ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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 前回予告した通り、今回はダンテと集の出会った時のお話です。

 今回の話を書くにあたり、プロローグにあたる0話に少し修正を加えました。
ご了承ください。


 *過去編と言っても今後に関わる、重要な伏線がかなり含まれている筈ですので是非是非




過去編:「宿命の深淵」

 

 

 

 情報屋という仕事は情報そのものより、仲介としての役割の方が強く、そして重要だった。

 社交性の面でも身なりの面でも、いずれの面でも便利屋という人種は潰滅的な者で溢れている。

 

 モリソンのお得意様である、ダンテも見てくれもさる事ながら、特に社交性の面で大いに欠点の目立つ人物だった。

 

 仕事を持って来たと言うモリソンを見て、ダンテは大欠伸をしながらようやく机の上から脚を下ろした。

 机に置いてあるピザを取ろうとするが、ピザの箱はすでに空になっておりダンテは舌打ちする。

 

 「“海の怪物を退治して欲しい”ですって。いかにも貴方が好きそうな依頼じゃない、ダンテ?」

 

 モリソンが持って来た封筒の中身を読んでいたトリッシュが書類を机の上に放った。

 

 「村長からの依頼なだけあって、報酬も悪くないわよ?」

 

 「ほー…」

 

 ダンテは書類を手に取り、一番上にクリップで止められた写真に目を向ける。写真には海岸に打ち上げられた鯨の死体が写っていた。

 

 「こいつは?」

 

 「2週間前の写真だ。海辺で遊んでた子供が見つけたんだとよ」

 

 「それで?」

 

 「“ナニか”に生きたまま喰い殺されてたそうなんだが、問題はその“ナニか”でねーー」

 

 「例の“海の怪物”とやらか?」

 

 「…多分な…」

 

 モリソンは一呼吸間を置いて、ダンテの前まで来るとクワッと手の平を開いて見せた。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()…」

 

 「…変わった趣味の奴も居たもんだ」

 

 ダンテは鼻で笑いながら、机に書類を放る。

 

 「驚くのはまだ早いぜ?その歯型の犯人の素性も分かってるんだ」

 

 「本当なの?」

 

 「その書類にも書いてあるが、ブライアンって男だ。元々村の漁師だったそうだが、漁に出てる最中に行方不明になったそうだ…。

ーー50年前にな…」

 

 「確かに、ただの変人の仕業では無さそうね」

 

 「警察は鮫かなにかに噛まれた痕が腐敗して、たまたま人間の歯型みたいになったって結論出したみたいだ」

 

 当然だがなとモリソンは付け加える。

 実際、50年前の人間が生きた鯨の喉笛を噛み切ったなどと言う話よりは、遥かに現実味がある。

 だがこの場でその説を受け入れる者は誰もいない。

 

 「どうするの?」

 

 「期待は出来ねぇが、暇潰しくらいにはなる事を祈るぜ」

 

 ダンテは笑みを浮かべ、立ち上がった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 リチャードは幼い頃、寝る前に趣味で冒険家をしていた父の話を聞くのが好きだった。

 世界の見た事のない景色や体験、各地に伝わる伝説や昔話、奇跡としか思えない数々の出来事を「千夜一夜物語」を心待ちにするシャフリヤールの様に毎日の夜が楽しみで仕方がなかった。

 

 しかし、そんな中でも一つ嫌いな物語があった。

 それはジャングルの奥地でも洞窟の暗闇、大嵐でうねる海原などの遠い地の話では無く、今まさに自分達が暮らす村の物語だった。

 

 恐ろしい怪物が海から現れ、村の人々を捕まえては深い海の暗闇に引き摺り込んでしまうという怪談だった。

 

 父はこの話を実話として話し、決して海に出るなと繰り返し言い聞かせて来た。

 その言葉を裏付ける様に、父は村の面する海での遊泳を禁じ漁も浅瀬までと定めていた。

 

 しかし、それから月日が経ち成長と学習を積むと、次第に海への恐怖は薄れて行き、いつしか論理的かつ科学的に物事を判断するようになった。学校へ通うようになって僅か2年程で父の物語をホラ話と捉える様になった。

