ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
殺生院キアラ、曰くその通称を魔性菩薩。
自身の快楽のためならば、街一つ――どころか、国、もしくは世界すらも溶かして壊す。
ただ女であるがため、誰よりも強い愛を求めるがため。
果たしてそこに、一体どれほどの善性があるものか。
勿論、そんなものは欠片すら存在しないだろう。
それでも、彼女は現し世の聖女と謳われた。
誰もが彼女に溺れ、彼女に救いを求めたのだ。
それはかつて人々の前に立ち、窮地の国を救ったオルレアンの聖女のように。
つまりは救世、愛によって現れ出た彼女は、世界すらも溶かす救世主となるのだ。
故に、彼女は求道を行く。
そこには、無数の欲と、数多の破滅の荒野が広がっていた。
かくして愛に塗れた一人の女は、やがてこの世に現出した女神によって命を奪われることとなる。
女神が唯一心に留めた、路傍の花を傷つけたがために。
女神は憤怒に揺れていた。
なすすべもなく女は敗れた。
現実という世界において、既に失われた魔道すら操る女神に、敵う道理などありはしなかったのだ。
そして、舞台は電脳の海、最新の神秘が揺らめく月の裏へと移りゆく。
既に一度女神と女は激突し、その際には魔性菩薩は敗れている。
現代において、おそらく唯一となりうる“本物の聖人”の手によって。
かくしてこれは二度目の対決。
刮目せよ。
ここに殺生院キアラを追い詰めた臥藤門司の生はない。
宿敵キアラに向かうは絶対無垢なる純白乙女、沙条愛歌。
果たしてその戦いの行く末は。
事象の確定ありえぬ月の迷宮。
その深部にて――殺生院キアラは、あらゆる愛を燃やし尽くすほどの劣情は、沙条愛歌の前に姿を見せた。
◆
「――――」
「…………ふふ」
愛歌にキアラ、もはやここまで来て、両者に前口上など必要ない。
互いに相手を殺す――壊す――という意思は明白である。
自明の理、火を見るより明らかなそれを、口にするのは野暮というもの。
多少キアラは意味ありげに笑みを零すものの、そこにすら理由はありはしない。
こうして視線を向け合うそれは、キアラにとっては言ってしまえば逢瀬のようなものであるからか、少し可笑しくなっただけ。
愛歌からしてみれば、溜まったものではないだろうが。
故にむしろ、ここで言葉をかわすべきは愛歌とキアラではなく――
「やぁ、先生。この前は良くもやってくれたよね」
そうやって敵意を向ける――間桐慎二の方である。
そばにランサー、少し離れてアーチャーとキャスター、ありすに囲まれて。
真っ向から、殺生院キアラと対峙する。
「おや、慎二さん。貴方まで来ていたのですね。これは……面白いではありませんか」
「面白い? 先生も変なこと言うよね、そもそもさぁ、状況解ってんの? 先生は人間で、横にいるサーヴァントは役立たず。それに対してこっちはサーヴァント四騎に沙条までいる。――はっきり言って、もう詰んでると思うんですけど」
ヤレヤレと、嘆息気味に慎二は語る。
確かにこの状況は、キアラからしてみれば四面楚歌もいいところ。
勝機など、万に一つもないはずだ――が。
「あら、随分と吠えるのがお得意ですのね」
キアラは、全く臆することなく慎二を嗤う。
「……何?」
「言葉通りですわ。そも、私にとって貴方はせいぜいが面白い程度の手合でしかない。どう状況に絶望しろというのです?」
「へぇ……言ってくれるじゃないか」
まるで歯牙にもかけないキアラの言葉。
対する慎二も、瞳を鋭く尖らせて、剣呑な空気を醸し出す。
明白に、刃とかしていくその敵意は、しかしキアラは失笑にも思える笑みを零すだけ。
「ふふ、楽しいですわね」
「はぁ……?」
「――まぁ、簡単な話ですわ。やはりこういう、青い果実に舌を這わすのは、なかなか格別で御座いますもの」
嘲笑う、甘美な蜜で喉を潤し、愉悦の杯を傾けるのだ。
それはすなわち、キアラの優位は崩れぬことの確かな証左。
語るのだ、声を上げ、そしてそれを確かに変える。
――そうしてキアラは、手を揺らめかす。
身構える慎二と、その周囲のサーヴァント達。
愛歌とセイバーは油断なくその趨勢を見守っていた。
その中で、手の向かう先は――
「――――アンデルセン」
傍らに佇む、青髪の少年。
その精神性は、少年などと呼ぶのはまったくもっておこがましいが。
