ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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切りの良い所が分からなくて、また妙に長くなってしまった…。

あと、ひっそりとこのssと絵の練習のためのtwitterを開設したんですが、リンクって貼って良いのか…?

規約読んでも、なんかよく分からず。

教えてエロい人。



#43学園-③〜isolation〜

 バンッ!バンッ!と腹に響く空砲の炸裂音が青空で響き渡る。

 その下で大勢の生徒たちの活気に満ちた声が聞こえる。

 

 「こんな時にお祭だと?」

 

 その光景を男たちが双眼鏡で見ていた。

 

 「許せねぇよ。みんな食いモンに困ってんのに…」

 

 「だよな!!」

 

 無骨な体格の二人の男達が双眼鏡で学校を見ながら、自動小銃を血の気多く握りながらそんな事を話し合っていた。

 学校の出し物に使っている物は学校が蓄えていた物であり、彼らにとやかく言われる筋合いは無いのだが、しかし彼らはそんな事を気にしない。

 

 蓄えが多くある場所に狙いを付け、押し破っては平等に分ける事を主張して、従わない場合は実力行使。

 その場所の規模、人数、女子供が何人居ようと、多く資源があるならばその分をもっと多くの人間に平等に分けるというのが、彼らの主張だった。

 

 ようはただのならず者だが、彼らは自らを「青少年まごころ団」などと名乗り、自分達の行いを善良で正義だと信じ切っているからタチの悪い。

 

 男の一人が近付いてくる軍用車輌に気付くと、車は目の前に止まり、バンダナを巻いた筋骨隆々の男が出てきた。

 

 「待たせたな!」

 

 「どこで見つけたんだその車?」

 

 「車だけじゃないさ!」

 

 得意気に言う男の後ろの建物から、ゴーチェが姿を現した。

 

 「エンドレイヴ!?本物かよ!!」

 

 「どうしたんだよそれ!!」

 

 『もらった』

 

 「仮面を着けた紳士にな!いい奴だったぞ!」

 

 「……なんか怪しくないか?」

 

 男の一人がそう言うが、バンダナの男とエンドレイヴの操縦者は一切気にする様子はない。

 

 「それだけオレたちの活動が支持されてるって事だろ!ーーさあ行こうぜ!!」

 

 バンダナの激励に男たちは雄叫びを上げた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 賑やかな祭囃子から少し離れてダンテ、レディ、集の三人は学校の屋上でトリッシュが来るのを待っていた。

 しばらく待っていると、空から雷鳴も無く金色の雷と共にいつもの黒いレザーの服装のトリッシュが現れた。

 

 「ーーお待たせ」

 

 大きな棺のような箱を担ぎながら、トリッシュはヒラヒラ手を振った。

 

 「あらいい匂い」

 

 「そっちはどうだ?アリウスに動きは?」

 

 「別に普通ね。向こうも様子見ってとこ?」

 

 トリッシュが集に気付くと、集の頭をワシワシと撫でた。

 

 「ーーハルカも元気よ。安心なさい」

 

 「……はい」

 

 レディがトリッシュが持って来た箱を開け、中のワクチンを確認した。

 

 「よくこんなに持ち出せたわね…」

 

 「ハルカはウイルスの研究者なんでしょ?その助手なら、いくらでも言い訳は立つわ」

 

 「ーーありがとうトリッシュさん。これだけあれば、備蓄が無くなってもしばらくは大丈夫だと思います」

 

 「それは良かったわ。でーーそっちはどうなの?」

 

 トリッシュは集と屋上の扉近くに立て掛けてあるアラストルを見る。

 

 「……あまり、上手く行ってるとは言えないです」

 

 「……本契約に移れそうには無いわね…」

 

 集の言葉からアラストルとの繋がりをすぐ把握して、トリッシュはため息をついた。

 

 「あの…それよりトリッシュさんは、ワクチン使ってます?」

 

 「ん?使ってないわ」

 

 「……発症の兆候は感じますか?」

 

 その言葉でトリッシュは集の考えが大体察したようだ。

 

 「……シュウ、先に答えておくけど、その考えは上手く行かないわ。言ったでしょ?余程の適性が無いと、デメリット無しで魔力は定着しない。かかる手間と比べて、得られる益は無いと思うわ」

 

 「……やっぱり、そうですよね…」

 

 「じゃ、これは生徒会室に運んどくわね」

 

 レディがワクチンの入った箱をよいしょと抱え上げ、屋上から去って行った。

 

 「トリッシュさん…そっちに茎道って奴は居る?」

 

 「…ええ、ハルカの上司よ。ーーそれが?」

 

 「父親の仇なんだとよ…」

 

 集は苛立ち髪を掻きながら、二人に背を向けた。

 

 「……真名姉さんは死んだ。はじまりの石ももう無い…!何でアイツは手を引かないんだ!!」

 

 「…おい、落ち着け」

 

 ダンテは集の肩を掴む。

 

 「…落ち着けないよ。ダンテなら分かるでしょ?」

 

 「…………」

 

 ダンテの手を振り解き、集は去って行った。

 ため息をついてダンテは置いてかれたアラストルを持ち上げ、刀身を見る。

 ダンテが触れた瞬間、汚れと刃こぼれが見える刀身が、一瞬で研いだように綺麗になった。

 

 「……世話の焼けるガキだ」

 

 アラストルを肩に担ぐと、トリッシュに向き直る。

 

 「って訳だ。アリウスの事は引き続き、ケイドウって奴の動向も探ってくれ」

 

 「………」

 

 「どうした?」

 

 「ダンテ…。この話、シュウに話すべきかは貴方が判断して…」

 

 「……なんだ?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「綾ねえ、こんなとこにいた!」

 

 「ツグミ…」

 

 ほとんど人のいない広場で綾瀬は河を眺めていた。

 他の場所と違って少々派手な色のタイルが敷き詰められた、公園が意識された造りの広場だ。

 

 「探したよう。みんなの所に行こ?」

 

 「…ツグミ、ごめんね」

 

 「…へ?」

 

 「私…ツグミに当たり散らして、酷い事いっぱい言っちゃって」

 

 「急にどうしたの?」

 

 ツグミは屈み込んで綾瀬の顔を覗き込もうとした。

 その瞬間、「おりゃ」と可愛いらしい掛け声で、綾瀬はツグミを抱き締めた。

 

