ギルティクラウン~The Devil's Hearts~ 作:すぱーだ
いざ見せるとなると、なかなか恥ずかしいな…
…今さらか
噂で聞いていた通り、綺麗な街だと思った。
あんな災害があったというのに暴動が起きている場所も、起きそうな気配も無く、市民達は落ち着いているように見える。
ネロが誰かに話しかけても、冷遇する者は一人だっていなかった。
国がひっくり返るレベルの感染爆発がおきたというのが信じられないくらいだった。
むしろ外から来た立場のGHQ兵士達の方が、横暴で敬意など微塵もない様に見えた。
「あのガキ…大丈夫なのか?」
五年前に日本へ帰郷したはずの少年の事をふと思い出す。ダンテと共に居た奇妙な記憶喪失の子供。今は17歳程だろうか、顔を見に行こうかとも思ったが、あいにく東京のどこかに住んでいるという事しか知らない。
「分かんねえ事をいつまでも考えても無駄か…」
ネロは思考を切り替え、目の前の壁に目を向けた。壁の内部から凄まじい瘴気を感じる。ここに近付いてから袖に隠した
落ち着かない右腕をさすって、どう壁の向こうへ行こうか考える。
正面は避けたい。人間の兵士まで相手にする様な事態は想定する中で最悪のシチュエーションだ。
「と…なりゃ、地下から行くか」
地下鉄か水路か、少なくとも地上から行くよりは兵力は多くないはずだ。とはいえ地理感皆無で飛び込むわけにはいかない。
「まずは図書館で街の名前くらい調べねえとな」
ネロは兵士達から背を向け、フードで銀髪を隠す様に深く被った。
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集が生徒会に就任して二日程過ぎた。
魔除けの結界はここに来た初日に張っていたが、敵は悪魔だけとは限らない。早急に頑丈なバリケードが必要だった。
巨大な瓦礫を小さく砕いて、それを指定の場所に運び、祭のヴォイドで元の大きさに戻して壁にする、という作業を繰り返していた。
「すごいなぁ校条さんのヴォイド。私のなんて…」
瓦礫だけでなく作業に必要な備品も一瞬で直してしまう祭のヴォイドを見て、女子生徒が自分のヴォイドを見ながらため息まじりで呟く。
「大事なのはヴォイドの強弱じゃなくて、誰かの役に立ちたいっていう強い想いだよ」
「会長…」
「がんばろう!」
「はい!」
集の励ましで、女子生徒は笑顔で自分の作業に戻って行った。
会長に就任して数日。脱出と抵抗の希望が見えたためか、パニックも起こる気配は無く、生徒たちの態度も良好だ。
しかし、問題もあった。
「集、バリケードの作業状況、予定より遅れてるみたいじゃないか…大丈夫なのか?」
「うん、みんな頑張ってはいるんだけどね」
谷尋はため息をついて、集の肩をトンと叩いた。
「お前があまり他人に強く出れない性格なのは知っているが、あいつらの為にもならないぞ」
「……それは、そうかもしれないけど」
「例の件…考えてくれたか?」
レッドラインが出来てから、供奉院家からの援助はおろか、潜入したトリッシュが隙を見て持って来ていたワクチンも管理が一気に厳しくなり、集達に届けるのが困難になってしまった。
まだ食料もワクチンにも余裕はあるが、このままでは減っていく一方だ。武器弾薬の確保も十分とは言えない。
そのレッドラインも刻一刻と迫っている。
そして、それに伴い集の頭を悩ませていたのが、谷尋が出したある提案だ。
『ヴォイドランク制』ーー
生徒たち全てのヴォイドの性能をA〜Fまでに分け、その頂点に集が立つというものだ。
ランクに応じて、ワクチンをはじめとした配給に制限がかける。ランクが低くなればそれだけ、制限が厳しくなる。物資の枯渇を防ぐためにものだ。
「…すぐに決めなきゃいけない事?」
「そうは言わないが…早いに越した事はない。案も整理も早めに出来るだろうしな。上下関係を作れば人は倍働く」
「…やっぱり、僕には出来ない。こんなの…」
「………お前ならそう言うと思っていたが」
「だってこんなの、差別してるみたいじゃないか」
「差別じゃない。区別だ。お前…本当にこのまま平等に分けられると思ってるのか?」
