ギルティクラウン~The Devil's Hearts~ 作:すぱーだ
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茎道はプールの前に立ち、底に沈む人物を見守っていた。
「ーーいよいよか…」
目を閉じて感慨深そうに呟く。
春夏は恐ろしい気持ちでその様子を見ていた。
「ーー何か言いたい事がありそうだな…春夏」
突然、茎道は背後を振り返る事なくそう言った。
異様な感覚だった。春夏が『ボーンクリスマスツリー』に訪れた時から、茎道の中の何かが変わってる事を感じ取っていた。
元から感情を表に出す人物では無かったが、ここ最近は明らかに異常だ。
顔の半分を隠す仮面も、隠していない生身の顔も大差無いように感じてしまう。兄の姿をした蝋人形を前にした気分になり、息が詰まりそうになる。
「……無いわ。でも…そうね、あえてもう一度確認させてもらうわ。兄さん達に協力してくれれば、集を見逃してくれるのよね」
春夏はぐっと指を握り締め、必死に感情を抑える。
「最初にも話した通りだ。お前が我々に手を貸すなら息子は生きて帰そう」
「……」
嘘だっ!と叫びそうになる衝動を必死に呑み込んだ。壁の向こうの状況は全てトリッシュから聞いている。兄は集を生かして置く気など無い。だが集の現状を知っている事を兄に悟られる訳には行かない。
それに、どちらにしても春夏は集を裏切ることになる。
きっと集は自分を許さないだろう。
神だって許さない。それ以上に身近でーー大事な人達は自分の所業を怨み、許してはくれないはずだ。
今はそれが畏ろしく感じてならない。
「さぁ…目覚めよ」
ゴボゴボとポンプが音を立てると、プールを満たして水がみるみる引いていく。
プールに沈んでいた男がその姿を現す。
「ーー我が息子よ…私のアダム」
男の首に掛かるロザリオのペンダントが、チャリと鎖を鳴らして揺れた。
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供奉院の屋敷の一室で屋敷の主人である翁は、机に向かって指を組んで座っていた。
向かい合ってるモニターには〈sound only〉の表示だけが浮かび、そこから淡々とした声が沈黙を破った。
『ーー約束は果たされなかった。今回の約束は無かったことでよろしいですね?』
「致しかた無い…」
翁が誰にも聞かれない程、小さく短い息をはいたように見えた。
『友人のよしみでひとつご忠告を』
「……?」
『太平洋側が何やら騒がしくなっています』
モニターに何枚かの写真と日本列島周辺の地図が表示される。
写真には多くの軍艦や空母が写っている。
『一刻も早く日本を離れてください』
それだけ言うとモニターに地図と写真を残して、通信を伝える表示が消えた。
翁の後ろに控えていた倉知はモニターに写った物を見て、僅かに顔を顰めた。写真に写された空母は完全に日本を封鎖し、蟻一匹見逃さないという圧力が小さい写真からも感じる。
「戦争でも始めるつもりでしょうか……」
「ーー戦争になどならんさ」
翁は立ち上がり杖を手に持つと、険しい表情で窓の外を見る。
倉知にはその様子が何かを探しているように見えた。
「国が弱るとはどういう事か、この身を持って知る事になるとはな…」
翁の言葉に今まで見た事の無かった弱音が見え、倉知は唇を噛んだ。
「……おそらくこれが、最後の仕事になるだろう」
「はい」
翁の言葉に倉知はいつものように淀みなく答えた。
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悪魔の襲撃により受けた被害は甚大だった。
バリケードは見るも無残に破られ、校舎の大半が大きな被害を受けた。
『エクソダス』のための備えていた武器や弾薬も相当な量が消費されたばかりか、市民も生徒も多くの犠牲者が出た。
そしてその影響で生徒達にも深刻な精神的影響も出始めている。
多くの生徒や市民が物音や他人に過敏に反応し、流血沙汰になる小競り合いも数え切れない程あった。
そのせいでかなり治安維持に手を焼く事になったが、集が目覚めたおかげで脱出のための光明が見えて来た事もあり、次第に生徒達の状態も安定する様子が見られるようになった。
