ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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色々詰め込んでたらまた二話分くらいの文字数になってしまった。







#47囚人-②〜Sacrifice〜

 医務室で集はベットに腰掛け、トリッシュに服の上から手の平を押し当てられていた。

 ぱっと見触診のように見えるだろうが、実際は聴診やソナーの類に近い。

 触れられるたびにビリビリとした刺激と少々熱すぎるくらいの熱が伝わって来る。弱めに魔力で刺激を与えて体内の反応を見ているのだ。

 

 「……問題なさそうね」

 「………」

 「何?もしかして疑ってる?」

 「そうじゃなくて」

 

 集は大部分が雪のような白銀に変わった自分の髪に触れる。

 

 「たしかに貴方の身体の構造はダンテ達半魔に近付いてるわ。でも貴方の命を脅かす事は無いから安心なさい」

 「それってやっぱり悪魔の核…心臓が僕の身体の中にあるって事ですか?」

 

 不安と期待どちらとも取れない声色で集がそう言う。

 いやきっと両方なのだろうとトリッシュは結論付けた。

 

 自分にとっての憧れの存在に近づくのは願ってもない事だろう。

 まだ自分には彼の隣に立てる可能性が残されているのだと、そんな希望が集の中にあっても何も不思議は無い。

 

 反面ダンテのような半魔に近付きつつあるという事は、その存在が限りなく悪魔と同質のものに変わろうとしているに他ならない。

 長年ダンテと付き添っていたと言っても、その不安感は計り知れないのは分かる。なんせ半魔という宙ぶらりんな存在がこの先の未来どうなるか前例が少な過ぎてまるで見えて来ない。

 

 寿命はどれくらいなのかすら不明確ばかりか、悪魔と人間というまるで次元が異なる存在同士の混ぜ合わせがどんな変化を遂げるか全くの未知数なのだ。

 

 「ーーダンテや悪魔達の核が発電も貯蓄も出来る《発電所》なら、貴方のはただの《タンク》と言ったところね。溜め込むだけで、自分で魔力を精製したりはほとんど出来ないと思っておいた方がいいわ」

 「今までと同じで使い過ぎるなって事ですね」

 

 集は壁に立て掛けてあったアラストルを背中に背負う。

 

 「これからもアラストルに頼り切りになるのか…」

 「そうね相棒は大切にしなさい」

 

 アラストルはこうしている今も空気中の微弱な電気を集め、魔力に変換している。その魔力を魔力機関が未発達な集が分けて貰っている状態だ。

 

 「分かってます」

 

 集は自重気味な笑みをトリッシュに返した。

 ダンテは自分の魔力をアラストルに分け与え、アラストルの力に上乗せしていた。これでは全くの逆、どっちが主人か分かったもんじゃない。

 悔しさと恥ずかしさを今はグッと堪える。そんな事は後で考えればいい。

 

 今は自分のやるべき事に集中すればいい。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 後三日で『エクソダス』が開始される。

 学校内にはピリピリとした空気が張り詰め、生徒達は互いに無駄の無い行動を気にしながら三日後の最後の準備を進めていた。

 来るべきその日、彼らは命を賭して戦うことになる。その事に恐怖を抱かない者は居ない。

 

 しかし皮肉にも数日前の悪魔による大襲撃が彼らに、戦いに向ける心持ちを植え付ける事になった。

 『誰かに助けられるのを待っていたら生き残れない』『自分を守れるのは自分だけ』

 集達からの説得もあり人それぞれ差はあれど、生徒達や一部の市民は待ち受ける戦いへの覚悟を持ち始めていた。

 

 しかしそんな者ばかりでは無かった。

 

 

 

 

 「…死にたくない。死にたくねえよぉ」

 

 その生徒が自室に篭ってからどれだけの日数が経っただろうか。

 あの日から完全に心を砕かれた。涎を垂らしながら迫って来る顎。噛み砕かれ、切り落とされ、消し炭にされて行く学友達。

 後数日であんな地獄に今度は自分から飛び込まなければならないだって?冗談じゃない!

 

 それにここを出たところで何になる。

 自分達はもう死んだ事になっているんだ。何処にも居場所なんか無い。

 

 「……ちくしょう」

 

 全部あの女…楪いのりのせいだ。

 あの女が学校のトップになってから何もかも狂い始めた。

 他の生徒達と一緒にFランクの烙印を押され、さんざん虐げられて来た。発症したのだってそのせいだ。

 

 「おい、いるか?」

 

 ドアをノックする音に顔を上げる。数秒置いて同じFランクの生徒の声だと気付いた。

 開けるとやつれた顔が作り笑いみたいな笑みを浮かべて、部屋を覗き込んだ。その顔にはキャンサーの結晶がフジツボのようにこびりついている。

 

 「相変わらずみたいだな…」

 「ーーお前もな。後ろの奴らは?」

 

 部屋を覗き込む顔の後ろには、同じく軽度に発症した数人の生徒達がいた。女子生徒の姿もある。

 何事かと戸惑う生徒を無視して、その友人は身体を部屋の中に押し込んで来た。

 

 「入れてくれないか?外じゃ話せない」

 「………」

 

 とても誰かと話せる気分では無かったが、友人の後ろにいる他の生徒達からの視線もあり友人の行動に抗議しようとは思わなかった。

 

 「ーー何だよこんな大人数で押し掛けてきて」

 

 「………お前さ、許せるか?」

 「は?」

 「ーー俺達をこんな目に合わせて、人間以下の扱いをした生徒会…楪いのりを許せるかって聞いてんだよ」

 