 「ちょちょっ、綾ねえ!?苦しいんだけど!」

 

 「へへ〜逃げられるものなら、逃げてみなさい」

 

 ガッチリ絡む腕をタップして、ツグミはジタバタ暴れる。

 しかし、しっかり手加減はされている為、苦しさは感じない。

 

 「あんたの事は私がしっかり守ってあげる」

 

 「おう…?」

 

 「あんただけじゃ無い…。この学校の皆には指一本だって触れさせないわ」

 

 「……綾ねえ、いつからそんなこっぱずかしいセリフを平気で吐けるようになったの?」

 

 ツグミは抱き締められたまま、変人を見る目で綾瀬の顔を見上げる。

 

 「なんだと〜〜このこの〜〜!!」

 

 「ムギュ〜!!やっぱり今日の綾ねえ変だよ〜〜!?」

 

 

 

 

 

 

 「あっ、しゅう!おかえり」

 

 舞台の裏に戻った集をルシアが手を振って出迎える。

 

 「ただいま…って、そのワンピースは?」

 

 ルシアの服装は黒いジャケットの下に、見慣れない薄紫のワンピースを着ていた。

 普段ズボンを好む彼女では珍しい服装だ。

 

 「“生地が余ったから”ってカノンに作ってもらった」

 

 「委員長に?」

 

 「…それで?」

 

 「“それで”って?」

 

 集の反応にルシアは深いため息を吐いて、腕組みした。

 ルシアの不機嫌そうな仕草に集はようやく何を言うべきか気付いた。

 

 「ーーあっ、似合ってるよルシア」

 

 それを聞いたルシアはふんと鼻から息を吐くと満足そうに頷き、腰に手を当てた。

 

 「ーーギリギリ合格です」

 

 「そ…そうなんだ、よかった。いのりは?」

 

 「シュウ?」

 

 そう尋ねた時、カーテンの隙間からいのりがひょこっと顔を出した。

 

 「………」

 

 いのりの姿を見た集は一瞬、まばたきも忘れて彼女に見惚れた。

 

 「………んっ」

 

 絶句する集の腰をルシアが肘で小突く。

 私の時と全然反応違うじゃないとでも言いたげな膨れっ面で、集を睨む。

 

 「ーーき…綺麗だ。いのり…」

 

 集もハッとして慌てて言葉を絞り出す。

 

 ルシアが着ているワンピースと素材は同じだが、薄紫のドレスの下に濃い紫色のシルクで作ったフリルや、豪華な花の飾りがあったりと違いがある。彼女の纏う静かな美しさの空気感に良く似合っていた。

 

 「ーーっほんと?……ありがとう」

 

 いのりの鼓動が早くなる。顔を赤く染め、それを隠すように顔を背けると横目で集を見る。

 

 「おーい桜満くん!」

 

 「わっ!」

 

 その時、花音の猫騙しで集は我に帰った。

 

 「な、何?委員長」

 

 「まだ見せたい物があるから…さっ!ーーて訳で早く出て来なさいよ祭!」

 

 カーテンの奥から祭が顔だけ出す。

 

 「だ…だって、いのりちゃんの後じゃ…」

 

 祭はチラチラと集を見ながら、羞恥で顔を真っ赤に染めている。

 

 「ーー自信持って。ハレもすごく似合ってるから…」

 

 「ほらライバルからもエールが来たよ!」

 

 「…う…う〜〜っ」

 

 祭はしばらく唸っていたが、ついに意を決してカーテンから全身を出した。ドレス姿の祭が立っていた。

 いのりの着る衣装と色合いは似ていたが、花の装飾やスカート部分の形状や襟元など、よく見れば別の物だと分かるデザインだ。

 

 「う〜、脚が見え過ぎじゃ…」

 

 いのりの衣装は膝下くらいまでのスカートの丈だが、祭は普段の制服より少し丈が短めだ。祭はそれを恥ずかしがって脚を隠そうとしている。

 

 「わ、私やっぱり無理だよ!この格好でみんなの前に出るなんて!」

 

 「大丈夫だって!もっと堂々としてなさい!ーーねっ?…桜満くん!」

 

 「ーーぇうっ!」

 

 なぜ祭もステージ衣装を着ているのかと、疑問に思った時、両脇からルシアと花音に肘で小突かれ、思わず声が漏れる。

 

 「に…似合ってるよハレ。何て言うか…いつもと雰囲気違うからビックリした」

 

 「ーー〜〜〜っ!あ…ありがとう」

 

 祭は普段褒められ慣れていない感じで、両手で真っ赤に熟れたリンゴのようになった顔を隠して背を向けてしまった。

 集もまさか三回連続で少女達の衣装を褒めるという、地味にプレッシャーが半端ない事をやって。疲れたやら恥ずかしいやらで、顔が熱くなる。

 

 「…シュウこれ」

 

 「?」

 

 いのりが髪を束ねる純白のリボンを見せて来た。

 そのリボンが何かはすぐ分かった。

 

 「ーーそれ夏祭りの時にあげた?」

 

 「…まだ余ってるからハレにもあげたい。いい?」

 

 「え?」

 

 「ーーうん、良いんじゃないかな」

 

 いのりが近くに置いてある机の側へ走って行き、置いてある小箱を持って祭のそばまで走って来た。

 

 「そんな…悪いよ!」

 

 「ルシアにもあげたから、平気…」

 

 祭がルシアの三つ編みの髪を束ねている物をよく見ると、確かにいのりが持っている物と同じ純白のリボンが結ばれている事に気付いた。

 

 「…決めたの…家族には、大切な人には、これを渡そうって…」

 

 いのりは鋏でリボンをロールから二本適当な長さで切って、祭に握らせた。

 

 「ーー御守り」

 

 「……いのりちゃん…うん、ありがとう。ーー大事にするね」

 

 「…うん」

 

 祭はリボンを胸に抱いた。

 二人はお互いに微笑み合った。

 

 「…うん、勇気出て来た。

ーー集、見ててね?絶対、ステージ成功させるから!」

 

 「……さっきまでの話でだいたい察しがついて来たけど、まさか祭もいのりとステージへ?」

 

 「そうだよ。はれ凄くうまいの」

 

 「この子、昔からカラオケ得意だったしね。今日まで秘密の猛特訓を積んで来たから、本番驚くわよ〜?」

 

 「ハードル上げないでよ、花音ちゃん!

