ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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投稿用の漫画描いてたら、ゴールデンウィーク終わってました。
仕事も普通にあったし




漫画?全然進んでないっす。


#44攪乱-①〜election〜

 

 

 「……あなた誰?」

 

 水音が波紋と共に自分の顔の虚像を一瞬歪める。写っているのは確かに自分の顔だが、自分の物では無い笑みを浮かべていた。

 端正な顔で優しそうな表情だったが、呑み込まれそうだと思えてしまう程の圧迫感を纏っていた。

 

 『もう知ってるはずよね…?』

 

 いのりの問い掛けに鏡の中のいのりが応えた。

 

 「………」

 

 そう、彼女の事は初めから知っていた。

 涯に目覚めさせられた日から、漠然と何処かで生きている彼女の存在を感じていた。

 

 『ーー無視するつもり?生意気よ“人形”』

 

 「私は人形なんかじゃ無い…」

 

 『……本当に卑怯な奴ね。そうやって事実から目を逸らすんだ?』

 

 「………」

 

 『またダンマリ?』

 

 彼女の顔が悪意に満ちた微笑みで歪む。

 

 「……私が何者で、どんな存在かなんて関係無いーー」

 

 『開き直るの?』

 

 その目をいのりは正面から受け止めた。

 

 「ーー私はシュウもみんなも守りたいだけ」

 

 いのりは真名の目を見据え、問い掛ける。

 

 「貴方にはある?命に変えても守りたい物が…」

 

 真名の顔から笑みが消えた瞬間、鏡に大きなヒビが入った。

 いのりの虚像は完全に真名の姿に置き換わっていた。

 

 『ーーそんな顔をしてられるのも、今の内よ。もうすぐ私の手は貴方に届く…』

 

 真名は鏡を…、いのりと自分を隔てる見えない壁を指で撫でた。

 

 『ーー貴方は私よ。けど…私は貴方では無いわ』

 

 「………」

 

 『楽しみね…』

 

 まばたきの間に真名は消え、いのりは壁に埋め込まれた姿見の自分と顔を合わせていた。

 

 「…………」

 

 真名が向こう側からなぞった場所と同じ場所に指で触れる。

 当然、鏡に写る自分も同じ動作をする。

 

 しかし、鏡に入る大きなヒビがまるで彼女に「忘れるな」と言われている様に思えた。

 

 

 

 

******************

 

 「だから、そんなごまかしいらねえんだよ!!」

 

 学園祭から一夜明け、早朝の体育館で百人以上の生徒からの声が壇上の亜里沙にぶつけられた。

 

 『ごまかしなんていません!事態がハッキリするまで、性急に動くべきでは無いと言っているんです!』

 

 騒いでいるのは、三年の数藤隆臣(すどうたかおみ)。前に綾瀬に絡んでいた不良だ。

 

 『もうすぐ私の祖父。供峰院家から連絡が来る筈です!もう少しの辛抱です』

 

 「もっと事実を見つめようぜ。どうせ俺たちは存在しない事になってんだ!ウイルスと一緒に始末されんだ!みんな死ぬんだ!おしまいなんだよぉ!!」

 

 煽るような言葉に生徒達から悲鳴や泣き声が上がる。

 

 「ちょっとやめてよ!そんなの誰にも分からないじゃない!」

 

 『そうです、怒鳴らないで!発言にはマイクを取ってからとお願いしたはずです!』

 

 そう言った時、数藤の隣に立つ三年の男子生徒がマイクを受け取る。難波大秀(なんばひろひで)。同じくあの時、綾瀬に絡んだ眼鏡の生徒だ。

 

 『では、僕が思うに、状況が分からない事がもっとも問題だと思うんです。誰かが責任を持って環七のウォールを視察して来るべきでは?』

 

 隣の数藤がそうだと声を上げる。それをきっかけに他の生徒達もそうだと声を上げて壇上にぶつけた。

 

