ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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63.刮目せよ

 殺生院キアラ、曰くその通称を魔性菩薩。

 自身の快楽のためならば、街一つ――どころか、国、もしくは世界すらも溶かして壊す。

 ただ女であるがため、誰よりも強い愛を求めるがため。

 果たしてそこに、一体どれほどの善性があるものか。

 勿論、そんなものは欠片すら存在しないだろう。

 

 それでも、彼女は現し世の聖女と謳われた。

 誰もが彼女に溺れ、彼女に救いを求めたのだ。

 

 それはかつて人々の前に立ち、窮地の国を救ったオルレアンの聖女のように。

 つまりは救世、愛によって現れ出た彼女は、世界すらも溶かす救世主となるのだ。

 故に、彼女は求道を行く。

 そこには、無数の欲と、数多の破滅の荒野が広がっていた。

 

 かくして愛に塗れた一人の女は、やがてこの世に現出した女神によって命を奪われることとなる。

 女神が唯一心に留めた、路傍の花を傷つけたがために。

 

 女神は憤怒に揺れていた。

 なすすべもなく女は敗れた。

 現実という世界において、既に失われた魔道すら操る女神に、敵う道理などありはしなかったのだ。

 そして、舞台は電脳の海、最新の神秘が揺らめく月の裏へと移りゆく。

 

 既に一度女神と女は激突し、その際には魔性菩薩は敗れている。

 現代において、おそらく唯一となりうる“本物の聖人”の手によって。

 かくしてこれは二度目の対決。

 

 刮目せよ。

 ここに殺生院キアラを追い詰めた臥藤門司の生はない。

 

 宿敵キアラに向かうは絶対無垢なる純白乙女、沙条愛歌。

 果たしてその戦いの行く末は。

 

 事象の確定ありえぬ月の迷宮。

 その深部にて――殺生院キアラは、あらゆる愛を燃やし尽くすほどの劣情は、沙条愛歌の前に姿を見せた。

 

 

 ◆

 

 

「――――」

 

「…………ふふ」

 

 愛歌にキアラ、もはやここまで来て、両者に前口上など必要ない。

 互いに相手を殺す――壊す――という意思は明白である。

 自明の理、火を見るより明らかなそれを、口にするのは野暮というもの。

 

 多少キアラは意味ありげに笑みを零すものの、そこにすら理由はありはしない。

 こうして視線を向け合うそれは、キアラにとっては言ってしまえば逢瀬のようなものであるからか、少し可笑しくなっただけ。

 愛歌からしてみれば、溜まったものではないだろうが。

 

 故にむしろ、ここで言葉をかわすべきは愛歌とキアラではなく――

 

「やぁ、先生。この前は良くもやってくれたよね」

 

 そうやって敵意を向ける――間桐慎二の方である。

 そばにランサー、少し離れてアーチャーとキャスター、ありすに囲まれて。

 真っ向から、殺生院キアラと対峙する。

 

「おや、慎二さん。貴方まで来ていたのですね。これは……面白いではありませんか」

 

「面白い? 先生も変なこと言うよね、そもそもさぁ、状況解ってんの? 先生は人間で、横にいるサーヴァントは役立たず。それに対してこっちはサーヴァント四騎に沙条までいる。――はっきり言って、もう詰んでると思うんですけど」

 

 ヤレヤレと、嘆息気味に慎二は語る。

 確かにこの状況は、キアラからしてみれば四面楚歌もいいところ。

 勝機など、万に一つもないはずだ――が。

 

「あら、随分と吠えるのがお得意ですのね」

 

 キアラは、全く臆することなく慎二を嗤う。

 

「……何?」

 

「言葉通りですわ。そも、私にとって貴方はせいぜいが面白い程度の手合でしかない。どう状況に絶望しろというのです?」

 

「へぇ……言ってくれるじゃないか」

 

 まるで歯牙にもかけないキアラの言葉。

 対する慎二も、瞳を鋭く尖らせて、剣呑な空気を醸し出す。

 明白に、刃とかしていくその敵意は、しかしキアラは失笑にも思える笑みを零すだけ。

 

「ふふ、楽しいですわね」

 

「はぁ……?」

 

「――まぁ、簡単な話ですわ。やはりこういう、青い果実に舌を這わすのは、なかなか格別で御座いますもの」

 

 嘲笑う、甘美な蜜で喉を潤し、愉悦の杯を傾けるのだ。

 それはすなわち、キアラの優位は崩れぬことの確かな証左。

 語るのだ、声を上げ、そしてそれを確かに変える。

 

 ――そうしてキアラは、手を揺らめかす。

 身構える慎二と、その周囲のサーヴァント達。

 

 愛歌とセイバーは油断なくその趨勢を見守っていた。

 その中で、手の向かう先は――

 

「――――アンデルセン」

 

 傍らに佇む、青髪の少年。

 その精神性は、少年などと呼ぶのはまったくもっておこがましいが。

 

「承知した」

 

