ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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原作と違う展開って難しいなぁ

全然違うならまだしも、沿いながら微妙にズレるって言うのがなんとも言えないやり辛さを感じる。




#46女王-①〜the farcical kingdom〜

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 かつて六本木フォートと呼ばれていたクレーターの中を、涯に《ダアトの墓守》と呼ばれたユウは歩いていた。

 その外見からは集達と戦ったダメージは感じさせない。

 いのりに切断された腕も、集に砕かれた顔も何事も無かったかのように元通りになっていた。

 

 十年前からかろうじて残っていたビル群の面影は無く、イヴの眠っていたコキュートスがあった場所を中心として、巨大なクレーターが街を丸ごと抉っていた。

 否、正確に言えば六本木は十年前からずっとこの姿だった。

 人々が街の廃墟だと思い込んでいたものは、全て真名のヴォイドが見せていた実体を持つ幻影だ。

 

 「ーーねえマナさん」

 

 ユウはコートの裾が汚れることも気にせず、黒い大地にしゃがみ込むと指先でその土を掘り出す。

 

 「桜満集のもとに貴方の欠片が集まりつつあります。ーー肝心の彼は眠り続けてますがね」

 

 桜満集が昏睡状態に陥った事は予想外の出来事だった。

 しかし、例え一生目覚めることが無いとしても、十分修正の範囲内だ。

 

 ユウの指先が土の中の物に触れる。指の間で摘んで土から出すと、指輪が鈍い鉛色の光を反射した。

 《はじまりの石》より創造した未来への螺旋、その対のひとつだ。

 

 「直に彼の復活が成るようです。桜満春夏には感謝しなければいけませんね…。彼女は十分クロスの代わりを務めている」

 

 ユウは手の平の指輪を見て目を細める。

 

 「しかし、彼はあくまでも予備。桜満集くん…もう少し追い詰めれば、君は目を覚ましますか?」

 

 ユウが緩やかに地面を蹴ると、身体が浮き上がりそのまま重力が存在しないかのように暗い雲が掛かった夜空に消えて行った。

 

 

**************

 

 環七に沿って設置された隔離壁と内側で包囲を狭めつつある《レッドライン》周辺の警戒は非常に厳しい。まるで万が一にもアポカリプスウイルス患者を逃がしはしない、という意志の現れだった。

 壁の前には兵士や戦車にエンドレイヴが二十四時間体制で常に目を光らせ、空でも数機のヘリや無人機がひっきりなしに行き来する。

 しかし海の警備は陸上と比べると穴が多い。戦車もエンドレイヴも海には潜れない。視界がほぼ効かない海中では頼れるのは各種センサーのみだ。そういった物の騙すのはそう難しく無い。

 

 アルゴは水中バイクの錨を下ろし、ウェットスーツを脱ぐと葬儀社のスーツに着替えた。

 海に目をやれば、遠くGHQ本部《ボーンクリスマスツリー》が見える。向かう先は天王洲第一高校。

 目的は供奉院亜里沙の救出。

 それが翁からの依頼だ。孫娘の身を案じてのものでは無い。上海最大の財閥グループが亜里沙に目を掛けたのだ。

 その取り引きのための渡りの船といった所だ。ようは政略結婚だ。

 

 彼女は集達が通う高校に避難している。運が良ければツグミや綾瀬も集の学友と共に学校にいるはずだ。

 接触出来れば彼女達のみならず集やいのり、それに涯のことが分かるかも知れない。

 GHQに捕われた四分儀を救出するにも涯の安否が分からなければ動きようがない。

 

 あらかじめ頭に叩き込んだ下水道のルートを通って地上に出る。

 

 「ーーしばらく見ねえ間に、随分酷い有り様になったもんだな…」

 

 ビルの窓ガラスや壁が崩れているだけでは物足りないとばかりに、キャンサーの結晶が至る所から芽吹いていた。

 その時、足音が聞こえた。力強く堂々とした男の足音。

 

 「ーーっ!!」

 

 音が聞こえる先のすぐ横の雑居ビルを覗き込むと、薄暗い中で巨大な剣が光を反射しその輪郭が見えた。

 

 アルゴは意を決してビルに足を踏み入れた。

 足を踏み入れて間も無く、獣の唸り声と銃声、肉を切り裂く音が聞こえた。

 アルゴは銃を構えながら音の方を覗き込んだ。

 

 『ーーゲガアアアア』

 

 「ハッ!五月蝿えだけだなテメエら!!」

 

 銀髪の男がエンジンをくっ付けたかのような剣に火を纏って、悪魔達を薙ぎ払っていた。

 一瞬、空港で自分を助けたダンテとかいう男かと思ったが、風貌や声が違う。それにあの男と比べると若いようだ。

 

 「失せろ!!」

 

 異形の右腕から青白い腕を伸ばし、悪魔を掴んで投げ飛ばし、叩きつける。たちまち怪物を片付けると、男は部屋の奥に進む。

 アルゴは初めて部屋の奥の物に気付いた。

 

 巨大な肉塊のような物が激しく鼓動し、肉塊の中心には暗い穴が開いている。肉塊の外見からそう深いとは思えないのに、アルゴは何処までも続く奈落のように感じられた。

 

 男がおもむろに肉塊に歩み寄ると、剣で肉塊を切り裂く。

 肉塊は悲鳴のような音を上げると、破裂して破片を飛び散らせた。

 

 「たくっ、キリが無え。いくつあるんだ」

 

 男がぼやきながら、剣を背中に背負うと異形の右腕を袖で隠す。

 

 「でっ?さっきから何見てんだ」

 

 男がアルゴに振り返る。

 一瞬、身体が勝手に物影に隠れたが、男から敵意の類は感じない。

 声色もリラックスしたような軽い感じだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

 「お疲れ様でした!ネロさん!」

 

 男に連れられ歩いていると、天王洲第一高校の制服やジャージを着た少年少女が走り寄り、深々と頭を下げた。

 

 「だからそういうのは止めろって」

 

 ネロは鬱陶しそうにため息をついて、手の平でシッシと生徒達を追い払おうとする。

 ふとアルゴは生徒達の手に奇妙な武器のような物が握られている事に気付いた。

 

 (あれは…ヴォイド?)

 

 「あの…そちらの方は?」

 

 女子生徒が恐る恐るといった感じで、アルゴに視線を向ける。

 生徒達に緊張が走る。さてどうしたものかとアルゴが考えていると、一人の生徒がハタと気づいた。

 

 「おいアレ『葬儀社』のエンブレムじゃねえか?」

 

 「え?」

 

 「じゃあ味方?」

 

 生徒達がザワザワと騒ぎ出した。

 どうやら今すぐ敵対的な行動に出る様子は無いようだ。しかし、まだ彼らは疑惑に満ちた目でアルゴを見ている。

 

 「ーー何をしてるの?」

 

 聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

 それと同時に生徒達の背筋が突然芯が入ったかのように真っ直ぐに伸びた。

 

 「もう合流時間は過ぎているはず」

 

 「いのり…か?」

 

 アルゴは生徒達の後ろから歩み寄って来た少女の姿に、思わず眉を顰めた。確かにいのりだ。しかし、その顔はふわふわした無表情な印象しか無かった彼女からは考えられない程険しく吊り上がっていた。

 

 最後に見た白いドレススーツの上に、黒いマフラーとボロボロのコートをマントのように羽織っている。

 そしてそのコートにも見覚えがあった。

 

 (ーー涯のじゃねーか!!)

