ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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皆さん。
何度目か分からないお久しぶりです。

本当は先月の始め辺りで更新したかったんですけど、
曽祖母が死去されまして。
その葬儀などでドタバタしていました。

今月も今月で、年末の仕事の片付けやら掃除やらでなかなか時間が取れませんでした。

すみません。



暗いはここまでにしておいて、

ウルトラマンジード素晴らしかったですね!!

映画楽しみです。





#37捕食〜prey〜

 

 

昔からダンテによく言われていた事があった。

それは悪魔との闘い方でも、防衛手段でもない。

 

“ 人とはどの様なものであるか ”

それを常に考え続けろというものだった。

 

最初にこの問い掛けをされた時は、まだ十歳未満なうえに記憶喪失の集には思考する余地すらない程のかなりの難題だった。

人を救い続けるのが正しい人間の在り方では無いかと、たしかこう答えた筈だ。

 

しかしダンテには笑われた。別に正しさを説いてる訳ではない。そう言われた。

 

少しムッとした集にダンテはーーーー

 

 

 

 

 

 

 

**********************

 

周囲は夜闇に包まれ、曇天に包まれた空は夜空を覆い隠していた。

集と谷尋そして谷尋の背中に背負われた潤は、悪魔達の追走を逃れながら回収地点に向かっていた。

 

「くそっ!全然引き離せないぞ!」

 

物陰に身を隠しながら、周囲を走り回る悪魔を谷尋は恨めしそうに睨む。

 

集達は現在沿岸部の工業地帯に来ていた。

 

幸い周囲のコンテナのお陰でなんとか見つからず進んで来ているが、後少しの所で悪魔達がその行く手を阻んでいた。

 

距離があるためこちらには気が付いていない様だが、時間の問題だ。

しかも悪魔だけでなくエンドレイヴの影まで見える。

 

完全にこの周辺に潜んでいることが読まれている。

 

「待つしかない…。今出て行って全員を相手にするのはあまりに無謀だ」

 

集は潤の様子に少し伺う。

彼はずっと眠っている。時折目を覚ますが、谷尋が歩き辛くなる様な行動は取らない。

 

だが急がなければ、アジトにあるワクチンなら少しは症状を和らげるかもしれない。

例え気休め程度にしかならなくとも、彼を救うきっかけが見つかるかもしれない。

 

 

『ーーありがとう、シュウーー』

 

「…っ!…」

 

 

一瞬、キャンサーの結晶に半分以上覆われた潤の顔と、十年前集が自身の手で殺めたあの少年の顔がだぶって見えた。

 

集は首を振ってその光景を頭を振って追い出した。

 

 

***********

 

 

「目標を発見いたしました」

 

「ご苦労様です」

(やはりあなたを見張っていて正解でしたよ…。桜満集)

 

嘘界は心底嬉しそうに笑う。

 

「私です。逃亡中のキャンサー816を捕捉しました。発進の準備をお願いします」

 

嘘界は無線を手に取りダリルへ呼び掛ける。

 

『ふん。分かってるよ。いい加減バイ菌狩りにも辟易としてるんだ。これが終わったらもっとマシな仕事させてよね』

 

無線の向こうからダリルの不機嫌そうな声が返ってくる。

 

「えぇ、善処しますとも。それよりも≪遺伝子キャプチャー≫の準備は出来てますか?」

 

『動作確認は出来てるけど…。これなんに使うの?』

 

「なに、単に遺伝子情報を読み込む為のものですよ。それにーー

 

嘘界はポーカーフェイスに大きな笑みを刻んだ。

 

 

「ーー恋した相手を理解したいと思うのは当然でしょう?」

 

 

 

***********

「ーー!兵士が引いてく!」

 

集の言葉通り、兵士とそれにエンドレイヴと悪魔も一斉に移動を始めた。

(罠か…?)

 

「行くぞ!」

 

警戒する集の後ろを抜け、谷尋が潤を背負って駆け出した。

 

「谷尋!?」

 

「ビビってても仕方ねえだろ!潤には一秒の時間も惜しいんだ!!」

 

「落ち着け。あえて逃げ道を用意して敵を誘う。トラップとしては常套手段だ」

 

「じゃあどうすんーーっ!!?」

 

「谷尋?」

 

振り返った谷尋は集の背後を見て硬直した。

 

「………」

 

同時に集も自分の背後に立つ存在に気付いた。

 

ゆっくり振り返り、そいつの姿を視界に収める。

冷気を纏い、爬虫類に似た体躯を鎧の様に氷で覆われている。

 

