ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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練習がてらまだろくに使い方の分かってない、
クリスタとiPadで絵を描いてみた。

容量の問題で解像度は低め。


※アドバイスを期待します。
(下手って言うだけじゃ無くて、できれば改善点も教えて貰えるとありがたいです。)



#43学園-②〜isolation〜

 

 東京24区、そこにGHQ本拠地であるボーンクリスマスツリーがある。

 十年前のロストクリスマスの災厄以降、実質日本の行政を握った彼等は感染拡大を防ぐ法案を可決し、本部内部に最先端のウイルスの研究所を設立した。

 当然ながら一般人の立ち入りは厳しく禁じられ、軍人や政府関係者と研究に携わるエリートのみが訪問を許されている。

 

 ピラミッドの骨組みにも見えるその外観とその材質は、明かに他の高層建築物とは一線を画す異様な雰囲気があった。

 

 先日の六本木消滅事件と感染爆発もあって全員殺気立っており、当然検問所の兵達も例外では無かった。

 

 兵士が検問所に入って来た車にサインを出して止める。

 高級車に見える車の運転席の窓を兵士が軽く叩くと、窓が開き中の女性が顔を見せた。

 

 「こんにちは」

 

 「身分証か通行許可証を」

 

 兵士の指示に従い、身分証を兵士に手渡した。

 

 「お疲れ様です。桜満博士」

 

 兵士は運転席の桜満春夏に敬礼する。そして助手席に座る女性に座る白衣の女性に目を向けた。

 

 「そちらは?」

 

 「私の新しい助手です。身分証は発行中ですが私の身分証と一緒に彼女の許可証もお渡ししてます」

 

 兵士は春夏の身分証の下に重なった許可証を確認する。

 

 「ええ、確かに確認しました。お通り下さい」

 

 「今日から博士共々お世話になります」

 

 助手席の女性がサングラスを外し、兵士に顔を見せた。

 金髪の美しい女性に兵士は思わず息をのんだ。

 

 「ーー“エヴァ=レッドグレイブ”です」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 「いきなり計画に無い事しないでください。トリッシュさん」

 

 春夏は助手席のトリッシュに眉をひそませた。

 

 「いいじゃないこれくらい」

 

 「不用意に周りに話しかけたりないって、約束したじゃないですか」

 

 「分かったわ。ごめんねハルカ」

 

 トリッシュは乱れた髪を耳の後ろに流し、春夏に向き直った。

 

 「次からは指示に従うわ。これもシュウを助けるためですもの」

 

 「……はい」

 

 「そんな緊張しないで」

 

 「…緊張じゃ…ないです」

 

 春夏はハンドルを握る指に力を込める。暗い陰が刺した眼でGHQ本部を見据えた。

 

 「怖いんです…過去の罪と、これから犯す罪と向き合わなきゃいけないのが…」

 

 「………」

 

 「集は、きっと私を許さないわ…」

 

 トリッシュはあえて何も言わなかった。

 集は春夏に悪魔に関する話を何も話さなかった。だから、トリッシュから悪魔だの魔界だの聞いてもイマイチ理解できなかった。

 しかし、もし地獄があるとしたら、これから踏み入れる領域だろうと春夏は思う。

 ボーンクリスマスツリーが目前まで迫る。

 例えあの怪物達がひしめく魔界であろうと今の春夏にとっては、この場所よりましに思えた。

 

 

 

***************

 

 

 「ほう、いよいよ日本政府はこの国を明け渡すのですか…」

 

 「はっ、数日以内には承認されるとの事です」

 

 書類と電子機器に埋もれる部屋で嘘界は携帯を弄っている。

 なのにローワンは嘘界にじっとり見られてる気分になる。初めて会った時からこの男からは言いようのない感触を覚えた。

 それはいまだに続き、その正体も掴めない。

 ローワンは嘘界から視線を外し、部屋のモニターに目を向けた。映っているのは天王洲第一高校の内部と周辺施設だ。

 

 「それにしても意外ですねぇ。貴方は反対すると思っていました」

 

