ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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66.最後の希望を届かせろ

 ――ランサー達は三人だ。

 キャスターはサーヴァントとしては弱く、直接対決には向かないがそれでも、数の有利は絶大である。

 はずなのだ。

 

 だというのに、キアラはそれを物ともしない。

 全く動じた様子もなく、ランサーを吹き飛ばして見せた。

 

 なんとか視界の奥に、立ち上がろうとするランサーが見えるが、しかし復帰には少しの時間を有するだろう。

 キアラはそちらに意識を向けていない。

 追撃する手間よりも先にアーチャーを屠ることを考えたというわけだ。

 

 この戦線、アーチャーかランサー、どちらかが消滅した時点で崩壊する。

 そうなってしまえば、荷物になりかねないマスターを守りながら、キャスターとどちらかのサーヴァントが奮闘するというのは、不可能ではなくとも難しいだろう。

 

 こうして、二対一を容易にひっくり返すキアラの姿を見せられては。

 ――――そう、断ずる他にないのである。

 

「……へ、こりゃまた。……まぁ、難儀なもんだよな」

 

 アーチャーは考える。

 状況は悪い、ランサーが戦線離脱したのだから。

 だがそれでも、一対軍隊という、絶望的な戦場を駆け抜け続けたアーチャーに、この程度は単なる苦境ですらない。

 十分やれる。

 少し時間を稼ぐだけでいいのだ。

 だから、

 

「おい、若大将!」

 

 慎二に呼びかける。

 彼はこの戦場において慎二をそう呼ぶことにしていた。

 アーチャーたちを指揮する存在なのだ、リーダーでそれは間違いない。

 ただ、自身の人生において他人の指揮下に入るのはこれが二度目というアーチャーは、少しそれが気恥ずかしい。

 

 故に、敬意を込めて若大将と、照れ隠しにそう呼ぶのだ。

 

 アーチャーもまた若い――青いといってもいいが、慎二は更に青臭い。

 これほどまでの大馬鹿者は、ある種尊敬の念が禁じ得ないのである。

 

「なんだよ」

 

 対する慎二は、必死に状況を整理し、思考を回しているのだろう。

 幼いながら実に恐ろしい胆力だ。

 一体どうすれば、コレほどまでに彼の精神は完成しうるのか。

 まぁ十中八九、あの化け物じみた女神様のおかげなのだろうが、ともかく。

 

「俺は全部お前に預けるぜ。――あの悪魔はここで何とかする。しなくちゃならねぇ、そのためなら、多少命を捨てる覚悟なら、ある」

 

 言い切るにしても、少し装飾がついてしまうのはアーチャーの三枚目なところか。

 少ししまらない宣言ではあるが、負けるつもりはないとアーチャーは語る。

 

 ならば良い、慎二もまたそれに答えた。

 

「あぁ、頼むぞアーチャー。……お前は、少しライダーに近いよな。そういうところは、嫌いじゃない」

 

「はぁ? 俺はそのライダーさんを知らないんですけどねぇ。……ったく、どんな奴何だか、そいつぁ」

 

 碌でもねぇんだろうな、と心のなかでだけつぶやいて、アーチャーは嘆息する。

 これ以上の会話は不要だろう。

 

 故に、アーチャーは自身を衣で覆い隠す。

 

「――――顔のない王よ」

 

 アーチャー、第一の宝具は破られた。

 だが、彼にはもう一つの宝具が存在する。

 顔のない王、自身の姿を覆い隠すそれにより――アーチャーは空気へと溶けていった。

 

 かくして、状況は悪けれど、士気は上々。

 戦闘はここに、再開される。

 

 

 ◆

 

 

 アーチャーが消えると同時、殺生院キアラも目を閉じた。

 どういうわけか、なんということはない。

 視界を封じるアーチャーの宝具、であるならば眼など不要、あるだけ無駄だ。

 