ブレイドと同じ“ 魔帝 ”が創り出した魔界の精鋭悪魔、氷を操る能力を持った『フロスト』だ。

 

「ーっ!」

 

距離は5メートル未満。十分フロストの射程範囲だ。

 

「逃げろ!谷尋!」

 

目を見開いたまま固まっている谷尋を引きずる様に、集は飛来する氷柱を回避して真横の倉庫へ転がり込む。

 

「もっと奥へ!」

 

「ーあっ」

 

集は谷尋の襟首を掴み立たせると、倉庫の奥へと走って行く。

谷尋もその後へ続く。

 

コンテナの影に隠れた集が出口の方へ視線を向ける。

 

「くそっ…」

 

出口から二体のフロストが侵入して、ジリジリと集達のいる場所へと近付いている。

 

他の脱出口が塞がれる前に行動を起こさなくてはいけない。

 

集は谷尋に向き直る。

 

「ーーな…なんなんだアイツら…。お前、何か知ってるのか!?」

 

「しっ」

 

興奮しかけている谷尋の口を塞ぎ、『静かに』とジェスチャーする。

 

「説明してる時間がない。とにかくここを出て回収地点へ早急に向かう。その為に奴らを倒さなくちゃならない」

 

「倒す?あの化け物を…?」

 

「うん。だけど、今の僕には武器がない」

 

悔しい話だが今の集には中級悪魔を二体も相手にする実力はない。

一体ですら間違いなく死闘になるというのに、ましてや素手ともなれば命の保証は無い。

いやナイフや銃があったとしても、並大抵の武器では相手を怒らせるだけだ。

 

「よく聞くんだ谷尋。僕にはヴォイドっていう人の心を武具に変えるチカラがある。それがあればエンドレイヴとも、奴らとも張り合える。君のヴォイドがあれば、ここを脱出出来る」

 

集が伸ばした手を、谷尋が掴む。

 

「何言ってんだ!自分のを出せばいいだろう!」

 

「僕自身のは出せない。ヴォイドを抜かれた人は意識を失う。早くしないと、兵士達も戻って…」

 

「ーーふざけんな、そんな話信じられるか!お前があいつらを呼んだんじゃねぇのか!?さっきの電話で俺たちを売ったんだろ、この偽善者め!!」

 

集の中で何かが切れた。

同時に意識する前に左手が動き、谷尋の胸ぐらを掴み上げた。

 

「本気で言ってるのか?」

 

「………」

 

集は殴る飛ばしたくなる衝動を必死に抑えつつ、冷静に言葉を出す。

「僕の事が信じられないのか?」

「………」

 

「なら潤君にもそう言ってこい。『僕は信用できないから別の方法で逃げよう』って」

 

「……!」

 

集の言葉に谷尋は壁に寄りかかる潤を見る。

 

「ーー僕の助けなしで…逃げ切れるのか?」

 

「……」

 

谷尋は胸ぐらを掴まれたまま歯を食いしばる。

「今決めろ。ーーだけど、忘れるな。君の命はもう君だけのものじゃないんだ。潤君の命がかかってるんだ……」

 

「…助かるのか?」

 

谷尋の問いに集は頷くと、胸ぐらから手を離した。

 

「助けるよ…」

 

「……分かったよ。ーー使え!使いやがれ!!」

 

集は八尋の言葉に応えたーーー。

 

 

 

 

突然太陽が出来たように倉庫内が光に包まれた。

 

『グル…』

 

フロストは光源に目を向ける。

物影に隠れた獲物の存在を感じ、ゆっくり音も立てずにじり寄る。

 

ふと物影から影が飛び出した。

 

右手に奇怪な形状の刃物を持ちフロスト達を一瞥した。

フロストは深く沈めていた身体を起こし爪を構える。

 

その影ーー集はフロストを油断なく観察する。

フロストは集と一定の距離を保ち、集と出口の間に立つ。

 

逃げ道を封じたのだ。だが逃げるつもりはない。奴らがいる限り二人を助け出すことは出来ない。

 

「…来い!」

 

二体のフロストは集を挟むように突進する。

集は 二体の爪を跳んで避ける。続き、フロストは空中の集を串刺そうと氷柱を放つ。

集は空中でヴォイドエフェクトを蹴り氷柱を回避すると、天井を蹴りフロストに向けて急降下した。

 

「はぁ!!」

 

同時に谷尋のヴォイドを一体に目掛けて斬りつけた。

が、その一撃は分厚い氷の装甲に阻まれた。

氷は砕けたがそれだけだ。

 

「ーーぐっ」

 

