ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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49.そして僕は君の名を呼ぶ

「――どうやら、私たちはこの月の裏側の、それも更に奥、虚数領域にまで落とされてしまったようだ」

 

「本来なら、人間は即座に排除されてしまう空間ね」

 

 ――ふたりきりの暗闇で、互いに顔を見合わせ合って愛歌と騎士王は会話を続ける。

 話すことは、現状のこと、そしてこれからのことだ。

 

「どうにかここから脱出したいけれど……残念ながら、私はここまでのようだ」

 

「何故? 確かに、今の貴方は消滅寸前ではあるけれど、ここから脱出すればまだ……」

 

 ――騎士王は、ここに至る間に、愛歌を守って負傷した。

 曰く、気がついた時には、近くに彼女しかいなかったのだ、と。

 だから迷っている暇はなかった。

 

 故に、彼はこう語る。

 自分が生き残るよりも、愛歌とセイバーが生き残ったほうが良い、と。

 わけは単純、これまで月の裏側を探索してきたのは愛歌達だ。

 牽引者、というわけである。

 ――精神の支柱としては、自分たちよりも優秀だろうから。

 

「……残念だけれど、それは無理なんだ」

 

 すまない、と騎士王は目を伏せる。

 寂しげな顔で、愛歌は対して問いかけた。

 

「どうしても、消えなくちゃいけないの?」

 

「……あぁ」

 

 騎士王は、自身を責める。

 己がふがいないばかりに、と。

 それは、愛歌の言葉すら届かないだろうもの。

 

 なぜなら、

 

 

「――――つい先程、レオとの契約が途絶えた」

 

 

「……え?」

 

 嘘だろう、と愛歌は瞠目する。

 ありえない――アレは、間違いなくこの月の表で自身と並び立つマスターだ。

 そんなレオが、――死んだ?

 そんなこと、信じられるはずがない。

 であれば自分は何なのだ――? まさか、騎士王に守られていなければ、死んでいた?

 

 そしてその言葉の意味することも、愛歌は聡く察してしまう。

 したくなくても、どうしても。

 

「――じゃあ、もう、貴方は消えるしかないの?」

 

「……そうだろうね、そして、どうやらここで君と契約することも叶わないようだ」

 

 それは――既に気がついている。

 今の愛歌は“単なるデータ”でしかない。

 常と同じように振る舞うことは可能だろうが、そこに“魔力が伴わない”のだ。

 おそらく本体は、既にどこかに吸収されているのだろう。

 

「私という存在が君をかばったために、一瞬のイレギュラーが発生した。ということかな」

 

「そうでなければ、多分“回収”される前に死んでいたでしょうね、……レオのことを聞く限り」

 

 そう、愛歌は現状に結論をつける。

 もう――既に騎士王は身体の三割を失っていた。

 データの黒に呑まれた痕は、痛々しく顔にも及んでいる。

 

 だからか、騎士王は指摘する。

 

「…………そんなに、寂しそうな顔をしないでほしいな」

 

「そんな顔、してないわ」

 

 自身の頬を押し込んで、何の異常もないと愛歌はアピールしてみせる。

 けれど、騎士王はそんなことはない、と譲らない。

 

「残念だけれど、ダメだよ。もう何も考える必要がないと解ってしまった時点で、顔が儚げに緩んでいる」

 

「それは……」

 

「否定出来ないだろう?」

 

 少しだけ、気が抜けてしまった。

 愛歌としては以外な感覚――それは、安堵でも何でもない。

 けれど、もっと不思議な感覚だった。

 

「そんなに私が……悲しそうに見えるかしら」

 

「悲しそう、ではないと思うな。君は、そんなに弱い人ではないだろう」

 

 愛歌の顔に、涙はない。

 どこか呆けたような顔で、騎士王を見上げるだけ。

 そこには彼女にしては珍しく“今”だけしか、映っていないようにも見えた。

 

「それでも意外だ。……君が、こうして私を惜しんでくれる」

 

「惜しむわ、そうに決まっているでしょう? ……貴方のことを、私が嫌っているはず無いじゃない」

 

 それでも――

 

「けど……こんな感覚、私は知らない。そうね、言われて気づいた。私――寂しいのね」

 

 ――こういう感情は、愛歌が始めて抱く類のものだ。

 もう、二度と会えないから……? 否だ。

 この世には奇跡が幾つもまみれている、もしかしたら、自分はまたどこかで、騎士王と出会うことがあるかも知れない。

 

 だから、出会えないことに寂寥感は抱かない。

 愛歌にとって耐え難いのはきっと――この瞬間そのものなのだ。

 

「人との別れは寂しいものだ。たとえそれが、もう一度出会える誰かであっても。だから、惜しむことはない。大丈夫、私はここにいるのだから」

 

 無理だ。

 そんなことは、不可能だ。

 人は前を向いて生きる生き物だけど――それでも、

 今を蔑ろにすることなどありえない。

 

 だって、人間は今にしか存在できないものだろう?

