ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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生爪剥げた。




痛い……


#25人形~marionette~

まぶたの裏で何度も瞬く光点が見えた。

呆然と睡眠から覚めた頭で、まぶたを閉じたままその光に注目する。

すると光は水に垂らしたインクの様に広がると、ノイズの掛かった陽炎のようにゆらゆらと揺らめくようになる。

 

なんとも言えない程、不気味な光景だった。

徐々に視界を覆うノイズは、まるでブラウン管越しに見る地獄の入り口だ。

いのりはそこに落ちる恐怖よりも、そこから何かが飛び出して来そうな恐怖にかられた。

 

 

「ーーーっ」

 

急に勢いよく上半身を起こしたせいで、頭が殴られた様に痛くなる。

しかしいのりはそんなこと一切気にならなかった。

自分が見た夢がただの夢ではないような気がしてならない。

 

「……シュウ…っ」

 

根拠もなく、しかし確かな確信があった。

 

ーーー集に危険が迫っている。ーーー

 

いのりがベッドから立ち上がろうとした時、部屋のドアが音もなく開かれた。

 

「?」

 

一瞬看病しに来た三人の内の誰かだと思ったが、もし彼女達だったらノックか声は掛けるはずだ。

「………いのり…」

 

「………ルシア!?」

 

部屋に入ったルシアはしばらく黙っていのりを見ると、静かにいのりに歩み寄る。

 

「ーーっ!!」

 

いのりは素早く周囲を見渡し武器になるものを探した。

彼女がその気になれば、今の弱っている自分を殺すことなどわけない。

 

 

「いのり……、しゅうが危ない…」

 

「……えっ?」

 

その時、いのりはルシアの言葉で動きが止まった。

 

ルシアは集を襲撃した時からは想像出来ない力強い目で、いのりの顔見つめた。

 

「わたしは、しゅうを助けたい」

 

(この子は、本当にあの時の子と同じ人間なの……?)

 

いのりは戸惑っていた。

ルシアが嘘をついているようには見えない。

 

「どうして…、それを私に言うの?」

 

「……いのり なら、ルシアの気持ち分かると思ったから」

 

「………………」

 

ルシアが敵になるまだ可能性はある。

そして、何故か全くルシアを警戒する気がない集を殺すことなど、わけないだろう。

 

だからいのりは、出来るだけルシアから一定の距離を取り、少しでも妙な行動をとるようならーーーー、

 

「いのり…」

 

「…………」

 

いのりの敵意をルシアは鋭く感じ取っていた。

それでも、ルシアはいのりと集を守りたい気持ちを共有したかった。

それで、何かを得られる気がした。

 

 

「ルシアは…助けたい、しゅうを…」

 

大切な何かを……ーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「まったく、桜満君はどこへ行ったのかしら……」

 

亜里沙は男性達との会話を適当なところで切り上げ、集の探索に集中していた。

 

面識はなかったが、彼の母親が研究主任であることは知っていた。

だから、ただ会っただけなら、さほど気にならなかったのだが、集の動転振りに不信感を抱いてしまった。

 

「亜里沙さん、ここにいたのですね」

 

「えっ?」

 

集を探して、辺りを見回していると、数人の男達が亜里沙に声をかけて来た。

「亜里沙さん、私とワルツを踊ってください」

「いえ、僕とお願いします」

 

男達はあくまで紳士的に、しかし目の奥を貪欲に光らせながら亜里沙に手を差し伸べる。

 

「あの…私は……」

 

「さあ、お手を…」

 

「…………」

 

(ただのダンスよ。…それに、覚悟していたはず。私に自由な恋なんて叶わないって。だから慣れなきゃ…知らない男性に触られることなんか……)

 

亜里沙はほんの数秒動かずにいたが、可憐な微笑みを顔面に貼り付けながら、最初に声をかけて来た男に手を伸ばした。

 

その時、その手を横から強引に掴む手があった。

 

「え……?」

 

「なんだ君は!!」

 

「悪いな…、こっちはロックなんでね」

 