 

 少女の小柄な身体には明らかにサイズの合っていないコートは、裾を地に引きずって、まるで本当に昔映画で見た王族のマントの様だった。

 

 「アルゴ…」

 

 「生きてたんだな。…涯や集は一緒じゃねえのか?」

 

 自分の知るいのりは自分の意思というものを感じなかった。常に涯と寄り添いと行動を共にするのがいつのも光景だった。自分達も涯の命令に従って戦って来たが、いのりのそれは言いなりだった。

 しかし、集と出会ってからは何かが変わった気がした。よく笑う様子を見るようになり、集が喜ぶならと自分から行動するようになっていた。

 

 だが、今いのりの後ろに立っているのは寒川谷尋と数人の生徒。そこに涯はおろか集もいない。しかも心なしかいのり自身が従わせているように見える。

 その光景にアルゴは強い違和感を感じずにはいられなかった。

 

 「ーーっ」

 

 アルゴの問い掛けに、いのりはただ黙っていた。

 

 「おい、答えろよ」

 

 「すまない。移動しながらにしてくれないか?生徒会長代理として仕事が立て込んでるんだ」

 

 「生徒会長…“代理”だと?」

 

 再び疑問をぶつけようとしたアルゴの横をいのりが通り過ぎようとし、アルゴはいのりの肩を掴んだ。

 

 「おい、無視すんないのり!」

 

 その瞬間、周囲の生徒達が一斉にアルゴにヴォイドを突き付けた。

 

 「楪会長代理(ゆずりはかいちょうだいり)から手を離せ!」

 

 すぐ後ろの生徒がヴォイドを向けながら、アルゴにそう言った。

 アルゴはしばらく黙って周囲の生徒を睨むと、大人しく手を下げた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 湾岸に戻ったアルゴはコンテナが積まれた埠頭の桟橋に案内された。

 桟橋では数人のジャージ姿の生徒が海に垂らしたチューブと繋がった、数台のボンベの周りで作業していた。

 

 「何やってんだ?」

 

 「アレさ。あの船はこの間の災害時にGHQが破棄した船でな、中にワクチンや弾薬とかの物資がまだ残ってるんだ」

 

 谷尋が指差す先には大きく傾いた船が海上からその船底を晒していた。再び桟橋を見ると潜水服を着た生徒が、谷尋の言う物質が入っているであろう箱やネットを桟橋に上げては、何度も海中に戻って行く様子が確認できる。

 

 「……っ!?ーーおい、アイツ!!」

 

 桟橋に上がって潜水服を脱いだ生徒を見て、アルゴは顔色が変わった。その顔にはキャンサーの結晶が芽吹き、顔の一部を覆っていたのだ。

 

 「発症してるじゃねーか!!」

 

 よく見ればその生徒だけでは無い、桟橋の上で作業している生徒のほぼ全員の顔や手にキャンサーが発症していた。

 

 「どういう事だ!!なに病人にこんな仕事させてんだよ!!」

 

 アルゴはいのりと谷尋を睨み付ける。

 そこに一人の生徒が割って入った。

 

 「アイツらは“F”ランクだ。何の役にも立たないヴォイドしか持たないクズだからさ!」

 

 「Fランク?…何言ってやがる!!」

 

 「…端的に言えばヴォイドの強さを表す基準だ。俺たちのヴォイドの強さが絶対的の法。それがヴォイドランク制だ」

 

 谷尋は割って入った生徒を手で制し、桟橋の方へ目を向ける。

 

 「ーーっおい、いのり!なんでテメエが会長代理なんかやってんだ!供奉院亜里沙の指示か!?」

 

 「供奉院は生徒会長の座から下りている。今の生徒会長は集だ」

 

 「なんだと…?」

 

 アルゴは耳を疑った。

 集がコイツらのトップだとしたら、これを命令したのは集なのか?たしかに集は変わった男だった。妙に強いかと思えば、年相応な脆さもあった。

 だが何をするにしても自分より他者を優先する奴だ。こんな事するとは思えない。

 

 「ーー会いたい?」

 

 「なに?」

 

 「シュウに会いたい?」

 

 「………」

 

 いのりが初めてまともにアルゴの顔を見て言った。

 驚いたアルゴが即答出来ずにいると、突然桟橋の生徒達が騒ぎ出した。

 

 「どうした!!」

 「分からない!突然9番のボンベが動かなくなった!!」

 「誰が使ってる!!」

 「魂館颯太だ!!」

 

 「ーーっ!!」

 

 「…………」

 

 アルゴは聞き覚えのある名前に、僅かに動揺する。同時にいのりの表情に変化が出た事に気付いた。

 眉間のシワを更に深くし、何というか苛立っている様に見えた。

 

 「他のをまわせるか!?」

 「無理だ。今は全部使ってる!!」

 

 「……ちっ、見てられねえな」

 

 ネロは舌打ちして、桟橋に降りると生徒達に歩み寄る。

 

 「手を貸すか?」

 

 「予備を持って来て下さい、そこに置いてあります!!」

 

 ネロが生徒が指し示した場所にあるボンベに手を伸ばそうとした時、いのりがボンベの前に立ち、その行く手を阻んだ。

 

 「……何の真似だ?ーーガキ」

 

 「彼は既に二度、仕事で大きなミスを犯してる。その度に貴重な資源を消費した。これ以上“魂館颯太”…いえFランクに分けられる“無駄”は無い…」

 

 アルゴは言葉を失った。

 ーーあれは本当にいのりか?あの気迫、まるで涯を見ているようだ。

 

 いや、彼女は涯の真似をしているだけだ。涯ならもっと他に方法を見つけるはずだ。間違っても立場の弱い者を奴隷のようにこき使ったりしないはずだ。

 

 「…ならどうする。見殺しにするか?タマダテってのはシュウの友人なんだろ?」

 

 「機械が壊れても、祭のヴォイドで直す事が出来る。だが、“中身”はそうはいかない…。使えば無くなるし、漏れれば無駄になる。それに潜水服には小型の供給ボンベが内蔵されてる。そいつを起動させてチューブを外せば、自力で戻って来れる」

 

 「いい加減にしやがれ!!パニックになってるかもしれないだろ!!」

 

