ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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おくれましたがギルクラ 放送9周年おめでとう!!

それとお気に入りご登録4桁到達!!
ありがとうございます!!!今後も精進いたします!!

こんな事書いといて、今回暗いお話でごめんなさい。



#45毒蛇-③〜chrysalid〜

 あの暗闇から引き上げられたのが、もう遠い過去のように感じていた。

 ダンテに助けられてしばらくの内は、毎日のようにあの暗闇と怪物達の悪夢に悩まされていたが、ダンテと暮らすようになってからはそれも無くなった。

 

 「さあ、着いたわよ。寝てる?…集っ」

 

 「起きてるよ。……ハルカさん」

 

 運転席の春夏の声に集は窓ガラスにくっ付けていた額を離した。

 助手席のドアを開けて、集は長旅に固まった身体をほぐした。

 二人は駐車場からマンションの正面玄関にまわる。そこにはたった今作業を終えたであろう引っ越し業者が、ブルーシートをそそくさ片付けていた。業者とすれ違った住人に短い挨拶を交わし、マンションの管理人に連れられて、二人は自宅となる自室に着いた。

 プレートにはまだ名札は無く、この部屋がまだ誰のものでもない事の証明のようだった。無論、とっくに引越し業者が大量の荷物を運び込んでいるのだが。

 

 管理人に鍵を受け取った春夏は勢いよく扉を開く。

 

 「さあ、ここが新しい我が家。ーー最初の第一歩!よっ!」

 

 月面に辿り着いた宇宙飛行士のごとく、春夏は部屋の玄関にピョンとジャンプし、両手を左右に広げて着地した。

 

 「…何してるの?」

 

 「景気付けよ!集もやってみなさい」

 

 「やだ」

 

 やたらテンションの高い春夏を無視して、集も玄関に足を踏み込もうとした。

 

 「どうしたの?」

 

 「…………」

 

 いつまでも部屋に入ろうとしない集を不思議に思い、春夏が振り返る。集はしばらく黙って春夏の顔を見る。

 

 「た…ただいま。…母さん」

 

 「……っ!」

 

 春夏は少し目を見開く。

 正直なところ集は春夏の事をなんと呼ぶべきか、ここに来るまで悩んでいた。

 血の繋がった肉親ではない事は、最初に手紙が来た頃から明かされているし、突然現れ、集を引き取りたいと言って来たのだ。

 整理がつかないまま、集は日本に()()した。

 

 とは言え…これから家族として一緒に暮らすのだ。

 いつまでも他人行儀とはいかない。

 

 「…おかえり…集」

 

 春夏は微笑みを返す。

 その目に少し涙を浮かんでいる事に、集も春夏自身も気付く事は無かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 春夏から連絡が来た時は驚いた。

 

 春夏が集の事に気付いた切っ掛けは、集とダンテが巻き込まれた、ある大型クルーズ船の沈没()()がきっかけだった。

 もちろん悪魔がらみの()()だった。悪魔の存在自体は公表されなかったが、セレブも巻き込んだかなり大きな事故だったのでニュースでも大々的に報じられた。

 春夏はたまたま生存者リストの中で、行方不明の息子の名前を見つけ、まさかとは思いつつ調査に乗り出した。

 

 自分を知る家族と再会できると知った時、嬉しさより驚きが勝った。

 集に残った唯一の記憶は辺り一面に広がる炎の海だったのだ。

 故郷で自分を知る人々は全てあの炎に飲まれたものだとばかり思っていたので、突然現れた身内に集は困惑した。

 

 そして苦労の末『デビルメイクライ』に辿り着いた春夏に自分は記憶喪失である事を伝え、同姓同名の別人かもしれないという悲観を互いに抱えつつ、二人は再会した。

 その時幼い頃の集の写真を見せられ、集は春夏が本当の家族だと確信した。

 

 しかし、日本で一緒に暮らそうと言われた時は、その日のうちは答えが出無かった。一晩中寝ずに考え、パティから「今まで他人の為に自分の人生犠牲にして来たのだから、少しくらい自分の為に生きて欲しい」という内容の説得を懇々とされ、ついに決心した。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 日本に来たばかりの集でも、家賃が張るであろう事はすぐに分かった。

 なんでも集が春夏と共に暮らす事を決めた時には、彼女は二人で暮らすための物件を買っていたらしい。

 集も春夏も持ってくる荷物は多くなかった。

 むしろ春夏が新しく買い揃えた家具の方が多いくらいだ。

 

 集は自室で持って来た本を本棚に並べると、一息つく。

 悪魔退治の道具も持って来たかったが、パティに止められた。

 春夏には悪魔に関する情報を伝えないと決めたので、結果としては良かった。とりあえず当たり障りのない本やアクセサリーにしか見えないような類の物しか持って来て無い。

 

 「せっかく奮発して買ったのになぁ…」

 

 割と高価な物を自腹で購入していただけに、やはり少々名残惜しい。

 

 ふと勉強机の上に置いた写真立てが目に入る。

 最後の思い出にとパティがダンテを引っ張って撮った写真だ。自分の両隣にはパティと、面倒臭そうな顔をしたダンテ、さらに両側にはトリッシュとレディが写っている。向こうで撮った唯一の写真だ。

 

 「…っと母さんを手伝うか」

 

 思い出にひたるのは後回しに、集はリビングへ向かった。

 

 「こっち大体終わったから、こっち手伝うよ」

 

 リビングを覗くが、春夏の姿は無い。

 

 「……母さん?」

 

 床には食器の入ったプラスチックの大きな箱が置いてあった。

 衣類や小物、本が入ったダンボールがあちこちに散乱した中にーー

 

 「お前は…」

 

 ーー男が立っていた。部屋の電気もついているし、外の光もそこまで強く無い。だというのに男の顔が逆光のように影で見えない。

 最初部屋を覗き込んだ時は明らかに誰も居なかったはずだ。

 この男はいつどうやってあの場に立った?

