ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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A jump to the sky turns to a rider kick.












……書く事が無いからって、いつも適当な事ばかり書いて本当にごめんなさい…。







#42-③再誕〜the lost christmas〜

 

 

 

 

ユウの表情から吊り上げた様な笑みが消え、無感情な顔で集を見ていた。

 

 「それが…あなたの選択ですか。あくまで我々と敵対する気でいるのですね…」

 

 ユウの言葉から失望の色が隠し切れない程に込められていた。

 瞬間、ユウの身体が糸の様に解けた。

 

 「!?」

 

 気付くと、ユウはいのりと茎道がいる段上に立っていた。

 アンテナ塔で見た空間を切る様なものとは違う。

 瞬間移動の際発生する銀の糸はヴォイドが出現する時と、戻る時の現象に似ていたが、いずれもヴォイドを使っている様子も無い、どちらかと言うと悪魔の持つような奇怪な能力に似た印象を受けた

 

 「…シュウイチロウ。

儀式を始めましょう」

 

 「…ああ、言われずともだ」

 

 ユウは茎道に歩み寄る。

 すると段上の中央。いのりの目の前に細い台座が伸びた。

 

 「…《はじまりの石》…」

 

 台の上に乗せられた物を見て涯は呟いた。

 

 「あれが…大島で回収しようとしてた物?」

 

 「…あぁ」

 

 ユウが石に手をかざすと先程の彼の様に石の輪郭が解け、2つの小さな指輪へと形を変えた。

 

 「これから、シュウイチロウが楪いのりを介して、マナへプロポーズします…」

 

 「なっ!!」

 

 それを聞いた途端、集の中で今まで感じた事が無い程の怒りが爆発した。

 

 「ふっーーざけるな!!」

 

 その感情のまま集は叫び、ユウと茎道目掛けて駆け上がろうとした。

 

 「ちっ!」

 

 「はぁ!」

 

 それと同時に涯は段上に向けて、手に持つライフルのヴォイドを発砲した。それに並ぶようにルシアも投げ矢を放つ。

弾丸は二重螺旋の軌跡をえがきながら、集の頭上を飛び越した。

 

 だが突然、地面から現れた黒い柱がその行く手を阻んだ。

 弾丸の後を続いていた矢も、虚しくその柱に突き刺さる。

 

 「なっ!!」

 

 柱などでは無い。黒く硬い毛に覆われた巨大な腕だ。

 

 「あの男からのプレゼントです。使うつもりはありませんでしたが…」

 

 ユウは潰れた虫でも見るかのような眼で集を見た。

 

 「残念です…。貴方には期待していたというのに…」

 

 集はユウを睨み返すと、這い出そうとする巨腕の主に意識を戻した。

 手を地面に着き、魔法陣から顔と胴体が現れ咆哮を上げた。

 

 『ゴオオオオォォォォォ!!』

 

 『オラングエラ』黒い体毛に覆われた巨大な大猿の上級悪魔だ。

 ダンテ達から見れば大したことない相手だが、集は単独で上級悪魔とまともに渡り合った事がない。

 

 「…涯!」

 

 集が声を掛けると涯がナイフを投げ渡した。

 それを受け取ると集はナイフをホルスターから引き抜いく。

 

 「デビルトリガー…!」

 

 呟くと赤い魔力の奔流が全身とナイフに流れた。

 隣に立った涯が集にそっと告げる。

 

 「お前達はいのりの所へ…俺がマナの所に行く。援護しろ」

 

 「分かった」

 

 眼に掛かった銀髪を払い、その直後集は大猿の足元に飛び込んだ。

 

 『グオォッ!!』

 

 オラングエラは集を踏み殺そうと片足を上げる。

 その瞬間、涯がライフルをオラングエラの眼に撃ち込んだ。

 

 『ガアァア!!』

 

 弾丸は閉じた目蓋に命中する。流石に巨体の悪魔といえど、目蓋で銃弾は防げない。

 狒々は流血する片目を押さえて叫び声を上げた。

 

 「っらあァァァ!!」

 

 集はそのまま狒々のスネ辺りを斬り裂いた。

 魔力を纏っていたためか、ナイフは抵抗無く脚に喰い込む。

 それでもナイフ本来のリーチのせいで、大して深いダメージを与えることは出来なかった。

 

 オラングエラは雄叫びを上げ、モーニングスターのように尖ったスパイクで覆われた尾を集に振り下ろした。

 

 「ふっ!!」

 

 尾の一撃を集はその場から飛び退いて避ける。

 尾は集の居た場所を砕き、地面を砂利に変えてしまった。

 まともに喰らえば、例え魔力でガードしても致命的なダメージを受けてしまうのは想像に難く無かった。

 

 『ゴアアアア!!』

 

 (しまっー!)

 

 地面に着地した集を、オラングエラの壁のような掌が横から迫り来る。避ける事も出来ず、集はまともに巨大な手の平に全身を叩き飛ばされた。

 

 「ーーぁが!?」

 

 全身の骨がミシミシ軋み、指から異音と激痛が伝わる。

 動けない程の風圧を受けながら、集は足場の周りを囲っていた血の海に大きなしぶきを立てながら何度もバウンドした。

 

 ルシアはその巨腕に飛び乗り、顔の真横まで駆け上がる。

 オラングエラはルシアを叩き潰そうと、反対の手をルシアが駆ける場所を叩く。

 

 「はっ!」

 

 その直前、空中へ飛び上がったルシアは眼や鼻と口の中を狙って投げ矢を放った。

 しかしオラングエラは矢などお構いなしにルシアを噛み砕こうと、巨大な顎を突き出した。

 

 「ルシア!!」

 

 集は咄嗟にルシアの目の前にヴォイドエフェクトを展開した。

 

 「っ!!」

 

 ルシアはそれを蹴って、その場から逃れた。

 オラングエラの顎がバキバキと音を立ててエフェクトを噛み砕く。

 

 ルシアが逃げ切ったのを確認すると、集はいのりの方へ目を向けた。

 茎道は何か言葉を呪文の様に唱えながら、自分の薬指に指輪をはめていた。

 

 「!」

 

 儀式とやらがどれだけ時間が掛かるか分からないが、もう猶予は無い事は分かる。

 

 「シュウっ!避けて!」

 

 「ーーっ!!」

 

 悪魔の方へ意識を戻そうとした瞬間、ルシアが叫んだ。

 オラングエラは膝を抱え、タイヤの様に回転しながら空中へ飛び上がっていた。

 