 何もアーチャーは気配すら殺したわけではないのである。

 むしろ身体を隠しながらも、闘気は隠しようもない。

 間違いなく、姿が見えないことを単なるアドバンテージとして、直接戦闘に打って出るつもりなのだ。

 

 だからこそ、その気配を追うことにした。

 この身は中華の武術を身に宿すもの、気を感じるというのは、キアラにとってさほど難しいことではない。

 

 故に視界は不要、ただ迫る気配に身を委ねればいい。

 幸いここは、障害物など何もない、拓けた戦場であるのだから。

 眼を閉じた所でマイナスになる点はなにひとつ存在しないのである。

 

「――来なさい」

 

 言葉の直後、アーチャーの気配とは別の、何かが猛烈に膨れ上がった。

 視界でそれを確認するよりも速く、キアラは動いていた。

 

 迫る熱。

 そして冷気。

 

 

 ――――キャスターの魔術であることは、即座に想像がついたのであった。

 

 

「ハァッ!」

 

 ――故に、それを拳一つで薙ぎ払う。

 魔術で強化していたにしろ、慎二にとってそれは絶句ものであった。

 氷の弾丸はともかくとして炎まで。

 迫る弾幕をキアラは眼を閉じたまま吹き飛ばしていく。

 

 ありえないことではない。

 けれども、実際に行われれば閉口ものだ。

 

 信じられないとは言わずとも、ふざけるなとは言いたくなる。

 これを理不尽と呼ばずしてなんと呼ぶ。

 慎二は、知らず苦虫を噛み潰すような表情になっていた。

 

「――キャスター、ありったけやっちまえ! 後を気にする必要はない!」

 

「解ってる! その代わり、あたし《ありす》は絶対に離さないでよね」

 

「頑張れ、あたし《アリス》――!」

 

 三者三様、それぞれに声を張り上げ、炎と氷の嵐をつくり上げる。

 キャスター達の狙いはシンプル、キアラをここまで届かせないこと。

 そしてその場に、縫い付けること。

 

 故に風の魔術を使わないのだ。

 それはアーチャーが視認できない、彼の行動を阻害しかねないのである。

 

 それ以外なら、問題はないだろう。

 アーチャーがやれといったのだ、男と男の約束とでも言うべきか。

 ――慎二はアーチャーにそれなりのシンパシーを感じている。

 だから、信用することに迷いはない。

 

 そしてアーチャーもまた動き出す。

 ――弾幕の中に、必殺の毒矢が混じりだしたのだ。

 

 対してキアラも動きを見せた。

 立ち止まり全ての刃を薙ぎ払っていたのだが、それを違える。

 ――彼女もまた、戦場を疾駆し始めるのである。

 

 眼を閉じながら、意識を内界へと向けながら。

 不可能ではないだろうが、曲芸だ。

 故に慎二は目の前の敵を難敵を認めながら――

 

「アーチャー、怯むなよ! キャスター、まだまだ弾幕を厚くしろぉ!」

 

 咆哮する。

 

 ――応、とサーヴァント達はそれに言葉もなく是と答え。

 戦場はさらに苛烈に火をくべる事となる。

 

 

 ◆

 

 

 キアラはひたすら駆けていた。

 その間に、的確に自身を狙う毒矢だけを弾き飛ばしていく。

 全くもって正確無比に、防ぎようのない必殺だけを防ぐのだ。

 

 だからまだ、キアラの戦場は瓦解していない。

 どころか対等に、この雨の中をぶつかり合っている。

 

 しかし、それはキアラとしては不満どころの話ではないだろう。

 なにせ千載一遇の好機なのだ。

 ランサーを一時とはいえ機能不全に陥らせた。

 故に、ここでアーチャーは絶対に仕留めなくてはならない。

 

 絶対的な時間制限はない、幾らでもこのぶつかり合いを楽しむことはできる。

 だが、この一瞬のみは時限が存在するのだ。

 故に磯がなくてはならない。

 

 ――そう考えていてもなお、キアラの顔に焦りはない。

 