ここ数日はそれに加え、校舎とバリケードの修繕と物資の補完におわれていた。
脱出作戦を最終段階に移行できるとふんだ谷尋は、ずっと規制していたワクチンと食糧の配給を全面的に開放する事にした。ギリギリのラインをなぞっているため多くは無いが、新たに来た市民を含めて誰かが飢え死ぬ心配は無い。
そして谷尋の狙い通り、それが士気の向上と集への支持率を上げる事に繋がった。
襲撃から数日…ようやく生徒達に落ち着きが見えて頃を見計らって、こうして現状と今後について話し合いの場を設ける事が出来た。
しかし脱出の希望を見い出す生徒達とは対照的に、生徒会室は重々しい空気に包まれていた。
街全体の地図とマーカーが映し出されたスクリーンの前に、集や谷尋や亜里沙、そして祭が座る。
ダンテやネロとトリッシュが壁にもたれ掛かり、レディはソファの上に腰掛けている。
集達が座る脇に綾瀬と車椅子の後ろにツグミが立っている。
ルシアはいまだ療養中。そして以前、致命的なトラブルを起こした颯太はいのりが生徒会長代理を務めた時点から生徒会から永久追放となり、今現在も生徒会室への出入りは禁止されている。
「………」
生徒会室に入ってから集はスクリーンには目を向けず、ただ無言で手に握られた白いリボンを見ていた。
そしてそれから目線を外したかと思えばボケーと何かを考え込んでいる。それを交互に何度も繰り返していた。
「…集」
「聞いてるよ。大丈夫」
近付き難い沈黙と、同情が混じった空気の中ようやく谷尋が声を掛けた。
集は握っていたリボンをコートのポケットにしまい、視線を上げる。
「ーー見つかったんだね。ファングシャドウの『核』が……」
「そうだ…」
「それも、ひと月くらい前に……」
「………」
集がまた目を伏せ沈黙する。
そこに居る全員が彼が何を考えているかはすぐに分かる。何故なら、彼はほぼ毎日のように同じ言葉を繰り返していた。
「ーー『僕がもっと早く目覚めていれば…』か?」
谷尋の言葉に集はさらに顔をうつむかせた。責められているように感じたのだろう。
そんな集の様子に谷尋は深くため息をついた。
「…ここで改めて言わせてもらうが、それは違う。お前が昏睡状態にならなくても作戦決行の時期に大きなズレは無かった」
谷尋の言葉に集は戸惑いの表情を浮かべた。
「どういう事?ファングシャドウの心臓部の在処が分かったのは昨日今日の話じゃないんだろ?」
「正確には、“当たりを付けた”と言った所だ」
「当たり…?確実には分かって無いって事?」
「ーー私から説明するわ」
トリッシュが集の近くに歩み寄り、机の上に優雅な仕草で腰掛けた。
「街全体に出来た“孔”の事は覚えてるかしら」
「は…はいもちろん」
「単刀直入に言うと、あれはファングシャドウが作り出してたの」
「え?」
「ーー盲点だったわ。でも考えてみれば一番最適な素材だったわね。シャドウの影の身体も実体のある“結界”みたいな物だもの」
「アリウスって人がファングシャドウにそんな仕掛けを?」
トリッシュは「そう」と頷く。
「ーーファングシャドウは見つかりそうになる度に、孔を通して“核”を別の場所に移動させていたのよ」
「そんな…」
それではいくら追いかけようが別の場所にテレポートされるイタチごっこになってしまう。しかもテレポート先の候補は無数にある。
永久に追い付かない鬼ごっこをするようなものだ。
「重要なのはここからだ」
すると谷尋がスクリーンの地図を指し示す。
「知っての通り、レッドラインの縮小と共に壁は徐々に街の内側にその範囲を狭めつつある。だが、同時に“孔”の数も一定のペースでその数を減らしているらしい」
谷尋がパソコンを操作すると、スクリーンの地図に映る壁を表す曲線がその範囲を縮め、孔を表すバツ印の数がみるみる減っていく。
視線を動かしてレディを見ると、彼女は深く頷く。
「……それじゃあ作戦決行の日は」
「一週間後…この日以外考えられない。この日を逃せば壁はこの学校に到達する」
地図のバツ印はとうとう、三つだけとなった。
東京タワーに一つと、二つそれぞれ左右正反対に分かれた位置。
「この三箇所が残る根拠は?」
「ーー奴は今『東京タワー』を根城にしているのよ」
レディが谷尋の言葉に続いて核心とも言える部分を告げる。