 

 「ーー随分とくだらない事を疑問に持つものだな」

 

 その声を聞いた瞬間、男の顔から影が剥がれた。ーー知っている。その声も、その顔もよく知っている。

 

 「……“茎道 修一郎”…っ!」

 

 気付くと集は激情のままに駆け出していた。

 めちゃくちゃな怒号を上げ、そして目一杯握り込んだこぶしを振り上げ、茎道の顔に叩き付けた。

 

 しかし、突然茎道の姿が煙のように消え、こぶしは空を切った。

 集は怒りに顔を歪ませたまま、すぐ後ろに振り返った。

 

 「随分と物騒だな…私が何かしたか?」

 

 「“何か”だと!?ふざけるな!!」

 

 茎道は集の激昂に眉ひとつ動かさず、機械のように無感情に集を見ていた。

 

 「お前がした事で…どれだけの人が死んだと思ってる!!」

 

 「確かに…。第二の『ロストクリスマス』は私の手で引き起こした。しかし、こうも考えられるだろう?一度目の『ロストクリスマス』さえ無ければ、二度目は無かった」

 

 「何が言いたい!」

 

 「忘れた訳ではなかろう?10年前のあの日…お前が真名を拒み、突き放した事がトリガーとなってあの災厄が起きた。10年前も今回も貴様の過ちで人々は死んだのだ。ーー哀れな犠牲者共も桜満真名もお前が殺したんだ」

 

 「ふざけるな!!そんな詭弁が通ると思うか?」

 

 「そうかね?君はあの時、始めから真名を救うという選択肢を捨てていたじゃないか」

 

 「ーーっ!!」

 

 「説得していれば…その手を握れば、『ロストクリスマス』は…。いや、桜満真名は救えたかもしれなかったというのに…ーー」

 

 「あぁーーっ!」

 

 「だが君は拒絶した。ーー彼女を《化け物》と呼んで!」

 

 「っ!!?」

 

 何も言い返せない。

 溜め込んだ怒りが行き場を無くしかけ、拳を固く握った。

 だが、すぐにこの男に対しての煮えたぎるような憎しみがよみがえった。

 

 「望んでそうなったんじゃない……」

 

 「ーーこの期に及んで言い訳か?」

 

 この茎道が本物では無い事くらい分かっている。

 しかし、例え自分が作り出した幻影だとしても、この男に自分の罪を責められるいわれは無い。

 

 「だが、お前は違う!!望んで…どうなるか知っていて!お前は第二の『ロストクリスマス』を起こした!!お前は自分自身の悪意で大勢の人を惨たらしく殺した!!」

 

 「ーーーー」

 

 「お前に僕を責める権利はない!!違うか!!」

 

 

 「”どうなるか知っていて“か…、ならばあの時、なぜ彼女の手を振り払った?幼い頃とは言えお前でも真名に何かが起きた事くらい気付いた筈だ」

 

 「っ…!」

 

 「確かに、あのような大惨事が起きるとは想像しろと言うのは酷な話だ。しかし、あの時彼女を突き放せば、真名の何かが壊れてしまうかもしれないと…一欠片も思わなかったと言うのか?」

 

 茎道の言葉に集は酷く動揺した。

 気付かないはずが無い。例え、あの惨劇が起こらなくても、大切な家族から「化け物」と呼ばれれば、彼女の心には永遠に消えない傷ができていただろう。

 気付いていた…。気付いていたのに…。

 

 「“トリトンも真名も俺が守る”……幼い君はそう言っていたではないか」

 

 「ーーあれはっ!!」

 

 「そうだ!ただの()()()()()()!ーーだが、お前のその言葉に真名がどれだけ救われたと思う?どれだけ安堵したと思う?」

 

 「…………っ」

 

 「だが、お前は裏切った。真名の安堵も、期待も、希望も何もかも…。ーーそして未来もお前が奪い去った!!」

 

 「……めろ…」

 

 耳を塞ぐ。それでも茎道の言葉は容赦なく集の心をえぐり取っていく。

 そうだ…何かのせいで真名が変えられてしまったのだと子供ながらに、気付いていた。そしてそれが彼女の身体に出来た結晶のせいである事も気付いていた。

 だが集は恐怖にとらわれてしまった。

 別人のようになってしまった最愛の姉が恐ろしくて堪らなかった。

 

 「お前は恐怖に負けて見捨てた。そしてーー」

 

 茎道が言葉を切って、うずくまる集の肩に手を当て耳元に顔を近付けた。

 

 「ーー“姉さんは命を落とした。罪もない人々と共に”ーー」

 

 一瞬自分が言ったのかと錯覚した。

 後ろにいる“男”は茎道では無く、集の声でそう言ったのだ。

 

 「違うっ!!」

 

 悪寒が走った。

 思わず背後の男を突き飛ばした。

 

 ドグシャッ

 それは床に倒れる前に泥のように形が崩れ、床にぶち撒けられた。

 

 「っ!!」

 

 さらに集はベランダから見える光景が一変している事に気付いた。

 集は慌ててベランダから外へ出る。

 

 「なん…だ、これ…」

 

 あたり一面が血の海となっていた。空は奈落の底の様な真っ黒な闇に変わっている。まるで何かの巨大な生き物の胃袋の中のように、生臭さと粘りつく様な空気。とても長い時間いて良いような空間では無いと、本能的に悟れる程重い空気が立ち込めていた。

 

 その海の中にポツンと小さな孤島があった。

 

 「ーーいのり…?」

 

 その島に一人立っている人物に集は眉を顰めた。

 いのりのすぐ後ろの空間から茎道が姿を現した。

 まるであの時の再現のように、茎道はいのりのそばに立つ。

 

 「なっ!!」

 

 茎道は純白のベールを被ったいのりの肩を後ろから抱き寄せた。

 

 父を奪い、多くの人々の未来を、家族を奪い、挙げ句の果てにいのりまで奪おうとするあの男が許せない!

