ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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水木しげるさんが死去されたと聞き、すごくショックでした。

ご冥福をお祈りします。

鬼太郎は私の子供時代の一部でした。

きっと水木先生は妖怪横丁へご引っ越しされたの思ったら、少しは気が楽になりました。


#29陽下〜summer of intertwin〜

「ーーって…、夢みたいな話だよね?」

 

自分の少年時代をほんの少し打ち明けた集は、少し照れ臭そうに頭をかく。

確かに、大半の人間が聞けばおとぎ話としてしか聞かれないだろう。

 

何しろ魔界だの悪魔だの、大人が子供を躾けるために使うようなものばかりなのだ。それを真面目な顔で話す者が居れば、へたすれば病院送りだ。

 

「確かに馬鹿げた話ではあるな…」

 

「………」

 

「だが、これで少しお前の謎が解けた」

 

集が涯の方に振り向く。

 

「なぜお前があの化け物の事を知っているのか、異常な状況に陥っても対応する冷静さも。成る程な、ずっと前から戦っていたのならそれも納得出来る…」

 

「………信じるの?こんな嘘みたいな話を…」

 

「嘘なのか?」

 

涯は意地の悪い笑みで集を見ると、集は左右に首を振る。

 

「そう鳩が豆鉄砲くらったような顔をするな」

 

「…いやだって、ーー」

 

「お前は俺を信じると言ったんだ。なら、俺がお前を信じてなにか不都合があるのか?」

 

「………」

 

「ほら行くぞ」

 

つまらない話だと言わんばかりに、涯はきびすを返し歩き出し、集もそれに続き、二人は墓地を後にした。

 

 

ーーーーー

 

(悪魔か……)

 

数分前の集との会話を思い出しながら、涯は森の中を歩いていた。

 

例の化け物達の正体が本当に悪魔か、それは大した問題ではない。

問題なのはその化け物達が、今自分達の敵だという点。集の話によれば、化け物達は遥か昔から存在し、同時にそれと戦う者達も存在している。

 

ならば、ま逆の者達も存在するはずだ。

 

つまり化け物と敵対し戦うのではなく、化け物達を利用しようと、あわよくばその力を支配しようとする者達も同時に存在するはずだ。

 

もし、そうした連中が白服やダアトに協力しているのだとすれば……。

 

(敵の戦力は未知数…、下手をすれば異世界そのものが敵というわけか…)

 

どのように好意的に考えても絶望的な状況。

それでも涯の口端は笑っていた。

 

不安は無い。どのようになっても切り抜けられるという不思議な安心感と確信があった。

根拠は無いにもかかわらず、そう思える理由が涯には分かっている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

観光客や現地の人々で賑わう浜辺で、集は懐かしい人物と再会した。深く尊敬している人物と再会した集は今ーーー

 

 

「しゅ…集…、どうしたの…?」

 

「いいいいいや。ななんでもないよ?」

 

とてつもない恐怖を感じていた。

出来るだけいつもの調子で居ようと、心に決めていたにもかかわらず、身体は間も無く訪れる未来に慄いている。

 

「だけど顔色悪いし、震えてるよ?具合悪いの?」

 

「いや、具合は悪くないよ?ただ…えっ……と…さっき、車とぶつかりそうになってさ」

 

「え!!?大丈夫、怪我はないの!?」

 

「う、…うん」

 

祭が思ったより喰いついて来たので、当の集は触れそうな距離まで近付いて来た祭の顔にタジタジになる。

 

「いや〜仲良しなお二人さんを見てると嫉妬しちゃいますよ〜」

 

カメラで海辺を撮っていた颯太は、集と祭の方へカメラを向ける。

 

「あっ…ご ごめん!!」

 

「い いや、いいよ」

 

祭は、自分が集の顔に唇が触れそうになる程接近していることに気付き、真っ赤になりながら集から距離を離す。

 

「そういえば、いのりやルシアは?」

 

集は二人の姿を探して辺りを見回すが、見知った影は見当たらない。

 

加えて言えば、花音の姿もない。

 