 『会長には行動の方針を決めてくれって事です。お爺さんが助けに来るまで待ってくれなんて、リーダーの発言とは思えない。そうでしょう?』

 

 難波の言葉に生徒達から僅かに嘲笑が上がる。亜里沙は顔を赤くして唇を噛んだ。

 

 『ーー生徒会規則第三十二条、第三項に基づき、生徒会長の不信任決議並びに、新会長の選出を要求します!』

 

 数藤がいいぞと声を上げると、周囲の生徒達も賛同し拍手を上げる者もいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なんであんな連中の言うことまともに取り合っちゃうかな、会長ちゃんは」

 

 ひゅ〜ねるのホログラムスクリーンで、体育館に仕掛けたカメラの映像を集達と様子を見守っていたツグミは嘆息する。

 

 「律儀っつーかなんていうか…」

 

 「ちゃんとみんなの話を聞こうとしてるだけだろ?いいじゃんか」

 

 「平和な時ならね。こんな話し合いにもなって無い話し合いじゃなんの結論も出ないわよ」

 

 唇を尖らせる颯太にツグミは舌打ちしたそうな顔で睨む。

 

 『お願いです。帰してください!パパとママに会いたいんです!』

 

 無断で壇上に上がった女子生徒が亜里沙に詰め寄る様子を見て、ツグミは憮然とした表情で鼻を鳴らした。

 

 「のわあああぁ!?」

 

 その時、窓から生徒会室に飛び込んで来たダンテに颯太は少しオーバーに驚いた。

 

 「ダンテ」

 

 「ドアの使い方知らないの?」

 

 「早え方がいいんだろ?奴らが動き出したぞ」

 

 「…まさか、悪魔が?」

 

 「姿は隠していたが、壁の所からプンプン匂ってたぜ。まだ何か待ってるようだが、時間の問題だな」

 

 背負っていたギターケース立て掛け、集が座っていたソファにどかっと座り込んだ。

 

 「…………」

 

 すると机に乗せた足をルシアがバシバシ叩いた。

 “マナーが悪い”という意味だ。ダンテはため息をつくと机から足を下ろす。

 

 「これ以上何を待つつもりなんだ…?」

 

 「さあな」

 

 「昨日の放送と同時に湧き出したのね。やっぱり街のあちこちに召喚陣に仕込んでたんだわ。昨日現れたロボットの装甲の裏にもあったし、偶然では無いわね」

 

 「十中八九な」

 

 「悪いけど、その話はそこまでにしてくれる?」

 

 ツグミが手を叩いて三人の話に割り込む。

 悪魔の動向は気になるが、今新しく出来る策は無い。ダンテもそれが分かっているようで、話を切り上げた。

 

 「ーーでっ、そっちはどうなんだ?」

 

 「あまり良いとは言えない。みんなパニックになっちゃって…」

 

 ダンテは映像を一瞥すると鼻で笑った。

 

 「昨日の放送が原因だろうな。みんな普通の学生なんだ。いつふき出してもおかしく無かったさ」

 

 谷尋が冷静に言う。

 

 「ふき出るってなんだよ?」

 

 「学校の裏サイトだ。見てみろ」

 

 「ネット復活してんの!?」

 

 「学内のローカルネットだけ、ジャミングがいきなり解除されて復活した。外とは相変わらずだ」

 

 ダンテとレディを除いた全員が谷尋の携帯を覗き込む。ネット掲示板を見て祭はひどいと声を漏らした。

 掲示板には、亜里沙を非難する声で溢れ返っていた。

 

 「会長…けっこう槍玉にあがってるね」

 

 「ちゃんと頑張ってんのにひでえよな」

 

 「分からなくも無いけど?会長ちゃん、あんまりリーダー向きじゃないし」

 

 「おい、そんな言い方ないだろ!俺たちの大事な仲間じゃんか!」

 