 いのりと谷尋のあまりにも冷たい言い草に頭に来たアルゴは、桟橋に飛び降り、予備のボンベを持って生徒達の方へ走った。

 チューブを繋げバルブを捻ると、ようやく安堵のため息をついた。

 

 「ぶはぁ!!」

 

 しばらく経つと、潜水服を着た颯太が海面から顔を出す。咳き込みながら桟橋に上がり潜水服を脱いだ颯太を見て、アルゴは唇を噛んだ。

 予想通り魂館颯太も発症していた。しかも他の生徒と比べると症状が進行しているように見える。第二ステージ手前の重篤に近い。

 

 「お前ら…どういう了見だ」

 

 「今は緊急事態なんだ。ヴォイドに使用価値がないのなら、他の所で役に立って貰うしかない」

 

 「いのり、これだけは聞かせろ。……涯はどうした」

 

 「…死んだ」

 

 あっさりと台本でも読むかのようにいのりは答えた。

 アルゴはやはりかとため息をついた。あのコートはそういう事なのだろう。見た瞬間にそう思った。

 

 「……シュウと会う?」

 

 険しい表情を一切変えず、いのりはさっきとまるっきり同じ調子で尋ねた。しかしアルゴの答えを待とうともせず、いのりは踵を返して歩いて行った。

 

 「ああ…案内しやがれ」

 

 一発殴ってこんな事やめさせてやる。アルゴは髪が逆立つような怒りを感じながら、いのりの後を続いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「昏睡状態だと…?」

 

 アルゴは目の前の光景が信じられず、怒りを忘れ呆然としていた。

 目の前には分厚いマジックミラーがはめ込まれた窓。その向こうにベッドに寝かされ点滴と電極に繋がれた集がいる。

 

 「………」

 

 いのりはマジックミラー越しにいる集を見ながら、窓に手を置いた。

 その表情は優しさと悲しみを混ぜたように穏やかになっており、まるで外で見た彼女とは別人だった。

 

 「ある出来事以来、集は眠り続けている。傷も火傷も祭のヴォイドのおかげで完治している。……だが未だに集の意識は戻らない。身体は健康そのものなのにな…」

 

 「ある出来事?ーー何があった」

 

 谷尋は答えずマジックミラーの方へに顔を向ける。

 

 集のそばに大人しそうな少女が寄り添っている。

 大島で姿を見ただけだが、校条祭は集と一緒に空港まで来たという話は聞いていた。彼女のヴォイドである包帯が集の不調を探ってか、常に揺れ動いている。

 その後ろにはダンテが腕を組んで壁にもたれ掛かっていた。

 

 「彼には祭の護衛を任せてる。この学校にいる全員が束になっても、彼に勝てる奴はいないからな」

 

 「……」

 

 傷を癒すヴォイド。たしかに彼女の身に何かあれば、大きな痛手になる事は想像に難くない。

 

 「アルゴは何故ここに来たの…?」

 

 「俺達を助ける為に…って訳でもなさそうだな」

 

 それが出来れば一番いいが、残念ながら違う。

 

 「俺は供奉院亜里沙に会いに来た」

 

 「……理由は?」

 

 「ーー会ってから話す」

 

 ーーあの状況。あそこまで発症者を働かせいるのだ。

 彼女だけを逃したいと言えば、ここで突っぱねられてしまうだろう。

 

 「いいよ」

 

 「っ!!?ーー(ゆずりは)!!」

 

 「来て」

 

 あっさりいのりが認めたのを見て、谷尋は大きく動揺する。

 

 「その代わり…シュウが目を覚ましたら、協力して」

 

 「ーーー」

 

 アルゴはその言葉に答える事が出来なかった。いのり自身も答えは期待してなかったのか、すぐに前に向き直った。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 生徒会室に続く廊下を挟むように、ヴォイドを持った二人の生徒がいのりと谷尋に敬礼する。

 

 「誰も通すな」

 

 谷尋の短い命令に二人の生徒は、「はいっ!」と二つ返事する。

 

 「いのり!」

 

 「ーーただいま」

 

 生徒会室のドアを開けると、ルシアがいのりに飛びついて来た。

 いのりの表情はまた、集を前にした時のように優しげな顔になっていた。

 

 「ーーーーー」

 

 「…どうした?」

 

 「いや……俺が知ってるいのりとは、天と地程差があってな」

 

 あのルシアという少女と共に集の家行く前と比べると、驚くべき変化だった。人間的に成長したという事だろうか。

 

 「私に用だそうですね」

 

 「ああ…供奉院の翁からの依頼でアンタを救出に来た」

 

 「お爺様の!?」

 

 亜里沙は目を見開いた。

 しかし亜里沙はすぐ冷静さを取り戻し、ソファに腰掛けた。

 

 「私を助ける為…ではないのでしょう?」

 

 「………」

 

 その問いに答えるべきか迷った。亜里沙の言ったことは紛れもない事実だ。孫娘一人を差し出して自分の家が守れるなら安い物だという、その考えには反吐が出るが、それを利用しなければならない自分達も同じ穴の狢だ。

 

 「答えなくても良いです。分かっているので……」

 

 「……そうか」

 

 それまで後ろで黙って見ていたいのりが、亜里沙の側に歩み寄った。

 

 「……どうする?」

 

 「え?」

 

 「あなたが決めて」

 

 「おい!!分かっているのか!?供奉院のヴォイドは俺たちにとって重要だ!!」

 

 いのりの言葉に谷尋が思わず口を挟む。

 亜里沙は顔を伏せ、唇を噛む。その手を小さな手が握った。

 

 「ありさ…行っちゃうの?」

 

 「あ…っ」

 

 幼い少女の顔を見て、亜里沙の顔が今にも泣き出しそうに歪む。ルシアの手に自分の手を重ねて、アルゴに向き直った。

 

 「ーー申し訳ありません、私は行けません。これでも、学校の生徒会長として皆を率いて来ていた身です。それを出し抜いて、一人だけ脱出するなんて……そんなの今、身を削って必死に生きている皆なに対する裏切りです」

 

 「……これが最後のチャンスかもしれねえぞ?」

 

 「…はい」

 

 谷尋は亜里沙の言葉に深く安堵のため息をはくと、アルゴに歩み寄る。

 

 「悪いがあんたを帰す訳には行かない」

 

 「お前…もし供奉院が帰りたいって言ったら、どうするつもりだった?」

 

 「……今は楪が集の代わりだ。彼女の命令に従ってたさ」

 

 「ふんっ、どうだか。役に立たなさそうなヴォイドを持った連中を差別してるってのに、集の取り巻きには随分親切じゃねえか。お前らだってヴォイドを使えねえだろ?」

 

 「差別じゃない、区別だ。それに連中はあれ以外出来る仕事がない。それだけの話さ。俺達の誰かが発症したら、それこそ終わりだ。平等にワクチンを分けてたら、あっと言う間に底がついて全滅してる」