あーやっぱり、心臓が痛いよ〜」

 

 「ハレなら大丈夫。自信持って…」

 

 楽しそうに話す四人の姿に、集は自然と頬が緩む。

 舞台に上がろうとする二人に声援を送ろうとした時、グランドから地面を震わす爆発音が鳴り響いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 いつの間にか眠っていたようだ。

 上体を起こし、目を擦っていると草を踏む音が聞こえた。

 

 「何だこんなとこに寝てると風邪を引くぞ?」

 

 父親の声に顔を上げる。

 

 (……あれ?)

 

 何か大事な事を忘れてる気がした。

 なぜか、今目の前に父親がいる事に強い違和感を感じる。

 

 「どうした?こっちに来ないのか?」

 

 「いや、行くよ」

 

 草原でシートを広げて、手招きする父親の横に座る。

 すると父親はバスケットを開けて、中のサンドイッチを差し出して来た。

 

 「ほら食べなさい。今日は自信作だぞ」

 

 父親に言われるがままサンドイッチに手を伸ばして、口に運ぶ。

 それを見て嬉しそうに父親は笑う。

 

 「美味いか?」

 

 「…うん。美味しいよパパ」

 

 父はニコニコと微笑んで、食べている自分の事を見守る。

 

 「パパも食べなよ」

 

 気恥ずかしくなって来て、そう促してみた。

 

 「パパは食べられないんだよ」

 

 その時、パタタとシートの上に水が落ちる音が聞こえた。

 雨かと思い上を見上げるが、空には雲ひとつ無い。

 

 「…?」

 

 不思議に思いながらバスケットに手を伸ばした時、サンドイッチの上に赤い粘度のある水滴が落ちた。

 

 「!?」

 

 見飽きる程見て来たその真っ赤で鉄臭い水に、一瞬ダリルの思考が停止する。眼を上げて、サンドイッチを血で汚す父親を見た。

 顔から身体中から血を流し、真っ赤な水溜りを広げる父は、先程と変わらない優しい微笑みをダリルに向けていた。

 

 「ーーひっ」

 

 それが余計に異常性を引き立てていた。

 父から迫って来る血溜まりから逃れようと、後退りした。

 

 そこで自分が立っている場所が草原から、空港の管制塔の中に変わっていた。

 

 「…パパはな…お前がグチャグチャにして殺したから、もう…ランチ食べられないんだ…」

 

 「来るな…来るな!!」

 

 肉片をボロボロ崩しながら、ゾンビ映画のようにダリルに手を伸ばして迫って来る。

 

 「ーーっ!!?」

 

 ゴポゴポと喉から血の泡を垂れ流し、あと一歩でダリルに触れる直前で崩れ落ち、バラバラの肉片に変わった。

 そこにはエンドレイヴで父親を撃った時と同じ情景が広がっていた。

 

 ダリルはただ絶句して血溜まりを眺めていた。

 

 ーーゴポーー

 

 またあの音が聞こえた。

 管制塔の機材の影から、床から、天井から、何人も人影が立ち上がっている事に気付いた。バンバンとたくさんの人間が窓を叩く音も聞こえる。

 

 (ーーああ、こいつらは…全部僕が…ーー)

 

 

 腕が折れるかと思う程の力で誰かに掴まれる痛みを感じた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ーーっ!?」

 

 ズボンのポケットに入れた携帯の振動でダリルは跳ね起きた。

 

 「ゆ…夢…?」

 

 悪夢から戻れた事にホッとした直後、寝汗でぐっしょり濡れた服に不快感を感じた。人気のない場所を探して、ベンチに座って一休みしていたのだが、寝心地の悪い場所で寝るものではないと後悔しながら、携帯に出た。

 

 「はい」

 

 『ーーお休みところ申し訳ありません。少し状況が変わりました』

 

 「何かあったんですか?」

 

 嘘界にそう尋ねた時、露店のあるグラウンドから爆発音が鳴り響いた。近くの窓ガラスが振動で震える。

 

 『ならず者達が襲撃して来ました』

 

 「迎撃すれば良いですか?」

 

 『いえ、放置で構いません。しかし、記録はお願いします』

 

 「……桜満集の…ですか?」

 

 通信機越しだというのに、ダリルには嘘界のあの薄気味悪い笑みが見える気がした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ヒャハハハーーー!!」

 

 「浮かれたガキ共に世間の厳しさを教えてやるよ!!」

 

 爆走する車の上で銃を乱射しながらバンダナの男が下品に笑う。

 

 生徒達は悲鳴を上げながら、逃げ惑う。

 そうこれが最高なんだ。圧倒的なチカラで人々を黙らせるこの快感。

 もっと無様に転がり回れ。

 

 「ーーおい、なんだアイツ?」

 

 「ーーあ?」

 

 運転席のスキンヘッドが正面を見て声を上げた。

 前を見てみると、紅いレザーコートに銀髪の異様な男が立っていた。男は銃を見ても、爆走する軍用車両を見ても微動だにしない。

 

 「轢いちまえ!」

 

 「おうよ!」

 

 流石に自分目掛けて走って来る車を見れば、逃げ回るだろう。スカした顔をした奴が滑稽な姿を存分に笑ってやろう。

 バンダナの男はそう考えていた。

 

 「ーーなんだコイツ!逃げようとしねぇ!?」

 

 目の前に迫っても、男はニヒルに笑いながら自分達を見据えていた。

 ーー次の瞬間、男達に予想だにしない出来事が起こった。

 

 ダンテは背中からリベリオンを抜くと、地面に突き刺した。

 車が剣に衝突すると、バンパーがひん曲がり、フロントガラスもヘッドライトも粉々に弾け飛んだ。車は完全に停止し、ただのガラクタと化した。

 

 「ーー無粋な野郎共もいたもんだ」

 

 ダンテは急停止の拍子に外に転がり落ちたバンダナの男に、視線を向けた。

 

 「ーーくそっお!!」

 

 車から投げ出されたというのに、男は軽傷のようだ。

 伊達に身体を鍛えてる訳ではないということだろう。しかし、ダンテにとっては微々たる差に過ぎない。

 

 「くたばれえ!!」

 

 唾を撒き散らしながら、男が叫び自動小銃をダンテに向けて乱射した。ダンテは退屈そうにリベリオンで弾を全て叩き落とすと、地面を蹴り上げた。

 