「じゃ…じゃあ、僕の分を皆にまわして!」
「集っ!」
「だ!だって…Fランクに選ばれた人は死ぬかもしれないんでしょ?」
集は下唇を噛み、顔を手で覆った。
「皆を助ける方法を探してるのに、これじゃあ元の子もないよ…」
唐突に集は俯いていた顔を上げて生徒会室の扉を見た。
「どうした?」
「誰か来た」
「なに!?」
谷尋は扉を見る。足音は聞こえなかった。今も人が近づいて来るような気配は無い。
集と谷尋以外で『ヴォイドランク制』の事を知っているのは、いのりに祭、綾瀬、ツグミ、亜里沙、花音、の生徒会の運営に直接関与する者と葬儀社の口が固い者達のみだ。
「大丈夫。話し声が聞こえる距離じゃなかったよ」
もし彼女ら以外の人物に今の話を聞かれたら…という谷尋が考えを読んだのか、集が声を潜めて谷尋に告げた。
「通り過ぎただけみたい」
「おどかすなよ。それも悪魔の力なのか?」
「まあね…」
「ところで集、お前の師匠達には伝えたのか?ヴォイドランク制のこと…」
「いや…ダンテ達には本当に最後の最後でいいかなって。もし話たら、また無意識のうちに頼っちゃう気がして…」
「そうか…」
彼等に伝えるのは全校生徒の前でヴォイドランク制を採用することを伝える時にと、集は思っていた。生徒達は納得しないだろう。ダンテも自分の選択をどう思うか…。
(情けない…結局は嫌な事を後回しにしてるだけだ)
「…集、さっきお前が言ったことだが…論外だ。お前の分を他にまわすなんてもっての外だ」
「……」
「お前が死んだら何もかも終わりなんだぞ。もう少し自分が重要な存在だと自覚しろ。あいつらはお客様じゃないんだ」
「けど…!」
「俺はその時が来たら、俺の分のワクチンを全てお前に譲るぞ」
「!!」
集が一番恐れている事は、どんなに嫌でもいずれ『ヴォイドランク制』が必要になってしまう可能性がある事だ。
ワクチンもウイルスが変異したおかげで、以前より多く投与しなければいけなくなった。補給の目処が立たなければいずれ底をつく。
しかし、ヴォイドランク制を導入すれば、不平等にはなるものの、効率は良くなるはずだ。
そう近い内に「公平」などとは言ってられなくなる。それが分かるから、集は谷尋の提案を頭から否定出来ないでいる。
命の分別。
その選択をしなければならない時が迫っている現実が、集を容赦なく苦しめていた。
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「あいつなんて勘してやがる…」
ダリルは伊達眼鏡を掛け直しながら、早歩きで生徒会室から距離を取っていた。伊達眼鏡に内蔵された集音機能で生徒会室の様子を録音し、そのデータを嘘界に送る。しばらくして嘘界の携帯に電話を掛けた。
「お疲れ様です」
「局長の予想通り、桜満集は『ヴォイドランク制』に消極的みたいです」
以前、桜満集が生徒会長に就任した同じ日に、寒川谷尋は彼に『ヴォイドランク制』の提案をした。その様子を今回と同じように録音し嘘界に送っていた。
桜満集と寒川谷尋の秘密の計画はとっくに嘘界に筒抜けだ。
「そうでしょうね」
「ただ…、完全に反対って訳ではないようです」
「素晴らしい…悩み傷付き、決断する。これぞ青春の化学反応。それがヴォイドを変化させ、強くも弱くもなる。あれは心そのものですから」
「はあ…」
ダリルは嘘界の話を興味無さそうに頷く。以前、桜満集に自分のヴォイドを使われたと聞いたが、ダリルはその事を覚えていないし、自分のヴォイドがどんな物か知りたいとも思わなかった。
「ダリル少尉。もうひと仕事お願いします。誰かにヴォイドランク制の事をバラしちゃってください。出来るだけ桜満集に近しい人物で」
「それでどうなるんですか?」
「別に何も?ただのギャンブルですよ。細波が立つか、大波が荒れるか、はたまた何も起こらないかも知れない」
ダリルはまたこの男の余興に付き合わされるのかと、小さくため息をつく。
「頼みましたよ?」
「はい」
通話が切れると、さっそく誰に伝えるべきか考える。
葬儀社は言うまでもなく除外だ。奴らはプロだ。下手に近付いておかしな事を言えば、こちらの正体を見破られる可能性がある。
