ギルティクラウン~The Devil's Hearts~ 作:すぱーだ
言いましたけど話の流れは変わらないので。
このまま最新話から読んでもなんの問題もありません。
十年前のあの日…日本という国の命は尽きた…。
『アポカリプスウイルス』のパンデミックが発生した日に日本は事実上国としての機能を失い、大勢のよその国により屋台骨が支えられている。
"君達に任せてはおけない"
"君達には危険を取り締まる能力が無い"
"君達には物事を判断する能力が無い"
この国は今、独立風の主権で運営している…。
" 君達には本物の友達を作る能力がない "
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ボーンクリスマスツリー。
お台場の南、かつては不燃ごみの処理場があった。今は二十四区と呼ばれる東京湾の埋立地に建つピラミッド型のメガストラクチャーを人々はそう呼んだ。
幹に相当する支柱部分が、ガラスで覆われたストラクチャーの本体であり、それが特殊塗料によって夜になると燐のように青く輝き、円錐状に組まれた白い骨組みをファンタジーめいた幻のように闇に浮かび上がらせる。
その骨の樹は『鋼皮病』を引き起こすアポカリプスウイルスの抑制と日本人の健康管理を行う特殊ウイルス災害対策局《アンチボディズ》を有する。現在の日本を統括する国際連合極東統治総司令部ーーGHQの本部だ。
さらには遺伝子研究では世界最高レベルの技術を持っていると言われている『セフィラゲムノミクス社』も入っている。アポカリプスウイルスのワクチンはこの会社なくしては完成しえなかったとまで言われている多国籍企業だ。
治外法権が適用された、日本であって日本ではない。二十四区なくしては日本は成り立たないとまでいわれている最重要区だ。
「迂闊だなっ。」
広い部屋に荘厳な老人の声が響いた。
「申し訳ありません、『セフィラ・ゲノム』を代表してお詫びいたします。」
同じ部屋で老人と机越しに向かい合う男女の姿、男性の方は鼻下に黒髭の初老の男で、女性はウェーブがかった栗色の髪のまだ若々しい面影があった。
「盗まれた『ヴォイド・ゲノム』には、どれほどの危険性が?」
前に置かれた机に腰掛けた数人の老人のうち、真ん中に腰掛けた男が表情に変化を見せずに前方の二人に問いかけた。
「 それは…。」
女性が答えようとすると、横の男性が女性を手で制した。
「レベル3Aの機密ですので。」
「GHQ最高司令官たる 私にも明かせ無いと?」
男が黒髭の男を睨み付ける。
「申し訳ありません。現在は盗まれたゲノムの捜索活動中です。」
黒髭の男は再び深々と頭を下げる。
「六本木に一個中隊を派遣しているというのが?」
老人の言葉に、黒髭の男が頷く。
「必要と考えました。」
「茎道君、我々GHQは日本の救済のために作られた機関なのだがね?」
別の腰掛けた老人が威圧するように言う。
「理解しております、我々特殊ウイルス災害対策局
"アンチボディズ"はその先兵たるべく在るのですからーーーー。」
茎道の瞳に怪しい光が宿る。
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『バックスラッシュで損傷です。』
「これを歩兵がやったというのか!?」
モニターに写る眼鏡の隊員の言葉と、同じモニターに写る破壊された機体を見ながら、いのりを拘束した男グエン少佐は呻いた。
『戦闘記録映像が乱れていて判然としませんがおそらく…。』
眼鏡の隊員は、あくまで事務的に答える。
「こんなもの報告出来るか!!」
グエンは苛立ちの声を上げながら近くに備え付けられた椅子を蹴飛ばす。
「ダリル・ヤン少尉入ります。」
隊員の言葉にグエンは扉に目を向ける。
扉の前には白いパイロットスーツを着た金髪の男が入って来た。
まだ若く顔つきもどことなく幼さが残る。
ダリル・ヤン、彼こそが綾瀬の機体を破壊したエンドレイヴ『シュタイナー』の操縦士だ。
「…ようこそ、移動コックピットでわざわざ臨場とは…。」
グエンはまだ興奮の冷め切らぬ頭でダリルに声を掛ける。
「お父上…いや、ヤン少将のご命令で?」
「独断です。新型エンドレイヴを搬入途中で戦闘が始まったという知らせを聞いちゃったので…。ーー思わず」
「…ほう、では…。」