 ツグミの言葉に颯太は鼻息を荒くして怒鳴った。

 そんな颯太にツグミは呆れた顔で首を振る。

 

 「仲間って…別に成り行きで一緒にいるだけですし?」

 

 「っーー可愛くねえ!」

 

 「べーっだ、わるうござんした!」

 

 そう言ってツグミはドアを蹴るようにして、生徒会室から飛び出して行った。颯太は怒りが収まらない様子でツグミの後ろ姿を見送る。

 花音が呼び止めようとしたが、谷尋がそれを制した。

 

 「なんだ?話し合いは終わりか?」

 

 ダンテはソファから立ち上がると、生徒会室から出ようとする。

 

 「…ダンテ、僕は…どうすればいいのかな」

 

 「俺に聞けば分かる事なのか?」

 

 「…………」

 

 ダンテは言外でお前が考えろと言っている。

 言われなくても散々考えた。この状況を収め、全員が壁の外へ脱出する方法。

 だが何も思い浮かばない。悪魔の事を良く知る集だからこそ、どんな策を取っても生徒全員が無事に壁を突破出来ると思えなかった。

 

 (こんな時…涯。君ならどうする?)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「いっそやっちゃわない?あの高慢女…」

 

 横で裏サイトの掲示板に書き込みを続ける数藤の言葉に、難波は眼鏡の位置を弄りながら、ため息をついた。

 

 「慌てるなよ」

 

 この男は本当に堪え性が無い。「出たい」という意見と外の情報を集める、なんて簡単な作業を黙って出来ないのか、呆れて言葉も出ない。難波は心の底で数藤を見下しながら、懐のポケットに隠した銃を数藤に見せた。

 

 「奥の手はいつでも使えるからな」

 

 昨日、襲ってきた男からこっそり拝借した物だ。

 数藤と難波はお互いに笑みを浮かべた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 今日の分のワクチンの配給も終わり、ツグミは他にする事も無いので広場に座ってただボケ〜と河原を見ていた。

 

 「………」

 

 無言で隣に座るいのりの横顔を見る。

 休んでいたら突然隣に座ってきて、それから一言も発さない。彼女が進んで自分に絡んで来た事はほとんど無いので、少し驚いた。

 

 「…どったの?いのりん」

 

 ひたすら無言で自分の顔を見る彼女の視線に耐え切れず、自分から切り出した。

 

 「…心配だったから」

 

 「い…いのりんに心配されるような事無いよ」

 

 透き通るような瞳が、真っ直ぐ自分を射抜いて来る。

 ツグミはその瞳で彼女に全て見抜かれる気がした。

 

 「ねえ、いのりんってさ家族っていないよね?」

 

 「……」

 

 「寂しいと思った事ある?」

 

 いのりは少し考え込む。

 

 「……シュウが居なくなって、寒かった事があるの」

 

 「…ごちそうさま」

 

 ケッと舌打ちして、ツグミはウンザリした顔になる。

 いのりは首を傾げながら、ツグミの顔を覗き込む。

 

 「……ツグミは寂しい?」

 

 「そ…そんな事あるわけないでしょ?そりゃ葬儀社はもう無いけど、私はその前からずっと一人で生きて来たんだもん。今さら、寂しいとか無いわよ」

 

 普段、天真爛漫さを前面に押し出して他人と接しているから、付き合いの長い仲間以外にはその通りに写る。

 もちろんそれは狙ってやっている事だが、ツグミは自分の根っこはドライで無頓着な人間だと考えている。

 

 そうなった原因はもちろん“葬儀社”というテロリストの一員であった事も一因だが、幼少期の頃から味わっていた孤独感も大きく関わっていた。

 

 (そうよ…私はずっと一人だったんだから)

 

 ツグミは自分の母親と父親の顔も名前もろくに知らない。

 

