかった。

 憚られた、さしものセイバーとて、それを思考して、正気でいられるはずがない。

 

 そう、

 

 

 ――キアラは今、宇宙そのものを快楽に変えようとしているのだ。

 

 

 そんなこと、愛歌ですら口にできない。

 ――もしそうなれば、もしそれで愛歌達すら溶けてしまえば、この世界に“キアラ以外の知性体は存在しなくなる”。

 

「……対抗するしかない。大一番よ、たとえどれだけ無茶であっても――」

 

「――勿論、余はそこまで臆病者ではないつもりだ」

 

 しかし、

 

 それでも、なお。

 

 両者の顔に曇りはなかった。

 

 敗北など、微塵も考えていないのだ。

 むしろ、今の両者に在るのは絶対の勝利へ対する確信。

 もはや後戻りはできない、あとはただ、勝つことへ向かって走りぬけばいい。

 

 そう、本気で考えているのである。

 

 

「――さぁ、時は来ましたわ! 私の、夢が、ここに成就される!」

 

 

 遠くから、キアラの声が聞こえてくる。

 この宇宙のどこかで、今も彼女は淫蕩にふけっているだろう。

 その結果がどうなるか――など、それを咎めるつもりは毛頭ない。

 言っても聞かないのが当然であるし、そもそも、愛歌達とてそれを咎められる立場ではない。

 

 なにせ今から愛歌達がすることは、言ってしまえばこの世界に“とどめを刺すこと”と同義なのだから。

 

 かくして時は訪れる。

 震えた。

 

 

 ――この世全ての欲(アンリマユ/CCC)が、この銀河を、宇宙全てを飲み込んだ。

 

 

 そして同時に。

 

「行くわよ――私の影は、世界を覆う」

 

「余の情熱は、銀河(ユニバース)すら突き抜ける――――ッ!」

 

 愛歌達も、雄叫びを上げる。

 そう、それは――

 

 

「――――C.C.C.(カースド・カッティング・クレーター)ッッ!!」

 

 

 ――二つの声が唱和する。

 世界を塗り替える――星を震わす地母の音。

 

 

 ◆

 

 

 融かし尽くした快楽の宴が。

 この世に合ってはならない、故に永遠となるべき地獄が。

 

 ――宇宙を、そして世界を覆う。

 

 もはやそこに残るものなど何一つなく。

 キアラは、故に絶対なる神となる。

 

 目的としてではなく、結果として。

 ――あとに残るのはただキアラの存在のみ。

 

 無数の星が飲み込まれた。

 数多の意思が悦楽へ変わった。

 無限の愉悦がキアラを襲った。

 

 これほどまでの思い、願い、愛、欲、全て。

 ――受けたことなどあるはずがない。

 はっきりって、受けきれるかはキアラにとっても賭けであった。

 本来、これほどまでの愛を全て受け取る必要はないのだ。

 

 愛するために、必要な分だけを形にすればいい。

 だが、今はそれが必要だった。

 だから賭け、そして勝利した――

 

「あぁ、あぁ――何て、何て、素敵な――――」

 

 漏らす声は断片的で、キアラがもはや陶酔しきっていることを示している。

 その顔も、もはや人としては浮かべることのできないほどの高揚に満ちていた。

 

「最高――! 最高――――! 最高、最高、最高――――――――!」

 

 どこまでも果てしなく、それを確かめるように、そう叫ぶ。

 

 そう、

 

 ――――確かめるように。

 

 あぁ、そうだ。

 キアラは気がついていない。

 気付いていながら、目をそらしている。

 

 だってそうだろう。

 そうでなければ、それは――

 

 ――キアラは果たしてなにに気が付かないか。

 決まっている、そんなこと。

 

 

 ――――これほどの快楽にあってなお、キアラの身体は、一度として絶頂を迎えていない。

 

 

 これまでアレほど用意に得られていた絶頂が。

 キアラそのものとも呼べる感覚が、今の彼女の手元にはない。

 

 何故か。

 原因は、つまり不安だ。

 