尻尾の攻撃を受け、吹き飛ぶ。

空中で体勢を立て直し着地と同時に、フロストの方へ振り返る。

 

フロストの爪が目の前まで迫っていた。

 

「ふっーーはぁ!!」

 

ハサミで弾き返し、もう一度フロストの胴体に斬りつけるが、今度は氷ではなく鱗に阻まれた。

 

「っ!…そういう事か!!」

 

二体目の上空からの押し潰しを後ろに跳んで避ける。するとそこを中心に冷気が一瞬で地面を凍結させる。

 

「くっーー!避け切れなかったか…」

 

膝の辺りのズボンと一緒に僅かに皮膚が剥ぎ取られ、出血している。幸い深くはないので、動くには支障はないが長引けばこちらが不利になる。

 

だが、集の頭にはある一つの要因に集中していた。

 

(前から妙にヴォイドの力が奴らに通じにくい気がしていた。薄々そんな気がしてたけど、体表に纏ってる魔力が原因か…)

 

悪魔は下級でも本能か生態かは分からないが、微弱に魔力を纏っている。階級が上がれば上がるほど魔力の保有量は増していき、纏う魔力も上昇する。

加えて、知能がある悪魔ならば魔力操作は自分の意思で行える。必然的に体表に纏う魔力は上昇し、本体を守る鎧と変わらない存在となる。

 

ルーカサイト制御拠点での攻防戦においてブレイドの爪があっさりヴォイドエフェクトを貫通したのもそのせいだろう。

もちろんなんとなく察してはいたのだが、悪魔のチカラを手にして日が浅い集では纏った魔力は微弱すぎて感知出来なかった。

 

だから推測の域を出なかったが、単純に集の技量が上がったためか今回は感知出来る。

 

ヴォイドは魔力の影響をモロに受けてしまうのだ。

 

 

だが、タネが分かれば対処の立てようがある。

 

「……デビル…トリガー…」

 

僅かに魔力を開放させる。

 

同時に集は銀髪紅眼に変わる。

自分の手にあるハサミを見る。

そのヴォイドが自分の一部であるのを、血管で繋がっているような感覚を自身に暗示する。

『ーー流し込むのではなく、染み込ませるようにーー』

 

レディの助言を今一度はんすうする。

表面では無く内側を意識した。

 

敵の大きな変化を警戒してか、集から距離を取っていたフロスト達が突然金切り声を上げて突進して来た。

 

「ーーフッ!」

 

集はハサミを構え直すと一息で切り抜いた。

 

すると先程は砕けた氷の装甲にと一緒にフロストの腕が宙を舞った。

そいつが吹き飛んでコンテナをぶち破るのを尻目に、もう一体のフロストを睨む。

 

「ハァ!!」

 

ハサミのヴォイドを袈裟斬りに振り下ろす。

 

しかし、フロストは氷の粒子の様に身体を変化させ、一瞬でコンテナの上へ移動した。

 

「くっ!?」

 

集は空振りしたハサミを地面から引き抜き、フロストに向き直る。

それを待たずにフロストは両腕から小さな冷気の渦を作り出し、そのボールサイズの台風の様な物を集に向けて放つ。

 

「!!」

 

集はすかさず足元のコンテナの破片を蹴り上げると、破片は冷気の塊に直撃しそれこそ爆弾の様に冷気が炸裂した。

 

「おおぉ!!」

 

散乱する氷や冷気を掻き分け、集はコンテナの上にいるフロストに向かって宙に飛び上がる。

 

「ーーっ!!」

突然真横から何本もの氷柱が飛来する。

 

集は慌ててヴォイドエフェクトを展開するが、氷柱は魔力も通っていない壁をあっさり貫通し集の身体を突き刺し、裂いた。

「がぁっ!!?」

 

集はコンテナの扉に叩きつけられ地面に落ちる。

氷柱が飛来した方向に目を向けと、新たに三体のフロストが見えた。

コンテナの上に乗っていた個体と、集が腕を切り落とした(既に再生しているが)個体がコンテナの中から出てきた。

計五体のフロストが集に迫り来る。

 

「………」

 

集は自分の身体に突き刺さっていた氷柱を抜き投げ捨てると、フロスト達を睨み付ける。

 

「ーー来いよーー」

 

傷口から血を噴き出しながら低くそれだけ言うと、ハサミのヴォイドを構え再び魔力を送り込み駆け出した。ハサミは紅い光を纏い宙に軌跡を描いていく。

 

***********

 

 

もう何が来ても簡単には驚かないと思っていた。

だが再び目の前に目を疑う光景が広がっていた。

 

