ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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82.オリエンス

 その戦いの行く末を見守るセイバーは、如何にやきもきとさせられたことだろう。

 それもそのはずだ、現状彼女は愛歌を助けるという一点以外の行動を起こしては居ない。

 

 起こせていないのもある。

 今の彼女は神話礼装を開放し、自身のスペックは全盛期を軽く越えるものがある。

 自身にかかる負荷も、愛歌が負ってくれる分、現状の彼女は絶好調と言っても良いだろう。

 しかし、愛歌が負荷を追うということはすなわち、“その程度愛歌にとってはどうということはない”ということでもある。

 

 そしてそれを証明するように、愛歌とセイバー。

 正確に言えば、愛歌と相対するキアラとセイバーの実力差は、量るまでもないほどであった。

 

 結果としてセイバーは、この黄金劇場に置いてけぼりにされている。

 もどかしくならないはずもない。

 

 だからこそ、そう、だからこそだ。

 

 

「――――力を貸してくれる、セイバー?」

 

 

 そう、声をかけながら現れた愛歌の背中は、一体どれほど嬉しいものだっただろう。

 

「奏者……!? 奏者! 奏者ァ!」

 

「あら、もうどうしたの? ふふ、――ごめんなさい、待たせてしまったわね。ようやく、貴方の出番が来たみたい」

 

 振り返りながら、そっと声をかける愛歌の顔は優しげだ。

 朗らかな顔で笑いかけ、今が世界どころか、宇宙の命運すら賭ける戦いの最中であることを、忘れさせてくれる。

 

「……どういう、ことだ? ……余は奏者の力になりたい! なりたいぞ! だがな……どうすればいい? どうすれば――」

 

 とはいえ、困惑しないはずもない。

 力を貸してくれとは、どういうことか。

 今のセイバーには、碌に戦うすべもないというのに。

 

「――あら」

 

 そこに、

 

「そういうことですの」

 

 殺生院キアラが、少し遅れて現れる。

 黄金劇場の少し遠くに、ぽつんとその化身の姿は合った。

 ――周囲には、淫蕩地獄へ誘う白い手と、浮かび上がる月の髑髏。

 

 そのうち一つを伸ばそうとして――何かに阻まれて、途中で弾かれる。

 

 それをしたのは愛歌であろうが――同じく劇場に置いてけぼりにされていたアンデルセンが不満気な声を上げる。

 

「おいキアラ、無粋だぞ。そこまでにしておけ」

 

 曰く、このままにさせておけと。

 そうでなければ、このシーンは直ぐに終りを迎えてしまう。

 説明もなくことを済ませてしまえば、愛歌としては構わないのだから。

 

 ただ、セイバーと一度ここで言葉を交わしたから、そうしただけで。

 

 その上で、アンデルセンもこの時ばかりは愛歌達の味方をした。

 どうせ放置しても同じことなのだから捨て置けと。

 

「……仕方がありませんわね」

 

 とはいえ、キアラもそれを受け入れた。

 理由があったわけではないが、ならば“どうでも良い”愛歌など放っておくに限るというもの。

 

「――さて、じゃあ端的に」

 

 愛歌は気を取り直した様子でセイバーに呼びかける。

 そして、

 

 

「――――貴方には、私と同じ存在になってもらうわ」

 

 

 つまり、――愛歌が接続した根源に、セイバーもまた接続する。

 愛歌を介して、ではあるが。

 

「……そのようなことが、できるのか?」

 

「できないことはない、かしら。――まぁ、大丈夫よ。場合によっては根源に呑まれるけれど、貴方なら何も問題はないでしょうね」

 

 ――明らかにリスクの大きい行動ではあるが、しかし。

 “セイバーならば問題はない”。

 愛歌はそう、何の躊躇いもなく断言してみせた。

 

「……ふむ」

 

 ――そう言われてしまえば、当然セイバーとて悪い気はしない。

 そして、同時に。

 

 “そうでなければ勝利できない”状況もまた、セイバーは正しく認識するのだ。

 

「――――解った。頼む、奏者よ」

 

 その言葉に、愛歌はひとつ頷いて。

 

 

 ――直後セイバーに“全て”が襲いかかった。

 

 

 知識が、力が、己の奥底から溢れてくる。

 これが、これがそうか。

 

 ――これが、根源という感覚か。

 

 筆舌しがたいものが在る。

 声を上げることすらできなかった。

 痛みではない、衝撃でもない。

 ただ、ただ、“圧倒”されるという感覚を、その時セイバーは初めて自覚したのだ。

 