 キアラは不安を抱いている。

 現状の、最高潮という状態にあってなお、それを正しく受け取れないでいる。

 

 だから、快楽は訪れない。

 どれほど口にだそうとも、――それは、キアラの肌に触れるより前に、カットされている。

 そして気がついた。

 

 

 ――――自分の周囲を支配する、“何か”不可思議な存在を。

 

 

 正しく認識できたわけではない。

 本来認識できないはずのそれを、キアラはその圧倒的なスペックからなんとか理解しているにすぎないのだ。

 

 ――すなわち、概念。

 この世界を包む何か――口には出せない何かが、うごめいている。

 

「まさ、か――」

 

 驚愕を抱く間もない。

 直後、

 

 

 ――――溢れ出る快楽の波、その一部を突き破って、黒い何かが溢れでた。

 

 

 形としては、触手とも言える一本の帯。

 黒であることすら否定する、絶対黒の色を帯びたそれ。

 宇宙のあちこちに――飲み込んだはずの快楽に、無数の穴が開けられていく。

 

「――そんな、やめなさい! やめて、やめてくださいまし!」

 

 叫ぶ。

 だめだ、だめだ、それは――だめだ。

 

 やめろやめろやめてくれ。

 喚いたところで止まらない、愛歌達の改変が、あちらこちらで実行されていく。

 そう、世界改変、二重に放たれたC.C.C.が、キアラの蛮行を蝕むべく胎動している。

 

「させません! そのようなこと!」

 

 手を前に振りかざし、キアラは薄く曇る白の手で、自身の波をかき混ぜる。

 消し去ってしまえばいいのだ。

 塗りつぶせばいいのだ。

 

 こんなもの、こんなもの、こんなもの――!

 

 だが、

 

 

 ――むしろ、混ぜた先からそれらは全て食いつくされていく。

 

 

「あ――」

 

 ――今その瞬間、キアラは確かに思ってしまった。

 絶対にあってはならないこと、一度自分自身が否定したこと。

 

 それでもなお、抱いてしまうのだ。

 不安、ではない。

 それはその程度で済まされるものではない。

 

 ――視界のあちこちで、全ての悦楽が消えていく。

 高ぶっていた感情が急激に冷やされていくかのようで、キアラは何度も口を開き、けれども言葉が生まれず立ち消えていく。

 それはそう、そういうものだ。

 

 それでもなお手を振りかざし、白の魔の手を無闇矢鱈と振るう。

 来るな、来ないでと、何度も思考の中で懇願しながら。

 

 

 ――――かくしてキアラは、恐怖、絶望、そういった感情に呑まれながら、黒の世界へ、包まれていった。

 

 

 ◆

 

 

 あとに残ったのは、世界が終わった後の残骸だった。

 生きているものはこの世に無い、キアラが全て包み込み、それを愛歌たちが無に変えたから。

 引導を渡したのは愛歌なのだ。

 ――それがどれほど罪深いことか理解しながら、それでもなお、人としての感覚を保ったまま、愛歌は宣言する。

 

「――終わった、のね」

 

 それはすなわち――勝利宣言。

 そして同時に――フィナーレか、ピリオドか。

 

 どちらにせよ、ある一つの出来事が、そこに“終幕”したことを示すものでもあった。

 

「……奏者よ」

 

 ぽつんと二人。

 ――静かで暗い闇の世界で、両者は互いのことだけを認識しあう。

 

「……ええ」

 

 何も残らなかった。

 何も残せなかった。

 ――それでも、愛歌とセイバー。

 

 二つの意思は、確かに残った。

 

「――くく」

 

「――アハ」

 

 そして、二人は。

 

「――――くはははは!」

 

「――――アハハハハ!」

 

 そこで自然と、笑みを漏らしていた。

 緊張が抜けたからだろうか、自然と、その顔には綻んだものが浮かんでいる。

 

「もう、何も残ってないのね。アダムとイヴ――いいえ、この場合はリーヴとリーヴスラシルかしら。――ラグナロクの終わりには、こんな感情が残るのね」

 