となれば素人がいい。
しかし、桜満集の関係者でなければ、生徒達の間であれこれ騒ぎになり、パニックになる事を懸念した桜満集がヴォイドランク制そのものを完全に破棄するかもしれない。
嘘界が関係者に限定したのはその辺りが理由だろう。
「あーーーっ!!もやしっ子!」
「げっ!」
注意力が散漫だった。
声がした方向を見ると、やはりあの《ちんちくりん》がこちらを指差して立っていた。嘘界からゴーチェが撃ったのはダミーだと聞いていたおかげで、動揺は少なくて済んだ。
「逃すかーーーっ!!」
「ちょっとツグミ!?」
ツグミはクラッチングからの猛スピードの追跡でダリルに追い迫る。
「待て!もやしっ子ーー!!」
捕まってなるものかと、ダリルはどんな戦場よりも必死に手足を動かした。その後をツグミが綺麗なフォームで「おりゃりゃりゃりゃ!!」とめちゃくちゃな掛け声で追いかけて来る。
「冗談じゃないよ!」
絶叫しながらダリルは必死に校内を駆け回った。
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「ゼエゼエ…くそ、あのちんちくりん…ゲホ」
数分後、ようやくツグミを撒いたダリルは咳き込みながら、呼吸を整える。途中からどこをどう逃げたのか覚えていない。
「ハー…ハー…。とりあえず、任務に戻ろう」
ある程度体力が戻ったところで、ふと遠目に一人の男子生徒を見つけた。
魂館颯太。桜満集のクラスメイトの一人だ。
葬儀社か一般人かのカテゴリで言ったら一般人寄りの人間。
普段の話してる感じや立ち振る舞いから、自分の正体に勘付くような頭も無いだろう。
(あいつでいいか…)
ヴォイドランク制の事を知っているかどうかは分からないが、例え知っていても生徒会内以外の生徒に広まっている可能性を示唆すれば何らかのリアクションを起こすかもしれない。
近付いてみると、何やらドアの前で悪戦苦闘していた。その手にヴォイドが握られている事に気付き、ダリルは足を止めた。
しかし、颯太が何度ドアの前でフラッシュをたいても、ドアには何も起こらない。
「くそ!なんでだよ」
何度もノブをひねったり、ドア叩いたりしてから颯太は苛立たしげに呟く。
(なんだあれ?)
魂館颯太のカメラのヴォイド。能力は確か「閉ざされた物を開放する能力」だったはずだ。食堂で缶切りを開いているのを、隠しカメラで見た事がある。
「やあ、何をしてるんだい?」
「うお!ビックリした!」
「ごめんごめん。何か凄く真剣にやってたから気になちゃって。ドア開かないの?」
ダリルがそう言うと、颯太は気まずそうに顔を逸らして、手に持ったヴォイドをあからさまに隠した。
「それが君のヴォイド?」
「ーーっ」
「君…桜満会長の仲間だろう?どんな能力なんだい?」
「…閉じた物をこれで撮ると、開く事が出来るんだ…」
「ふーん、そのわりにはドアも開いて無かったようだけど?」
「ーーっ!……俺が使うと缶切りくらいしか開けない…」
ダリルの言葉で颯太の顔はみるみる曇っていく。構わず畳み掛けるように言葉を続ける。
「きっと君もこれから大変かもね。桜満会長に要らないもの扱いされない事を祈る他ないね」
「は?」
「おっと口が滑っちゃたな〜…」
「どういう意味だよ…。集が俺たちを見捨てるわけ無いだろ」
「本当にそうかなぁ?じゃあ、ここで聞いた事は誰にも秘密だぞ?」
ダリルは周囲に人影がない事を確認すると、小声で颯太に耳打ちする。
「僕さ、こっそり聞いちゃったんだよ。『ヴォイドランク制』の事…」
「…なんだ?それ」
「使えない奴と有能な奴を分けようっていう、わっかりやすい階級制だよ」
ダリルの説明を聞いていく内に、颯太の顔はみるみる青ざめていく。その滑稽な光景にダリルは必死に笑いを堪えていた。
「僕の見立てでは、君はFランクだね。閉ざされた物を開く能力なのに、缶切りしか開けないなんて無能もいい所だ」
「……集が使えば、すげえ力が出るんだ!」
「それは他の奴も同じだと思うけど?」
「ーーっ!…嘘だろ…集…」
「嘘だと思うなら本人に確認して来なよ」