 「…そんなの」

 

 自分の結晶が芽吹いた腕を見つめる。

 アポカリプスウイルスは発症すればもう助からない。ここを出れても、ワクチンをどれだけの量を使ってもいずれ死ぬ。

 実の両親でさえ自分を遠ざけようとするだろう。

 

 「ーー許せるもんか…」

 「俺達も一緒さ。だからーー」

 

 自然と声が怒りと絶望に震える。

 この場に居るのは全員同じ絶望に陥った者達ばかりだ。希望も未来も自分の命をも失おうとしている彼らの憎悪はーーー

 

 

 「復讐してやるんだ。俺達から何もかも奪ったあの女に…!」

 

 

 ーーたった一人の少女に向けられた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 「ーーまえ達、何のつもりーー!」

 

 抵抗する見張りを三人で押さえ付けている間に、生徒の一人が首筋に当てたスタンガンのスイッチを入れると、見張りは「うっ!」と声を上げ失神した。 

 そのまま見張りのポケットを探るが、すぐ舌打ちして手を引っ込めた。牢の鍵を持っているのはもう一人の方のようだ。

 

 二人組の見張りを引き離し、それぞれ離れた場所で気絶させるだけの計画だが、ここまで上手く行くとは誰も思っていなかった。

 

 「おい。鍵あったぞ」

 「誰かにも見られてないな?」

 「ああ」

 

 別の見張りを担当した生徒達が戻って来た。その指先に鍵束を挟んでチャリチャリ揺らしている。

 リーダー格の生徒はその鍵を受け取ると、三つの鍵穴を上から順番に回していった。

 最後の鍵を開き分厚い扉をくぐると、元々感染者を隔離するための部屋が奥まで並んでいた。

 

 もしこれがバレたら自分達もここにずっと入れられる事になる。

 その事が頭をよぎり、生徒達の足が一瞬止まるがここまでこの集団を率いて来た先頭の生徒が躊躇いなく重々しく空気の懲罰房に足を踏み込んだ。

 全員慌ててその後を追う。

 

 空の部屋が並ぶ中、奥のたった一つ使用されている部屋に楪いのりがいた。

 

 手足を拘束された状態で床に座りベッドにもたれかかっていた。目隠しと猿轡のせいで起きているのか寝ているのか分からないがぐったりして動かない。

 その光景を見て生徒達に再び躊躇いの感情が浮かんで来た。

 さっきまでの勢いは何処へ行ったのか、今いのりが置かれてる現状に同情すら向けていた。

 

 「ーー騙されるな」

 

 先頭を歩いていたリーダー格の生徒が牢を開けると、ズカズカといのりに歩み寄ると彼女の髪を思い切り引っ張り上げた。

 

 「ーーん゛ん!?」

 

 いのりは猿轡で塞がれた口からくぐもった悲鳴を上げる。

 生徒はいのりの顔が後ろによく見えるように乱暴に引っ張る。

 

 「よく見ろよ。コイツが発症してるように見えるか?何日も風呂入って無いような臭いがするか?」

 

 言われて他の生徒達も気付いた。

 楪いのりは拘束こそされているが、彼女自身は綺麗で清潔感があった。衰弱していても頬が痩けていたりやつれている様子は無い。

 発症抜きに見ても今の自分達の方がよほど不健康に見えるくらいだ。

 

 「見せかけさっ!!Fランクの命なんかより裏切り者のSランクの方がアイツらにはよっぽど大切だって事だよ!」

 

 ふざけるな。

 発症したら少しでも多くワクチンを摂取しないと症状が進行するのに、この扱いの差はなんだ。

 真面目に働いていたのに、この女は何かと言い掛かりをつけてワクチンを貰える機会を奪って行ったのだ。

 俺達から未来と希望を奪った。

 

 誰もこの女を裁く気が無いならーーー

 

 

 

 誰かの手がブラウスを乱暴に引き千切った。

 

 「ん!?」

 

 「償え。俺達にして来た事をーー」

 「ーーお前はこうなって当然の人間だ」

 「ーー俺達がお前に罰を与えてやる」

 「こんな顔じゃもう女優なんかなれない…!ママにもパパにももう二度と会えない!」

 

 女子生徒も同様に嘆きと憎悪に満ちた表情でいのりに向けた。

 

 「許さない!アンタなんか穢されればいいのよ。そうすれば私達の気持ちも少しはわかるわよ!」

 「ーーぐぅっ!」

 

 そう叫び、女子生徒はいのりの首に両手の爪を食い込ませた。

 締め上げられたいのりは窒息し意識を失いかける。

 

 「おい、意識失ったらロクな仕返しも出来ねえだろ」

 「…ーーっ」

 

 リーダー格の生徒にそう諌められ女子生徒は唇を噛みながら、いのりの首から手を離した。

 生徒は咳き込むいのりの猿轡を外した。彼女の事を気遣った訳では無い。苦しむ悲鳴の一つでも聞かなければ、気が収まらない気がしただけだった。

 その時、もがいた拍子でズレた目隠しの隙間から目が見える事に気付いた。

 

 自分達を見下ろし、恐怖すら感じていたあの鋭い目と同じ目とはとても思えない。

 涙を浮かべたその目を見た瞬間、先程までの復讐心や憤りとは全く違う嗜虐心が湧いて来た。

 

 生徒は抑えきれない劣情にゴクリと生唾を呑み込み、その手がスカートに伸びようとした時、ーーー

 

 

 「 ーーいのりいいいいぃ!! 」

 