 負けなど一切考えていないのだ。

 油断でも慢心でもなく、端から今のキアラにその機能はない。

 しかし、だからこそ意識の空白はなく、隙も存在するはずがなかった。

 

 ひたすら機械的に毒矢のみを叩き落としながら、キアラはゆっくりと詰め寄っていく。

 

 物理的に、ではない。

 思考の中で、

 

 ――アーチャーが動き回っているのだ。

 そしてそれをキアラは掴む必要がある。

 把握して、叩く必要がある。

 

 故に追い詰めている。

 “思考の中でアーチャーの位置を割り出しているのだ”。

 

 キャスターの攻撃は動きがなく常に一方向だ。

 だがアーチャーは違う、キアラと同様にこの戦場を飛び回っている。

 ――不可視の衣で身を覆い。

 

 だが、それでもその元は確かに存在するのだ。

 毒矢の発信源を逆探知する。

 簡単な事だ、ただ、そこに機会が必要なだけ。

 

 必殺という機会。

 この好機を、確実な勝機に変える瞬間。

 

 ただ待って――刻限が迫る中を、焦燥感など微塵も感じずに耐え、待った。

 

 待って、待って、待ち続けたのだ。

 

 

 ――――そして、時は来た。

 

 

 未だ、と思うよりも速く口は動いていた。

 ぽつりと一言、キアラは命じるのだ。

 

 

「――やりなさい、“アンデルセン”!」

 

 

 ここまで封じていた。

 そしてそれゆえに、完全に慎二達の意識からそれを削ぎ落とすことに成功していた切り札を、切る。

 

 ――アンデルセン、キアラと契約したサーヴァント。

 そのクラスはキャスター。

 

 故に、準備は既に整っていた。

 

「承知した」

 

 その一言共に、本を掲げたアンデルセンは、一つの補助をキアラに与える。

 

 な、――と慎二達が目を見開いて。

 

 

 ――キアラの姿が、消えていた。

 

 

 直後、迫る――アーチャーに、キアラを見失った不可視の彼に、必殺の体当たりを、キアラは叩き込んでいた。

 

 

 八極拳が奥義――鉄山靠。

 震脚とともに繰り出されたそれは、この戦闘におけるキアラの最大火力でもあった。

 

「が、ぁ」

 

 思わず声を漏らし、アーチャーはその場に姿を見せる。

 宝具が解かれ、そしてもう、次の一撃は躱せない。

 キアラの手刀――確実に霊核を貫くべく放たれたそれを――アーチャーは回避することができなかった。

 

 

 ◆

 

 

 ――アーチャーにとって、間桐慎二ほど眩しい存在はいなかった。

 例えば、レオ・B・ハーウェイは絶対的な王である。 

 けれどもそれを羨ましいとは思わない。

 例えば、ダン・ブラックモアは忠義に生きた騎士であった。

 けれどもそれは、尊敬こそすれ、どちらかと言えば共感に近い感覚だった。

 

 しかし、慎二は違う。

 

 初めて見たのは月の表、一回戦の頃。

 ――準備期間の最終日に見た彼は、明らかにその眼に覚悟を宿していた。

 聞けば少年はまだ八歳の幼さなのだという。

 ありえない、と思いもしたが、実際にこの眼でみたのだから疑うべくもない。

 

 そしてこの月の裏側。

 事態は最終局面というところで、ついに真っ向から両者は相対した。

 

 明らかに少年は異常であった。

 彼は既に死んでいる、聖杯戦争に敗れたのだから当たり前で、月の裏側を脱出すれば、それは避け得ない事態となっていたはずだ。

 

 失われた命、もはや何をしても無意味なのだ。

 だのに、慎二はマダ生きていた。

 一切の輝きを失うことなく、むしろ煌々とそれは輝いて、初めて眼にした時よりも、更に勢いを増していた。

 

 だから信じた。

 彼を信じて、そして戦った。

 ――故にこの敗北に悔いはない。

 