 大学を出てすぐにこの世を去った父の跡を継ぎ、村長として村の発展を目指した。漁の範囲を拡大し、ビーチを夏のリゾートとして全米に宣伝した。

 そうした活動もあり村は徐々に活気に溢れ、父の忠告など記憶から一切消えていた。

 

 だが、約1ヶ月前に海に巨大な霧の塊が現れてから、村の空気は一変した。浅瀬から生き物の姿が消え、漁のため霧に入った漁師は誰一人として戻って来なかった。

 

 やがて、自身の愛娘を含めた村の人々が”霧の中に巨大な蛇がいた“と口々に言い始めたのだ。

 かつて父が言っていた『怪物は自分の本来の姿を見た人間を好んで連れて行く』と言う話を思い出し、戦慄した。

 

 極め付けは無数の人間の歯型がついた鯨の死骸だった。

 

 ようやく父が言っていた事は真実であると気付いた。だがあまりにも遅過ぎた。

 幼い頃に抱いていた、海への恐怖がさらに増して蘇った。

 

 日増しに増えていく行方不明の村人達。

 祭りや行事の広告で溢れていた村の掲示板は、家族の行方を求める嘆きで埋め尽くされた。

 

 次は娘の番かもしれない。

 リチャードは藁にもすがる思いで、悪魔や怪物とそれを狩る者達の情報を必死にかき集めーーそしてダンテという名の男にたどり着いたのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「どう?」

 

 夜の村の中をダンテとトリッシュは進んでいる。

 真夏日はリゾートとして多くの人で賑わう大通りも、そんな面影は一切無い。

 

 季節的な肌寒さが、海から流れる霧で包まれた村の陰鬱な空気に拍車をかけていた。

 

 「…ダメだな。この霧そのものから漂う悪魔の臭いが強烈過ぎて、鼻がバカになっちまいそうだ」

 

 「もし逃げられたら視覚や嗅覚で追うのは難しそうね…」

 

 「逃がさなきゃいいだけだろ?」

 

 「………」

 

 「どうした?」

 

 「別に…ただ、近くにあんな規模の巣が作られて、よく今まで村が無事でいたものだと思っただけよ」

 

 「…そうだな。どっちみちそれも今日限りだ」

 

 港に着いた2人はリチャードが手配した船と船長がいた。

 

 「…出発します…」

 

 船長はダンテ達を胡散臭げに見ながら、不安を隠し切れない様子でエンジンを始動させた。

 

 エンジンが重低音を響かせるとスクリューが回りだす。

 船が走り出すと、あっという間に霧の塊の目前まで迫った。

 村に流れる霧といい、霧の塊が徐々に村に近付きつつあるいう証拠だろう。

 早く手を打たなければ、数日の内に霧の塊が村をすっぽり覆ってしまうだろう。

 

 霧の内部はほぼ目隠しされているも同然だった。

 光を遮り、ライトを当てても真っ白な空間が果てしなく続くだけだ。

 ここに迷い込んだ船が方向を見失う事は想像するまでも無い。

 

 だが、この霧は悪魔が生み出したものだ。

 ただ見通しが悪いだけで済むわけがない。

 

 「やっぱり…この霧の空間そのものが“結界”になってるわ」

 

 「大体そんな(モン)さ、ーーこういうのはな!」

 

 ダンテは素早く腰からエボニー&アイボニーを抜く。

 トリッシュもルーチェ&オンブラを抜くと、ダンテが向けているのと同じ方向へ向けた。

 

 2人は霧の向こうに居るモノに銃を突きつけ、静かに見据えた。

 

 数秒沈黙が流れる。

 その直後、音も無く霧を裂き大きな錆びた壁が迫って来た。

 

 「なんだぁ?!」

 

 船長が絶叫して慌てて舵を取る。船は乗っている物を振り落とさんばかりに大きく揺れる。

 

 霧から笑われたのはまさしく、ホラー映画に出てくる様な錆朽ちた不気味な大型の客船だった。

 人に気配も生気も全く感じないその様は、幽霊船(ゴーストシップ)と呼ぶにふさわしい。

 

 「誰にも気付かれず巣を維持出来たのは、これが理由ね…」

 

 「ハッ、デケェが清潔感に欠けるな。センスもイマイチだ」

 