 「ーーぐっ、ギャアアアアアア」

 

 蹴り上げられた土の塊が、男の指をへし折った。

 銃を落とした事に気付いた男が、拾い上げようとするが、その鼻先に銃口が突き付けられた。

 

 「まだ遊び足りないか、ヤンチャが過ぎるぜーージョック?」

 

 「ひっ…ぃいい!?」

 

 バンダナは涙目になって両手を上に上げた。

 

 『このっ!なんだってんだよおお!!』

 

 その横から、ゴーチェがダンテに向けて殴り掛かって来た。

 ダンテは鼻で笑うと、再び背中の剣に手をーーー

 

 『ーーアンタは引っ込んでなさい!!』

 

 その時、ダンテとバンダナを飛び越えて、シュタイナーがゴーチェの前に躍り出ると、ゴーチェを蹴り飛ばした。

 

 『ぐあ!?』

 

 ゴーチェは派手に土を巻き上げながら、地面に転がった。

 

 『私だけで十分よ』

 

 「ーーはっ、ならお言葉に甘えるとしよう…。おい、そこのダサいバンダナ野郎」

 

 「は…ハイぃッ!」

 

 バンダナの男は冷や汗をダラダラ流しながら、ピンッと足と手を揃えて気をつけする。

 

 「テメェの仲間引き摺り出す。ーー手伝うよなぁ?」

 

 「っもももーーもちろんです!!」

 

 ダンテは男の答えを待たず、歪んだ車のドアを引っぺがした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「あれは…“シュタイナー”…?」

 

 ダリルは白い機体のエンドレイヴを見て、思わず身を乗り出した。

 葬儀社との交戦中なぜか気を失ってしまい、鹵獲され、更には自分まで身代金を引き換えにした捕虜となった。忌まわしい思い出が溢れ出る。同時に当時の屈辱と怒りを思い出し、拳を握る力が強くなる。

 

 「ーーふざけるな。あの機体は僕の物だぞ…なに好き勝手してるんだ」

 

 奥歯を食いしばり、怒りが溢れ出る。あの機体の一挙手一投足が自分のプライドを踏み汚される気がする。

 

 もう黙って見てるなんて堪えられない。例え軍法会議に掛けられようが知った事ではない。我が物顔のテロリスト共に思い知らせてやろう。

 

 

  ーー“皆殺しのダリル”をーー

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『ちくしょう!なんだってんだよその機体!!』

 

 突き付けられた銃口に、綾瀬はダガーを突き刺した。

 銃身が破裂し、その爆発に巻き込まれる前にダガーを引き抜き、ゴーチェの顔面に拳を叩き付けた。

 

 『いでえええええ!ちくしょう!ちくしょう!』

 

 (涯が残してくれた力…私だけの力!)

 

 『アンタなんかに負けるわけないでしょ!』

 

 拳を中心にゴーチェの頭部に亀裂が入る。地面に豪快に叩き付けられ、ゴーチェの巨体が地面をバウンドする。

 ゴーチェの操縦者が短い呻き声を上げると、そのまま動かなくなった。

 

 おそらく操縦者は痛みのフィードバックにたえ切れず、気を失ったのだろう。

 

 『綾ねえ!まだひとつ反応がーー!!』

 

後でツグミに探させようと考えた時、土煙からもう一体のゴーチェが襲いかかって来た。

 

 『まだいたの!?』

 

 ゴーチェのダガーを自分のダガーで受け止め、綾瀬はゴーチェを見据えた。

 身のこなしで先程の操縦者とは比較にならない相手だと、瞬時に察した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なにをやってるんだダリル少尉!!」

 

 ローワンが搭乗装置に入ったダリルに声を上げる。

 

 『黙れローワン!これが僕なんだ!!ーーテロリストを野放しにしたら、“皆殺しのダリル”の名折れだ!!』

 

 「ーーダリル…」

 

 『切断してみろ。もし切断したら…あんたを殺すぞローワン!!』

 

 「ーーっ!」

 

 説得を諦めたローワンは“緊急切断(ベイルアウト)“の装置に手を伸ばそうとした。

 しかし、その腕を別の人物が掴んだ。

 

 「ーー嘘界局長…」

 

 「やらせてあげましょう。こんな事はあろうかと、型番は削ってあります。もし問題があっても、テロリスト同士の小競り合いという事にしとけばいいでしょう。ーーただ生徒たちは殺さないで下さいね。ダリル少尉」

 

 「…本気ですか?」

 

 「我々に怒りが向くよりマシでしょう?」

 

 ローワンには嘘界が明らかにこの状況を楽しんでいるようにしか見えなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『くっ!ーーこの動き…素人じゃない!』

 

 ゴーチェのスペックを感じさせない戦闘能力に、綾瀬は苦戦を強いられた。

 

 『集中しろよ!まだまだやり返し足りないんだからさぁ!!』

 

 ゴーチェの外部スピーカーを含めた音声は全て遮断されているため、綾瀬にダリルの声が届かない。しかし、綾瀬にはダリルからの殺気を敏感に感じ取っていた。

 

 『ヘッピリ腰で僕に勝てると思ってるの!?』

 

 シュタイナーを足払いしバランスを崩した瞬間に、ダリルは綾瀬に組み付いた。

 ゼロ距離にライフルを突き付け、ダリルは引き裂いたような笑みを浮かべた。

 

 『ーーっ!!』

 

 「やった!これでーーー」

 

 

 

 ーーーどうなるって言うんだ…?

 なぜシュタイナーを見た瞬間、あんなに怒りが沸いたのだろう?