最大の障害であるファングシャドウはそれこそ番人のように、今も自分達を見張っているのだろうか。
「他の二箇所は?」
「ーー女の勘ってとこかしら?」
「………」
飄々とするトリッシュを集は色々言いたげな目で睨む。
話が脱線する前に谷尋が咳払いして、無理矢理軌道を戻す。
「ーー作戦はこうだ。まずは東京タワー以外の二つの孔をダンテさんとネロさんがそれぞれ叩く。集、お前は孔が再出現する前に何としても『東京タワー』上階のファングシャドウを倒してくれ。タワー周辺に現れる悪魔は俺たちが抑えておく」
「ーーそういえば無人機は?あれの対処はどうする?」
壁の近くにはパイロットの存在しないゴーチェがズラリと並んでいたはずだ。悪魔のせいで感覚麻痺してしまいそうだが、決して無視は出来ない存在だ。
「ああ、無人機は…」
その場に居た全員の視線が一人の男に向けられた。
「ん?ーーハッ。全部叩き潰すつもりだったんだがなぁ?何体がぶった斬ったら残りはサッサと消えちまったよ。たくっ、退屈凌ぎにもならねぇ腰抜け共だ」
つまらなそうにあくびをしていたダンテは、鼻で笑ってそう言った。
「大変だったわよ?ダンテったら、とにかく虫の居処が悪くてね」
「ーートリッシュ」
「はいはい、お口チャックね」
トリッシュはクスクス笑いながらダンテの隣に立った。
「まぁ、そんな訳で現状は外には無人機は一機も無い。目下の所、俺たちの脅威は悪魔だけだ」
谷尋はまた弛緩しかける空気を元に戻そうと、咳払いをした。
「だけど……やっぱり皆も戦う事になるんだね」
「俺たちが行かないと、お前が一人で悪魔の群勢とファングシャドウを同時に相手をする事になる。それに…この時の為に俺たちは今まで訓練を積んで来たんだ」
「………」
「ーー俺たちを信じて、お前は慌てず冷静に相手を倒す事だけに集中してくれ」
「そうだね…そうだった」
集が力強く頷くのを見て、谷尋は次々に配置と行動について作戦の説明をする。主に集が昏睡してる間に生徒会メンバー間で組まれた作戦を聞かされるだけだった。
あくまで提案という体だったが、葬儀社メンバーに加えて対悪魔戦のプロが手を加えた作戦は、欠点らしい欠点を集には見つけられ無かった。
「…きっと奴は一度戦えばヴォイドの攻撃も覚える」
その意味でも、ファングシャドウと戦えるチャンスは一度だけだろう。
もし敗北すれば永久に倒せ無くなる。そうなれば今学校に居る人々は皆殺しにされる最悪な結果になるだろう。
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会議は結局、谷尋からの作戦説明だけでほぼ締め括られた。
「ーー集、校条。それから葬儀社の二人も残ってくれ」
一旦解散となり各々が自分の寮に戻ろうとした時、谷尋が集と祭、そして綾瀬とツグミを呼び止めた。
生徒会室に残った四人に谷尋は向かい合って座った。
「……疲れている所を残ってもらってすまない」
「谷尋…そろそろ聞かせてくれないか?いのりと何があったの?」
谷尋は一呼吸間を置く。
「ーー最初に提案したのは楪だった。“シュウの代わりになる“と…集がやるはずだった事を自分がやると言い出したんだ」
「その事を知ってるのは…?」
「俺と供奉院さん、それとルシアとダンテさん達だ」
「ーーそんな事どうだっていいの」
ツグミが怒りを抑えフーフー息を吐きながら、谷尋に詰め寄る。
「いのりんは何で集を襲ったりしたの!何であんな目に合わなきゃいけないの!」
「ーーそれは、俺のせいだ…」
「なっ!」
「どういう事?」
「楪が生徒会長の代行を務める以上、彼女が『ヴォイドランク制』を施行する事になる。生徒からの批判を受ける事は分かりきっていた」
谷尋は俯きながら指を組み、祈るように額に押し付けた。
その光景は罪の懺悔のようだった。
「俺が何気なく漏らしたんだ。“眠っている集を生徒達からはどう見えるだろうか”と…」
「………何もしてないのに、自分達が使うはずだったワクチンを横から掠め取る無能な生徒会長。そう言い出す連中も少なからず出るでしょうね…」
綾瀬の言葉に谷尋は頷いた。
「ーー俺もまさしくそこが気掛かりだった。集が目覚めた後、素直に従うだろうかと…」