 2人は軽口を叩きながら巨大な船を見上げる。

 ダンテはギターケースから“リベリオン”を取り出すと、背中に背負う。

 

 「先行ってるぞ」

 

 言うが早いか、ダンテはひとっ飛びで船の上に飛び乗り見えなくなった。

 

 トリッシュは元から背負っていた“魔剣スパーダ”を、船のデッキに突き刺すと。操舵室にいる船長に声を掛けた。

 

 「この剣が守ってくれるわ。絶対にそこから出ちゃダメよ」

 

 「あーっ…心強いよ」

 

 「私達を置いて逃げないでよね?」

 

 皮肉っぽく返す船長に微笑みながら、釘を刺す。

 トリッシュはダンテを追って、やはりひとっ飛びで船に飛び乗った。

 

 デッキに上がると、いくつか船が転がっている。

 壊れているが、そこまで古びている様には見えない。

 おそらく自分達より前にこの霧の中に入った、哀れな犠牲者達の遺物だろう。

 腐りかけの魚が散乱しているところを見るに、この村の漁船も紛れているのだろう。

 

 ダンテとトリッシュは大して気に止めず、船内へ入って行った。

 

 船内は外観よりさらに酷い有り様だった。

 まるで撒き散らした様に朽ちた船内全体を錆が染め、どす黒い塊が方々にへばり付いている。

 

 「ゴミが住むにはピッタリな肥溜(こえだめ)だな」

 

 「幽霊船を巣にするなんて…考えたものね」

 

 幽霊船にしたのかもしれないけど…とトリッシュは心の中で呟く。

 

 「とりあえず船橋(ブリッジ)へ向かいましょう」

 

 「はいはい」

 

 ダンテが扉を蹴破りながら進むたびに、甲高い破壊音が船内に響き渡るが、依然として船内から侵入者を殺しに来る悪魔も罠も無い。

 それはダンテが船橋の特にぶ厚い扉を壊しても同じだった。

 

 船橋は無人だった。

 舵もコンパスも全て壊れるか錆び付いているかのどちらかだ。

 相変わらず悪魔の影も形もない。

 

 「無駄足だったか?」

 

 「いいえ、主抜きであの濃度と密度の結界を起動させてるとは考えづらいわ」

 

 「とっ、なると…」

 

 「船底ね」

 

 その時、ガタンと物が崩れる音が聞こえた。

 2人が立てた音では無い。

 

 それが聞こえた瞬間、ダンテは音の方向へ銃弾2発を発砲した。

 

 「ひぃぃ!?」

 

 「ダンテ、人間よ!」

 

 「分かってるさ」

 

 ダンテは素早く銃弾を撃ち込んだ床へ近付くと、床の鉄板をベリベリ引き剥がしてしまった。

 

 「わぁああ!?こっ殺さないでくれぇ!!」

 

 「おい、落ち着けよ。もう酷い事はしねぇって」

 

 床下にはガリガリに痩せた三人の男がガタガタ震えながら隠れていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 助けた男達は案の上、村の漁師達だった。

 ダンテ達は一旦乗って来た船に戻り、彼らの安全を確保した。

 

 「なっ何が起きたか分からなかった…。急に大きな船が海の底から現れて…オレ達の船ごとデッキに乗せられたんだ…」

 

 三人の中で唯一まともに会話が出来た漁師から、少し話が聞けた。

 

 「船の中で…もっと仲間を見つけたんだ。

村から連れて来られた奴もいた……だけど、俺たち以外は化け物に捕まるか…化け物に……ーーーぁっ…あり得ないあんなの…っ!!」

 

 話を進めて行くにつれて男の眼から涙が溢れ、言葉も不明瞭になって行く。

 

 「当ててやるか?仲間も化け物になったんだろ?」

 

 「そ…そうだ…」

 

 「他に何か無い?どんな些細なことでも構わないわ…」

 

 「……そうだ…、化け物になった奴が変な事を言ってた…!」

 

 「なに?」

 

 「た…たしか、“我は地を遮る者、…我は空の名を冠し敷く者”……とか繰り返し…。意味はさっぱりだがーー」

 

 「もう満足したろう?