 自分目掛けて飛び込んでくる巨体に集は一瞬ギョッとしながら、その場から大きく距離を取る。

 

 ドシャァァ!!と派手に飛沫を立てながら、オラングエラは血の海に飛び込んだ。そして間髪入れずそのまま再び空中へ飛び上がり、グルンと方向を変えた。

 

 「ーー涯っ!」

 

 「っ!ーーくっ!」

 

 ライフルで階段の真下から中段を狙う涯がオラングエラに気付く。

 そこをルシアが涯を抱え上げ、その場から逃れた。

 

 ボゴォォォ!!と爆弾でも埋まっていたかの様な破壊音を立てながら、地面が砕けた。

 地面を破壊したオラングエラは、砂塵の中から眼から緑色の光を放ち3人を睨む。

 

 「…涯。連射ってどれくらい出来る?」

 

 「俺を戦力として期待している様だが…。悪いがその期待に応えられそうにない」

 

 「オーケー。聞くんじゃなかった…」

 

 集はオラングエラを警戒しながら深呼吸をして息を整える。僅かに目眩がした。

 半魔人化のリミットが近付いているのだ。

 

 今どれほど維持できるか具体的な時間は集には分からない。

 だが関係ない。どれだけ限界が来ても、この戦いが終わるまで疲労程度で止まる訳にはいかない。

 

 「…まだ行けるか?」

 

 「全然よゆう…。そっちの方が顔色悪いよ」

 

 「問題があっても、ここでやめるつもりは無いさ…」

 

 「僕の心読んだ?同じ事考えてた…」

 

 集は軽口に口元を緩めながら、涯の様子を伺う。

 直後、ボンッと土煙の形が突然虫喰いの様に欠けた。

 

 「!!」

 

 「避けろ!!」

 

 涯の怒号と同時に、集は涯を抱えルシアと逆方向へ飛び上がった。

 土煙から現れた透明な球状の物体は、地面に触れると極小の竜巻の様に爆風を撒き散らして辺りを破壊した。

 

 続け様に同じサイズの空気砲が、土煙を突き破ってデタラメに撒き散らされた。

 

 「ーールシア!!」

 

 「かーーぅあ!!?」

 

 集が叫んだ時には、既にルシアは見えない砲弾に捉えられていた。

 ルシアの身体はバットで打たれたボールの様に吹き飛び、暴風と共に壁に叩き付けられた。

 

 「集中しろ!!」

 

 血の海に落ちる小さな身体に、気を取られる集に涯は叱咤の声を掛ける。

 

 「くっ!?」

 

 目の前に迫った空気砲の軌道から逃れようとした瞬間、風船の様に爆ぜ風圧は拡散した。

 

 「なっ!?」

 

 その向こうから、オラングエラの巨体が目前に迫っていた。

 

 「ちっ!身軽な奴だ!!」

 

 涯は舌打ちをしてライフルの照準を額に合わせると、オラングエラはそれが分かっていたかの様に頭を後ろにそらし、脚を二人の真下から鞭の様に振り上げた。

 

 (サマーソルト!?)

 

 集はオラングエラの巨体に似合わぬ柔軟さと俊敏さに面食らった。

 

 「っ!!ーー涯!!」

 

 咄嗟に集は涯を横に投げ、逃した。

 

 次の瞬間、丸太の様に太い脚が集の身体を打ち上げた。

 

 「ブッーーゴハ!!?」

 

 吐血した。身体をプレスされ、身体中の内臓がめちゃくちゃな位置に移動する。

 生きたまま解剖でもされている気分だ。

 

 天井高くまで打ち上げられた集の身体は、自由落下に逆らわず叩き付けられた。

 

 「バッ…カハッ!ゴブ!!」

 

 横倒しのまま血を吐き続ける。

 

 ーー しゅ……う… ーー

 

 意識が朦朧とする意識の中で聞こえた声に顔を上げると、集はようやく自分が今何処にいるのかを理解した。

 

 「…い…の……ーー」

 

 彼女が居た。

 意識は無く項垂れたままだが、確かに彼女の声を聞いた。

 

 「ぁああああ!!」

 

 逆に曲がった指を無理やり戻す。

 バキッと異音が聞こえたが、そのままその指で裏返った足首を掴み、関節にはめ直した。

 

  「ーーーーぎッッッゴアァ!!!」

 

 関節の一部を戻しても折れた部分はそのままだ。シルエットを見れば、関節の増えた人形にでも見えるだろう。

 

 残った魔力を治癒に総動員しても、立ち上がればパキパキ音を立てて身体崩壊する音が聞こえる。

 呼吸どころか鼓動ですら凄まじい激痛が休み無く襲うが、どうでも良い。

 彼女が…いのりが目の前にいるのだ。

 

 「…浅ましいな桜満集」

 

 「ーーーおおおっっオオオオオオぉ!!!」

 

 激痛を封じ込める様に咆哮し、二人の敵には目もくれずいのりに駆け寄る。

 

 伸ばした手がいのりに触れる直前、集は形の無い何かのエネルギーに弾き飛ばされた。

 

 「ーーーコッーーォ」

 

 天地がメチャクチャに入れ替わる。

 階段の段差が容赦無く集の身体を打ち続ける。

 階段を転がり、かなり下の段でようやく止まった。

 

 「これが、貴方の選択の結果です…」

 

 転がったまま動けずにいる集にユウは非情に告げる。

 激痛に朦朧としながら集はユウを見上げる。

 

 「…見なさい」

 

 ユウは階段の下を指し示した。

 そこでは膝をつく涯、それをかばうルシアの二人にオラングエラの巨体が迫っていた。

 

 「逃…げろ…」

 

 「……ーーっ!」

 

 涯がそう言っているのが分かった。

 ルシアはその言葉に応えず、両手の短剣を握り締め真っ直ぐオラングエラを見据えていた。

 

 ルシアも脚を引きずっていて、とても軽傷には見えない。

 あれでは次の攻撃は避ける事など不可能だ。

 

 「貴方達の命はここで尽きる…。せめて、その魂は新たなる世界へ運んであげましょう」

 

 ユウは地面で必死に動こうとする集を見据え、手の平の銀糸を一振りの刀に変化させた。

 

 「…が…い!ルシ…ア!」

 

 オラングエラの喉がカエルの様に膨らみ、涯とルシアに狙いを定める。

 