 ツグミが産まれて、たった四年後に『ロストクリスマス』が起こったせいだ。

 日本が混乱と国としての存続に大きく関わる中、パンデミックによって親を失った孤児たちは里親と施設を転々とした。

 ツグミもその中にいた。

 

 友達が出来たと思ったらすぐに別れ、気付けば自分はいつも《あぶれていた》いた。

 遊び相手は人形くらいしかおらず、出来ることと言ったら勉強くらいしか無かった。

 物心つく頃には友達が居ないことにも、すぐ離れ離れになる事にもすっかり慣れ、なんの感想も抱かなくなった。

 ただ別れを惜しむ()()だけはしていた。

 

 そうこうしている内に、自分は見事アンチボディズによって『モルモット』に選ばれていた。

 全てを諦めていた時、涯に連れ出され、真に家族と呼べる人達と出会った。

 

 そんな人生経験から、他人との死別にもすっかり慣れ切っていた。

 

 「だから、そんな心配しなくていいよ。集」

 

 「えっーーあ!?」

 

 木の影から集と祭がそっと顔を出した。二人共恥ずかしそうに愛想笑いを浮かべている。

 (やっぱりな…)とツグミは思った。

 

 「いのりんがお話しに来るなんて、おかしいと思った」

 

 「違う」

 

 「うん?」

 

 「ツグミと話したかったのは、私の意思」

 

 「本当だよ、ツグミ。いのりから言い出したんだ」

 

 「……へ、へー」

 

 ツグミはしばらくいのりと集の顔を交互に見ていた。平静を装っていたが、声と表情から明かな動揺が見て取れた。

 するといのりがそっとツグミの背後に回り込み、がっちりとツグミを羽交い締めにした。

 

 「…い、いのりん!?」

 

 「…大丈夫。任せて」

 

 「ごめんね、ツグミさん?え…えい!」

 

 祭は可愛らしいかけ声で、身動きが封じられたツグミの顔を掴んで集の方に固定した。

 

 「待って…お願い」

 

 「大丈夫だよツグミさん。痛いのは最初だけだから」

 

 「痛いの!?」

 

 「暴れない」

 

 「えっと、じゃ…じゃあいくよ?」

 

 集は涙目になるツグミに紋章の浮かび上がった右腕を伸ばし、ツグミの胸に差し込んだ。

 ツグミは苦悶の表情を浮かべながら、光を見つめた。

 

 「これが…」

 

 「…ツグミさんのヴォイド」

 

 光の中から現れた結晶の塊が砕け、ツグミのヴォイドが姿を現した。

 取手の先に中心が大きく空いた円盤状の物が付いた“ハンドスキャナー”だ。

 

 ツグミはいのりから解放されると、へたり込む様に地面に座った。

 

 「………」

 

 「ごめん、ツグミ…こうすればツグミの本音が見えるかもって思ったんだ」

 

 「………」

 

 「強引にやった事はごめん。ツグミも綾瀬みたいに…無理してるんじゃないかって思って」

 

 「………」

 

 「…ツグミ?」

 

 集は顔を伏せたまま無言で座り込む様子が気になり、ツグミにかがみ込んだ。その時、ツグミはホイっと集からあっさり自分のヴォイドを奪い取った。

 

 そしてしばらく難しい顔で唸りながら、向きを変えてヴォイドを観察する。

 

 「集…」

 

 「なに?」

 

 「これどんな能力かな?」

 

 「さぁ、使ってみないと…。それより怒ってないの?」

 

 「なにが?ヴォイドで心を覗き見しようとした事?」

 

 ツグミはヴォイドを孫の手みたいにして、自分の肩をトントン叩きながらあっけらかんとしている。

 

 「いずれ見てみたいと思ってたし?私のヴォイドを把握しとけば今後役に立つかもしれないしね」

 

 ツグミがヴォイドに付けられたスイッチを弄ると、ヴォイドの先端が光りを放ち始めた。

 ヴォイドから放たれた光は粒子となって集まると、その光は集の姿になった。

 