 例えるならそう、己の中に、この世界に存在する、あらゆる毒と薬を同時に流し込まれたかのような。

 致死のものも、薬であると銘打たれてなお、劇物であるものも。

 ――全てが、セイバーの中で暴れまわる。

 

 もしも、それで実際に死亡できるならどれだけ良いだろう。

 この状況において最も苦痛であるのは、それだけの毒を得てなお、“自分の身体はそれに耐えられる”ということだ。

 感覚だけが、置いてけぼりにされている。

 

 無理もないことだ。

 ――今、セイバーの中には億や兆を軽く越える量の情報が流れ込んでいる。

 少なくとも、“数字に換算できるだけまし”程度のものが。

 

 あぁ、そうか。

 

 これを――沙条愛歌は生まれた時からずっと、抱いていたのか。

 

 そんなもの。

 ――そんなもの、あまりにも苦しすぎる。

 

 人で、いられるはずがない。

 

(――だが、それでも)

 

 それでも、今目の前に愛歌はいる。

 

 人になった愛歌がいるのだ。

 だから、耐えなくてはならない。

 

(それでも、そうだ――)

 

 あぁ、そう、こんなにも。

 

 

(余は、そんな奏者が大好きなのだから、共に立ちたいのは当然ではないか――!)

 

 

 ――こんなにも、今は愛歌という在り方とともに、輝いている。

 

 かくして、セイバーの中を駆け巡った根源は、一つの形に終息した。

 

「……耐えられるものですね」

 

 感嘆した様子の、――本当に珍しく、心の底から称賛するような声を漏らすキアラ。

 つい先程、その精神に、セイバーの在り方に策を全てひっくり返されたばかりなのに、それでもだ。

 

「――――ふぅ」

 

 在り方を変えたばかりのセイバーが、自身の身体を確かめるように、拳を握る。

 

「様子はどう?」

 

 心配そうに、けれども欠片も疑いを持たない様子で、愛歌は問いかけた。

 それにセイバーも、即座に笑顔を浮かべ。

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

 断言する。

 

 そして、かくして、ここに、

 

 

「――準備は整った。さぁ、最後の戦いを始めるぞ、奏者よ!」

 

 

 この世界の命運を分ける、愛歌とセイバー。

 ――それに対する、殺生院キアラの戦いは、始まった。

 

 

 ◆

 

 

 キアラの魔の手が伸びる。

 薄く透ける白の手は、数多がその矛先をセイバーへと向けた。

 黄金劇場から飛び出したセイバーは、それを“蹴りつけながら”乗り越えていく。

 一つ一つが人を軽く数億は堕落させる触手でありながら、セイバーは一切気にした様子もない。

 

 流星のように駆ける乙女は、かくしてキアラへと肉薄する。

 

 だが、問題はここからだ。

 キアラの場合、得意とするのは肉弾戦であり、その身体能力は現在のセイバーを軽く上回る。

 あくまでセイバーは、愛歌と同様に根源へつながっただけなのだ。

 

「はぁああああ!」

 

 それでも、セイバーは上段からキアラに斬りかかる。

 対するキアラもまた、真っ向からそれに拳を返した。

 

 ――直撃する、拮抗は一瞬であったが、しかし――――

 

 

 ――吹き飛ばされたのはキアラの方であった。

 

 

「な――」

 

 驚きに声を上げる間もない。

 愛歌が目前に現れる。

 

 ――原因。

 あぁ、そうか。

 解った――あの一瞬、愛歌も同時に攻撃を加えたのだ。

 

 空間転移。

 愛歌の最も得意とする技術であり、あの場面においても、愛歌はセイバーと同時に攻撃を加えた。

 

 衝撃はある、ダメージはない。

 即座に迫る愛歌を振り払い、返す一撃を叩き込む。

 

 ――セイバーがわって入った。

 迫る拳を、ほとんど撫でるようにして逸し、反撃に剣を突き刺してくる。

 弾く、それに対して再び反撃――愛歌が、それに待ったをかけた。

 

 かくして、乱舞は始まる。

 致死の拳を華麗に受け流すセイバー、無茶が必要ならば愛歌がそれを負担して、キアラを二対一で圧倒する。

 キアラもまたよく戦っていた、時折混ざる白い手のひらは、触れれば即座にセイバーにも負担を与える。

 無視はできるが、動きは鈍る。

 

 数百、数千、数万の手数が両者の間で行き交った。

 剣、魔の手、掌底、光弾。

 

 あらゆるものがぶつかり合って――けれども、それは同時に膠着でも合った。

 

 わかったことはただひとつ、この状況で、互いは完全に対等であるということだ。

 スペックではキアラが圧倒しうるが、それを封殺するだけのコンビネーションが、愛歌とセイバーには宿っている。

 