 「ーーーっ!!」

 

 ルシアは短剣を交差に構え、後ろの涯の盾になる様に立つ。

 オラングエラはそれを嘲笑う様に口を大きく開き、喉に溜めた空気の爆弾を二人に浴びせようとした。

 

 

 

 耳を貫く炸裂音、爆風。

 そして肌を焦がす熱風。

 

 

 

 『ギャアアアァアアァアァァァ!!』

 

 「ーーっえ?」

 

 衝撃と熱風に煽られながら、ルシアは呆然と悲鳴と煙を上げるオラングエラを見上げる。

 オラングエラは焼け焦げた顔を怒りで歪め、上空を見上げようとした。

 しかし、新たな襲撃者を視界に収める前にオラングエラの顔が再び爆発した。

 

 「ーーあの女…」

 

 ルシアは訳も分からず立ち尽くす後ろで、涯は舌打ちした。

 

 「頭下げてなさい!!」

 

 「ーーっ!?」

 

 集に向けてそう告げた新たな襲撃者は、ユウに銃弾を浴びせた。

 ユウは身体の前にヴォイドエフェクトを展開し銃弾を防ぐ。

 

 襲撃者は集とユウの間に降り立ち、重量ある装備を感じさせない軽やかな仕草で両手の銃をユウに構えた。

 

 集は目を見開く。

 

 

 短く切られた黒髪にオッドアイの女性。

 

 「ーーレディさん!!」

 

 「ハァ〜イ?

オープニングセレモニーには間に合わなかったけど…」

 

 レディは口元をクッと上げ、楽しそうな調子で言った。

 

 「メインイベントには、間に合った様ね?」

 

 「……貴女はーー」

 

 「自己紹介してあげても良いけど。まぁ…時間の無駄よね?」

 

 「必要ありません。桜満集に関係した人物の事は大体把握しています」

 

 「あらそう、勉強熱心ね…」

 

 「レディさん!涯とルシアがーー」

 

 集が言い終わらない内に、レディは真後ろ…つまり集にカリーナ=アンの砲口を向けた。

 

 「へっ?ーーどぉお!!?」

 

 集が焦って階段から転がり落ちたのと同時に、砲筒からミサイルが発射された。

 ミサイルは涯達を叩き潰そうとしていたオラングエラの側頭部に直撃した。

 

 「確かに、あっちを助けてあげた方が良さそうね。

ーーって訳で死ぬんじゃないわよ?」

 

 階段の横縁から必死に這い上がる集に振り返り、レディは子供の様に笑いながら手を振って言った。

 

 レディのセリフの余りの緊張感の無さに、集は思わず乾いた笑いを漏らした。

 

 「はい…ここは任せて下さい。

涯とルシアが来れば、なんとかなります」

 

 レディは階段を下りながら親指を立てる。

 

 集が目を閉じて自分の中を循環する力に意識を注ぐと、黒髪に戻りかけた髪が再び銀髪に染まり、魔力が身体を覆う。

 

 不思議と先程より力が溢れる気がした。

 

 

 

 レディは駆け降りるのが面倒だと言わんばかりに、階段を蹴って空中高く跳び上がった。

 

 「目を閉じなさい!」

 

 下の二人に告げると同時に閃光手榴弾を放り投げ、撃ち抜いた。

 爆発的に閃光が辺りに広がり、まともにその光を見たオラングエラは眼を抑えて悶えた。

 

 『グゴォッ!?』

 

 レディはそのままオラングエラの背中に飛び乗り、カリーナ=アンの刃を背中に突き刺した。

 

 「今だ!!」

 

 背中に乗った敵に狂った様に暴れ回るオラングエラの足下をすり抜け、涯とルシアは階段を駆け上がり集のもとへ向う。

 

 怒りの咆哮を上げるオラングエラと、楽しそうにロデオをするレディの声が混じって聞こえ、涯は頼もしさを感じながらも密かにため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 「うおおおぉおおっ!!」

 

 赤い魔力を纏うナイフを、ユウは刀で難なく受け止めた。

 刃の接触部分から、火花に混じって破片と霧散した魔力が爆ぜる。

 

 「…無理はやめなさい。もう限界でしょう?」

 

 「っ!!」

 

 集が全力で押し込んでも、怯みすらしない。まるで石像でも相手にしている様だった。

 ユウはゆっくり力を込め、逆に集をジリジリ縁に押し込んで行く。

 

 「……くっ!」

 

 「記憶を代償に手に入れた悪魔の力も、その程度ですか?」

 

 「………デビル…トリガー…」

 

 「ーー?」

 

 集は深く息を吸い、そして目を開いた。

 

 「ーー“()()”ーー」

 

 ナイフから纏っていた魔力が消えた。

 瞬間、刀の重みに耐え切れず刀身が派手な音を立てて砕け散った。

 

 「なっ!?」

 

 「ーーふっ!!」

 

 集はユウの刀を掌底で払いのけ、折れたナイフを振るった。

 ユウは顔を傾けてそれを避けるが、集の狙いはユウでは無かった。

 

 「シュウイチロウ!」

 

 「ーー!?」

 

 集が投げ放ったナイフは折れていたが、それでも茎道の二の腕に深々と突き刺さった。

 

 「ぐあっ!?」

 

 そのまま駆け出す集をユウが見逃すはずが無かった。

 背を見せた集を串刺しにすべく、刀を引く。

 

 「やああっ!!」

 

 頭上から聞こえる雄叫び、その主を視界に収めようともせずユウは風を纏ったルシアの一撃を刀で受け止めた。

 しかしルシアが纏う風が鞭の様に周囲を打ち、足場を砕いた。

 

 「くっ!」

 

 「はぁぁっ!!」

 

 初めてユウの表情に動揺が浮かんだ。

 ルシアは崩れた足場に押し込む様にユウを叩き落とした。

 

 「もう遅い!!」

 

 茎道は自分の薬指にはめた物と同じ、《はじまりの石》が変形した指輪を拾い上げ、いのりの左手薬指に無理矢理はめようとする。

 

 「く…うあっ!」

 

 いのりが顔を歪め、抵抗する様に震える。

 

 「終わりだ茎道っ!!」

 

 涯がライフルを構えて、引き金を引いた。

 撃ち出された弾はいのりの胸に吸い込まれ、眩い光を放った。

 

 「この光はヴォイドのーー!?

