ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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遅くなりました。
待っていた方、申し訳ございません。

仕事しながら色々手を出し過ぎたもんで、ssの執筆にシワ寄せが来てしまいました。




#48革命②〜exodus〜

 

 会って早々につまみ出したい衝動にかられた。

 ただでさえ異形の右腕のせいでさらに街の人間たちから白い目で見られていると言うのに、幼いとも見られかねない少年が店先で土下座している光景を見られたら、どんな噂を流されるか分かったものでは無い。

 周りの人間がどう思おうが興味も無いが、それでキリエに嫌な想いをさせるような事は避けたい。

 ネロは初めて自分の店が人通りの少ない裏路地にある事に感謝した。

 

 「まあっ、彼の家族なの?」

 

 「なっーーおいキリエ!」

 

 ネロが何か言う前にキリエが少年の手を引いて、店の中に連れて行ってしまった。呼び止めようとしても、すでに二人は店の奥にあるリビングに向かった行った後だった。

 キリエは一度言い出したらテコでも動かない頑固な所がある。ネロは頭を掻きながら二人の後をついて行った。

 

 テーブルを挟んでキリエと少年が話をする様子を見ていて、ネロは正直拍子抜けだった。この歳でダンテと暮らし、悪魔退治の仕事も手伝っていると言うからどんなイカれたガキだと思ったが、彼は驚くほど普通の少年だった。普通すぎると言ってもいい

 が、それは別に不思議な話ではない。

 一般人から悪魔退治の道に足を踏み入れるのは珍しくないと聞く。それに魔剣教団を解体してから切り離す形で再結成された騎士団も、最近では元信者でも無かった一般市民も騎士団に加わるようになっている。

 ネロが違和感を感じたのは、彼の年齢だ。

 あまりにも若過ぎる。幼いと言ってもいい。

 

 見たところ10歳前後といった所だろうか。

 しかし、彼からはそんな幼さは感じない。大人びてるというより“枯れている”という印象だ。

 

 それだけ彼も相応に地獄を味わって来たかもしれない。正気を失わないだけ、たいしたものだ。ダンテが側に置くというのは、つまりはそういう事だろう。

 ネロはダンテの弟子だというこの少年に少なからず興味を抱いた。

 

 その最初の印象が間違いだった事に気付くのは、このすぐ後の事だった。

 

 

 

****************

 

 

 

 「ーー冗談だろ?」

 

 視線の先にある光景に、ネロは眉の皺をさらに深めて思わずそんな言葉が出た。眼前には不気味なほど静かに建ち並ぶビル群が広がる。

 そんな異様な光景の中でも、さらに浮く物体が公園をかねた広場中心辺りにあった。

 今まで見た中で最も巨大な“孔“だ。

 外縁なのか内側から溢れ出たのか、肉塊で形成された“孔”は湿った音を立てながら蠢いている。

 

 「……勘弁しろよ」

 

 しかしネロが顔を顰めたのはその手前の光景。そこには二体の大型悪魔が取っ組み合っていた。

 蛙に似た外見に、背中には氷山かと見まごうような氷塊に覆われ、頭部から人間の女性を模した擬似餌が下がっている。

 ネロの嫌な予想の通り、ダンテと出会った時にフォルトゥナ城で遭遇した大型悪魔だ。しかもどう見ても2体いる。漂う悪臭も輪にかけて酷くなっている気がしてならない。

 

『去ねや、ボゲがぁ!!』『ここを先に見つけたのはワシじゃ、ダボがぁ!!』

 

 二体は巨大な口で互いを罵りながら、気色の悪い光沢を放つ身体をぶつけ合っている。それぞれ擬似餌が青い方を「バエル」、擬似餌が赤い方を「ダゴン」という名の悪魔だ。二体に擬似餌の色が違う以外の外見上の差異は無い。

 どう仕掛けようかネロが思案していた時、どちらかが背中から射出した氷柱がネロの立つ通路目掛けて飛んで来た。

 ネロは高く跳躍し氷柱を避けると、氷柱は建物の階段や壁ごとネロのいた場所を瓦礫の山に変えた。

 広場に着地したネロが顔を上げると、二体の悪魔は先程まで喧嘩していた事を忘れたかのように仲良く並んで見下ろしていた。

 

 『なんじゃア、このチビは!』

 

