ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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73.少女の真実

 殺生院キアラはあの時確かに死んだはずだ。

 

 ――などという戯言、いまさら抜かすつもりはない。

 

 彼女がなぜここにいる?

 決まっている、アレすら彼女にとっては囮だったから。

 

「――なるほどね」

 

 からくりの意味は、少し複雑だがこういうことだろう。

 端的に言って、アレは間違いなく“彼女の本体”だったのだ。

 アレを殺せば、確かにキアラの大部分は死亡する。

 

 今の彼女に全盛期ほどの力はないだろう。

 ともすれば、このまま魔力が尽きて、儚く散りゆく運命なのかもしれない。

 

 それでも、

 

「あの一瞬で意識を別の自己に移すことで、自意識だけは生き延びた」

 

「相変わらず、察しがよくて助かりますわ。面倒な説明はしたくありませんもの」

 

 ――今のキアラが、その悪辣さにかけては、さきの彼女と何一つ変わっていないのだから、たちが悪い。

 

「月の表にしてもそうですが――絶対的な死というのは、それを抗えないと諦めてしまった愚かな人々にだけ当てはまること。例外は幾らでもあるのです」

 

 ――たとえば、ジナコ・カリギリ。

 彼女は敗北していながら、ムーンセルの監視が及ばない場所に引きこもることで、その消滅を一時的に免れていた。

 

 ――たとえば、遠坂凛。

 彼女はその戦闘を愛歌によって中断され、その際にサーヴァントを失ったことで“敗北”として扱われているものの、ムーンセルの基準を満たしていないためか、消滅には至っていない。

 ムーンセルから排除されることがない。

 

 おそらくは、殺生院キアラもそうなのだろう。

 サーヴァントがアンデルセンであったときから――ともすれば、もっとその前から。

 

 彼女はムーンセルにあってなお、生存する方法を確立していた。

 

「まぁそもそも、願望機を“巡って争う”など不毛もいいところ。そのような手間をかける時点で、二流もいいところ。貴方もそう思いましょう?」

 

 そう言い切るキアラのそれは、果たして正気であっただろうか。

 ――彼女の場合、そしてそれは間違いなく愛歌もだが、“聖杯を手にする”のは手段だ。

 

 多くの場合、聖杯は手に入れることそのものが目的である。

 それはレオ・B・ハーウェイ出会っても同じこと。

 誰しもが“聖杯を手に入れる”という通過点の後、次の目的に移るのだ。

 

「ですけれども、それでは己が“聖杯以下”であることを認めている。道具以下に成り下がった人間が、果たして願望を満たして、良い世界ができるとでも思います?」

 

 例えば、そう――キアラは続ける。

 

「例えば、そう。否応なくこの戦争に巻き込まれた――例えば、自我を持ってしまったAI。願いなんてあるはずのない存在。しかし、戦わなければ生き残れない。――その場合、聖杯を手に入れることは手段となりますわ」

 

 ――なぜなら、願いがないのだ。

 願望機を求める理由がない。

 

 故に、それはすなわち、聖杯戦争に生き残ることこそが目的となる。

 

「確かに――聖杯を頼ろうと考えたのは、それが一番確実で、手間のないことだったからだけれど――――」

 

 それは、結局愛歌にしても同じこと。

 とはいえ、

 

「――だから、どうしたというの?」

 

「いえ、目の前にようやく焦がれ待ち望んだものがあるもので。――少し、多弁が過ぎたようですわ」

 

 焦がれ望んだ――沙条愛歌を手に入れるための手段。

 これまで二度、キアラは愛歌に手を伸ばし、一度は無残な敗北を――もう一度は、あと一歩のところまで迫った。

 

 そしてこれが、三度目の正直。

 

「まったく、凝りないものね。何度も出てきて恥ずかしくないの?」

 

「――あら」

 

 呆れとともに漏らした愛歌の言葉。

 それを、キアラは――

 

 ――ニィ、半月に口元を歪めた。

 

 ルナティック――狂気的な笑みが、この月の裏側に現出する。

 

 

「――――やめてくださいまし。少し、ゾクッとしてしまいますわ」

 

 

 興奮を、快楽を隠さず、女は嗤った。

 

「…………」

 

「――――」

 

『え――』

 