颯太は青ざめた顔のまま首を縦に振り、いても立っても居られず走り出した。ダリルは駆け足で走り去る颯太をヒラヒラと手を振って見送る。同時に自分の仕事に確かな感触を感じていた。
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夕刻になるにつれみるみる日が傾き、周囲を夕日が照らす。集は校舎の階段を疲れを隠し切れない足取りで登っていた。
多人数のヴォイドを引き出す作業は思った以上に疲れがたまる仕事だった。
谷尋は全員分のヴォイドを引き出すべきだと言っていたが、そこまで強制は出来ないと希望者のみとした。
しかし、悪魔に対抗できる武器が手に入るかもしれないと、ほぼ全員の生徒が希望者に手を上げた。
集の仲間の中で唯一、いまだヴォイドを出していない綾瀬は「大勢いるし、私は最後でいい」と言って今回は希望者から外れた。
結局、なんとか丸二日かけてようやく七割の生徒のヴォイドを出し終えた。後一日あれば全員分出し終えるだろう。
ヴォイドを出された生徒はそのまま仕舞わず、ヴォイドを持ち続ける事になっている。
一応戻し方は説明会で解説しているが、基本的には出したまま戻さないように言ってある。
理由として1秒でも長く自分の能力に慣れることと、緊急時にいちいち出したり仕舞ったりして居られないからだ。
いつも集の近くにいる生徒会メンバーならまだしも、それでは集の身体がもたない。
もし自分の中にヴォイドを戻してしまったら、生徒会に報告する決まりになっている。
ヴォイドランク制の代わりとなる他の解決策を一刻も早く見つけたいというのに、丸二日もあって結局はその糸口すら掴めなかった。
本当に誰かが死ぬ前に突破口が開かなくてはならないが、補給品を多少見つけた所ではヴォイドランク制にはたいして響かないだろう。
「集…」
階段下からの声に目を向ける。そこには、目を尖らせた颯太の姿があった。明らかに非難の感情が強く入った目に集は混乱した。
「颯太?どうしたのさ」
「………やらないよな?」
「え?」
「ヴォイドランク制なんてやらないよな?」
「なっ!!?」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が凍るような気分になった。
なぜ颯太に伝わっているのか、谷尋から彼に伝わることはあり得ない。
そもそも、誰にヴォイドランク制について話すかを確認し合った時、颯太は口が軽いからと却下したのは谷尋なのだ。
どこから漏れたのか分からない。彼女達に教える時も颯太には話さないように念押していた。
「誰からーー」
「誰でもいいだろ!!最低だな!そんなヒデエ決まり作っちまうなんて!!」
「ち…違う!僕はーー」
何と言うべきだろうか。今後の方針などまだ何も決まっていない。
「僕は…やるつもりはない…」
しどろもどろになりながら、出た言葉がそれだった。途端に颯太は安心した顔になった。それを見てもう何も言えなくなってしまった。
「そ…そうなのか?ーー悪い集!!俺、早とちりしちまって!土下座して謝る!!」
「い…いいって。顔上げなよ」
「じゃあ、握手だ。これで仲直りな」
颯太は集の手を握ると、そう言ってニカッと笑った。
「強引だなぁ…」
つられて集も笑う。しかし、心の中では気休めしか言えない自分を集は恥じていた。
生徒会室に戻ると、まだ無人だった。先程別れた颯太を含め他の生徒会メンバーは、夕食を食べに行っている。集達生徒会メンバーは一般生徒への配膳が終わってからの食事となっているが、今日は集だけが先に食事を取り、生徒会室で休む事にしたのだ。
「……なにやってんだ…」
さっきの颯太とのやりとりを思い出すと、気分が重くなる。
連日の大量の仕事で疲れが溜まっていた集は、ソファで横になるとすぐさま睡魔に吸い寄せられていった。
しかし数分後、まぶたの裏に月の光をかすめる大きな影に気付き目を開けた。窓の外を見るが雲は無く、月光を遮る物はない。
「ダンテ…」
影の正体に気付くと、素早くソファから立ち上がり、布に包んだアラストルを背負い屋上へ向かった。
「ダンテ!」