 

 「そこが分からねえ…。お前ら何、集が起きるのを悠長に待ってやがる。ここにはあのダンテとかって奴がいるだろ?」

 

 空港でダンテが戦っている所を見たが、兵士どころか悪魔でもエンドレイヴ相手でも余裕な表情で蹴散らしていた。

 

 「俺達に協力する気になったら話してやる。それまでお前は拘束させてもらう」

 

 谷尋は受話器を取ってどこかに連絡し始めた。

 アルゴはもう一度亜里沙の方を見る。彼女はルシアの手を取って階段を上って行く所だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「おいダンテ!!」

 

 人気の無い屋上で街から戻ったダンテをネロが襟首を掴み上げて、壁に叩きつけた。

 

 「痛えな。なんだよ」

 

 「ふざけんな!お前いつまでこんな事許してるつもりだ!」

 

 いつもの調子を崩さないダンテに、ネロはさらにくってかかる。

 

 「やめてネロ、私たちも目に入る度に止めてるのよ!ダンテだって!」

 

 騒ぎに気付いたレディが二人の仲裁に入る。

 

 「どうする?久しぶりにやり合うか?こっちもストレス溜まってんだ。ちょうど良いぜ」

 

 「上等だ。表に出ろクソ野郎」

 

 「だから、やめてってば!」

 

 「行動は諌められても、彼らの思考は私たちにもどうしようもないわ。私たちも容認してるわけじゃないの」

 

 「だったら、あの女がリーダーになった時の行動はなんだったんだ!」

 

 「悪いがまだ仕事が残ってるんだ。お前とのおしゃべりはここまでだ」

 

 ダンテはいまだ激昂するネロの手を振り払い、どさくさで地面に落としていた大きな袋のような物を肩に担いだ。

 

 「アンタらしくもねぇなダンテ。俺やアンタが力を合わせれば…いやそもそもアンタ一人でもあの壁をぶち破るくらい訳ねぇだろ」

 

 「…………」

 

 「ネロ。あなたはあの巨大なシャドウは見た?」

 

 「あ?あのバケモンか。一度やり合ったぜ」

 

 「なら分かるでしょ?奴には…ーー」

 

 ネロは苛立たしげにトリッシュの言葉を遮った。

 

 「剣も銃も効かないんだろ?だからなんだってんだ。関係ねえだろ」

 

 「まだ分からない?私たちの攻撃が効かないって事は、奴は私たちを無視出来るって事よ」

 

 ネロはトリッシュの言葉でハッとなった。

 つまりダンテや自分達に目もくれず、ひたすら生徒達を襲う事も出来るという事だ。

 ネロがファングシャドウと遭遇したのは、一人で行動していた時だったが、もし近くに他の人間がいれば優先的にそちらを襲っていたかもしれない。

 

 だが例えそうでもネロは納得がいかない。

 ファングシャドウは攻勢に移れない理由であって、生徒達の蛮行を容認する理由にはならない。

 

 「守らなきゃいけない物が多すぎるわ。こんな事初めてよ、どうすれば良いかなんて、きっとダンテにも分からない」

 

 「……シュウが目を覚まして、ヴォイドってのを使えるようになるまで、この状況を放っておくのがベストだって本気で思ってんのか?」

 

 ネロの問いかけに、トリッシュは小さく首を振るだけだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 アルゴは大人しく生徒達の先導に従った。幸い身体を縛られてはいない。こんな素人連中に遅れをとる事は無いが、自分の目の前にはいのりがいる。

 ダンテ程で無いにせよ、単身でエンドレイヴから逃げ延びる身体能力の持ち主だ。事を荒立てる気は無い。

 しかし校庭は酷い光景が広がっていた。

 

 Fランクの生徒達と此処に避難して来た生存者だろう。全員まだ軽度ではあるが、発症している。

 

 「もうやめてくれ!!」

 

 校庭を過ぎた時、校舎の裏からそんな悲鳴が聞こえた。

 見てみると三人の生徒が居て、一人の生徒が一人に暴行を振るい、もう一人がそれをニヤニヤと笑いながら見ていた。

 

 「ーー谷尋っ!!いのりさん!!助けてくれ!!」

 

 暴行を振るわれていたのは、颯太だった。

 颯太の声で二人の生徒もいのり達に気付く。

 

 「どうも。会長代理殿」

 

 「何をしている」

 

 「彼が余りにも我々の資源を食い潰すのでね、僕らAランクに対する態度もなって無かった。これはちょっとした教育ですよ」

 

 まさか止めないですよね?とでも言いたげに、難波は眼鏡を上げて笑う。

 

 「…お願いだ、次はもっと上手くやる…だからワクチンを分けてくれ…!ーーもう、身体が上手く動かないんだ!!」

 

 土と血を顔にこびり付かせながら、颯太は地面を這いながら助けを求めて、いのりに必死に手を伸ばす。

 アルゴはいのりを促そうと彼女の顔を見た。

 

 「!!?」

 

 ーー嗤っていた。集やルシアに見せていた笑顔とは全く別の悪意に満ちた笑み。

 しかしアルゴが瞬きした瞬間、先程と同じ険しい表情に戻っていた。見間違いかと思ったが、身体はその笑みを見た瞬間の恐怖を覚えていた。

 

 「ーー任せるわ」

 

 「なっ!?」

 

 「そ…そんな!!」

 

 いのりの言葉に颯太の顔は絶望に染まる。数藤は卑下た笑みを浮かべ、地面を這う颯太の背中を踏み付けた。

 

 「はーい。安心しろよヴォイドは使わねえよ。お前みたいな屑に使ったら、穢れちまう」

 

 「まあ…指くらいは弾こうかな?どうせ治せるから、構わないだろ?」

 

 「うわぁああああ!!」

 

 数藤が必死に抵抗する颯太の手首を掴み、ナイフの刃先を指の間接に押し当てようとした。

 

 「ーーアイツらぁ!!」

 

 「おい、いつまで見ている!!ーー行くぞ!!」

 

 アルゴの後ろの生徒が、アルゴの背中を蹴ろうとした。

 その足を掴み、アルゴはもう一人の生徒に投げ付けた。

 二人の生徒は「ぐぅ!!」呻き転倒した隙に、アルゴは数藤目掛けて突進する。

 

 「なっ、ーーちぃ!!」

 

 数藤は自分のアメリカンクラッカーのヴォイドをアルゴに投げ付ける。糸が伸びてアルゴの顔面に先端の球体が迫るが、アルゴは少し顔を傾けただけで躱す。

 ドスンッ

 「うべっ!ゲエエエ」

 そのまま数藤の鳩尾に膝を打ち込む。ミシミシと内蔵を圧迫し、数藤が嘔吐する。

 