 もはや自身は助からないだろう。

 霊核を撃ちぬかれ、後は消滅を待つだけの身。

 

 それでも自然と悪い気はしなかった。

 

 間桐慎二という少年は、それほどまでに眩しかったから。

 ――ただ一途に愛を求めて勇気を振るう。

 あぁ、まったくもって羨ましい。

 

 なにせ生前のアーチャーに、名も無きドルイドの青年に、誇るべき勇気も、そして愛もなかったのだから。

 けれども、アーチャーは誰かのために戦ったし、それを悪い人生だったと思わない。

 羨ましいと感じながら、同時にアーチャーは慎二に自分を重ねた。

 

 そのうえで、瞳を慎二に向けるのだ。

 無言のままに、意思をぶつける。

 

 

 ――負けるんじゃないぞ、と。

 

 

 それを見た慎二は、確かに頷いて答えてみせた。

 時は来たのだと、胸を張って答えて、そして同時に――少しだけ申し訳無さを、滲ませながら。

 

 直後、慎二は雄叫びを上げた。

 

 

「やっちまぇっ! バーサーカー(・・・・・・)ッッッッ!!」

 

 

 かつて“ランサーであった”竜の少女へ向けて、呼びかけるのだ。

 

 あぁ、なるほど。

 

 ――やってくれる。

 そう思いながら、ゆっくりと、アーチャーは瞳を閉じるのであった。

 

 

 ◆

 

 

 事ここに、キアラが戦術的な秘策を切ったように、慎二達も、戦略的な札を切る。

 ――バーサーカー。

 今のランサー、真名エリザベート・バートリーのクラスである。

 それを隠し通していたのだ。

 

 何故か。

 

 簡単だ。

 バーサーカーへクラスを変えることでランサーであった少女はその宝具を変質させる。

 より神秘の薄い代わりに、より凶悪な宝具へと。

 

 だからこそ、それを隠し持っていた。

 そして同時に狂化のクラスで“痛みを忘れた”バーサーカーが、即座に戦線へ復帰できることを隠すため。

 確かに衝撃はあった。

 けれどもバーサーカーはそれを防いだのだ。

 故に、立ち上がることならいつでも出来た。

 

 それをしなかったのは、キアラの油断を誘うため。

 そして、アーチャーが消えることで、“気兼ねなく宝具を展開する”ため。

 苦肉の策ではあった。

 なにせキャスターは自身の魔術で音をカットすれば良いが、アーチャーはそうもいかない。

 キャスターにアーチャーを守らせたのでは策がバレる。

 故に、アーチャーを犠牲にするしか無かったのだ。

 苦々しいものが口元に広がるがそれでも、アーチャーの瞳が語っていた。

 それで構わない、と。

 

 ――そして、それはきっちり策として嵌った。

 慎二達の前に降り立つランサーに、キアラは動くことができないでいる。

 

「さぁ、これが私のオンステージ。後にも先にも、コレっきりって決めてるんだから!」

 

 クラスの変更。

 とんでもない荒業であるが、それをメルトリリスと契約することで、エリザベートは可能にしたのだ。

 コレが終われば、その契約は解除され、再び慎二と契約、彼女はランサーへ戻る。

 そうでなくとも、ここが死地である可能性は十分にあった。

 

「……気に喰わないけど、あんたのために歌ってあげる。――寝ぼけてないで、しっかり聞きなさい」

 

 誰に語ったかは、言うまでもないだろう。

 未だに意識を失い、倒れこむセイバーである。

 そして、そのマスターに対しても。

 

 何にせよ、彼女にしては恐ろしいほど珍しく、“誰かのために”少女は歌を歌い上げるのだ。

 

 すぅ、と一つ息を吸い。

 

 

「――――鮮血《バートリ》! 魔嬢《エルジェェベト》ォォッ!!」

 

 

 竜の歌姫、その絶唱が、始まった。

 

 

