ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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サンダーブレスターが好き。

関係ないけどサイボーグ・クロちゃんは面白いね




#33発露〜unite soul〜

 

 

「ふ あ〜〜」

 

朝一で目覚めたルシア大きなあくびをしながら、廊下を歩いていた。

着ている浴衣はひどく乱れたまま、腰から垂れた帯は床に引きずっている。

 

それには気を向けずルシアは目元をこすり、いのりを探す。

ルシアが目を覚ました時には既に、隣りの布団にいのりの姿は無かった。トイレにも居なかったので、ルシアは集の方へ向かうことにした。

 

乱れた浴衣を廊下に引きずりながら、ルシアは男子が寝ている部屋へ向かう。

 

「………?」

 

中庭にさし掛かると、縁側に二人の人物が寄り添って眠っているのが目に入った。

 

「…………むぅ…」

 

また二人だけでいる。

 

いつもこうやって自分を仲間はずれにする。冷たかったり、意地悪なわけでも無い。二人のことは好きだ。

 

一緒にいたい時はそれを察してよく遊んでくれる。

しかし、ふと気付くとだいたい二人だけで何処かに行っている。

 

あまり良い気分はしない。

 

二人の穏やかな表情を見ていると、そうした不満が外に漏れだして来た。

「……………」

 

ちょっと驚かせてやろう。

 

ルシアは半歩後ろへ下がる。動きづらい浴衣を脱ぎ捨て、下着だけになる。そしてグッと身体を沈み込ませと

 

 

 

「 りゃぁぁあああ!! 」

 

雄叫びと共に二人に突進する。

「きゃっ!?「うぉば!?ーほげっ!!!」

 

二人はなんの備えも出来ず激突する。

三人は仲良く中庭にダイブし、いのりは集がクッションになり無事だったが集は飾り石に側頭部をぶつけ、目から火花を出す。

 

「な…なんだぁ?」

 

「ルシア!?」

 

「えへへ」

 

目を覚ました二人が少々乱暴な目覚めに目を白黒させる。

「…………………あっ………………」

 

そして集は気付いてしまった。

ルシアに突進した衝撃ではだけた いのりの浴衣。さらにその胸元ーーー。

 

「〜〜〜っ見ないで!!」

 

いのりは集の両目に二本の指を刺した。

本当はまぶたを閉じようとしただけだったが、そんな器用な真似この状況で出来るはずもなく、指はみごとに集の裸眼を刺す結果で終わった。

悲鳴を上げる集から飛び降り、いのりは自分の浴衣を整えると、そして半裸のルシアに浴衣を着せ直した。

 

 

遅れて祭達が目を覚ます。

「…………なにやってんの……?」

 

 

花音は開口一番に呆れと戸惑いを同じくらい含んだ言葉を発するが、この場で答えられる人間は皆無だった。

 

 

 

 

 

 

あと一歩遅ければ、半裸の褐色幼女と着衣乱れた美少女に覆い被される少年という、通報待ったなしの光景を見られていただろう……。

 

 

 

集からしばらく冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

********************

 

 

 

 

既に太陽は昇り、早朝の大島を強く照らし出している。

今はシーズンとはいえ元の住人が少ないせいか、蝉の声以外は他にない。

ここまで15分ほど掛けて歩いて来た集も1、2回自転車や車にすれ違うかどうかだった。

普通の大通りでそれだというのに、集の足はどんどん人気の無い場所へ向かっていく。あっという間に深々と生い茂った木々が集が歩く道路を太陽から覆い隠す。

 

「いててて…」

 

集は激しく痛む両手と側頭部に思わず顔を歪ませる。

 

防弾していたとはいえ、銃弾をしこたま浴びた両手が当然一晩で治る事は無かったが、かなり痛みも引き始めているところだった。

それはいい、しかし側頭部に出来たばかりのコブは自己主張するように執拗に痛みを発している。

 

ルシアには出る前に叱っておいたのだが、ルシアは終始ふくれたままだった。

 

今までは叱っておけばしっかり反省していたはずだったのだが…。

 

(反抗期か…?)