他人のヴォイドを強制的に出現させる能力か!」

 

 茎道は光の中から現れた“剣”に眼を見開いた。

 

 「いのりーーっ!」

 

 「!!」

 

 集は折れた足でエフェクトを蹴り、加速する。

 眼の中で火花が散るような激痛を感じるが、構う気は無い。

 一瞬で目の前に接近した集に茎道は一切の抵抗も出来る間も無く、集の拳を顔面で受けた。

 

 

 

 鼻と頬骨に拳が突き刺さる感触が伝わる。

 茎道は声にならない声を上げて地面を転がった。

 

 「ーーいのりっ!」

 

 集は剣を掴むと、一振りでいのりを拘束していた結晶を砕いた。

 支えを失って倒れそうになるいのりの身体を、優しく受け止める。

 

 「…よかった…」

 

 柔らかく目を閉じるいのりを見て、集は安堵する。

 茎道に意識を向ける。

 

 「ーーくそっ!小僧如きが…」

 

 集に殴り飛ばされた茎道は、折れた奥歯を血と共に吐き出していた。

 いのりを寝かせる後ろを、涯が階段をさらに登って真名の所へ向かう。

 

 「っーー待て!!」

 

 それに気付いた茎道が追おうとするが、集は切っ先を向けて道を阻んだ。茎道は集を歯を食いしばりながら集を睨む。

 

 「もう、あんた達の好きにはさせないっ!」

 

 「ーー何故だ…何故、未来を紡ぐのがお前のような小僧なのだ!何故貴様の血筋なのだ玄周(クロス)っ!」

 

 「?…父さんの事を知ってるのか?」

 

 集の言葉を茎道は鼻で笑う。

 

 「知っている所では無い。ーーなにしろーー」

 

 茎道は口端から血を垂らしながら、ニタと笑う。集は目の前の男が持つ狂気性と底知れない憎悪に寒気を感じた。

 

 「ーー奴を殺したのは私だからなーー」

 

 思考が凍り付いた。集が茎道に抱いた未知の恐怖心が強烈な殺意に塗り変わっていく。

 瞬きすら忘れて茎道を見る。

 

 「お前が…?」

 

 無意識に爪が食いこむ程、拳を握り締める。

 視界が真っ赤に染まる。もう階段下で戦っているレディとオラングエラの音すら意識の外に押し出された。

 

 「ぐっ!?」

 

 「どういう事だ…」

 

 茎道の胸ぐらを掴み上げ、締め上げる。

 

 「ーーんでっ!何で殺した!!」

 

 「ふんっ。何を怒っている?

ーー顔も知らぬ父親の事なんぞに!ーー」

 

 

 

 「ーーっ!!?」

 

 その言葉が決定的だった。

 集の頭の中は怒りで真っ白に染まる。

 

 

 

 「…だれの……」

 

 

 茎道は顔を歪ませ、人間とは思えない程邪悪で狂気的に笑っている。

 ーーコイツに父さんは殺された。何故こんな奴に殺されなければならないーー

 

 思考が荒れ狂う濁流の様に蘇った。

 

 ーー父さんがコイツに何かしたのか?どんな最期だった?どんな風にコイツに殺された?ーー

 

 ーー何故、自分がーー

 

 

 

 

 

 ーー父親を奪われなければならないーー

 

 

 

 「ーー誰のせいだと思ってるんだっ!!」

 

 剣を放り投げ、痛い程握り締めた拳を感情のままに茎道の顔面に叩き込んだ。

 

 「ーーがっ!?」

 

 鼻が砕ける感触があった。

 頬骨にヒビが入る感触があった。

 同時に自分の拳の皮膚が裂けるのが分かった。

 

 だがこの程度ではーー足りない。

 コイツにはもっと苦しんで、後悔させる必要がある。

 

 そうもっと、ーーもっと!もっと!もっと!もっともっともっともっともっともっともっともっトモっともッとモッともットモットモットモットモットモットーーーーーー

 

 自分の頭の中で何かが笑う。

 歯を打ち鳴らし金属が軋む様な嫌な音を立てて、ゲタゲタと不快で醜悪で奇怪で野蛮なあらゆる邪悪を内包した魔物の笑い声。

 

 ■■してやるーー

 引き裂いて、擦り潰して、砕いて、僕から()()()ことを後悔させてやるーーー

 

 

 

 

 

 「シュウっ!」

 

 「ーーっ!?」

 

 再び振り上げた腕が突然重くなった。

 見ると、赤毛の少女が自分の腕にしがみ付いていた。

 

 集は自分の邪魔をするこの少女に苛立ちを覚えた。

 

 瞬間、刺す様な痛みが後頭部に走った。

 

 「ーーーあーーーっ」

 

 「シュウ!急にどうしたの!?」

 

 視界が霞む。

 まるで寝起きの様に意識が判然としない。

 布が耳に入った時のように聴力もロクに働かない。

 しかし、その感覚もすぐに消えた。

 耳鳴りが残り香のようにしつこく残り続けたが、聴力は元通りに戻っていた。

 

 

 「る…ルシア?」

 

 「…?ーーうん」

 

 頭の中を支配していた殺意が霧が晴れる様に消えていた。

 あの笑い声も聞こえ無くなっている。

 茎道と自分の血で染まった両手を見た。

 

 直前まで何かの存在が自分を上書きしていた。

 そんな感覚だった。

 

 「僕はーー?」

 

 ーー今、何が起こったのだろう…。

 

 あの笑い声はまだ集の耳の奥に残っていた。

 

 

 

 

******************

 

 

 「たくっ、レディの奴…自分だけサッサと行きやがって…」

 

 ダンテは退屈そうに欠伸をして、頭をボリボリ掻いた。

 その頭上から雨のように弾丸が降り注ぐ。

 ダンテが立っていた位置の土が丸ごとめくれ上がり、アスファルトを瞬く間に粉状に粉砕し辺りを土煙が覆った。

 

 銃弾が止んだと同時に、地響きと共にファングシャドウの巨体が地面に着地した。

 

 しかしファングシャドウの頭部は獣では無く、数本の筒状の棒が等間隔に並んだ奇妙な形態になっている。

 その形は不気味な怪物でも、魔界の兵器では無い。

 重機関銃だ。

 ファングシャドウは機関銃をローリングさせ、再び弾丸を掃射した。

 

 「ーーもう飽きたぜ…」

 