「なに言ってんだよ。さっき着替えに行くって言って、更衣室に行ってたろ?」

 

「え?」

 

言われてみればそんな話を聞いたような気がするが、心ここにあらずだった集はほとんど聞き流していたのだろう。

 

「私が最後に見た時は楪さんと花音ちゃんがルシアちゃんに水着を着せようとしてたよ?」

 

祭は二人を手伝おうとしたのだが、花音に送り出されたのだと言う。

 

「" 遅くなる "って伝えてほしいって」

 

そんなに時間がかかることなのか?と集は首を捻っていると

「お待たせ〜」

 

花音の声が聞こえてきた。

 

「あっ、花音ちゃん」

 

「いや〜ごめんね?ルシアちゃんが蟹が気になっちゃたみたいで…」

 

「…………」

 

祭と花音が話す側で、集はその後ろからやってくるいのりに目を奪われていた。

 

「お待たせシュウ」

 

いのりは赤と桃色のラインが入ったビキニで、スカートのようなフリルが腰からかかる。

 

「……うん。ああ、その……」

 

白い肌によく映える水着だった。

 

「?」

 

「いや、な なんでもない」

 

顔が熱くなるのを感じる。

今、必要以上に声を出したら、とんでもないことを口走りそうだと思った。

 

「祭、なんでまだそれ着てるの?」

 

「え?」

 

花音は祭が水着の上に着た上着を見ながら言う。

 

「だ だって」

 

「自信持ちなって、祭だってスタイルは楪さんに負けてないから!」

 

花音がほらっと集といのりを指し示す。

 

集は水着姿のいのりの前に顔を赤く染め、照れ臭そうに笑っていた。

 

「ただでさえ桜満くんは楪さんに気が向いてるんだから、祭もガンガン行かないと。それに前に言ってたよね?" 遠慮はしない "って」

 

「うっ……」

 

祭はギュッと胸元でコブシを握り締め、早打つ鼓動を鎮める。

 

 

 

「集!」

 

「わ!」

 

縁の部分に沿って、黒いラインの入ったビキニ姿の祭が集の腕に飛び付いた。

祭が腕に力を込めれば込めるほど、集の肘にそのふくよかな胸が当たる。

 

「いいい!?ハ ハレ!?む 胸がーー!!」

 

「っ!ーーお 泳ごう!」

 

「あ、私もいく!」

 

いのりの後ろで蟹に鼻を挟まれていたルシアも二人のあとに続いて海へ飛び込む。

 

「ねえ集、沖の方へ行ってみようよ!」

 

「う うん。あれ?」

 

祭に引っ張られる形で海へ入っていった集は、ふと後ろを振り返る。

 

「ルシアは?」

 

「え?」

 

後ろからついて来ていたはずのルシアの姿がない。

 

「ーーー!!」

 

集はまさかと思い、海中に顔をつける。

そこではルシアが腹を海底に付け、サメにでも遭遇したかの様にバタバタと手足を動かしていた。

 

「ルシアが溺れてる!!」

 

「えぇーーーー!!」

 

ーーーーーーーーー

 

 

「ルシアちゃん、大丈夫?」

 

「ーーっーー」

 

ルシアはゼーゼーと肩で息を切らしながら、頷く。

 

ルシアが溺れていることに気付いた集は、祭と後から来たいのりと協力して海面に引き上げると、浜辺まで戻った。

 

(でも意外だな、ルシアは泳げなかったのか……)

 

ゲホゲホと咳き込みルシアの背中をさすりながら、集は思った。

ルシアは素の状態で半魔人の状態の集とほぼ同等の身体能力を持っている。

だから集もそれを前提に置いてしまっていた。

 

しかしよく考えてみれば、ルシアは普段近くの海浜公園から海を見てはいるが、風呂以上の大きな水に入るのは初めてだった。

いや、集達と出会う前にあるのかもしれないが、確かめようがないし、どちらにせよ彼女が泳げない事実に変わりはない。

 

「ごめん、プールにくらい連れて行ければ良かったんだけど…」

 

配慮が足らなかったと集は謝る。

 