良く知る少年が、ずっと片想いしていた少年が別人かと思うほど風貌が変わり、超常的な見た目と能力を持つ生き物達へ立ち向かっている。

自分が想像すらしなかった光景が広がっている。

 

集が何故戦っているのかも、何故姿が変わっているのかも全て祭の推測する余地を軽く超えていた。

 

圧倒的な光景に動く事も出来ない。

 

だが、せめてこの光景を記録しておこう。

祭は怪物や集に気づかれないよう慎重にカメラを回し続けた。

 

 

***********

 

 

「 だ あ あっ!!」

 

フロストの顔面にドロップキックを喰らわせる。フロストの真後ろにあるコンテナの扉を歪ませ、そいつの頭部にある氷の兜が砕けた。

 

崩れ落ちるフロストにハサミを突き立て仕留めた。

間を置かず、更に正面から三体突進して来た。

 

集は側のコンテナから歪んだ扉に左手をかけた。

 

「ーーふッ!!」

 

思い切り力を込めると、扉はメキメキ音を立てて引き剥がされていく。

 

「ル オオオォオ!!」

 

集の紅い瞳が一際強い光を放つ。同時にコンテナから耳を裂く様な鋭い音と共に扉が外れ、巨大な車輪の様に回転しながらフロスト達に激突しようと迫る。

 

『ギッ!?』

 

コンテナの扉が飛んでくるのがよほど意外だったのか、フロスト達は一瞬信じられないものを見たかの様に動きを止めた。

 

その致命的なスキを見事に突進する扉は捕らえる。

コンテナの扉は二体に衝突した後、他のコンテナに数回ぶつかり二体と一緒に壁にぶつかりようやく止まる。

 

しかし、集の眼には既にそんな惨状を回避したもう一体が写っていた。

 

フロストが両腕から冷気の渦を集に向けて放つと、冷気は周囲の壁や地面を凍らせながら迫って来る。

 

集はコンテナの残った方の扉を強引に開け盾にした。

冷気の渦は扉に激突すると、凄まじい音を立てて炸裂した。

冷気の爆発が終わらない内にハサミを振り上げ、真横に勢いよく振り下ろす。

するとそこに扉を迂回したフロストが飛び込んで来た。

ハサミはフロストの頭部にまともにぶち当たる軌道を振り下ろされていたが、フロストは集の右腕を掴みそれを防いだ。

 

「ぐっーーぎ…!」

 

集の右腕にフロストの爪が食い込んで来る。痛みで集は顔をしかめる。

フロストは自分の右腕を矛に変え、集を串刺しにすべく腹目掛けて突き出した。

 

しかし、 集の左手に握っていた細い金属の棒でフロストの右眼を狙い思い切り突き刺した。

もとはコンテナの留め具かなにかで使われていたのであろう。

 

『ガーーギイイイイイイィイイ』

 

フロストは凄まじい叫び声を上げて、眼に深々と突き刺さった棒を抜こうとするが大きな爪が顔面を引っ掻くだけだ。

 

『 ギュウーー?』

 

フロストの意識が集に戻る前に、集はそいつの首を切り落とす。

そのフロストは糸が切れた操り人形のようにゆっくり倒れた。

 

「もう一体は…?」

 

ここまで倒したのは四体。あと一体いたはず。

 

ほぼ反射的に集は背後に振り返り、頭上にハサミを突き出した。

 

『ガッーーグゴゥ!!』

 

「ーーづ!」

 

両腕にズンとした衝撃が走り、ハサミは頭上から飛びかかったフロストの胴体を貫通していた。

フロストは空中でピンで止められた虫の様に身を捩り、集の両肩を鋭い爪を持つ手で鷲掴みにした。

 

「ごぁ!!」

 

両肩が引き裂かれ血が吹き出し、千切れそうな程の痛みが走っても集は力を緩めなかった。

さらにフロストを持ち上げる。

フロストはさらに爪を立て肩に食い込ませる。

 

「おおおおおおおお!!」

 

集はハサミを徐々に “ 開いて ”いく。

 

『ガアアアアアア』

 

フロストも死力を尽くして集の命を奪おうと爪を立てる。

肩のーー腕の神経と血管が引き千切られる。筋肉が切断される。

 

それでも離さない。

フロストの身体からもミチミチと肉が裂けていく音がする。

 

だがフロストもさらに爪に力を込めた。

 

「 ああ あアア ア ア ア アアアアアアア!!!!」

 

肩の骨が砕ける。集の両腕はほとんど皮だけで繋がってるも同然だった。

だというのにフロストの身体は集の真上に持ち上げられている。

 