 「これは…コピーを作り出す能力?」

 

 「へー!面白ーい。これは応用効きそうだね」

 

 ツグミがヴォイドを軽く振ると、コピーの集は手や足を振る。

 コピーで作り出した物はヴォイドでリモコン操作が可能のようだ。

 

 「にぃひっひっひ〜」

 

 「な…なに?」

 

 何やらツグミがニヤニヤしながら、集を見ている。明かになにか悪だくみを思い付いた顔だ。

 次の瞬間、ツグミが全体重を乗せた渾身の体当たりを仕掛けて来た。

 

 「ぐえっ!!」

 

 ツグミはニヤニヤ笑いながら集に馬乗りになり、コピーの集を操作した。

 

 「何すんのさ!」

 

 「黙って見てなよ。それ!」

 

 コピーの集が祭にゆっくり歩み寄って行く。後ずさりしていた祭はついに校舎の壁まで追い込まれてしまう。

 

 「え?なに?なに?」

 

 コピーの集は祭の眼を至近距離で見つめながら、祭の顔のすぐ真横にドンっと手をついた。

 

 祭はビクッと身体を震わせ、コピーの集から眼を離せずにいる。

 

 「ちょっ!なにやってんのツグミ!?」

 

 「仕返ししないとは言ってないじゃ〜ん。そら、お次は顎クイ!」

 

 コピーの集は顔を真っ赤にしてアワアワする祭の顎を、優しく指で持ち上げる。

 

 「あっ…」

 

 「祭…お前可愛いな…」

 

 ツグミがふざけてヴォイドの先端をマイク代わりに言ったセリフを、コピーの集はそのまま発言した。

 

 「はっふぅ〜〜」

 

 祭の顔は爆発しそうな真っ赤になって、小動物のように身体を縮こませながら、硬直した。

 もっと言えば立ったまま気絶した。

 

 「ちょっと!!ツグミ。さすがに悪ふざけがーー」

 

 突然、とてつもない悪寒に襲われた。

 

 (悪魔!?)

 

 だが、どうも違う。殺気や害意の類は感じない。ただ恐ろしいほどの寒気だけを感じるのだけだ。

 ツグミも同じな様で顔面蒼白で固まっている。ツグミは恐る恐るといった様子で振り返り、いのりの立っている方向を見る。

 集の位置からはいのりの姿は見えないが、まさかこの悪寒はいのりから発せられたいるとでも言うのだろうか?

 

 「い…いのりん、怒ってーー」

 

 「……ツグミ」

 

 「ハイっ!!ごめんなさいでしたーーー!!!」

 

 集からはいつも通りのいのりの声に聞こえた。ただ、いつもよりほんの少し無表情な感じが強い気はするが、それだけだ。

 しかしツグミからは違う物が見えているのだろう、ツグミは顔面蒼白のまま涙目になって慌ててコピーの集を消し、集の上から退いた。

 

 ようやく解放された集はヴォイドを戻すツグミを横目に、気を失ったままの祭を揺り起こすいのりを見る。

 

 「どうしたの?シュウ」

 

 「ーーいや、なんでもない」

 

 「…?」

 

 いつも通りの表情に乏しい顔で、いのりは首を傾げる。

 さっきの悪寒の事は気になったが、集はもう忘れる事にした。

 

 

******************

 

 

 

 茎道は嘘界にとって桜満集ほどでないにせよ、それなりに謎と興味の対象だった。

 GHQ長官であったヤン少将の殺害はどう贔屓目で見ても、反乱以外のなにものでも無い。

 嘘界自身の協力やアンチボディズの迅速な隠蔽工作があってしても、不思議さをぬぐい切る事など出来るはずも無かった。

 

 (それにしても、この異常な出世は黒い裏しか感じませんね)

 