 

 抑えきれない憤怒に集の心は支配されていく。

 

 「…ふざけるな。お前はどれだけ…いくつ僕から大切な物を奪えば気が済むんだ!!」

 

 茎道は集の怒りを浴びながら、口端を裂いて気味の悪い笑みを浮かべる。さらに集に見せつけるように、蛇のように指と手がいのりの身体を這い回せる。

 

 「い…やぁっ」

 

 いのりは身体をよじらせ、茎道から逃れようとする。

 茎道は涙を浮かべるいのりの顔を強引に掴み、唇を奪おうとした。

 思考が白くなる。

 自分でも凄まじい形相になっている事が分かった。

 

 「 茎道オオおおおっ!!」

 

 血の海に飛び込み、駆け出した。

 足を絡めとるような、地面とは言えない血の海の底を蹴る。

 

 いつの間にか右腕に『ハサミ』を握っていた。

 谷尋のヴォイドである“命を断つハサミ”。

 

 それに何の疑問も抱かず、集はひたすら茎道を睨み続ける。この場所が自分が見ている夢のような場所である事も忘れ、ただ憎い男に純粋な殺意をぶつける為に血の海を渡る。

 

 「あああァァァアアアっ!!」

 

 そして一切の躊躇いを見せず、ハサミを茎道の胸に突き刺した。

 肉を骨を引き裂く感触が、手に伝わる。

 

 その瞬間、闇が広がる。

 手と足から地面や物、空気に触れている感触が消え、何も無い空間に突然投げ出された。

 

 虚無。

 その中から声が聞こえた。

 

 『ーーお前の魂。肉。皮。骨。全て喰らってくれる』

 

 その虚無の中にずっと潜んでいた魔物は低く笑いながらそう言った。

 

 

 

********************

 

 

 

 

 「ーー戻れと?なぜ急に」

 

 『お疲れのところ申し訳ないですねぇ…。実は桜満集を監視していたカメラが戦いの影響で故障してしまったようでして。少尉が現地に行って直接観察してもらえれば助かるのですが…』

 

 「ーー命令ですか?」

 

 『嫌ですか?』

 

 嘘界の言葉にダリルはしばし考え込む。正直に言えばもう奴らと関わるのはごめんだった。

 アイツらの声を聞くたびに、姿を見るたびにどんどん自分が分からなくなっていく。

 自分の知らない自分に変わっていく感覚。その感覚が不愉快ではない事が余計にダリルを困惑させていた。

 

 「何をすれば良いですか?……攻撃ですか?」

 

 『いえいえ、ただ見ていてくれるだけで結構です。ですが…十分気を付けてくださいね』

 

 「はぁ…?」

 

 今更何を言うんだと言った調子でダリルは眉をひそめた。

 

 『衛星カメラからでは爆煙でよく見えませんが、何やら異様な変化を遂げたようです』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 頬を裂いたような笑みを浮かべ、ゆらゆらと幽霊のように揺れ動く少年をネロは油断なく睨んだ。

 

 「答える気がねぇのか?それとも言葉が分からないか?」

 

 人間の肉体や死体に悪魔が憑依すること自体、珍しくもなんともない話だ。しかし、問題はそんな悪魔がダンテの魔力を持っているという点だ。

 

 「ひひひgひひjひいひいいひひっひひーーー」

 

 「ハッ。随分とご機嫌だな」

 

 「待ってください!!」

 

 レッドクイーンを構えた時、少年の後ろにいる茶髪の少女が声を上げた。

 

 「お願いです!!集を殺さないで!!」

 

 「!!」

 

 青ざめた顔で必死に訴える少女が口にした名前。聞き覚えがあった。

 

 (ーーシュウ…?シュウだと!?)

 

 もう一度、少年の顔を見る。

 いつの間にか顔の火傷があった部分から“鱗”が爬虫類のように並んで生えていた。それでもどこか面影を感じた。

 

 「お前…本当にあのガキなのか?」

 

 ならばこの姿はなんだ?ダンテの魔力を持っているこの蛇は?ダンテは全て分かっているのか?

