ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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今回は、2話に分ける予定だった話を1話にまとめました。

理由は二つあって。
ちょっと鬱な話を2話連続で見せるのもな〜
と思ったのと、
書いてる途中で切りどころが分からなくなったから。

想像以上に自分への負担がデカかったので、
多分もう二度と1話に2話分詰め込んだりしない。






#38残骸〜Loser〜

虫の鳴き声が開け放たれた窓から流れ込む。

窓を閉めればあっさり止む程度の声だったが、無音の部屋の中では騒がしく感じるほど響いていた。

『ーー作戦開始は3時間後、目標が指定の場所に到達次第行動開始だ』

 

「うん。わかった」

 

『……集の様子はどうだ?』

 

「……ーー」

 

いのりは集へ視線を向ける。

集はソファの上で仰向けで寝転がり、目元を腕で覆っていて表情を見る事は出来ない。しかし、その口はきゅっと横に引き伸ばされていた。

 

『ーー無理な様なら、置いてこい。判断はお前に任せる』

 

「ーーあっ、ガイ」

 

言うが早いか、涯はすぐ通話を切ってしまった。

いのりは携帯から耳を離し、小さく息を吐いた。

 

集は祭と共に買い出しと映像素材を集める為に街中を散策中、寒川 谷尋と遭遇したらしい。

集は綾瀬に保護して欲しい人物がいると連絡を取り合ったと聞いたが、指定されたポイントに現れたのは集だけだったという。

いのりが一連の出来事を知ったのは、その一時間後だった。

 

綾瀬にこの事を尋ねても、彼女も深い事情は知らないらしく詳しいことは聞けなかった。

 

死人の様な顔で家に帰って来た集を見て、いのりは胸を締め付けられる気分になった。

集は一言も発さず、無言で掃除や料理など普段の家事を淡々とこなしていった。

 

普段と何も変わらない習慣。だが、いのりは時間が経つ程そんな集に対する不安感がみるみる膨らんでいった。

 

ルシアも集の様子がいつもと違う事を察してか、ずっと集の側に座り、彼を見つめている。

 

「ーー任務?」

 

ふいに集の無感情な声が聞こえ、いのりは顔を上げた。 集はソファの上から身体を上げる。

 

「……うん。『はじまりの石』が何処にあるか分かったんだって」

 

「そうか…行くよ。僕も任務に参加する…」

 

「でも、シュウーー」

 

「大丈夫。これ以上、いのりやみんなに心配はかけられない…」

 

集はそう言うと自室へと向かって行った。

一度も自分と眼を合わせない集を、いのりはただ見送る事しか出来なかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

任務への参加を決めてから約2時間経った。

 

集といのりとルシアの3人は、涯の指示でビルの屋上に待機していた。

今回は大島で取り逃がした『はじまりの石』を運搬中に奪還するための任務だ。周囲に住宅は無く、屋上から見えるフリーウェイには一派車両は走っていない。

そんな静寂の中でヘッドライトの明かりが見えた。

 

『各員配置について指示を待て』

 

涯の指示であれが目的の車輌なのだと分かった。

爆弾で不意を突き、そこに集がいのりのヴォイドで襲撃し騒ぎを大きくする。その間に別班が『はじまりの石』を回収する。

 

目的の車輌はエンドレイブ2機と他5台の武装車輌で護衛されていた。ヴォイド無く、あそこへ飛び込むのはリスキーを通り越して無謀だ。

集はフードで顔を隠す。

 

『ーーやれ!!』

 

涯の号令と共に車輌の前方が爆発し、一台が巻き込まれているのが見える。数人の兵士が蜂の巣を突いたかの様に飛び出し、周囲に怒号を撒いていた。

 

「シュウ」

 

「分かってる。行くよいのり!」

 

銃声が聞こえる。集の他の陽動隊が交戦を始めたのだ。

集がいのりに右手を差し出すーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー気付けば地面に嘔吐していた。

 

 

耐えがたい程の息苦しさを覚えたが、胃袋は容赦なく苦い胃液を吐き出し続ける。

なぜ吐いているのか、いつ地面に崩れ落ちているのか、そんな疑問がどうでも良くなるくらい恐怖があった。

怖いただただ怖い。震えがまるで止まらない。

 

「あっーーうーーふーー」

 

震えながら自分の肩を抱く。歯がガチガチと音を立てる。

「ーーーュウ!しっかりして!!」

「ーーあーー」

 

ようやく、いのりが集の肩を揺すっていた事に気付いた。

右手が暖かく柔らかい感触に包まれる。

「ーーいーのーーっ」

 

『ーー兄さん。大好きだよーー』

 

いのりの顔を見ようとした瞬間、視界はまるで違う物を写した。

それはあの少年が死ぬーーいや、殺される直前の姿と言葉だ。

 

そして、彼が握り込んだハサミの両刃をーーー

 

「 う わぁぁぁあぁああ!!! 」

 

叫び声を上げていのりから転がる様に逃れる。

 

いのりは集の右手を握った体勢のまま固まって、目だけが集を追っている。ルシアも同様に突然嘔吐し、叫び転げた集を訳もわからず呆然と見ている。

 

「はぁ、はぁ、はぁーー」

 

一瞬、いのりが寒川潤に見えた。ーー自分の右手がハサミに見えた。

先ほどの比じゃない程、身体が震える。

いのりのヴォイドに触れようとした右手に、ポツポツと赤い斑点が浮かび上がっていた。

涙と鼻水と嘔吐物で汚れた顔のまま、ガタガタと怯える。

 

「ーーシューー」

 