「どちらにせよ、我々は人ではない。今の我々はデウス・エクス・マキナ――それも、この世界の大団円を任された、な」

 

 世界に生き残った最後の二人。

 ――だが、たしかにそれは適さないだろう。

 そもそもセイバーは人ではないし、愛歌もセイバーも少女であった。

 むしろ、今の彼女たちの在り方を鑑みれば、デウス・エクス・マキナ――大団円の神であるほうがそれらしい。

 

「神、ね。今にして思えば――随分と遠い場所の話をしているような気がするけれど」

 

「…………そうか」

 

 愛歌の言葉に、セイバーはそう頷いて。

 ――けれど、愛歌はその頷きを気にせず続ける。

 

 

「――まだ、あと少し、残ったものがあるかしら」

 

 

 言葉の直後であった。

 

 “――――”

 

 何かが、聞こえる。

 セイバーもそれは認識していた。

 どういうことか、など問うまでもない。

 

 “――a”

 

 そして、それは。

 

 “――――ah”

 

 ゆっくりと、大きさを増していく。

 

 そう、

 

 

「――――ぁァa」

 

 

 ――近づいているのだ。

 

 

「――――――――ぁぁアァあaAあAaぁァあAAぁアあァAaaaAぁあァアあああああァAAAAAあァアaaAaAAAaあァあああァあAあァあアアあァAaああAあaァあAあアaアAあアあぁaAaAあaあaAぁあぁAあああAAあAぁaあアあAアあアアAアアあaあああaぁあアAあァァあAああぁあアAアああAぁAaあaaaあaAぁaaあァaAあaあaAああaアAアアアaアAアAAhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッッ!!!」

 

 

 絶望に狂った嬌声をあげ、化け物キアラは、確かに空間を疾走していた。

 

 

 その体は数多の黒に濡れていた。

 純白と白桃に満ちていたはずの彼女の化粧も、今は爛れた暗黒に変わっている。

 彼女の周囲を、薄汚れた手がかきむしっていた。

 否、今はそれが彼女を移動させているのだ。

 

 蜘蛛のごとくこちらへ這いよる女の姿。

 

 ――それが、今のキアラそのものと言えた。

 

「――醜い、らしくないほど醜い。それが貴方の本性ということかしら」

 

「いいや、そうでもないだろう。――本性すら壊れているのだ。今のこれに、意思はない」

 

 言いながら一歩セイバーは前に出た。

 これで、終わらせる。

 そのためには、自分が引導を渡す必要がある。

 

 愛歌でも、構わない。

 ――だが、そうするべきだとセイバーは動いた。

 

「……やっちゃいなさい」

 

 愛歌はそう、命ずるでもなく、懇願するでもなく、言い切った。

 疑いも迷いもない。

 ――確信している。

 セイバーの勝利を、そしてキアラの敗北を。

 

 同時。

 

「――――MA」

 

 キアラの口から、何かが溢れる。

 

「――NA」

 

 それは、そう、

 

「――KA」

 

 ――沙条愛歌。

 かつて、自身がその全てを欲した、純白を今、求めているのだ。

 

 ふと、思う。

 

 果たしてキアラは、一体愛歌のどこを愛したいと思ったのだろう。

 絶対的な白こそが愛歌だとキアラは言った。

 つまり、それをキアラは求めていた?

 

 ――なぜ? 愛したいと、融かしたいと思っていたから?

 

 だが、違うように思える。

 キアラは、“愛する”ことこそが目的なのだ。

 そもそも彼女に、個人を愛するという概念はない。

 何もかも、全てが同じなのだ――だから、本来ならキアラはそも、“愛歌を愛する必要はない”のである。

 

 だとすれば、一体全体、どういうことなのだろう。

 

 こればかりは愛歌には――セイバーにすらわからない。

 わかるとすればきっと――――

 

「……奏者よ」

 

 いや、今はいい。

 ――セイバーも愛歌も、そう切り替えて、意識を今へと戻す。

 

「なぁに?」

 

「…………しばし、私情を語ろう」

 

 剣を高らかに、セイバーは声高にそれを宣言する。

 

「――告白するぞ」

 

 かくして振るうは彼女が誇る終幕の剣。

 

 名を――

 

 

 ――――星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)

 

 

「――――余は、奏者が、大好きだァァああああああ!」

 

 

 ――はぁ?