「そうだねルシアちゃん、今日はあまり沖には行かないで浜辺だけで遊びーー」

「ーー教えて…」

 

「ん?」

 

「わたしに泳ぎ方を教えて……ください…?」」

 

「え、だけど……」

 

「……?、…しゅう」

 

「なに?」

 

「人になにかお願いする時は" けいご "で、良かったんだよね?」

 

なにか間違えたかな?と言いたげにルシアは集に首を傾げる。

 

「…………」

 

その時集は気付いた。ルシアは祭が口籠ったのは、自分が言葉の使い方を間違えたからだと思っているのだ。

 

「ふふ、うんそれで合ってるよ。分かった、泳ぎ方の練習しよう」

 

集はそんなルシアを微笑ましく思い、彼女の希望をのむことにした。

 

「待って集。溺れたばかりなんだから今日は休ませた方が…」

 

「だいじょうぶ!…です!」

 

「あまり沖には行かないようにするし、もし危ないと思ったら無理にでも止めさせるから」

 

「……うーん」

 

「いいんじゃない、魂館くんならあれだけど…桜満くんなら大丈夫じゃない?」

 

と花音。

 

「あれって何?」

 

そして颯太の声を全員さらりと無視した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そう、お腹の力は抜いて…、息継ぎする時はちゃんと水から顔を出してね」

 

「ぱぁーー、はい」

 

祭がルシアの両手を引きながら、浅瀬を歩く。

ルシアは祭の指示に従い、祭に引かれる方で海上を進む。

 

「ありがとうハレ。偉そうなこと言ったのに…結局祭に頼ることになっちゃったね」

 

「ううん、いいの。ルシアちゃん覚えるの早くて教えるの楽しいから…」

 

あの後、集はルシアに泳ぎ方を教えようとしたのだが、集には人にものを教えるノウハウが(あんな師匠しかいなかったために)ほぼなかった。

さらに泳ぎに関して言えば、集は十年前から普通に泳げていたために、どう教えればいいのか分からなかったのだ。(同じ理由でいのりも除外)

そんなわけで、何度かボランティアで幼稚園に幼児達の面倒をいる経験を持った祭に白羽の矢が当たった。

 

 

祭の言葉通りルシアの吞み込みはかなり早く、瞬く間に上達していっている。

 

「保護者二人して頼りにならないわね〜」

 

「あははは…」

 

花音の毒舌に集と祭は苦笑いする。

 

「それじゃあ、ルシア。ちょっと手を離してみる?」

 

「!?」

 

「ちょっと集、怖がらせないでよ」

 

「はははっ、冗談だよ」

 

 

「たくっ、ミッション中だってのに浮かれやがって。あんなんでいいのか?」

 

アルゴが集達を見ながら悪態を吐く。

 

「あなたも混ざってもいいのですよ?」

 

「気合い入ってますんで」

 

アルゴと四分儀に大雲が海の家で昼食を取っていた。

当然だが三人とも薄着でアルゴもめったに着る機会のないアロハシャツだ。

 

「しかしこんな島に一体何があるってんだ?」

 

「それは涯のみぞ知るところです」

 

「なんにせよ、ここまでは順調です。問題は施設のセキュリティですが、そちらは綾瀬とツグミが調査中です」

 

「ずいぶんと辛気臭い面した観光客がいたものね」

 

突然聞こえた女性の声に、三人は一斉に振り返る。

そこにはオッドアイの瞳に、半袖の黒いジャケットと白いシャツに、短パン姿の肩までの黒髪を持った女性が立っていた。

 

「まっ、私も仕事としてじゃなくてバカンスで来たかったけどね」

 

「はぁ?」

 

「………」

 

「あなたは?」

 

(周囲への警戒は緩めていない…、この女性はどこから…気配を全く感じなかった)

 

それはアルゴも大雲も同じだったらしく、二人共突然現れたこの奇妙な女性に警戒していた。

 

「あら、そんなに警戒しないで?本当なら私が取るべき反応なのに…」

 

「どういう意味だよ」

 

アルゴが威圧感を込めて女性を睨む。

 

