ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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―Interval―
52.無垢心理領域


 ――想像もしていないことだった。

 それは確かなことだ。

 けれども、では“何が”と問われても、愛歌はそれに答えられないだろう。

 

 果たして“セイバーに拒絶されること”を想像していなかったのか。

 “こうも衝撃を受ける自分”を想像していなかったのか。

 

 混乱する愛歌の頭では、永遠に出ない結論だった。

 とはいえそれは、実際のところは“覚悟が足りなかった”というだけの話なのだが。

 

「……………………」

 

 ――正面から、セイバーは愛歌を睨んでくる。

 敵対者に向ける瞳、とはまた違う、こちらを値踏みするような、そんな眼だ。

 

「セイバー……?」

 

「――確かに、今の余はセイバークラスとして存在しておるようだが、貴様、何故余をセイバーと断定する? いやそも、何故この場にいる――まずはそれを話すことを許そう」

 

「何故も何も――」

 

 ――語って聞かせる。

 語りかける愛歌は、自覚なく、それでも必死だ。

 しかし、そんな愛歌を愛でる様子もなく、セイバーは懐疑的な視線を向けた。

 

「ほう、余と貴様はサーヴァントとマスターであったと。この月の聖杯戦争を戦っていたと――なるほど」

 

 そういって、セイバーは顔を伏せ、何事か思考にふける。

 彼女の中では、一体どんな考えが展開しているのだろう。

 愛歌には解らない。

 常からしてそうだったのだ、今の状態ならば、なおのこと。

 

 だから、期待と共に言葉を待つ。

 お願いだから、早くこの時間を終わらせたい。

 セイバーは自分のサーヴァントなのだ、だから――それをわかってほしい。

 

 そんな、自分勝手な願いを、押し付けがましく思い浮かべる。

 

「……確かに、貴様のように麗しく才気あふれるマスターは、余としても実に歓迎だ」

 

 ――その言葉に、愛歌の顔は華やいだ。

 けれども――

 

「しかし――それとコレとは話は別だ」

 

 見下ろすセイバーの目線は、相も変わらず疑心に満ちている。

 

 愛歌は、いよいよ言葉に詰まってしまう。

 どうすればいい? こんなこと、愛歌は経験したこともなかったのだ――

 

「……とはいえ、状況が解せないのは事実。――その理由、貴様ならば解るのか?」

 

「…………解るも何も」

 

 言葉は、絞りだすように口をついた。

 セイバーはそれに、何の反応も示さない。

 

 どこか線を引いて愛歌の様子を見ているだけだ。

 

「アレ、でしょう? わからない貴方でも、無いはずよ」

 

 指をさすのは当然、セイバーが眠るであろう心のレリーフ。

 このずっと向こうに――それがある。

 

「そう決めつけられてもな……が、まぁそのとおりだ。しかし、問題がある」

 

 嘆息とともに、愛歌が指を刺した方向へ振り向くセイバー。

 ――目を細め、そこに佇む“セイバー”を見た。

 

「余一人では、アレに近づくことができぬようなのだ。故に、今はここで困っていたところだ。……そうさな、余をあそこまで連れて行くが良い、特に許す」

 

「……許されずとも、私はあそこに用があるの。――ついて来てくれるの?」

 

「必要があるだけだ」

 

 それならば――それで良いのだろうか。

 愛歌にはわからない。

 ――とにかく、まずはあそこに行かなくては。

 

 よどみきった思考の中で、それだけは愛歌の導として、思考の中にこびりついていた。

 

 故に、ゆっくりと歩き出す。

 セイバーの横を通り過ぎ――横から彼女を見上げる。

 その視線の先にあるのは自分ではなく、あそこで眠るセイバーだ。

 少しだけ、寂しく思いながらも、後ろから続くセイバーへ、もう一度だけ愛歌は視線を向けた。

 

 なんとか歩き始めた愛歌の行軍。

 そこに救いを求めたか、否か、それを知る術は愛歌にすら無いが――

 

 結局、結論だけを語ってしまえば、

 

 

 ――それは、ある一点で阻まれることとなる。

 

 

 不意に、衝撃が足元を駆け巡る。

 ――そんな、気はしていた。

 

「どうした……?」

 

 不思議そうなセイバーの顔。

 ――あぁ、ダメだ。

 挫けてしまいそうになる。

 