…そいつを休ませてやれ」

 

 そう言いながら、船長は震える男に毛布とコーヒーを渡した。

 それを見届けるとダンテはトリッシュと共に操舵室から出た。

 

 「で?何か分かったか?」

 

 「……“空”の名を冠する…。

魔界でそんな悪魔は一人…いえ、一柱だけよ」

 

 「そいつの名は?」

 

 「ーー『ウラノス』。…でも、まさか生きてたなんて」

 

 「どんな野郎なんだ?」

 

 「ウラノスはムンドゥスの前に魔界を支配していた、いわば先代の『魔帝』よ」

 

 「へーそりゃすげぇ」

 

 「ムンドゥスと同じように多くの命を創るチカラを持ち、魔界の空を司る存在でもあった」

 

 「だが裏切られた?」

 

 ダンテの言葉にトリッシュは頷く。

 

 「何百年にも及ぶ戦いの末、ムンドゥスに敗北したウラノスは身体を砕かれ消滅したとされてた…けど…」

 

 トリッシュが船を見上げる。

 ダンテも鼻で笑いながら船に向き直る。

 

 「そんだけ分かれば十分だ。トリッシュお前は此処を守ってろ」

 

 「待って!もし本当にウラノスだとしたら、今までの奴とは格が違うわ!」

 

 ダンテが負けるとは欠片も思わない。

 むしろムンドゥスを倒したダンテならば、チカラが衰えたウラノスなど苦戦もしないかもしれない。

 

 だが、相手は腐っても『“元”魔帝』。

 トリッシュは言いようのない不吉な予感に襲われていた。

 

 「本来程の力は無いはずだけど、それでもどんな能力を持ってるかは未知数ーーー」

 

 トリッシュが言い終わらない内に、ダンテは風を巻き上げながら再び船に跳び去って行った。

 

 「もう…!」

 

 トリッシュはため息をつきながらそれを見送った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ダンテは先程とは逆に船底に向かっていた。

 躊躇いなく進むその影から、異形の者達が破壊された備品を蹴散らしながら襲い掛かって来た。

 

 彼らは異形の姿に変形してはいたが、どこか人間の面影が残っていた。どれも人間の身体に海洋陸棲関係無く様々な生物を無理矢理混ぜ合わせたような見た目だった。

 

 「おい、悪魔を創ってたんだろ?

もっとオリジナルティ見せてみな!」

 

 『ギィイイ』

 『オオオオオオ』

 

 答えの代わりに牙や爪と鋭く尖った刺や触手が、咆哮と共に飛んで来た。ダンテは難なく背中に背負ったままのリベリオンで全ての攻撃を受け止め、弾き落とした。

 

 ズバンッ

 という轟音が鳴り響く一瞬の内に、ダンテは周囲の全ての悪魔に銃弾を浴びせた。

 しかし、急所である頭部や胸などはほぼ狙わず、異形に変形した部位のみを粉砕していた。

 

 「これで()()()はとれたろ?」

 

 人間の顔が判別出来る悪魔の眼を見てにそう声を掛けると、ダンテは血の海を跨いで行った。

 

 その時、物影から再び悪魔が襲い掛かって来た。

 長い触手で覆われ、元の輪郭は分からない。

 しかし、全ての触手を逆立てるとその中から、人間の物に似た口があった。歯の形も歯並びも人間の物そのものだった。

 

 ダンテが悪魔の口の辺りを鷲掴みにする。

 それによって悪魔の突進が止められ、悪魔は怒り狂ったように暴れ回るが、ダンテの手は溶接でもされたかのようにガッチリ捕まえていた。

 

 ダンテは暴れる様子を見て鼻で笑うが、ふと口の下の触手の隙間にある物が目に入った。

 

 「……?」

 

 それはドッグタグだった。酷く錆び付き、欠けて擦り切れて判読が困難な程だった。

 

 しかし、あらゆる面から人間離れした能力を持つダンテは例外だ。

 

 「へー…元気そうだな。

ーー()()()()()?」

 

 古い友人に挨拶する様な軽い口調で、ダンテは鷲掴みにする悪魔に声を掛けた。

 それと同時にブライアンが変異した悪魔は口の辺りの肉を引きちぎってダンテの手から逃れると、首筋目掛けて歯を剥き出しにして飛び掛かった。

 その口の中にリベリオンの刀身が貫通し、背後の扉に突き刺さった。

 