 そんな、素っ頓狂な愛歌の声を置き去りにして。

 セイバーは、迫るキアラへとかけ出した。

 

 ――なぜだか、その声は、どこか寂しさに満ちたもので。

 

 両者は止まらず――――互いに、一直線に、

 

 

 お互いの側を、駆け抜けた。

 

 

 停止する。

 時が、キアラが、セイバーが。

 剣を振り下ろした状態のセイバーに、無数の手を蠢かしたままのキアラ。

 互いにそのまま、静寂だけが時間を越えて。

 

 愛歌が――目を見開いた。

 

 直後である。

 

 ――――情熱の焔が、キアラの足元から噴出した。

 

「GA」

 

 声が、声が聞こえる。

 

「GaAAAAああああああああああああああアアあ!!」

 

 殺生院キアラの絶叫がこだまして。

 ――セイバーは、未だにそこに健在であった。

 

 ならば、これで――

 

 

 否。

 

 

 否、否。

 

 

 まだだ――キアラは、まだ、死んでいない。

 

 

 焔が弾けた。

 

 殺生院キアラが、周囲の手を失って、ただ自身の身体のまま、セイバーへと手を伸ばす。

 

 ――首を掴んだ、手を構えた。

 

「が――まだ、動くか!」

 

 今のキアラにかつての気配はどこにもない。

 それはすなわち、ムーンセルの管理権限すらキアラは手放したということであるのだが。

 

 ――それでも今のキアラはアンデルセンによって造り上げられた人外である。

 この場において、行動することは不可能ではない。

 

 それでも、今ここで行動を起こすのは、単なる執念以外にありえない。

 ――その体は、もはやその半分が闇に溶けていた。

 文字通り、爛れて焼け落ちているのである。

 

 美貌などありはしない、表情もまた醜悪そのもの、これでなお、キアラはキアラであり続けるというのか。

 

 手が構えられる。

 手刀の形となり――その心臓を貫くべく構えられる。

 

 そして、そして、

 

 ――そこで、キアラはポツリと呟いた。

 

「――さえ」

 

 小さく、今にも消え去りそうな細った声。

 

 それでも、

 

「お前、さえ」

 

 その言葉は、既に万感さえ振りきっていた。

 

「お前さえいなければ――」

 

 だが、それはセイバーに向けられたものだけではない。

 同時にだれか、ここにはいない何者かへ、向けているものにも思えた。

 

 そう、それはつまり。

 

 

「――――サジョウ、アヤカ」

 

 

 つまり、キアラの根底にあったのは、愛歌ではなく。

 ――否。

 目の前にはセイバーがいる、キアラは手刀を振りかぶり、今、それを放とうとして。

 

 

「残念だけれど、そこまでよ。貴方にそれ以上は必要ない。なにせ、ここで貴方は終わりなのだから」

 

 

 そんな声がしたかと思えば。

 

 

 ――――――――殺生院キアラの胸元に、人の手が、生えていた。

 

 

 ◆

 

 

 かくして、キアラは終りを迎える。

 何もかもを溶かそうと女は願った。

 それでも、決してその願いは叶わずに。

 

「――あぁ」

 

 一人、女は声を漏らす。

 誰にも届かない声だ。

 聞こえるとすれば――

 

 

 ――ともかく、その声には、

 

 

 なぜだか、余りにも溢れ出る、“羨ましい”という感情があるのであった。

 

 

 果たしてそれが誰に対してのものであったか。

 もはや、キアラにすらそれは解らず。

 

 

 ――キアラは消滅する。

 

 

 魔性菩薩墜つ。

 

 

 全ての戦いが、ここに帰着した瞬間だった。


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