 しかしその弾丸の雨の中から、ダンテは気怠げな声が聞こえた。

 その瞬間、斬撃が土煙を切り裂き、ハヤブサに似たシルエットを描きながらファングシャドウ目掛けて飛来した。

 

 しかしファングシャドウは避ける素振りすら見せず、頭部を元の獣に戻し、斬撃を睨み付けた。

 

 斬撃が胴体に直撃すると同時に、ファングシャドウの身体に斬撃の軌跡に沿って青白い光が斬撃を防いだ。

 

 『ゴオオオオオオォォォォォ!!』

 

 雄叫びと共に吸収した斬撃のエネルギーが刃状となって魔法陣から射出され、周囲の岩盤を砕いた。

 

 シャドウの獣の身体には実体が無い。

 生きた影そのものといえる不定形な身体。

 その体内の何処かに影の身体を維持している心臓部となる核が存在し、それを破壊しなければ殺す事は出来ない。

 

 影で形成された身体を攻撃し続ければ身体を維持出来なくなり、核が露出する。

 しかし、そこで厄介なのがシャドウの()()()能力だ。

 

 彼らは二千年前の太古から人間の戦士達と戦いを繰り広げており、その対抗手段として戦士達の武器を影の身体に記憶し、その武器からの攻撃を受ければ先ほどの様にバリアで防ぐどころか魔法陣からカウンターの刃が射出される。

 

 しかし太古の武器ばかり記憶していた為、現代兵器である銃ならば影の身体にダメージを与える事が出来た。

 

 今までならーー、

 

 ダンテはもう何発目か分からない銃弾を、ファングシャドウの身体に浴びせた。

 しかし、銃弾は先程の斬撃と同じようにバリアに阻まれ、カウンターの刃が射出される。

 

 ダンテはそれを剣で叩き落し、また溜め息を吐いた。

 

 ーー最初は確かに新鮮だった。

 銃弾が効かない上に、逆に自身を銃器に変形させて雨のように銃弾を浴びせて来たのだ。

 

 シャドウが記憶した武器の能力まで、使えるのは初耳だった。

 

 だが段々と飽きて来た。

 タフネスなだけならばまだ良かった。

 だが、こちらの攻撃が一切通らないのでは楽しみようが無い。

 

 かと言って自分がここから離れるなりすれば、コイツが集の所に向かう可能性があった。

 

 ダンテにとっては退屈な相手でも、集にとっては違う。

 

 あのアリウスとかいう男の言動から、あの男の性格はだいたい予想がついた。自分が楽しむ為ならどんな事でもするタチだ。

 

 斬る事も撃ち殺す事も出来ないコイツは、足止めには最適だった。

 

 「ビンボーくじ引いたか?」

 

 ファングシャドウが変形した影の剣を避けながら、そんな事をぼやいた。

 

 「試してみるか…。“アラストル”っ!」

 

 間も無くダンテの声に応え、雷を纏った剣が空から地に突き刺さった。

 

 「“(コイツ)”ならどうだ?」

 

 ダンテが地面からアラストルを引き抜いた時、ファングシャドウが巨体故に大砲の様なサイズに変形した散弾銃でダンテがいる場所を丸ごとえぐった。

 

 しかし、空中に跳んだダンテには擦りもしなかった。

 

 「ハッ、こっからが本番だ!」

 

 ダンテは腕を交差させて力を貯める。すると赤い魔力が火花のようにダンテの周囲を瞬く。

 

 『ハアアアアアアアァァァッ!!』

 

 ダンテが魔力を解放した時、空からダンテ目掛けて一筋の紅い雷が落ちた。

 その閃光の中から翼を広げ、紅い瞳を持った悪魔が現れた。

 

 集の『半魔人』とは違い、見た目も悪魔そのもので秘めた力も全く違う、()()()()()

 

 『ーー我慢比べだ…』

 

 エコーがかった声でそう告げると、魔人化ダンテはアラストルを空へ掲げる。

 アラストルから迸る蒼い雷が紅色へ変わり、吹き出すように空一面に広がった。

 

 ファングシャドウは再び頭部を機関銃に変形させると、狂った様に乱射を始めた。

 弾丸はダンテの鎧のような外殻に弾かれ、火花を散らす。

 

 そうしている間にダンテの周りで、黒い雷雲が恐ろしい速さで集まっていた。

 墨を溢したような黒い雲は紅い雷を発しながらどんどん厚く重くなっていく。

 

 『ハッ、今度はこっちの番だ…』

 

 ファングシャドウにそう告げると、紅い雷と雷雲を纏ったアラストルを向ける。

 

 周囲の空気を焼きながら、雷は怒り狂う様に暴れ回る。

 

 ふと、ファングシャドウが頭部を別の兵器に変形させた。

 

 『……………?』

 

 魔界の武器や多くの武器を扱って来たダンテが、見た事も聞いた事も無い形の武器だ。

 

 『切り札を使おうってか?

ハッハッ!それくらいやって貰わないとなっ!』

 

 ダンテは笑いながら、アラストルに込めた魔力を解放した。

 

 瞬間、世界から音が消えた。

 一帯を真空に変えた雷光は、ファングシャドウが放った砲撃もあっさり呑み込み、あっという間に影の獣を溶かした。

 

 それでも、ダンテの放った雷撃はまだ地表に触れていなかった。

 

 爆発の中心地が近い地表は一瞬で水分を失い、溶けて溶岩になる前に蒸発した。

 轟音と共に地表は割れんばかりの激震に襲われ、蒸発した土や塵は巨大なキノコ雲を元六本木に作り上げた。

 衝撃波と砂塵は街の外にまで及び、局地的な地震が起こった。

 

 

 「……やり過ぎたか…」

 

 ぐらぐらと地響きを立てる地表を眺めながらダンテは呟いた。

 

 魔人化を解いたダンテは、一切の躊躇いなく地上の雲のような粉塵に自由落下をする。

 頭を掻き、全く悪びれない態度で大きく地形を変えた地表をズンズン進んで行く。

 

 明かに最も被害が大きいであろう中心地は深いクレーターが出来ており、赤々と溶けた岩や鉄が流れ落ちていた。

 ダンテは火口の様な惨状のクレーターを縁から覗き込んだ。

 

 ダンテの視線の先にはファングシャドウの核があった。

 呪文が書かれた球体がバラバラに割れ、赤い光を放っていた呪文も衰え消えそうになっていた。

 