亜里沙の手を取った涯が不敵に笑いながら言った。

 

「あ…」

「おい!!」

 

呆然と涯の顔に見惚れる亜里沙の手を引き、涯は人ごみをぬって進んだ。

亜里沙はただ、突然現れた男の荒々しいエスコートにおとなしく従うだけだった。

 

ーーーーーーーー

 

「は、離しなさい!あなたの様な失礼な方は初めてです!!」

 

船上で一番高い場所、展望台まで連れられた亜里沙は声を荒げながら、涯の手を振りほどいた。

 

「失礼、知り合いに似ていたもので…」

 

「お知り合い?」

 

「ええ…キャサリンと言いまして。昔飼っていたアルマジロです」

 

「な…ッ」

 

亜里沙は顔を真っ赤にして涯の頬に平手を打とうとしたが、涯は難なくその手を取り、優しく握り込むと言葉を続けた。

 

「本当に似ていたんですよ…。自分を守ろうと必死に身体を丸める姿が…」

 

「…ッ!!」

 

亜里沙は驚愕した。

学校でも、家でも、どこにいても誰も気付かなかった。

心の内にしまっていた臆病な自分を、目の前の今日会ったばかりの男が一瞬で見破った。

 

その事実に、亜里沙は頭を殴られるような衝撃を受けた。

 

「目をつぶって。これから君に魔法を掛ける…、本当の君になれる魔法だ」

 

「本当の……私…?」

 

「そう、本当の君だ」

 

男の声と瞳は優しく蠱惑的で、まるで人間を堕落へ誘う悪魔の甘い囁きを想像させた。

 

もしそうだとしても、亜里沙には涯が今までと、これからの自分うを救ってくれる救いの主のように見えた。

 

(なれるものなら、なりたい……)

 

家の名を常に背負い、学校でも、パーティーでも、何時でも何処にいても供奉院亜里沙としての仮面と重みと共に生きていく。

そこから解放されて生きて行けるなら、どれだけ素晴らしいことだろうか。

 

(この人なら私を変えてくれる…?ううん…、変えて欲しい…)

 

亜里沙は涯の言葉に従い、目をゆっくり閉じた。

 

「三つ数えたら目を開けて。動かないで」

 

「三…。二…ーー」

 

「……」

 

周りの状況に変化は無い。

身体に吹き付ける海風も、目を閉じる前と変化は無い。

 

「一…。ゼロ…」

 

亜里沙はゆっくりと目を開け、目の前の人物に目を見開いた。

 

「…っ!!桜満君!?」

 

「すみません!!」

 

集はヴォイドエフェクトが浮かび上がったフロアを蹴り付け、右手は光を放ちながら、亜里沙の身体の中に沈み込んだ。

 

「う…ああっ!?」

 

「うおおおお!!」

 

集が差し込んだ右手を引き抜くと、右手に岩石のような形状をしていた物が、どんどんその本来の姿を形作っていく。

 

花のような形状をしている物が、集の手の平に浮いていた。

ただ花というのもあまりに巨大で、人一人乗れそうなものだった。

 

「来るぞ集!」

 

その正体を確かめる間も無く、こちらに一直線に飛び込んでくる赤い物体があった。

 

「っ!!」

 

集はほぼ本能のまま、花の中心にあるビーチボールサイズの球体を鷲掴むと、ミサイルに向けた。

 

すると花弁は、集の意思に従うかのように、球体を離れて船体の前に展開された。

 

「たのむ…」

 

集は祈る気持ちで、船体前で壁になる花弁を見つめた。

 

そしてその瞬間、ミサイルは花弁に衝突し、赤い炎を上げ燃え上がる。しかし、花弁は微動だにしない。傷一つ付かない。

 

「これは…ーー」

 

「弱い自分を纏う、臆病者の" 盾 "……。それが供奉院亜里沙のヴォイドだ」

 

「……盾の…ヴォイド……」

 

後ろで亜里沙を抱える涯が、集の考えを裏付けるように言う。

 