 スライドやスピードなんて言葉では生温い。彼は文官である上、GHQ内の一部局を指揮していたに過ぎない。

 それなのに長官をすっ飛ばして、臨時とは言え初代大統領に就任したのだ。普通ならありえない事だ。

 席が欠けたのならGHQ総本山や、合衆国から新たな長官がその席に派遣されるのが自然な流れだ。何か嘘界の知らない大きな力が働いて、茎道をここまで押し上げたのか、それとも全世界は本当にこの国を切り捨ててしまったのか。

 

 「報告を」

 

 顔の半分を仮面で隠された茎道が、能面のような表情でホログラムモニターの前に立ち言う。

 嘘界は知らないが、父親が殺された事を知って怒り狂った集が、茎道の顔の形が変わる程殴り付けた。これはその傷跡を隠す為の仮面だ。

 

 「は」

 

 嘘界は短く会釈すると、ホログラムに作戦用のマップを表示した。

 

 「閣下の作戦概念に基づき、掃討部隊を配置いたしました。湾に向かって封鎖区域を浄化、範囲を縮小していきます」

 

 茎道はモニターに表示される隔壁の映像をやはり無感情で眺める。そこには壁の内部に閉じ込められた多くの人々が解放されるのを今か今かと待っている。

 

 「主力には、先日頂いたデータを元に桜満博士が完成させたゴーストシステムを搭載した完全無人《Ghost(ゴースト)》エンドレイヴ部隊を実戦配備しました」

 

 「始めたまえ」

 

 たいして感想を述べる事なく茎道は短く言い放つ。

 

 「了解。東京浄化作戦、開始します」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 夜明けの近い時間帯の中、壁の前に集まっていた人々は大きくどよめいた。壁から地面に大きな赤いラインを引くようなレーザー光が照射されたからだ。

 今まで見せなかった大きな変化だ。

 もしかしたら壁が開く警報かと多くが一瞬、期待で顔を輝かせた。

 

 『ーーこちらは新日本政府です。午前零時より隔離地域を縮小いたします。赤いラインの内側から出ようとする生物は無警告で射殺します』

 

 しかし、現実は彼らが期待するものとは正反対のものだった。

 赤い境界線『レッドライン』の内側に治療可能な生存者は存在しない事にされたのだ。

 その事を知らない人々の中には、「嘘だろ…」「何かの間違いだ!」とそう叫ぶ者達もいた。

 

 壁の前で立ち並ぶエンドレイヴ達から銃口を向け、銃身がローリングする光景を見ても、大半が現実を受け入れられず、呆然とただその光景を見ていた。

 その静寂を機関銃から響き渡る轟音と十字の火が引き裂く。

 

 無人機からの容赦無い銃弾の雨、目の前で真っ赤な残骸に変えられる前列の人達を見て、人々はクモの子を散らすように悲鳴を上げながら逃げ出した。

 そんな人々にも銃弾は降り注ぎ原型を留めない肉片へと化す。

 

 

 次の瞬間、風を切る音が全ての“G(ゴースト)”ゴーチェの機関銃と数体のゴーチェを切断した。機関銃を切断した銀色に光る剣は意志を持っているかのように、飛んで来た方向へ戻って行く。

 

 「ーー派手だが俺の趣味には合わねえな」

 

 剣から逃れたGゴーチェ達は壊れた機関銃を切り離し、新しく再装備すると暗闇から現れたダンテに照準を合わせた。

 ダンテはレッドラインの前に立ち、並ぶゴーチェ達を一瞥する。

 

 「学習しねえな。無駄だって分からねえのか?」

 

 ダンテはリベリオンを大きく切り払うと、刃先を背後の地面に向け、次に身体を沈めて走り出す体勢になる。

 

 「悪いな。ぶち壊すぜその壁」

 