 「なっ!!ーーぅべっか!?」

 そして蹲る数藤をすり抜け、難波の顔面に回し蹴りを叩き込む。

 難波はきりもみしながら吹き飛び、地面に倒れた。

 

 「おいっ!さっさとーーがっ!?」

 

 颯太に振り返ろうとした時、ズドンッと背中に凄まじい衝撃を感じた。

 

 「ぐっ……くっーーそ」

 

 自分の背中にヴォイドをかましてくれた生徒の顔を見ようとしたが、その前にアルゴの意識は途切れた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ダンテは照明ひとつ点いていない地下駐車場へ入った。

 昼間でも真っ暗でカビ臭いこにも、何らかの用途によって使用される資材や、未使用のテントが置かれている。

 

 「おい」

 

 ダンテが声を上げると、数人の生徒達がダンテのもとへ駆け寄って来た。肩に担いでいた袋を置くと、彼等は袋に飛び付き袋の口を開いた。

 中には缶詰めやワクチンなど、そこそこの量が入っている。

 

 「やった。これで人数分足りる!ありがとう」

 

 「何をしている!」

 

 嬉しそうに顔を輝かせる生徒達はダンテに礼を言い、立ち上がろうとした時、谷尋の声が響いた。

 谷尋の怒声に生徒達は怯えた様子で思わず後退りする。

 

 「見て分からないか?ランチタイムだ」

 

 「ふざけるな。外で回収した物資は生徒会が預かる事になっていたはずだ!」

 

 「知るかよ。俺が見付けて来た物だ。どう使おうが俺の勝手だろ?」

 

 ダンテは谷尋を見ようともせずそう言いながら、生徒達に手をしっしっと払って立ち去らせる。

 

 「待て!」

 

 谷尋が銃を抜こうとした時、ダンテは一瞬で移動し手首を軽く叩いて銃を落とし、谷尋を裏拳で吹き飛ばした。

 当然手加減したが、谷尋は柱に激突し地面に座り込んだ。

 

 「勘違いすんなよ?お前が味方のふりをするだけでいいって言うから、一度だけ協力してやっただけだ。お前らのやってる事に賛同した訳じゃねえ」

 

 ダンテは自分を睨み付ける谷尋を鼻で笑った。

 

 「お前らが一番良い方法だって言うから、やりたい事やらせてやってるだけだ。だから俺のやりたい事に口出しすんじゃねえ」

 

 そう吐き捨てて立ち去るダンテの後ろ姿を、谷尋は唇を噛み締めながら見送る事しか出来なかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ーーぅっ!?」

 

 背中に何かが触れる感触がする。

 紐が動いているような感触。蛇でも乗ってるのかと思い、アルゴは飛び起きると、背中の物を掴むと引き剥がそうと思い切り引っ張った。

 

 「ーー痛っ!!」

 

 背中の紐のような物がビンッと張ったかと思うと、後ろから少女の声が聞こえ、振り返る。

 

 「あいたた…起きたんですね?ーー良かった」

 

 校条祭が人懐っこい笑顔を浮かべて、アルゴに話しかける。

 アルゴは鉄の柵が嵌められた一室に入れられていた。

 ここも隔離病室だろうか。自分が寝かされていた簡素なパイプベッドの側の壁には病院にある各種機械類の接続盤がある。

 しかし、集が居た場所がvipルームなら、ここはさしづめ刑務所といった感じだ。

 

 「えっと…私、校条祭です。驚かせてすみません。背中の傷を治そうとしただけなんです」

 

 「……月島アルゴだ。気にすんな俺こそ悪かった」

 

 彼女の包帯を引っ張った拍子に、格子に打ったのだろう。赤くなった額をさすりながら、照れ臭そうに笑った。

 

 「アルゴさん?ーー集から聞いてます。ガラは悪そうだけど、凄く他人想いのいい人だって」

 

 「……あのヤロウ、余計なことを」

 

 そう言いながら口端を上げる自分にアルゴは気付いた。

 ここに来て初めて笑ったかもしれない。

 

 「ダンテとかって野郎は?護衛だったんじゃねえのか」

 

 「えっとーー」

 

 『ーー私がここまで誘導したのよ』

 

 祭の後ろからふゅ~ねるが顔を出した。

 

 「ツグミか?」

 

 『アイ。おひさねアルゴ』

 

 「綾瀬もそこに居るのか?」

 

 『ネイ。綾ねえはアルゴが捕まったって聞いて、いのりに抗議しに行ったわ。けど、すぐ門前払いされるだろうね。Cランクって言っても発言権なんて無いに等しいし』

 

 「ーーC?ツグミ、お前は?」

 

 『私はSよ。まあ綾ねえは集にヴォイド出してもらってないし、能力も分からないから暫定でCよ』

 

 ツグミのため息がスピーカーから漏れる。

 

 『今、ヴォイドで高ランクに立ってる連中も、もしヴォイドを戻しちゃったら格下げくらうからね。ヴォイドしか取り柄のない高ランクも必死よ。今までAランクでチヤホヤされてたのに、突然Fランクまで落とされるなんて十分あり得る話だもん。ひとつでも手柄を立てようと、みんな血眼になってるわ』

 

 「これじゃあ歌姫じゃ無くて女王様だな。なんで皆あんなやり方に従ってんだ?」

 

 『生徒達を縛っているのは単純に、ーー恐怖ね』

 

 「恐怖?」

 

 『……ウイルスに侵される恐怖。悪魔達の脅威。横行する暴力。略奪。そんな中、ヴォイドやあの悪魔狩人(デビルハンター)達の力は明解すぎる力だもん。いのりんがヴォイドを使えなくても、バックには四人の悪魔狩人。誰も逆らおうなんて思わないわよ』

 

 「まったく、いつ聴いても冗談みたいな肩書きだぜ。ーーくそったれ、集が無事なら、こんなランク制なんつう差別みてえな真似すぐ止めただろうに……」

 

 集ならヴォイドランク制などという物には、強い忌避感を感じた事だろう。集というストッパーが無くなったのが、今のいのりの姿なのだろうか。

 

 「…私はいのりちゃんが、それだけ必死なんだと思います」

 

 それまで二人の邪魔をしないように黙っていた祭が、いのりを悪く言わないで欲しいと言いたげに二人を見る。

 

 『ーーアルゴ、例え集が無事でもランク制かそれに近い(もの)は施行されていたと思うわ。ウイルスも変異してワクチンも倍必要になったおかげで、余裕なんか一切無いのよ。ーーだから、私や綾ねえはランク制そのものには反対してない。でも、ランクが高い連中が勘違いして、低ランクを奴隷のように扱い出したの。ーーだけど、いのりんはそれについては何も対応しようとしない。抗議したら反逆扱いで、最近まで、今アルゴが入れられてるのと同じ場所に“収監”されてたわ。結果、見事な差別社会の完成よ』

 

 アルゴは数藤と難波が颯太に暴行を行なっていた光景を思い出す。

 