いのり が言葉を発しようとすると同時に、集は彼女たちから逃げた。ーー怖い、彼女たちの側にいるのが。ーー逃げたい、出来るだけ遠くへーー。そんな理由のない恐怖にかられ、集はそれに抵抗なく従った。

 

 

 

数秒後、涯は任務の中止を通達した。

 

 

 

 

******************

 

「ーー“ 桜満集 ”…は休みか」

 

次の日になっても、集は家にも学校にも現れなかった。

いのり は空席の席を見つめていた。ふと、顔を上げると。祭も空席の集の席を見ている。

だが、単に心配している顔では無い。様々な感情入り混じった様な複雑な表情だった。

自分と同じ様に彼を想う少女のそんな表情を見て、いのりの胸中に後悔の念がみるみる増して行く。なぜ彼を止めなかったのか、なぜ家で休ませてあげなかったのか、そんな思考がぐるぐる渦巻いていた。

 

 

 

「いのりちゃん!」

HRが終わると、祭が青い顔で いのりに駆け寄って来た。

「ハレ……」

 

「集は?どうして学校に来てないの!?」

 

「それは…」

 

祭の問いにいのり は明確な答えを返せない。

あの後、集が何処へ行ったのかまるでつかめていない。

 

「ーーごめんなさい。私もシュウがどうしてるのか知らない…」

 

祭の顔にはっきり落胆の色が見える。

どうすればいい…。こんな時、集ならなんと言葉をかけるのだろう…。

 

 

 

 

***************

 

 

 

誰かの声が聞こえる。

責める声、嘲笑う声、吐き捨てる声、様々な声と音が何度も自分にぶつけられる。

全て聞き覚えがある声だ。馴染み深い声、一度しか聞いた覚えの無い声、それを受ける自分はただ黙って受け入れるだけ。

 

 

 

 

ーーーーほら、ーーー

 

 

 

遅れてようやく。

 

 

 

 

ーーーお前じゃ無理だって分かったろ?ーーー

 

 

 

自分の声が聞こえた。

失望しているのか、憤っているのか、全く計れない無機質な声でただ事実を伝える。

自分のーー誰かの声を聞くたびに、身体が欠けていく。心が割れていく。

 

人を決めるのは“覚悟”と“決断”だと言っている大人がいた。

なら、どうか教えてほしい。見据えるべき覚悟を見失い、示すべき決断も崩れ去った自分はいったい何者になるのだろう…。

 

答えが出せないまま。集の意識は覚醒へと浮上する。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うっーー」

 

目が覚めるのと同時に、身体の所々にわずかな痛みで集は呻いた。

身体を起こし辺りを見回す。どこかの公園だ。集は見覚えのない公園の茂みの中で眠っていたようだ。

 

何処をどう走ったか覚えていない。身体が痛いのは寝違えた訳でもなく、あちこちで身体をぶつけながら走ったのだろう。

 

走った時の記憶がないせいで、ここが何処かも判断出来ない。

日は既に傾きかけ薄暗い。夜の一歩手前だと分かる。

 

「……帰らないと…」

 

さっきまであんなに誰かと会う事を恐れていたというのに、今は誰かの声を聞きたくて仕方なかった。

集は公園を出て帰路に着くため、歩き出す。

 

公園を出るとすぐに街の繁華街に出たが、やはり見覚えはない。

今の自分の心情とは正反対の賑やかな場所だった。だが、周りから入ってくる雑音は気が紛れてちょうど良かった。これで心置きなく帰ることに専念できる。

 

ふと争う声が聞こえた。酔っ払い同士の喧嘩では無い。顔を上げると、数人のガラの悪い男たちが一人の少女を無理矢理、路地裏に引きずり込んでいる最中だった。

 

突然集の足が弾かれる様に前に出た。さっきまでの足の重さが嘘の様だ。

ぐんぐん前に進み路地裏に飛び込んだ。

 

「おい!!」

 

久々に声を出したせいか、たった一声が妙に喉を痛める。

声をかけられた男達は不愉快そうに睨み、少女は助けを求める様な泣き腫らした顔で集を見た。

 

「その子から離れろ」

 

「はぁ?なんだ、お前もこの女と遊びたいのか?」

「順番守りな。俺らの後でくれてやるよ」

「やぁ…助けーー」

「まっ、お前に回る頃には中古品だろうがな」

 

男達がゲラゲラと下劣に笑う。

 

「何度も言わせるな…」

 

集は男達を睨む。

 

「その子を離せ!」

 

男達はふと笑うのを止め、苛立ちと嘲笑のこもった目で集を睨んだ。男達は集を威嚇する様に、身体をゆっくり揺らしながら近づいて来た。

 

「なんだお前、ウゼェよ?」

 

言うと同時に、男は集の顔面目掛けて腕を振りかぶる。

 

集は手刀で拳の軌道をずらし、男の鼻っ柱に掌底をくらわせた。

 

「ーーふぶっ!!」

 

男は呻きながら後ろにフラつき、鼻血を抑えながら集を睨んだ。

他の男達は鼻血を吹く男と集を、何度も見ながら呆気に取られていた。

 

「ーー君たちさ…、帰った方がいいと思うよ?」

 

静かな声に全員が一斉に集を見た。

 

「大怪我するかもしれないし」

 

「テメェ!」

 

「調子のんな!!」

 

集の挑発ではなく、純粋に仲間を蹴散らされた怒りから男達は次々と集に飛び掛かる。

 

最初にナイフを突き刺して来た男を、集はナイフを避けると男の左耳に肘をくらわせる。

 