 「はい?」

 

 「ダリル少尉のことですよ。学校に潜入することに同意したのは何故です?」

 

 嘘界はぐるりと椅子を回してローワンと正面に向き合う。

 

 「それは命令だからです」

 

 「それだけですか…本当に?」

 

 嘘はゆっくりとした動作で指を組んで、首を伸ばして顎をそこに乗せる。その仕草と声色から首を絞める様な圧迫感を感じ、ローワンは一瞬口籠った。

 

 「……いい機会だと思いまして」

 

 「いい機会?」

 

 「ダリル少尉は幼い頃からエンドレイヴとの感覚共有能力が高く、エンドレイヴ開発に多大な貢献をしてきました」

 

 「そういえば君は元々エンドレイヴ技術者でしたね」

 

 嘘界はまるで今思い出したかの様に大袈裟な仕草で言った。

 

 「ですが、そのために少尉は普通の生活を送る事ができませんでした。ですから…同じ年頃の若者と過ごさせるのもいい経験だと考えたのです」

 

 「青春を味わせたいと?」

 

 「……私も彼から子供時代を奪った一人ですから」

 

 「気にする程の事もないと思いますがね…」

 

 嘘界は携帯を閉じると椅子から立ち上る。キーボードの横に置いていた白い手袋をはめながらモニターを見つめた。

 

 「それにしても暇ですね。ちょっとつまみ食いしましょうか」

 

 「悪ふざけはおやめ下さい。前とは立場が違うのですよ!嘘界…局長」

 

 「お互い、難儀な立場になってしまいましたねえ」

 

 嘘界はモニターに映った一人の男子生徒を見ながら、蛇のように唇を舐めた。

 

 

******************

 

 

 

 生き物を殺す夢はこれで何度目だろうか?

 

 何度も何度も引き裂いた。何度も何度も叩き潰した。摺り下ろした。削り取った。噛み砕いた噛みちぎった。

 

 それでも腹は満たされない。身体は腐って砂で作られたかの様に崩れ落ちる毎日だ。もうそれに痛みは無かった。

 当然だ。それを感じ取る為に必要な物も、例外無く崩壊して身体の外に崩れ落ちているのだから。

 

 ーーー身体が必要だ。ーーー

 

 

 

  ーーーもっと、ーーもっと、ーーーもっと、もっと、もっともっともっともっとモットモットーーーーーーーー食べなーーケレば

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ーーーたの?…シュウ?」

 

 「ーーっ!?」

 

 いのりの声に集はハッと我に返った。目の前にいのりの顔があった。

 

 「あーーっえ?」

 

 「すごい汗だよ集…」

 

 心配そうな祭の言葉に脇の下と背中に触れると、じっとりと指先が濡れる。何か恐ろしい夢を見た気がしたが、どんなに記憶を掘り起こしてもどんな内容だったかまるで思い出せない。

 

 「ごめん、ちょっとうたた寝してたみたい…。もう大丈夫だよ」

 

 二人の少女に顔を覗き込まれるのが気恥ずかしくなって、集は笑って誤魔化そうとした。

 それをどう取られたのか、二人は顔を見合わすと無言でお互いに頷き合った。

 

 「いのり…?ハレ…?」

 

 「シュウ、こっち来て」

 

 「ちょっとごめんね」

 

 「え?」

 

 目だけで互いの意図を読んだ二人はそれぞれ集の右手と左手を掴んで、集を引っ張る。

 訳がわからないまま集は二人に引かれるがまま歩く。

 

 「あの、二人共?」

 

 集を壁沿いのベンチに座らせ、集の前に囲むように立った。

 

 「シュウ…最後に寝たのいつ?」

 

 「……え?」

 

 「いのりちゃんから聞いてるよ?毎晩こっそり抜け出して学校中見回りに行ってるって…」

 

 二人が本気で心配しているのが表情から伝わって来る。

 集は申し訳ない気持ちで、胸がいたくなる。

 

 「後の飾り付けは私達がやっておくから、集はここで休んでて」

 