「――――何でも、ないわ」

 

 それでも振り絞って、愛歌はそう、“嘘をついた”。

 誤魔化すように、なかったコトにするように。

 

 改めて、死へと誘われる道へ一歩を踏みだそうとして――しかし。

 

 

「アハハ! ちょっと様子を見てみたら、随分無様ですよねぇ、先輩?」

 

 

 嫌なタイミングで、その少女は現れた。

 ――BB。

 月の女王を名乗る全ての元凶。

 先ほどまで、愛歌に怒りを向けていた彼女はしかし、今は愉悦に満ちた顔で愛歌を見下ろしている。

 半透明でこそ、あるものの。

 

「あら、何をしに来たのかしら。あなたには関係の無いことだとおもうけど」

 

「そうですかぁ? 先輩が苦しむなんて、レアなシチュ、見逃したら損に決まってるじゃないですかぁ」

 

「――――待て」

 

 楽しげなBBに、剣呑な声のセイバー。

 とはいえ、こちらもあくまで警戒の域を出ていない。

 多少、愛歌よりも鋭いものを向けているものの。

 

「名を名乗れ、このような場所に、何故現れる!」

 

「うーん、煩いですよセイバーさん。……別にいいじゃないですか、今の私はちょっとした休暇でそこの人を見下しに来ているんです。――あぁそうだ、いいこと教えてあげますね」

 

 返ってきた答えは、まったくもって頓珍漢なもの。

 要領を得ない相手――そんなセイバーの語る瞳を無視し、BBは続ける。

 

「――そこにいる先輩を信用しないほうがいいですよ? なにせ――“嘘をついて”貴方をあそこまで連れて行こうとするんですから」

 

「……っ!」

 

 当然といえば、当然か。

 BBはこの空間の仕組みを理解している。

 であれば、ここでそれを語らない理由がない――!

 

「どういうことだ?」

 

「そもそもですね、ここは貴方の“深層”なのですよ。つまり――」

 

 BBは朗々と語る。

 

 ――ここは、セイバーの心の最深部。

 月の裏側から虚数空間に落ちたセイバーは、自身の消失を防ぐために意識を凍結させた。

 今ここにいるセイバーは、いわばセイバーの無意識である。

 そしてあのレリーフはセイバーの意識そのもの。

 

「ですからぁ、先輩はアレを目覚めさせようとしているんです。結果として、貴方は先輩に騙され、消滅してしまうっていうことですね!」

 

 ――意識が目を覚ませば、無意識は消える。

 当然のことだ。

 だからBBは、楽しげにそれを披露する。

 

「貴方だって、詐欺られて消えたくはないでしょう?」

 

 ――その言葉に、はっと愛歌は振り返る。

 セイバーを、すがるように見上げた。

 

 声にならない焦燥感が、どうしてか愛歌を責め立てる。

 何故だ、何故――自分の気持ちはこんなにも苦しいのだろう。

 

 対するセイバーは、チラリとそれを見下ろした後、BBの方へ向き直り、目を閉じる。

 

「――――当然だな」

 

 答えは、愛歌の思いを、たやすく否定するものだった。

 

「でしょう!? あっはは、先輩、ざぁんねんでした! 貴方の野望はここでオシマイ。嘘をついてでもあそこに行きたかったですか? でもだぁめ! 不可能なんですー!」

 

 ――愛歌は、応えない。

 ただ顔を伏せ、もう、何も口から紡ごうとはしない。

 

「と、いうと?」

 

「この先は、貴方の意思を守る防衛線、踏み込む物を拒絶します。なので、先輩はあそこにたどりつく前に、貴方を守る細胞壁に阻まれ、消滅してしまう、というわけです」

 

「……………………なるほどな」

 

 セイバーがそう頷いて、それでBBは満足したのだろう。

 

「――それでは、私はこの辺で失礼しますね? 先輩も、早く旧校舎へ戻ったらどうです? そこにいる限りは、命だけは保証しますよ?」

 

 そうまくし立てるように言い切って、その姿は、ドコへと知れず消え去った。

 あとに残るのは、愛歌とセイバーの二人だけ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いに無言のまま――背を向ける。

 愛歌はレリーフへと、セイバーはその反対だ。

 

「――――」

 

 足元に奔る電流、激しく明滅する感覚器官。

 ――愛歌は、ゆっくりと前を向いた。

 