 疑問がいくつも湧いて来る。

 

 「シュウ…?」

 

 ゴキッ

 突然、骨が折れているのでは無いのかと思うほど、不自然に首を曲げていのりと祭を見た。

 

 「ーーーっ!?」

 

 火傷のあった顔の半分が鱗で覆われているのを見て、二人は息を呑む。その瞬間、集の背後の尾が大きく動いた。

 

 「ちっ!」

 

 いち早く気付いたネロは地を土を削る程強く蹴ると、一瞬で集の懐に飛び込んだ。集が異常にゆっくりした動作で振り向こうとした時、ネロの蹴りを土手っ腹に受けた。

 ドスンッ

 鈍い音を立てて、集の身体がくの字に曲がり吹き飛んだ。

 工事現場の資材や瓦礫に激突し、集はグッタリと動かなくなった。

 

 「シュウ!!」

 

 駆け寄ろうとしたいのりと祭をネロが手で制する。

 

 「…まだピンピンしてやがる」

 

 「え…?」

 

 魔力の波動がまるで衰えていない。さっき蹴り飛ばした時も、鉄板を蹴ったような感触がした。あの尾を防御に使ったのだろう。

 

 「おい!!戦いの最中に寝ぼけやがって!随分と余裕があるじゃねえか!!」

 

 ネロはブルーローズを抜いて集に銃口を向ける。

 すると倒れていた集の身体がそのまま空中に浮かび上がった。相変わらず気味の悪い笑みを浮かべ、真っ黒に染まった目でネロを見る。

 

 「ーーテメエがどこの誰かは知らねえが…。今すぐその坊主の身体を返すなら見逃してやる」

 

 集は再び笑い声を上げるとゆらゆらと首を動かして、着たばかりの服の調子を確かめるような仕草をする。

 

 『カエ…ス?ーーヒッ…かえす。カエス?かえす!ーーヒヒャ!カエす!?カエス!かえす!!キャハッハッハハハハ』

 

 「会話になりゃしねぇ…」

 

 ネロはウンザリして舌打ちをする。

 

 「あの…ダンテさんの知り合いですか?」

 

 「知り合いって訳でもねえよ…。だが…ダンテを知ってるって事は、やっぱりアイツもこの国にいやがるんだな」

 

 もう一度周囲に神経を尖らせる。すると僅かに離れた場所からもうひとつダンテの気配を感じた。おそらくそちらが本物だろう。

 気配自体は壁の中に入った時点から感じていたが、今の集を見て例の魔術師が何かやったものだとばかり思っていた。

 しかしダンテ本人もこの国に訪れているという事は、今回の件は相当にきな臭い。とりあえず会ったら真っ先に集の事を問い詰めてやろう。

 そんな事を考えていると、蛇の尾をバネのように地面を打ち集がもうスピードで迫って来た。

 

 「離れてな!!」

 

 ネロは一歩前に出ると、悪魔の右腕(デビルブリンガー)で正面から突進を受け止めた。

 後ろで少女達が小さく悲鳴を上げる。

 

 「ダラアアア!!」

 

 突進を弾き返すと、力任せに右腕を集の顔面に叩き付けた。

 

 「ぐっ…!」

 

 一瞬、悪魔の声ではなく集本人の声で呻くのが、ネロの耳に届く。

 

 「ーー返す気がねぇなら!!出て行きたくなるようにしてやるよ!!」

 

 レッドクイーンのグリップを捻り、刀身を真っ赤に燃やす。集は咄嗟に尾を盾にするが、剣はその尾を両断して集の身体を高く打ち上げる。

 空中に打ち上げられた集はバタバタともがきながら、足下のネロを見ようとする。

 

 「何処を見てやがる!」

 

 頭上から声が聞こえた瞬間、再び衝撃が襲う。

 地面に叩き落とされた集の身体は車の屋根に突っ込み、屋根を見る影もない状態にした。

 

 『痛い…いたいいあたいあああ!!』

 

 「おいウスノロ!その頭は飾りか!?」

 

 さっきから何もせずネロを見るだけの蛇の頭部を指して、ネロは言った。集が相手を探る様にネロをまじまじと観察する。

 

 「俺と話す気になったか?お前は何者だ。名前くらいは教えろよ」

 

 『な…まえ?』

 

 ネロがそう言った時、集の顔が困惑が浮かんだ。

 

 『ーー私…オレ…僕は…“オウマ“”シュウ“?ちがう…シュウ…』

 

 少女達と目が合った。その時、一瞬その眼に正気の光が刺すのを二人は見逃さなかった。

 

 「シュウ!負けないで!!」

 

 「戻って来て!集っ!!」

 

 『ーーい…の…、は…ーーくっ…ググっくくくぎきひひふふふふfっふヒヒヒ』

 

 

 僅かに正気の光が灯るも、すぐ肩を震わせあの不気味な笑い声を漏らし始めた。

 

 「ちっ、ダメか…」

 

 「ーーまって!!」

 

 「殺しゃしねーよ。動けなくなる程度に叩きのめす必要はありそうだがな…」

 

 集は笑いながら炭化した左腕で、自分が落下した車を優しく撫でた。その途端、悲鳴のような金切り音が辺りに響き渡る。

 それと同時に集が触れている車が振動し、分解され始めた。

 分解された部品はバキバキミシミシと音を立てて、潰れ、歪み、ネジ折られ、歪に変形し集の手の中で組み立てられていく。

 

 「何…あれ…」

 

 やがてその手にコードや車の部品が絡み付いた、歪な剣が握られていた。使わなかったタイヤなどの部品が地面に落ち、ガラガラと騒々しい音を立てた。

 その剣が組み上がると同時に炭化した左腕の表面がボロボロと崩れ落ちた。その下から鱗に覆われて鋭く長い爪を生やした異形の腕が現れ、スクラップの剣を握る。

 

 「面白え…お手並み拝見と行くか!!」

 

 レッドクイーンを地面に突き刺し、グリップを捻る。推進剤が燃え赤化したと同時にネロは集に突進する。

 集もスクラップの剣を振り上げレッドクイーンとぶつかり合い、衝撃波と火花が辺りに舞った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ーー綾ねえ!!」

 

 頭が痛む。頭に着けたバイザーには『緊急切断』の文字が表示されていた。頭痛はその反動なのか、それとも直前に浴びたあの“極光”のせいか。

 ツグミがバイザーを外して、ハンカチで額の汗を拭う。

 