 「いや、そういう訳にもいかなーーー」

 

 「「ダメ」」

 

 「…はい」

 

 ベンチから立ち上がろうとする集を、二人は声だけで押し返した。打ち合わせしてた様に揃った声で集は親と教師に同時に叱られた気分になった。

 

 「“そこで“待っててね」

 

 「……」

 

 再度釘を刺す形で言われてしまい、集は脱走を諦め「ふーっ」と息を吐いた。いわれてみれば寝ていてもふいに目が覚めてしまったりと、最近寝付け無い事が多い。休むつもりは無かったのに座った瞬間、ズンと身体が重くなった気がする。

 

 「自分がどれくらい疲れてるかすら気付けて無かったのか……」

 

 二人の気遣いに甘えてゆっくり休むのもいいかもしれない。集は大きく伸びをして強張った筋肉を解した。

 

 「学園祭か…」

 

 ストレスと不安で精神的に不安定だった生徒達のために、この行事は決定された。

 

 こんな時に…と思ったが、こんな時だからだよ!という颯太の熱い説得を受けた。

 意外だったのは、いのりがかなり乗り気だった事だ。

 祭と一緒に集の説得側に回っていた。

 それもあって集は折れた。

 

 集は周囲で準備を進める生徒たちをしばらくボケーと眺めていた。 

 それから一、二時間だけ休んで戻ろうと考え、まぶたを閉じた。

 

 

 

 

 

 「……起きそうにないね」

 

 「うん」

 

 他の生徒達と共に大体の作業を終わらせてから、昼食を持ってベンチに戻った二人はベンチに座ったまま寝息をたてる集を覗き込む。

 

 「やっぱり少し無理してたんだね」

 

 「…シュウ、いつも自分の事は二の次だから」

 

 「もっと自分に甘くてもバチは当たらないのにね?」

 

 二人は自然と集の両脇に腰掛け、彼の為に待ってきた弁当をこっそり膝に乗せた。

 

 「………」

 

 「………」

 

 弁当を再び持ち上げると、今度は鼻の近くまで持って行くがやはり起きる気配は無い。

 その時、ふいに吹いたそよ風が集の髪を僅かに持ち上げた。

 その毛先が祭の鼻に触れ、祭は小さなくしゃみをした。慌てて口もとをおさえる。

 いのりも驚いた猫の様に身体が跳ねると、二人共おそるおそる集の様子を伺う。

 

 「………起きないね」

 

 「……うん」

 

 普段少しの物音で起きてしまう彼からは考えれば、珍しいくらいの鈍感さだ。

 ぼさぼさの伸び放題に伸びた集の髪にチラッと目を向け、ほんの少し芽生えた悪戯心に二人はお互いの顔を見合わせた。

 

 

 

 

 肩を叩かれる感触を感じ集は目を覚ました。

 大きな欠伸をしながら顔を上げると、レディが立っていた。

 

 「ーーどうしたんですか?」

 

 「少しややこしい事になったのよ。悪いけど来てくれる?」

 

 「え?はい、それはもちろん…。ーーってもうこんなに暗いの!?」

 

 既に太陽が地平線の下に潜り込んでいる事に気付いた集は、慌てて携帯で現在時刻を確認するとあれから六時間近く経っていた。

 

 「すみません、すぐ行きます!」

 

 立ち上がろうとして、妙に身体が重い事に気付いた。正確に言えば両腕から両肩にかけて重みを感じた。

 

 「ーーっ!!」

 

 その正体はいのりと祭だ。

 二人は集を挟む形でベンチに座り、集の両腕をしっかり抱き寄せて眠っていたのだ。

 

 「なっーーなっ、二人共…!」

 

 「ゆっくりでいいわよ〜」

 

 レディが顔を紅潮させて焦る集を見て、クスクス笑う。

 

 「それと頭もどうにかした方がいいわね」

 

 「頭?」

 

 レディが頭を指差してあまりにも笑うので、集はなんとか手首を動かして携帯を取り出すと、カメラモードで自分を映してみた。

 