 少女の絶叫と共に懲罰房へ飛び込んだ疾風が、生徒達の身体を宙へ吹き飛ばした。

 

 突然の衝撃に生徒達はなす術なく壁や地面に叩き付けられる。

 何人かは腹を、ある者は顔を抑えて呻き出した。攻撃されたのだと、遅れてやって来た鈍痛で生徒達はようやく理解出来た。

 

 「ーーいのり!」

 「ルシア…」

 

 ルシアはいのりに駆け寄る。いのりはルシアを見て弱々しく笑い掛ける。

 

 「ーーーっ」

 

 ルシアは一瞬言葉を失った。

 いのりの身体には至る所にアザがあり、服もボロボロに破られた惨たらしい姿になっていた。

 

 「ーーお前たちが…やったの?」

 

 「ーー…っ!」

 

 せいぜい自分達の腹くらいの背丈しかない少女だと言うのに、睨まれた瞬間、かつていのりに対して抱いていた以上の恐怖心に襲われた。

 生物的な本能から来るような、強いて言うなら悪魔達と遭遇した時と似た感情だった。

 

 「ーー許さない」

 

 人間から発せられてるとは思えない異様な気配に悲鳴すらも出なかった。

 

 「うっ…うおおおお」

 

 一人の生徒がヤケになったのか、闇雲にルシアに向かって突進して行った。しかし、ルシアはその生徒の突進をかわすと脇腹に拳を叩き込んだ。

 

 「う゛っーーぐぷ!」

 

 生徒は嘔吐しながら壁まで吹き飛び、そのまま意識を失った。

 

 「怯むんじゃねえ!相手はガキ一人だ!」

 

 リーダー格の生徒がそう叫ぶ。

 気絶させられる仲間の光景に躊躇いながら、別の生徒がスタンガンを持ってルシアに突撃する。

 

 「オラぁ!」

 「…ーーっ!」

 

 電流がバチバチと迸るスタンガンをルシアは正面から受け止めた。

 

 「ーーなあっ!?」

 

 スタンガンを持った生徒は予想外の出来事に目を剥く。

 手の平を焼き、身体中に奔る電流の激痛もルシアは僅かに顔を歪ませるだけだった。

 そのままルシアはスタンガンをバキバキと破砕音を立てて握り潰した。そのまま生徒の腕を掴み上げ、肘と膝で挟むように叩き折った。

 

 「ぎゃああああああ!?」

 

 曲げられない部分があらぬ方向に垂れ下がる腕を見て、生徒は悲鳴を上げる。そのまま間髪入れずその顔面に拳を叩き込んだ。

 血を噴き出し倒れる生徒を尻目に、鉄パイプを振り上げ突進する生徒をルシアは回し蹴りを浴びせた。ナイフを持つ生徒も、素手で組みつこうとする生徒も、何かのヴォイドで襲いかかる生徒も例外なくいとも簡単にねじ伏せられた。

 

 「ふ〜〜っふ〜〜!」

 

 地面に倒れる生徒達の上でルシアは獣の様に荒い息を吐く。

 

 「っ!!」

 

 しかし再び背後に気配を感じ、ルシアは素早く振り返り拳を振り上げーー

 

 「ーーいやっ!」

 

 ルシアが振り返った瞬間、女子生徒が自分の身体を守るように縮こまる。その姿を見てルシアは慌てて振り下ろしかけた腕を止めた。

 

 「………っ」

 

 ルシアは頭を抱えてガタガタ震える女子生徒を見て、握っていた手を開いた。そして一度、血を流し痛みで呻く生徒達を見渡すと、いのりに走り寄る。

 

 「いのり…」

 「ーールシアっ…後ろ!!」

 

 いのりの言葉で背後に振り返った時、空気を裂くような銃声が鳴り響いた。

 

 

 ーーその瞬間、ルシアの右目が爆ぜた。

 

 

 「ーーーぁ」

 

 小柄な少女の身体が地面に倒れ、その場をトマトがぶち撒けられたかのような真っ赤な血溜まりが広がった。

 目の前まで広がる血の絨毯にいのりの頭の中が真っ白になった。

 

 「ーーひっははははッハハハハ」

 

 リーダー格の生徒が狂ったように笑いながら、銃を不安定に構えながらフラフラと立ち上がる。

 

 「クヒヒッ……クソが…ガキだと思ったが、やっぱりマトモじゃ無かったか。保険を用意して良かったぜ」

 「お前…何やってんだよ。こんな事したら…ーー」

 「あー?何だよ。ここまで来といて善人面か?」

 

 友人の行動に呆然とする生徒を心底可笑しそうに笑いながら、リーダー格の生徒はルシアの身体を何度も蹴り始めた。

 

 「ーークソガキがよォ!!痛えじゃねえか!!」

 

 ルシアは生徒からそんな暴行を受けても無反応だった。微動だにせず、ルシアを蹴り付ける音と共にビチャビチャと水音が静寂の中で響き渡る。

 

 「や……め」

 

 その光景にその音を聞く度に、いのりの中に激しい感情が湧き上がる。

 怒りなのか哀しみなのかすら分からない、痛みすら伴うそれは渦を巻き起こし、いのりの思考と理性をまとめて掻き乱してゆく。

 やがてその奥から、自分の物では無い感情がーーー

 

 

 

 

 

 

  「 ーー“バカな子“ 」

 

 

 ーー唄うように()()()が言った

 

 

 

 

 

ーーーーーーー指先に何かが絡まっている。

 

 それが煩わしくなり払い落とそうとして、自分の両手が真っ赤に染まっている事に気付いた。

 

