ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
「――――」
その瞳はさながらケガレを持たぬ水晶が如く。
無機質であるが、それゆえに言葉を失うほどに透き通っていた。
遠坂凛は、完全に無我の中にある。
ただ思考のみが高速の渦中を駆け巡り、その小さな指は鍵盤の如くキーボードを叩いた。
そうして出来上がるプログラムもまた麗美な装飾の宝石であった。
その魔術一つをとっても芸術のようだというのに、加えてその奏者にまで圧倒されるほどの美があるとなれば、思わず目をみはるのも当然のこと。
稀代の演奏家はここに、人生最高潮の即興曲を奏でていた。
だというのに、それに耳を傾けるものなど誰もいない。
その場に居る全てが、凛のその姿をないものとして扱っていた。
これほどまでにもったいないと言わざるをえない状況があるものか。
――否である。
それはそもそも、凛に限った話ではないのだ。
今、月見原生徒会は一個の劇場とかしていた。
もしもここにセイバーがいれば、やもすれば思わず高らかに歌い出していたかもしれない。
それほどまでに、完成しきっていたのだ、凛も、ラニも、そして桜も。
「――第三ルートの開通に成功、ミストオサカ、こちらからの侵入を試みてください」
「了解でかした! 慎二、聞こえてるわね、――多分これで、つながるはずよ」
現在、彼女たちは間桐慎二のバックアップに全力を傾けていた。
――愛歌達との連絡が途絶えて数分、そして遥か彼方のデータに飛ばされた慎二達を再び戦場へ送り届けるためのショートカットを作り始めて、これまた数分。
愛歌の敗北、キアラの敗北、どちらも彼女にとって利であるため、BBは静観を選んだ。
逆にメルトリリスは愛歌がここで敗北した場合、キアラを撃破する手立てを失うため、協力は惜しまない。
結果として、黙認したBBの監視下の元、生徒会、慎二達、メルトリリス、三者による迷宮の強行突破が敢行されていた。
そしてそれもついに終盤。
現地において送られてくるデータを即席のコードキャストに仕上げていた慎二の健闘は実に素晴らしかった。
月見原生徒会だけでなく、そこでも一つの激闘があったことだろう。
だが、それもようやく終わり、――慎二がサーヴァント達を伴って戦場に突入する。
それと同時、愛歌との通信も、ついに再開されたのであった。
「――つなぎます!」
桜の言葉、そして生徒会室のモニターに広がる景色。
「な――」
思わずそれに、遠坂凛は目を見開いた。
――――沙条愛歌が敗北している。
一体そこで何があったのか。
あずかり知らぬ光景に、月見原生徒会は絶句していた。
モニターの向こうで激怒を隠さぬ慎二の姿。
思わず、凛は繋がっていない向こう側の少年に、一つ言葉を投げかけていた。
「――――負けんじゃないわよ! あんた、“そのため”に裏切ったんでしょう!?」
知っていたから、
わからないはずもない、凛も女だ。
その手の機敏には聡く、また愛歌も慎二も、凛はそれなりに知っている。
故に、知らないということはありえなかった。
だからこその、その一言。
負けるな、引くな。
お前はとんでもない奴に恋をしてしまった大馬鹿者だ。
だから――勝て、でないとそれは、まったくもって見苦しくてしかたがないのだから――――
◆
――知らず、慎二の身体は圧されていた。
一体だれが慎二に勇気を沸き立たせるのか、分からないはずもない。
そこに愛すべき少女が倒れている。
それをした人間が側にいる。
つまり、そいつは慎二にとって、――絶対に許せない存在になった。
殺生院キアラ。
人を惑わし、堕落させる魔性の菩薩は、かくして間桐慎二の、愚かな勇者《バカ》の、不倶戴天の敵となる。
「……よくもやってくれたな! ――――よくもやってくれたな! ……ランサァァァアアアア! やれぇええ!」
「言われなくとも、そこの子リスと剣使いを倒すのは、この私に決まってるんだからぁ!」
慎二とランサー、共に愛歌との因縁は浅からぬものがある。
特にランサーの場合はその全てが、敵同士として重ねられたもの。
今更、己の宿敵を誰かに奪われるなど、溜まったものではないのだから。
あぁ、この気持はまさしく愛だ。
ランサーはこれを、愛しの拷問器具に載せ、愛歌達に届けたくって仕方がない――!