ダリルの少年のような無邪気な笑顔で若干緊張が解けたグエンはダリルに手を差し出した。
「ありがたく力を貸して頂こう少尉。」
グエンの差し出された手を見たダリルは…
「……冗談はやめてよ…僕にッ!!その脂身に触れって言うの !? 」
グエンを爬虫類の様に獰猛な眼で睨み付け、ダリルは激昂した。
その顔は先程の無邪気な笑顔は影も形も無かった。
「は…?」
突然の罵声にグエンはしばし固まった。
「…いい?」
固まるグエンに背を向け、出口へ向かいながらダリルは言った。
「僕は自分の好きにやる、もし邪魔したら…。
パパに言いつけるからね。」
その言葉を最後にダリルは扉に姿を消した。
グエンは差し出した手で握りこぶしを作り、怒りに身を震わした。
「…クソガキがあ…!あの高校生の餓鬼といい…!」
モニターの向こうにいる眼鏡の隊員が何故かバツの悪そうな顔をした。
「捜索範囲を広げろ!女子供だろうが片っ端から捕らえて尋問しろ!!」
グエンはそれを気にも止めず言い放った。
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『桜満集』
ふゅーねるから涯の声が聞こえた。
『15秒で、いのりを連れて離脱しろ。』
集はその声を聞きいのりを抱き上げると、道案内をしてるのであろう、ふゅーねるの後に続いた。
集はふゅーねるの先導に続くと、手元の端末で誰かと話す涯の姿が目に入った。
集は自分の制服を枕にいのりを寝かせ涯の様子を見守った。
『申し訳ありません』
集の耳に届いた端末からの声は集と同い年位だろう少女のようだった。
『 …機体を失いました。
私の責任です。』
「確かに残念だな…。」
少女の声に涯が答える。
「俺は君にあの旧型で18分間持ち堪えるという過酷な命令をし、君はそれに応えた。」
涯の言葉に、端末の向こうにいる少女に緊張が走るのが伝わる。
「だが君は自分の責任だという…、
つまり俺は指揮官失格ということか…。」
『ちっ違います!私が失敗したせいで…ッ! 」
涯の言葉に端末の少女が慌てた声を上げる。
「冗談だ。
君が無事で良かった綾瀬 …」
涯が端末の向こうに向け微笑んだ。
『 綾ねえの心拍数絶賛上昇中~~!』
端末に暫く沈黙が流れた後、端末からあの黒髪の猫ミミ少女の声が聞こえてきた。
『 だっ黙んなさいよツグミ‼︎ 』
少女と黒髪の少女のケンカが始まったところで涯は端末を畳むと、此方に向き直った。
「目を覚ましたか…いのり。」
集が振り向くと、いのりが立っていた。
「…ガイ…っ。」
いのりが涯と集の元に歩いて来た。
「私ちゃんと出来た?」
「…お前には失望した。」
そんないのりに涯は冷たく言い放った。
集の中からフツフツと怒りが湧いてきた。
集はいのりと涯の間に進み出た。
「ちょっと待てよ…、この子はこんなにボロボロになって、フラフラになってそれでもあんたのために命懸けでやったんだぞ。」
自然と声が震えた、集は今にも目の前で澄ました顔をしている男に殴りかかりそうになるのを必死で抑え付けた。
「 それをつかまえて" 失望した "なんてどの口がー… 」
言いかける集の手に温かい物が包み込む。
「 いのりっ…? 」
彼女がまるで、制する様に集の手を包み込んでいた。
集が自分の足下を見ると足が自然と前に踏み込んでいた。
後一歩いのりが止めるのが遅れていたら、集は涯に殴り掛かっていただろう。
「 知っているとも。」
涯はそんな集を見ながらやはり澄まし顏で言った。
「だが結果が全てだ。
こいつは最後に大きなヘマをした 」
涯が集を見ながら言い放った。
「 お前に、あのシリンダー…
"ヴォイドゲノム"を使わせるというな…。」
「 …ヴォイド…ゲノム…っ?」
「そうだ…、あれは俺が使うはずだった…。」
涯が集を睨み付ける。
「 それをお前が奪った。」
「 …奪った…?…僕が…? 」
「あのシリンダーはセフィラゲノミクスが三基のみ培養に成功した強化ゲノムだ…。」
涯が集の右手を見ながら言った。
「 使用者に付与されるのは…" 王の能力 " 」
「 …おう…って?」
集は涯の話が全く想像出来なかった。
「ヒトゲノムのイントロンコードを解析し…その内に隠された力を"ヴォイド"に変えて引き出すことが出来る。」
「 ヴォイド…?
