ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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53.かくして少女に裁定は下る

 ――当然といえば、当然のことだ。

 あらゆる点において、ここにセイバーがいるのは道理である。

 

 どうしてここに? ――自身を消し去る愛歌を止めるため。

 どうやってここに? ――先ほどまでと同じだ、愛歌が前に進んだために、セイバーもまた進めるようになった。

 

 手には燃え盛るような赤き剣、銘を原初の火。

 かつてから今までより、共に戦ってきたセイバーが、敵へ向けてきた剣。

 

 かすれた瞳で、セイバーを見る。

 愛歌は、自分が少し前なら想像もできなかったほどに疲弊している。

 身体の半分はデータに呑まれた。

 既に腹部は空洞で、そこを黒い何かが巣食っている状態。

 普通の人間とすら判断するのは難しいだろう。

 

 そこまで至って、対するセイバーの眼はどこまでも辛辣だ。

 厳しい、というよりも――苦しい、見ていて喉元を絞められるような眼だ。

 ただ見据えられる――それも、真正面から揺らぐことなく。

 それは――通常、あまりにも酷なことだ。

 そこに何の感情も見られないのであれば、なおさら。

 

「――この先へ進むのか?」

 

 その表情と、その瞳。

 今にも凍てついて、その後には壊れて散ってしまいそうなそれ。

 ――その二つでもって、セイバーは愛歌へと声をかける。

 

「進むわ」

 

 現状、愛歌はそれに反応することもできない。

 もう限界なのだから、これ以上傷つかなくてすむのは、果たして僥倖と言えるだろうか。

 セイバー、その言葉に対して、更に問う。

 

「この先に進めば、“この”余は消滅する。それをわかった上でか?」

 

「……解ってる」

 

 か細い声で、淀んだ声で――それでも、躊躇うことはなかった。

 それにセイバーは、あくまで不可思議な瞳を向ける。

 

「何故だ――? 何故ここまでして、“そいつ”を起こそうとする? 貴様はよほど優れた魔術師だろう。……非効率にも程が有るように見受けられるが」

 

「どうしてもなにも、そうしなくちゃいけないからに、決まっている、でしょう?」

 

「理由などない? おかしな話だ。――であれば、言い方を変えよう」

 

 言うと、セイバーは一度間を空けた。

 崩れゆく愛歌の身体は、その沈黙にきしみを上げる。

 ――ような、気がした。

 

 そして、

 

 

「それは――誰のためだ?」

 

 

「貴方のためよ」

 

 

 躊躇うことのない、真っ直ぐな言葉。

 その一点に関してだけは、愛歌は何も迷わずにそう答えた。

 自分でもその理由はてんで検討が付かないが、それでも。

 

 迷いはないと、胸を張って言えることだった。

 本当に久しぶりに、愛歌はそんな感覚を覚えたのである。

 

「余のためにか? そうは見えぬがな」

 

 ――本当に? そう問いかける誰かがいた。

 けれども、それだけは引かなかった。

 どれだけ自分を蝕もうとしても、その一点だけは揺るがない、逸らさない。

 

 見ていれば解るのだ。

 

 だって、そうだろう?

 

 ――あぁ、そうだ、間違ってなどいない。

 

「えぇ、そうよ。貴方のためでなくちゃ、おかしいわ。でなければ、私にこうする意味は無い。でもね――やらなくちゃって、思うのよ」

 

 なにせ、と付け加える。

 

 それは――つまり、

 

 

「――――――――今の貴方、全然らしく無いんだもの」

 

 

 こんなの、まったくもってセイバーらしくない。

 だから、ダメだと、愛歌はいうのだ。

 

「――」

 

 セイバーは、それをただ正面から受け止めた。

 少しだけ、目を見開いたようにして、けれど――

 

「……それが、全てなのだな?」

 

 やはり、最後には元のセイバーに戻ってしまう。

 

「全てよ」

 

 それでも愛歌は、ようやくそれを、言葉として正しく示すことができた。

 ――まだ、愛歌は自覚すらしていないけれど、それでも。

 

 答えは、出た。

 

 セイバーのために、前に進む。

 今愛歌にあるものは――それだけだ。

 

「そうか、では、もうよい」

 

 そう言って、セイバーは眼を閉じた。

 結論は出たと、そう告げた。

 

 あぁ、しかし――しかし、だ。

 まったくもって、残念でならない。

 

 答えは出た、がそれでも、その答えに何の意味もないのだ。

 

 愛歌は今、セイバーに対して何もできない。

 ここで彼女に切り払われたとしても、反撃すらできないのだ。

 だから、ぎゅっと愛歌も目を伏せる。

 その瞬間を待ちわびる。

 