 しかし、変化はすぐに現れた。

 消えかけていた呪文の光が突然、眩い光を放つ。

 すると崩れ落ちていた影の身体が歓喜する様に震え、形を取り戻して行った。

 核も断面が合わさると、眩い光を放ち何事もなかったかの様に傷ひとつない球体へ戻った。

 

 ダンテはアリウスの言っていた事を思い返す。

 

 『ーー“勝つ事は出来るが、殺す事は出来ない”ーー』

 

 「…さて、どうしたもんか」

 

 ダンテが立てた推測は、離れたどこか別の場所に本来の核かそれに準ずる供給源があるという物だ。

 

 一時的とはいえ、核の活動は完全に沈黙していたのだ。どんなに驚異的な再生能力を持っていても、あれだけの破損を完全に修復することは出来ない。

 身体の何処かに別の核がある事も有り得ない。

 ダンテが放った雷は完全に全身を捉えていたし、そもそもダンテはいずれの可能性も考慮した上で巨雷を放ったのだ。

 

 消去法で別の場所に源となる心臓があるという推測が残る。

 

 しかし、それが分かっても今は探す手段が無い。

 

 ダンテも核が修復される際、一瞬、離れた場所で大量の魔力の波動を感じたが、大雑把な位置しか掴めない。

 近付けば感じ取る事は出来るが、今はここを離れるわけには行かない。

 この戦いも何処かで観ていて、ほくそ笑んでいるであろう男に全力の舌打ちを送りながら、ダンテはアラストルを地面に突き刺しリベリオンを背中から抜いた。

 

 「シュウの野郎、後でなんか奢らせてやるか…」

 

 八つ当たり気味に理不尽な事を呟くダンテに、完全に再生した影の巨獣が再び襲い掛かって来た。

 

 

 

******************

 

 

 

 「ゲホ!がほっ!」

 

 はっと顔を上げると、茎道が倒れ咳き込んでいた。

 顔を紫色に大きく腫れ上がらせ、切れた口内から血を吐き出している。

 

 「ーーはっ!…うっ!」

 

 集が歩み寄ると、茎道は倒れたまま後退りする。

 顔は恐怖に染まり、腫れ上がった顔でもはっきり怯えていると分かるほどだった。

 先程とは別人のようだ。

 

 『退きなさいシュウイチロウ。あなたは失敗したのです』

 

 ユウの声が辺りに響く。

 同時にいのりを攫ったものと同じ裂け目が空中に現れ、茎道を包み込んだ。

 

 「待て!!」

 

 それを見た集が駆け出すが、目前で裂け目は閉じて茎道は姿が消えた。裂け目が閉じるのと同時に、ユウが銀糸から編み上げられる様に姿を現した。

 

 「その少女の事を侮っていました。私達に伝えていない…という事は、彼にとっても予想外なのでしょう。もっとも、“彼を信用する”ならですが…」

 

 「…これ以上、あんた達と話す気は無い…」

 

 「ーー随分嫌われてしまいましたね。念のため言っておきますが、私は貴方のお父上の殺害には関与していません。間接的にもね」

 

 「…だとしても、君は今多くの人たちを脅かしてる。さっきも言っただろう?ーー()()()()()()()()()()()()()…」

 

 ユウはあくまで芝居がかった大袈裟な仕草を崩さず、ふむっと頷くと左手からもう一対の刀を出現させた。

 

 「ですが、()()()()()()()()()()()()()()()ーー」

 

 ユウはバネの様に跳び上がり、集とルシアの頭上の遥か上を飛び越えた。

 

 「ーー涯!!」

 

 「ーーっ!!」

 

 涯を間合いに捉えたユウは首を撥ねるべく、涯の首元に一閃した。

 

 「ルシアっ!()()()!!」

 

 いのりの剣を拾い上げた集はルシアに向かって叫ぶ。

 ルシアはうなづくと、剣の刀身に飛び乗り集が渾身の力を込めて剣を振るうのと同時に剣を蹴った。

 更にルシアは空気の塊を作り、それを蹴って空中で加速する。

 

 ユウは二振りの刀を交差させて完全に守りの姿勢に入った。

 

 ルシアの一対の短剣が鋭い金属音を立てて刀と激突すると、火花が弾けユウを空中から弾き落とした。

 ユウは階段に着地して、間髪入れずルシアに刀を薙ぐ。

 

 「っ!」

 

 ルシアはそれを短剣で受け止めた。

 もう一振りの刀の胸を狙った突きも、身体を傾けて躱す。

 

 ユウは袈裟斬り、逆袈裟斬り、横薙ぎと流れるように右から左と次々に刀を振るう。

 

 「おおおおおおっ!」

 

 追い付いた集がいのりの剣を大きく振りかぶり、ルシアに弾かれたユウの頭に目掛けて肉眼では捉えられない速さで振り下ろした。

 

 「狙いは悪くありません…ですが、ーー」

 

 ユウがルシアに向けて告げる。

 その時、集の視界を覆うようにヴォイドエフェクトが出現し、いのりの剣を受け止めた。

 

 「ーー目線があからさますぎです…」

 

 「ーーっ!」

 

 ルシアの短剣を片方の刀で受け止めると、もう片方の刀から手を離し手の平を広げてルシアに向けた。

 

 「ルシア逃げろっ!!」

 

 ユウの挙動を見た集は咄嗟に叫んだ。

 

 「ーー悪魔の技といえど、この程度の再現は造作もありませんーー」

 

 しかし既に、ユウの掌から放たれた見えない砲弾がルシアの腹部に命中していた。

 

 「ーーかっ!?」

 

 ルシアの身体は吹き飛ばされ、階段から遠くに見える壁に激突した。

 

 「お前っ!!」

 

 集の激昂にユウは薄ら笑いを浮かべる。

 

 「先程のお返しです」

 

 「なっ!?」

 

 そう呟くと同時に集の剣と組み合っていた、刀が細かい破片に分解した。集は突然剣の抵抗を失い、前につんのめった。

 

 空中に固定された破片に飛び込む形になり、集の身体中を細かい破片がえぐった。

 

 「吹き飛びなさい!」

 

 「ーーぐっ!」

 

 ユウは集にも空気弾を浴びせ、階段から叩き落とした。

 

 しかし集はニッと笑うと、手にくくってあったワイヤーを渾身の力を込めて思い切り引いた。

 

 「なにっ!」

 

 ワイヤーはユウの左足首に結ばれていた。

 堪らずユウは集と一緒に階段から転落しそうになる。

 