 その場にいる全員が、その一言に凍りつく。

 無理もない、キアラにとって、愛歌の言葉すら、自身の悦楽のための道具でしかないのだから。

 ――嘆息。

 キアラの隣のアンデルセンが、やれやれとそう吐息を漏らした。

 

「…………とはいっても、貴方の目の前には“それ”がいるわ。――私もいる。果たしてここから、どうやって挽回しようというの?」

 

 再起動した愛歌の問い。

 ――視線の先には、この月を支配したBBの姿があった。

 

 しかし――

 

「――――警告します。即刻、この場から退きなさい。これは警告であると同時に命令です。そして同時に――最後通牒でもあります。聞き入れられないのであれば――」

 

 ――その様子は、かつての彼女らしいものではなかった。

 

「……無様ね」

 

 一言、言えることがあるとすればそれだけだった。

 BBはムーンセルを掌握していた。

 この月の裏側において、ゲームが始まるよりもずっと前から。

 

 だが、それと同時にBBは――

 

「――――ムーンセルに乗っ取られた。たかだかAIごときが、ムーンセルに成り代わろうなんて無駄な話だというのに」

 

「あら、そうおっしゃらないでくださいまし。彼女は彼女なりに、死力を尽くし、ここまで辿り着いたのです。今はそれを褒めて差し上げましょう?」

 

 ――キアラの言葉は、愛歌の呆れをなだめるような内容だ。

 だが、違う。

 彼女の顔は、明らかな愉悦に歪んでいた。

 

 イタズラがうまくいった子どものような顔。

 それも、かなり悪辣な――狂気じみた残酷さを伴った、それだった。

 

「あぁ、そうそう。――桜さん」

 

 そして、わざとらしいほど、今思い出したと言わんばかりに。

 通信の向こう側、間桐桜に呼びかける。

 

 そう。

 

 ――――それは、さながら真実を映さないくすんだ鏡を、強引に叩き割るかのような。

 

 

覚えています(・・・・・・)? 予選の頃のバグ、大変でしたわね」

 

 

覚えています(・・・・・・)けれど、それが――――まさか』

 

 

 互いに、そう言葉を交わして――桜は驚愕を覚える。

 だが、“問題はそこではない”。

 

 

 ――その一言で、BBの駆動が停止した、というその一点だ。

 

 

「……何? どういうことだ」

 

 ――セイバーが、訝しげにその様子を観察する。

 どういうことか――生徒会の面々も、また驚きでもってそれを迎えた。

 

 ただし、例外が一人だけ。

 無論言うまでもなく、沙条愛歌。

 愛歌はそれで――ようやく合点が行った。

 

 ――全てのピースが、ピタリと嵌った。

 

「……そう、そういうこと」

 

『ちょ、ちょっとまって桜、説明して!』

 

『え、あ、えっと……』

 

 急な呼びかけ、愛歌ではなく、凛は桜に問いかけた。

 愛歌にこちらへ意識を向けるようなことをさせたくなかったのだ。

 

『――予選の頃、実は酷いバグに襲われて、動けなくなってしまったことがあったんです』

 

『……ムーンセルのAIが? まさか……いえ、あの魔性菩薩の言葉が正しければ。原因は彼女ですか』

 

 ラニの問いに、揚々とした様子でキアラは頷く。

 

「――然り。私が桜さんにバグを植えつけたのです。理由は……語るまでもないですわね?」

 

 間桐桜を利用するつもりだった。

 月の聖杯を手に入れるための手段の一つとして。

 

 だが、問題はそこではなく。

 

「本来、私は最初、桜さんに自我を植え付け、籠絡するつもりでした。ですが、そのつもりでバグを投入したところ――予期せぬ事態が起こった」

 

『……センパイが――沙条さんが、助けてくれたんです』

 

 本来ならば、ありえないことだろう。

 ただ、桜は愛歌以外には検知できなかった。

 故に彼女が助けるほかはなく、愛歌も特に助けない理由もなかったから、助けた。

 

「そのバグが――月の表で、私の記憶を奪う機能も果たしていた。私ですら気付け無いほどのものだけれど――それはともかく」

 

「――私、思いついてしまったのです」

 

 キアラが割りこむように続ける。

 決して息はあっていないが――この場で正しく状況を理解できているのは、間違いなくこの二人だけだった。

 

 アンデルセンは興味がなく、桜の場合は不完全だろう。

 

「“そこの娘を使おう”、と。つまりBBさんですわね」

 