「だってあなた達、ずっとあの子達の方ばかりを見てたでしょう?」

 

そう言って女性は集達の方を指差す。

 

「もし強盗か何かだったら…、

 

 

ーー先に火の芽は潰しておこうと思ったのよーー 」

 

 

「!!」

 

アルゴは喉から胸元まで氷水を流し込まれたような悪寒に襲われた。その感覚は、集が悪魔と呼ぶ化け物と対峙した時に似ていたが、違うものだと思ってしまいそうな程、遥かに大きなものだった。

 

「なーんて、冗談よ。本当に通報されると思った?」

 

「なっ」

 

女性のおどけた言い方で、アルゴはズボンの隠しナイフに伸びていた手をなんとか止めることが出来た。

 

「あはは、本当に顔色変わるんだもの。そんなんじゃあ、本当に疑われるわよ?」

 

女性は笑いながらそう言うと、きびすを返した。

 

「じゃあね。ちょっと面白かったわ、お兄さん達」

 

また会いましょうと言い残し、女性は去っていく。

 

 

「な…なんなんだあの女……」

 

「私は長いこと戦場に居ましたが……じ、地雷原の上を歩いた時と似たような悪寒が走りました…」

 

再び三人になった空間は、しばし止まっていた時間が動き出す。

 

アルゴと大雲は口々に今さっき体験したものを、言葉に変えようとしながら冷や汗を拭う。

 

(……?" あの子 "達……?)

 

四分儀は唯一、女性の言葉に僅かな違和感を覚えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

結局、ルシアは二時間程でほぼ泳ぎをマスターしてしまった。

それこそ颯太に「演技だったんじゃね?」と言われるレベルで、最終的には水泳大会に発展するほどだった。

 

「はぁ……泳ぐのってこんなに疲れたっけ…?」

 

久しぶりに水をかく疲れを味わった集は、浜辺に座り込む。

 

「シュウのふるさとって…きれいね…」

 

「気に入った?いのり…」

 

「うん…。やすらかな海は初めて……」

 

「そっか」

 

いのりは集の横に腰を下ろす。

 

「それにしても……結局、ルシアのことはハレに任せっきりになっちゃったな……。我ながら情けない…」

 

「……………」

 

「本当に僕は日本に帰って来てから、祭に頼りっきりだなぁ……」

 

「シュウにとって……校状祭はどういう存在なの…?」

 

「ん?なんか前にも似たような質問された気がするけど……」

 

「…………そう…かも…」

 

「そうだな……改めて考えると、ハレとは母さんの次に付き合いが長いんだ…」

 

彼女は、春夏と同じように、当たり前の人間とはなにかという事を知るきっかけとなる人物だった。

 

集に戦いの無い平和な日常とはなにかを教えたのは、春夏と祭だと言っても過言でない。

 

「記憶の無い僕にとって…、産まれてからそこには至るまでの生活を想像させる……。なつかしさすら感じさせるような…子……なのかもしれない……」

 

「なつかしい……?」

 

「ごめん。言ってて僕もよく分からなくなって来たよ…」

 

「シュウ、なつかしいって何……?」

 

「よくわからないけど…。昔を思い出す…ってことじゃないかな…」

 

「そう…」

 

 

それっきり話は途切れ、二人は昼食に呼ばれるまでそれぞれ考えにふけりながら海を眺めていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どお?ルシアちゃん、痛くない?」

 

「ん、気持ちいい…です」

 

祭はルシアの頭をシャンプーで優しく擦る。

 

「すっかり懐かれてるじゃない祭。これは将来いいママになるわね」

 

「も もう花音ちゃんったら」

 

「桜満くんったら、こんなにいい子がずっと近くにいたのにね。中学生から一緒だったんでしょ?実はオカマとかじゃないかしら…」

 

その横で身体を洗う花音は、本人がいないことをいいことに言いたい放題だ。

 

「わ 私のことより、花音ちゃん。寒川くんとはどうなってるの?」

 

「な なんであいつの事が出てくるのよ!知らない、ずっと連絡もないんだから…」

 

「そっか、まだ連絡ないんだ…」

 