 「抜け目のないーー」

 

 あのレディからすれ違う時に受け取ったのだ。

 

 ユウはもう一本の刀を階段に突き刺し、なんとか這い上がろうとする。

 その瞬間、トンッと栓を抜く様な軽い音と共に、ユウの掌に風穴が空いた。

 

 「ーーっ!」

 

 ユウはさらに幾つもの細長い針が、正確な狙いで飛んでくるのにユウは気付いた。しかし、抵抗する術なくユウは次々と投げ矢を迎入れる他なかった。

 一瞬で腕が虫喰いの様な穴だらけになる。

 

 さすがに堪らず刀から手が離れる。

 集に引かれ、ありえない速度で下界の血の海が近付く。

 

 「ぐーーオオおぉっ!」

 

 しかし、そこに落ちるのを待たずに集はヴォイドエフェクトを蹴って、ユウを肉薄する。

 ユウがそれに気付くと同時に、集のドロップキックがユウの顔面に突き刺さった。

 

 ユウはいのりの居る中段に激突して地面が陥没する。

 集も落下したユウを追って、中段に着地した。

 

 「…ここまでやっても、まだ動けるのか…」

 

 集は肩で息をしながら、うつ伏せのまま手足に力を込めるユウを見て眉間にシワを寄せる。

 

 涯に視線を向ける。

 その一瞬の隙でユウは鼻先が触れそうな距離まで迫っていた。

 

 「っ!?ーーくっ!!」

 

 一本は砕け、もう一本は上段に残されている筈の二振りの刀がユウの手に握られていた。

 集は咄嗟にいのりの剣を振った。

 派手な金属音と共に、集の手に刺す様な痺れがおそった。

 

 「ぁがっ!」

 

 その一瞬を見逃さず、ユウは集の手から剣を弾き飛ばした。

 弾かれた剣は宙を舞い、気を失っているいのりの手前に刺さった。

 

 腹に鈍い痛みが走る。

 

 「ーーーっぅ!」

 

 脳を焼き切るような痛みが突き刺さり、吐き気と一緒に血を吐き出す。

 ユウは集の脇腹に刺さった刀を、集の身体を投げるように抜く。

 

 「がっーーぐっ!」

 

 集はユウと位置が入れ替わるように倒れ、脇腹を抑え苦痛に喘いだ。

 

 「やはり、もう限界だった様ですね。

ー……?」

 

 ふとユウは先程貫いた集の脇腹の傷に、動きがある事に気付いた。

 激痛に苦しむ集とは対照的に、その傷口はみるみる塞がっていく。

 

 集もそれに気付いたが、まだ動ける状態では無い。

 隠す様に傷口をおさえながら、ただユウを睨むだけだった。

 

 「ーー言い残す事はありますか?せめて、人間を名乗れる内に葬ってあげましょう…」

 

 「…ひとの事言えないだろう…」

 

 首筋に刀を当てながら、冷たく言い放つユウを茶化すように言う。

 ユウは薄ら笑いを浮かべたまま、刀を振り上げた。

 

 「…?」

 

 ふと、背後の動く気配を感じ振り返ろうとした。

 

 気配の正体を視界に収める前に、凄まじい突風がユウの頬を掠めた。

 それと同時に振り上げていたユウの左腕が刀を握ったまま、根元から切断され宙を舞った。

 

 「ーー楪ーーいのりーーっ!」

 

 自分の腕を切り落とした人物の名をユウは恨めしげに呟く。

 

 「ーーシュウっ!!」

 

 自分のヴォイドでユウを攻撃したいのりと、集の視線が交わる。

 

 「オオオオオオおおぉぉ!!」

 

 弾かれるように集はユウに距離を詰める。

 

 「ーーットリガー!!」

 

 「ッ!!?」

 

 半魔人化を発動させ、驚愕に見開くユウの顔面に拳を叩き込んだ。

 その交差の瞬間、集の手首をユウの右手に握られていた刀が貫いた。

 

 「ヅあァァァっ!!」

 

 集は怯む事なく、鮮血を噴き出す拳に更に力を込めた。

 顔面が陥没する感触を感じた。

 

 「ーーダアァああ!!」

 

 そのままユウを地面に叩き付ける。

 ユウの身体は地面をバウンドして、その先の階段に激突して破壊する。

 

 「シュウ!」

 

 「ーーまだだ、いのり!!」

 

 剣を捨てて駆け寄ろうとするいのりを集の怒号が制した。

 集は痛みに堪えながら、手首を貫く刀を抜く。

 その間も半壊した階段に横たわるユウから、一瞬たりとも目を離さず睨み続ける。

 

 「あいつは…まだーー」

 

 死体の様に動かなかったユウは次の瞬間、電流でも流したかの様に痙攣した。

 ユウは両足を地面に着けて、ビデオの逆再生の様に重力を無視した動きで立ち上がった。

 

 「ッーー!!」

 

 「そんな…」

 

 「ここまで損傷を受けるとは予想外でした…」

 

 立ち上がったユウの顔面には大穴が空き、血も出ておらず何も無い空洞がポッカリ口を空けていた。

 いのりが斬り落とした左腕からも、血が一滴も出ていない。

 

 「心配せずとも私はもう此処を去ります。これ以上損害を受ければ、本当に修復が不可能となってしまいますので…」

 

 警戒する集といのりにやはり薄ら笑いを浮かべて、愉快そうに言う。

 その時、空間そのものを震わす様な振動が辺りを襲った。

 

 「はっ!?」

 

 「ーーなんだ?」

 

 「”魔剣士”は相当に堪えがきかない様ですね…」

 

 「魔剣士…ダンテの事か?」

 

 「やれやれ、業腹ですが…桜満集。この場の幕引きは貴方にお任せしましょう」

 

 「……幕引きだと?」

 

 集がそう呟いた時、天井に空いた穴から赤く焼けた溶岩が降り注いだ。

 

 「なっ!?」

 

 「いずれまた会いましょうーー“()”様」

 

 再会を予感させる言葉を告げて、ユウの身体は溶岩に呑まれた。

 

 「くっ!」

 

 「シュウっ!」

 

 集もいのりを抱えて、その場から飛び退いた。

 ユウを呑み込んだ溶岩は中段の広い場に溢れ返り、中段と繋がっていた周囲の階段も跡形も残さず呑み込んだ。

 

 