 「ーー……え…?」

 

 血の海の中心にいのりは立ち尽くしていた。

 鉄臭い臭いとヌルッとした粘液の感触が手に…、いや体全体に纏わりつく。

 足元を見ると何かの肉塊が転がっていた。

 

 「いやっ」

 

 それが何かはすぐに分かった。その肉塊に自分を襲った生徒達の衣服が絡み付いていたのだから。

 

 その瞬間、なにかの記憶がフラッシュバックした。

 

 

 

 

 『ーー来るな!やめろ…やめてくれ!』『いたい!!いたいいたい痛いよぉ!!』『ーー死にたくない死にたくない死にたくない…しにたくーーー』『お願いしますお願いします!!この事は誰にも言わない。言わないからぁ』『許してください!』

 

 自分が誰かの顔を骨が折れても殴る記憶。自分が人間を残酷に殺す記憶。

 腕から結晶の刃が生えて、笑いながらその剣で生徒達を切り刻む。悪夢のような光景が広がる。

 

 

 

 

 

 『ーーあの日、颯太と一緒に外に出た生徒達数人が襲われている。本人たちは口が聞けない状態で…何か知らないか?』

 

 『?…知らない…』

 

 

 

 

 ーー私は…私が?

 

 最初は朧げだった記憶が一秒ごとに、より鮮明な物になっていく。一人一人の顔もその声もはっきり思い出せる。

 自分が何をしたか思い出し始める。

 

 傷付けた。

 シュウが守ろうとした人達をーー

 シュウに助けられながら、シュウに悪口を言う人達をーー

 

 

 殺した。

 自分を襲いに来た生徒達をみんな殺した。意識を失っていた生徒達も、部屋の隅で震えていた女子生徒も…全員。

 ルシアを撃った生徒はもはや誰かも分からないくらい、原形も残さず引き裂いた。

 

 なぜ直前まで思い出せなかったか不思議なくらい、凄絶で恐ろしい記憶。

 

 

 『化け…物…!』

 

 そう言った女子生徒の肉塊はすぐ目の前に転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「 いやあああああああああああああああああああ 」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ーー集っ、こっちだ!」

 

 先に懲罰房に来ていた谷尋が焦りを隠し切れない声で、必死に集を呼ぶ。

 懲罰房に入った時点から鼻に刺さるような血生臭さを感じていたが、いのりが収監されている部屋に近付くにつれてその臭いが強くなっていく。

 最悪な想像が頭をよぎり、焦る気持ちがどんどん強くなる。

 

 「ーーっ!」

 

 部屋を見た集は言葉を失った。

 壁も床もベッドも真っ赤に染まり、切り裂かれた遺体と肉塊が散乱した悲惨な光景が広がっていた。

 

 「ーーいのりは!」

 「分からない。ここまで酷いと誰が誰かなんて…」

 

 あまりの光景に谷尋すら口を抑えている。

 集は必死にいのりを探す。そして見知った人物が生徒達の中に紛れている事に気付いた。

 

 「ーールシア!」

 「なんだと!?」

 

 血の海に沈む少女の身体を抱き上げる。

 微かではあるが息はあった。他の遺体と違いルシアの身体には切り傷の類は無い。しかし右目から耳まで抉れたような深い傷痕があった。

 悪魔であるルシアですら瀕死の重傷だ。

 ふと床の上に銃を握ったままの腕が手首から切断され転がっている事に気付いた。弾が尽きるまで撃ったのか、スライドが開き空っぽの銃身が開放されている。

 

 「これは…まさか悪魔が?」

 「ーー違う。悪魔の気配は無い。アラストルも何も感じないみたいだ。ルシアを撃ったのは…この生徒の内の誰かだ」

 「じゃあ、生徒達を殺したのは…」

 「……ルシアをハレのところに連れて行く」

 

 返事を待たず、集はルシアを抱きかかえて猛スピードで駆け出した。

 

 「ーー集っ!」

 「ハレっ、ルシアを早く!」

 「っ!!ーーうん!」

 

 懲罰房を出てすぐにこちらへ向かって走る祭と会った。

 祭は一瞬ルシアの傷を見て息を呑んだが、地面にルシアを寝かせると、素早く包帯のヴォイドでルシアの身体を柔らかい光と共に包み込んだ。

 

 指先が僅かに動いた事に気付き、集はルシアの顔を覗き込む。

 

 「ルシア!」

 「ーーシュ…ゥ…」

 

 蚊の鳴くような声で必死に何かを伝えようとしている事に気付き、集はルシアの口元に耳を近づける。

 

 「……ぃ…りを、早く」

 

 意識と呼吸をなんとか繋ぎ止めながら、ルシアは懸命に言葉を紡いだ。

 

 「ルシア…」

 「い…のりの所へ…」

 「ーーだけど!」 

 

 いのりの事はもちろん心配だ。だが命に関わる重傷を受けたルシアの事も放って行く事など出来るはずも無い。

 しかし祭はそんな集の迷いをすぐに察した。

 

 「ルシアちゃんは私が見てるから、だから行って。いのりちゃんを助けて」

 「………」

 

 祭の言葉に集は二人の顔をもう一度見る。そして頷いた。

 

 「委員長!いのりがどこに居るか探して!」

 

 無線機で花音に叫びながら、集は懲罰房から続いていた血の足跡を追って走る。

 足跡が塀とバリケードを登っているのを見て、塀を飛び越え学校の外へ飛び出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 学校を出てどれだけ歩いただろ、どれだけ時間が経っただろうか。