 「ーー……っ」

 

 祭も沈痛な面持ちで、ツグミの言葉に耳を傾ける。

 

 『ーーハレれんには悪いけど、私にはいのりんが憂さ晴らししてるようにしか見えないわ』

 

 「そんな!!」

 

 「待て。憂さ晴らしだと?」

 

 『アイ。集が昏睡状態に陥った原因が、無断で外に出たFランクを助けに行った時に負ったダメージなの』

 

 アルゴは暴行を受ける颯太を嗤いながら見つめていた時の、いのりの顔を思い出した。

 

 『その後よ…いのりんが《生徒会長代理》に就任したのは…ーー』

 

 

 

ーーーー********

 

 その日、ーー生徒達全員が体育館に集められ、臨時全校集会が行われた。

 そこで公表された現生徒会長の桜満集が重症により、意識不明という情報に生徒達は動揺しザワザワと騒ぎ出す。

 

 「静粛に、これは由々しき事態だ。よって我々生徒会は運営を代行する代理を立て、『ヴォイドランク制』を施行する運びになった」

 

 生徒達全員が谷尋の言葉に耳を傾ける。

 

 「生徒会長代理。ーー楪いのり、前へ」

 

 誰もが谷尋が代理となるとばかり思っていた。しかし、谷尋の言葉と壇上に歩み出た少女に誰もが驚愕した。

 

 「いのりさん!?」

 「会長代理ってどう言う事だ?」

 「私達…これからどうなるの?」

 「そうだ…ヴォイドを出せないんじゃあ、俺たち…ーー」

 

 壇上に立ついのりを見て、生徒達は驚きと不安を漏らす。

 

 「綾瀬ちゃん…?」

 

 「わ、私もなにもーー」

 

 他の生徒以上に動揺していたのは、祭や綾瀬とツグミだった。

 

 「ーー私がシュウの代わりになる…。楪いのり…。『EGOIST』じゃない、楪いのり…」

 

 マイクを握るいのりを見ても、綾瀬は信じられない気持ちだった。

 いまだにザワザワとどよめく生徒達にいのりは淡々と『ヴォイドランク制』の説明を台本を読み上げるように話し出した。

 生徒達は状況について行けず、戸惑いザワザワ騒ぎ出している。

 しかし綾瀬達の動揺はそれ以上だった。

 

 ふと気付くとそんな中、谷尋と亜里沙だけは全く驚いた様子は無く、冷静に説明を続けるいのりの後ろ姿を見守っていた。

 

 (何か知ってるの…?)

 

 綾瀬は二人を訝しんだ。

 

 そうこうしている内に説明が終わった。

 体育館は沈黙に包まれていた。

 全員が理解が追いつかず目を見開いて、壇上のいのりを呆然と見る。

 

 「ーー以上…。分かった?」

 

 いのりは一方的に話を打ち切り、そのまま背を向けて去ろうとした。

 

 「ふ…ふざけるな!!ーーこんな差別認められるか!!」

 

 ようやく一人の生徒が金縛りから解かれ、いのりに詰め寄ろうとした。

 

 「ーーそ、そうだ!こんなの俺達に死ねって言ってるようなものじゃねえか!!」

 「ちょっと有名だからって!!調子乗ってんじゃないわよ!!」

 

 それを皮切りに、大勢の生徒が一斉に反対の声を上げ始めた。

 しかし、いのりは無反応で壇上から去ろうとする。

 

 「ざっけんな無視してんじゃねえ!テメエこそ、ヴォイド出せねえ役立たずじゃねえか!!」

 

 壇上から一番前の生徒がそう叫んだ時、いのりの足が止まった。

 いのりを論破したと見た生徒はさらに言葉をぶつける。

 

 「テメエこそ“F”ランクだ!!このテロリスト、葬儀社のクズが!!」

 

 「…………」

 

 いのりがゆっくりその生徒に振り返る。その瞬間、「うっ」と声を漏らしてその生徒が硬直する。

 

 「ーーあなた、前に出て…」

 

 騒いでいた生徒が僅かに躊躇いながらいのりの言葉に従い壇上に上がる。いのりの二回りはでかい体格でがっしりとした三年だった。

 いのりは懐からナイフを出すと、その生徒の足もとに転がす。

 

 「ーーそれを拾って私を刺して…」

 

 「いのりちゃん!!」

 

 「いのり、なに言ってんの!!」

 

 祭と綾瀬が思わず声を上げる。しかし、いのりの一瞥がそれを黙らせた。

 

 (まるで別人みたい…)

 

 あまりにも冷たい視線。

 集が居ない事がここまで彼女を変えてしまうものなのか…。

 彼女にとって集がそれ程大きな存在だと、綾瀬の想像を超えていた。

 

 「来ないなら私からいく…」

 

 ナイフを拾ってもオロオロ狼狽る大柄な男子生徒に、いのりがトンッと軽い足取りで踏み込んだ。

 

 「ひっーー!?」

 

 瞬きする間に目の前に現れたいのりに、その生徒は引き攣った声を上げる。

 

 そこからは一方的な暴力だった。

 いのりは葬儀社の中でも飛び抜けた。ダンテ程では無いにせよ人間離れした身体能力の持ち主だ。

 そこそこ鍛えた程度の学生に太刀打ち出来る筈はない。

 

 「…も…もう、ゆるーーじ」

 

 そう言おうとした男子生徒の顎を、いのりは容赦なく蹴り上げた。

 

 「いのり、もうやめなさい!!死んじゃうわよ!?」

 

 「ーーーーっ」

 

 声を上げた綾瀬をいのりは睨みつけた。しかし、今度は綾瀬も怯まなかった。

 

 「……やめてっ…!」

 

 今すぐこんな事は辞めさせないと、綾瀬はその一心でいのりに呼びかける。隣の祭が両手で顔を覆ってすすり泣く。

 いのりは身体の力みを解き、男子生徒に渡したナイフを拾うと、当の血とアザにまみれた男子生徒から踵を返してその場を去ろうとした。

 

 「ふ…ふざけるな!!こっちにはヴォイドを持ってる奴がこんなにいるんだ!!」

 「そ、そうだ!!人数は俺たちの方がーー」

 

 叫ぶ生徒達が壇上に殺到しようとしたその時、ーーズトン!と音を立てて、鍔に髑髏の装飾がある銀色の剣が体育館の天井から床に突き刺さった。

 

 生徒達は突然現れたリベリオンに硬直する。

 同時に天井からダンテが赤いコートを靡かせながら、降り立った。

 

 「ーーおい、さっきまでの威勢はどうした?」

 

 呆然とダンテを見る生徒達にそう挑発するが、誰も動こうとはしない。ダンテはそんな生徒達を鼻で笑うと、生徒達から背を向けてていのりの後ろに続いた。

 