「承知した」
端的に一言。
感情すらなくアンデルセンは頷いて――一冊の本を取り出した。
「……ランサー!」
即座に慎二が命令する、言われずとも、ランサーは槍を構え飛び出した。
高速の接近、この場においてセイバーと並び最速を誇るランサーの両翼がはためいて、軌道はアンデルセンめがけて一直線だ。
しかし、
「遅いぞ。まったくもって遅いなぁ!」
――――届かない。
勢い良く乱れ舞う本のページから、何かしらの魔力が漏れて。
まずい、思うがしかし、“慎二の身体は動かない”。
「――沙条!」
「……っ!」
転移、慎二に手をのばそうとしてしかし、これもまた届かない。
「ちょっとこれ――遠ざかってる、あのいけ好かない連中から遠ざかってるじゃない!」
そう叫ぶのは、キアラ達に接近しようと試みているはずのランサー。
彼女は現在も高速でアンデルセンに迫っているはずなのだ。
なのに、“身体は逆にアンデルセンから引き離されている”――それはつまり、
「こいつぁ……まさかこの場から俺たちを追い出すつもりか!」
「どうにかならないの……?」
「無理そうね、あたし《ありす》、気をつけるのよ?」
――アーチャーと、そしてキャスター達が困惑とともに吐露する。
まずい。
誰の目から見ても、これはまずい。
「くっそ、ふっざけんなよ!」
ことここに来て、慎二が吠えた。
悔しげに唇をかんで、敵意を猛獣のように露わにして。
それでもなお、それはキアラに対して何かを震わせることもなく、
「悪い沙条、気をつけ――――」
――――間桐慎二と、ランサー、そしてアーチャーにキャスター等が、キアラ達が相対する一角から退場した。
「…………なるほど」
対して、愛歌はやれやれと困ったように嘆息だ。
「やってくれたわね」
たった一言。
そこに載せられたのは慎二の向けた単純な敵意ではない。
憎悪すら消え失せた、ただ純粋なまでの殺意。
もはや沸騰しきったそれは、混ぜ合わされたあらゆる感情を霧に変え――
――ひとつ限りの言葉となって、漏れだすにとどまった。
「……あら」
対するキアラは、菩薩がごとき柔和な笑みを浮かべていた。
それこそ、ここが戦場であることを忘れてしまうほどの。
「もったいないですわ。“この程度”でそのような感情を露わにされましても……なんというか私――滾ってしまいそうです」
「程度が知れると、そう罵ってあげればいいのかしら? 貶されて、けれども貴方からしてみれば本望なのでしょうね」
「えぇ全くもって。――ですが、今はそうですね。どちらかと言えばそういう気分ではございませんので」
言葉とともに、キアラはひとつ腰を落とした。
拳法の構え、間違いなく、そこに人を殺すという意志を乗せている。
「今求めるのはすなわち、肉と肉のぶつかり合い。――酒池肉林と参りましょうや」
「……セイバー!」
「応! 任せておけ!」
当然、戦闘準備などとっくの昔に完了している。
お互い、それ以上は必要なかった。
殺生院キアラと、そしてセイバー。
両名が、刹那も待たず即座でもって、戦場の中央にて衝突する――
◆
接近するセイバーの剣、キアラは拳で横に弾いてみせた。
響く轟音、まさしく雷鳴が如く周囲を切り裂いて、無数でもって広がっていく。
しかし、それは単に火蓋が落とされただけにすぎない。
まだ終わらない。
踏み込み一閃、直接的な掌底が、セイバーの元へと接近する――!
「甘い!」
とはいえ、それが決まるかといえばまた別の話。
キアラの動きは実に流れるように美しかった。
それでも――セイバーを捉えるには至らないのである。
舞った。
セイバーの身体が半回転する、下から上へ、斜めの横切り、回転の遠心力が合わさって、その刃はブレてキアラに迫っていく。
キアラは後方へ退避する。
更に迫るべく身体を落とすセイバーに、キアラもまた腰を落として構える。
だが、
(――此方のほうが早い)
思考のもと、セイバーはそう確信していた。
既にキアラとは一度対決していた。
その時の動きを覚えていて、思い出しているのだ。
キアラはそこまで速度のある手合いではない、どちらかと言えば手数で攻めるタイプだが、やはり人間であるということはサーヴァントとの隔絶した差となっているのだ。
そう考え、セイバーは前に出ようとした。
だというのに――
(――セイバー! 避けなさい!)