 「どうなったの…集は?」

 

 ツグミは分からないと首を振る。

 

 「起きたか!何があった!!」

 

 「………」

 

 「車の中からも光が見えたけど…アレなんだったの?」

 

 運転席の谷尋と助手席の花音にそう聞かれるが、綾瀬は即答出来ない。今見た光景をなかなか言葉に変えられなかった。

 

 「ーー衛星兵器だよ…“ルーカサイト”って言うんだけど」

 

 「衛星兵器!?そんなもんで攻撃されたのか!?」

 

 「違う!!ーー急いで、早く集とみんなを助けないと!!」

 

 綾瀬の必死な言葉に谷尋は車の速度を上げる。

 1秒経つごとに嫌な想像が、次第にはっきりした形を持っていく。

 

 「あれ!!」

 

 花音が『メガネ』でいち早く生徒達を発見した。数人の生徒が集まって身を寄せ合っている。

 生徒達の盾になるようにルシア、さらにその前にダンテが剣と銃で悪魔達を屠り続けていた。

 

 「うわああああ!!」

 

 「助けてーー!!」

 

 その中から二人の生徒が車に気付き、集団から離れて駆け寄ろうとする。それを悪魔達が見逃すはずが無い。

 

 『ゴガアアアア!!』

 

 一部の悪魔がダンテを無視して、次々と群からはぐれた獲物を追う。

 

 「くっ!」

 

 谷尋は車を止め、サブマシンガンを持って下りようとした。

 

 「ーーたくっ…離れんなって言ったろ」

 

 「なっ!?」

 

 その時生徒と悪魔の間に、ダンテが着地し鼻で笑いながらそう言った。

 谷尋はダンテの行動に目を見開いた。

 こちらに来た悪魔はほんの一部だ。ダンテが守っていた生徒達を狙っていた悪魔の方が明らかに多い。

 ダンテがこちらに来たという事は、悪魔の大群から彼らを守るものはルシア以外ないという事になる。

 

 「ーーえ?」

 

 「何あれ…」

 

 しかし、谷尋達の目に飛び込んできたのは予想だにしない光景に言葉を失った。

 目の前にダンテが一人。そして生徒達が身を寄せ合う前で仁王立ちするダンテがもう一人。

 

 「ふ、二人いる?」

 

 「……あれ?私のヴォイドってダンテさんに使ったっけ?」

 

 ツグミが自分のヴォイドと二人に増えたダンテを交互に視線を走らせる。

 

 「別に不思議がるもんでもないさ」

 

 「………」

 

 ダンテが肩を竦めながら言うが、それで納得できるはずが無い。

 全員が言葉を失っていると、綾瀬が慌てて首を振って我にかえる。

 

 「ーーこんな事してる場合じゃない!!集を助けに行かないと!!」

 

 「その心配も要らねえよ。中々アテになる奴も来たみたいだしな」

 

 しかしダンテは「ーーだが」と言葉を切ると、急に表情が険しいものに変わり、遠くを睨んだ。

 その先に二つの力がぶつかり合っている。ひとつはあの日以来会った事が無かったが、間違える筈がない。ーーネロだ。

 しかし問題はもうひとつの方。

 

 「ややこしい事になってなってやがるがな……」

 

 ダンテの舌打ち混じりの言葉に綾瀬は妙に引っ掛かりを覚えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なんだよ…あれ、アイツら本当に人間か?」

 

 ダリルは二人の人物がぶつかり合う様子をビルの影から伺っていた。

 桜満集から始まり、今まで散々信じられないような力を持つ連中を見てきたつもりだった。

 ーーいや、思えば奴らの底を垣間見えるような戦いなど、一度も無かった。自分もあの怪物達も彼らの前に立って何秒もっただろうか?

 

 「くそっ、そりゃあ勝てる訳がないよな…」

 

 認めるしかない。奴らにとってエンドレイヴなど鉄屑同然だった。自分が奴らに勝てる道理など、初めからありはしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 集が乱雑に振り回した剣をネロは軽くバックステップして躱し、カウンターでその腹に膝を叩き込む。

 

 「ごぽっ」

 

 集は大きく体勢を崩し、後ろに数歩よろめく。

 ネロがブルーローズを抜くのと、右脚を撃ち抜いた。

 

 『………』

 

 集は目だけを動かして二つ並んだ穴が空いた足を見るが、よろめきも痛がる様子も見せなかった。穴はみるみる塞がり集は視線をネロに戻すと何事も無いかのように歩き出す。

 

 「ちっ、時間を掛けてられねぇらしいな」

 

 半透明の蛇の頭が大口を開けてネロに突進する。

 

 「腹ぺこか!?だったらコイツでも食ってな!!」

 

 レッドクイーンのグリップを捻ると、正面から大蛇に向かっていく。

 蛇はレッドクイーンの刀身に喰いつくが、ネロが更に力を込めあっさり口端から胴体を真っ二つに薙ぎ斬る。

 

 『ーーひっ!!?』

 

 集の顔から笑顔が消え、目を見開く。ネロは一瞬で集の目の前まで接近し、顔面に“悪魔の右腕(デビルブリンガー)”を叩き込んだ。

 集の身体はボールの様に吹き飛び、ビルの窓に突っ込み反対側の窓もブチ破る。

 

 

 

 

 

 「うわっ!」

 

 ダリルが突然窓から飛び出した集に驚いて、思わずビルの影から出てしまった。

 

 「しまった!!」

 