 ――愛歌は今、セイバーに敵対しているのだ。

 容赦の無い彼女であれば、ここで愛歌を切り伏せないという選択肢はないだろう。

 

 だから、これで終わりだ。

 何もかも、

 

 ――――意外にも、それを“悪くない”と思えたことは、少しだけ、愛歌にとって嬉しいことだった。

 

 そして、

 

 ゆっくりと、

 

 時間は過ぎて、

 

 死に向かう少女と、それを見下ろす少女は、

 

 ――静寂だけが時間を作る。

 

 そうすると、セイバーの動いた気配がした。

 いよいよかと身体を震わせて、

 

 

 ――――愛歌の頭を、ぽん、と優しく撫でる手のひらが、乗せられた。

 

 

「……ふぇ?」

 

 不思議そうに、見上げる先、愛歌は見た。

 ――優しげに、セイバーが笑っている。

 

「なん、で……」

 

 わからない、今の状況は、一体なんだ?

 

 セイバーは、もう既に剣を手にしていない。

 今は、片方の手で愛歌の頭に手を載せて、もう片方の手は愛歌の肩に添えられている。

 

「……まったく、どうしてだろうな。正直、余にもよく解らん」

 

 見上げるセイバーは、呆れ顔で嘆息だ。

 自分に対する自嘲によるもの、すぐに、また優しく微笑みかけてくれる。

 

「ハッキリいって、貴様は何一つ信用できん。その見た目とは何一つ一致せぬほど、貴様は才覚に満ちている。分不相応なほどに」

 

 それほどのマスターと、契約するのであれば吝かではない。

 だが、そんな魔術師がいきなり現れたのであれば、警戒する他にない、というわけだ。

 

「それでも――だ。放っておけるわけがなかろう、そんな顔をされてしまっては、な」

 

「……ひどい顔をしている、自覚くらいあるわ」

 

「ではその三倍を想像してみよ。……ソレくらい酷いぞ、今の貴様は」

 

 まぁ、なんだ、とセイバーは語る。

 

「余は幼い少女が好きだ、大好きだ。愛でてよし、味わってよし、これぞまさしく至高の馳走よな。……そんな部分を見せられては、余も答えんわけにはイカンのだ」

 

 ――あぁ、それはなるほど、だ。

 まったくもって、セイバーらしい言葉である。

 

「……それにな、“余のためだ”と、そういったのだ。世界のためだとか、自分のためだとか、そういうお題目は掲げずに……うむ、なぜだか知らんが、嬉しかった。感謝する」

 

 最後の言葉は、セイバーにしては珍しく柔らかくて甘い、優しげなものだった。

 少しだけの気恥ずかしさを舌に載せ、嬉しかったと、そういったのだ。

 

「される謂れは、あまりないと思うのだけど」

 

 ――自分は、それでもやっぱり目の前のセイバーの敵なのだから。

 むしろ、感謝したいのはこっちの方だ。

 

 愛歌から手を離したセイバーは、こちらを引っ張るように今度は手を握る。

 連れて行こうと、そう言っているのだ。

 

「ありがとう」

 

 そう礼をして、愛歌はその手に導かれ先へ行く。

 今はもう、身体を覆う倦怠感はなにもない、あるのは、心に貯まる満足感だ。

 

「――セイバー、私は貴方のマスターよ。これまでも、そしてきっと、これからも」

 

 語りかけるのは、隣に立つ無意識のセイバーであり、目の前に眠る本来のセイバーでもある。

 

「なぁ……敢えてこう呼ばせてもらうが、“奏者”よ」

 

「――っ!」

 

 ふと、セイバーへと振り向く。

 急な声がけに驚き、そしてその内容にもまた驚いた。

 

「こういうのも何だが、“余を頼む”ぞ。奏者のことは、まぁそちらの余がなんとかしてくれるだろうしな」

 

「……わかった、わ。――行くわよ」

 

 了承し、そしてなんとかレリーフを見上げる。

 眠り続けるセイバーに、一体何の言葉をかけようか。

 迷いはするが――どんなことでもいいだろう、するりと、口から漏れでた言葉を、紡ぐことにした。

 

 

「――――起きて、セイバー」

 

 

 その言葉に、――レリーフは反応を見せる。

 何度か光を帯びたそれは、やがてひび割れ――崩れてゆく。

 

 時が来たのだ。

 

 ようやく、

 

 ――ようやく、セイバーが戻ってくる。

 