 

 …そうだ初めてのプレゼントだったからだ。

 父からの…。嬉しかった。実用前の最先端機を貰った時、期待されてると思った。忙しいながら、会えなくてもちゃんと愛されてるんだと思った。

 

 結局は幻想だった。気のせいだった。

 ただ厄介払いされていただけ…。その事実を知ったから撃った。

 

 ーーそう撃った。この指で引き金を引いた…。

 

 

 

 ダリルの動きが止まったのは、コンマ1秒にも満たない短い時間だった。しかし、その隙を綾瀬は見逃さなかった。

 

 自分に向けられた銃口を叩いてそらした。発射された銃弾は何もない地面を穿ち、土を巻き上げた。

 

 『ーーはっ!ちぃ!』

 

 避けられた事にまたコンマ1秒気付くのが遅れ、再び綾瀬に反撃を許す。

 綾瀬は銃とダリルを蹴り飛ばし距離を取ると、お返しとばかりに銃を撃ちまくった。

 

 『ーーぐっ!!舐めるなぁ!!』

 

 ダリルは腕で頭部を庇い銃弾を防ぐと、ダガーを射出して綾瀬から銃を叩き落とした。

 

 『きゃっ!?』

 

 綾瀬は短く悲鳴を上げたが、すぐに銃を拾おうとはせずに油断無くダリルの様子を伺った。

 ウエスタンのガンマンの様にお互いの出方を伺って、距離を取る。

 

 その時、二人からやや離れた場所から火の手が上がった。

 

 初めは露店のコンロにでも引火したのかと、気にも止めていなかったが違う。

 

 『ーーあっ…つ!!』

 

 声を上げたのは、先程綾瀬が倒したゴーチェだ。

 

 『ーーあっ?なんだ?』

 

 最初に異変を感じたのはダリルだった。

 綾瀬も異変に気付き、そちらへ視線を向ける。

 

 『ーーあっつ!熱い!!?熱い!??痛い!!痛い!!痛いあああああああ!?!!??』

 

 ゴーチェの操縦者の声が聞くに堪えない絶叫に変わる。

 

 『なんなの…』

 

 内側から燃えるゴーチェに、ただ言葉も出ず見守った。

 その内、ゴーチェの胸部パーツが大きく膨れ上がり、破裂した。

 

 大きな火柱が上がり、その中から牛の頭が見えた。

 

 『悪魔…?』

 

 『ーーブオオオオオオオオオオ』

 

 黒焦げの残骸となったゴーチェを踏み潰し、牛の頭と四肢に炎を纏う悪魔、『フュリアタウルス』が雄叫びを上げる。

 ギリシャ神話で有名なミノタウロスを思わせる外見だが、炎上する身体に加え、10メートルを超える巨躯はそれを上回る脅威だと説得するに十分だった。

 

 「おいっ、お嬢ちゃん!ーー交代するか?」

 

 『ーー!!』

 

 ダンテの声で綾瀬は我に返った。

 

 『……いい、手を出さないで!』

 

 「そうかい、まあ…好きにしな」

 

 ダンテは鼻で笑いながら一歩下がり、腕を組んで生徒達と一緒に観戦の姿勢になる。

 綾瀬は悪魔に向き直る。

 

 しかし、悪魔の存在をあくまで“生物兵器”と認識していたダリルは人間の身体に牛の頭の炎を纏った巨人という、御伽噺の怪物としか思えないような外見の悪魔にただ絶句した。

 

 フュリアタウルスは炎を掴むと、そこから巨大な槌を引き抜いた。

 

 『…面白いじゃない…』

 

 綾瀬がダガーを腕部から出すと、フュリアタウルスは雄叫びを上げて槌を地面に叩き付けた。

 そこを中心に熱風を伴う衝撃波が辺りに広がった。

 土を巻き上げ、テントは炎上して舞い飛んだ。

 

 『ーーヤバそうだな。…そろそろ潮時か…』

 

 怪物の横槍ですっかり殺意が萎えたダリルは、舌打ちしてその場を離れようとした。

 脱出ルートを考えながら、舞い落ちるテントを目で追っていると、その落下地点の物陰に、人影が僅かに覗いているのが見えた。

 

 『あれは…』

 

 身体の大部分は階段の後ろに隠れて見えないが、長い黒髪と猫耳や服装に覚えがあった。

 

 (“チンチクリン”?ーー何やってんだあんな所で…)

 

 少女は何か作業に熱中していて、真上から落ちてくるテントの残骸に気付いていない。

 

 『ーーおい!!』

 

 外部スピーカーは切っているのも忘れ、ダリルは思わず少女に向かって叫んだ。

 

 『ーーのっ、バカ!!』

 

 ダリルは熱風を掻き分け、少女の方へ向かった。

 

 

 

 

 『逃げて、ツグミ!!』

 

 「え?」

 

 サポートしている綾瀬の声でツグミはようやく、自分に覆うように落下して来るテントに気付いた。

 

 「わわっあわわわ!!」

 

 慌てて逃げようとしたが、もう遅かった。一歩踏み出す事すらままならず、目前に迫ったテントを呆然と見つめた。

 

 (ーーあっ、死んだわこれ…)

 

 涯が死んだ時以上に、ツグミはその事実を受け入れた。

 

 『ーーツグミ!!』

 

 綾瀬の絶叫はテントの瓦礫の落下音にかき消された。

 

 「……あれ?生き…てる?」

 

 不思議に思って上を見上げると、エンドレイヴの巨体が自分に覆い被さっていた。一瞬、綾瀬のシュタイナーかと思ったが違った。

 

 「ーー…ゴーチェ…?」

 

 なぜ?と思ったが、ツグミ以上に困惑していたのはダリルだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 なぜこの鬱陶しい女を助けたのか、自分の無意識な行動が理解できなかった。

 

 『ーー後ろ!!』

 

 「ーーっ!!」

 

 ツグミの声で真後ろに立つ牛頭の影に気付いた。

 エンドレイヴを凌ぐ巨腕がゴーチェの腕を掴み、凄まじい力で引っちぎろうとした。

 

 「ーーぁっーーーあぁっ!?」

 

 「ーーダリル!!」

 

 ダリルは声にならない声を上げて苦痛に悶えた。

 ローワンは咄嗟に緊急切断の装置を起動させ、ゴーチェから切り離した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 『ーーブゥルオオオオオオオ!!』

 

 直後、悪魔がゴーチェの腕を引き千切り、動かなくなった胴体を地面に叩き付け踏み潰した。

 

 『ツグミ!大丈夫!?』

 

 『う…うん、もう平気!生徒会室…綾ねえのとこ行くね!』

 

 ゴーチェをひとしきり破壊すると、フュリアタウルスは燃える吐息を吹きながら、牛の頭を綾瀬の方へ憤怒に満ちた眼を向けた。

 

 『っ!ーー…来るなら来なさい…!』

 