 バエルが心底見下した目でネロを見下ろし、鼻息を荒くする。

 ネロはバエルが喋った拍子に飛んだ唾液を、コートの裾で払い舌打ちをした。

 

 「なんだもう喧嘩は終わりか?俺の事は気にしなくていいんだぜ」

 

 『ガハハハ。わざわざ自分から縄張りに飛び込んで来た馬鹿な獲物を、見逃すわけないじゃろうボケが!!』

 

 「先を急いでんだ。食うならさっさと来なカエル野郎」

 

 ダゴンの言葉を気怠げに返しながら、ネロは背中のレッドクイーンに手を伸ばし柄を握る。

 

 『『誰がカエルじゃボケぇ!!』』

 

 バエルとダゴンはネロの挑発に怒号を上げ、凍てつくような吐息を氷の塊と一緒に吐き出しネロを攻撃した。

 ネロはレッドクイーンを背中に背負ったままグリップを捻ると、剣は唸りを上げて推進剤を燃やし、ネロは力任せに周囲を薙ぎ払った。

 

 熱を伴う剣風と氷の息吹がぶつかり合い、水蒸気爆発を起こし辺りの雪を吹き飛ばす。

 

 『舐めた事ほざき散らすな、チビスケ!!丸呑みにしてくれる!!』

 

 「ーーさぁて、お片付けの時間だ」

 

 怒り狂うバエルとダゴンをネロは鼻で笑った。

 そんなネロの挑発めいた仕草に反応してか、バエルとダゴンはほぼ同時に高く跳ね上がり、ネロを押し潰そうと空中で大きく身体を広げて落下して来た。

 ネロは後方に大きく跳躍し、滞空しながら真上の建物に垂れ下がった氷柱を撃ち落とす。そして着地と同時にネロは落下して来た氷柱を手前のダゴンに蹴り付けた。

 

 『しゃらくさいわ!!』

 

 ダゴンは自分の顔面ど真ん中を狙って飛んで来た氷柱を、巨大な口で粉々に噛み砕いた。

 ネロは一瞬で距離を詰め、その鼻っ柱にバッターよろしくレッドクイーンを思い切り叩き込んだ。

 

 『ごばぁ!!?』

 

 これまたベースボールの球よろしく宙に舞うダゴンは、バエルを巻き込みながらビルの壁に大穴を作り止まった。

 

 『さっさとどかんかい、このアホんだら!!』

 

 ひっくり返ってジタバタ暴れるバエルとダゴン。もはやどちらがどちらを罵っているのか分からない。

 

 「ぎゃーぎゃーうるせえ奴らだ」

 

 気持ち悪い粘液を撒き散らしながら絡み合うカエルに、軽い嘔吐感を覚えながらネロはトドメを刺すべく、二体に歩み寄る。

 

 『どこまでも舐めよってカスが!!この技で死に晒せ!!』

 

 バエルの喉が風船のように膨らむ。口の隙間から冷気ではなく黒い煙のような物が漏れるのをネロは見逃さなかった。

 その煙で暗闇を作り出し、バエルはその中に隠れ潜もうとする。

 暗闇に逃れたバエルは暗闇から擬似餌を垂らし、その触角で攻撃しながらネロを丸呑みする隙を窺おうとしている。

 しかし、ネロにとっては一度経験した技。

 そんな事に付き合う義理も、ちまちまと触角を攻撃していられる時間も無い。

 

 「誰が逃すかよ!!」

 

 そう叫ぶと同時にネロの悪魔の右腕(デビルブリンガー)が強い光を放ち、オーラで形成された巨大な腕が伸び、ほぼ身体が隠れたバエルの触角を掴んだ。

 

 『離さんかい!!このクソガキゃ!!』

 

 綱引きのように闇から引き摺り出されたバエルは、喚きながらバタバタ暴れる。

 

 『隙ありじゃあ!!』

 

 背後に回ったダゴンが背中から無数の氷柱を弾丸のように発射した。

 しかしネロは表情ひとつ変えずに、腰のホルスターから銃を抜き自分に命中する氷柱だけを撃ち落とした。

 

 「目障りだ!!大人しくオネンネしてな!!」

 