 あまりにも突然そして理解し難い出来事が次々と起こり、谷尋と亜里沙を除いた壇上の綾瀬達も他の生徒達同様、その光景をただ見守ることしか出来なかった。

 

 

 

********ーーーーーーーーーー

 

 

 

 生徒会室は沈黙に包まれていた。

 ルシアも亜里沙もそれぞれ割り振られた寮に戻った所だ。

 

 「聞いているのか?ーー楪」

 

 「ーーなに?」

 

 いのりはソファに座ったまま、谷尋に振り返る事なく無感情に返事をする。

 

 「颯太の事だ。ーーいくらなんでもやり過ぎだ。目の前で暴行を見逃すなんて…一度はお前の案に乗ったが、私情を挟むのなら抜けさせてもらう」

 

 「……気になるのなら、あなたが彼らを罰すればいい…」

 

 変わらず冷たく無感情に答えを返した。

 

 「…もう颯太は限界だ。早くワクチンを投与しないと、第二ステージまで症状が進行する」

 

 「………」

 

 いのりが颯太を恨む気持ちも分かる。だがこんな事が続けば、颯太は本当に命を落としかねない。

 “見せしめ”としての役割ならもう十分だ。

 

 「楪…もう颯太をーー」

 

 許してやれーーと言おうとした。

 

 

 

 

 

 「ーー死んじゃえばいいのよ」

 

 

 

 

 

 そんな歌うようにも、囁くようにも聞こえる声がいのりの口から聞こえた。まるで別の人格に切り替わったような悪意に満ちた笑みと口調に、谷尋は一瞬凍り付く。

 しかし、すぐに我に返りいのりに詰め寄った。

 

 「なっ!…何を言っているんだ!!」

 

 「………」

 

 谷尋がいのりの計画に乗ったのは、自分と同じものを感じたからだ。

 大切な人を守る為ならどんな罪でも被ってもいい。谷尋は自分が弟を救おうとしていた時と今のいのりの姿を重ねていた。

 そこまで集に想いを寄せていた事に驚いたのも、手を貸す気になった理由の一つだ。

 

 だが、その個人的な恨みや感情を颯太一人に晴らそうとしているのなら、これ以上共犯者になる気は無い。

 

 「お前…こんな事を集が望むと思うのか?」

 

 「……そんなこと、ーーあなたに言われたくない」

 

 いのりが初めて谷尋を見ながら、立ち上がる。

 

 「あなたはシュウを裏切った…」

 

 「ーーっ!!」

 

 「シュウはあなたの事を信じていた…友達だと言っていたのに……。ーーあなたにシュウの気持ちが分かる?裏切られて、GHQに売られたシュウの気持ちが…」

 

 「それは……」

 

 「あなたにどんな理由があったかなんて知らない…!シュウがどうしてあなたを許したのかなんて分からない…!」

 

 いのりは目を見開く谷尋の腕を掴み、万力のような力で骨を締め上げた。

 

 「ーーだけど、私はあなたをシュウには触れさせない…絶対に!」

 

 「……ーーぐっ!!」

 

 ミシミシと骨が軋み、谷尋が呻くと同時にいのりは谷尋を解放した。

 谷尋は掴んだ跡がくっきり残るアザをさすりながら、後ろによろめく。

 

 「ーーっ俺を側近に選んだのは、俺を見張るためか…?」

 

 「………」

 

 「たしかに、俺に友情を語る資格は無いかもしれないな……」

 

 谷尋は痛みと、悔しさ、後悔など様々な感情に顔を歪ませる。

 

 「だが、それはさっきのお前の発言を見逃す理由にはならない!!」

 

 「…なんのこと?」

 

 「とぼけるな!!“死ねばいい”だなんて、間違ってもーー」

 

 「…そんな事、言ってない」

 

 「ーー……っ!?」

 

 いのりがとぼけているようにも、嘘を言っているようにも見えなかった。逆に谷尋が急に妙な事を言い出したと言うように、不審げな顔で谷尋を見ている。

 

  (……聞き間違い…か?)

 

 なら、あの悪意に満ちた笑みも見間違いなのだろうか…。

 

 本当に心当たりが無さそうないのりに、谷尋は困惑した。

 あの一瞬見えたいのりは今とその直前と比べると、別人のようだった。

 

 もっと追求すべきだという考えがある反面、尋常じゃない胸騒ぎを感じ、谷尋は判断に迷った。

 

 「……これだけは聞きたい。あの日、颯太と一緒に外に出た生徒達数人が襲われている。本人たちは口が聞けない状態で…何か知らないか?」

 

 「?…知らない…」

 

 「……そうか…」

 

 いのりは顔色を変えず、あっさり答える。

 そんな話初めて聞いたという態度のいのりに、谷尋はそれ以上追求しなかった。

 谷尋は話を切り替える意味も込めて、深く息をはいた。

 

 「…集の願いは、全員が生きてここを出る事だ。もういいだろう…颯太の事、許してやれ」

 

 「………………っ」

 

 いのりは長い沈黙の後にようやく頷く。谷尋がそれを見て肩の力を抜くと同時に、谷尋の携帯から着信音が流れた。

 

 「寒川だ」

 

 『申し訳ありません!!捕らえていた葬儀社が逃げ出しました!!』

 

 生徒の焦った声が受話器から聞こえる。いのりを見るが、彼女はいつもの無表情で何をするでも無く窓から外を眺めていた。

 

 いつもの事だ。

 彼女にとって優先すべき事項は集を守ることーーそれだけだ。

 谷尋自身もそれを理解した上で、彼女に協力している。

 生徒の取り仕切り彼らを守るのは、谷尋の役目だ。

 

 「全生徒会親衛隊に通達、捕虜が逃亡した。至急拘束せよ」

 

 受話器の向こうの生徒は、冷静な指示に二つ返事で返した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「供奉院の寮はこの先なんだな!」

 

 『ええ。も〜動くなら前もって言ってよ!』

 

 ふゅ〜ねるとの別れ際に渡された無線機を耳に着け、アルゴはSクラスの寮を目指していた。

 

 「敵を騙すなら味方からって言うだろ?」

 

 『私達騙してどうすんのよ!ーーそんな事より、今から供奉院のとこ行ってどうすんの?脱出、断られたんじゃないの?』

 

 「そうなんだが…本心から言っているようには見えなかった。もう一度会って聞いてみてえ、一人の時にな…」

 

 『ーー勘?』

 

 「そんなところだ」

 

 無線機の向こうから、ため息をつくのが聞こえた。

 

 「ツグミ、お前はどうする?脱出するならーー」

 

 『遠慮しとく…綾ねえほっとけないし。今のいのりん刺激したく無いし』

 

 「そうか……」

 

 会話して気が抜けていたのか、アルゴが曲がり角に差し掛かった時、 目の前に懐中電灯を持った二人の女子生徒と鉢合わせしてしまった。

 

 「しまっーー!」

 