祭はうつらうつらと船を漕ぎ出したルシアに、優しくお湯をかける。

 

(中学から一緒か……)

 

頭の中に集と同じ家に暮らす少女のことを思い浮かべる。

すると当の本人が風呂場の扉を開ける。

 

(わぁ…楪さん、きれいすぎるよぉ)

 

「うわー、いのりちゃん肌きれーい!しろーい!触ってもいい?」

 

「え…あの…」

 

「すごーい、すべすべ!じゃあここは?」

 

「うあ…そこは…だめ…」

 

花音はまるで彫刻のように白いいのりの肌に指を這わせる。その度に、いのりは切なげな声を漏らす。

 

「あはは、ごめん ごめん」

 

いのりは 「むー 」と剥れ、花音に抗議の視線を送る。

 

 

「はぁー気持ちいいー」

 

「…………」

 

「………(寝)」

 

(…集は……楪さんのことどう思ってるんだろ…。……ううん楪さんはどう思ってるんだろ…集のこと……)

 

四人は湯船につかる。

祭はリラックスどころではなく、いのりを見ながらモンモンと悩む。今自分の中にある疑問を尋ねたい。そんな欲求が湧き上がる。

 

 

「ルシア。お風呂で寝ちゃダメ」

 

「ん」

 

いのりがルシアを揺り起こす。

 

「シュウが、" 風呂場で寝ると風邪を引くよ "って言って。この前怒られた(春夏が)」

 

「え!?」

 

「な なんで桜満くんが楪さんの入浴の様子を知ってるの!?」

 

祭と花音が身を乗り出す。

 

「…え…?」

 

(ま…まさか…集、楪さんとーー!?)

 

湯船の熱気のせいか、祭がさっきまで考えていた事のせいか、考え方がどんどん良くない方向へ向かっていく。

 

「…………あっ、ち…違う!シュウがハルカにそう言ってたの!」

 

自分の言葉がどのような解釈をされたか気付いたいのりが、慌てて訂正する。

 

「は…春夏さんに?」

 

「はるかって…桜満くんのお母さんだっけ?」

 

興奮気味だった浴室はようやく落ち着き、いのりはホッと息をついた。

 

「いのり、顔あかいよ?」

 

「!」

 

気を抜いたところでのルシアの追撃にいのりは気の毒なほど真っ赤になる。

 

「だ 大丈夫だよ楪さん!!その、全然変な意味で取ったりしてないから!!」

 

(祭が墓穴掘ってる……)

 

 

 

「……いのり……でいい…」

 

「え?」

 

「呼び方…、いのりで…いいよ…」

 

いのりからの突然の申し出に、祭と花音は目を丸くする。

 

「私も…あなたのことはハレって呼ぶから……」

 

「は はい、分かりました。い いのりさん」

 

「あっ私もいい?いのりちゃんって呼んでも」

 

便乗するように言う花音に、いのりはうなづきで返した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

集と颯太は一足先に風呂を上がり、和室で羽休めをしていた。

 

(さてどう誘うか…)

 

集は背を向け、端末を見ている颯太を見て考える。

端末のpvには、SMチックに拘束された状態で歌ういのりが映されている。

 

やはり何度考えても、涯と話した時に出たいのりを使う作戦以上にいい方法が全く思い浮かばない。

 

(気が進まないなぁ……)

 

「なあ、集……」

 

「!」

 

集が思い悩んでいると、颯太から声を掛けられた。

気のせいか、颯太の声は今までの彼からでは想像出来ないほど張り詰めている気がした。

 

「いのりちゃんとは本当に何もないわけ?」

 

「…………」

「答えろよ」

 

「?…ないよ。なにも……」

 

「何でもないなら……。俺、いのりちゃんに告白するから」

 

「!!」

 

集は思わず立ち上がる。

 

「いいだろ?ーー何でもないならさ……」

 

「それはーー!!」

 

(……待て!!これはチャンスかもしれない……)

 