 咆哮しネロは触角を掴んだままバエルを振り回す。オモチャのように振り回されたバエルはもがきながら、ネロに対して絶叫混じりの罵声を浴びせるがもはやネロの耳には届かない。

 

 「ぶっ潰れろ!!」

 

 バエルを振り回しながらネロは空中に飛び上がり、バエルの身体をダゴンに叩き付けた。

 バエルとダゴンの背中がぶつかり合い、互いの背中を覆う氷塊が巨大なガラス細工のように派手に砕け散った。

 

 『おのれ…いい気になるな。ガキ、ワシらの兄弟が…仇…』

 

 「知ってるよ。兄弟が来るんだろ?」

 

 最後まで言い切れず、背中の氷塊を失った二体は重なり合ったまま、グッタリと動かなくなった。死んだのか気を失ったのか、はっきりとは分からないが、とにかくこれで勝負はついた。

 

 「さて…。あいつらの兄弟が出て来る前に、早いとこコイツぶっ壊すか」

 

 ネロは両手をパンパンと払うと、“孔”を見上げた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 打ち合うたびに身体が重くなる。それが城戸研二のヴォイドである重力操作だけのせいではない事は集には分かっていた。

 自分が時間をかければ、それだけ悪魔の大群と戦闘する生徒達に死が近付く。その焦りが、集から余裕と精度と力強さを少しずつ奪っていた。

 

 『こんなもん?もうちょっと楽しめると思ったのに!』

 

 悪魔の姿に変わった研二は吐き捨てるように言いながら、上から叩き潰すように槍を振り下ろした。

 集がその場を飛び退くと、鉄骨や鉄板に槍のサイズとは不釣り合いなクレーターが作り上げられる。

 

 『いいかげん逃げられないって学びな!』

 

 研二は笑いながら集を追い、槍の刃先を突き出した。

 勢いも何もなく突き出された槍は、集には届かず空を切るはずだった。

 

 「っーー!!」

 

 しかし重力操作により集の身体はその刃先に吸い込まれる。第三者からの目では、集が自分から串刺しになろうと飛び込んだように見えるだろう。

 集は身体を捻って槍の刃先を避けるとそのまま後ろ手に槍を掴み、逆手に持ち替えたアラストルで研二を斬りつけた。研二はその剣を手の甲でガードする。そして僅かに勢いが鈍った瞬間、重力操作で集の身体を弾き飛ばした。

 

 「ぐっ!!」

 

 集は吹き飛ばされながら、体勢を立て直し着地する。

 研二は深く裂けた傷をしげしげ眺め、ダラダラ流れる血を舐め取った。

 

 『こんな姿になったのに、まだ赤い血が流れるんだ』

 

 研二はクククと喉を鳴らして笑いながら、見せびらかすかのように上に掲げる。傷口からこぼれる血の雫がフワフワと浮き上がる。

 

 「!!」

 

 それを見た集がハッと上を見上げた。

 真上に球状に歪む空間があった。重力の歪みが見せる光の屈折だ。

 集がそれの存在に気付いた瞬間、重力の球が弾け飛び雨のように降り注いだ。

 

 『ーーんなっ!?』

 

 しかし驚愕の声を漏らしたのは研二の方だった。

 突然、研二が足場にしていた鉄材がひっくり返ったのだ。大きくバランスを崩し状況の理解が追いつく前に、研二は頭上から大きく剣を振りかぶる集に気付いた。

 

 『ちっ!』

 

 重力操作も間に合わずも、研二は苦し紛れに槍を突き出した。しかし集は剣を振り下ろす事はなく、そのまま背面を見せると剣の刀身で槍を滑らせ、その勢いを利用し強烈な回し蹴りを研二に見舞った。

 

 『ぐぁっ!?』

 

 頭部に回し蹴りを受けた研二は、立っていた場所から一階分下の鉄骨に落下し、間髪入れずにアラストルから放たれた落雷が研二を襲う。

 太陽の光を奪うかのような強力な雷光は、一時世界の光源を支配した。

 

 『ーーぐっ、やってくれるね』

 

 オゾンの臭いが漂うなか、研二はおぼつかない足取りで立ち上がる。

 重力球を発生させ防御したがギリギリ間に合わず、咄嗟に左腕で頭部をかばい、そこにほぼ直撃してしまった。

 それも含めてとても無事とは言えないほどの負傷を全身に受けたが、悪魔の治癒能力を手に入れた研二には関係なかった。

 傷付いた体は瞬く間に再生し、すっかりダメージは回復してしまう。

 