 「きっーーきゃあああああ!!」

 

 アルゴはその悲鳴から逃げるように近くの体育館に転がり込んだ。

 隠れる場所の無い一階は避け、二階の観覧席で身を隠そうと考えた。

 

 「誰だ!!」

 

 「まさか、例の逃亡者!?」

 

 しかし、そこにも生徒達がいた。二人の生徒がヴォイドを構えてアルゴを威嚇する。その二人に守られるように校条祭もそこにいた。

 

 「アルゴさん…」

 

 祭はアルゴがここに居る事に驚いたように目を大きく開いていた。彼女の手元を見ると、車か何かのエンジンや医療機器からするりと包帯のヴォイドが解けるところだった。

 

 「そこを動くな!!」

 

 二人の生徒はアルゴの逃げ道を塞ごうと素早く階段を回り込んだ。

 

 「…ヴォイドを持ってるからって、調子乗んなよ?」

 

 アルゴは袖口に隠していたナイフを抜き、両側を塞ぐ生徒達を牽制する。銃は取り上げられてしまっているが、もとより使うつもりは無かった。

 

 「うーーうおおおお!!」

 

 前の男子生徒がハンマーのヴォイドを振り上げて、迫って来た。

 アルゴは生徒の懐に飛び込むフェイントをかける。

 

 「ーーっらあぁ!!」

 

 それに見事にはまり男子生徒はハンマーを振り下ろす。アルゴは即座にバックステップして鼻先ギリギリで躱すと、腹に蹴りを叩き込んだ。

 

 「やぁああ!!」

 

 背後から女子生徒が裁縫の針のヴォイドを、槍のように構えて突進する。アルゴはナイフでそれを逸らすと、女子生徒の背後にまわり絞め落とした。

 

 失神して倒れる女子生徒を座席に座らせると、すぐに反対側の出入り口に向かおうとした。

 

 「動かないで下さい!!」

 

 「ーーっ!」

 

 階段上の祭の声に振り返る。

 彼女の手には銃が握られており、銃口は真っ直ぐアルゴに向けられていた。

 

 「………」

 

 驚きこそすれ、動揺自体はあまり無かった。

 しかし、気弱そうで心優しそうな少女が、銃を握る光景にアルゴは僅かに心痛める。

 腰が引けた構え方だったが、握り方も狙い方も素人臭さを除けば、欠点らしい欠点が見えない。

 

 「私のヴォイドなら即死でさえ無かったら、致命傷でも治癒出来ます。……でも出来れば傷付けたく無いです」

 

 「誰から使い方習った?」

 

 「……レディさんから…。みんなには言ってません」

 

 心配かけると思ったから…と小さな声で漏らす。

 

 「通してくれ」

 

 「出来ません……」

 

 彼女の決意の固さを測るのは、銃をしっかり握る手を見れば十分だった。

 

 「集が…あんな風になってしまってから、考えたんです…どうすれば集を、いのりちゃんを…みんなを…守れるか…」

 

 「…お前は、いのりがやってる事が正しいと思うのか?」

 

 「思いません…。でも私に何を言う資格はありません」

 

 祭は震える声で、僅かに目に涙を溜める。

 しかし、それでも視線と銃口はしっかりとアルゴをとらえている。

 

 「私は気付けなかった…止められなかった…。いのりちゃんが何で皆に酷いことをするのか…今まで全然分かんなかった」

 

 「今まで…?」

 

 「お願いです!戻ってください!!ーーもう、いのりちゃんを苦しめないで!!」

 

 「校条!!」

 

 祭の叫びと同時に、アルゴの後ろから銃を持った谷尋が現れた。

 

 「ーー谷尋くん?」

 

 祭の意識が谷尋にそれた瞬間、アルゴは弾かれるように祭に向かって階段を駆け上がる。

 

 「ーーちっ!」

 

 谷尋はアルゴを狙うが、角度のせいで祭に流れ弾が当たると判断して、銃を下げて走り出す。

 

 「ーーぁっ!」

 

 祭が気付いた時には、アルゴは目の前にいた。

 銃を構え直そうとする祭の手から銃を払い落とし、細い首に腕を回して抑え込んだ。

 

 「アルゴ…さん」

 

 「…わりぃな…、やっぱアンタはこんな事に向いたタイプじゃねえよ」

 

 チョークスリーパーを掛けられた祭だったが、苦しさは感じずアルゴを見ようとする。

 力は込めず本当にただ捕まえているだけだ。

 

 「校条を離せ!!」

 

 「テメエこそ銃を下げな。そんで外の奴らにも道を空けるように言うんだ」

 

 「…出来ない相談だ」

 

 そのまま永遠に続くような睨み合いが続くかと思われた。しかし、そうはならなかった。

 

 ドォオンッ!!

 爆発音がそんな予測を引き裂いた。

 

 「なんだ?」

 

 爆発音はそう離れていない。実際僅かに胃を突き上げるような振動を感じる。

 

 「正校門から…?」

 

ゥゥゥウウウウウウウウウウ

 

 「……このサイレンは…」

 

 けたたましいサイレンが響き渡る。

 谷尋は眉をひそませる。銃口と視線を油断なくアルゴに向けながら、携帯を何処かに掛けてスピーカーをオンにすると携帯をアルゴに向ける。

 

 「花音。何が起きた…?」

 

 『谷尋!その…避難者が何人も校門前に来てて…それで、ーー』

 

 「結論を言ってくれ…」

 

 『悪魔よ!!レディさんが仕掛けた結界を門ごと壊して襲ってきたの!!』

 

 「…分かった。すぐに対応する。安全を確保しつつ敵の捕捉を続けてくれ」

 

 花音の返事を聞き終わる前に谷尋は電話を切ると、銃をホルスターにしまう。

 それを見てアルゴも祭を解放する。

 

 「…聞いての通りだ」

 

 そう言って、ホルスターのベルトを外すと、銃が収まったままアルゴに差し出した。

 

 「……気持ち悪いくらいの気の変わりようだな…」

 

 「最善だと思う判断をしているだけだ。それにこの状況で、悪魔共をすり抜けて逃げ切れると思ってるのか?アイツらは鼻がいい…ここを出た瞬間に見つかるぞ。脱走するにせよ、俺たちに捕まるにせよ、生き残れなければ話にならない」

 

 遠くから、銃声と爆発音が何度も響き渡る。

 

 「ひとつ取引だ……。事が済んだら“供奉院亜里沙”ともう一度、二人きりで話をさせろ。それでもしまた断られたら、俺もここに残る。だが、供奉院のお嬢様が脱出を望んだらーーー」

 

 「お前の働き次第で、考えてやってもいい……」

 

 嫌味な奴だと吐き捨てながら、アルゴは差し出された銃とホルスターを受け取った。

 

 

 

 

 




※修正
ダンテパートを数カ所追加。
他、少々の修正

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