 

 愛歌は――嘆息とともに頭を振る。

 だめだ、思考は、前向きなのにこんなにも苦しい。

 

「騎士さま――教えて、何で私を助けてくれたの?」

 

「それは……先程も言ったはずだ。君が、ここで助かるべき――」

 

「そうじゃないわ」

 

 そうではない、と否定する。

 では? と問いかける騎士王に、愛歌は続けた。

 

「もっと根本的な話しよ。“どうして”。貴方の心にある、それを教えて」

 

「それは――」

 

 なぜだか、騎士王は驚いたというふうに言葉を詰まらせる。

 考えていないはず、ないというのに。

 白々しいとは思うまい、騎士王の驚愕は、もっと別の場所にあるようだから。

 

「驚いた。“君からそんな言葉が聞けるなんて”。でもそうだね――敢えて答えるなら」

 

 そっと、囁くように、

 

 

「――――君のことが、愛おしいから」

 

 

 ……今度は、愛歌が驚愕する番だ。

 思ってもみない、言葉を聞いた。

 想像もよらないことが、愛歌の心を貫いた。

 

 けれども、

 

「――君のような人が愛おしい。君のように、“今”を生きる人達が、愛しくて愛しくて、たまらない」

 

 次いだ騎士王の言葉は、その言葉の裏を伝える物だった。

 胸を高鳴らせ損、とでも言うべきか。

 期待して損をした、というべきか。

 

 けれども――そんな騎士王の言葉は、愛歌にとって安堵を与えるものだった。

 

「……酷いわ騎士さま。もう少し言葉を選んで欲しいの、こっちは、恋に憧れる女の子なんだから」

 

「それは……すまないね。気をつけては、いるのだけれど」

 

 まったくもって、蒼銀の騎士王は天然だ。

 これで、愛歌のような少女が憧れる白馬の騎士だというのだから。

 世の中完璧がまかり通るということの方が少ないようだ。

 

「ふふ……ふふふ、何だか、本当に不思議な気分だわ。……やっぱり、誰かと別れるっていうのは寂しいものね」

 

 ――今は、楽しい。

 騎士王との会話で、少しだけ意識が上向いた。

 それでも気を抜けばすぐにまた沈んでしまいそうで、このフワフワとした感覚は、なるほどなんとも悪くない。

 

「君は……そうか」

 

 初めての感覚に戸惑う愛歌に、ふと騎士王は気がついたように納得する。

 

「どうしたの?」

 

「いいや、何でもないさ」

 

 少しだけ眼を細め、騎士王はそっと愛歌に手を伸ばす。

 

「ふわ……わ、くすぐったいわ騎士さま、もう、何をするの?」

 

 困ったように、騎士王は少しだけ目をそらす。

 頬を掻きながら、愛歌の文句にぽつりと返した。

 

「あぁ、なんというか、君の身体は小さいな。今にも崩れてしまいそうだ」

 

「……騎士さまだから許されるけれど、これがセイバーだったら犯罪ね、セクハラね」

 

 嘆息とともに、愛歌はそれを諦めることにした。

 あの変態セイバーに比べれば、この程度はどうということもない。

 

 やはり、くすぐったくてしかたがないけれど。

 ――それも、なぜだか心が、くすぐったい。

 

 それを誤魔化すように、愛歌は少しだけ身体を騎士王に預け、そして告げる。

 

「騎士さま、私はもうちょっとだけ頑張ってみることにするわ」

 

 それは、ようやく向いた、これからのこと。

 ――既に騎士王の身体はその半分が闇に包まれていた。

 もう時間はほとんど残されていない。

 

「だから、騎士さまとはここでお別れ、もしかしたら、また月の表で出会うこともあるかも知れないけれど……その時は、今の私は、そこにない気がするの」

 

 手を伸ばしたくなる、今直ぐに、抱きついてしまいたくなる。

 こんな感情は、きっと初めてのこと、恋だろうか、愛だろうか。

 

「でも、不幸ではないわ、悲しくはないわ。寂しいけれど、寂しいだけ。それでいいと思うの、そうよね、騎士さま」

 

 きっと、そのどれとも違う。

 

「そうだね。……私は、ここまでだ。まだ、もう少しだけこうしていたい気もするけれど」

 

「私もよ――きっとこれ、愛しいとか、そういう感情じゃないのでしょうね」

 

 ――――だから愛歌は、

 

 

「だから、私はこの気持ちを、恋に変えてみようと思うの」

 

 

 ――――少しだけの寂寥感を、初恋に変えてみることにした。

 

 