 端的に一言。

 感情すらなくアンデルセンは頷いて――一冊の本を取り出した。

 

「……ランサー!」

 

 即座に慎二が命令する、言われずとも、ランサーは槍を構え飛び出した。

 高速の接近、この場においてセイバーと並び最速を誇るランサーの両翼がはためいて、軌道はアンデルセンめがけて一直線だ。

 しかし、

 

「遅いぞ。まったくもって遅いなぁ!」

 

 ――――届かない。

 勢い良く乱れ舞う本のページから、何かしらの魔力が漏れて。

 まずい、思うがしかし、“慎二の身体は動かない”。

 

「――沙条!」

 

「……っ!」

 

 転移、慎二に手をのばそうとしてしかし、これもまた届かない。

 

「ちょっとこれ――遠ざかってる、あのいけ好かない連中から遠ざかってるじゃない!」

 

 そう叫ぶのは、キアラ達に接近しようと試みているはずのランサー。

 彼女は現在も高速でアンデルセンに迫っているはずなのだ。

 なのに、“身体は逆にアンデルセンから引き離されている”――それはつまり、

 

「こいつぁ……まさかこの場から俺たちを追い出すつもりか!」

 

「どうにかならないの……?」

 

「無理そうね、あたし《ありす》、気をつけるのよ?」

 

 ――アーチャーと、そしてキャスター達が困惑とともに吐露する。

 まずい。

 誰の目から見ても、これはまずい。

 

「くっそ、ふっざけんなよ!」

 

 ことここに来て、慎二が吠えた。

 悔しげに唇をかんで、敵意を猛獣のように露わにして。

 それでもなお、それはキアラに対して何かを震わせることもなく、

 

「悪い沙条、気をつけ――――」

 

 

 ――――間桐慎二と、ランサー、そしてアーチャーにキャスター等が、キアラ達が相対する一角から退場した。

 

 

「…………なるほど」

 

 対して、愛歌はやれやれと困ったように嘆息だ。

 

「やってくれたわね」

 

 たった一言。

 そこに載せられたのは慎二の向けた単純な敵意ではない。

 憎悪すら消え失せた、ただ純粋なまでの殺意。

 もはや沸騰しきったそれは、混ぜ合わされたあらゆる感情を霧に変え――

 

 ――ひとつ限りの言葉となって、漏れだすにとどまった。

 

「……あら」

 

 対するキアラは、菩薩がごとき柔和な笑みを浮かべていた。

 それこそ、ここが戦場であることを忘れてしまうほどの。

 

「もったいないですわ。“この程度”でそのような感情を露わにされましても……なんというか私――滾ってしまいそうです」

 

「程度が知れると、そう罵ってあげればいいのかしら? 貶されて、けれども貴方からしてみれば本望なのでしょうね」

 

「えぇ全くもって。――ですが、今はそうですね。どちらかと言えばそういう気分ではございませんので」

 

 言葉とともに、キアラはひとつ腰を落とした。

 拳法の構え、間違いなく、そこに人を殺すという意志を乗せている。

 

「今求めるのはすなわち、肉と肉のぶつかり合い。――酒池肉林と参りましょうや」

 

「……セイバー!」

 

「応! 任せておけ!」

 

 当然、戦闘準備などとっくの昔に完了している。

 お互い、それ以上は必要なかった。

 殺生院キアラと、そしてセイバー。

 

 両名が、刹那も待たず即座でもって、戦場の中央にて衝突する――

 

 

 ◆

 

 

 接近するセイバーの剣、キアラは拳で横に弾いてみせた。

 響く轟音、まさしく雷鳴が如く周囲を切り裂いて、無数でもって広がっていく。

 しかし、それは単に火蓋が落とされただけにすぎない。

 まだ終わらない。

 踏み込み一閃、直接的な掌底が、セイバーの元へと接近する――!

 

「甘い!」

 

 とはいえ、それが決まるかといえばまた別の話。

 キアラの動きは実に流れるように美しかった。

 それでも――セイバーを捉えるには至らないのである。

 

 舞った。

 セイバーの身体が半回転する、下から上へ、斜めの横切り、回転の遠心力が合わさって、その刃はブレてキアラに迫っていく。

 キアラは後方へ退避する。

 更に迫るべく身体を落とすセイバーに、キアラもまた腰を落として構える。

 

 だが、

 

(――此方のほうが早い)

 

 思考のもと、セイバーはそう確信していた。

 既にキアラとは一度対決していた。

 その時の動きを覚えていて、思い出しているのだ。

 キアラはそこまで速度のある手合いではない、どちらかと言えば手数で攻めるタイプだが、やはり人間であるということはサーヴァントとの隔絶した差となっているのだ。

 

 そう考え、セイバーは前に出ようとした。

 だというのに――

 

(――セイバー! 避けなさい!)