 

集は首をひねるばかりだ。

 

あれこれ考えながら歩いている内に道路の終わりが見えて来た。

そこには集達が降りた場所とは正反対にある港だ。元々はこの場所が観光客などの来賓用として使われていた場所だ。

それが今の場所に変わってから使わなくなった訳ではないが、あまり整理されているとは言えない。

 

「ーーーーっ」

 

自然と身体に緊張が走るのが自分でも分かる。

つい数時間前に命掛けな戦いをしたばかりなのだから、当然と言えば当然だが、それ以上に彼女には特別緊張がある。

 

「ーーあら、思ってたより早いわねシュウ」

 

「おはようございます。レディさん」

 

「だから固いって…。まあいいわ」

 

「というか…どうやって僕の電話番号を知ったんですか?」

 

「パティから聞いたのよ」

 

集はやっぱりかと口の中で呟く。

 

集が来るより前から『デビル メイ クライ』に入り浸っていた少女、出会った時は15歳の大学生だった。

勉強や常識についての知識を教えてくれていたのは彼女だ。

彼女がいなかったら今ごろ集がどうなっていたか、考えるだけで戦慄が走る。

学校で忙しいにもかかわらず、自分の為に時間を割いてくれたことを集は死ぬまで感謝してもしたりない。

 

今でも主にネットメールなどでの交流が続いている。近く会社を回すという話しも聞いている。

なるほど彼女に聞けばすぐに集への連絡方法も手に入るだろう。

 

「それで、なんでこんな場所に呼び出したんですか?」

 

「ーーそうね、私も直ぐ帰らなきゃいけない用事もあるし…さっそく本題に入るわね」

 

「ーーーー」

 

思わず更に身構える。

レディがこういう" 溜め "を作る時、大抵ろくな目合わない。

かなりの確率で無理難題を吹っかけてくるのだ。

 

「シュウ、ーー

 

 

そう、例えば…

 

 

 

 

 

「ーーあなた、魔具を造りなさい」

 

 

 

ちょうど今のように、満面の笑顔で平然と言うのだ。

 

 

 

 

 

 

「………え?………」

 

集は呆然としていた。

ある程度トンデモない事を言われるのが分かっていたが、予想斜め上を行ったおかげで言葉が上手く出ない。

 

「ーー僕が…?」

 

「荷が重い?」

 

「そりゃそうですよ!僕が魔具なんか造れる訳ないじゃないですか」

 

魔具といえば魔界の鉱石で鍛えられた物や、悪魔が姿を変えた物など多岐に渡る。

レディが言っている魔具とはおそらく卓越した技術者が産み出した物、ないし強い想念が宿った結果産まれる呪具の様な、言わば人間が作り出せるチカラのある物の事だろう。

 

極端な話、髪が伸びる呪いの人形から幽霊屋敷の様に霊魂が集う場所もこれに該当するが、いずれにしても魔具と呼ぶには少々チカラが足りない。

 

「………」

 

レディは懐からボロボロに裂かれた布を引っ張り出す。

昨晩ちぎれ飛んだ袖の一部だ。

「これ、あなたが魔力で強化したでしょ?」

 

「あっ、はい…」

 

何日も掛けて魔力による強化を試みたものだ。

出来た時はそれこそ魔具に届くかもしれないと興奮したが、レディにほんの一瞬で引き裂かれてその自惚れは泡のごとく消えた。

 

「ーー自分でやってて気付かなかった?」

 

「え?」

 

レディは集の反応に大きなため息をつく。

 

「シュウ…、あなたハッキリ言って弱いわ。そりゃ人間の基準から見たらそこそこだけど」

 

「魔界基準で見たら…?」

 

「そうね…下級悪魔よりはちょっと強いんじゃない?瞬間的な魔力量なら中級の中層悪魔にも届くかもだけど」

 

「……ずいぶんな評価ですね…」

 

「そう?適当な評価だと思うわよ。だって、あなたのあの姿時間制限あるでしょ。一分から三分そこらだと見てるけど?」

 

「…………」

 

「まっ、本題はここから。シュウ、これに昨日みたいに魔力を通してみて」

 

レディは集にボロボロの袖を投げ渡して言った。

 

「は、はい」

 

集は布の繊維に意識を集中する。

全身の産毛が波立つ様な感覚と共に、集の意思に応じるチカラが腕を伝う。

何時もの日課と同じ感覚だった。最初に比べてスムーズに工程が進む。

 

「出来た?」

 

数分後、繊維の1本1本に魔力が伝わったのを感じると同時に、レディが声を掛ける。

 

「はい…あっ」

 

集が言い終わる前にレディは集の手からボロ布を奪い取ると、空中にそれを放り投げる。

 

バアァン!!