 そこにはなんと言うか、一言では言い表せないファンシーな感じに仕上がった頭髪があった。

 ゴムやラメ入りの髪留め、それにカチューシャやらが所狭しと頭髪を彩っている。

 

 「……ナニコレ…」

 

 ようやく絞り出た言葉がそれだった。

 まさか…これを両脇のいのりと祭がやったのだろうか?レディは相変わらず、「けっこう似合ってるんじゃない?」とか言ってクスクス笑っている。彼女からの助けは期待出来ない。

 とりあえず、まずは両腕を自由にしなければ始まらない。

 

 「ふ、二人共、起きて!ーー起きてっ!!」

 

 声を張り上げ、身体を揺すって暴れる。動くたびに両腕から心地良い柔らかな感触が伝わるが、それに焦ったり照れたりする余裕は既に無くなっていた。

 

 「……んん?」

 

 「…う〜ん?」

 

 二人はようやく眼をこすりながら顔を上げた。

 

 「………っっっっっ!!?!?」

 

 「んっ…………ぁっ」

 

 二人が集の腕を抱き枕にしていた事に気付くと、互いに顔を耳までリンゴの様に真っ赤に染めた。

 少し間が空き、二人はほぼ同時に弾かれる様に飛び起きると、祭は何度も謝り涙目になりながら、いのりは洗脳が解けたみたいな表情で集の髪を整えた。レディはその様子に腹を抱えてながら笑い転げた。

 

 

 ーーとりあえず近い内に髪は切ろうと思った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 レディに連れられ三人は生徒会室に入った。

 生徒会室には既に、ダンテとルシアを含め谷尋と亜里沙と花音と颯太と生徒会メンバーに、綾瀬とツグミがすでに集まっていた。

 

 「ウイルスが…変異した?」

 

 ツグミから聞かされた情報に、集は一瞬戸惑った。

 

 「うん、これを見て」

 

 ツグミがふゅ〜ねるを机に上げ、操作すると上部のカバーが開いた。

 収納スペースの中にある物を見て祭は小さく悲鳴を上げた。

 

 中に入っていたのは真空パックで密封されたネズミだ。

 しかもアポカリプトウイルスを発症して、キャンサーの結晶が身体中に噴き出していた。

 人間にしか感染しないはずのウイルスが、ネズミにその牙を剥いたのだ。

 

 「どこで見つけたの?」

 

 「地下水路の悪魔除けの結界をチェックしてたらね」

 

 レディが祭を落ち着かそようと肩をそっと抱いた。

 

 「まずいわね…」

 

 「会長何がまずいんすか?」

 

 颯太が周囲の空気の重さに表情を引きつらせて言った。

 

 「変異したって事は、ワクチンが効かないかもしれない…」

 

 「はあ!?マジかよ!?」

 

 「ツグミ、実際どうなの?」

 

 「そんなの分かる訳ないでしょ。臨床実験でもしない限りね」

 

 集の問い掛けに、ツグミは苛立ちしげに頭を掻き毟って答える。

 ふと花音がハッと顔を上げて、いのりを見る。

 

 「楪さんの歌は?」

 

 花音の言葉に颯太は顔を輝かせた。

 

 「そうだよ!いのりちゃんの歌にはワクチンみたいな効果があるって!」

 

 しかしいのりは目を伏せて、首を横に振る。

 

 「……ごめんなさい。たぶん出来ない」

 

 「…マジか…」

 

 「この前、GHQが私達のせいにして垂れ流した歌もどきはウイルスを活性化させただけじゃなくて、変異させたのよ」

 

 「……あっ、ダンテはどう?」

 

 集はハッと気付いてダンテに目を向けた。ダンテはソファの上で遠慮なく寝そべっている。声を掛けられたダンテは目だけ動かして集を見る。

 

 「“どう”って?」

 

 「こう…皮膚の下に違和感があるとか、何処か痛いとかさ」

 

 「いや?退屈で死にそうなだけだ」

 

 「ダンテは発症してないか…」

 