 疲れ切った身体は有刺鉄線で傷付き、ずっと裸足だったせいで足の裏は傷だらけになり、歩く度に地面に噛み付かれているような感覚になる。

 きっとまだそこまで距離は離れていない。そもそもこの壁の中では遠くまで行きようが無い。ただでさえ衰弱していた身体には少々の出血でも相当にこたえる。やはりどこかで身を隠すべきだ。

 

 「おいっ、君!」

 「ーーっ!」

 

 そこまで考えていた時、背後から中年くらいの男に声を掛けられた。

 学校からの追って来たようには見えない。

 まだ外に市民が残っていたのだ。

 

 (そんな…まだ人が居たなんて)

 

 誰も傷付けない、誰も傷付かないと思ったから学校の外まで逃げて来たというのに。

 

 「うわっ、すごい怪我じゃないか!おい、救急キットにまだ薬と包帯が残ってたはずだ!」

 「酷い…今まで大変だったわね?」

 「もう大丈夫だよ」

 

 いのりを本気で心配して人々が声を掛ける。

 全員発症しキャンサーの結晶が顔や腕から噴き出している。

 

 「ダメ…来ないで」

 「大丈夫。こう見えて私は医者だ。何処を怪我しているか見せてーー」

 

 

 

 「ーー優しいのね」

 

 

 「…え?」

 

 医師と言った男性は妖しく微笑むいのりの口から出た言葉に困惑した顔を浮かべる。

 

 「違うーーやめて!もう誰も傷付けないで!」

 

 我に返ったいのりは心臓が凍るような恐怖心に囚われた。伸ばされた手を振り払い背を向けて逃げ出した。

 驚いて呼び止める声を振り払い、いのりはただ逃げる。

 

 だが、その内また自分の意思ではどうしようもない程の疲労が足を重くした、歩く事しか出来なくなった。

 

 

 

 

 

 『ーー今更なにを怖がるの?今までさんざん殺して来たじゃない』

 

 「違う!」

 

 『違わないわよ。だって、あれだけ兵士を殺して来たじゃない。なにも疑問に持たずに、ただ命令されて…』

 

 「違う違う、ちがう…私は」

 

 歩く気力も無くなり膝から崩れ落ち、肩を抱いて呼吸すら上手く出来ない程しゃくりあげて泣いた。

 苦しくてたまらない。涙の雫が後から後から地面に落ちる。

 

 

 

 「ーーいのり!」

 

 

 「っ!!」

 

 遠くから集の声が聞こえた。

 ずっと恋しかった大切な人の声、だが今は恐ろしくてたまらない。這うように瓦礫の隙間に入り込んで身を隠す。

 

 「いのり返事をしてくれ!!」

 「ーーーっ゛!」

 

 叫び出したくなるのを口を両手で無理矢理おさえる。

 このまま通り過ぎてと、いのりは必死に願った。

 集のそばに居たらきっともっと傷つける。もしかしたら集の事さえ手にかけるかもしれない。そんなの嫌だ。

 

 「……」

 

 その時ある物が目に入った。

 鋭く刃物の様な大きなガラスの破片。瞬間、どうするべきか決断は悲劇的な方向へ向かって行った。

 しかし今のいのりにはそれが救いようにさえ感じた。

 音を立てないように慎重に手を伸ばし、ガラスの破片を握った。その先端を自分の喉笛に突き立て、目を閉じてゆっくり天を仰いだ。

 きっと自分の事に気付いた時、集を悲しませてしまうだろう。

 もう自分には死を恐怖する権利は無いというのに、手が震える。だけどルシアのように、大切な人達をこれ以上傷付けるよりはずっといいーー

 

 覚悟を決め息を深くゆっくり吸い込み、そしてガラスの破片を思い切り首に突き刺した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 電波はもう入らない。花音からいのりの位置を聞くためにはまた学校の近くまで戻らなければならない。だがそんな悠長な事はしてられない。

 まだ市民が残っているとは予想外だったが、おかげで電波外に出ても追跡を続ける事が出来た。

 彼らの事は回収班に任せればいい。

 しかし、彼らからの情報も時間と共にその価値が失われてゆく。

 

 「いのりどこなんだ!!」

 

 その時、ガラスが砕ける音が聞こえた。

 音のした方を見ると、建物と瓦礫の隙間が目に入った。

 その空間に誰かが立っていた。

 

 「…いのり!」

 

 ボロボロの服を纏った血まみれのいのりが立っていた。

 思わず安堵のため息をつくと同時に、あの惨状は彼女の手によるものだと確信した。

 

 「いのーー」

 「ーー集、会いたかった」

 

 いのりに手を伸ばそうとした時、いのりは集の胸に飛び込んだ。

 両手で集の腰をしっかり抱きしめ、集の胸に顔をうずめ深く息を吸い込んだ。

 

 「いのり…?」

 「ーーこうするのも凄く久しぶり。いい匂い…集のいい匂い」

 「え…?何言ってるの?」

 

 違和感を感じ、いのりの顔を覗き込む。

 

 「ーーっ!?ダメ!!」

 

 突然いのりは集を突き飛ばした。

 集は困惑したまま半歩後ろに下がり、いのりの変化をただ呆然と見ていた。さっきとは別人…否、さっきまでがまるで別人のようだった。

 

 「いのり…君に何が起きたの?」

 「来ないで!!今のは私じゃないの!」

 

 はっきりとした拒絶の言葉を受け、集の足が止まった。

 

 「お願い…私を一人にして…」

 「いのり」

 「ーーきっと私はまたシュウを傷付ける。もう誰も傷付けたくないの!!」

 