 これ自体は、愛歌がまだ狂気を帯びていた頃から練磨し続けたもの。

 

(――まったくもって、よく付き合えたものだ)

 

 他人ごとのように、セイバーはそう自嘲して――そこで戦況が変化する。

 

 愛歌が掻き消えたのだ。

 当然、セイバーはキアラによって吹き飛ばされる。

 だが問題はセイバーではなく、消えた愛歌の方。

 

 ここで愛歌は仕掛けたのだ。

 一人無防備を晒すセイバーを追うか、はたまた“何か”を企む愛歌を仕留めにかかるか。

 ――キアラの選択を求め、しかし。

 

 キアラはその場を動くことはしなかった。

 

 深追いも、追撃も、どちらもしない。

 何故か――小細工など無意味とできるだけの力が今のキアラにあるからだ。

 

 そして、であるならば。

 

「――その甘い考えを、ここで打ち砕いてあげる」

 

 愛歌の声――キアラはそちらへ意識を傾ける。

 ほぼ無意識であるが――しかし、これはある事実を示していた。

 キアラはセイバーか愛歌かの二択において――後者の方を重視していた。

 そちらを、無意識に危険視していたのだ。

 

 結果。

 

「――――それが甘いと言っているのよ」

 

 直後、声がする。

 

 

「――――――約束された(エクス)ッッ! 勝利の剣(カリバー)ッッッ!」

 

 

 それは、間違いなく。

 

 ――セイバーが放ったものだった。

 

「しま――」

 

 呑まれる。

 なすすべもなく、キアラはその聖剣の選考に、まるごと喰われるのだった。

 

 ――何が起こったか。

 

 原理は単純だ。

 根源に接続し、星の聖剣の知識を得たセイバーが、それを自身の手で新造した。

 稀代の天才にして芸術家、“多少のアレンジ”は入ったものの、問題なくその聖剣の贋作をつくり上げることに成功したのだ。

 

 それもトレースではなく、“全く同じだが違うもの”として。

 その手には、赤を帯びた勝利の剣が、握られている。

 

「――――再誕(オリエンス)とでもつけるとしようか」

 

 すなわちそれが、セイバーのたった今鍛えられたばかりの剣。

 ――“約束された勝利の剣・再誕《エクスカリバー・オリエンス》”。

 

 直後、それは役目を終えたことで――セイバーとしても、出来に不満があったのか、顰め面で――消滅していく。

 

「――やはり、我が愛剣こそが至高よな!」

 

 再び手にした原初の火を握りしめ、そう宣言した。

 

 そして、

 

 

「――本当に」

 

 

 光が収まると同時、そこから現れたキアラは漏らす。

 

「……本当に、やってくれましたわね」

 

 ――現れたのは、無傷とは行かず、身体の一部を抑えるキアラの姿であった。

 笑みに満ちた顔が、今は苦痛に歪んでいる。

 

「ふん、自業自得よ。本来の聖剣を、騎士さまごと取り替えて、強化したのは貴方――その痛み、死ぬまで忘れないことね」

 

 セイバーのすぐ側に転移してそう宣言する愛歌。

 ――キアラは何も間違った選択はしていなかった。

 ただ、愛歌に対して意識を向けすぎただけ、だからこそ、今の状況がある。

 

「えぇ勿論。――倍にして返すまで、覚えておきましょう。私、そういった誠実さがウリですので」

 

 全くもって思ってもいないことを呟きながら、構え直す。

 

「……本当に、数奇なものだな。――こうして、貴様とことを構えるたび、奏者は多くの変革を受けたものだ」

 

 同じく、剣を構えながらセイバーもまた、ぽつりつぶやく。

 

「――貴方さえいなければ。今の貴方達も無かったでしょうにね」

 

 対するキアラは、彼女にしては珍しく、心底嫌悪した顔で、そう返した。

 セイバーはそれに自嘲したような笑みで――

 

「……余は、貴様のことは嫌いではなかったよ。他人の気がせんでな」

 

「――――それほどの精神を持っていた。それを認識できなかったのが、悔やまれますわね」

 

 キアラとセイバー。

 おそらく、互いにとってこれが最初で最後の会話。

 

 同族嫌悪でもなく、また同情を向け合うでもなく。

 そこに――感傷も感情も必要なかった。

 

 ただ言葉だけを交わし――

 

「……終わりにしよう、奏者よ。――長い旅がようやく終わる。得たものは、多かったか?」

 

「勿論よ」

 

 セイバーはそう、愛歌に呼びかけて。

 ――無言でキアラが、飛び出した。


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