 ダンテは学校に来てから一度もワクチンを摂取していない。しかし、ウイルスを発症させる兆候は無い。悪魔の血の影響だろうか。

 思い出してみると空港や六本木で戦った悪魔達も発症する気配は無かった。

 

 今思えば、集が5年間アメリカに居て発症しなかったのは、ダンテの血のせいだったのかもしれない。

 

 悪魔の力に目覚めるまで、集はトリッシュから「ダンテの血は既に力を失い、普通の人間の血と変わり無い」と聞かされていた。

 だから発症しないのは、パンデミックが起きる前に悪魔に誘拐されたからだと考えていた。

 

 だが記憶をほぼ取り戻した今、それは間違いだと分かった。

 しかし、それが分かった所でどうしようもない。

 もし集の考えが正しくても、全員にダンテの血を輸血して等しい効果があるとは考えづらい。

 下手をすれば、更なる変異を呼び起こす可能性すらある。

 

 「なんの作戦も無いのか?だったら俺は行かせてもらうぜ」

 

 考えを巡らせている内にダンテは退屈そうにあくびをしながら、ソファから立って生徒会室から出て行ってしまった。

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 「ほっときなさいシュウ。ここに居たって手持ち無沙汰になるだけなんだもの、暇つぶしついでに巡回させた方がアイツの為よ」

 

 レディがダンテを追おうとする集を制する。生徒会室はしばらく沈黙に包まれた。

 

 「…誰にも話すな」

 

 谷尋が沈黙を破った。

 

 「いいか誰にもだ。ワクチンが効かないかもしれないなんて事が広まったら、何が起こるか分からない。はっきりした事が分かるまで、この事はここに居る連中だけの秘密だ」

 

 「ダンテさんは…」

 

 「大丈夫だよ供奉院さん。ダンテが誰かに喋ったりする事なんか無いよ」

 

 「そうね…適当に生きてる様に見えるけど、その点は信頼していいと思うわ」

 

 集とレディがそう言っても、亜里沙はまだ納得できない様子だった。

 

 「シュウがそう言うなら…」

 

 「うん、私も信じていいと思います。あの人が悪い人とは私も思えないです…」

 

 いのりと祭がそう言うと、ツグミはため息をついた。

 

 「……まあ、なるようになるんじゃない?綾ねえは?」

 

 「え?」

 

 「んもう、また上の空で!ちゃんと聞いてたの?」

 

 「き、聞いてたわよ。私はみんなが決めた事なら、それでいいわ」

 

 「………」

 

 綾瀬はごめんと小さな声で言いながら、また遠くを見る様な目で俯いてしまった。

 

 「あーーっ、ダブル効果が期待できると思ったのになあ!」

 

 また部屋が沈黙で包まれそうになった時、突然颯太が叫んだ。

 

 「ダブル効果って、なんの事言ってるの?」

 

 「言わなかったか?ライブだよ!いのりさんの生ライブ!せっかく学園祭やるんだから目玉のイベントで皆んなを盛り上げるんだよ!

ワクチンの効果は無くってもさ、気分転換にはなるだろ?」

 

 集はいのりに振り返る。

 

 「あんな事言ってるけど、どうする?」

 

 「…わたし、やってみたい」

 

 いのりは微笑みを浮かべる。今まで見た中で一番強い意志と優しさを感じる微笑みだった。

 

 「ーーいい?」

 

 「もちろん。楽しみだよ」

 

 「私もいのりちゃんの歌を生で聞くのすごく楽しみ!」

 

 「うん!まかせて」

 

 祭の言葉にいのりは嬉しそうに顔を赤らめた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 学園祭が翌日に迫り、生徒達はそれぞれ最後の仕上げに励んでいた。綾瀬は中庭に設置されたステージを脇で眺めていた。

 ステージ側の校舎に巨大な白い布を掛けスクリーンにして、両脇に巨大なスピーカーが設置されている。

 

 「綾瀬さん」

 

 こんな物どこにあったんだと、呆れ半分で見ていると祭が側に歩み寄って来た。

 