…あの剣…? 」
集の言葉に涯は頷く。
「そう、あれはいのりのヴォイド…、
形相を獲得したイデア…それがヴォイドだ。」
「ちょちょっと待って!、イデアとか…そんな事急に言われても…てんでピンとこない。もっと分かりやすく言ってくれ!」
集の言葉に涯は暫く考え…。
「 …つまり他人の心を形にし、チカラにする能力だ。 」
「 …じゃあ、他の人にもあんな…。」
「 そう、別の人間からは別のヴォイドを取り出せる。」
話を聞いていた集は他人の心に土足で入り込む様な気がして、嫌な気分になった。
「 神の領域を暴くゲノムテクノロジーの頂点…、
それがお前の手にした物だ。」
集は黙って自分の右手を見つめた。
そんな集の心中を知ってか知らぬか…。
「 さて桜満集…、お前はさらなる力を手に入れた。」
「この先お前が選べる道は二つしか無い、
世界に黙って淘汰されるか…、
世界に" 適応 "して自分が変わるかだ。」
「 お前には戦ってもらうぞ…。」
「 ・・・・・・・。」
集は涯のこの言葉で自分が今…どれほど大きいものの渦中にいるかようやく実感出来た。
集が答えを導き出せずにいると…。
涯の端末から電子音がなり出した。
「どうした?」
涯が短く答えると、端末から男の声が聞こえて来た。
集は"不良っぽいな"とちょっと思った。
『やべえことになったぞ 涯、14区画の地下駐車場に"白服共"が突入しやがった。』
「地下駐車場?…避難場か。」
『ああ、百人近く一気に捕まっちまった。』
『それに…綾瀬を喰った新型は皆殺しのダリルだ。』
「ダリル…?」
その名を聞いた涯の口に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「あの"万華鏡"か…。」
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集といのりはダクトの中を這っていた。
なぜこの場所に入り込んでいるかというと、話は簡単で涯に命じられたからだ…。
侵入しろと言われた時、『碌な訓練も受けていない一般市民を…しかも、仲間ですらない人間を使って上手く行くのか』 と問いかけたところを、
『俺の作戦だから上手くいく』 などと自信満々に返されて、集は何も言えなくなった。
そして、『葬儀社』の集合場所とやらに連れてかれた。
数十人近くいるメンバーの前で涯は、
『アンチボディズの殲滅』そして『住民の救出』を宣言した。
さらに、
『葬儀社』の存在を世界中に知らしめることを宣言した時、メンバー達は猛烈な"ガイコール"で集合場所は一気に沸いた。
集はここまでの人数をまとめる涯のカリスマ性を再認識した。
集は腹這いになりながら体を動かしダクトを進んだ。
集にはこういう狭い場所にあまりいい思い出は無い。
便利屋時代にも何度か通ったが、大抵が不測の事態などの悪い状況だった。
後ろから、5,6人の人間の体がゴチャゴチャに合体したゾンビの囮にされた時の事を思い出して、集が思わず身震いしていると…前を進むいのりから声を掛けられた。
「 ねえ、あなたの名前…まだ聞いて無かったけど…。」
言われた集はまだ彼女に自己紹介していなかった事を思い出した…。
「…シュウでいいの?」
「ああ、ごめんね名乗るのが遅れて…、集…桜満集だよ。よろしく、いのり。」
「シュウ…シュウ…シュウ…シュウ…ーー 」
なぜかいのりは集の名前を繰り返し呼び続けたため、集はなんだか、恥ずかしくなって来た。
その呼び方は、聞きようによっては"噛み締めている"ようにも聞こえるが、集は思い過ごしだと雑念を振り払った。
しばらく集はいのりのお尻を視界に入れないように気を付けながら進んでいると…、ダクトの金網から怒鳴り声が聞こえて来た。
見ると、GHQの兵士が市民に尋問している様で数人の男を殴りつけていた。
「…GHQの兵士?なんでこんな…」
「彼らが"白服"だからよ…。」
「白服…?」
答えたいのりに問い返そうとすると…。
いのりの話を涯が引き継いだ。
『特殊ウイルス災害対策局、通称アンチボディズ。』