 側には自分を振り落とすように外れた鉄材が落ちていた。研二の攻撃の影響でも、自然に外れた訳でもない。桜満集があの雷の剣の力で電磁力を操り鉄材を引き剥がしたのだ。

 上を見上げると、遥か遠くに上階を目指す桜満集の姿が見えた。

 

 『無視は傷付くーーなっ!!』

 

 研二の周りに強力な重力が取り巻き、研二の身体をロケットのように空中に飛ばした。

 

 

 研二の背後で魔力の奔流が止まるのが()()()。あの二人の仕事が終わったのを瞬時に悟った。『しっかりしろ』と背中を叩かれた気がした。

 

 「ありがとう」

 

 集は“カメラ”のヴォイドを構え、ファングシャドウの居る展望階に狙いを定めシャッターを引いた。僅かに金属音を含んだシャッター音が空気を振動させると同時に、展望台の床が円状にくり抜かれた。

 外した。手応えが無かった。

 その瞬間、鋭い敵意がこちらに向くのを集は感じ取った。

 

 『オオオオオオオオオォォォォォ!!』

 

 獣の怒りと殺意がこもった咆哮が響き渡ると同時に、展望階周辺の影が暴れ狂う。ファングシャドウが攻撃体勢に移ったのだと瞬時に感じ取った。

 

 ダメだ。

 いくら能力が強化された”カメラ“のヴォイドでも、今のままでは奴の結界を貫けない。谷尋の“ハサミ”にやったように魔具化させなければ、ファングシャドウには通用しないだろう。

 迷っている暇はない。集が魔力を込めようとした時、突然引っ張られるような感覚と共に身体が落下し始めた。

 

 『あははっ!!逃げられないって言ったよな!!集くん!!』

 

 研二は集を捕らえようと、さらに重力を強めた。

 

 「ーーくっ!?」

 

 ヴォイドエフェクトを足場にしようにも、そのエフェクトも研二の重力球に引き寄せられてしまう。自力での脱出は不可能だ。

 ほとんど抵抗出来ずにいる集に、研二は今度こそ槍でひと突きにしようと、刃先に光すら歪める強力な重力球を作り出す。

 

 『バイバイ。集くん?』

 

 重力球に捕われ、身動きが取れなくてなった集の姿を見て違和感に気付いた。あの雷の剣はどこに消えた?

 集はアラストルをどこにも持っていなかったのだ。

 

 研二がそれに気付いた瞬間、鈍い衝突音と共に集の身体が真横に吹っ飛んだ。

 

 「ーーごあっ」

 

 ぶつかった衝撃がよほどのものだったのか、集は顔を歪め血を吐き出した。

 いつ投げたのか、どこからともなく主の元に戻って来たアラストルが集の身体を重力球から弾き飛ばしたのだ。

 

 まさか逃げられるとは思っていなかった研二は、呆然と吹き飛んで行く集を目で追いーーー。

 罠に嵌められたと気付いてのは、槍が握っていた手首ごと粉々になった時だった。空から、いや展望階から影で形造られた銃弾が雨のように降り注ぐ。

 

 『アガァっーーゴぷッ!!?』

 

 腕を脚を腹を鈍い音を立てて、次々と弾丸が貫く。

 ただでさえ鉄筋コンクリートのビルを貫通する威力を持った弾丸が、重力球を集光レンズのごとく通過し、研二に殺到する。

 

 吐血し体の一部を欠損しながら、一階まで落下する研二を集は僅かな間目で追うと、すぐカメラに魔力を集中させた。

 変化はすぐに訪れた。

みるみるヴォイドはその輪郭を変え、より生物的な特徴を持つ外見へと変化した。

 

 言葉にするとすれば、単眼の蜻蛉(トンボ)と表現すべきだろう。

 翅脈がはしる透明な羽根には血のように赤い模様が入っている。その羽根が本物のように強く羽ばたき、赤い模様がさらに幾何学的な模様を浮かび上がらせる。

 その模様がそれこそカメラレンズのように回転し、展望階に標準を絞る。

 