 綾瀬の挑発に応えるように、牛頭は咆哮を上げて突進する。

 咄嗟に地面に落ちた銃を拾うと、牛頭に向けて発砲した。しかし、牛頭は突進しながら自分の槌を盾に顔(正確には眼)を守り、一切スピードを緩めないまま接近し槌を振り下ろした。

 綾瀬は槌を躱す。槌が地面に叩き付けられると、熱風と共に地面が砕けた。

 

 『くらいなさい!!』

 

 牛頭に再度銃を乱射するが、牛頭は地面を砕いた槌を綾瀬に投げ付けて来た。

 至近距離の上、牛頭の突進以上の速さで飛んで来た槌にまともな回避など出来るはずも無く、左胸部に槌が直撃した。

 

 『ーーきゃあッ!?』

 

 そのダメージがフィードバックされ、胸部を鈍い痛みを襲った。

 牛頭は綾瀬に突進し、巨体をシュタイナーに打ち付けた。

 

 『ーーうっ!?』

 

 綾瀬は地面に押し倒され、牛頭に踏み付けられる。

 牛頭はそのまま叩き潰そうと槌を振り下ろす。綾瀬は目を閉じること無くその光景を見ていた。

 スローモーションのように槌が迫る。

 この状況の打開と逆転の手を考えようとすら思わなかった。それだけこの悪魔のパワーは圧倒的だった。

 

 (ーー涯っ!!)

 

 『綾ねえ!!』

 

 自分が見てる光景はツグミもきっとモニターで見ている。

 きっと今頃は『緊急切断』のアイコンに手を伸ばしている筈だ。

 

 (涯っ…ーー結局、私は役に立てなかーー…)

 

 目筋から一雫の涙が頬を伝った。

 

 

バギイィンッ

 

 耳をつん裂く金属音と共に、もう見慣れた銀色の剣が槌を阻んでいた。

 

 『…集…っ!』

 

 「はあっ!!」

 

 集はいのりの剣で思い切り槌を押し返した。

 

 『ーーブルゥ…!』

 

 牛頭は矮小な身長の人間に押された事に一瞬驚いたが、すぐに怒りの雄叫びと共に集に襲い掛かった。

 地面を抉り、空気を焼く牛頭の猛攻を躱しつつ、集も負けじと牛頭の懐に潜り込もうとした。

 

 「ーーだめよ!!」

 

 「ーーっ!」

 

 ダンテの隣に立つレディの怒鳴り声で、集は咄嗟に後ろに飛び退き、牛頭の火炎の吐息(ブレス)から逃れた。

 

 『………』

 

 サイズ差から来る危うさは感じるが、ほぼ互角に渡り合っていた。

 綾瀬はまた胸を締め付けられる気分になった。

 

 集には悪魔と互角に戦える力がある。いのりには歌がある。

 …なら自分には?涯を死なせて、無様に生き残った自分には何が残ってる?大見栄切って化け物に戦いを挑んで、あっさり返り討ちにあって、涯が残してくれた命もエンドレイヴも役に立てなかった。

 

 もはや嫉妬心すらわかない。

 

 

 (……私って…生きてる意味あるのかな?)

 

 

 「ーーっぶはあ!!」

 

 牛頭の炎から逃れた集が炎を吸わないためにと、止めていた呼吸を吐き出す。

 

 ーー目が合った。

 途端に悔しさや恥ずかしさを押し流すように、恐怖心が湧き上がって来た。

 

 「ーー綾瀬!」

 

 怖い。その先の言葉を聞くのが怖い。

 優しい彼の事だ。戦えずに地に伏せる自分をむざむざ戦場に放置しておく筈がない。

 

 「綾瀬っ、早くーー」

 

 『ーーやめてっ!!』

 

 「っーー!?」

 

 油断無く牛頭の動きを伺っていた集が、突然悲痛な叫びを上げた綾瀬に思わず振り返った。

 

 『ーーお願い…、私を切断しないで』

 

 「…綾瀬…」

 

 『遠ざけないで…。逃げたくないの!盾にしてくれたっていい!私を”怠け者“にしないで!!』

 

 「ーー綾瀬っ」

 

 『…涯は私に脚をくれたの…誰よりも速くて、何処までも行ける脚を……』

 

 集は牛頭が槌を振りかぶっている事に気付き、素早く振り返り槌を受け止めた。まともに食らえば、集の身体など一撃で粉砕されてしまうのは想像に難くない。

 

 「ーー…ぐっ!!」

 

 牛頭の怪力で集の足が地面にめり込む。

 

 「ーー立ってくれ!」

 

 『ーーっ!』

 

 「さっきはそれを言いたかったんだ。綾瀬…君はまだ立てる!」

 

 『集…っ』

 

 綾瀬は顔を上げ、集の背中を見上げる。

 火花を散らしながら牛頭の槌を受け止める背中が、戦場を前に臆せず進み続けた涯の後ろ姿がダブって見えた。

 

 「…涯が…死んだのは、僕のせいなんだ。ーー僕がこの剣で涯を刺した……」

 

 『ーーえっ?』

 

 一瞬、困惑した。ーーどういう事かと思った。

 しかし、集の表情は相手からの攻撃による苛烈さ以上に、今にも泣き出しそうな顔だった。

 辛そうに歯を食いしばり、悔しさと悲しみで表情を歪ませていた。

 

 ーーそれを見れば、なにかあったんだろうという事くらい分かる。そうせざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだと。

 

 「ーーが…いは…涯は、僕が殺した!」

 

 涙を流しながら罪を告白する集を、綾瀬は不思議と責める気になれなかった。

 ーーむしろ少し心の何処かで安堵した。自分が感じていた悔しさや、悲しさと罪悪感で苦しんでいたのは自分だけじゃなかったのだと…。

 

 「おおおおおおっ!!」

 

 『ゴォッ!?』

 

 いのりの剣に銀色の光が収束し、凄まじい衝撃波を放つ。

 牛頭は槌ごと弾かれ、数歩後ろにのけぞった。

 

 「ーーけど、綾瀬は祭達を悪魔から守ってくれた!」

 

 『…………』

 

 「ーー僕だって何度も綾瀬に助けられた!!君は…自分で思ってる以上の強さを持ってる!!」

 

 集は綾瀬に手を差し伸べる。涙で輪郭はボヤけていてもはっきり見えた。

 

 「だから、一緒に戦ってくれ!!ーー綾瀬が必要なんだ!!綾瀬じゃなきゃダメなんだ!!」

 