 ――周囲を覆う熱の雨。

 背後に出現した城塞型スピーカーによって増幅されたそれは、確かにキアラを捉えた。

 未だに姿を隠したままであった裸の王《ストーリーキング》が、そこで正体を表すのだ。

 

 キアラはバーサーカーの目の前にいた。

 この状況にあってもなお、事態の打開に向け、奔っていたのだ。

 それでも、届かなかった。

 

 真正面からランサーの唄を受けることとなる。

 竜の烈破は、その音こそ類まれなう歌姫のそれではあったものの、キアラの身をかき乱すには十分だった。

 

「が、ぁ」

 

 こぼれ出る血。

 口元から吐出されたそれは地面を揺らし、未だ瞳を閉じていたキアラの眼を見開かせる。

 

 ――その眼からもまた血が吹き出して、淫靡なる悪魔の顔が、壮絶なまでの化粧を帯びた。

 

 そして、

 

「ギィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!」

 

 聞くに堪えない絶叫が、キアラの口元から吹き出てきた。

 

 

 だが、

 

 

 ――キアラは、笑っていた。

 笑って、一歩足を前に踏み出した。

 

 歌いながら、バーサーカーが目を見開いた。

 ありえない、この宝具はランクこそ低いが、サーヴァントですら防げない強烈なもの。

 それを、精神力だけでねじ伏せている――ありえない、絶対に。

 

 しかし、現にキアラはバーサーカーに接近している。

 

 そしてバーサーカーは動けない、宝具を展開しているが故に、自身の歌に、全てを乗せているがために。

 

 ならば、と。

 

 キアラを睨み、バーサーカーは更に歌を苛烈に変える。

 負けてなるものか、絶対にこの魔人に、負けてなるものか、と。

 

 それは狂気に満ちたエリザベート・バートリーのあり方では決してありえない。

 少しばかりわがままで、勝ち気で、お転婆がすぎる一人の少女が。

 負けず嫌いの女の子が――絶対に譲れない一線へ、向ける眼だ。

 

 

 この女にだけは負けられない。

 

 

 ――誰にも愛されず、そして故に愛を知らない一人の少女は。

 けれども、この愛の化身が、間違っていることだけは理解できたから。

 

 迫る手刀にそれだけは一切揺るがず――彼女は、結局。

 

 

 自身が消滅する寸前まで、誰かのために歌を歌い続けたのであった。

 

 

 ◆

 

 

 そして残されたのは、

 

「――あたし《ありす》!」

 

 自分を生み出してくれた誰かのために、物語を奏でる一人の少女。

 そしてそのマスター、寂しがり屋の孤独な少女。

 

 そして、

 

 

「――来るかよ」

 

 

 間桐慎二。

 

 この戦場を指揮する少年。

 ――ここまでキアラを追い詰めた相手。

 

「……ダメよ、認めない。それは絶対に――!」

 

 キャスターが動く。

 無数の刃が生み出されたのだ。

 

 風が、

 

 炎が、

 

 そして、氷が。

 

 あらん限りの魔術が回転し、キアラへ向けて襲いかかる。

 

 ――だが、届かなかった。

 血まみれの女は、それを防ぐこともしない。

 うち幾つかは彼女の皮膚を切り裂いて、その身体から真紅の鮮血を垂れ流す。

 しかしそこまでだ。

 それ以外は、全て防がれ、塵と消えている。

 おそらくは――アンデルセン、これまたキアラの従えるキャスターが、彼女を守っているのだ。

 

 故に、キアラは今も健在であった。

 前進する女、修羅に満ちた女の精神が、そこに顕在していた。

 

 そして、キャスター同士の攻防は、無限にも思える時間続く。

 

 あらん限りの魔弾を放つ黒のアリスと、それを防ぎ続けるアンデルセン。

 互いに全てを賭した決戦。

 ――破裂音だけが周囲へ響いた。

 

「――――ようやく、ようやくここまで来たのです」

 

 女は語る。

 