 GHQとアリウスの狙いを探るために、あえて自由に泳がせていたが、もう十分だろう。これ以上は集達のいる学校にも大きな被害が出かねない。

 さっさと壊して出口を作るのが吉だろう。もちろん悪魔からの激しい攻撃はあるだろうが、このまま壁の内側にいても事態が好転する見込みは一切無いのだ。

 犠牲は出るかもしれないが、こうなっては仕方ないと、ダンテは結論を出した。

 

 「ーーそれはやめておいた方がいい。君のためにも、何より”桜満集“のためにもね」

 

 「………」

 

 その声が聞こえた瞬間、ダンテは銃を抜くとノールックで引き金を引いた。しかし、銃弾は地面から伸びた影に呑み込まれる。

 影は銃弾のエネルギーを、魔力の刃に変換して撃ち返した。

 

 ダンテは剣で魔力の刃を打ち落とすと、背後の男ーーアリウスに振り返り、銃口を向けた。

 するとダンテとアリウスの間の空間から巨大な影の獣が、アリウスを守るように現れた。

 

 『ーーグルウオオオオオ!!』

 

 ファングシャドウは敵意に満ちた眼をダンテに向け、腹に響くほどの咆哮を上げた。

  

 「下がっていろ」

 

 『グルルル……』

 

 しかし、アリウスがそう命じるとファングシャドウは低くく唸りながらも、敵意を収め、ダンテを睨みながらアリウスの横まで下がった。

 

 「失敬。だいたい二週間ぶりかな?ダンテ」

 

 「わざわざ挨拶しに来るとはな…。人肌でも恋しくなって来たのか?あいにく、お前に貸してやれるモンは何も無いんでな、コイツで我慢してくれよ?」

 

 銃の引き金に力を込める。しかしアリウスはそれを意に介することなく、クククと喉を鳴らして笑う。

 

 「相変わらず面白いな君は。ほんの少し君と…ゲームでもと思ってね」

 

 「ゲームだ?」

 

 「そう、ゲームだ。君を壁の内側に閉じ込めるために私が三日三晩、寝ずに準備をしていた特別なゲームさ」

 

 アリウスは杖で壁を指し示す。そこには闇の中で蠢く、大量の悪魔が眼だけを光らせてダンテを見ていた。

 

 「君はこの世界で最強の存在だ。この街に解き放った悪魔達では君を殺す事は叶わない。もちろんこのファングシャドウもね」

 

 「ーーそれで…?」

 

 ダンテは興味なさそうに気のないため息をつきながらも、アリウスの話に耳を傾ける。

 

 「しかし、先日分かったと思うが、君ではこのファングシャドウを殺し切ることは出来ない。ーーここで、ひとついいニュースだ」

 

 アリウスは楽しそうにダンテの周りを歩きながら、芝居がかった仕草でダンテに笑みを見せる。

 

 「ーーファングシャドウの本物の核は、この街の何処かにある」

 

 「………」

 

 「君がこのまま壁を壊して外に出る事は容易い。ーーだが、出れるのは君だけだ。集くんはもちろん。学校にいる生徒はファングシャドウと無数の悪魔達の餌食になる」

 

 ダンテの銃を構える腕が、僅かに下がる。

 アリウスはそれを見逃さなかった。口を裂いたような笑みを、さらに深くする。

 

 「もう分かったと思うが、ここを出る方法はファングシャドウを倒す事だけだ。……もっとも、それでも今ここで壁を壊そうというのなら、止めはしないがね」

 

 「………ちっ」

 

 ダンテは舌打ちして、銃をホルスターに戻すとアリウスから背を向けて歩き去る。

 

 「君は確かに最強の男だが、全知全能ではない。ーーまた会おう“英雄”くん」

 

 ダンテの背中に、アリウスの勝ち誇った言葉が投げられる。

 その言葉もアリウスの姿も幻のだったかのように、朝露に溶けていった。

 

 

 

 

 




強くないのに、主人公追い詰める敵キャラ大好き。
分かる人います?

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