「――ぁ」

 

 ――――よほど衝撃だったのか、その瞳には再び生気が宿っている。

 ただし、明らかにその生気は狼狽という形をしていたが。

 

「もしも、桜さんがああして助けられて、“誰かを愛してしまったらどうしましょう”と。――きっと、それは愛歌さんでなければ起こり得た未来。ですから――」

 

 ――再現を、してみることにした。

 BBという間桐桜のバックアップを利用して。

 

 その試みは、結果として成功と言えただろう。

 AIである桜に取って、“理想の相手”足りうる存在を構成し、“そのためにBBは戦っている”という記憶を植えつけた。

 桜が求めるのは、路傍の石でしかない自分を、対等に扱ってくれる誰か。

 それも、特別ではなく、どこまでも平凡で――だからこそ輝いている、誰かなのだ。

 

 愛歌の場合それはありえない。

 その後、愛歌は桜に興味を持って、月の裏側に続く今の関係を築くに至ったが――

 

 それも、結局は遠坂凛のような、友人同士としての付き合いでしかない。

 例えば沙条綾香のように、愛歌を根底から覆す存在にはなりえない。

 

 そして、

 

「…………そ……す」

 

「……あら」

 

 声がした。

 それに気がついたキアラが、嬉しそうに背を向ける。

 今がチャンスか――否であろう、ここで手を出してはならない、そんな気がした。

 

「嘘…………です」

 

 BBが、幽鬼めいて消沈し、ぼんやりとそうつぶやいていた。

 何度も、何度も連呼して――

 

「嘘……です。嘘、です。嘘です――――そんなはず、ない」

 

 力のこもったものへと変わる。

 

「ありえません! だって私は、私は――!」

 

「偽物の記憶を与えられ、偽物の感情でここまで走りぬいてきた、憐れな道化というわけですわね」

 

 ――侮辱に満ちたキアラの言葉。

 遠くで、BBの顔が憤怒に歪むのがわかった。

 

「……巫山戯ないでください! 貴方なんかに、そんなことを言われる筋合いは――」

 

「――あら、つれないわね。実の親のような存在に向かって、失礼ですこと」

 

 遮るように、キアラは嘲笑った。

 嘲笑う、BBの態度を、滑稽そのものと言わんばかりに。

 

「そんなこと――!」

 

「――では一体、“誰が一度消滅した貴方を救った”のです? あれほど大口を叩いて騎士王に挑み、無様に敗北した貴方を、一体誰が救ったというのです?」

 

「……な」

 

 ――衝撃だった。

 BBは、絶句して目を見開いた。

 

 そう、あの時BBは敗北していたのだ。

 騎士王に、為す術もなく、真正面から。

 

 ――あれほどの権能を手にしていながら、まったくもって、みっともないほど。

 それをキアラは罵倒している。

 

「そんな、ありえない。ありえない――」

 

「理解いたしました? 貴方のそれは“全て幻想”私が植えつけただけの記憶」

 

「嘘です! だって私には――」

 

「願いがあると? その願いすら、まったくもって空っぽの、偽物であるのに? その執着すら――その思い出すら、まがい物であるというのに――!?」

 

 勝ち誇ったように、キアラはBBへとまくし立てる。

 ――誰もが、その剣幕に圧倒されていた。

 勿論、割って入ることもできただろうが――この状況では、BBを刺激しかねない行動は、ためらわれるように思えたのだ。

 

 そして、最後のダメ押しと言わんばかりに、

 

「でも、私にはセンパイ(・・・・)が。センパイ(・・・・)が――」

 

「何を言っているのです? “そんな人物この世に存在しません”わよ?」

 

「あ、――――ぇ」

 

 ――――確かに、まったくもってその通りだ。

 BBが、「センパイ」などという呼称をする人物は、この世にいない。

 ――「先輩」と愛歌は呼ばれるが、これは決定的な違いなのだ。

 なにせそれは――

 

 「センパイ(・・・・)」という呼び方は、間桐桜が愛歌に対してするものなのだから。

 

 

「――ぁ、――ぁぁ、――――ァァァァァァああああああああああああああああァァァあああァああァあァァああああッッッ!!」

 

 

 かくしてそこに、BBは、間桐桜のバックアップは崩れ去る。

 もはや自分というアイデンティティを失って――その意識は、完全に自閉の中にあった。


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