愛歌の声、返答より先に、認識より先に、身体は後ろへハネていた。
衝撃。
――セイバーのいた場所に、キアラの拳が突き刺さっている。
直接届きはしなかったものの、アレはまずい、一撃でも貰えば、身動きが取れなくなってしまう。
キアラの動きは月の表で戦ったアサシン――李書文に親しい物なのだ。
アレほど洗練されてはおらずとも、受けてまずいということは理解できる。
一撃必殺、そういうたぐいのものなのだ。
「アラ、残念。どうして外れてしまったのかしら」
――キアラは、心底意外そうにそうつぶやく。
そこには空を切った手応えへの不満があった。
彼女は今の一撃、とったと革新していたのである。
「貴様――」
明らかに、速かった。
前回の戦いから比べて、明らかに速度が上がっている。
どういうことか――
「おや、まさかとは思いますが、貴方は私が、あのまま停滞し、手をこまねいているとでも思っていたのですか? 心外ですわ」
――決まっている、キアラは強化されているのだ。
あの時とは比べ物にならないほど速く、そして鋭く。
(明らかにアレは自分を改造している。果たして“何か”を取り込んだのか、はたまた……何にせよ、反吐が出るわね)
愛歌の念話、明らかに不機嫌そうなそれは、振り返らずとも愛歌の表情を告げていた。
「……く、なるほどな」
納得する。
当然といえば当然だろう、キアラはあの時敗北しているのだ。
そのままでは、というわけにもいかないのだから。
(ついでに言えば、アレはおそらく本物なのよ。前に戦った時のアレは外側を自分に似せていただけ。だから動きも今より劣っていて当たり前、ただのラジコンじゃあ、スペックは大したことなくて当たり前というわけ)
(そういうことか。……だがつまりそれは――)
(えぇ、ここでアレを倒す。千載一遇の好機よ)
一つ頷いて、セイバーは大きくキアラから距離を取る。
愛歌の元へと戻り、仕切り直しをしようというわけだ。
それを取り逃すキアラでもなかろうが――見送った、どういうわけか、こちらを怪しい笑みとともに見ているだけだ。
「……まったくもって、不気味極まりないわね。その思考も、その心情も、全くもって理解できない……気持ち悪い」
「そうまで言われましても――貴方も常人からすればさほど変わらないでしょうに。それに――」
チラリ、と視線をセイバーへ向ける。
「やはり欲をぶつけあうというのは素晴らしいですわね、それだけで心が踊るというのだから、まったくもって……惜しいですわ」
「惜しい……?」
訝しむセイバーに、キアラはクスクスと小さかった笑いを、大きな破顔へと変えた。
「そうですわ。生憎と、こちらは時間が惜しい立場ですので。そう遊び呆けているわけにも行きません。淫蕩に惚けるのは私の得意とするところなのですが――」
ほうける違いだと、それこそ可笑しそうにキアラは笑った。
――解らない。
この女が、一体何を考えているのか。
愛歌にしてもそうであるが、セイバーであっても、それをゾクリと、怖気とともに感じたのであった。
何かがあるのではないか。
それに意識が無くのに、さほど時間はかからない。
「――解りませんか? であれば、良い物を見せて差し上げましょう。愛歌さん、貴方――――」
一拍。
そこで、すべての音が、すべての熱が、その一瞬だけは掻き消えて。
焦燥すら飲み込む、空白が生まれた。
「――ご自分のお姉さまの顔を、果たして覚えているかしら」
「な……」
に、と続けることはなかった。
――一体何を言っているのだ、この女は。
忘れているはずもない、思い出せば直ぐに記憶の奥底からその顔は浮上する。
愛歌にとって、沙条綾香という姉は、たとえすべてを失っても剥がれない、こびりついた記憶であるのだ。
故に、思い出す。
自分は愛歌の姉なのだからと、妹を守ろうとする彼女の姿を。
「それは――」
――――キアラの言葉に、壮絶なまでの悪寒が奔る。
生命の危機に、それを感じたことはある。
だが、“感情が総毛立つ”という感覚は、愛歌にとって始めてのものだった。
それも、歓喜でも驚愕でもなく、
猛烈なまでの“嫌な予感”というものは――
「――――このような、顔ではありませんでしたか?」
言葉とともに、虚空からキアラは取り出した。
「――ぁ」
その双眸は空虚に歪み。
その体は、無残にも無数の痕に包まれて。
声はない、感情もない。
明らかに“それ”は、人でありながら、既に人としての条件を満たすためのものを、すべて失っていた。
つまり、それは――
――――沙条綾香、おそらくはその魂、殺生院キアラが“保管”していたもの。
おそらくは既に精神が崩壊しているであろう“それ”が――――現れた。