 集は階段の中途に着地し、溶岩の流れ込んで来た穴を見上げようとしてーー。

 その視界に飛び込んで来た光景に、集は眼を見開いた。

 

 階段の頂上に、真名がいる場所に涯がいた。

 四方から伸びる結晶の枝が涯の身体中を貫き、まるで昆虫の標本のように空中に縫い止めていた。

 

 「涯っ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 此処に来る直前に打っておいた麻酔のおかげで、ショック死は逃れられた。

 それでも気が狂うような痛みに絶えず襲われ、今にも気を失ってしまいそうだった。

 

 「ーーやっと、俺を見たな…」

 

 そんな苦痛を上回ったのは、暗い喜びだった。

 

 彼女に手を伸ばした手はそのまま結晶に貫かれ、押すことも引く事ももはや不可能だった。

 身体から血が無くなっていく感覚をはっきり感じ取れた。

 

 「ーーここまでやっても、お前には届かないのか…」

 

 悔しさで唇を噛む。

 その時声が聞こえた。よく知っている。

 ーー自分の目標だった男の声がーー

 

 

 「ーー俺ごとやれ!集っ!」

 

 吹けば消えるような体力を振り絞り、声を張り上げる。

 

 「涯!?」

 

 「ーーその剣で俺ごとマナを刺せっ!!」

 

 「なに…言ってーー」

 

 「マナを救う唯一の方法は、マナを永遠の眠りに着かせる事…。狂わされたマナの運命に安らかな眠りを…」

 

 祈るように優しく言うと、集に振り返り微笑む。

 

 「俺はその為に《葬儀社》をつくった」

 

 「なんだよ…それ…」

 

 「わ…笑えるだろ?ーー一人の女の為に聞こえの良い事を言って皆んなを騙して利用して…」

 

 「……それで、最後は僕に殺してもらおう…って?」

 

 「………」

 

 「ーーふざけるな…ふざけるな!!」

 

 集は涯が一瞬何を言っているのか分からなくなった。

 混乱と悲しみ、それ以上に涯を失うかもしれないという恐怖に襲われた。

 

 「ーー気楽に言うなよ!どいつもこいつも死ぬ事が“良い事“みたいに言いやがって!!僕は処刑人も介錯も引き受けたつもりはない!!」

 

 そして恐怖心と同じくらい、死のうとする涯に怒りを感じていた。

 集は混乱する頭で必死に考えた。

 今まで無いくらい必死に脳を働かせた。

 

 「そうだ…、祭のヴォイドは傷を治す能力なんだ!

それにダンテだってトリッシュさんもレディさんも居る!」

 

 「…シュウ…」

 

 「まだ諦めなくても…ーー」

 

 そこまで言った時、涯がバケツをひっくり返したような量の血を口から吐き出した。

 

 「…なん…とか……」

 

 段上から滴り、滝のように流れ落ちる血に視線を向けて、ようやく集は受け入れた。

 

 「もう…俺は助からない…」

 

 ーーああ…そうだ。

 ーーもう打つ手なんかない…。

 

 「……シュウ、私が…」

 

 剣を握るいのりの手に優しく自分の手を重ねた。

 

 「………ありがとう…。でも、大丈夫だよ…」

 

 「……っ」

 

 いのりは剣から手を離す。

 剣を受け取った集は、そこで初めて自分の手が震えている事に気付いた。

 

 叫んだ。

 切っ先を真っ直ぐ向け、彼の背中から一瞬も眼を離さず駆け上がる。

 血のように熱い熱い涙が、眼からこぼれ落ちた。

 

 「ーー後は任せた、お前の好きにやってみろ」

 

 そんな声が聞こえた。

 

 軽い衝撃が剣から伝わる。

 涯の体重を手の中に感じた。

 

 涯の身体は剣に押され、そのまま真名を自分の腹から飛び出した切っ先と一緒に抱き締めた。

 真名の身体に剣の切っ先が触れた時、彼女を包み涯を貫いていた結晶の枝が粉々に砕けた。

 

 その瞬間、真名によって形作られた六本木というヴォイドの崩壊が始まった。

 

 

 

 

 ーー集…今の俺はどう見える…?ーー

 

 ーー俺はお前になれただろうか?ーー

 

 

 

 

 

 “トリ…トン…?“

 

 

 彼女が自分の名前呼んだ。

 懐かしい声で思わず頬が緩む。

 

 彼女が救い、付けてくれた自分の名前を…。

 

 

 ーーああ…、

 

 

 「…そうだ、俺だ…」

 

 

 ーーやっと届いた…ーー

 

 

 きっと自分達は崩壊のエネルギーに巻き込まれ、塵も残されないだろう。だが恐怖心は無かった。

 

 (ありがとう…)

 

 心にはとても深い満足感だけが満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 目を覚まして、最初に見えたのは夕陽で真っ赤に染まった空だった。

 おぞましいくらい黒く厚い雲は消え去り、影も形もない。

 

 膝の上に重みを感じて、視線を下ろす。

 ルシアが自分の膝を枕に寝息を立てていた。

 眠る少女の髪を撫でる。少しうなされたので起こしたのかと思い慌てて手を引っ込めるが、眼を覚ます気配は無かった。

 

 ホッとため息を漏らして、周囲を見渡す。

 

 街の瓦礫の中に自分は座り込んでいた。

 旧六本木では無い、何処か近くの街だ。

 

 誰がここまで運んで来たのかはすぐに分かった。

 

 

 「……聞こえたの…ありがとう…って」

 

 背中合わせで自分がもたれ掛かっている少年にそっと呟く。

 

 「ーーガイはきっと満足してる…」

 

 背後の少年から嗚咽が聞こえた。

 そっと集の手に指を重ねる。

 

 「泣かないで…泣かないで…ね?」

 

 眼から涙がこぼれ落ちる。

 彼の手は熱いほど熱がこもっていた。

 

 気付けば自然と歌を唇から奏でていた。

 

 集の優しさに触れながら作った歌。

 

 

 集が笑顔で明日を迎える事を願った歌。

 

 

 

 いつの間にか空は夜空に包まれ、星が冷たい夜闇の中であたたかく光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




前半はこれで終了です。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございます。

後半もよろしくお願いします。

本編の前に過去話を挟みたいと思います。
今後にかなり関わってくる要素になると思うので、そちらもよろしくお願いします。

これからも応援頂けると幸いです。



レディの戦闘シーンも書きたかった…。





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