「じゃあ何?いのりんを集の生け贄にしたって事!?」
「ツグミ、落ち着いて!」
ツグミの言葉が集の胸を抉る。集も喚き散らしたい気分だった。
彼女にとんでもない役を押し付けてしまった自分が許せなかった。
「それを聞いて楪はこう言った」
『ーー私がシュウを裏切った事にすれば、シュウが目覚める事が私にとって不都合だとあの人達に思わせれば良い』
「ーーそんな」
「そのために僕を襲うふりをしたんだね。最初からダンテに止めてもらうつもりで…」
「何で!何でそこまでして…何の意味があるのよ!」
ツグミが感情を抑え切れず、涙を流して取り乱す。
しかし彼女の言い分の方が筋が通っている。
厳しく抑圧された状況から、多くの人間にとっての待遇が改善されれば、反感を持つ者はそう多く無いはずだ。
「……“やさしい王様”」
するとそれまで黙って聞いていた祭がポツリと呟いた。
「ーーは?」
「祭。何か分かるの?」
ツグミと彼女を宥めていた綾瀬が祭を見る。
祭は僅かに唇を噛み肩を震わせ、目に涙を浮かべる。彼女なりの確信を得ている事は、それを見た瞬間全員が分かった。
「きっと、いのりちゃんは集に優しい王様でいて欲しかったんだと思うの。ーー他の多くの人にとっても…」
「……いのり」
いのりはずっと集の願いを尊重していた。そして集と物語の『王様』を重ねる祭を見て来た彼女は、それがいつ目覚めるかも分からない大切な人のために出来ることだと考えた。
祭はそんないのりの真意に気付き、泣いていた。
「……なによそれ。あのボンクラ達に集の事嫌いになって欲しくないからあんなマネしたって事?」
ツグミはいのりの真意に気付いても、到底納得出来なかった。
本当に必要かどうか分からない事のために、いのりが必要以上に悪役にされた事が腹わたが煮えくり返る程の怒りを覚えさせた。
「楪が生徒達に厳しい圧制を強いていた事が、結果として今の好転に繋がっている事は疑いようの無い事実だ」
淡々と言う谷尋をツグミは睨み付ける。
「ーーだが、多くの生徒にとって反感の対象である楪を、そのまま生徒会メンバーのままに置けないのも事実だ」
「さっきから聞いてれば、勝手な理屈ばっかり…。そんなに集が批判の的にされるのが怖ければ、アンタが代わりにやれば良かったでしょ?親友をGHQに売った裏切り者のくせに!!」
「……」
「もういい、こんな頭のイカれた連中に付き合ってられないわ!」
「ーーツグミ!」
ツグミは踵を返し、生徒会室から駆け出して行ってしまった。
綾瀬はツグミの後を追い、車椅子を走らせ生徒会室から出ようとした。
「集…」
「なに?」
部屋の外からドアを閉める手を止めた綾瀬と目が合う。
「いのりはアナタなら何とか出来るって信じてるから、自分の全てをアナタに託せたのよ」
「うん。分かってる」
「私も信じてる。あの子の為にも…頑張りましょう」
「……ありがとう綾瀬」
綾瀬は優しい微笑みを浮かべながら生徒会室のドアを閉めた。
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「ーーハレもありがとう」
「?」
「お礼言う暇が無かったから。その…色々と大変だったと思う」
「ううん。いのりちゃんが頑張ってくれたから…」
祭は自分の髪に結ばれたリボンに触れながら、そう言った。
その時、冷たい夜風が勢いよく吹き抜けて行った。集は自分の身体を風除けになる位置に移動し、なんとなく空の方へ目を向けた。
「…ダンテさん達って良い人達だね」
「急にどうしたの?」
ふいに祭がそう話を切り出した。
なぜダンテの名前が急に出たのか分からず、疑問符を浮かべる。
「ダンテさんを探したんじゃないの?」
そこまで聞いて、自分が屋上で見張りをするダンテを探して上空を見上げたと、祭に思われたのだと気付いた。
「…そんなにダンテばっか見てる?」
「自分で気付いてなかったの?集ったら、いつも悩み事があるたびにダンテさんの方を見てるよ?」
祭にそう言われて、集は自分の顔が赤くなるのを感じた。
まさか自分でも気付かないような無意識下の行動を見られてたとは思わなかった。
正直言ってかなり恥ずかしい。親離れ出来ていない所を見られた心地だ。
「直接相談したら良いのに」
「この間…大見得切っちゃったし、それにきっと聞いても答えてくれないよ」