通信機の向こうにいる涯が話を続ける。
いのりがダクトのパネルを外し下に飛び降りる、それに集も続く。
『独自に感染者認定権限を持ち、その判断に基づいて感染者を処分する権利が与えられている。』
「予定ポイント到着。」
着地したいのりは半壊したビル内部の壁画に背中を張り付け、通信機に声を掛けた。
『 よし、次の命令を待て。』
涯はそれに答えた。
「…処…分…?」
集は涯の言っていた事に理解出来ずにいた。
集が壁の向こう側を見ると、数人の男性達が拘束され跪き並べられていた。
そのそばに花を摘み持った白いパイロットスーツを着た金髪の男 ダリル が立っていた。
そのダリルに、兵士に夫の解放を求めていた女性が走り寄って来た。
「 お願いです軍人さん!夫を助けてください!」
女性はダリルの腕を掴み、頼み込んだ。
「 …何すんだッ
クソババアアアア!! 」
ダリルは叫び女性を蹴り飛ばした。
女性は悲鳴を上げ倒れ込んだ。
「菌がうつるだろうがアア!!」
ダリルは叫びながら倒れ込んだ女性に、落ちていた割れた酒瓶を拾い上げて頭に叩き込んだ。
酒瓶は元から割れかけていたためアッサリ砕けたが、それでも女性は頭から流血した。
「 最悪だよお!どうしてくれるんだよおお!!」
ダリルは倒れて起き上がらない女性を踏みつけ続けた。
集はその光景に頭が痛くなる程の怒りをおぼえた。
『GHQの治安維持の要、最凶最悪の牙がお前の目の前にいる敵なんだ…。』
涯の声は、集の耳には届いていなかった。
「ママ…ママ…。」
女性の元に彼女の子供らしき幼い子が駆け寄って女性を必死で揺り動かした。
「 …全く、母親とかたかが産んだ程度でうっとおしいんだよ。」
ダリルは呟きながら銃を抜き、うるさいなあ と言わんばかりの顔で子供とその母親に銃を向ける。
他の兵士達も跪いた人々に各々銃を向ける。
( おい、何をするつもりだ…)
集の視界は赤く染まり、胸の中からグラグラと熱湯が沸いてくる錯覚を覚えた。
撃つ気なのか?
集の中で思考がぐるぐると回り出す。
ダリルが引き金に力を込める音が聞こえる。
涯はまだか!なんで命令しない、あの親子もあの人達も殺されるぞ!
ッキリリ っという音が、十数メートルは離れているはずの集の耳に聞こえた。
引き金がダリルの引く力に答え、歯車を動かしているのだ。
……間に合わない…
例え今涯が命令を下しても、それを聞いてから動いてはあそこで銃を向けられている人達は全員死ぬ…。
その時、集の脳裏に浮かんだ光景は……
兵士の前で…血を流す人々 、
そして…あの母親とその子供が…血を吹き出しながら倒れて行く光景……では無かった。
見えたのは……銀色の髪、そして血の様に赤いレザーコート、そして背中には角の生えた髑髏の様な装飾が入った銀色の身の丈程の巨大な剣を担いだ男の後ろ姿…。
その男の黒いグローブのはまった大きな手に、自分の小さな手が捕まった……。
その男は振り解こうとせずに、されどこちらを見ようともせず黙って歩き出す。
自分は男に憧れていた。
いつも大きく、堂々としていて、障害を障害と思わず颯爽と乗り越えて見せていた。
だから自分は、いつも一番近くで男の背中を見続けて居られる事が自分は嬉しかったのだ…。
しかし自分が大きくなるにつれ、その背中がどんどん遠く離れていく気がした。
いくら近くても遠くにあり…、すぐに触れられる距離に居るのに…どんなに手を伸ばしても触れられない。
自分は成長していくにつれ、置いて行かれる様な孤独感が強くなっていった…。
ふと…男が握る手に力を込めた事を、掌を通じて自分に伝わって来た…。
自然と自分が笑っている事に気付いた…。
男の表情は見えなかったが…、
…きっと笑っているそうに違い無い。
自分はそう思った……ーー
「 や め ろ お お お !!
、 お ま え え え え !!! 」
集は自分の叫び声で我に返った。
気付くと、十数メートルは離れていたはずの距離がわずか七メートル程に縮まっていて、さらに接近しようと足を前に踏み出していた…。
次回、集は彼らを救えるのか
乞うご期待!