「げう!!」と声を上げて、男は倒れこむ。

 

次にバットを振り回しながら、別の男が襲って来た。集はバットを避けると、一旦男と距離を離し、思いっ切り男に駆け寄る。

 

「ふっーー!!」

 

一瞬怯んだ男の服を掴み、そのまま背後に回り込むと男の体を投げ飛ばした。

 

「うあっぐーー!?」

 

男の体は2人の仲間とゴミ箱を巻き込みながら、吹き飛ぶ。

「しゃぁ!!」

 

その惨状を逃れた男がメリケンサックを集の顔面に叩きつけようとする。集はボクサーの様にそれをスレスレで避け、男が壁を打った隙に男を蹴り飛ばす。

 

鉄パイプを持った男が、吹き飛ばされた男を尻目に集にパイプを振りかぶる。だが、集はパイプを掴む。

 

「え?ーーブッ!!」

 

驚いて動きの止まった男の顔面を鉄パイプを握ったまま拳をぶつけた。

 

「動くんじゃねぇ!!」

 

鉄パイプの男が気絶すると同時に、聞こえて来た声に振り返る。そこには集が戦ってる間に、逃げ出した少女に男が捕まえ、ナイフを突きつけていた。

 

「ーーっ!!」

 

男達とやり合ってる間、なぜか少女の事に全く気が回らなかった。集はそんな自分に罵る言葉も出ず、歯を食いしばる。

少女はボロボロと涙を流している。ナイフはそんな少女の首筋を容赦無く傷付け、血が滴っている。

首筋から血を流す少女を見ている内に、集の中で自分と男達に対する怒りが徐々に積もっていく。

 

「そうだ、そのまま動くな?おい、さっさと来い!」

 

男は集の背後に声をかける。

背後では、ダメージの少なかった男が立ち上がり、鉄パイプを拾っていた。

 

「ゲームやろうぜ?名付けて『お前が死ぬか、女が死ぬかゲーム』!」

怯える少女にナイフを突き立てたまま、男はゲタゲタと汚く笑う。 明らかに正気では無い。

違法な薬などを使用しているのだろう。

 

 

 

ーーー薬ーーー

 

この男も、谷尋が売買していた様な薬を使っているのだろうか。

 

弟を救う為に手を染めていた谷尋のようにーー。

 

 

「ーー君たちは良いよね…」

 

「ああ?」

 

「守るべき人も、果たすべき使命も無いんだから」

 

「なに言ってーーぎゃあ!!」

 

少女が一瞬の隙を突き、男の手に噛み付いて男を振り解く。

 

集は背後で鉄パイプを構える男に裏拳を食らわせ、昏倒させる。

急いで向き直った。

 

「このクソあま!!」

 

しかし、遅かった。

男は少女の背中を蹴り飛ばした後だった。少女は悲鳴と共に宙に舞い、壁にぶつかると地面に倒れ込みグッタリと気を失った。

 

「 ああああああああああ !!」

 

その光景を見た瞬間、集の中で何かが切れた。

 

集は男に手加減無しの飛び蹴りを浴びせる。

男の身体は路地裏を飛び出して、信号待ちをしていた車に激突する。

突然飛び出して来た男に、大通りは騒然とする。

 

ヨロヨロと立ち上がる男に、集は怒気を隠し切れない荒い歩みで近寄る。

男は唾を撒き散らしながら、狂ったように叫び集にナイフを斬りつける。

 

集は男の右手を掴み、乱暴に捻る。

バキバキと鈍い音が聞こえ、男の手は砕ける。

 

「ぐぎゃあああああ!!」

 

男の手からこぼれ落ちたナイフを取り、まだ集を殴ろうとする男を乱暴に突き飛ばし、再び車にぶつけた。

 

集はそのまま、男の砕けていない左手にナイフを突き立てた。

「ーーぎああああがああああっ」

 

男は一瞬大きく叫ぶと気を失い、地面に転倒した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…はぁ…」

 

集は肩で息をしながら、周囲を見回す。

大通りの人々は更に騒然としていた。

ふと、車のフロントガラスが目に入る。ガラスはひび割れていたが、集はその中に写り込んだ自分の顔が目に止まった。

 

「っ!!!」

 

ガラスの中の集は笑っていた。

驚き、車前部のバックミラーに目を移した。

 

そこにあるのは自分で認識している通り、驚いた顔だ。

だが、その顔は男達の血で汚れていた。赤信号のせいでは無い。

 

手で触れると、赤黒い僅かに固まった血が指先についた。

はっと顔を上げると、周囲の人々が集を怯えのこもった視線を向けている。ヒソヒソと何かをささやき合っている。

集はその視線の中、逃げる様に立ち去ろうとした。

 

「ーーすみません」

 

ふと、足を止めて近くにいたサラリーマン風の男に声をかける。集に声をかけられた男性はビクッと強張る。

 

「路地裏に女の子がいます…」

 

「えっ?」

 

「助けてあげてください」

 

そう言うと集は返事を待たずにその場を駆け出し、街の人ごみの中に消えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

また見覚えの無い場所にいた。河川敷だ。

さっきの街からそんなに離れていないだろう。

 

「ーーーっ」

 

恐ろしかった。あれ以上あの場所にいるのが、自分のしでかした事を見るのが。自分が抱いていたあらゆる願望が軋んでいる。

 

(ーーなにが“ 守るものや、使命がなくていいね ”だ…)

 

さっきの行いに自分の掲げた使命があったか?守る為の戦いだったか?