 「祭さん…」

 

 ふんわりとした雰囲気を纏う少女を眩しく感じ、綾瀬は目を背けた。

 友達に囲まれ、遊んで、買い物をして、恋をする。当たり前に毎日を楽しく過ごすことが出来る、自分達のいた世界とは無縁の少女。

 

 「どうしたんですか?こんな所で」

 

 「別に、手伝えること無いから見てただけよ」

 

 「私もなんです」

 

 少女はエヘヘと楽しそうに笑いながら、綾瀬の隣に立つ。

 祭はにこにこ笑いながら綾瀬を見る。

 

 「……なに?」

 

 「綾瀬さんって何歳なんですか?」

 

 「え…17よ?」

 

 「私と同い年だったんですか!?すごい大人びてたから、ひとつかふたつ先輩だと思ってました!」

 

 「ええ、だからタメ口でいいわよ?敬語だとこっちがやりづらいし」

 

 「はい、分かりまーー分かったよ。“綾瀬ちゃん”!」

 

 「ーーうぶっ!」

 

 呼び方を変えた瞬間、吹き出した綾瀬に祭は面食らった。

 

 「だ、ダメだった!?」

 

 「ごめん、呼ばれ慣れてない呼び方だったからつい…」

 

 「そうだったんですか?綾瀬ちゃんって響き、私は好きですよ?」

 

 「そうね、私も嫌いじゃないわ…」

 

 「よかった」

 

 「ふふふ…」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合った。

 

 「ようやく笑ってくれた…」

 

 「え?」

 

 「ここに来てから、ずっと険しい顔だったから心配だったんだよ?」

 

 「そう…それは悪かったわ」

 

 ツグミや集に当たり散らしていた事を思い出し、とたんに恥ずかしくなった。

 

 「…綾瀬ちゃん。もうひとつ聞いていい?」

 

 「なに?」

 

 「ーー涯さんってどんな人だったの?」

 

 祭の口から出るとは思っていなかった名前が出て、綾瀬の思考は一瞬凍った。

 

 「……なんで、私にきくの…?」

 

 「…すみません。ツグミさんとの会話聞いちゃいました…」

 

 「………答えになってないわ…」

 

 気持ちがザワザワする。まさかこの少女にこんな気分にされるとは思っていなかった。そのせいか無意識に低い声が出てしまう。

 

 「その人のこと…忘れられないないんですよね?」

 

 「………」

 

 「じゃあ、逆におもいっきり思い出しちゃいません?」

 

 「え?」

 

 「どうせ忘れられないなら…、溜め込んだ気持ちを全部吐き出すんです」

 

 綾瀬は呆然と祭の顔を見つめた。思い付きもしなかった。

 自分達のいた環境で感情のまま動けば、死に繋がる。そう涯に言われ続けて来た。

 決して仲間の死を忘れろと言われていた訳ではない。

 引きずらず、胸に秘めて、自らの指揮を高める為に押し殺す方法を学んでいったのだ。

 

 「ーーだから教えてください。どんな人だったのか、どんな所が好きだったのか」

 

 「……………」

 

 真っ直ぐに自分を見る眼を、綾瀬は逸らす事が出来なかった。

 無邪気で夢見がちの乙女の瞳の中に、小さな光が灯っているように見えた。

 

 

 

 出し物にも使われず、普段も人が寄り付かない講堂に綾瀬と祭は来ていた。エレベーターを降りて、屋上に出た二人は肌寒い風が強く吹いている。街にほぼ明かりは無く、山奥とほぼ同じくらいの星空が見える。

 

 「………私は、あなたを尊敬してました」

 

 綾瀬は星空を見上げながら、見えている範囲で一番明るい星に向けて言った。

 

 「私に脚と生きる希望をくれて…!あなたは…私の、ヒーローでした!」

 

 声は次第に震え、嗚咽が混ざっていく。

 祭はただ黙って見守っていた。

 

 「わ…ったしは…私は、あなたが好きです!」

 