集にはもう自分が何を叫んでいるのか分からない。

意味のある言葉を叫んでいるのか、それとも獣の様に咆哮を撒き散らしているだけなのか、唯一早く終わって欲しいという想いだけが思考を掠める。

そして終わりが来た。

突如、抵抗が無くなりハサミが両側に広がった。

 

「…あーー?」

 

切断されたフロストの上半身が背後に落ち、胴より下の部分が集の足下へ重い音を立てて落ちた。

 

集はしばらく真っ二つになったフロストを見下ろし周囲を見渡すと、膝から崩れ落ちる。

 

倒れそうになるのをハサミを杖代わりにしてなんとか堪える。

そうなって、ようやく集は肩からの出血で真っ赤に染まっている両腕に気付いた。

 

「………」

 

集は残った僅かな魔力を両肩に集中する。

肩の傷は目も当てられない状態だった。皮も肉も抉れて肩の骨が露出している。

 

右腕はなんとか動くし、ひどく痺れるが握る事も出来る。現にハサミを握れている。

だが、左手が全く動かないのにはまいった。

小指と薬指までならまだ動くが、親指から中指までがピクリとも動かない。後は肘が僅かに曲がる事くらい。ほぼぶら下がっているだけ同然だ。

今回に限った話ではないが集が悪魔の力に目覚めていなければ、間違いなく致命傷だ。

「ーーくっそ。まいったなこれ……」

 

早く移動しなければ、二人を救うどころか自分も危ない。

集が谷尋と潤の元へ向かおうと立ち上がったと同時に、突然壁が崩れ落ちた。そこから大きな影が現れる。

 

「っ!!ーー今度はゴーチェか!ーークソッタレ!!」

 

あまりの不運ぶりに思わず悪態をつく。

 

『…また会ったね。顔なしヤロウ!』

 

外部スピーカーから聞こえた声には聞き覚えがあった。

 

「この声は…ダリル・ヤン!?」

 

ゴーチェの腕が上がり、巨大な爪の様なアームがこちらを向く。

ぱんと空砲に似た乾いた音を放ち、アームが集に襲いかかって来る。

 

「はぁ!」

 

集は肩に走る痛みに耐えながら、ハサミでそのアーム切断する。

するとあっさりアームはバラバラに砕けた。

フロストよりずっと脆い事に安堵しつつ、集はゴーチェから距離を取る。

 

ーーーーーーーーー

 

ダリルはタッチパネルを操作しながらコンテナの間へ逃げる≪顔なし≫を目で追う。

 

「残念だけど、今日のは特別なんだよねえっ!」

 

相変わらずダリルから見れば、集の顔はノイズがかかっていて判別出来ない。が、そんなことは関係ない。

ダリルは先程と同じアームを次から次へと≪顔なし≫に向けて連射する。

 

≪顔なし≫はコンテナの間をジグザグに逃げるが、アームはまるで蛇の様にワイヤーをくねらせ執拗に追い続ける。

 

「コイツはお前の《ゲノムレゾナンス》反応を追いかけてるんだ!どこまで逃げても無駄なんだよお!」

 

避け切れないものを切り落とす≪顔なし≫を嘲笑いながら、ダリルは次々にアームを射出する。

 

『あああああああああああああああああっ』

 

最後の一弾を射出した時、離れた場所から叫び声が聞こえた。

 

「な、なにぃ!?」

 

モニターに≪顔なし≫と同じ反応が現れ、≪顔なし≫を追っていたアームが全てそちらへ向かって行った。

 

ーーーーーーーーー

 

「潤くん!?」

 

アームが天井まで掴み上げたのは、入院服の小柄な少年だった。

心なしかキャンサーも広がっている様に見える。

 

「くそっ!!」

 

潤を捕まえている物以外の、残ったアームが再び集に襲いかかる。

 

「邪魔するなぁ!」

 

殺到するアームをハサミで一閃する。

その一撃でそれらのアームはバラバラに粉砕した。

 

だが、その次に起こった現象に集は足を止めた。

 

「え…?」

 

潤を掴んでいたアームからキャンサーが広がっている。

少年の身体からワイヤーを伝い、本体のゴーチェへキャンサーが流れ込んでいる。

 

『ぎゃっ!なんだこれコントロールがーー』

 

外部スピーカーからそんな声が漏れたと思うと、ゴーチェの機能が停止する。神経の接続をコントロールルーム側で解除したのだろう。

 

だがそれでもゴーチェへのキャンサーの侵食は止まらない。

 