 『ブアアアア、ゴィイイ!!』

 

 「いい根性だ!」

 

 串刺しにされても悪魔はダンテに敵意剥き出しで触手をのたうち回らせた。

 ダンテはリベリオンを突き刺したまま、扉ごと悪魔を袈裟斬りで両断した。二つに分かれた悪魔の肉片は地面に転がり、ビクビクと痙攣して動かなくなった。

 

 「ーーはっ」

 

 それを見届けると、ダンテは背を向けようとしてーー

 何かが動く気配があった。

 

 「……?」

 

 敵意があるものでは無い。耳をすませると先程斬り裂いた扉の中から、弱々しい呼吸音が聞こえて来た。

 ダンテは真っ二つになった扉を押し除け、部屋の中へ足を踏み入れる。部屋の中はベットが円状に並べられ、その中の一つに子供が寝かされていた。

 それ以外のベットの上には全て血に染まり、人間の物と思われる乾いた肉片が散らばっている。

 

 ダンテは素早く子供に近付き半身を抱き上げた。

 子供の髪はボサボサに伸び、血や泥や錆で真っ黒に汚れていた。

 そのせいで顔が分かり辛かったが、東洋系の顔に見えた。今回の敵が船で移動している以上、他国まで手を延ばしているのは想像に難く無い。

 

 「生きてるな…。ここまで来て戻らねぇとならないとはな…」

 

 ため息を吐いて子供を抱え上げ、トリッシュの待つ漁船に戻ろうとした。

 

 

ヴォオオオオオオオオオオオオオォォォォォ

 

 無音だった船が息を吹き返すかの如く、耳を裂く汽笛に似た轟音が響く。

 

 「ギャアアアァァァアアアァ!?!!」

 

 それに呼応するように子供が突然絶叫を上げる。

 

 「この音…親玉の声かーー」

 

 その結論に至った時、軋みと共に床がばっくり穴が空いた。

 暗闇に落ちてもダンテは動じず子供を抱え直すと、生暖かく不快に柔らかい底に着地した。

 

 底には大小様々な動物の死骸が転がっていた。陸上の動物や人間の死骸もあったが殆どが海洋の生物だ。

 どの死骸も損傷が激しく、腐敗臭が酷かった。

 

 「ヒデー所だ。少しは気にしろよ…」

 

 ダンテは片手で子供を抱えながら、コートの汚れをはたき落とす。

 

 「ま、肥溜め野郎に言っても無駄か…」

 

 そうしながら背後の巨大な影に語りかける。

 ダンテは獲物を前にした獣の様な笑みを浮かべ、その影に振り返る。

 影が眼を開いた。

 奈落の穴を連想させる黒い瞳に、その中心に亀裂のように歪な黄色い蛇眼がダンテを睨む。

 

 『…巨大な闘気感じる。ただ者では無いな…小さき者よーー』

 

 「喋れるのか…。相当老いぼれだって聞いてたからな、ボケてるモンじゃないかと思ってたぜ」

 

 『我は喰らった者の記憶と魂を盗む事が出来る…。貴公ら小さき者の歩んだ歴史は誰よりもーー』

 

 「もういい別に興味ねぇよ。そんな事よりお前が『ウラノス』とかってのでいいんだよな?」

 

 ダンテの言葉に僅かに反応し、悪魔がその巨体を起こす。

 頬まで裂けた口には二本の長い毒牙、その蛇の頭にビッシリと角を生やし、底につく程の髭を顎に伸ばす。

 

 巨大な大蛇の姿ではあったが、僅かに東洋に伝わる龍を思わせる姿だった。

 しかし、神々しさは欠片もない異形の姿だ。

 その際たる物が眼の部分だ。眼球は左眼にしか無く、右眼にあたる部分には眼球の代わりに牙がビッシリ並ぶ口があった。

 その口から魔界の瘴気を絶え間なく撒き続けている。

 

 「ヒデェもんだ。風呂くらい入れよ」

 

 ウラノスは鱗で覆われた巨体を動かす。

 その身体に人間を含めた他の生物の部位が溶け合う様にして、ウラノスの身体に継ぎ足すように埋まっている。

 