 

「いっ!?」

 

そしてそのまま撃ち抜いた。

ボロ布は空中をたゆたう様に舞い落ちていたが、突然糸で引かれた様に不自然に軌道を変える。命中したのが遠目でも分かった。

 

ボロ布は地面で待っていたレディの手に収まる。

 

「ほら…ね?」

 

レディは集に布の中央に空いた穴を見せる。

 

「…はぁ???」

 

レディの一連の行動の意味分からず、眉を寄せる。

それを見たレディは再び深いため息を吐いた。

 

「ほ ん っ と鈍いわね〜」

 

あのね、とレディが呆れた様に嘆息しながら集の鼻先に銃口を押し当てる。

 

「ーーう!?」

 

「私が、中級悪魔レベルの魔力の壁も破れないような銃弾を撃ってるとでも?」

 

「っ!」

 

「やっと気付いたみたいね。確かに魔力をただ流し込むだけでも強度は大きく上がるでしょうね…だけど、あなたはただでさえ魔力量が少ない。そればかりか、見なさい」

 

レディは布を集の顔に近付ける。

よく見ると赤い霧状の魔力が湯気の様に立ち昇っている。

魔力が固定されず霧散している証拠だ。

 

「あなたは見よう見まねでやってる所為で、魔力の定着させる方法もろくに知らないでしょ?だから、あなたがどれだけ魔力を送り込もうが碌な物は出来ないわ」

 

レディは普通ならねと肩をすくめる。

 

「…………」

 

「だからこそ腑に落ちなかったの。何故シュウがこれ程の強度をこの衣服に付与出来たのかがね……」

 

「つまり…?」

 

「ーー繊維に残留している魔力量と強度が余りにも不釣り合いーー。まとめるとこんなとこね」

 

「それが魔具を造る話とどう繋がって…」

 

「じゃあ聞くけど。あんたこんな雑巾みたいなボロ布に " 銃弾を弾けるような硬度を持たせよう " と思った?」

 

「?」

 

集は確かに服に魔力を通す時、強い硬度を付与させるつもりで魔力を送った。しかし、先程レディが指摘した様に翌朝にはほとんど霧散していた。

 

だからこそ集は何日も魔力を流し続けていた。そして最近になってようやく多く魔力が蓄積されて残るようになったので、それで満足していた。

 

「あっーー」

 

間抜けにも、ようやくレディが言わんとする事まで考えが至る。

レディがこの袖に銃弾を撃ち込んでなんと言った?

 

『このコスチュームも特別ってわけね』

 

そう言った。

これではまるで、集の魔力とは関係無くこの衣装に細工がされているようではないか。

 

もしこの衣装にレディ銃弾が弾ける程の防御力があるのなら、レディが魔力の存在に気付かないわけがない。

悪魔でも人間でも無機物でも魔力が通っているのなら感のいい人間なら感じ取れる。

 

綾瀬も魔力を通した服を見せた時『なんか気持ち悪い気分になる』と、あからさまに遠ざけていたのだ。

レディ程のベテランが見逃すとは思えない。

 

ならレディの銃弾を弾いたのはなんなのか…。

 

 

 

「ーー………そういう事なのか……?」

 

 

あまりにも突拍子もない。

しかし、レディの魔具を造る話にも符号してしまう。

 

 

もし集の魔力が自身の意思に強く作用されるのなら…ーー

 

「今回だけじゃないんじゃない?" 火事場の馬鹿力 "が出たのは」

 

「……」

 

 

「シュウ、あなたの魔力にはあなたの心を写すチカラがある」

 

まるで集の心を読んだかの様に、疑問の答えとなる確信の言葉を集に告げる。

 

しばし、その言葉を受け入れるのに時間を要した。

 

だって、ーーー

 

「……心を……写す……」

 

それじゃあ、まるでーーこの右腕に宿る……。

 

 

 

酔わされている様な気分だった。まるで何者かの手の平で踊らされているかの様だった。あの日、『ヴォイドゲノム』を手にした事すら…偶然では無かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

考えがまとまらず呆然としていると、ボーボーという汽笛が聞こえ、みると遠くから小型のボートが近付いてくるのが見えた。

時間ね、とレディが呟く。

 

「魔力を定着させたかったら、" 流し込む "んじゃなくて" 染み込ませる "イメージでやりなさい」

 