 ふと、隣の無意識として存在するセイバーを見る。

 光に包まれた彼女は、何事かをしゃべろうとして――消えていった。

 その何事かは判別がつかないがそれでも、決して悪いことではない、そんな気がした。

 

 そして、

 

 

「…………うむ、またせたな」

 

 

 ――崩れ去ったレリーフの向こうに、彼女はいる。

 紅いドレスのような、男装だと本人は言い張る服を身にまとう。

 それは、月の表でずっと、セイバーが着てきたものだった。

 

「随分長い間眠っていた気がするが……何だな、――そんな顔をするではない。少し、欲情してしまいそうになる」

 

「……………………」

 

「どうした? 今にも泣きそうな顔だぞ、奏者らしくもない。奏者はこう、もっと凛としていなくてはならんぞ、よいな?」

 

 朗々と語るセイバーに、愛歌は無言で惚けるだけだ。

 少しだけ、嬉しさを堪え切れずに、けれども頬をきゅっと引き締めて、愛歌はセイバーを見る。

 

 ――そうだ、無意識のセイバーは、まったくもってらしくなかった。

 本来のセイバーは、たとえ相手が敵であったとしても、もっと尊大に語るだろう。

 あんな、鋭い視線を向けるのではなく、認めた上で、薙ぎ払うように振る舞うのだ。

 

 それになにより、セイバーはもっと豪奢で、わがままなはずなのだ。

 今のように、――もっとドヤ顔で、笑っているのがふさわしい。

 

「……えぇ、解ったわ」

 

 晴れやかな笑顔で、愛歌はそう答えた。

 

「さて、戻ろうか奏者よ。――ここで止まっている暇はないぞ、時間は常に有限なのだからなっ!」

 

「そうね――――セイバー、貴方が連れて行ってくれる?」

 

 差し出した手。

 伸ばされた手のひらに、セイバーは迷うことなく、最上の笑顔で頷いた。

 

 

「――もちろんだ!」

 

 

 と、自身に満ちた声で持って。

 

 

 ◆

 

 

 ――セイバーの深層領域から帰還して、愛歌達はまず、生徒会メンバーの無事を確認した。

 

「ほんと! 心配したんだからね。……貴方まで、なんてことになったら、オシマイなんだから――そう、別に友達だからとか、そんな甘い理由じゃないのよ!」

 

「ミス遠坂の絶望に満ち溢れた顔でしたら録画してありますので、後ほどどうぞ、……それにしても、レオにユリウス、騎士王と――惜しい人を失ってしまいました」

 

「あの道化師の人も、そうです。えっと、AIである私がこういうのもおかしいんですけれど、何だか、寂しくなっちゃいましたね」

 

 ――三者は、それぞれに語る。

 誰もが、愛歌の帰還を素直に喜んでくれた。

 

 他にもジナコと、なんとか消滅から免れたカルナ、旧校舎のNPCなども健在であった。

 

 ――が、しかし。

 

 その中に、間桐慎二の姿はなかった。

 

 一体ドコに? 最初に疑問に思ったのは誰であったろう。

 ともあれ、今は目の前のことだ。

 サクラ迷宮はあの後、更に二人の衛士が担当できる分――つまり、六階層掘り下げられていた。

 そして、その六階層が限界だろう、ということも判明している。

 

 これが最後の戦いになるのだ。

 ――だれもが、そう確信していた。

 

 そして同時に、コレまでよりも、一層激しい戦いになるだろう、とも。

 

 それでも、だ。

 ――前に進むことに迷いはない。

 レオの意思を愛歌が引き継いだ、新たな生徒会長の誕生だ。

 

 そして、愛歌が墜ちぬ限り、月見原生徒会に負けはない。

 

「セイバー、やっぱり、ここからが大変になりそうね」

 

「――あぁ、だが、それでもよいだろう」

 

 二人は、サクラ迷宮入り口の前で、視線を交わし合う。

 ここからが正念場。

 

「……大丈夫か?」

 

「えぇ、大丈夫――行きましょう、この迷宮の奥の奥、最後にたどり着く、その場所まで」

 

 ――語り合う二人の前に待つものは、果たして。

 サクラ迷宮、五人目の少女との戦いが、始まろうとしていた。




 というわけで、怒涛の四章、そして間章でした。
 二回目の怪獣女王から始まり、ノンストップ感は三章にも劣らないはず。
 特に騎士王対BBは前々からやりたかったことなので、非常に楽しかった。
 そしてその後はBBちゃんと無意識セイバーによる愛歌いじめ。
 色々ありましたが、次回から五人目登場。
 当然、あのコンビになりますが……実は?
 というわけで、次回以降もお楽しみに!

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