 いのりは集に背を向け駆け出そうとするが、すぐに瓦礫に躓いて転んでしまった。身体に上手く力が入らない様子なのは集にはすぐ分かった。

 すぐ起き上がるが立ち上がる事は出来ず、座り込んだまま嗚咽を漏らす。

 

 「………」

 

 集が歩みを進めても、もう逃げ出そうとも拒絶しようともしなかった。

 

 「ーー誰も何も傷付けないで生きていられる人間なんか居ないよ。生きるっていうのはさ、きっとそういう事なんだ」

 

 いのりは地面を見たまま嗚咽を漏らし続ける。集はただそのうずくまる背中に語り掛けた。

 

 「でもね傷付ける力があるなら、誰かを救える力もあると思うんだ。…君はずっとみんなを守って来た。それだけは胸を張るべきだと思う」

 

 いのりは背を向けたまま自分の肩にグッと爪を立てた。

 

 「………救いたいと思った訳じゃない。私はきっとただ恨んでだけ。自分勝手な理由でシュウをあんな目に合わせたあの人達を、シュウの苦しみを分かろうとしない人達を…私は許せなかった」

 

 「…それでも君は守り抜いてくれた。僕の大切な人達を…そのせいで君が本来背負うべきじゃ無かった罪を、僕は背負わせてしまった。君のした事は確かに許されないかもしれない。だから…今度は僕の番だ」

 

 「……シュウ?」

 

 「生きるんだ。苦しくても、悲しくても、例えこの先も罪を重ね続ける事になっても、僕たちはそれを背負わなくちゃならない。償わなくちゃならない。僕たちが傷付けて来た人達の事を忘れちゃいけないんだ」

 

 「でも…!またあの人が、ーー」

 

 「僕が止める。ーー大丈夫、君には僕がついてる。他の誰かから君を守るし、君から他の誰かを守る。君を殺す事になったとしても…君の罪を僕も背負う。もう一人で戦わなくていいんだ。君が報いを受けるというなら、僕も受ける」

 

 いのり顔がようやく集を見た。血と泥と涙と鼻水で汚れ切った顔で集を見上げている。

 

 「…だから生きて欲しい。僕やみんなと一緒に……」

 

 いのりの目線に合わせてしゃがみ込み、いつもと変わらない笑顔で、ニコリと微笑む集にいのりはブンブンと首を振った。

 集はそんないのりの身体を両腕でちからいっぱい抱き締める。

 ただでさえ細かった彼女の身体が、さらに痩せ細っているように感じられた。

 

 「生き続けるんだ。君自身のために…!」

 

 また胸に刺すような痛みを感じた。こんな細くて小さい身体に本当になんてとんでもない重荷を背負わせたのだろうか。

 

 「ぅーーっう」

 

 集の腕で肩を震わせるいのりの髪を優しく撫でる。

 

 「よく頑張ったね。…ありがとう」

 「ぁぁあああっああうあああーーっうくああああああ!」

 

 彼女が泣き止むまで、集は大声で泣くいのりを腕の中に強く優しく抱き締めたまま見守る。

 少女に一人では無い事を強く伝えるように、二度と離さないと誓いを刻みながら少女の涙を胸に受け止め続けた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「いいの?」

 

 銃をおさめたダンテにトリッシュが尋ねる。

 ダンテは答えず、背を向け歩き出した。

 

 「シュウを信用するって事でいいのね?」

 

 「あいつがやりたいって言うんだ。必要なら、俺が始末すりゃあいい」

 

 「もしシュウがまた悪魔化したら…あなたは同じようにできる?」

 

 「…………」

 

 トリッシュの言葉にダンテは足を止めた。振り返らず、いまだ抱き合う二人に僅かな時間意識を向け。

 沈黙はそう長くは続かなかった。

 

 「当然だろ」

 

 短く答え、ダンテは再び学校への帰路を歩む。

 トリッシュもそれ以上追求することなく後に続いた。

 

 

 

************ーーーー

 

 

 

 何やら騒動があったそうだ。あいにくと自分が動く前に事態は収まったそうだが、色々と腑に落ちない。

 難波は苛立たしげに爪を噛む。

 

 生徒会メンバーなど名ばかりで、重要な情報の共有もほぼ無ければ、生徒会室の出入りも自由では無い。

 これなら供奉院が生徒会長だった時の方がマシなくらいだ。

 どうもあの時、供奉院に対する不信任案を出した事で、場に混乱をもたらしかねないと目され、こんなパシリみたいな役割を与えられたようだ。

 いや、もしかしたらあの時桜満生徒会長に対しての言葉が誰かから伝わったのかもしれない。だとしたら少々早計だったと思わなくもない。

 

 「どこまでも舐めやがって…」

 

 あの女がトップなのはまだ仕方ないと譲歩出来る。彼女の方が成績も良く定める役職も、様々な分野で先を行っていた。

 だがそれと比べてあの桜満はどうだ?