「おいアーチャー、ほうけてないで仕事しろ。それと――」
慎二は即座に振り返り駆け出す。
その先にはありすとキャスター、よく似た双子のような少女の姿。
そのうち片方、マスターであるありすを、慎二は小脇に抱え上げる。
「あわわ」
「ちょっと、何するの!?」
「戦場においてマスターは的だ。ランサー達が抑えてくれるならいいが、あいつには距離を無視した飛び道具がある。――荷物を二つにして置いておけるか。まだ僕の方が動ける、こいつは僕にまかせておけ」
キャスターの険のある言葉を往なし、即座に慎二は説き伏せる。
ありす達は二人で一つの主従であるから、戦場に片方だけを連れて行くことはありえない。
だからといって、脆弱なマスターを野放しにしておく理由もない。
ここは正当防衛以外の反撃が許されない、月の表の決戦場ではないのだから。
行儀よく、キアラが見過ごしてくれるはずもないだろう。
そも最悪の場合、慎二達さほど戦闘能力を持たない人間は、この月の裏側最弱のサーヴァントである、アンデルセンにも敗北しかねないのだから。
「さってと、そういうことなら――」
アーチャーは、ランサーの少し後方に回りこむ。
ここでランサーの支援を行おうという腹づもりだ。
そして、キャスターは渋々と納得し、ありす達をかばうように立ちはだかる。
射程の問題で、単なる毒矢の射手でしかないアーチャーと、魔術師であるキャスターでは、できることに違いがありすぎる。
かくしてフォーメーションは出来上がる。
ランサーを前衛に、アーチャーを後衛よりの中衛、そして牙城たるマスター達を守護する後衛キャスター。
実にオーソドックス、慎二らしい布陣であった。
まったくもって真っ直ぐで、嫌味らしいほど隙がない。
圧倒するべくして配置された布陣を、油断なく展開する。
子供らしい蹂躙の思考と、それにらしからぬ優秀さ、まさしく慎二、と呼ぶべき趣向だ。
故に、キアラもまた油断なく答える。
彼らを敵と認めたからだ。
「――ふふ、では、メインディッシュの前の前菜と参りましょう」
紡ぐ言葉は、実に慎二をバカにしたものではあったが。
ともかく、かくして両者は激突する――第二ラウンドが、幕を開けた。
◆
先手をとったのはランサーだ。
速度で言えば、キアラは確かに最初の愛歌との激突時よりも向上している。
しかし、機動力でランサーに敵うサーヴァントなど存在しない。
それほどまでに、飛行という技能は優秀であった。
互いに接近しあう両者、しかしその上を駆け抜けたランサーが、即座に反転し後方から切りかかる。
理解はできても意識の外の攻撃、キアラはなんとか体を屈めて回避した。
そこに迫る毒の矢がある、アーチャーだ。
隙を生じぬ二段激、二節目の毒を、キアラは手のひらをかざし、握りつぶす。
トラッシュ&クラッシュだ。
さすがにこの刹那ではアーチャーたちまでもを捉える余裕はないが、それでも用はきちんと果たす。
ゴミクズと化した毒矢。
最初の狙いは塵へと変わった。
「マダマダぁ!」
そこに追撃、ランサーが再び槍を振り下ろす。
もはや鈍器そのものなそれ、しかしキアラは対応してみせた。
キアラの手元で、彼女の拳と、ランサーの槍が激突した。
衝撃が痺れとなってランサーの手に伝わる。
通らなかった、どころか間違いなく――互いの全力をぶつけあい、ランサーの方が少し圧された。
「こいつっ!」
――速度はランサーの方が上、しかし、耐久と筋力は若干キアラが上回るようだ。
ステータスにして、身体系のステータスが全てBランクである、といったところか。
総合力で言えば、恐ろしいことにキアラはランサーを上回っている。
勿論、単なる数値の話ではあるが。
ことスキルの数に関して、ランサーの右に出るものはいない。
特に竜の因子に関わるスキルは、彼女の強さの秘訣とも言えた。
即座に竜の血を受け継ぐ本能がランサーに次の手を指示する。
ほぼ直感とも言えるそれにしたがって、ランサーはキアラとの剣戟へと移行した。
拳と槍、二つの雨は周囲を無数に旋回した。
目も止まらぬ流れるような剣舞、慎二の視界ではそれについていくことなど不可能だ。
だが、アーチャーは動いた。
その中にあってもなお、正確にキアラを狙い、矢を放っていくのだ。
当然として、手数の上ではランサーとアーチャーがキアラを圧倒していた。
しかしキアラは倒れない。
無数の乱舞はつまり、それだけ無駄があるということだ。
事実アーチャーのそれにはキアラの動きを止めるための牽制も多く含まれている。
直情的なランサーにはそれが少ないが、けれどもつまり、それは同時に読みやすいという意味でもある。
かくしてキアラは、二対一の状況にあってもなお、明らかに対等以上の動きで持って、それを捌き切っていた。
決定打は持ち得ぬものの、状況は完全に硬直である。
「……くそ! おい、お前もあそこに加われないか?」
慎二が苛立ちとともにキャスターを見る。それは同時に期待でもあった。
だが、キャスターは悔しげに目を伏せて首を横に振る。
「無理よ、アタシは戦闘に特化した技能はないわ、炎なら打てるけど、巻き込むわよ」
――特にアーチャーの毒矢を無駄にしかねない。
それは、アノ状況にはかなり致命的であるといえるだろう。
「……でも、できないことがないわけじゃない。例えば――」