 

「ちくしょう!ちくしょう!」

 

集は頭を何度も地面に叩きつけ、自分の行動を省する。

 

あの蹴り飛ばした不良がぶつかっていたのが、停車した車で無かったら?赤信号で無かったら?無関係な歩行者だったら?

誰か死んでいたかも知れない。

 

いやそもそも、もっと上手く戦ってればあの少女も無傷で、不良達もあんな必要以上の怪我を負わせず済んだかもしれない。

 

自分はただ力任せに、乱暴に自身の実力を誇示するかのように、相手にぶつけていただけだ。

自分の苛立ちを相手にぶつけていただけだ。

 

違う、そんなんじゃない。

桜満集が目指した強さはそんなものじゃ無かったはずだ。

 

さっきの自分は悪魔と差があるだろうか。

 

ただ相手を蹂躙し、それを良しとする。

あの笑みがそれじゃなくて何だ。

そんな物は欲しくない。

そんな事のために力を求めたんじゃない。

 

「ーー僕に…僕は誰かの為に戦う資格なんてーーー」

 

 

 

“ ーーお前に任せたぞーー ”

 

彼はそう言った。そう言ってくれたのに、自分はその言葉を裏切った。

 

「くそっ!!」

 

 

 

「なにやってるのよ。あんた」

 

「え?」

 

頭の上で砂利を踏む音がすると同時に、聞き覚えのある少女の声がした。

 

「あ…やせ?」

 

「なんなの?ーーあんたどういうつもりよ!!」

 

綾瀬はギッと集を睨む。

 

「!!」

 

「電話は取らない!!メールも返さない!!みんなにどれだけの迷惑と心配を掛けたか分かってるの!!」

 

「……」

 

「…いのりだって…一日中あんたを探し続けてたのよ?」

 

「ーーーたいーー」

 

「え?」

 

「もうやめたいんだ」

 

集の言葉に、綾瀬は一瞬息が詰まった。

 

「…やめたい?あんた、キャンサー化した子供一人救えなかっただけで全部投げ捨てるの!?」

 

「怖いんだ!!」

 

「何が怖いってのよ!私たちの仲間に家族を失った人達がどれだけいると思ってるの!?ーー私も皆も今までどれだけ仲間を救えなかったと思ってるの!?」

 

「ーー…っ!」

 

綾瀬は俯く集の胸ぐらを捕まえ、自分の車椅子に持ち上げる。

 

「あんただけ、悲劇の自分に酔ったまま終わっていい訳ないでしょ!!」

 

「…触れないんだ…ヴォイドに…」

 

「え?」

 

「あの光に触れようとすると…気持ち悪くなる…心が落ち着かなくて、気が付いたら恐怖で身体が動かなくなって……」

 

「あんた…」

 

「もういい綾瀬。何を言っても無駄だ」

 

顔を上げると、砂利の上に立つ涯の姿があった。

綾瀬は集を離すと、涯に道を譲る。

集はボーっと砂利の上を歩く涯の靴を眺めていた。

 

不意にゴリッとした感触が額に押し付けられた。

銃口だ。

 

「なっ!」

 

綾瀬が声を上げる。

その冷たい感触に、思い出したかの様に意識が蘇る。

さっきまで止まっていたのかと思うほど、心臓が激しく鼓動を打ち、身体が勝手に生存への執着を見せ始めた。

 

「涯!待ってください。もう少しだけ時間を下さい!」

 

「『はじまりの石』の所在が判明した。奪還作戦を仕掛ける。お前も来い」

 

「ーー無理だ…」

 

「お前にも役目がある。それを果たす義務が、お前にあるはずだ」

 

「…はは…は。義務か…。なんで僕みたいな奴が、こんなモノ手に入れちゃったんだろうなぁ…」

 

「ーーーー」

 

「初めから涯が手に入れてれば、こんな…」

 

「…ヴォイドゲノムは所有者が死ねば分離できる可能性があるらしい。試してみるか」

 

もし、それが本当なら涯にこの恐ろしいチカラを渡せるかもしれない。彼ならば、もっと上手く、正しくこのチカラが使えるだろう。

ーーそれにこの苦しみからも…。ーー

集は俯いたまま目を閉じた。

 

涯はそうか小さく呟くと、引き金を引いた。

 

だが、カチンと小さな金属音を奏でただけで、何も変化は無い。

集の頭が吹き飛ぶ事も、銃口から火薬が弾ける事も無かった。

 

「これでお前は死人だ」

 

涯は静かにそう告げた。

感情の籠らない目で集を見下ろした後、背を向けてその場から去って行く。

 

「お前の家からいのりを引き上げさせる。もう二度と俺に顔を見せるな」

 

去り際にそう告げられた。

集はただ黙って涯の後ろ姿を見守っている事しか出来なかった。

 

「……いのりに”心配掛けてごめん“って謝って来なさい。ちゃんと目と目を合わせてーー」

 

どこかかすれた声で綾瀬はそれだけを告げると、振り返りもせずに涯の後を追って車椅子を押して行った。

 

 

寒かった。

まだ秋には入っていないというのに、身体の中まで冷えていた。

 

その場にはただ、生きている骸だけが残された。

 

 

 

*******************

「これを覚えろ。すぐに使うことになる」

 

涯はいのりの前に端末を立て、いのりに見せる。

画面には楽譜が表示されていた。

 

「前に失敗した輸送隊はデコイだ。本物はGHQ司令官ヤンの指示で羽田から本国へ輸送される」

 

供奉院からの確かな情報だ。

 

「これ…唄?」

 

「石を取り戻した後、真名の眠る地へ向かう。この唄で石を共鳴させれば、扉が開く」

 