そうこうしている間に、アームが外れ天井に縫い止められていた潤の身体が落ちて来る。

「潤くん!!」

 

集は潤の身体の下へ滑り込み、ほぼ動かない手でなんとか潤を抱きとめた。眼の奥が痺れる様な痛みに歯を食い縛って堪える。

そして潤の様子を見て驚愕した。

 

「ーーえっ?キャンサーがない…」

 

潤の身体にはあれだけ少年を苦しませていた、あの結晶が嘘のように消失していた。

まるで 潤のキャンサーをあのゴーチェが吸い取ったかのようだ。

だが、推測を立てる間は与えられなかった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

(桜満集のあの不思議な力とキャンサー化した患者が同じゲノムレゾナンス反応を……まったく計算外でしたがこれは興味深い)

 

車からドローンの映像を端末で見ながら、嘘界は愉快そうに笑う。

 

(それに、なぜゴーチェがキャンサー化しているのでしょう)

 

寒川潤の身体から広がったキャンサーは遂にはゴーチェの機体をほぼ包み込んでしまった。

さらにそれだけでは無い。ダリルとの接続が断たれたゴーチェが動き出したのだ。

ゴーチェは眠りから目覚めた巨人の様に暴れ出す。

 

「潮時ですかね…出してください。退却しましょう」

 

車の屋根を叩いて運転を促す。

走る出す車の中で、嘘界は倉庫へ振り返る。

当然ながら集の姿はおろか、変異したゴーチェの姿も見えない。

 

「お願いですから、こんなところで死なないで下さいね?ーーつまらなくなるので…」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

再び動き出したゴーチェは怪物の様に咆哮を上げる。

まるで最初から何かの生物だったかの様に、その機体を覆うキャンサーは先程までの潤とほぼ同じ状態だった。

 

「なんだよこれ…」

 

壁やコンテナをデタラメに破壊するゴーチェを集は呆然と眺める。

事態が二転三転して、とうに集の理解が及ぶ範疇を通り越している。

 

ゴーチェがこちらを見た。

集はじっと相手の出方を伺っていたが、よく見るとゴーチェの視線は集と潤から僅かにずれていた。

 

(僕じゃなくて後ろの谷尋をーーっ!!)

 

集が背後で気を失っている谷尋へ振り返った瞬間、ゴーチェは咆哮と共に猛スピードで集と潤を通り抜けると、谷尋を掴み上げて空中に釣り上げた。

 

「谷尋を狙ってるのか!?」

 

ゴーチェが掴み上げた谷尋を絞め殺そうと、力を込め始めているのが分かった。

 

「谷尋ぉおおお!!」

 

集はゴーチェの背中に飛び掛かり、ハサミを突き刺した。

 

ーーー 瞬間、視界に写っていたあらゆる物が消失した。

 

「なっ!」

 

真っ白な空間だった。

初めてヴォイドを手に入れた時、そして剣と銃のヴォイドが融合した時に見た空間に似ている気がする。

 

「…何だここ…。谷尋っ…谷尋いるのか!?」

 

「ーーやっと顔を合わせてお話し出来ましたね」

 

背後の声に素早く振り返り、右手のハサミを突き付けた。

 

目の前には少年が立っていた。

話した事はないだが、よく知る少年。

 

「…潤くん…?」

それだけでは無い。潤が立っている奥に広い空間があった。

 

街だった。

緩やかに雪が降り、陽気な音楽が流れ、周囲に大勢の人々が行き交っている。

「ここは…」

 

「六本木です。ロストクリスマスが起きる前の…」

 

「ここが六本木?」

 

集が知っている廃墟群や記憶の中の炎と、同じ場所とは思えなかった。子供連れた多くの家族が幸せそうに街を歩く。

 

『わぁ、にいさんありがとう!』

 

『今日はジュンの誕生日だからな!特別だぞ?』

 

二人の少年が見えた。

 

「僕の心…ヴォイドの世界です。そしてここは僕が一番幸せだった時間です」

 

だけど、とーー潤は顔を俯かせ言葉を切った。

 

「ーーもうすぐロストクリスマスが起こります。ーー」

 

「………」

 

「…集さん。お願いがあります」

 

潤は集に向き直る。

いつの間にかその周囲に、二重螺旋の赤い糸が漂っていた。

 

「そのハサミでこの糸を切って下さい」

 

「えっ?ーーどういう事?」

 

「この糸は僕の命…兄さんのヴォイドは命を切るヴォイド。僕を殺すためのヴォイドです」

 

「なっ!?」

 