「よう、起こしちまったか?」
屋上のフェンスに立つダンテが不敵に笑いながら振り返る。
「いや…外の様子どうだった?」
「一応この辺りは調べ尽くしたが、核らしきモンは無かった。小さい孔はいくつか見つけたから片っ端から潰しといたぜ。まあ、策士のトリックスター気取りのあの野郎の事だ。簡単に行かねえとは思ってたがな」
「その事もそうなんだけど、ここ以外の生存者の事…」
「あ?あぁ…その心配も要らねえよ。襲われた避難所は無かった。あの壁に近付くか、運悪く出くわさなけりゃあ襲われる事も無いみてえだぜ」
それを聞いて集は安堵のため息をついた。この学校と違って他の避難所には魔除けの類のような悪魔に対する対策など無いだろう。悪魔が湧き出したら、あっという間に蹂躙されてしまうかもしれない。
集はそう考えていたが、幸いにもいい方向に予想を裏切られた。油断は出来ないだろうが、今のところ悪魔達が無差別に人々を襲う事は無さそうだ。
「………ダンテ、久々に…つき合ってくれる…かな?」
「はっ、随分と“やる気”じゃねえか。いいぜ。ちょうど退屈してた所だ」
ダンテがフェンスから飛び降り、背中からリベリオンを抜く。
集もそれに倣って、アラストルに巻いた布を取り払った。
剣を肩に担ぐダンテの口角は上がっていたが、張り詰めるような空気が伝わって来る。
「行くぜ。構えな」
瞬間、集の身体に激しい風が叩き付けられた。白い閃光が焼き付くような熱を纏って襲って来た。すかさずアラストルで受け止めるが、集の身体は軽々吹き飛ばされる。
骨をハンマーで殴られるような衝撃が腕に突き刺さる。
「ーーーづっ!!」
何度受けても慣れない感覚に、集は顔が歪ませる。
屋上を転がり立ち上がろうとしたが、ダンテがそれを見逃すはずがない。力任せでリベリオンを斬り払う。
ただの乱暴なだけに見えるが、一撃でも擦りさえすれば簡単に集の命を刈り取れるだけの威力はある。
刃先が髪に触れ数本ハラハラ風に舞う。紙一重で躱した集はアラストルの魔力を解放する。
アラストルの刀身が青白い雷を帯びる。それを見てダンテは楽しそうそうに笑みを浮かべると、手の平を上に向けて「来い」とジェスチャーで挑発する。
「はあぁっ!!」
それに応え、集は今出せる最大の火力を雷鳴と共に放った。そこらの悪魔なら黒焦げに出来る威力だが、ダンテはリベリオンで苦もなく雷を受け止める。
「ーーっ、これだから…ーー!!」
そのまま野球のバッターよろしく、雷をまるごと打ち返した。
「ーーがぁっ!!」
自分が放った雷撃をそのまま返され、集は咄嗟にアラストルで雷を受ける。だが、雷は防御する集の身体を端のフェンスに叩き付けた。
防ぎ切れなかった雷が集の身体を襲い、身体のあちこちを焼いく。
「ぐっーーう」
焦げ破れた服の隙間から火傷でミミズ腫れになった肌が剥き出しになる。集は激痛と鼻を突く異臭に息が詰まる思いをしながらも、なんとか呼吸を整えた。
「まだやり足りねえな。お前もそうだろ?」
「ーー当然!」
焦げた臭いと一緒にツバを吐いて、集は笑い返した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「せーの、よいしょっと」
「ふ〜〜…」
生徒会女子面で綾瀬を車椅子から湯船に入れ、全員湯船の中に腰を下ろした。ついた。食事と同じく生徒会以外の生徒全員が入浴を済ませた後に、生徒会メンバーが利用する事になっている。
「悪いわね。みんなには面倒を掛けるわ」
「そんな、今更水くさいよ?綾瀬ちゃん」
申し訳なさそうに言う綾瀬に、祭は笑ってこたえる。
その横で花音が自分の肩を揉みながら、大きく息をはいた。
「それにしても…やっぱり体力あるわね葬儀社って。私もうクタクタ…」
「んーまあ、鍛え方が違うしね」
「本当に皆さんが一緒で心強いですわ。私たちだけだったら、どうなってた事やら…」
「それはお互い様よ。おかげで私達もあたたかいお風呂とご飯にありつけてるわけだし」
「そーそー、win-winの関係ってね。世の中助け合いでしょ?」
綾瀬とツグミの言葉に亜里沙は頭を下げた。