レディはまだ少し混乱している集の肩をポンと叩く。

 

「そう深く考え過ぎないで、取り敢えず試してみなさい。無理なら無理でいいから」

 

でも何もやらないで投げ出したら許さないわよ?とレディは集に耳元で囁いた。

 

「じゃっ、元気でね」

 

「……はい、ありがとうございます。また会える日を楽しみにしています」

 

「ふふ、結構すぐ再会出来ると思うわよ?しばらく日本に居るつもりだし」

 

船に乗り込んだレディがそう言ってウインクすると、クルーザーが港から離れて行く。

 

「…………」

 

考えなければいけない事が出来た。

もしかしたら自分はろくに自分のチカラもろくに把握できていなかったかも知れない。

 

集は船が水平線の彼方まで見送っていた。

 

 

 

 

**************

 

行きと同様に帰りも船が二階建て大きいものおかげで、強い揺れに合うことなく運航が続いている。

柵にもたれ掛かり少し顔を上げれば、大島の島の全景が見える。

 

「………」

 

あそこに行ったおかげで色々なものが変わった。

それが大きいものなのか、小さいものなのかは自分では測れないが。

 

「いのりちゃん」

 

「ん…」

 

後ろからの声に振り向くと、" 友達 "になった祭が立っていた。

ちなみに今朝から呼び方は『いのりさん』から『いのりちゃん』に変わっている。

「ハレ?シュウを探しに行ったんじゃ…」

 

「うーん、居たことは居たんだけど…なにか考え込んでるみたいだからちょっと声を掛けずらくて…」

 

「そう…」

 

それはいのりも少し感じていた。

船に乗る前も乗った後も、いのりや誰かが声を掛けても薄い反応しか返さないので少し疑問には思っていた。

 

しかし、切羽詰まっているというよりはどちらかと言うと、宿題の問題に悩んでいる様な表情に近いのであまり不安には思っていない。

 

「大島たのしかったね」

 

「うん」

 

微笑みを浮かべて海原を眺める祭に、いのりも自然と笑みがこぼれる。

 

いのりは隣にある祭の横顔を見つめる。

 

「………」

 

友達というものに少し不思議な気分になる。

" 仲間 "に少し近いかもしれない。だがまるっきり同じでは無い。

 

どこが違うのだろう…。

 

隣に並んで立つ事に、集の時とは違う高揚と愛おしさすらあった。

 

「?」

 

ふと祭の様子がおかしい事に気付いた。

 

さっきまで景色を楽しんでいたはずだが、今はうつむいて何やらボソボソ呟いている。

 

「…ハレ?」

 

「ーーいのりちゃん…」

 

髪の間から祭の顔を覗き込もうとした時、ゆっくり顔を上げていのりを見つめる。

 

「いのりちゃんに…言わなきゃいけないことがあるの…」

 

「う、うん…」

 

今までの祭の印象とは、あまりにかけ離れていた。

有無を言わさない気迫に満ちている。

 

 

「…わたし…わたし …わたしね…、しゅ 、集…が……」

 

 

なんども言葉につまりそうになりながらーー

 

 

 

「…集のことが好きなの……」

 

 

 

少女は告白した。

 

いのりしばし呆気に取られて、祭の顔を凝視していた。

 

「……え?」

 

「一目惚れだったの。中学の頃からずっと好きだった…です」

 

祭は大きく息を吸い込む。

「だから、例え友達でもーー」

 

 

祭は目をギュッと閉じ、力一杯叫んだ。

 

 

 

 

「いのりちゃんに負けたく無い!!」

 

 

 

 

波をかき消すのではないかという叫びだった。

 

「ハレ…」

 

いのりは祭を見つめる。

胸が張り裂けそうな程脈打つ。少し痛い。祭が強くぶつける想いはいのりに決して浅くない跡を残していく。

 

「…………っ」

 

自分でさえこれなのだ。

きっと祭はもっと強い痛みを感じているのかもしれない。なにしろこの想いを何年も胸の内に秘めていたのだから。

 

「わたしも…ハレには負けない」

 

「……っ!」

 

「わたしもシュウが好き……。この前まで、この痛みがなんだったのか分からなかったけど…、僅かな時間でもシュウと一緒に居たいってそれしか考えられない」

 

顔を上げた祭の顔には涙の跡が見える。

 