 『ーーその名で呼ばれるのは幾百年振りか…。

もはや忘れ掛けておったわ』

 

 ウラノスはガチガチと歯を鳴らしながら下品に笑う。

 次の瞬間に右眼の口がジッパーのように閉じたかと思うと、口から魔界の瘴気を一気に吐き出した。

 瘴気は周囲の物を削り消しながらダンテに迫る。

 

 ダンテはその場から飛び退いて瘴気のブレスを避けると、片手で一丁銃を抜くと数発引き金を引いた。

 銃弾はウラノスの頭部に向けて真っ直ぐ飛んで行くが、ウラノスは底に溜まる大量の腐肉を持ち上げ盾にした。

 銃弾が腐肉に命中すると同時に、ウラノスが腐肉をぶち抜いて突進する。

ダンテは空中に魔力の足場を作り、それを蹴ってウラノスの牙から逃れた。

 

 リベリオンを引き抜きウラノスの首目掛けて振り下ろす。

 ところが首筋の肉が大きく波打ち、牙が並んだ(くち)が現れ瘴気のブレスを噴き出した。

 ダンテは再び空中で魔力の足場を蹴ってブレスを避ける。

 

 目標を失った瘴気のブレスは上階を何層も消し飛ばし、船体を貫通し空の彼方まで伸びて行った。

 

 「ちっ…。ここまで来て子守りとはな…」

 

 ダンテは片腕に支えられた少年を鬱陶しげに見る。

 1秒経つごとにこの子供からの心音が徐々に小さくなっているのを感じる。

 

 あまり時間をかけて居られない。

 そう悟ったダンテは舌打ちをせずに居られなかった。

 かなり弱っているとは言え、ウラノスはここ最近ではトップクラスに当たりの部類だ。本当ならもっと遊んでいたかったくらいだ。

 

 『奇妙な奴よ…人間かと思いきや、悪魔の魂も見える。しかも、混在や穴埋めなど不安定な存在では無い…二つの魂の存在が同一の“個”として成り立っておる……』

 

 「だからなんだ?」

 

 『知れた事よ。貴公の血肉を喰らい、その魂の秘密とチカラを我が物としてくれよう!!』

 

 「…聞いて損したぜ…。その辺のバカと言ってる事たいして変わりゃしねえ…」

 

 ダンテは牙を剥き出しで迫って来るウラノスに銃を向けた。

 

ーードチュッ

 

 自分の腹から異音と鈍痛さらには異物が侵入する違和感にダンテは、自分の腹を見下す。

 木の枝のように痩せ細った腕が、深々と突き刺さっていた。

 

 「ーーっ!?」

 

 抱えた子供の腕に鱗のような器官が生えている。

 ダンテの腹を突き破った子供がゆっくり顔を上げると、瞳は奈落のように黒く、それを中心から裂く形で黄色い蛇眼がこちらの姿を捉えていた。ちょうどウラノスの同じ瞳だ。

 

 「クソったれ…のんびりし過ぎたか…」

 

 子供の顔はたえず変化を続けている。

 ダンテは悪態をつくと、子供を蹴り飛ばし自分から遠ざけた。

 

 すぐさま空中に飛び上がり、ウラノスの毒牙から逃れる。

 

 『ーー慢心ゆえに自身の手元すら見えなかったか…』

 

 空中に飛び上がったダンテをウラノスの巨大な尾が捉え、ダンテを壁に打ち据えた。

 鉄の破壊音と船全体が軋み、耳障りな轟音が船外まで響き渡った。

 

 『愚か者め…、例えチカラで劣っていようとも、戦いようなら幾らでもある物だ…』

 

 ウラノスは勝ち誇ったように笑う。

 しかし、ふっと笑うのをやめた。尾の下でダンテの魂が別の存在へ切り替わるのが見えたのだ。

 

 『ーーしてやられたってのは…こう言う事をいうのかね…』

 

 エコー掛かった物に変化したダンテの声と同時に、紅い雷が奔り尾が瞬く間に両断された。

 

 『ーーぬぅっ!?』

 

 地に落ちる尾を目で追う前に、雷の中から放たれた閃光がウラノスの左眼を抉り取った。

 眼窩から鮮血を撒き散らし、ウラノスは絶叫する。

 

 『ゴァアアアアアああ!!き貴様っ!!』

 

 『コッチのセリフだ…。久々に胸糞悪いモン見せやがって…』

 

 紅い雷の中から魔人化したダンテが姿を現した。

 

 口調こそいつも通りだが、隠し切れない凄絶な怒りが溢れていた。

 ウラノスはダンテの魔力がさらに強大に膨れ上がる様を見て目を見開く。

 

 『なんだ…その魔力は我やムンドゥス以上!?バカなっ!!

