ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
初撃は、ライダーの弾丸からであった。
高速で迫るそれを、セイバーは顔を逸し回避、しかしその場に釘付けにされる。
元より、それはセイバーが見越していたことだ。
ライダーは接近する。
高速を得手とするライダーらしい肉薄。
だが、速度で言えば、そもセイバーが上を行く。
ライダーの銃がセイバーに狙いをつけるより早く、セイバーの剣がライダーに見舞われた。
こちらも顔を狙った一撃、ライダーはセイバーと同様に回避する。
振りぬかれた剣、ここからセイバーはがら空きだ。
しかし、ライダーは反撃に慎重だった。
二丁の拳銃、放ったのは一丁のみだ。
身体を横にずらしたセイバーの胸元を、弾丸は抉るように駆け抜けていく。
間一髪であった、チリチリと服が焦げ付いている、これに魔力を使うのは惜しい、セイバーは即座に二撃目へ移る。
サーヴァントとしての身体能力をフルに活かした、体全体を一回転させての横切り。
途中、反撃に態勢を崩したとはいえ、初撃の勢いすらも利用した一撃だ。
あまりにも速度を伴うそれは、もはやライダーに回避の余裕すらも失わせた。
「――ッグゥ!」
即座に拳銃で自身を庇う。
魔力により構成されたはずの拳銃が、今にも二つに裁断されそうなほどの圧力。
この力――正常では考えられないほどの暴力だ。
――スキル「勇猛」。
自身の筋力にプラスの補正をかけるスキル。
たった今、皇帝特権によりセイバーのものとなったばかりのスキルだ。
だが、そこで終わってしまうほど、ライダーは軟なサーヴァントではない。
剣を受け止めたのは、先ほど発砲したばかりの方。
既に再装填の終わったもう一丁が、セイバーへ超至近距離から向けられている――!
甲高く、引き裂くような音。
――だが、セイバーは捉えられない。
回避し遠くへ飛んでいた。
それを追うライダー。
――かくして、サーヴァント同士の音速にも近い戦闘が開始される。
「……はは! 速度を得意とする騎乗兵の名が無くな、ライダー!」
セイバーは速度でもってライダーを圧倒した。
二度、三度彼女へ斬りかかり、そしてそのまま離脱する。
「ふん、最優のくせにせせこましい戦闘しかできないアンタには言われたくないねえ、セイバー!」
対してライダーはあくまで遠距離での戦闘に徹した。
牽制、フェイント、そして本命――数多の銃弾を連続して繰り出し、セイバーに深入りさせる隙を与えない。
両者の実力は伯仲していた。
ステータスの上ではセイバーがライダーをギリギリ上回り、しかし遠距離で使用できるライダーの得物が、その差を同一の域まで埋めていた。
激しくぶつかりあう両者。
当たれば必殺かと言うほどの一撃を幾度と無くぶつけあいながら、しかし実質これは、膠着に近い状態だった。
そこに変化を与えるとすれば――当然、マスターの行動が鍵となる。
「――――ライダー、上だッッ!」
慎二の声。
――感情は焦り、そこに、ライダーの既視感が一致する。
「……ったく」
即座に、セイバーへ向けていた拳銃を上へ向けた。
沙条愛歌だ。
『手のひらの
――当然、それを甘んじて受けるライダーではない。
愛歌に銃弾を放ち、彼女がその場から掻き消えるのを確認すると、即座にセイバーへと戻る。
目前――既に、セイバーは剣を振りかぶっていた。
ここで躊躇わないのがセイバーの美点であろう。
愛歌は危険を冒してライダーの隙を作った、それを無駄にするほど、セイバーは後ろを向いては居ないのだ。
――そして、その一撃をライダーは距離をとって回避する。
追撃を牽制で防ぎ――そして。
「……シンジ、行くよ!」
彼女の気配、彼女を構成する魔力が強まる。
宝具――否、それほどの一撃ではない。
自身の魔力を消費しての攻撃、恐らくはあの時の――
「来るぞ奏者よ!」
――セイバーの声。
同時、ライダーの後方にいくつかの“砲門”が召喚される。
カルバリン砲、中世の船が装備していた、対艦用の砲台。
「えぇ、想定通りよ。――薙ぎ払ってあげるわ」
セイバーの後ろからの返答、しかし、直後愛歌はセイバーの前方に出現した。
手のひらには炎――全てを燃やし尽くす“災害”という概念の魔術。
ただ破壊のみを追求したそれを、愛歌の人外じみた魔力によって運用される
迫り来る砲弾、炎は愛歌を包むようにヴェールとなった。
――尽くそれはとかしつくされる。
炎と愛歌の間、小さなスペースに、セイバーが飛び込み割って入る。
愛歌のそれは無茶の類、しかし、それを支えるのがセイバーの役目――!