 一番伝えたかった言葉、ずっと隠し通そうとしていた想い。

 秘めた想いを告白した瞬間、綾瀬の両目からとめどもなく涙が溢れた。ぽろぽろと頬をつたい、膝に落ちる涙をおさえるように両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。

 

 「よく頑張ったね…綾瀬ちゃん。すごく頑張った」

 

 そんな綾瀬を祭はそっと抱き寄せた。

 綾瀬は祭の胸に縋り付き、恥ずかしさも忘れて大声で泣いた。

 

、、、、、、、、、、、

 

 どれ程の間そうして居ただろうかーー。

 目の下を腫らした綾瀬が顔を上げる。

 

 「ありがとう、祭…すごく楽になった」

 

 「よかった。さっきよりずっと綺麗な顔」

 

 「……ありがとう」

 

 綾瀬は祭の体温を感じながら、細い身体に身を預ける。

 

 「…お礼を言うのはこっちの方だよ綾瀬ちゃん。今までずっと私たちを守ってくれていて、ーーありがとう」

 

 「ーーうん」

 

 二人は笑い合い、綾瀬は悲しみを受け止めてくれた少女に深く感謝した。

 

 ーーそう戦いはまだ続いている。

 

 まだ自分には、恩人がくれた“エンドレイヴ”という脚がある。

 彼女のような人達を守る為のチカラ。

 

 今までの戦いと、涯の死が無駄では無い事を証明するためにも、落ち込んでばかりではいられない。

 

 集や謎の多いダンテにばかり、任せてなどいられない。

 

 ーー私に脚を残してくれた涯のためにも、なんとしてもこの子達を守り通そう。 

 

  ーーー私自身のチカラでーーー

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「こんな状況でお祭りとか、どうかしてる」

 

 頭にまでばい菌に侵されてるのではないかと、ダリルは通信機が内蔵された眼鏡の位置を弄りながら思った。

 

 慣れない眼鏡とウィッグの位置を整え、舌打ちをした。

 こんな学校など今すぐにでも破壊してやりたい所だが、直接手を下してはいけないと嘘界に釘を刺されている。

 

 忌々しいが今回の任務は潜入調査だ。

 

 「なんで僕がこんなこと……」

 

 女子生徒達の甲高い笑い声に気を取られ、曲がり角から出て来た目一杯荷物を抱えた少女に気付くのが遅れた。

 

 「ーーいった!!」

 

 「わっ!?ーーとっと」

 

 ダリルは少女の抱えるダンボール箱に激突してひっくり返る。少女も後ろによろめくがなんとか持ち直す。

 

 「いったいな!」

 

 「ごめんごめん。君、大丈夫だった?」

 

 「怪我したらどうすんのさ。気を付けろよな!!」

 

 ダリルは猫耳のカチューシャをつけた黒髪の少女を睨む。

 

 「ホントにごめんね?でもちょうど良かった」

 

 「はぁ?何がだーー」

 

 ダリルが言い終わらない内に、少女は「はい」と荷物を投げる勢いで手渡して来た。

 

 「おい!ーー馬鹿!ーーやめっ!ーーやめろって!!」

 

 ダリルの抗議を無視して、少女は次々にダンボールを積み上げる。

 2、3箱積み上げた所でダリルは苦しそうな表情を浮かべた。

 

 「聞けよ!なんで僕がこんなことしなくちゃならないんだよ!」

 

 「力ないねー。君、頼りないって言われない?」

 

 その様子を見て少女は呆れ顔を浮かべる。

 

 「ーーっだとコノ!」

 

 ダリルは怒鳴り散らそうとしたが、少女はさっさと残りの数箱を抱えて駆けていった。

 

 「ほらほら早く早く!頼り甲斐の見せどころよ」

 

 「ーーこの女ぁ…、待てよおい!!」

 

 跳ねるように駆けていく少女に苛立ちを募らせながら、ダリルは少女のあとを追いかけて行った。

 

 

 

 

 しばらく全力で走って、ようやく少女が荷物を下ろすのを見てダリルは崩れる様に荷物を下ろした。

 