 いのりやネロに姿を見られている事に気付き、自分らしくも無い失態に焦りを覚えた。

 

 『ひひひっぎぎぎくくぐぎががっーー!!ふひひっひ』

 

 狂ったように笑いながら血を吐き、骨格が歪んだようにしか見えない集が不自然に立ち上がると、全身から血を吹き出しながらダリルを見た。

 

 「ーーっ!!来るな!!」

 

 その異様な様子に恐怖を覚え、思わずマシンガンの引き金を引いた。

 しかし、集は弾を飛び越え、不気味な左手に握られた剣をゴーチェの身体に突き刺した。

 

 「ぎゃああああ!!や、やめろ!!」

 

 ダリルは必死に集から逃げようと、ゴーチェをでたらめに走らせ何度もビルにぶつかった。

 集がさらにゴーチェに突き刺した剣に力を込め、ねじ込む。

 

 「あぐ!!」

 

 とうとうゴーチェは地面に倒れた。

 その視界に猫耳の少女の姿が目に入った瞬間、ダリルはゴーチェから切り離された。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なんだ!?GHQのロボットがーー」

 

 ビルにぶつかりながら地面に倒れたゴーチェを、生徒達は静かに見守った。しかし、動く気配は無い。

 

 「集っ!!」

 

 綾瀬が最初に地面に転がった集に気付いた。

 

 「集!?おいどうした!!」

 

 血塗れで、ピクリとも動かない。一番近くにいた颯太が慌てて集に駆け寄る。すると集が右手を地面につき立ち上がろうとした。

 

 「良かった生きてんのか!いのりさん達はーー?」

 

 「ーーダメっ!逃げて!!」

 

 ゆっくり身体を起こす集を助け起こそうと近寄った颯太に、綾瀬は悲鳴に近い声を上げた。

 

 「ーーえ」

 

 颯太は呆けた表情で綾瀬に振り返ろうとする。

 その胸の表面を鋭利な刃物のような爪が引き裂く。綾瀬は一瞬、心臓が凍るような思いをした。

 

 「え…なんだ…これ。ーーうわあああ血が血が!!」

 

 自分の胸から流れる血に颯太はパニックになって、集から逃げ出した。這うように逃げる颯太に一瞬で追い付いた集は、左腕の爪を振り上げ再び颯太を切り裂こうとした。

 

 ドンッ

 銃声が響くと同時に集の左腕に弾丸が命中し、集は瓦礫の上を転がった。颯太はその隙に転がるように集から離れようとする。

 ダンテは立ち上がった集に照準を向ける。既に左腕の傷はほぼ塞がっていた。鱗に覆われた顔半分と左腕を見て、ダンテ以外の全員が息を呑む。

 

 「ーーやめて!!」

 

 その時駆け寄ったいのりが集を庇うように両手を広げて、集の前に立った。いのりの赤い目が涙をにじませダンテを見る。

 

 「ーー銃を下ろしてやれ、ダンテ」

 

 「ネロか…久しぶりだな」

 

 祭を背負ったネロがダンテを睨みながら言う。

 

 「…そんなに睨むなよ。俺だって訳がわからないんだ」

 

 さっさと説明しろと言わんばかりに自分を睨むネロに、ダンテは肩をすくめる。

 

 「……い…のーー」

 

 「シュウ?」

 

 「いの…り…、逃げ…て……っ!」

 

 「シュウ、大丈夫だよ?…私は信じてる」

 

 うずくまり頭を抱えて呻く集を、いのりは屈み込み優しく語りかける。集の目はまだ闇色と蛇眼が見える。それでもその両目から血の混じった涙が流れていた。

 

 「ーーシュウは負けない。私知ってるよ?ーーシュウはみんなが大好きだから、必死に戦うんだよね?」

 

 「う…ううううぅ、ぐぅぅう…!!」

 

 集は震えながら鋭く尖った爪を見る。どろどろに血で汚れた爪。

 それを見ている内に震えは大きくなっていく。

 

 「あ……ああぁっ…あっ…ああ」

 

 グチャグチャと自分の胸を掻き毟り出した集をいのりは優しく抱き締める。

 

 「失敗したからって…自分の好きに押し潰されても、自分を嫌いにならないで…自分を責めるなくていいの。私、集と一緒にいて沢山の気持ちをもらったよ?シュウのおかげ。例え…世界中のみんながシュウを嘘つきって言っても、私はシュウの味方だから…」

 

 「…………ぁ」

 

 集の手が止まった。集はいのりから身体を離すと、彼女の顔を見た。微笑みを浮かべるいのりは血に塗れた集の手を自分の頬に撫でさせる。

 

 

 次の瞬間、ドチュッという湿った音と共にいのりの身体が宙を舞った。

 集は背後から現れ、いのりの身体を貫いた半透明の蛇の尾を見て、眼を見開いた。

 

 「いのりぃぃいい!!」

 

 ルシアの叫び声がこだます。(おびただ)しい量の血がいのりの身体から半透明の尾を伝う。

 集はまだ彼女の身体を弄ぼうとする蛇の尾を掴んだ。

 

 「があああああああ!!」

 

 怒りが込められた雄叫びを上げ、両手で尾を引き裂いた。その瞬間、集の身体の周囲を、赤黒い色をした霧が渦になって包んだ。

 蛇の尾は消滅し、いのりの身体が力無く地面に落ちる。

 

 「いのり!!」

 

 「いのりん!!」

 

 綾瀬とツグミがいのりに駆け寄り、抱き起こす。

 

 「いのり、目を開けなさい!!」

 