 もう、限界だと誰かが言う。

 そんなものは知ったことかと振り払う。

 

 まだ、諦めたくは無い。

 自然と力は出た。

 ――もう少しだけ、愛歌は前に進むことにした。

 

「――――」

 

 ――――セイバーはなにも、応えてくれない。

 

 

 ◆

 

 

 ――歩くということに、障害があるなど、愛歌はその時初めて知った。

 自分が歩くところには自然と道が作られる。

 それがどれほど困難であろうと、結局はそれは道なのだ。

 

 愛歌という人間が歩いてきた世界は、そういう世界だった。

 

 道を“作る”だけの力が、愛歌には備わっていたから。

 だから、こんなに“無力”であることなど考えられない。

 今の自分は転移すらできない――正確には、防壁の存在故に転移の対象を選択できない。

 

 そこは何もないのに、あるのだ。

 無言の空気とでも言おうか、言葉の槍だ。

 それが、実体を成して愛歌の周囲を包んでいる。

 これでは――転移などそもそも思考の中にすら浮かばない。

 

 ゆっくりと、身体が崩れていく感覚を、初めて知った。

 痛みが身体中を支配するということを、初めて知った。

 歩くことすら億劫になるということを、初めて知った。

 

 ――もう、ダメかもしれないという感情を、愛歌はようやく理解した。

 

 それでも、前に進むことをやめることはしなかった。

 ここまでくれば、それはもはや単なる意地で、愛歌は既に、身体の半分を失っている。

 

 薄暗くなっていく視界に、とらえ続けるセイバーのレリーフ。

 アレだけは、眼から離さない。

 

 ――身体の感覚が訴えかける。

 

 こんなことは、しても意味のないことだ、と。

 こうして歩いて、命を賭けて何になる、と。

 

 無意識のセイバーは、実に愛歌へ辛辣だった。

 アレが“本来”のセイバーなのだ。

 愛歌へ対して、彼女は何も思ってはいなかった。

 

 

 ――“そんなものなのだ”。

 

 

 ソレは訴えかける。

 

 ――止めろ、止めろ、聞きたくない。

 そんなことは、聞く耳を持ちたくない。

 

 そんなはずはない、だってセイバーは、あんなにも自分を――

 

 ――――自分を、

 

 

 ――自分を?

 

 

 ――どう、だというのだ?

 わからない、信頼してくれた? 好いてくれた? どれも、どうしてか違う気がする。

 こんなにも自分はセイバーに対して意識を向けている。

 それは、セイバーが自分に意識を向けてくれたからだ。

 不本意ではあるが、記憶を失ったまま進んだ月の裏側での信頼は、そういう所から来ているはずだ。

 

 ――だが。

 

 その根源が愛歌にはわからない。

 

 なら、考えなくては。

 今の自分には、セイバーへの取っ掛かりが何もない。

 取り付く島もない彼女へ、一体なんと言葉をかければいい。

 どんな感情を向ければばいい?

 

 それを、考えるべきだ。

 解らないのなら、解らなくてはならない。

 

 だって、だって愛歌は、

 

 沙条愛歌は――――

 

 ――考える。

 

 考えて、考えて、考える。

 

 ――――けれど、

 

 ――結果は、確かなものへ実る事なく。

 

 

「……来た」

 

 

 もはや、限界に悲鳴を上げる口元が、それでもポツリと声を漏らした。

 

 ようやく、この場所にたどり着く。

 ――そこは、月の表にてサーヴァントを召喚する場所に似ていた。

 

 あと少し――身体は、もう立っていることすら不思議なほどだ。

 それでも、届く。

 届かないのなら、這ってでも、たどり着く。

 

 だから、

 

 

 ――それに一体何の意味がある?

 

 

 うるさい、うるさい、黙れ黙れ黙れ。

 ――愛歌はようやくここまで来たのだ。

 もう、それを止めることは――

 

 

「――――――――待て」

 

 

 否。

 遮った。

 声がした。

 

 見上げる。

 上から、やってくる。

 

 レリーフと愛歌の間に割って入り、

 

 

 ――――セイバーは、現れる。

 

 

 気がつけば、意図しない別れを経て、感覚にして十年の月日が経っていた。

 ようやくここまでやってきて、その最後に。

 

 

 ――愛歌を知らないセイバーが、立ちはだかっている。


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