ーー……いや、風の噂で聞いたぞ…()()()()()()()()()()()!…まさかーー』

 

 『もう幕引きにするぜ…テメェとこれ以上遊んでもーー』

 

 『ーー貴様がっ!!?』

 

 『ーー()()()()()()()()ーー」

 

 瞬間、空間ごとウラノスの首が切断された。

 ウラノスの首がずり落ちても、胴体がそれに気付いていないかの様にしばらくその場に留まっていた。

 首が腐肉の海に落ち周囲の物を巻き上げて、胴体は糸が切れたかの様に崩れ落ちた。

 

 ダンテは魔人化を解き腐肉の中に着地した。

 

 「………」

 

 悪魔討伐してもその顔は不快な感覚に歪んでいた。

 楽しかったという感覚はもちろん、つまらなかったという感覚すら浮かばずに曇天の様な翳りがダンテの中に渦巻いていた。

 

 『ーーよもや…あの噂が本当だとはな…』

 

 下品な笑い声と共に聞こえて来た声にダンテは足を止めた。

 振り返ろうとはせず、背後の死に損ないに苛立ちを募らせる。

 

 『ーー感謝するぞ?小さき者よ』

 

 「…なんだと?」

 

 しかし、聞こえたのは予想していなかった言葉だった。

 ダンテは胴体と切り離された頭を睨む。

 空洞だったはずの右眼の口の部位に眼球があり、牙が並んだ右目の目蓋から声を発しているという、一言で表現出来ない奇妙な構造になっていた。

 

 『我が肉体も魂ももはや限界だった。この世界の生命を継ぎ合わせてみたが、どの身体も魂も一年もせぬ内に腐り…朽ちた』

 

 「楽に死なせてくれてありがとう…てか?」

 

 その言葉にウラノスは笑った。

 先程までとは比較にならない大きな声で笑う。

 

 『因果が巡れば…また会おうぞ“魔剣士”よ』

 

 ダンテは銃を指でクルクルと弄ぶと、真っ直ぐウラノスの目玉に照準を定めた。

 

 「ーーいや、これっきりだ」

 

 ダンテが引き金を引くと、ウラノスの目玉が破裂し左眼と同じく右目の眼窩からも大量の血を噴き出した。

 しかし、もう激痛に悶える事も絶叫する事も無かった。

 

 ウラノスの首と胴体が霧に変わり消滅した。

 

 ダンテはそれを見届けると、踵を返して歩き始めた。

 向かった先は蹴り飛ばした子供の所だ。

 子供は仰向けに倒れ、ピクリとも動かない。

 腕を覆う鱗は彼の顔にも及んでいた。

 

 下僕(しもべ)を生み出す悪魔は珍しくない。

 人間を利用して生み出す者も少なくは無い。

 そして、そういった手合いは大半が親玉を殺した所で下僕が消える事無く残り続けるのが通例だ。

 

 その証拠にこの子供の悪魔化は進み続けていた。

 

 「……悪いな…」

 

 ダンテは子供を跨ぐ形で真上に立つと、背中からリベリオンを抜き子供の首筋に切っ先を突き立てた。

 

 「ーーーーー」

 

 か細く弱々しい呼吸と共に子供の口が動く。

 何かを喋ろうとしているのは分かるが、弱々しい呼吸だけだ。

 

 ただ何かに誰かに謝り続けていることだけは分かった。

 

 「……墓くらいは作ってやるよ」

 

 ダンテは剣を握る手に力を込めた。

 

 ーーその瞬間、突然壁が裂け大量の海水が轟音と共に流れて込んで来た。

 海水はダンテと子供を呑み込むだけに足りず、次々に船底を破壊して船その物を蹂躙していった。

 

 

*********************

 