 頼りなく、心を刺すような熱も生まれない。

 子供の駄々のような、愛の告白にも似た酷く利己的な文句。

 ーーそれでも、綾瀬の背を押す何かがあった。

 必要とされた喜び以上の心の疼きが、綾瀬の手を集の手へ導く。

 

 ーーもうすぐ自分の指が集の指に触れそうだと思った時、ーー

 

 シュタイナーが地面を掴み、綾瀬はようやくシュタイナー越しのカメラで集の姿を見ていたことを思い出した。

 すっかり目の前の集本人の手を掴む気でいた綾瀬は、気恥ずかしさで顔が熱くなる。

 

 『…まったく、耳もとでうるさいのよ…アンタは』

 

 それを誤魔化す様に平静を保って言うが、真横からツグミの妙にテンションの高い「ヒュー!ヒュー!」という冷やかしの声が聞こえる。

 どう口止めするか考えていると、既に牛頭が次の行動に移っている事に気付いた。

 

 槌を真上に掲げて、円を描くように振り回している。

 周囲の風がその槌と牛頭を包み、炎上して行く。風は炎の竜巻に変わって行き、徐々に巨大に広がって行く。

 放置すればこの学校は丸ごと更地になる事は間違いないだろう。

 あんな熱風の渦に触れれば、半魔人化の集だって無事では済まない。

 

 「…行くよ、綾瀬!」

 

 『ええ!』

 

 再びいのりの剣と集の身体に銀色の光が集まって来る。

 集は躊躇いなく竜巻に向かって熱風の中に飛び込んだ。

 

 「らああああああっ!」

 

 集はそのまま剣を下げ、地面をスプーンのように抉り取って持ち上げた。

 

 「ーーっだあぁ!!」

 

 それを竜巻に向けて投げ付けた。

 投げ付けられた大量の土の塊りが竜巻にぶつかった瞬間、集は土の中に飛び込んだ。

 

 『ーーガゴォ!?』

 

 竜巻の中に飛び込んだ集はそのまま牛頭の右脚を切断した。

 切断面から赤く燃える血を吹き出して牛頭は大きくバランスを崩し、同時に竜巻も消失した。

 

 『ブガアアアアアアッ!!』

 

 牛頭は激昂し残った片足で地面を蹴ると、あっと言う間に集を肉薄した。

 

 「ーー綾瀬!!」

 

 槌を振り上げ、集を叩き潰そうとする牛頭の真上からシュタイナーが校舎の壁を蹴って突進した。

 

 『ーーやあっ!!』

 

 牛頭の背中にダガーを突き刺す。

 鈍い音と共に牛頭は鼓膜を裂くような絶叫を上げた。

 だが、まだ牛頭は倒れない。燃える血を吐きながら、片足でしっかりとブレ無く身体を支えた。

 

 しかし、その目の前に剣を構える集の姿があった。

 その瞬間、牛頭は本能的に自身の敗北を悟った。だが、座して敗北を受け入れようとはしなかった。

 

 『ゴルオオオオオオオオ!!』

 

 「ーーおおおおおおおお!!」

 

 お互いの咆哮がぶつかり合う。

 集は牛頭の巨大な(こぶし)を紙一重で躱し、左肩から袈裟斬りで斬り裂いた。

 

 『ガアアアアーー』

 

 傷口から燃える血を噴き出し。

 牛頭は大きく息を吐くと、そのまま絶命した。

 

 牛頭の赤く発熱した身体は白く変色し、白い煙を発して彫像の様に佇んでいる。シュタイナーが背中からダガーを抜くと、そこから脆い炭に変わって崩れ落ちていった。

 

 「……はぁ…はぁ…」

 

 集はその様子を見守ると、立ち上がって他に悪魔が居ないか周囲を見回すが、敵の気配は何処にもない。

 

 その時、呆然と様子を見守っていた生地達からパラパラと拍手が起こり、やがて戸惑いながらもだんだん拍手は大きくなっていた。

 

 「………」

 

 『………』

 

 集と綾瀬は顔を見合わせ、照れと達成感が混ざった笑みを向け合った。

 

 「なんとかなったわね…」

 

 「…そうだな。かなり危なっかしいがな」

 

 そう言ってダンテは剣を背中に戻した。それを見てレディが皮肉を込めて笑う。

 

 「…アンタにしてはよく我慢したもんだわ」

 

 「あんな雑魚叩きのめしたところで、中途半端過ぎて逆に腹減っちまうぜ」

 

 「少しは大人になったじゃない」

 

 「うるせえ…」

 

 遠くで身長差のあり過ぎるハイタッチをする、集とシュタイナーを見つめる。

 

 「……成長を見守る…か。ーー楽じゃねえな、どうも…」

 

 そう言ってダンテの人生上、一番デカいとすら思える程のため息をついた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 『EGOIST』のライブは何事も無く進んで行った。

 最初はいのりがソロで曲を歌い、次はいのりと祭がデュエットで新曲を歌っている。少女達の澄み渡るような歌声が夜の学校に響き渡る。

 

 「ねえ…集…」

 

 「ん?」

 

 生徒達の最後列に立つ二人は疲れからか、拳を振り上げて盛り上がる生徒達と違って二人は静かにライブを見守った。

 

 「……私…聞かないわ。なんで、あなたが涯を刺す事になったのか…」

 

 「………」

 

 「気にはなるけど、集だって思い出したくないでしょ?…何よりあなたの事を信じてるから」

 

 「……ありがとう」

 

 優しい微笑みを向ける綾瀬に、集は心の底から感謝した。

 

 歌い始めはガチガチに緊張していた祭も、いのりのリードもあって曲が進むにつれふっ切れたようで、十二分のパフォーマンスで無事に歌い切った。

 

 「そうだ。綾瀬、これ…」

 

 「え?」

 

 生徒達からの惜しみ無い拍手が収まった時、集から差し出されたのは、純白のリボンだった。

 よく見ると集の袖の下に同じ物が手首に巻かれているのが見えた。

 

 「…いのりから渡して欲しいって頼まれたんだ」

 

 「あの子が…?」

 

 「いのりだって心配なんだよ…。綾瀬の事」

 

 「……そう」

 

 綾瀬はリボンを受け取ると、しばらくじっとそれを見つめる。

 