ほんの少し胸がまた痛む。それでも、例え彼女が自分よりも強い想いがあっても彼の隣を歩むのは自分でありたい。

言ってしまえば、いのりの中にあるのはそんな…あさましいとすら言える願いだけだ。

 

 

「やっぱり…そうだと思った」

 

「うん…」

 

「……あーあー、昨日やっと友達になったのに、もうライバル同士か〜」

 

祭は目元を拭うと、グ〜ッとのびをした。

 

「いやだった…?」

 

「ううん。そんなことないよ」

 

ふふ、と祭は優しく笑う。

 

「…いのりちゃんは凄いなぁ…」

 

「え?」

 

「綺麗だし、可愛いし、勉強も運動も出来るし、歌も歌えるし、有名人だし、それなのにそれを全然自慢しないで、嫌味もないし…。いのりちゃんは私にとっての憧れだよ」

 

「…そんな…わたしは…」

 

自分がそんな風に思われているとは考えてもみなかった。

いつだってただ自分のやりたい様に、感じたままにやって来ただけだ。

 

「だけど、ちょっとあわてん坊さん」

 

「…?」

 

「笑ったり、落ち込んだり、年下の子と遊んだり、無表情って思ったらいっぱい色んな顔を持ってたり。あっ、あと風邪も引いたり」

 

「あう…」

 

今度はいのりが顔を赤く染めてうつむいた。

 

「ーーそれから、ーー 」

 

 

 

「 ーー同じ人を好きになったり…ーー 」

 

 

 

 

 

「ーーー同じ人を……」

 

祭の言葉がいのりの胸にすうっと澄み渡る。

 

「大島に来て初めて気付いた。いのりちゃんは普通の女の子なんだって…」

 

「……ハレ……」

 

「いのりちゃんがどこにでもいる普通の女の子…だから、私はおどおどしたり遠慮とかしてあげない」

 

「え?」

 

祭の手が差し出される。

いのりは祭の顔と手を交互に見る。

 

「………」

 

祭は真っ直ぐいのりを見つめ待っている。

小さく笑う。

 

「……うん、わたしもシュウを譲る気も" 友達 "をやめる気はないわ」

 

そう言っていのりは祭の手を両手で包む様に握った。

 

「うん!だから今から私達はライバルで友達…。それで良い?」

 

「…文句ない」

 

二人は手を繋ぎ、笑い合う。

 

 

 

 

 

 

そこからしばらくの間、二人の語らいは続く。どの様な会話が交わされたかは、本人達しか知り得ない。

 

特に…、一人の少年には決して明かされないであろう。

 

 

 

 

******************

 

 

大きな部屋だ。

 

その場所だけ世界から切り離されたかの様に、陰鬱とした暗闇に包まれ、しっかりとした造りの部屋の壁や天井を血管の様に大小様々な大きさのコードが走り回っている。

 

いくつもの異形のものが試験管の様な巨大なケースで、正体の分からない液体の中で浮かんでいる。

それが昆虫の卵のように大量にあるせいで、その部屋が何かの巣のようだ。

 

その部屋に茎道は足を踏み入れた。

 

「…………」

 

茎道は憮然とした表情のまま、その部屋を見渡す。

部屋にひしめき合う卵達に明確に不快な表情を浮かべた。

 

「おや、シュウイチロウ殿…。何か用ですかな?」

 

闇の中からアリウスが歩み寄る。

 

「随分と変わった趣味をお持ちですな…」

 

「そういえばシュウイチロウ殿にお見せするのは初めてでしたなぁ」

不潔な物を見る様な茎道に対し、アリウスは気にした様子もなく愉快げに笑う。

 

「して、どの様なご用件で?」

 

「分かっているはずだ…。アリウス殿」

 

「手を触れるな!!」

 

茎道が一つの試験管に手を触れた時、部屋の奥から低い男の怒鳴り声が響いた。

 

「ここにある物はお前の命の百倍かかかかか価値のある物だ!!」

 

杖をつき、眼帯を付けた大柄の男が激怒に身を震わせながら大きな足音を立てて歩み寄って来る。

 

「アリウス、この男は誰だ!!今すぐ私の研究所からつつつつつ摘み出せ!!」

 

「アグナス殿…。彼がこの場所を提供して下さった茎道殿だ」

 

それを聞いた途端、男から怒りの表情が急激に薄れて行く。

 

「あーぁ…これは失礼を…」

 

男の口調は人が変わった様に穏やかなものになる。

そして芝居がかった大袈裟な仕草で深々と頭を下げた。

 