集は一瞬耳を疑った。

潤の命を奪うためのヴォイド?そんな物が何故谷尋のヴォイドなんだ…ーー集は理解出来なかった。理解することを拒否していた。

 

「僕の自由を奪った結晶が、代わりにヴォイドが見える目をくれました」

 

「何言ってるんだ…そんなわけがーー」

 

「そこには、僕の見る兄さんとは違う兄さんがいた。僕を疎ましく思う兄さん…。僕は今までずっと優しい人の優しくない《心》を見ました。友達、親戚のおばさん、医療センターの人、そして多分集さん、あなたも」

 

「……」

 

「あなたの中はごちゃごちゃだ。ひとつひとつはとても純粋で芯があるように見える。

ーーだけど、それはまやかしだ。あなたの中には何もない。

だから、他者でそれを埋めようとする。

多くの人に自分を見て欲しい、知ってほしい。

だから見限られる様な、“ 正しくない事 ”はしたくない」

 

絶句する集に潤は微笑みかける。

 

「すみませんイヤな事を言って。僕が生きてればきっとこんな事がずっと続く。兄さんの事も嫌いになってしまう」

 

「だから殺して欲しいって…?」

 

「僕はこの綺麗な思い出を胸にしまったまま逝きたいんです」

 

潤は六本木の光景にいる自分達を寂しげに見つめる。

 

「だからーー 、

 

「ふざけるな」

 

「ーー?」

 

潤はハサミを震えるほど強く握り締める集に振り返る。

 

「ーーふざけた事言うな!!ちょっと苦しいから、『家族が邪魔だと思ってるから殺して下さい』だと!?家族がめんどくさいなんて、誰だって思ってる事なんだよ!!」

 

「ーーーーー」

 

今度は潤が絶句する番だった。

 

「君が言った事は本当だろうね。谷尋は君のためにずっと苦しんできた。やりたくも無い事を散々やって、自分の青春棒に振って。そりゃあ恨むだろう。そんなの邪魔に決まってる。でも、だからなんだ!?」

 

基本、誰に対しても礼儀正しく居ようとしている少年が、歳下に対して癇癪を起こした子供みたいにわめき散らしていた。

 

「大好きだから!一緒に居られるようになりたいからそんな苦しみに喜んで飛び込んでんだろう!!ーーそっーそれを…あぁ!嫌いな奴ならそこまでしない事ぐらい分かれよ!!」

 

集の両眼からぼろぼろと涙が流れ落ちる。

嗚咽が混じり、言葉もまともに出ていない。

 

「………」

 

潤は涙を流す集を、目を見開いて見続けている。

 

「ヴォイドがーー心が見えたからって…そんな谷尋の苦労は終わりなのか!?今までの苦しみ全部ポイなのか!?ーーヴォイドは、心は正直かもしれない!でも君を必死に助けようとした谷尋だって、谷尋だろ!?」

 

気付けば、潤の目からも大粒の涙がぼろぼろ落ちていた。

 

「ーー心が見えるからって、人の全部が分かった気になるんじゃ無いこのバカっ!!」

 

谷尋が可哀想だろーーという蚊の鳴くような声の後、鼻をすする音だけが残る。

 

「ははは!」

 

沈黙を破ったのは、潤の笑い声だった。

潤の笑い声で、目を赤く腫らせた集がばっと顔を上げる。

 

「…“ ヴォイドが見えたから分かった気になってた ”か〜〜。うん、確かにこれは読めなかった!」

 

潤はすっきりした顔で歌う様に呟いた。

 

「…潤くん。君を救う。谷尋のために…僕自身の誓いのために…」

 

「…ありがとう…」

 

「ーーさてっ、何処から出ればーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ーーけど、 やっぱり気付いて無いんですね ーーー 」

 

 

 

「えっ?気付いてないってーー」

 

潤の言葉の真意を聞こうとした瞬間、集の右手が集の意に反する動きをした。

右腕が真っ直ぐ伸び、ハサミを開いて潤の命である二本の糸を挟み込んでいたのだ。

 

「ーーはぁ?」

 

状況が読めず困惑している集をよそに、ハサミが閉じ始めた。

 

「なっ!?ーーなんだこれ、どうなってる。止めろ!」

 

集の叫びも虚しく、ハサミは力を緩めようとしない。

ギリギリと閉じて行き、既に刃が糸に触れている。

集が必死に引き剥がそうとするが、集の右手はまるで別の生き物の様に動き続ける。

 

「集さん…、あなたが《魔力》と呼ぶ力…。あれがヴォイドに流れ込んだ時、ヴォイドは今までに無い力を発揮しました。僅かに意志を持ち、自分の役目を果たそうとしている」

 