 下級生だというのに奇妙な能力が扱えるというだけで、トップに躍り出た。

 目障りなガキ。

 

 今回の懲罰房での騒動も情報規制がされているのか、ロクな情報が入って来ない。

 嘘くさい無難な騒動の詳細がネットワークに流される事はあった。

 叩けばいくらでも何か出て来そうなのに、『エクソダス』手前であるせいか生徒同士の監視がやたら厳しいように感じる。

 そう時間はもう無い。蟻の一穴など探してられない。

 

 どうするべきか考えていた時、携帯が震えた。

 舌打ちして画面を見る。

 

 何者かから送られたメッセージの内容を見て、難波は驚いて目を見開いたが、すぐに頬を裂いたような笑みを浮かべた。

 

 

****************

 

 

 ついにエクソダス決行の日が来た。

 

 最後のチェックを済ませると、集は正門前に出た。

 既に武装した生徒達と一部市民と、ありったけ掻き集めた軍用車両や装甲に改造を施した大型車が整列していた。

 集は黙って生徒達の列を抜け、先頭の軍用車両に乗り込んだ。

 

 その後に手錠と目隠しで拘束されたいのりが、両側の生徒に連れられ同じ車両に乗り込んだ。

 集は車両の天窓の上に立つと、生徒達を見渡した。

 全員が集からの命令を待っていた。

 

 同じ車両に乗っていた祭、そして一瞬目隠しされたいのりを見る。そして最後に谷尋と目を合わせ小さく頷いた。

 

 「出発」

 

 「車両進行!」

 

 集の号令と共に谷尋が無線機に向けて叫ぶ。

 

 車がいっせいにエンジンを動かし集が乗る車両を先頭として、バリケードが退かされた校門を超え、街の中を突き進む。

 やがて列が止まり、先頭から二番目の車から二人の男が降りた。

 

 「やれやれ、ようやく別行動か?」

 「やっと出番かよ。ジジィになると思ったぜ」

 「待った甲斐があると良いがな」

 

 後ろの車両からダンテとネロが降りると、そんな会話をしながらそれぞれ別方向へ向かっていく。

 

 「ダンテ!ネロ!」

 

 集がその背中を呼び止めると、二人共ほぼ同時に足を止めた。

 

 「ーー気を付けて」

 

 「…………」

 「…………」

 

 集の言葉に二人は呆れたように顔をして、顔を見合わせる。

 

 「ハッ、おいおい誰に向かって言ってんだよガキ。気が散って勝てませんでしたとか言ったら承知しねえからな」

 

 ダンテは鼻で笑って付き合ってられないと言いたげに、背を向けると手をヒラヒラ振って目的地に向かって歩き出す。

 

 「こっちの事はオレとダンテに任せな。お前らは自分達の心配だけしてりゃいい」

 

 ネロはダンテと比べると優しげな言い方で集達にそう言い、ダンテの後を少し遅れて正反対の方向へ向かって行く。

 

 ダンテ達が魔界の孔を潰しファングシャドウの核の逃走を封じ、孔が再出現する十分以内に全ての障害であるファングシャドウを撃退する。

 単純な作戦だがファングシャドウにはいまだに不可解な部分が多い。

 戦いに持って行くヴォイドは慎重に選ぶ必要がある。

 

 東京タワーに到着した集達は部隊を円状に展開した。

 中央に祭や重症者に子供などの非戦闘員、一つ外に司令塔となる谷尋や花音と亜里沙、その外にはルシアやアルゴと各ランクから射撃で優秀な成績を残した生徒が厳選され、飛行能力や地面に潜る敵に対する対応や前線部隊の援護を担当する。その前線部隊が外円部でS〜Bの戦闘に向いたヴォイドを持つ人員で構成されている。

 攻めより守りを目的とした配置だ。

 トリッシュとレディは生徒達が苦戦するであろう強力な悪魔を優先して撃退する事以外は彼女達の判断に任せる事にしてある。

 

 集はいのりの手錠と目隠しを外すと、彼女の“剣”のヴォイドを引き出し手渡した。

 

 「もしもの事があったら、いのりに皆の逃げ道を切り開いて欲しい」

 

 自分の剣のヴォイドを驚いた様子で見るいのりに集が言った。

 

 正直いのりの扱いに関してはかなり議論した。

 彼女は生徒達から畏怖と憎しみの対象になっている。そのまま戦闘に参加しても生徒達の混乱を招く可能性がある。なので彼女はあくまで囚人として同行させ、危機が迫ったら投入する最終手段的な扱いにする事に決まった。

 

 「いのりを出すタイミングも谷尋の判断に任せていいんだよね?」

 「ああ、こちらの事は当初の予定通り基本的に俺が判断する。それは置いといて持って行くヴォイドは決めたのか?」

 「うん」

 

 集は車から降りると陣形の中央に向かってゆく。そして一人の人物の前で止まった。

 

 「颯太。君のヴォイドを使わせてもらうよ」

 「ーーえ…」

 

 カメラのヴォイドは持ち主である颯太が使うと缶切りを開ける程度の能力しか無いが、集が使うばレンズに収まる範囲が丸ごと抉れてしまう程の威力を発揮する。

 それに例えヴォイドによる攻撃でも、斬撃や銃撃などの物理的な攻撃や電撃などの攻撃もファングシャドウの無効化の対象に入ってしまう危険がある。

 だが颯太のヴォイドはそのヴォイド固有の能力だ。ファングシャドウに通用する可能性は十分にある。

 

 谷尋はある程度予想してたのか、何も言わない。

 集は颯太からヴォイドを抜き取ると、それをショルダーバックに入れ、背中からアラストルを抜き取る。生徒や人々の視線が集まる中、陣形の中を抜け先頭に立った。

 目の前にはそびえ立つ東京タワーと、その根元で集達をギラギラした眼で睨む無数の悪魔が見える。

 

 「トリッシュさん、レディさん、お願いします!」

 

 「ええ。任せなさい」

 「報酬は出世払いにしとくわね」

 

 「カウント!ーー10(テン)!」

 