「ーー違う」

 

いのりは目を見開く涯を静かに見つめ返す。

 

「ーーこの唄は違うのーー」

 

「いのり…お前なにを…ーー」

 

「ーーガイお願いがあるの。私達を、もう少しあの家に居させて」

 

いのりは涯の言葉を遮り、そう言った。

 

「…っ何を言い出すのかと思えば…。時間の無駄だ。そんな事をする意味は無い」

 

「でも!」

 

「何度も言わせるな。この話は終わりだ。二度と口にするな」

 

「……」

 

涯は俯くいのりを見る。

その目には憂いの感情がこもっていた。この場にいない” 誰か “に向けた感情。

 

「お前が…俺の言うことに背くとはな…」

 

涯はいのりの前に腰掛けると、深く息をはいた。

 

「初めて会った時の事を覚えているか?」

 

いのりはゆっくり頷いた。

 

「初めは驚いた。姿だけならば、まさしく真名の生き写しだったからな。だが、すぐに違うと気付いた。無感情で無感動のお前はまるで人形のようだった」

涯は無意識のうちに僅かに頬を緩ませた。

「欲さず、それが苦痛だとしても与えたものをただ受け取る…それだけだと思っていた」

 

涯は目をゆっくり閉じる。

 

「だが違った」

 

「………」

 

「お前は自分で決断する人間になった。だから、きこう」

 

涯はブレず自分を見るいのりを見つめ返す。

 

「お前がしたい事は何だ?お前ができる事は何だ?」

 

「…伝えたい。あの人に私にうまれた気持ちを。歌う事、私の出来る唯一のこと」

 

そうか、と涯は諦めたようにため息をつく。

 

「ならその感情を言葉にしてみろ。それで譜面が出来る」

 

「うん」

 

いのりは心からの笑顔を見せた。

 

” 彼女 “を安らかに眠らせるための祈り。

そのために作った葬儀社。

 

信じてくれた仲間を騙し、自身の願いを押し付けた。

 

本当のことを知れば誰も恙神涯を許さないだろう。

だが、彼らの願いを利用した報いも、贖罪も払う事となるだろう。

 

 

そして、その時は近い。

 

 

*********************

 

 

目を覚ますと、白い壁紙が暖色の温かな光で照らされた天井が目に入った。

身体を起こすと、見知らぬ間取りが目に入って来た。

否、ここは知っている。

前にも訪れた記憶がある。

「あっ、起きた」

 

答えが喉元まで出て来掛けた所で、背後の少女の声に振り返った。

 

「ーー祭?」

 

「うん?」

 

ようやく思い出した。この間取りは祭の自宅だ。

1、2回訪れただけだったのですぐには思い出せなかった。

 

「……なんで、祭の家にいるんだ?」

 

「覚えてないの?」

 

「集、ウチの近くで歩いてたんだけど。話しかけても上の空だったし、凄く具合が悪そうだったから、いのりちゃんに連絡したの」

 

「…そう、なんだ。……いのりは何て?」

 

「無理はさせないで、今日は私の家に休ませてあげて欲しいって。お父さんもお母さんも泊めていいって」

 

ほら と祭はいのりとのやり取りのメールを集に見せた。

確かにそこには祭が言う通りの内容があった。

集の安否を気遣い合うやり取りも目に入った。

 

ズキリと胸が痛む。

 

「…迷惑かけてごめん」

 

「ううん。気にしないで」

 

祭は集に微笑んでから、さてと と屈んでいた身体を起こす。

 

「ごはんにしよっか?集も一緒に食べようよ」

 

「え?」

 

「明日の昼頃までお父さんもお母さんも帰って来ないから、ご飯が余っちゃって」

 

「でも…」

 

「いいから。親戚が送ってくれた分が余っちゃって、3人じゃ食べ切れないの」

 

そう言われながら、集はテーブルの前に押されていく。

 

「いただきます」

 

「い…いただきます」

 

テーブルにつかされた集は、観念して正面に座る祭と一緒に手を合わせる。

そんな集の様子に構わず、祭は箸をすすめる。

 

集も祭にならって皿の上の食事に箸を付ける。

それまで箸が出なかったのが嘘のように、次々に口に運ばれる。そうしながら、昨日の晩から何も食べてなかった事に気付く。

 

「落ち着いて食べなよ。いっぱいあるんだし」

 

祭の声も丸一日分の空腹感の前には無力だ。直後に器官に入り込んだ物で中断させられたが。

 

祭は「ほら〜」などと笑いながら、集に水の入ったコップを出す。

 

それを飲み干すと、再び食事を再開する。

その後も喉に詰まり、水を飲み干すを繰り返しながらも数人分はあった食事をあっと言う間に食べ尽くしてしまった。

 

「ごめん…なんか一人で食べてるみたいになっちゃって…」

 

空になったテーブルの上の皿を見ながら、集は少し顔を赤くしていた。

 

「いいよ。私一人じゃ食べ切れなかったし。お父さんも少食だから助かっちゃった」

 

祭はそう言って微笑みながら、空になった皿を流し台へ運んでいく。

 

「集は座ってて。今日は休ませるように いのり ちゃんにも言われてるんだから」

 

立ち上がろうとする集を祭はそう言って制止する。

 

なんとなく強い強制力を感じ、集は大人しく椅子に座り直した。

流し台からの カチャカチャという皿が軽くぶつかる音と、テレビのニュースの声だけが響いていた。

 

「ーーねぇ」

 

何をするでも無くボンヤリしている集は、声を掛けて来た祭に振り返った。

 