 

 トリッシュが乗る船は突然沈没し始めた大型船に巻き込まれ無いよう、慌てて距離を離していた。

 

 「何かに掴まれ!!」

 

 船長は必死に船を操りながら叫ぶ。

 トリッシュは荒々しく揺れる船から、沈んでいく船を眺めながらダンテの勝利を確信した。

 ある程度距離を離した船はようやく安定し、船長はエンジンを切りトリッシュのもとへ歩み寄る。

 

 「アンタの相棒…大丈夫かよ」

 

 トリッシュがその言葉に応えようとした時、海面から大量の飛沫が舞った。

 それと同時にダンテは船に着地した。

 

 「おかえり」

 

 「おう」

 

 「あ…あんたどうやって…」

 

 「気にしなくて良いわ。いつもの事よ。

…ダンテ、なに抱えてるの?」

 

 「あぁ…あ?」

 

 ダンテは自分の腕の中に抱えた悪魔化した少年に目を向けて、そして眉をひそめた。

 

 直前まで鱗と亀裂のような血管で覆われていた少年の身体から、最初から何も無かったかのように消え失せていたのだ。

 

 「見せて」

 

 トリッシュが少年を奪い取り、甲板に寝かせる。

 少年に手で触れて身体を調べている。

 

 「呼吸もしてる。心臓も大丈夫そうね…」

 

 「ーーなんともねぇのか?」

 

 「……何もないとは言い切れないわね…」

 

 「どういう意味だ?」

 

 「これは“呪い”…いえ、“毒”と言っておくわね。

人間を悪魔に変異させる力を持った魔界の瘴気に似てるわ」

 

 トリッシュが少年に僅かに魔力を送ると、少年の身体中に見た事のない文字が浮かび上がった。

 

 「もう全身に広がってる…急がないと」

 

 「ーーてことはどうにかなるって事か?」

 

 「手短に話すわね。この子は今()()されてる状態なの、汚染を除去させるためにあなた”血“を利用したいの」

 

 「オレの血を?大丈夫かよそんなことして…」

 

 「この子から二種類の魔力を感じたの…一つはさっき話した毒。そしてもうひとつは…多分ウラノスの血ね…」

 

 「それで?」

 

 「この子を殺しかけてるのは無理矢理変異をうながす”毒“であって、”血“はむしろ生命力を与えるきっかけになり得るわ。半魔であるあなたの血なら人間との親和性も高い筈、より負荷なく変異を抑えられるはずよ」

 

 試したこと無いけど…とトリッシュはぼやく。

 

 「この子自身の生命力で”毒“に勝つしか無い。あなたの血でそれを後押しするの…いい?」

 

 「そういう事なら早く始めた方がいいな…」

 

 「この子の身体の変化は私が見守ってる。抱き上げて」

 

 ダンテは片膝立ちになって少年の半身を抱き上げると、片膝に少年の頭を乗せた。

 そしてリベリオンを抜くと自分の手首を浅く切った。

 ダンテの血が傷口から溢れ、少年の身体に滴り落ちる。

 すると少年の身体の周りに赤く薄い光の膜が現れ、少年の身体に染み込んでいく。そして再び光が現れまた少年と溶け合うように消えて行く。

 

 ふと少年の目蓋が動いた気がした。

 目が合った訳では無い。だが少年の心は確かに自分達を捉えた事をダンテは感じ取った。

 

 「よう、まだ生きてるか?よく頑張った、後は俺達に任せな坊や。」

 

 あの地獄から生き延びた心からの称賛の言葉。

 覚醒に向かおうとした少年の意識は再び深い眠りに帰って行く。

 

 

 

 

 ふとーー、考えた。

 今までの経験から悪魔化した人間が元に戻る事は無い事は知っていた。

 何故一度捨てた少年の命を救ったのか、思い返しても理由らしい理由が思い浮かばない。

 

 答えが出せないままダンテが少年の名を知るのは、もう少しだけ先の話。

 

 

 

 

 船は雲も霧もない空の下を進み続ける。

 主を失った悪夢の巣は消え去り、生き残った者の凱旋と失った者の悲劇を伝えるため船は港へ向かう。

 

 

 

 

 

 




僕が考えた最強の悪魔()

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