「無茶をするでない、マスター」
「無茶ではないわ、戦略よ」
齢十と少しの幼い少女が語る戦略など、無茶でなくて何だというのか。
彼女が愛歌でなければ、それを受け入れられるものは、そういまい。
「――では、返礼だ。全霊を返そう!」
――それは、ライダーとの初戦において、セイバーが放った、魔力を伴う一撃。
最終的にライダーのカルバリン砲と同様にSE.RA.PHの介入によって停止した一撃。
「喝采よ、怒涛の進撃が如きとなれ――――
一種のそれは意趣返しと呼ぶべきか。
――返礼と、語るべきか。
セイバーは剣を添え、疾駆する。
赤の鮮烈は、まるで血をキャンパスに塗りたくるように、ライダーへ迫る。
――しかし。
「甘いんだよねぇ――!」
それを、間桐慎二が差し止める。
――コードキャスト『shock(32)』
セイバーへ慎二の放った一撃が直撃したのだ。
それは、単なるかすり傷のような一撃。
――しかし、追加効果、セイバーへの“
「……読めてるんだよ」
まるで愛歌を挑発するように、慎二は言った。
そう、慎二もまた、愛歌とセイバーの攻撃を読み切っていたのだ。
ここ一番を互いに防がれ、しかし明確な焦りを覚えたのはセイバーだ。
ライダーは遠距離からの攻撃が可能、そしてセイバーとライダーの間には、セイバーでは絶対に届きえない間が空いている。
即座にセイバーは剣を前に差し出した。
守りの構え――
「――やめなさいセイバー。そのまま突っ込みなさい!」
愛歌の叱責。
はっとセイバーがライダーを見遣る。
彼女は二丁拳銃、そのどちらもを構え――それをセイバーに、挑発的な笑みとともに向けている。
――――読み切られている!