「ーー明日、学校はどうするの?」

 

「……ごめん…まだ…」

 

「そっか…」

 

祭がそう言うと、またリビングに沈黙が流れた。

 

『ーーGHQは必ず ” 葬儀社 “ を壊滅させるという声明を発表しています。ーー』

 

何気なくニュースのそんな声を耳にし、集が無意識のうちにテレビに目を移そうとした瞬間、背後の台所から ガシャン という大きな音が聞こえた。

 

直後、振り返ろうとした集の背中に強い衝撃があり、暖かく柔らかな感覚に包まれた。

 

「はっーー祭!?」

 

祭に抱き締められていた。

彼女はグッと目を閉じ、強く集の身体を抱き締めていた。

しかし、その表情は震え青ざめていた。

まるで嵐で吹き飛びそうな物を、強く押さえているようだった。

 

「どうしたの?」

 

祭の突然の行動、そしてただ事ではない表情に集は戸惑う。

 

「集…集もやっぱり戦うの?」

 

「ーーえ?」

 

「私…知ってるの。集が ” 葬儀社 “ だって」

 

「なっ!!」

 

いつから?彼女はいつからそんな事を知っていたのか。

誤魔化そうとする前にそんな疑問に支配され、集は一瞬言葉が詰まる。

 

「谷尋くんと会った時、集凄く怖い顔してた。すぐ何か変だって気付いた。だからカメラを持って…」

 

「ーーカメラ?」

 

「集から預かったカメラ…。この前みたいに集が捕まりそうになったら証拠になるって思ったの。そしたら、氷の怪物と集が谷尋君から出した見たことない武器で戦ってて、もう頭がどうかなりそうだった……」

 

「っ……」

 

祭は集の肩に顔をうずめる。

 

「ーー集がひどい怪我しても、怖くて動けなかった…今見てる集が集じゃないみたいだった」

 

「祭……」

 

「ーー集が知らない人になって、どこか知らない場所に行っちゃうんじゃないかって思って…ーー」

 

祭の固く閉じられた両目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。

絞り出すような声も、なんとか聞き取れる言葉になっていた。

 

「みんなから恨まれて!最後には…殺されちゃうんじゃないかって考えたら怖くてたまらなかった!」

 

「祭っ…!」

 

集の声で祭は我に返る。

 

「僕はもう…葬儀社をやめたんだ」

 

「え?」

 

祭は顔を上げて集の顔を見る。

 

「役に立たないって言われて、やめさせられたんだ」

 

泣き顔と困惑の表情を複雑に浮かべる祭に、集は微笑んだ。

「……だからもういいんだ 」とそう言って黙り込む。

 

「…………」

 

祭はしばらく俯くと、おもむろに顔を上げ集の前に立つ。

 

「……うそつき。もういいなんて顔、全然してない」

 

そして小さくかすれた声でそう言った。

「集…お願いがあるのーー」

 

祭は一度大きく息を吸うと、大きな息に変え吐く。

 

「私から、谷尋くんみたいにあの道具を出して」

 

「……は?」

 

祭の予想外の言葉に集はしばらく茫然とする。

 

全身から冷たい汗が噴き出す。

あの時の恐怖心が記憶から蘇る。

 

「そ……それってヴォイドを出せって事?」

 

祭の顔を見る。

少女は眉を上げ、真っ直ぐ集を見つめる。

彼女はヴォイドの名前すら知らない筈なのに、まるでなにもかも知っているようだった。

 

目を合わせるだけで、あの感覚が蘇る。

人の心に直接手を入れる無遠慮で不気味な感覚。

 

「ーー無理だーー」

 

「私じゃ…出せないって事?」

 

「違う!あれに触りたくないんだ!!」

 

「…っ!」

 

「祭、君はあの力のことを何も分かってない!!」

 

突然声を荒げた集に祭は目を見開く。

 

「あれは!…僕にも分からない…。訳もわからず、ただ…強い力を手に入れてそれを振り回してただけの大馬鹿野郎だ!」

 

よく知りもせず知ろうともしなかった結果がこれだ。

桜満集はただ追い付こう必死になり、彼のその背中しか見ていなかった。

そう、最初はただ誰かを守りたい純粋な願いが、自分でも気付かない間に彼に追いつく事そのものが目的にすり替わっていた。

 

自分の中にあった僅かな羨望が、妬みとなって自分の想いを変質させていたのかもしれない。

 

「……集が葬儀社に入ってたのは、誰かを守るためだったんでしょ?」

 

それが事実かどうかなど関係ない。

結果はすでに出た。桜満 集 は彼に羨望など持つべきでは無かったのだ。

 

「僕に誰かを守る資格なんてなかったんだ!!」

 

「ーー私は!!」

 

集の絶叫に似た声は祭の声で遮られた。

まるでかんしゃくを起こす子供をなだめるような優しい怒声だった。

 

「私はね…集に誰かを助けた事を後悔なんてして欲しくない…」

 

「………」

 

集は身体を震わせる祭を見る。

「集は……誰よりも優しいから、きっと他の誰も気にもとめない事を背負いこんじゃう…」

 

「…買い被りだよ…」

 

「そうかも……でも、報われて欲しい。“ 助けなきゃよかった “ って、集に思って欲しくないから…」

 

「………」

 

今度こそ何も言い返せなかった。

集は自分を信じ続けようとする、祭の目を見続ける事が出来ず、顔を背ける。

 

「もう寝る…」とだけ言い残し、ソファーの上へ横になった。

 

「うん、おやすみ」

 