 ファングシャドウの銃弾は集が意識する前に、アラストルが集の身体を勝手に動かし避けていく。

 集はただファングシャドウに集中し、黒い獣の気配が意識の中心に収まったのと同時にシャッターを力んだ指で思い切り引いた。

 瞬間、途方もない光量の柱がスコープから放たれた。

 閃光が収まるとぽっかり穴が空いたように空が見える。展望階付近から東京タワーの頂点までが跡形もなく消失した。

 

 その中で動く物がある事を集は見逃さなかった。

 

 不気味な色の光を放つ、2つの球体。

 ファングシャドウの心臓部。あれを2つ同時に破壊できれば、この戦いは終わる。

 集は鉄骨を蹴って核に向かって跳び上がった。

 すでに二つの核の周りを影が集まり始めている。

 早く!早く!ーー奴が新たに身体を作り直す前に!

 だが構築されたのは獣の身体ではなかった。

 

 ーールーカサイト。

 ファングシャドウが優先したのは回復でも、防御でも、逃走でもなく、相手を殺すための攻撃だった。

 以前見たものより小さく見えるが、この至近距離でまともに受ければ無事では済まない。

 砲身の光が徐々に眩く強まっていく。少し近付いただけで焼けるほど熱気を感じる。

 

 「おおおオオオオオオオ!!」

 

 集はアラストルの刃先に雷を集中させ、砲身に渾身の力を込めた突きを叩き込んだ。稲光と閃光に集の視界が覆われた直後、衝撃が集の身体全体に伝わる。

 確信的な手応えがあった。

 

 「ーー悪いけど僕らの勝ちだ」

 

 もっと気の利いたセリフのひとつでも言うべきかもしれないが、あいにくそんな物がすぐに浮かぶほどの余裕はない。

 

 顔を上げた集の目の前で二つの核が粉々に砕け散った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 残骸の山となった一階部分に着地した集は周囲を見渡す。研二の姿は無い。死んで悪魔として消滅したのか、運良く生き延び逃げたのか、どちらにせよ近くにはもういないだろう。

 周囲の確認が終わると、すっかり上階が消滅した東京タワーを見上げた。

 自分が産まれるよりもずっと前から東京のシンボルとして都市を見守ってたタワーを、まさか自分の手で破壊する事になるとは想像もしていなかった。

 

 思う事が無い訳ではない。

 なんとも言えない哀愁と感情が胸の中に満ちていく感覚がある。

 

 「……お疲れ様……」

 

 自然とそんな言葉がため息と一緒に口から漏れた。

 

 その時、難波と彼の取り巻きの生徒達が歩み寄ってくる事に気付き、そちらに向き直った。

 

 「会長。ご無事ですか?」

 

 「ああ。これで外に出られるはず。けど念のためダンテ達と合流してーー」

 

 「ご苦労様でした、会長さん。あなたの役目は終わりました」

 

 はっ?と集は言葉に詰まる。

 難波と取り巻きと、さらに彼らの背後にいる生徒達までもが、集にヴォイドと銃を向けていた。

 

 「難波!これはどういう事だ!!」

 

 生徒達に行く手を阻まれた谷尋は、集団の向こう側に叫んだ。

 

 「見ての通りですよ寒川親衛隊隊長。我々は桜満会長の…いや、そこにいる悪魔の正体をあばいたんですよ!」

 

 「え」

 

 難波はなおも間抜けな顔で固まる集に、呆れたとでも言いたげな顔で首を振った。

 

 「あなたは楪いのりを洗脳し悪魔の手先に変え、汚れ仕事を全て彼女になすり付けた。あなたならそれくらい出来るのでは?」

 

 「何を…」

 

 「まだシラを切るおつもりで?」

 

 難波が手で何か合図した瞬間、集が立っていた場所が突然爆発した。

 爆発の衝撃に吹き飛ばされる集に祭が悲鳴を上げる。爆発の規模は大きくなかったが、体力を消耗していた集にとっては十分大きなダメージになった。

 顔を上げた集はエンドレイヴに周りを取り囲まれている事に気付いた。

 

 「エンドレイヴ!?」

 

 「あんたを差し出せば、今度こそ本当に助けてもらえるって言うんでね」

 

 難波はニヤニヤ笑いながら言う。

 

 「それを信じたのか、この国のトップはもう君達の知ってる組織とは違うぞ!!」

 