 恋、初恋。

 

 誰かがいった。

 ――初恋とは、叶わないものだ、と。

 

 それは真理だろうか、きっと否である。

 

 それでも、

 

「恋が叶わないことなんて嫌、私は全てを私のものにしたい。本当に恋をしたのなら、そんなジンクスに、邪魔なんてされたくないわ」

 

 これはきっと、この思いを間違いにしないために。

 無かったことにしないために、必要なことなのだから。

 

 騎士王の姿が、もはやそのほぼすべてを黒塗りのものへと変える。

 それでも、まだ解る。

 

 彼は微笑んでいた。

 真正面から愛歌の告白を受け止めて、ただ一言ぽつりと、

 

 

「――――ありがとう、“僕”はとても、嬉しく思うよ」

 

 

 嬉しい、と。

 その答えは決して否定ではなく。

 

「……もう、騎士さまは本当に――――ずるい人なんだから」

 

 ――肯定でも、なかった。

 それでも彼の言葉が嘘でないことは――本当に心底からの言葉であることは、知れている。

 

 だって、そうだろう?

 

 

 ――騎士王のその笑顔は、愛歌が初めて見るものだったのだから。

 

 

 かくして、騎士王はゆっくりと、その姿を薄れていった。

 あとに残される愛歌、伸ばそうとした手は、結局そのまま手持ち無沙汰だ。

 宙ぶらりんの彼女を遺し――

 

 

 ――――騎士王セイバーと、沙条愛歌のどこかほろ苦い別れは、こうして終わりを告げるのだった。

 

 

 ◆

 

 

 騎士王は、刹那の中に夢を見た。

 それは過去へと馳せる夢。

 思い浮かべるのは三つのことだ。

 

 故国の救済のこと。

 マスターであるレオのこと。

 そして最後に、愛歌のことだ。

 

 ――未だ、騎士王の願いは果たされていない。

 彼の願いは当然、故国の救済だ。

 

 そしてその歪な願いは、未だ誰にも正されることはない。

 愛歌も、そしてレオも。

 彼女らはただ、己が道を駆けただけだった。

 騎士王は、その手伝いをしただけだ。

 

 ――その道は、交差することはなく、消えてゆく。

 

 そして、レオのこと。

 彼は完全なる王となれただろうか。

 ――きっと、あの場で騎士王と共に戦ったレオは、間違いなく完全だったはずだ。

 己の国を滅ぼした、不完全なる王である、騎士王とは比べ物にもならないほど。

 

 けれど、不完全である騎士王ならば解る。

 レオは完全ではあれど、最高の王では決して無かっただろう。

 月の聖杯戦争で彼が“勝ち続ける限り”――それは、決して彼に与えられることはなかったはずなのだ。

 月の裏側は、レオに変化をもたらしただろうか。

 

 それは――結局のところ、騎士王にはさっぱり解らない。

 騎士王は、まったくもって不完全でしかないのだから。

 

 

 そして、愛歌のことだ。

 

 

 愛らしい無垢なる乙女。

 純白に全てを染め上げる少女は、最後まで騎士王に微笑みかけてくれた。

 

 思い出される光景は、どれも楽しそうに騎士王と歓談するものだった。

 ――それが、正しいことだったのか、騎士王には解らない。

 騎士王としては、愛歌の笑みは嬉しいものだった。

 そうして笑みを向けられることが、どこか誇らしかったのだ。

 

 しかし、その笑みが愛歌の本質であったとは、断言することはできないだろう。

 

 結局最後まで、騎士王は愛歌の全てを解き明かすことはできなかった。

 どころか、彼が覗いたそれは、単なる一旦であったのだろう。

 

 伸ばされた手のひらを――騎士王はつかみとる事ができなかった。

 

 けれども、――あぁ、一つだけ。

 

 どうにも心に残った記憶があった。

 月の表でのことだ。

 

 偶然校舎の廊下で、何やら騒がしげな愛歌の姿を見つけた。

 一人で、出歩いていた時のこと。

 

 周囲にマスターはいなかった、ましてやNPCさえも、煙のように消えていた。

 いくつかのほころびが繋がって、たまたま出来上がった空間で、愛歌と、そして赤きセイバーの姿を見た。

 

 その時の愛歌の顔は、たしか――そう。

 

 

 ――――怒りを向けていた、子供らしい、愛らしい怒り。

 

 

 決して敵意などは無い、ましてや憎悪など抱いているはずもない。

 だのに、ただ怒っているということは確かに解る。

 それを愛歌は――あのセイバーに、向けていたのだ。

 

 そして、それが騎士王の、最後に垣間見た夢だった。

 

 かくして溶ける。

 とけてゆく。

 

 

 ――――こうして騎士王は、この月の裏側から、永遠に退場するのであった。


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