谷尋のハサミのヴォイド…その役割はーーーーー

 

「止めろ。谷尋おお!!嘘だろ、なんでこんな!ーーおいっ谷尋バカ!!弟なんだぞ!!お前の家族なんだぞ!!!」

 

ハサミは止まらない。腕を殴っても、指をへし折っても止まらない。

 

集の右腕は既に集の物ではなくなっていた。

集はもう祈る様に空を見上げた。

 

そこでまた信じられないものを見た。

 

背後の六本木の空間は既にロストクリスマスが起きていた。

炎と結晶に覆われた人々を見てやるせない気持ちになるが、 そこまではいい。こうなる事は分かっていた。覚悟もしていた。

 

問題があるとすれば、集の真上。

そこには今現在の現実での光景があった。

 

「嘘…だろ…?」

 

変わっていなかったのだ。集がこの空間に飛ばされた直前まで見ていた光景と、一寸違わぬ様子が見えていた。

 

そう一寸違わない。

相変わらず、キャンサーに覆われたゴーチェは谷尋を絞め殺そうとしていて、谷尋は意識のない状態で苦悶の表情を浮かべている。

 

「ーーなんで…」

 

その答えを知っているであろう、目の前の少年へ目を向ける。

 

 

 

ーー潤の顔の表面に、キャンサーが浮かび上がっていた。ーー

 

 

 

「ぁっーーあっーー」

 

訳が分からない。

集の言葉が、涙が、少年の心に届いたはずなのに。

それらが少年の凍てついた心を溶かしたと思っていたのに。

独り善がりだったのか?思い過ごしだったのか?だって笑ってくれた。一緒に涙を流してくれた。

確かに、確かに、少年を救えたはずなのにーー。なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでーーーー

 

 

 

 

「集さん」

「っーーーあ?」

 

混乱した頭はまともな言葉すら発してくれていない。

だが、それでも構わず潤は続ける。

 

「ーーアポカリプスウイルスはただのウイルスと違って、体組織ではなく人のある感情へ棲みつくんです。そこは、もっとも原始的で、産まれやすく、育ちやすく、消えにくい感情ーー」

 

潤の両手が、ハサミを抱く様に刃を掴む。

 

「ーー悪意ですーー。

キャンサーが発症すれば最後、ウイルスは“ 悪意 ”が消える事を良しとしません。消えた様に見えてもそれは隠しているだけ」

 

なにが間違っていたのだろう。

ヴォイドなどという未知の力に魔力を流し、『魔具』の様にしてしまった事?それを制御出来るくらい実力を付けていなかった事?ウイルスの特性をしっかり把握しなかった事?

 

だけど、今はそんな事よりーーー

 

 

「信じてくれてありがとう。集さん」

 

 

ハサミの両刃にかけた潤の手に力が込められた。

 

ーーー目の前の少年の命を守らなければ、また兄弟二人で笑える様にしなければ、そう誓ったはずだ。

 

 

止めろ、とそう言おうとした時には既にーーーー

 

 

 

「ーー兄さん、大好きだよーー」

 

 

 

 

 

ハサミの刃は閉じられていた。

 

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

まず最初に頭の痛さで目が覚めた。

次に腹部、もっと言えば胴体周りの痛みではっきり目が覚めた。

 

「ーーってて、どうなった?」

 

さっきまでいた倉庫では無いようだ。

周囲を見渡すと、集の姿が目に入った。

 

「集っ!!」

 

名前を呼ばれた集は、まるで母親に怒鳴られた幼児の様に肩を震わせる。

振り返った集を見て凄まじい違和感を感じた。

 

服はズタズタの血塗れ。目は虚で何処を見ているか分からない。肌は蝋の様に白く死人の様に色素の薄い。

谷尋が気を失ってる間、何をしていたか知らないが、何か良くないことをしていたのは間違いなかった。

 

 

「……潤は?」

 

「……………」

 

集は答えない。まるで写真のように振り返った状態から変わらない。まばたきすらしているように見えない。

 

「ーーおいっ、ちゃんと答えろ!なんでここに居ない!!なんで、連れて来なかった!!」

 

「ーーーーだよ…」

 

「なに?」

 

「ー死んだよ」

 

口を開けたまま茫然とする谷尋が可笑しいとでも言う様に、集は狂気の混じった笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー僕が殺したーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うわぁー!

書いちゃった最大のターニングポイント!!
もう後戻りは出来ない。


決めるぜ覚悟!!
ジィイイイイイイド

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