 「いのりん!!こんな終わり方イヤだよぉ!!」

 

 「ーーいのり…?死なないよね?」

 

 綾瀬とツグミとルシアがいのりに懸命に呼び掛ける。しかし、いのりの意識が戻る気配は無い。腹を貫通した傷から今だ血が流れ続け、口から血を流し顔色がみるみる血の気が引いていく。

 しかし、そんな中一人だけ違う行動を取る人物が居た。

 

 「祭っ!?何してるの!?」

 

 一人だけ名も知らぬ怪物に成り果てようとしている集へ向かって行っていた。

 

 「離して花音ちゃん。いのりちゃんの傷を治す方法はこれしか無いよ!?」

 

 「よせ!!もうアイツは俺達が知る集じゃないかもしれないんだぞ!?」

 

 「ーーそれでもいのりちゃんは信じた!!なら私も信じる!!集はいつのも優しい集なんだって!!」

 

 花音と谷尋を振り払い、祭は集の所へ歩み寄る。ダンテとネロはただ黙って事の成り行きを見守った。

 

 「グウウウウううう!!ーーっがああぁぁ!!」

 

 まだ集の身体からは赤黒い霧が溢れ続けている。それが相当酷い痛みが伴うのか、集は身体をおさえて悶え続けていた。

 

 「集…」

 

 祭が呼び掛けると、ピタリとさっきまでが嘘のように集の動作が止まった。

 

 

 

 このままじゃ祭も集に殺される!!颯太はそう思った。

 集が祭に手を伸ばすと、気味の悪い霧がより一層うねり出した。

 颯太のイメージに浮かぶのは先程のいのりと同じ様に、祭が殺される情景。

 

 早くなんとかしなきゃと思い、咄嗟に谷尋の銃を奪った。

 

 「やめろ、颯太!!」

 

 谷尋の制止も颯太の耳には入らなかった。引き金を引いた颯太の視界には、祭の胸から血では無く銀色の光を放つ包帯を取り出す集がいた。

 直後、銃口から放たれた弾丸は軌道がぶれる事なく、真っ直ぐ集の胸に命中した。

 

 

 

 

 

 「いのりん…?いのりん!!」

 

 「ん……?ツグミ?」

 

 「よかったあーー!」

 

 目を開けると、目に涙を溜めたツグミの顔が視界いっぱいに広がっていた。いのりが身体を起こすとツグミは力一杯いのりを抱き締めた。

 

 自分の腹部に手を当てる。貫かれた傷は跡形も無くなっていた。

 

 「これは……ハレの?ーーシュウは?」

 

 ツグミの顔がたちまち曇る。周囲を見渡し、そしてすぐに見つけた。

 祭のヴォイドで僅かに宙に浮く集がいた。

 鱗に覆われていた顔や左腕も、元通り人間の肌に戻っていた。そして傷も火傷も破れていた服も全て見慣れた物に戻っていた。

 

 ーーいや、元の通りでは無い。頭髪の一部が半魔人化の特徴の銀髪のままになっている。

 

 「シュウ…シュウ!」

 

 駆け寄って揺り動かしても、集の意識は戻らない。

 息もしているし、脈もある。眠っているだけに見える。

 だが単に意識が戻らないのとは、何かが違う。呼吸はしていても妙に深く長い。

 鼓動や呼吸以外の身体のどこかが動いている気配がまるで無い。

 

 「シュ…ウ?」

 

 ーー集の様子から不吉なものを感じた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 集を特別な医務室に運び数時間経っても、集が目覚めることは無かった。

 医務室とは別に設置された、万が一校内で発症者が出た場合一時的に隔離するための最初から校内にある区間だ。とは言ってもそれなりに質の高い設備があり『重要特別医務所』という正式な名称もある。

 今までまともに使用された例は無いが、設備にどれも不備は見受けられない。

 

 そこのベットに集が寝かされ、生徒会のメンバーとダンテとネロ、そしてレディとこっそり『セフィラゲムノス』から抜けて来たトリッシュがいた。

 

 「傷は治ったのに…なんで目覚めないんだ」

 

 「しゅう…起きる?」

 

 「大丈夫よ。きっと…」

 

 集の顔を覗き込むルシアの髪を、亜里沙が撫でる。

 

 「……そんな事になってるなんてね…」

 

 「シュウはいつ目覚めるか分かるか?」

 

 「ーー少なくとも今日明日に目覚めるような状態じゃないわね…。体内の生命活動が極端に低くなってるわ」

 

 「じゃあ、このまま一生目覚めない…なんて可能性もーー」

 

 「やめてよ、谷尋!!」

 

 「あ……すまない」

 

 花音に怒鳴られ、谷尋はルシアと周りを見て自分の失言を謝罪した。

 

 「…戦ってるんだと思います」

 

 祭が集の手を握りながら言う。

 

 「きっと…あの蛇が私達を襲わないように、わざと閉じこもって戦おうとしてるんだと思います」

 

 壁にもたれ掛かっていたネロが豪を煮やし、ダンテの前に歩み寄る。

 

 「そろそろ答えろダンテ。あの蛇はなんだ。なんでこの坊主がアンタと同じ力を持ってやがる」

 

 「………」

 

 「おい」

 

 「ごめんなさい。その質問、私に預からしてくれない?みんな疲れてるでしょうし…」

 

 「……分かった」

 

 トリッシュの申し出にネロは素直に従った。ダンテならはぐらかす事はあっても、逃げるような真似はしないだろう。

 

 「悪いが、みんなは一度生徒会室に集まってくれ。今後について少しでも早く決めないと。集がこんな状況じゃあ、防衛面と指揮系統を見直す必要がある」

 