「あっ、いのりちゃん。湯船に髪浸かってるよ」
「え…?」
「いのり、前も言ったけど髪を湯船に入れてると傷んじゃうわよ?縛っときなさい」
「ごめんなさい」
綾瀬にいわれて、いのりは慌ててタオルで髪を纏め上げようとした。
「いのりちゃん。私がやって上げるよ」
「あ…ありがとう、ハレ」
少し水を吸ったタオルがやり辛そうだと思った祭が、代わりに髪を纏める。いのりも祭の言葉に甘えて後頭部を祭に向けた。
「じゃあルシアは私がやるわ。おいで?」
「んっ」
綾瀬が手で自分の脚を伸ばして、膝の上に座らせる。
「……私、いのりちゃん達に感謝してるんです。いのりちゃんに会う前の集って、ずっと心ここにあらずって感じだったから」
「そりゃあ…あんなトンデモ師匠とずっと一緒だったんだもんね。普通の日常は刺激が足りないってもんでしょ?」
「…それは、違う」
ツグミの軽口をいのりが否定する。綾瀬とツグミは同時にいのりの顔を見る。
「シュウは誰かの為に生きたいだけ。いつも全力で自分がやるべき事に向かって行こうとしてる」
「……いのりん」
「そうね…きっと集は実感が欲しいんじゃないかな。…誰かの命を救ってるっていう」
綾瀬の言葉にいのりと祭は微笑みを浮かべる。しかし、祭はすぐに沈んだ表情を浮かべる。
「ーーだから意外だったんです。集はヴォイドランク制なんて反対だと思ってたから…」
集からランク制の話を聞いた時、当然集はすぐに却下するものだと思っていた。全員を生きて無事に助け出す事を目標にしている彼が、見捨てる事になるかもしれない命を選ばなければならないなんて、あまりにも酷な話だ。
「ーーシュウは迷ってる」
「なんで?」
「あいつは予測してるのよ。ランク制が必要になるかもしれない未来を……。でも大丈夫よ祭。きっと集は他にいいアイディアを見つける」
「うん。シュウは…誰も見捨てない」
「綾瀬ちゃん…いのりちゃん。うん、そうだよね!」
「……ほんっといのりんも綾ねえも、気付かない内に色めき立っちゃって。You達さっさと告っちゃいなさいよ」
「え………?」
ツグミの一言で、雫が湯船に落ちる音以外何も聞こえない程、シンと静まり返る。三人の顔が明らかに紅潮する。
「な…なななな!ち違うわよ!私は別に集のことなんかーー」
「私もシュウすき」
顔を真っ赤に染める綾瀬に食い気味で、ルシアが手を上げた。
「お!るしるしも参加ですか?ーーよし!じゃあ、四人で集に同時告白大会をーー」
「しないわよ!!バカツグミ!」
綾瀬が顔真っ赤で怒鳴った時、ガラガラと浴場の扉を開く音が鳴り響いた。
「随分賑やかねぇ」
「ーーレディさん…!」
入ってきた女性は集のもう一人の師であるレディだった。
「シュウのお話しなら、私も混ぜてくれる?」
レディが加わった事によって、集がダンテの所で過ごしていた時期の話になり、少女達の会話はさらに長丁場となった。そして、終わった頃には全員漏れ無く湯当たりを起こしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
生徒会室はもぬけの空だった。
「無用心だな」
ダリルは嘘界から下された新たな命令を実行に移すべく、パソコンが置かれた机の前に行くと、ハッキング用のツールが入ったメモリーを挿入部に差し込む。
パソコンには5段階の認証機能があったが、笑ってしまうくらい早々に破られ、あっという間にデータが画面上に晒された。
嘘界が予想した通り、パソコンには寒川谷尋が纏めたヴォイドランク制のデータが入っており、それぞれのランクに割り振った生徒達の名簿が既にほぼ完成されていた。
そしてダリルの見立て通り、魂館颯太はFランクに割り振られていた。
「いい子だ。あとはこいつをコピーするだけか…」
その名簿をコピー機で印刷すると、生徒会室のゴミ箱に上から見えないように捨てた。
これで何も起こらなければ、Fランクの魂館颯太にデータが渡るようにすれば良いだけだ。
自分が助からないかも知れないという恐怖が生まれた時、何が起こり、そして何が狂うか、嘘界では無いが舞台袖からゆっくり鑑賞させてもらおう。
いのりんの服ってエッチ過ぎん?