 「……それと…あの事はいのりに黙っててあげる」

 

 「?…なんのこと?」

 

 「あ……あれよ“綾瀬じゃなきゃ、ダメなんだ”ってやつ…」

 

 「……………っ!ーーいやいやいや!!」

 

 少し間があって、集が顔を真っ赤にしてブンブン手を振った。

 

 「あ、あれは誤解と言うか…!言葉のアヤと言うか…!」

 

 「ぷっ、あははは!冗談よ。なに本気にしてるの」

 

 「か…勘弁してよ」

 

 綾瀬は笑うのをやめて、赤い顔のまま文句を言う集をじっと見つめる。

 

 「な…なに?」

 

 集はまた、からかわれるのかと警戒する。

 

 「ーー涯の事はまだ割り切れない所もあるけど、私は私の出来ることを精一杯やってみる」

 

 「……うん」

 

 「ありがとうね、ーー集」

 

 集が初めて見るかもしれない、彼女の年相応の無邪気で可愛らしい笑顔に、集も優しく微笑み返した。

 

 「みんな〜!!ちょっと聞いてくれ!!」

 

 ライブが終わり帰ろうとしていた生徒達は、壇上からの颯太の声に再び集まって来た。

 

 「テレビが映るようになったてさ!!」

 

 これで情報の飢えから解放される。ステージ前にいない生徒達も気付いて、携帯を操作している。

 世界がどうなっているか、壁の外の状況を誰もが知りたがっている。

 

 「今からステージのスクリーンに出す!ーーおい、まだか?」

 

 「慌てなさんなって」

 

 颯太はステージ脇のツグミを急かす。

 ツグミは立体端末を操作し、トンッとエンターキーを押した。

 暗かった画面に演説台に立つ男の顔が映し出される。

 

 「ーーっ!!」

 

 「ーー茎道修一郎!!」

 

 威圧感を感じさせる重い空気の中、茎道が口を開く。

 

 『ーーその調査の結果、環状7号線より内側には、重度のキャンサー患者以外に生存者は確認されず、臨時政府とGHQは救助活動を打ち切り、今後十年にわたり完全封鎖することで同意しました』

 

 テレビが映った事に対する歓声が、一瞬で困惑に変わった。

 

「ここも…環状7号線の内側じゃないか…?」

 

 誰かが言った。だがこの辺りで、重度どこらかキャンサーを発症させている者すら、見かけた者はいない。

 

 『ーー我々は国際社会の懸念を払拭すべく、アポカリプスウイルス撲滅に尽力する所存です。再生のための浄化…それこそがこの度、日本国臨時政府の大統領に就任した、この私の責務と信じます」

 

 「……“大統領”…?」

 

 綾瀬からぽつりと声が漏れる。

 

 「ーー茎道…っ!」

 

 『そのために封鎖地域の外周に《レッドライン》を敷き、そこより除染を行なってまいります。これはこの国の再生のために必要な犠牲であることを、日本国民の皆様には、どうかお解りいただきたい』

 

 事態を呑み込めずにいた生徒達は、次第に自分達が見捨てられた事に気付いていった。

 あちこちから、ふざけるな家に帰せなどの声が上がり始めた。

 

 「………ふざけるな…」

 

 「……集?」

 

 ーーそう、ふざけるな。はじまりの石と真名を利用して、この事態を招いたのは紛れも無く茎道本人なのだ。

 父親を殺し、挙句この国で多くの人々を惨たらしく殺しておいて、言うに事欠いて『再生のために必要な犠牲』?

 どこまで腐っていれば気が済むんだ。

 

 「ーー茎道っ!!」

 

 ーーあの男は必ず殺す。

 

 奴が人々に振り撒いた以上の苦しみを味合わせて、必ず償わせる。

 

 周囲で怒号と悲鳴が渦のように駆け巡る中、強い憎しみと殺意を抱いて集は暗い誓いを立てた。

 

 

 ーーまた、頭の中で蛇が這い回る感覚がした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「シュウの姉を蘇らす?どうやって?」

 

 「分からないわ…。でもマトモなやり方じゃ無いはずよ」

 

 トリッシュの言葉にダンテはだろうなと同意する。

 

 「確かな事は、シュウだけは生かして返すっていう取引で、ハルカはそれに協力するって事だけ」

 

 「……アイツ、この事知ったらまた無茶するぞ?」

 

 ダンテはまた大きなため息をついた。

 

 「だから、そこはあなたが助けてやるんじゃない。あの子にわざわざ伝える必要もないけど…、アンタはどうする?これはもう、あの子の戦い…関係のない私達が手を出すのは無粋だと思うけど」

 

 「バカ言うな。ここまで来て尻尾巻いて帰れってか?それこそ無粋ってもんだ。気に入らないから叩きのめす。あの連中をぶっ潰す理由なんざそれで十分だ」

 

 トリッシュはそう言うと思ったと言いたげに、肩をすくめた。

 

 「ーーあの子を信じて上げて、ダンテ…」

 

 「………」

 

 「それは、あなたにしか出来ない事だから…」

 

 そう言い残すと、トリッシュは金色の雷になって、屋上から姿を消した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「……ややこしい事になって来やがったな」

 

 ダンテは校舎の中でスクリーンを裏側から見ていた。目の前には左右反転した茎道の顔が巨大で見える。

 

 「さて…どうする?やる気だけじゃコイツらは救えないぞ?」

 

 集の目的は単に強くなるだけでも、敵を倒す事だけでは無い。出来るだけ多くの人間を守る事こそが彼の重要かつ最終目標だ。

 閉鎖空間で大勢の人間の統率を取るだけでも、並の人間では務まらない。しかも、全員戦場のせの字も知らない様な子供だ。

 少しの事で簡単にパニックになって制御不能に陥る。そうなればただの餌同然だ。

 

 集が自ら選んだ選択肢は、ある種の爆弾だ。下手をすれば自分もその崩壊に取り込まれる。

 

 「……ここからはお前の戦いだ。ーー勝って見せな。シュウ」

 

 

 

 

 




久々に最初から前話読み返して、加筆修正して来ました。

今だって達者では無いですけど、過去の私はそれを上回る駄文っぷりで冷や汗止まりませんです。

こんなのを何年も放置してたって…ヤバイですね

また一年後とか、今回の話を読み返して同じ事思うんかなぁ…?

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