 「…ええ、そうね…それが良いと思うわ」

 

 谷尋が生徒会メンバーに振り返ってそう言う。綾瀬とツグミ頷く。

 

 「祭はここで集を看ててくれ」

 

 「う…うん」

 

 「私も残るわ。こう見えて少し医学かじってるのよ」

 

 レディが祭の頭を撫でながらそう言った。

 ダンテは好きにしなとだけ言うと、早々に出て行ってしまった。ネロも機嫌が悪そうに舌打ちすると、ダンテの後を追って出て行った。

 

 「ハレ…シュウの事お願いね?」

 

 「わかった。いのりちゃんは先に休んでて?」

 

 「うん…」

 

 いのりがもう一度集を見て、胸の辺りに手を置いた。

 服の下にある何かが指に触れた。

 

 「……?」

 

 Yシャツのボタンを少し開けて、服の下にあった物を取り出した。

 

 

 ーー銃弾だ。

 ダンテやネロの物では無い。彼らは動きを止めるため、手や足を撃っていた。つまり、他の誰かが集の胸の辺りを撃ったという事になる。

 当然だがゴーチェでは無い。口径があまりにも小さすぎる。

 ーー誰にしろ。その誰かは集を殺すつもりだった。

 

 「ーーまって。誰が…集の胸を撃ったの?」

 

 刺すような少女の声に、全員の身体が一瞬凍り付く。

 僅かな沈黙。周りの視線か、彼女自身の感覚から来るものか、いのりは颯太の前で立ち止まった。

 

 「ーーこの弾はあなた?」

 

 「いや…その…」

 

 「楪…今はそんな場合じゃ…ーー 」

 

 「ーー答えて」

 

 谷尋がいのりを宥めようとするが、いのりは聞く耳を持たない。

 

 「……祭が殺されると思ったんだ!!でも集を殺すつもりはーー」

 

 颯太の言葉を最後まで聞くことなく、いのりは颯太の胸ぐらを掴み上げ、薬品棚に颯太の身体を叩き付けた。

 

 背中に走る衝撃に颯太の息が止まる。

 

 「ーーふざけないで!!」

 

 「ーー…ぅ」

 

 「あなたのせいでしょ!!最初からあなたがシュウの話を聞いていれば、こんな事にならなかった!!シュウはあなたも守ろうとしてたのに!!なのに…あなたはシュウに酷い事言って、シュウを傷付けた!!」

 

 いのりの眼から涙をにじませ、颯太を睨む。胸ぐらを掴んだ手にさらに力がこもる。

 

 「いのりちゃん!ダメだよ!!」

 

 祭がいのりの背中に抱き付き、颯太から引き離そうとした。

 ふっといのりの指が緩み、解放された颯太が床にへたり込むとゴホゴホと咳き込む。

 

 「……シュウは苦しんでた。みんなに嫌われても…みんなを守るためにやらなきゃいけない事があるって……」

 

 「いのりちゃん…」

 

 「………ごめん。部屋に戻るね…」

 

 力無くそう言って、いのりはおぼつかない足取りでフラフラと部屋から出て行った。その様子を周囲は黙って見送った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 いのりは暗い校庭を静かに歩く。誰かに見られれば幽霊だと思われてしまいかねない程、生気のない様相は彼女自身の心象を表していた。

 

 ふと目の前を数人の生徒が横切って行くのが見えた。それだけならば気にも止めなかっただろう、しかしその内の何人かに見覚えがあった。颯太と一緒に学校の外に出た生徒だった。

 彼らの様子が妙に気になった。人目を気にして隠れる様に動く様子に違和感を感じた。

 

 彼らに気付かれないように後を追う。

 

 「ーー本当なのか!!?」

 

 「しっ!声が大きいって」

 

 生徒達の声が聞こえる。やはり他人に聞かれたら良くない話のようだ。

 

 「ーー会長が化け物だって!?」

 

 「見たのよ!桜満集が魂館くんや楪いのりを襲うところを!」

 

 鼓動が跳ね上がったのを感じた。

 彼らは何故こんな話をしているのだろうか?何の為に、何をする為に…。

 

 「おかしいと思ったんだ!あんな化け物共とまともに戦えるはずが無い!きっと、奴らも外の連中と同じ化け物だから!」

 

 「そうよ!きっとそう!」

 

 「俺達を騙してたんだな!ーーこうなったらやられる前にやってやる!」

 

 

 

 

 ……どうして?なんでそんな事言えるの?シュウは頑張ってるのに。あんなにボロボロになって痛くても苦しくても、あなた達を助ける為に必死に頑張ってるのに……。

 

 耳を塞ぎたくなる程の悪意に満ちた生徒達の声。

 

 

 「ーーゆるさない…」

 

 そうだ許してはいけない。彼を傷付けようとするものは、()()()()()……。例え彼が守ろうとしてる人でも、彼を傷付けようとするならゆるさない。

 

 

 ーーそうね。じゃあ壊す為にどうすれば良いと思う?いつも…やっていたのでしょう?ーー

 

 ”あの人“の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー気付くと呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 重要特別医務所から出てから、記憶が飛んでいる。

 それなのに…それなのに…何故笑っているのだろうか。

 

 「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 

 狂ったように笑いが出る。意味もなく。理由も思い当たらない。

 

 

 それでも、思考の何処かは妙に冷静だった。

 ーー思い付いた。

 

 「あぁ…私が、やればいいんだ」

 

 彼が『やさしい王様』のままでいられる方法。

 

 

 

 




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