祭は集の上に毛布を被せると、自室へ向かっていく。

 

「……おやすみ…」

 

電気が消えたリビングで、集は耳に残った言葉をおうむ返しのように絞り出した。

その言葉をかけるべき少女に、その声が届いたのか集には分からなかった。

 

 

****************************

 

1日経ってもシュウは帰って来なかった。

 

いのり の胸から剣を抜こうとした集は突然、嘔吐し逃げ出した。

そんなはず無いのに、なぜか自分にはシュウが いのり から逃げようとしているように見えた。

それからシュウがどうしているのか何も聞いていない。

 

いのり がガイの所から帰ってくるなり、“ もうすぐここを出ることになる。 ”と行ったときは訳がわからなくなった。

いつ帰れるのか聞いたら、“ 二度とここには帰らない ”と言われてさらに混乱した。

 

シュウ のご飯も食べられなくなる。

カアさんから勉強も教えてもらえなくなる。

もう会えなくなる。

そんなのイヤだ。ーーそう言おうとした。

 

だが いのり の泣き出しそうな顔を見て、何も言えなくなった。

いのり の方が自分よりも シュウ と過ごした時間が長いのだ。いのり がたえているのに自分が いのり に文句を言うわけにはいかない。

 

ベランダから いのり の歌が聞こえて来た。

 

 

ーーーーーーーーー

 

ハレから集を見つけたという連絡が来た時、本当に安心した。

すぐに会いに行きたかった。

 

だが、集の怯えた表情が脳裏をよぎり、その気持ちが冷えていった。自分では彼の心を癒せない。

あの時の彼の表情がそれをものがたっていた。

 

私が出来ること。

 

シュウのためのーーシュウのためだけに唄う歌。

届けたい。

彼に聞いて欲しい。

 

いのり はベランダで録音レコーダーを手に夜空に向けて歌っていた。

星空に向かって歌えば、彼に届く気がした。

 

「ーーいのり」

 

いのりは ルシア の声に振り向く。

 

「どうしたの、…ルシア」

 

「……聞いてていい?」

 

ルシアの言葉に いのり は微笑んだ。

 

 

 

****************************

 

目が覚めると、既に部屋に人気は無かった。

 

ソファから起き上がると、机の上にメモ書きがあった。

” 学校行ってきます。

冷蔵庫にあるもの自由に食べて。

ーハレー ”

メモはそんな簡単な内容だった。

 

「僕は…最低だな…」

 

集は昨夜、自分を心配してくれる祭に対しての言動を思い出す。

メモの隅に“ ありがとう。ごめん ”とお礼と謝罪の言葉を書き込むと、祭の家を後にした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

集は“ 桜満 ”の表札がかけられたマンションの一室の前に立つ。

 

「……………」

ノブに伸ばそうとした手を止める。

彼女は、いのり とルシアはまだいるのだろうか。

もしいたら、最初になんと言葉をかけるべきだろうか。はたから見れば小さな悩みが、集の手を止める。

 

『ーー心配かけてごめん って謝って来なさいーー』

 

綾瀬の言葉を思い出す。

そうだ、最初は“ ただいま ”を言おう。

その後に謝ろう。心配をかけてしまった事、彼女から逃げてしまった事をーーー。

 

ノブを回す。

ドアは僅かに軋むような音を立てて開く。

 

「っ!」

 

小さな衝撃が腹部にぶつかる。

「ルシアっ」

 

見下ろすと赤毛の頭が目に入った。

ルシアはただ黙ってしきりに集の腹部にしがみつく。

 

「シュウ…」

 

聞き慣れた少女の声が聞こえた。

ほんの1、2日の間だというのに妙な懐かしさがあった。

 

「……ただいま。ーーいのりーー」

 

「ーーおかえりなさい」

 

「………」

 

「………」

 

色々考えていたはずなのに言葉がでない。

彼女の顔を見ていると、胸の内から何か言い表せないものが込み上げてくる。

何か言ってしまえば、こうして彼女と顔を合わせている時間もどんどん減って行くような気がしてならない。

 

もうすぐ彼女達と別れなければならない。

その事実が いのり と会って始めて実感へ変わった。

鼻と目に熱い刺激がわいてくる。

喉が痛いほどの息苦しさを訴えてくる。

 

「ーー間に合ってよかった…」

 

いのり が集に手を伸ばした。

一瞬、集はあの夜の事を思い出し僅かばかり躊躇う。

 

意を決して いのり の手を取る。

しかし、心配していた発作の様な症状は出なかった。

 

安堵でふっと息を吐く。

 

いのり は集の手を軽く引き、玄関へ招く。ルシアも集の背について行く。

「ーーいのり、心配かけてごめん」

 

「ううん、私がシュウの様子に気付いていれば……」

 

「いのり が謝らないでよ。悪いのは僕なんだから」

 

「シュウ…」

 

再び僅かな沈黙が場に漂う。だがいつまでもこうしてはいられない。いくら現実逃避しても時間は容赦なく進むのだ。

 

「…シュウこれ」

 

「僕の携帯…拾っててくれたの?」

 

「ーーーシュウ、今までありがとう。シュウと会えたお陰で…学校にも行けた。友達も出来た。ルシアとも出会えた。それから……ーー」

 

いのりは目に涙をため、集に微笑みかける。

 

「大切なものも見つけられた……」

 

「私、シュウに出会えて本当に良かった。ありがとう」

 

「……っ!」

 

彼女の潤んだ瞳が集の顔を見つめる。

ずっと一緒にいたい。

このまま彼女とルシアを連れ去って、葬儀社もGHQの目も届かない場所で一緒に暮らせればどれだけ幸せだろう。

 