 

 愛歌の声、返答より先に、認識より先に、身体は後ろへハネていた。

 

 衝撃。

 ――セイバーのいた場所に、キアラの拳が突き刺さっている。

 直接届きはしなかったものの、アレはまずい、一撃でも貰えば、身動きが取れなくなってしまう。

 

 キアラの動きは月の表で戦ったアサシン――李書文に親しい物なのだ。

 アレほど洗練されてはおらずとも、受けてまずいということは理解できる。

 一撃必殺、そういうたぐいのものなのだ。

 

「アラ、残念。どうして外れてしまったのかしら」

 

 ――キアラは、心底意外そうにそうつぶやく。

 そこには空を切った手応えへの不満があった。

 彼女は今の一撃、とったと革新していたのである。

 

「貴様――」

 

 明らかに、速かった。

 前回の戦いから比べて、明らかに速度が上がっている。

 どういうことか――

 

「おや、まさかとは思いますが、貴方は私が、あのまま停滞し、手をこまねいているとでも思っていたのですか? 心外ですわ」

 

 ――決まっている、キアラは強化されているのだ。

 あの時とは比べ物にならないほど速く、そして鋭く。

 

(明らかにアレは自分を改造している。果たして“何か”を取り込んだのか、はたまた……何にせよ、反吐が出るわね)

 

 愛歌の念話、明らかに不機嫌そうなそれは、振り返らずとも愛歌の表情を告げていた。

 

「……く、なるほどな」

 

 納得する。

 当然といえば当然だろう、キアラはあの時敗北しているのだ。

 そのままでは、というわけにもいかないのだから。

 

(ついでに言えば、アレはおそらく本物なのよ。前に戦った時のアレは外側を自分に似せていただけ。だから動きも今より劣っていて当たり前、ただのラジコンじゃあ、スペックは大したことなくて当たり前というわけ)

 

(そういうことか。……だがつまりそれは――)

 

(えぇ、ここでアレを倒す。千載一遇の好機よ)

 

 一つ頷いて、セイバーは大きくキアラから距離を取る。

 愛歌の元へと戻り、仕切り直しをしようというわけだ。

 それを取り逃すキアラでもなかろうが――見送った、どういうわけか、こちらを怪しい笑みとともに見ているだけだ。

 

「……まったくもって、不気味極まりないわね。その思考も、その心情も、全くもって理解できない……気持ち悪い」

 

「そうまで言われましても――貴方も常人からすればさほど変わらないでしょうに。それに――」

 

 チラリ、と視線をセイバーへ向ける。

 

「やはり欲をぶつけあうというのは素晴らしいですわね、それだけで心が踊るというのだから、まったくもって……惜しいですわ」

 

「惜しい……?」

 

 訝しむセイバーに、キアラはクスクスと小さかった笑いを、大きな破顔へと変えた。

 

「そうですわ。生憎と、こちらは時間が惜しい立場ですので。そう遊び呆けているわけにも行きません。淫蕩に惚けるのは私の得意とするところなのですが――」

 

 ほうける違いだと、それこそ可笑しそうにキアラは笑った。

 

 ――解らない。

 この女が、一体何を考えているのか。

 愛歌にしてもそうであるが、セイバーであっても、それをゾクリと、怖気とともに感じたのであった。

 

 何かがあるのではないか。

 それに意識が無くのに、さほど時間はかからない。

 

「――解りませんか? であれば、良い物を見せて差し上げましょう。愛歌さん、貴方――――」

 

 一拍。

 そこで、すべての音が、すべての熱が、その一瞬だけは掻き消えて。

 

 焦燥すら飲み込む、空白が生まれた。

 

 

「――ご自分のお姉さまの顔を、果たして覚えているかしら」

 

 

「な……」

 

 に、と続けることはなかった。

 ――一体何を言っているのだ、この女は。

 忘れているはずもない、思い出せば直ぐに記憶の奥底からその顔は浮上する。

 

 愛歌にとって、沙条綾香という姉は、たとえすべてを失っても剥がれない、こびりついた記憶であるのだ。

 

 故に、思い出す。

 自分は愛歌の姉なのだからと、妹を守ろうとする彼女の姿を。

 

「それは――」

 

 ――――キアラの言葉に、壮絶なまでの悪寒が奔る。

 生命の危機に、それを感じたことはある。

 だが、“感情が総毛立つ”という感覚は、愛歌にとって始めてのものだった。

 それも、歓喜でも驚愕でもなく、

 

 猛烈なまでの“嫌な予感”というものは――

 

 

「――――このような、顔ではありませんでしたか?」

 

 

 言葉とともに、虚空からキアラは取り出した。

 

「――ぁ」

 

 その双眸は空虚に歪み。

 その体は、無残にも無数の痕に包まれて。

 

 声はない、感情もない。

 明らかに“それ”は、人でありながら、既に人としての条件を満たすためのものを、すべて失っていた。

 

 つまり、それは――

 

 

 ――――沙条綾香、おそらくはその魂、殺生院キアラが“保管”していたもの。

 

 

 おそらくは既に精神が崩壊しているであろう“それ”が――――現れた。


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