 生徒達は全員緊張の面持ちで10のカウントが終わるまで、自分の武器を構えその時を待った。

 

 「……ーー7、ーー6、ーー」

 

 集は深く息を吸い込み止める、身体を深く沈め力を蓄えた。

 

 「ーー2、ーー1、ーー作戦開始!」

 

 「吹っ飛べ!!」

 「ーーヤアアァ!!」

 

 谷尋の叫びと同時にトリッシュとレディが雷撃とミサイルランチャーを同時に発射した。その後を追うように集も駆け出す。

 そして助走をつけ一気に蓄えていたバネを解放し、地面を蹴って上空に高く跳び上がった。

 ロケットランチャーの弾とトリッシュの雷はほぼ同時に着弾点に接触し、爆風と雷が混じり合った爆発を起こした。

 

 その爆発が真上にいた集をさらに上空へと押し上げる。

 集はスピードを落とさないように何度か鉄骨蹴って、上階の展望台まで向かう。ファングシャドウの核があるのもおそらくその辺りだろう。

 

 ファングシャドウの気配は動かない。下の戦闘音も集の存在にも気付いているはずだ。おそらく迎え撃つ気でいるのだろう。

 すでにダンテ達は戦い始めているだろう、一秒だって無駄には出来ない。

 

 突然ものすごい勢いの突風が吹いた。

 強力な突風に煽られスピードが鈍りそうになり、もう一度鉄骨を蹴った。

 

 その時、風が吹き抜けた先から何かが飛んで来た。

 

 「ーーがっ!?」

 

 何も無い空間から突然現れた物体は集の腹部を貫き、その身体を東京タワーの中に押し込んだ。集は階段部分に落下し腹を貫通した(もり)のような物体は、階段と集の身体を縫い止めた。

 

 「ーーあ゛…くっ、何だよこれっ!」

 

 吐血しながら集は自分の腹に突き刺さった銛を引き抜こうと掴む。

 銛に触れた瞬間、集は目を見開いた。

 

 「これはアポカリプスの…結晶?」

 

 「ーーあれ、当たっちゃた?」

 

 結晶で作られた銛から視線を上げると、一人の人間が歩いて来るのが分かった。逆光でよく見えないがこの人物が結晶の銛を放ったのが口ぶりからも分かった。

 

 「ギリギリ外すつもりだったんだけどな〜〜。やっぱ慣れない事はするもんじゃないね」

 「ーーっ!!」

 

 太陽が厚い雲に覆われた時その人物の顔が見えた。

 

 「オレの事覚えてる?」

 「城戸…研二」

 

 かつて葬儀社の一員として一緒に戦った事もある構成員の一人。

 

 「おーよかったよかった覚えててくれて、印象薄いと思ってたからさぁ名前覚えられてるか心配だったんだよね」

 「なんでここに…」

 「()()が見えない?敵だよ敵、君を邪魔しに来たんだよ集くん」

 

 研二は自分の着る白い制服を引っ張り、ケタケタと笑う。

 見間違えるはずも無いその制服はアンチボディズの制服だ。

 

 「アンチ…ボディズ」

 「せいか〜い、っと」

 「ーーかぁ!?…あがっ」

 

 そのまま集の腹部を貫く銛を掴み、あっさり引く抜いた。

 痛みで悶える集をよそに研二は血払いをすると、石打ちで鉄骨をコツコツ叩きながら集の様子を楽しげに見守っている。

 

 「お前その武器はどうした…」

 「うん?」

 「その結晶の銛はなんだ!」

 「なんだも何も…ーーこういう事だよ」

 

 研二はケラケラ笑いながら上着を脱いで上半身を見せる。

 

 「っ!!」

 

 集は困惑と驚愕に同時に襲われ、目を見開いた。

 研二の左胸だけがキャンサーの結晶に覆われ、心臓がある位置に研二のヴォイドである重力銃の銃口部分だけが顔を覗かしていた。

 

 「“コレ”の力のせいかな?ある程度なら結晶の形を操る事も出来るみたいなんだよね」

 

 研二が手に持つ銛が二重螺旋と銀色の光を発して、薙刀のような形に変わった。ヴォイドが引き出されたのと同じ現象のようにしか見えない。

 異様な光景に集は言葉を失った。

 

 「驚いた?ーーでもまだまだ驚くのは早いよ」

 

 研二は心底楽しそうに笑いながら、腕を顔の前に交差する。

 それが合図かのように身体からドス黒いオーラが溢れ出る。それと共に焦げたように真っ黒な結晶が研二の身体を包み込んで行く。

 

 「城戸研二…お前」

 

 キャンサー発症者が砕け散って死亡する瞬間を連想させるような光景に集は吐き気を覚えると同時に、悪魔の気配を研二から強く感じ取った。完全に漆黒の結晶に身体が覆われ、次の瞬間砕け散った。

 そこには甲虫に似た人型の悪魔が立っていた。

 

 「ーーお前は…!」

 『どうだい?ヴォイドと悪魔のハイブリッドさ』

 

 研二は歪に開いた二重顎からギチギチと不快な音を立てて笑う。

 

 「自分が何をしたか分かってるのか!!」

 『さぁ、楽しもうか』

 

 悪魔の姿となった研二は肩を叩いていた槍を、真っ直ぐ集に向けて構えた。

 

 

 

 

 檻から逃げ出すための戦い、

 その波乱はまだ始まったばかりーー。

 

 

 

 




普通にファングシャドウと戦わせる予定だったんですけど、絵面が以前と同じで考えてる段階からあまり面白く感じなかったので今回こんな感じになりました。


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