ガードを上から破る渾身の一撃。
隙を逃さぬ即効であれば破られるそれは、しかし守りに入ったセイバーを貫く。
――衝撃、セイバーは後方へ吹き飛ばされていた。
「やれ、ライダー……!」
「言われずとも――!」
まさしく以心伝心。
慎二の意思に、ライダーは120%で答えている。
セイバーとライダー。
――英霊としての格に差はほとんど存在しない。
あるとすれば“マスターの差”。
それを埋める、ひとつのピース。
――連携だ。
「――慢心ね、セイバー」
セイバーと沙条愛歌にはそれがない。
否、先ほどのセイバーの行動を見て分かる通り、最低限の戦術的な意思の疎通はとれている。
それができれば、むしろサーヴァントとマスターとしては及第点なほど。
十分なくらいに、セイバー陣営は連携を有しているのだ。
だが、慎二とライダーのそれは質が違う。
息の合わせ方、意思の確認、それら全てが異次元なまでに完成している。
その差が、顕著に戦闘へ影響をおよぼすほど。
「……むぐ、すまぬ、奏者よ」
「いいわ。想定していなかったわけではないけれど、ここまでされるとは思わなかった私の手落ちよ」
――ライダーは遠巻きから続く銃弾を放つ。
この距離からでは、セイバーはそれを受け止め、切り返すのが最善。
だが、愛歌がそれをさせなかった。
セイバーの前に出ると、ライダーの一撃を自身の炎で持って溶かす。
「それに、慢心は決して悪いことではないわ。それだけ余裕があるということだもの。無論、敗北しては無様もいいところではあるけれど――」
筆を振るうように、愛歌の手が炎を空中に描き出す。
適確に相手の攻撃を呑み込んだそれは、さながら文字通りの“
大技ではないため、ライダーの手を止めるには至らない、しかし、一瞬の拮抗を作り出すには十分であった。
「勝利であれば、その慢心こそが、最も王冠にふさわしい飾りになるの」
――故に。
「勝ちなさい、これは命令よ。貴方は抗うことができず、しかし私が強制するものではない。貴方が貴方に下す命令、いいわね?」
それは戦場の最中、セイバーにのみ聞こえる優しい声。
そっと束縛するように与えられた、あまりにも甘美で、美しい鎖。
縛り付けるのだ、セイバーを、沙条愛歌という意思で。
聞くものが聞けば、自分の意思を、その全てを愛歌に捧げるほどの、熱烈な声。
あぁ、如何にもそれは花のよう。
花の都か、永遠の楽園か。
崩れ去ることのない、絶対にして永久の、“邯鄲の夢”のよう。
手を取れば、そこはまるで宇である。
人の姿ははるか下、人の想いも、人の在処すらも見下ろすような、明媚なまでの誘いの手。
――けれど、
「いいや。その必要はないぞ、奏者よ。余は皇帝、全てを定めるは余の役目。全てを許すは余の使命。故に――そこに余の意思など関係ない」
セイバーはそれを否定する。
何か、要因が彼女を後押ししたわけではない。
彼女は最初からそうなのだ。
「元より――負ける気などさらさらない。おかしなことを言うな、マスター。勝つのは元より余とそなたである」
あくまで歪まないプライドでもって、セイバーはそう返答して見せた。
愛歌は笑う、あぁやはり――こいつは小憎たらしいサーヴァントだ、と。
「――――“それでいいわ”。そうでなくては、わたしのサーヴァントにふさわしくないもの」
「奏者には、もう少し淑女になってもらいたいのだがな」
しかし、止めはしまい。
人の話を聞きもしないのは、何もセイバーだけの話ではない。
――会話はそこまでだった。
時間にして数十秒、一分も経たない短い会話。
けれどもそれは契機であった。
ここから再び、愛歌とセイバーは反撃の狼煙を上げるのだ。
◆
セイバーが一直線にせまる。
牽制の一撃――剣によって弾かれる。
派手な金属音。
暗闇に沈んだ船の上で、淡い火花が飛び散った。
そして、本命、前から迫るセイバーは、まだ一手目の攻撃ではない。
その前に、沙条愛歌がライダーへ向けて襲いかかる。
一撃――手のひらには紫の毒花、救い上げるように、懐からライダーへ振るわれ。
ライダーは、後方に一歩のけぞって回避する。
真正面、絶好のポイントに愛歌はいる。
これを攻撃しない理由はない。