「どうして?」
「僕に選択させようとしてるんだ…大事な事は僕が決めなきゃいけない。……いのりを止めようとしなかったのも同じ理由だと思う」
「そういえば、ここに来たばかりの頃もそんな事言ってたような…」
「何が正しいのか、何が最善なのかはきっとダンテ達にだって分からない。何をどうするかは僕達が決めなきゃ。それならダンテ達もきっと協力してくれる…」
「……そうだね」
そこで話が途切れ、沈黙が流れた。
灯りの消えた街をしばらく眺める。
一週間後に全てをかけた戦いが待ってるとは思えない程、静寂に包まれている。嵐の前の静けさと言うべきだろうか。
祭が自分の手を重ね合わせてさすった。
「ーー…この前、初めて銃を撃ったの…」
少し震える声でそう吐露する祭は銃の反動で擦れた皮の痛みを思い出し指を摘む。
「……どうだった?」
青白い顔色の祭に集はそう尋ねる。
祭はしばらく黙っていた。思い出すのが嫌というより、どう言葉にするか悩んでいるようだった。
「集もいのりちゃん達も凄いね…。私なんか弾撃ち切った後に吐いちゃったもん。生き物を撃つってこんな気持ちなんだ…って凄く嫌な気持ちになった…」
「………」
黙った集をどう思ったのか、祭はうろたえだした。
「あ…私、そういうつもりで言ったわけじゃ…ーー!」
「分かってるから、気にしないで?」
アワアワと慌てふためく祭が可笑しくなり、思わずクスッと笑みが溢れる。
「集達はずっと、あんな気持ちとも戦ってたんだね…」
「それは……」
ーーどうなのだろうか。
記憶を失ってまっさらだった集が最初に見たのは、悪魔によりもたらされた惨劇だった。
そしてダンテ達と出会い、悪魔と戦う道を進む決意をした。
それこそが最初に見た集の世界で、全てだった。
自らの手で人の命奪い、深い悲しみに沈んだ事はある。
だがそもそも集は祭とはもちろん、葬儀社の面々ともスタートラインがまるっきり違う。
生き物の命を奪う事に対しての、とりかえしの付かない事をしたという感覚と罪悪感。そんな感情を真っ当に抱いた事があると言えるだろうか。
悪魔は人を脅かす倒すべき敵。殺し合って当然。
桜満集は命と死に対して正しい向き合い方が出来ているだろうか。
ーーいのりはどうだったのだろうか。
彼女は最初何を思って銃を握ったのだろう。何も思わずただ涯に言われるがまま、敵と戦ったのだろうか。
ーー人間の兵士達と……。
「何で…悪魔は人を襲うんだろう。ルシアちゃんやダンテさんみたいな人がもっと居てもいいのに……」
ーーそんな事、考えた事も無かった。
「それならこんな争いをしなくて良くなるのにね」
「………」
「ーー……いつかそんな日が来るといいね?」
祭のそんな無邪気な問い掛けに、集は答える事が出来なかった。
ーーこの子にはこのままでいて欲しい。そんな他人事にも似た感情が湧いて来ただけだった。
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あれから何日経ったかな…?
時間の感覚は最初の1日で無くなった。口を塞ぐ息苦しさも、視界を覆う暗さにも慣れて来たが、身体を拘束されるのはいつまで経っても慣れそうにない。
両手首と膝の辺りを固く縛られ、ほとんど動けない。
裏切り者の役を演じる事を選んだ自分自身とはいえ、その苦痛は想像を遥かに超えていた。
だが、それはどうでも良い。
大切なのは彼にこの先を託す事。
上手く出来ただろうか?
出来る全ての事はやった。後は彼がきっとなんとかしてくれる。
…出来れば自分の事を気負って欲しく無い。悪いのはこんな選択肢しか選べなかったいのりであって、集では無い。
集や大切な人達、それを上回る多くの人を苦しめた。
だからこれは相応しい罰だ。
もっと他にいい方法はあったかも知れない。
でも、もう始めてしまった。やり切ってしまった。
ーーやらなくてはならない、必要な事だったのだから…。
だから後悔は無い。受け入れる覚悟はとっくに出来ていた。
再び泥に沈むように深い眠りに意識が落ちていく。
それ以外に今のいのりに出来る事は無かった。
会話が長いと、どうテンポを取るべきか悩むなぁ…
戦闘シーンは何をどの程度描写すべきか分からないし。
難しいのお