 「俺たちにお前の嘘は通じない。見ろ。攻撃して来ない。もうネタは上がってるんだよ悪魔野郎。最初の取り引きはお前の自作自演だ。偽の音声を流して、GHQと取り引きしたように見せ掛けたんだ。お前はあたかもGHQが約束を破ったかのように俺たちに思い込ませた!あんなちっぽけな世界の王になるために!」

 

 「何ふざけた事言ってんの!頭沸いてんじゃない!?」

 

 ツグミの罵声もどこ吹く風とばかりに、難波は懐から小型モニターを取り出した。

 

 「ここに決定的な証拠があるんだよ。動かぬ証拠がな!」

 

 軽蔑の笑みを隠そうともせず、難波は集の目の前にその小型モニターを放り投げた。

 

 「ーーな…んだ、これは」

 

 そこに映っていたのは紛れもなく自分だった。しかし、その姿は自身が知る様相と大きくかけ離れたものだった。

 顔や手足は鱗で覆われ、体から溢れる赤いオーラが大蛇の姿を形作っている。ゲタゲタ下品に笑いながら歪な剣でネロと戦い、カメラに向かって襲いかかる映像ではっきり顔が見えた。

 

 あいつの眼だ。闇にさらに墨を流したような黒に亀裂に似た黄色の蛇眼。その眼だけでこの映像がフェイクでない事は確信出来た。

 

 「嘘だ…こんな…」

 

 鋭く伸びた爪で颯太に襲い掛かり、蛇の尾でいのりの腹をーー。

 その先は見られなかった。思わず目を逸らした集の耳に無慈悲にも肉を裂く生々しい音が響く。

 同じ映像がエンドレイヴから投射され、どよめきが方々で巻き起こり、それはやがて怒号に変わり始めた。

 

 「あんたは楪いのりを治療するふりをして、彼女を意のまま操る魔法かなにかを仕込んだんだろ!?」

 

 難波の言葉を皮切りに、ヴォイドと銃を手にした生徒達は恐ろしい形相で迫って来る。

 

 「よくも俺たちを騙したな!」

 「人の心を覗き見して!」

 「屑!」

 「死ね!お前なんか死ね!」

 「ふざけんな、この化け物!」

 「いのりさんを解放しろ!」

 

 一連の様子を見ていたいのりがたまらず車外へ飛び出した。

 

 「いのりん!」

 

 「いのりダメよ、堪えて!」

 

 集のもとへ駆け出そうとするいのりを、綾瀬とツグミが抑え込む。

 

 「シュウ、逃げて!逃げてぇ!」

 

 目に涙を浮かべて叫ぶいのりを見て、綾瀬は唇を噛んだ。これじゃあ何の為に、いのりが自らの身を犠牲にしようとしたのか分からないじゃないか。

 

 「もう…やめてよ!」

 

 暴徒と化した生徒は全員では無いにせよ、数の上では圧倒的だ。

 幸いトリッシュとレディがいのり達達の近くにいるのと、生徒会メンバーは全員強力なヴォイドを持っている為、迂闊に襲い掛かろうとはしない。だが、それもいつ切れてもおかしくない。

 言葉がナイフとなって集を抉る。

 

 「ーーなにが“君を守る”だよ」

 

 目からボロボロ溢れた涙が、土を握り締める手に落ちる。

 まるで笑えない喜劇だ。殺しかけた上に呑気に眠って、その上に彼女を悪役にしようとしただなんて、一番いのりを傷付けているのは桜満集自身じゃないか。

 本当に笑えない屑だ。

 

 

 

 「ーー哀れだな、集」

 

 一気に意識が現実に引き戻された。しかし夢でも見ているのではないかと思うほかなかった。

 絶対に聞こえるはずの無い。ありえない人物の声だったからだ。

 集は顔を上げ、声の主を探した。

 

 そこに彼は居た。

 倒壊した東京タワーの傍に、力強く独特な存在感を纏う男の姿。

 かつての友の姿に集は混乱した。

 

 「ーー涯…?」

 

 「久しぶりだな」

 

 涯は呆然とする集に無感情な表情で、しかし不敵に言った。

 

 

 




それと新人賞落ちたので、webで好きにオリジナル漫画連載します。
いずれTwitterで詳細を載せますん

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