――が、無視してライダーは銃を構え直す。
もう一度発砲、これも防がれる。
愛歌はその瞬間掻き消えて、そしてライダーの後方に出現する。
挟み撃ち、二対一の状況で、これほどまでに有効に、“一”を抑える方法もあるまい。
――だが、これは二対ニ。
喩え慎二がサーヴァントと愛歌の戦闘についていけなくとも、この状況を予見する知恵はある。
再び、慎二のコードキャスト『Shock(32)』。
直線的に、愛歌へと向けられたそれは、しかし――セイバーによって防がれる。
ライダーに接近しているはずのセイバーが、しかしライダーの後方に出現したのだ。
原因は単純、愛歌によって飛ばされてきた――愛歌と位置を入れ替える形で。
慎二の一撃は受ける、しかし今度は上手くマヒ効果を受け流した。
決して高い確率で起こる効果ではないのだ。
それを見越して、多少無茶でも、セイバーはその一撃を受けたのである。
無論、よしんばそこで麻痺を受けたとしても、それはそれ“別の手”に移行するだけのこと。
刹那の速度で瞬間移動を繰り返す愛歌を拳銃で捉えることは不可能。
ライダーは驚愕したが、けれど早かった。
即座に後方へ振り返り――それでも、セイバーの速度に間に合わない。
できることは、両手を交差させての守りの一撃。
手が一手しか許されないなら、セイバーはそれを突くのみだ。
――大ぶりの剣を受けたライダーが、大きく後ろへのけぞった。
それでも、即座に態勢を立て直し――しかし。
返し叩き込む速攻の一撃は、きっちりセイバーに防がれた。
拳銃を弾き飛ばし、反撃一閃。
火のように輝く赤の剣が、ライダーの身体を切り刻む。
「――っぐぅ!」
三手目、これ以上の失態は許されない。
押され気味の状態では、次の判断を間違えれば、完全な無防備をセイバーへ晒す。
そこで取った行動は、後方への退避。
反撃は許さない――必殺のカルバリン砲で、一息にセイバーを押し返すのだ。
が、しかし。
「バカ、ライダー! それは見え見えだ!」
――焦りによる一撃は、愛歌に対応しろと言っているようなもの。
慎二の手は間に合わない。
愛歌のように、準備もなしにコードキャストは連発できない。
彼の手は、尽きていた。
「――――手のひらの
愛歌は――上にいた。
彼女の手のひらから漏れでた炎が、まるで彼女の翼となるかのように、愛歌を包む。
ドレスでもあった。
ヴェールでもあった。
赤に染まった焔の衣は――ライダーのカルバリン砲をまとめて溶かし、丸め込む。
「…………っっっっっっ」
至近で炎を受けた。
途端、ライダーはあえぐ。
空気だ、今この場には、空気と呼ぶべきものが存在しない。
もっとおぞましい、人を飲み込む、呑み干すほどの――毒。
愛歌はライダーの前方に降り立ち――その上を、セイバーが思い切り飛びかかる。
「ッハァッッッ!」
掛け声、同時、ライダーへ太刀が浴びせ付けられる。
続けて一閃、こちらも全霊を込めた、必殺の意思を込めた刃。
「っっっっっっっぁ!」
一酸化炭素に溺れた声が、ほとんど声にならず消えてゆく。
既にこの場に、彼女を蝕んだ毒はない。
しかしそれでも、目に見えてライダーの動きは鈍かった。
――ここで一度、両者の攻防は途切れる。
ライダーはその場から飛び退き、慎二の下へ帰還する。
セイバーと愛歌もまた、ライダー達とは離れた場所で一組になる。
「――――やるねぇ。なぁ、慎二」
「言うな、わかってる。――殺しきってこい、ライダー」
何がしか、二人の意思がそこで確認される。
――言うまでもない、この状況で、彼女達が切ってくる札はひとつだけ。
宝具、ノウブル・ファンタズム――!
「セイバー」
愛歌は、もはや意図も語らず自信の従者の名を呼んだ。
答えるまでもない――セイバーは既に駆けている。
だが、
「遅いな、それじゃあこっちには届かないぜ。――やれ! “エル・ドラゴ”!」
「おうよ――宝を求めな! 嵐の先に、黄金郷はそこにある――! ワイルドハントの始まりさ!」
力。
魔力の群れ。
人が作り上げ、人が想いを込めあげ完成された――
「――――――――
英霊、“フランシス・ドレイク”の、魂の結集。