「――氷の氷柱か、アレで動きを止めると?」
「可能でしょう? ランサーくらいの機動力があれば、それくらい苦でもないでしょうし」
ふむ、と慎二は少し考える。
悪くない策に見えるが――だめだ、と結論がでた。
「こっちに利がない、あいつに苦はないとはいっても考慮の必要が出てくる。それに――」
「――そこの若大将の言うとおりさね、それは下策だ。あいつ、動きが身軽すぎるからな」
矢を連射しながら、アーチャーが会話に口を挟んできた。
つまるところこういうことだ。
キアラの身のこなしを考慮した場合、動きが抑止されるどころか、氷を足場とした三次元の軌道が可能になりかねない。
故に下策、アーチャーはそう切って捨てた。
そしてそれは、慎二にとっても同意見である。
「……が、なんともできない訳じゃない。発想は悪くないんだよ。だが、ダメなのは“こっちに何の利益もない”っていう点だ。だから――」
その言葉に、慎二は即座に納得した。
利益を生み出す方策、ようはアレンジを加えればいいのだ。
発想を元に、それを更に転換させ、発展させる。
「――おい、お前、風も操れるか?」
「あたし《アリス》はキャスターだから、それもできるよ」
答えたのはマスターである白いありすの方だ。
キャスター――黒いアリスも、それでおおよそアーチャーの狙いに合点が言った。
「風の膜を張ればいいのね?」
「あぁ、そういうことだ」
自身を覆う風の膜。
それはすなわち、ある種の攻撃に対する、防壁であった。
「……行くぜ、ようは俺やランサーが有利に使える舞台を作ればいい。あの化け物に、三次元軌道という利点を与えてもなお上回る、俺たちの有利をなぁ!」
そして――その手のひらに光が灯る。
それは魔術――すなわち宝具、緑の神秘が、産声を上げる。
「――――祈りの弓《イー・バウ》!」
つまり、そういうこと。
――突如としてキアラたちの周囲に、イチイの木が成長し、現れる。
それはアーチャーが親しんだ森に生える木、アーチャーの象徴。
すなわち、毒の結界を展開するのである。
こういうことだ。
まず、ランサーは竜、毒に対する耐性は人間よりもある。
行動に支障はきたさないだろう。
そしてアーチャーはそもそも使用者、さらには毒のスペシャリストなのだから、毒でやられては本末転倒。
故に、この状況は、キアラにとってのみ、負担となる。
かくして戦況は動いた。
――キアラの身体が一瞬止まる、自身に襲いかかる毒の変調を自覚したのだろう。
そして、それを見過ごすランサーではない。
直線的に迫るやり、キアラにできたのは回避のみであった。
脇腹をかすめる槍。
――入った、浅く軽く布を切り裂き、表面を傷つける程度であったが。
先制は、ランサーがとった。
「――よし!」
軽く慎二がガッツポーズする。
行ける、無駄ではなかった。
それは確信へと変わり、慎二は油断なくさらなる策を練り上げようと思考を回し――
――キアラの口元が愉しげに歪んでいることに気がついた。
「……! 気をつけろ、ランサー!」
意図が読めず、そう叫ぶ他にない。
何を狙っている? 混乱する思考の中、キアラはゆっくりと口を開いた。
「――あぁ、たまりませんわ、この感覚」
――一瞬その意味を図りあぐねた。
毒を愉しんでいる? そんなまさか――
だが、キアラのそんな異常性は、今この瞬間にはどうでもいい。
キアラが動いていた。
油断なく構えるランサー達、しかしその意図をキアラは外し――
――自身の拳を、イチイの木へと叩きつけたのだ。
思わず目を見開く。
誰もが、キアラがこの状況を利用すると読んだ。
大木を出現させたのだ、それを壁にするにしろ、足場にするにしろ、機動力で利用するとだれもが思った。
なにせそれほどまでにキアラは疾いのだ。
身体の動きにしても、何にしても、――だから同時に、こうも思われた。
キアラは技巧で戦う人間なのだと。
今、この行動はそれとは真逆。
故に度肝を抜かれた。
――完全に、キアラの思う壺にはまっていたのだ。
イチイの木がはじけ飛び、結界がその機能を失う。
だが、問題はそこではない。
全力を叩きつけられた木ははじけた――粉塵を伴って。
おそらくはキアラの気功そのものなのだろう。
だから、それにキアラの身体が隠れてしまった。
これではまずい、たとえ技巧派でなくともキアラは接近戦主体で戦うことは変わらない。
視界を覆ってしまうからパッションリップの力は使えなくなるが――
――これはつまり、キアラの“始動”を見失うということになる。
予測不可能なその一撃は、直後。
――それまでキアラとは比べ物にならないほどの速度で接近する彼女によって、驚愕へ変わった。
おそらくそれは、瞬発的な加速であるのだろう。
彼女は人間故にその身体能力は数値では測れない。
そして同時、人間故に、サーヴァントのように無限で全力を出し尽くすこともまたできない。
だから、それは常には出せなかった速度なのだろう。
だが同時に、それは見せることのなかった手札にもなる。
それが、なんとか槍を構えたランサーに突き刺さる。
防ぎはした。
気功を乱されるということもない。
――しかし、それでも無視できないほどの衝撃で持って、
――――ランサーは、とんでもない速度で、迷宮の端に叩きつけられることとなる。