集には涯ほど口が上手くも、人の気持ちを読み取ることも、ましてや策を考えることも出来ない。

そんな時に目的への最短の手段が目の前に転がって来たのだ。これを逃せば作戦を実行に移せないかもしれない。

 

(だけど…いいのか?颯太の気持ちを…もてあそぶようなマネをーー)

 

 

 

「じゃあ…、告白…行く?」

集は颯太の肩に手を置いた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「いのり、ちょっといい?」

 

箱庭の縁側を歩くいのりを見つけ、集は声をかける。

 

「?」

 

振り返ったいのりからの、僅かな風に乗って漂うシャンプーの香りに、集はしばし掛ける言葉を忘れた。

 

いのりが着ているのは、旅館などに置いてある質素な浴衣だが、その飾らない服装も僅かに濡れた髪も、さらに彼女の魅力を引き立てる。

 

「あっ、ごめんルシアは先に部屋に行ってて。いのりに話があるから…」

 

「…………」

 

集がそう言うと、仲間はずれにされたと思ったのか、ルシアは不満そうに頬を膨らませるが、素直に従って部屋へ歩いて行く。

 

「なに…?」

 

「その…これから一人で来て欲しい所があるんだ」

 

「ーー来て欲しい所…?」

 

「丘の上の展望台で、

 

 

ーーーいのりに気持ちを告白しようと思ってる…ーーー」

 

 

スーといのりが息を吸う。

呼吸もどこか熱がこもり。湯冷めて引いてきた顔の朱色も、また頬と耳を覆っていく。

 

いのりの両手がグッと抱えたタオルにこもる。

 

「え?あっ…、シュ…シュウ……こ…告白って?」

 

「そこで気持ちを告白しようって、ずっと前から決めてたんだ。その展望台で告白しようってーーー」

 

いのりはタオルを抱えたまま、ギュッと両目をつぶる。

 

「そ…そんな、私…まだ心の準備がーー」

 

耳と頰まであった朱色が、ついには顔全体を覆い、腕までにリンゴのように染まり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ーー颯太が…ーー 」

 

 

 

「……………………………………………え?」

 

いのりが顔を上げ、ポカンと集の顔を見上げる。

 

「あいつはりきちゃって、気合い入れ直すって言って洗面所にこもっちゃったんだけど、すぐ行くからいのりは先に行ってて」

 

「……どこに?」

 

「?だから展望台に…」

 

「えっ…?」

 

「え?」

 

「…………」

 

「…………」

 

明らかに場を包んでいた熱が冷めていく。

 

「魂館颯太が…?」

 

「そう、気持ちを告白しようって…ずっと前から決めてたらしいよ。その展望台から指定のポイントも近いし、任務としても都合がいいかなって……」

 

「任務……そう任務………」

 

「どうしたの?さっきからちょっとおかしいよ」

 

ダムンッという鈍い音と共に、いのりは集の足を思い切り踏み付けた。

 

「いっーー!!」

 

「……また後で……」

 

飛び上がり、のたうち回る集を尻目にいのりは廊下を去っていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

いのりは歩いている内に、自分の気持ちが怒りからどんどん沈んだ気持ちになっていくのを感じた。

 

そうやって冷静になってから思った。

 

集は悪いことは何もしていない。自分のやるべきことをしっかり果たしただけだ。

 

それなのに何故自分はあんなことをしてしまったのか。

 

あんな行動は、自分の思い通りにならなかったことに対する八つ当りでしかない。

集が自分の気持ち受け入れてくれる、分かってくれると、ある種すがりにも似た身勝手な気持ちをぶつけただけだ。

 

「…………っ」

 

そうだ、どこに保証がある。

 

例え集が自分の気持ちを知ったとして、こんな身勝手な自分を受け入れてくれるなどと…。

 

 

 

(シュウは…、ハレみたいな人と一緒になるのが一番幸せなのかな……?)

 

 

いのりは一人、廊下で小さく息をはいた。

 

 

 




みんな〜ゆるしたげてよォ〜
片想いだと思ってるの、一方通行だと思ってるの、向こうにこちらへの気は全く無いと思ってるんだよォ〜

あははーー…


…………集さん…………、





もげろ。





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