「申し遅れました私の名前はアグナス。この研究所を指揮するアリウス殿の補佐でございます」

 

「私は茎道修一郎。特殊ウイルス災害対策局長を務めている」

 

「ええ存じております。先程の暴言は全て撤回いたします。私の悲願の達成の芽が出たのも、あなたのお陰です」

 

重ね重ね感謝をと、アグナスは更に深く頭を下げる。

 

「悲願ですと?」

 

「ええ、憎っくきスパーダの息子に復讐する機会をです…」

 

僅かに上がるアグナスの表情は、歯を音が聞こえる程強く噛み締め先程より深い憤怒と憎しみに満ちていた。

アグナスは杖を持つ手を強く握りしめる。

 

「我が足とかかかかか片目を奪うだけに飽き足らず!!教皇様の命すら奪って行ったあのああああ悪魔を!!あの男を私は殺す為に七年もの歳月を重ねて来た!!」

 

アグナスは唾を撒き散らし、天に怒りの咆哮を上げる。

 

「 ややや奴は私から教皇を教皇をここここ殺殺殺おおお ーーー!!!」

 

「……アグナス殿の想いはよく分かった」

 

アグナスはハッと我に返り、顔に理性が戻る。

 

「これはこれはまたお見苦し所を…。申し訳ありません」

 

「こちらこそ邪魔をして悪かった。仕事を続けてくれ」

 

アグナスは再び深々と頭を下げると、暗闇に消えて行った。

 

「………これが理由かね?」

 

アグナスが見えなくなると、茎道はアリウスに向き直る。

「と、言いますと?」

 

「桜満集の師を呼び寄せている事だ…。君が挑発めいた真似をしているようだが、彼の復讐の手助けをしているのかね?」

 

「まさか、ただの利害の一致ですよ。私の目的を叶える為にも彼らの力は必要なものですからね」

 

「……我々としては、" 黙示録 "の邪魔に入る可能性は極力避けたいのだがね…」

 

「あなた方の邪魔はしませんよ」

 

「…………そうか、それを聞いて安心した」

 

茎道はそう言うとアリウスから背を向け、部屋の扉に向けて歩き出す。

 

 

「それにあなた方にも必要になるはずですよ。ーー彼らの力は……」

 

 

 

扉が閉まる直前、アリウスの呟きが茎道の後を追った。

 

 

 

 

 

「不満そうですねシュウイチロウ」

 

声のする方を見ると金髪の少年が重力に囚われず、空中に足を組んでいた。

彼の手の平にも赤いリンゴが宙に浮いていた。

「君はなんとも思わないのかね?神聖な世界再生の儀式を悪魔などという輩に穢されるのを…」

 

「魔界や魔剣士が関わって来ることは予想出来ました。その為に彼らと契約を結んだのですから。…それにーー」

 

ユウは宇宙空間に居る様な重力感のない動きで、空中を泳ぐ様に茎道の背後にゆっくり降り立つ。

 

「もし魔界や魔剣士が深く干渉するのなら……」

 

ユウの持つリンゴが突然暴れる様に膨れ上がり、糸がほどけるように形を失う。

その糸は再びユウの手の平に集まり、薔薇の様な形の青と紫の結晶で出来た様な花にその姿を変える。

 

 

 

「ーー呑み込んでしまえばいいのですーー」

 

 

 

手の平の花を握り潰す。

パキンッっと小さくガラスが割れる音が響き、花は粉々に砕け散る。

 

「……………」

 

「ーーーシュウイチロウ、その日は近いです」

 

「分かっている」

 

ユウが地を蹴るとまた重力に逆らうように空中へ浮き上がる。一切の減速も無く、一瞬で天井に辿り着く。

 

足音無くユウの足は部屋の中央の天井に" 着地する " 。

 

「ーー我らの『イブ』に…賛美歌をーー」

 

 

 

ユウは部屋の中央で眠る聖母を" 見上げる "。

聖母は膝を抱え、胎児の様に眠り続けている。

 

「………」

 

茎道も聖母を見上げる。

聖母の前には彼女を見守る様に『 はじまりの石 』が鎮座している。

 

彼女の" 鍵 "は後一つ。

 

 

 

目覚めは目前に迫っている。

 

 

 

 




アグナスのキャラは某ペテ公を参考にしました。


なんかすごくしっくり来た

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