 故に破裂音は、キアラがキャスター達へ到達したことで、終わりを告げる。

 

「それを、誰にも邪魔などさせるものですか。私は全て――全てをここで、手に入れるのだから」

 

 あぁ、終わった。

 終わってしまったのだ。

 

 ここに、キアラと慎二の決戦は終わりを告げる。

 

 ただそれでも、と。

 

「――あたし《アリス》」

 

 白いありすは、黒いアリスへ呼びかける。

 優しく、宥めるような声音でもって。

 

「…………うん」

 

 それだけで、十分だった。

 ありすはアリス――アリスはありす、二人は、二つで一つの存在なのだ。

 キャスターはありすによって生み出され、アリスはマスターのために存在している。

 

 ゆっくりと二人は並び立った。

 彼女たちは、互いが互いの全てなのだから。

 最後まで、ともにあると誓ったのだから。

 

 それがこうして、ひとつの宝具を生み出すのだから――――

 

 くるくると少女は回る。

 楽しげではなく、けれども故に、ただひたむきに、

 

 それはすなわち最後の抵抗、けれども、

 

 

「――――永久機関・少女帝国《クイーンズ・グラスゲーム》」

 

 

 無色に染まる視界。

 暗転した世界の中で、キアラに無数の斬撃が襲いかかる。

 

 ――――――――殺生院キアラは、止まらない。

 むしろ、その衝撃がキアラを更に加熱させた。

 

 もう、止まれない。

 

「つかまえた」

 

 キアラは、それだけをポツリと漏らし――――

 

 

 キャスターに、ありすに、そして慎二に、連続で拳を叩き込んでいく。

 

 

 振動――少年少女の身体が弾かれる。

 もう、それを止められる者はいなかった。

 

 

 ◆

 

 

 ――負けちゃった。

 

 ――負けちゃったね。

 

 二人は自己の中で、語り合う。

 

 間桐慎二はどうしているだろう。

 短い時間ではあったけれども、彼にもお別れは告げるべきだろうに。

 

 それでも、どうでもいい。

 結局ありすと慎二は、互いに惹かれ合うこともなかったのだから。

 だから、でも、だから。

 ――ただ率直に、ありす達は意識を向ける。

 

 もう一度、この月の裏側でだけ存在を赦されているのは、なにも慎二達だけではない。

 彼らとは敵対する間ではあったが、ありすもまたその一人なのだから。

 だから、惜しくはある。

 もう一度眠らなくてはいけない。

 

 一度閉じた本を開いて、そしてもう一度また閉じる。

 これほど残酷なことはあるだろうか。

 

 おそらくきっと、それ以上不幸なことは、この世界には無いはずだ。

 

 それでも、

 

 役目は果たした。

 少なくともキャスターはそう結論づける。

 少女たちは、結局のところ“何か”をしたかったのだ。

 既に終わってしまった命であるし、止まってしまった時計でもある。

 

 だから、何かを残さなくてはならなかった。

 無残に使い潰されるなど真平ごめん、少女たちは、ただ一人の“ありす”であるのだから。

 

 

 そして願いは果たされた。

 

 

 ――おそらくきっと、この思いは届くだろう。

 ゆっくりと、ありす達は瞳を閉じる。

 倒れた先に慎二がいた、彼もまた、その体が黒に呑まれようとしている。

 

 だが、結実はなった。

 

 

 さぁ、逆転の時だ。

 

 

 ――――母なる女神よ、産声を上げろ。

 

 

 再びこの地に、顕現する時がやってきた。

 

 

 その時、世界はひとつの光を帯びる。

 

 

 キアラを、慎二を、そしてその瞬間に、消え行くありす達を照らし、

 

 

「――ごめんなさいね」

 

 

 一人の少女が、舞い降りる。

 

 

「待たせてしまったわ」

 

 

 隣に、赤きサーヴァントを従えて、

 

 

 ――――――――沙条愛歌が、この戦場へと帰還した。


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