無意識のうちに彼女の肩に手が触れる。

 

細く、少しでも力を込めれば容易く折れてしまいそうだ。

彼女はこれからもこの身体で戦い続けるのだろう。

 

彼女が傷付き倒れる日がそう遠くないと、彼女自身の身体が想像させる。それなら、そんな未来に彼女を置き去りのするのなら、いっそ本当に連れ去ってーーー

 

「だめっ」

 

「ーーっ!」

 

「…一緒にはいられない。私が戦うのは日本のためでも、葬儀社のためでも、……今まではそうだったけど、ガイのためでもない。私は……私自身のために戦う」

 

「いのり……」

 

「“ 私 ”をくれたシュウのために……」

 

「……全部お見通しなんだね」

 

無意識のうちに、彼女を捕まえる様に力がこもっていた指を、いのりの肩から離す。

そう、自分の孤独感を埋めるために いのり の望みを妨げるなど言語道断だ。桜満集の出来る事は大人しく身を引く事だけだ。

 

「ごめん」

 

「いいの」

「………」

 

集は自分の後ろで成り行きを見守っていた、ルシアを抱き寄せる。

集はいのり と ルシア の3人で同じ空間にいる今この空間をしっかり心に刻もうとする。

 

2人も同じなのだろう。

目を閉じて、ゆっくり集に身体を預ける。

どのくらいそうしていただろう。

 

「もう、行かなくちゃ…」

 

「…うん」

 

いのりは集から身体を離し、ルシアの手を取るとドアの前に立つ。

 

「シュウっ、これをーー」

 

そう言って、いのり は録音レコーダーを集の手に握らせる。

 

「ーー聞いて。私を忘れないで」

 

「ありがとう…」

 

手の中のレコーダーを見る。

いのり の手の温度が僅かに残っている。

「ーーいのり!」

 

ドアノブに手が伸びていた いのり の手が止まる。

集はなんと言えばいいのか分からず、しばし口を開けたまま言葉を探した。

「ーーさようなら」

 

だから彼女の言葉に声を答えを返せなかった。

ドアが重もい音を立てて閉まる。

 

「…………」

 

残された集はひと気のない部屋で立ち尽くす。

今までの歩みも、これからの指針も見失った“ 桜満 集 ”の残骸に想い人の手をつかまえる資格も、その勇気も有りはしなかった。

 

 

 

*********************

部屋は綺麗に片付いていた。

二人の同居人など最初からいないような錯覚を覚える程、部屋から自分と母の物しか残されてはいなかった。

 

「……………」

 

集はソファの上に座り何をするでもなく、ただ天井を眺めていた。

唐突に携帯が大きく振動した。

数秒間を空けてから集は携帯を見た。

 

颯太からのメールだった。

内容は いのり の転校に対する驚きと悲しみが長々と書かれていた。

それ以前のメールもざっと確認してみると、いのり や祭 と綾瀬 などの友人からは集を心配する内容のメールが届いていたが、颯太からは一通もそういった内容がなかった。

 

「…友人の心配はなしか?しょうがないな」

 

颯太の現金さに苦笑が漏れる。

 

僅かとはいえ、久々に笑えた気がした。

 

「…そうだな、学校…行ってもいいかな……」

 

少なくとも自分一人しかいない部屋にいるよりは精神衛生上、よっぽどマシだろう。祭にも詳しく事情を話さなくてはならない。

 

集は自室へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

制服に着替えた集は真っ直ぐ学校に向かわず、崩壊した六本木の前に立っていた。

 

「……」

 

自分の未練がましさに本気で呆れる。

いのり が去る直前に見た顔を思い出すと、自然とここに足が向いていた。

 

彼女達はもう任務へ向かったのだろうか。

こんなフェンスの前では、葬儀社のアジトなど見えるはずがない。それが分かっていても、集は六本木の街を見つめる。

 

「……どうしたいんだよ僕は…」

 

いのりの前では必死に耐えていた涙が、頰を伝う。

大切な人も、そうでない人も守っていく英雄の様な人になりたい。その気持ちはやはり、彼に対する嫉妬でも覆い切れない。

 

 

 

「ーーダメだ、やっぱりダメだよ ダンテ ……僕はーーー

 

 

 

 

 

 

 

風が僅かに騒いだ。

 

 

 

 

「よぉ。デカくなったな」

 

 

 

 

 

その音にまぎれて聞こえて来た声に、集は自分の耳を疑った。

 

「……えっ?」

 

ここに居るはずのない、だがずっと聞きたかった声。

 

思考が追い付かず、スローモーションの様な緩慢な動きでゆっくり振り向く。

 

 

視線の先に、長身の男が立っている。

 

まず血の様に紅いコートが目に入った。

 

次に短い銀髪。そして巨大なギターケース。長身でパンクロックの様に派手な出で立ちの男。

 

 

こんなバカみたいに特徴だらけの男の姿を、見間違えるはずがない。

 

 

「……ダン…テ?」

 

 

振り返った集に、最強のデビルハンターは不敵に笑った。

 

 

 




今回ちょっとチェック入れてないので、
おかしなところがあったら指摘して下さい。

(※後で自分でも見るけど)





劇場版ジード想像以上に良かったわ〜〜。
ていうか、最高傑作だわ。

でも地元でやってなかったから、
わざわざ隣の県まで行ったんじゃ〜(⌒-⌒; )

次のルーヴはバディものかな?

とりあえず俺はレディプレとアベIW見に行くんじゃー!


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