 「やれば出来るじゃない!」

 

 「あ…当たり前だろ…。

ーーこれくらい、なんでもないさ!」

 

 息を切らしながらダリルは柱にもたれ掛かる。

 

 「ありがとねん。もやしっ子」

 

 「それが人を手伝わせた奴の態度か!!この《ちんちくりん》!!」

 

 しかし少女は完全にダリルを無視して、別の生徒に手を振っていた。

 ダリルは《ちんちくりん》の視線の先を見る。

 

 「おーい集。こっちは終わったよ」

 

 (『桜満集』!?)

 

 駆け寄って来た男子生徒は見覚えのある顔だった。

 

 「ツグミお疲れさま。ーーこの人は?」

 

 (っ!!ーーまずい!!)

 

 ダリルは咄嗟に集から顔をそらした。

 僅か半年程前、ダリルは集の手足を銃で撃ち抜いているのだ。

 

 自分ならそんな人間の顔も声も一生忘れない。

 

 「ツグミがごめんね。手伝ってくれてありがとう」

 

 「ーーいや、気にしなくていい」

 

 ダリルは声で悟られないように声を小さくして答えた。

 慣れない発声に少し咳き込んだ。

 

 「……君、何処かで会った?」

 

 「ーーっ!」

 

 ダリルの心臓が飛び出そうになる。

 集が自分の顔を覗き込もうとしている事に気付き、慌てて顔を背けた。一瞬見えた集の顔は疑念に満ちた顔だった。

 まだ確信は持っていないようだが、ダリルの事に気付くのは時間の問題だ。

 

 「……そんなに答えづらい質問だった?」

 

 先程とはあきらかに声のトーンが違った。言い方は朗らかではあったが低く鋭い声だった。

 ーー声を出せば確実にバレる。

 集が再びダリルの顔を見ようと、回り込もうとした。

 

 「ーーおりゃ」

 

 「うぐっ!?」

 

 その時ツグミの気の抜ける声と共に、ダリルの口の中に何かが突っ込まれた。

 口の中に甘い香りが広がる。

 

 「ほら食べた食べた」

 

 「〜〜っ!〜〜!!」

 

 言われるがまま、ダリルは口に放り込まれたクッキーを噛み砕き呑み込んだ。

 

 「何すんだこの《ちんちくりん》!!」

 

 「お駄賃よ。手伝ってくれたお礼」

 

 「こんなもんいるかよ!」

 

 ダリルが渡されたクッキーの袋をツグミに投げ返すと、ツグミは器用にキャッチし、また一つクッキーを取り出した。

 

 「人の好意はありがたく受け取りなさい!」

 

 「ふげっ!」

 

 間髪入れず、クッキーをダリルの口に詰め込んだ。

 ダリルは窒息しそうになり、堪らずその場を逃げ出した。

 

 「くそ、あんなのに付き合ってられるか…」

 

 涙目になった目下を拭い、ダリルは逃げて来た方向へ振り返る。

 ツグミは訳の分からない高笑いを上げていたが、集はまだ自分の方を見ていた。一瞬ギョッとしたが、追ってくる気配も呼び止める気配もない。

 何故か驚いたような顔でダリルを見ていた。

 

 「……?」

 

 不思議に思ったが、これ以上の面倒事はごめんだと思いすぐにその場を立ち去り、生徒達の中に紛れ込んだ。

 

 集達から距離を取り、握り込んでいたクッキーの包みを見た。

 捨ててやろうかと一瞬考えたが、包みから伝わる何処か懐かしい甘い香りに誘われる様に包みを開く。

 

 「………」

 

 ひとつ口に放り込む。出来立ての香ばしい香りが口の中で溶ける。

 

 「…あのちんちくりん、今度会ったら絶対泣かせてやる…」

 

 そう言いながらまたひとつ口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 




 みなさんこれから暖かくなっていく時期、寒暖差での体調不良に気を付けてくださいね。



手洗えよ。歯磨けよ。朝ごはん食べろよ。


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