『ドラグーン続けて発射、着弾まで五秒前』

 

涯の携帯から、四分儀がカウントする。

 

「ーーー」

 

「ーーっ!」

 

涯の無言の指揮に、集は力強く前方の上空を見据える。

 

上空には二十はあるであろう、何発ものミサイルが降り注ぐ。

 

「集!そのヴォイドは使う者の意思で自由に操れる!大きさもコントロール出来る!」

 

「分かった…」

 

集は静かに答えると、迫るミサイル群に集中する。

 

(そういえば、ダンテにも似たような鍛練やらされたっけ…)

 

その意識の外で過去の記憶を思い起こした。

 

 

鍛練の内容は、ダンテが投げる石を剣の代わりの棒で全て撃ち落とすという単純なものだった。

 

(ほとんど全部打ち落とせた事無かったな…)

 

そんなことを考えている間に、集は既に4基のミサイルを打ち落としていた。

 

(それに比べれば…こんなの、

 

「簡単過ぎて退屈だよ!!」

 

集は手に握る球体を柄に見立て、横一文字に振る。

 

盾はその軌道にズレなく沿り、ミサイルを打ち、弾き、砕く。

 

ダンテが鍛練時に投げる石は、適当に投げているように見えて、意思と思惑が入っていた。

 

石の死角となる影に別の石を投げたり、打ち落とした直後に対処出来ないタイミングで次を投げたり、それに比べれば飛んでくるミサイルは意思の篭っていないただばら撒きで、しかも噴射口の推進剤のおかげで軌道が読みやすい。

 

集は盾を大して大きくする必要なく、打ち落とすことに苦労をすることも無かった。

 

だが気は抜けない。

 

(母さんはパーティー楽しんでるかな…?僕が近くでこんなことしてるって知ったらどう思うだろう…)

 

自分にはこんなやり方でしか家族を守れない。

 

だが同時にこれは自分にしか出来ないやり方だ。

 

(母さんはずっと僕の" 家 "を守っててくれたんだ…。だから、今度は僕が母さんを守る!)

 

残り十発程のミサイルは、船へ向けて一直線に突っ込んで来た。

 

 

涯はその光景に圧巻されていた。

 

自分の胸辺りまでしか背丈の無い少年は、まるで剣技を織り成しているかのようにーーいや、球体の先に盾があるせいで、まるで傘を持って舞踏を舞っているように見えた。

 

集は楽しそうに笑っていた。

舞い落ちる火の粉とミサイルの破片は、まるで雪のようだった。

 

「……やはり、お前には敵わないな…集」

 

花火に似たミサイルの炸裂音のおかげで、涯の呟きは集にはもちろん、涯自身にも届かなかった。

 

やがて、ミサイルを全て打ち落とした集が降り注ぐ灰の中をゆっくり涯に向けて歩み寄った。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「ああ…、君達に第二次ルーカサイトを防ぐ手立てがあることは理解した」

 

集と涯以外で唯一、状況を理解している供奉院グループの総帥が、窓から降りしきる火の粉を見る。

 

「是非もない…目の前で見せられれば信じる気にもなる。取引は成立だ」

 

『ありがとうございます。涯にはそのように伝えます』

 

四分儀の言葉を最後まで聞くことなく、老人は電話を切った。

 

周りでは他の乗客達がさっきまでの爆発を、花火だと思ったのか。

歓声と拍手が止むことなく続いている。

 

(死にかけたとは知らず…呑気なものだ…)

 

しかし、老人も体内だけ若返ったかのような、不思議な高揚感が満ちていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

空中から、パラパラとミサイルの破片が降り注ぐ。

 

「………」

 

「………」

 

その光景を背に集はいたずらっぽく、涯はいつものように不敵に笑い合った。

 

「!」

 

ふと、涯のすぐ後ろの頭より少し高い位置に、赤い光点が見えた。

 

集達が立っている場所は、船で一番高い屋根の無い展望台だ。

 

光が反射するような場所も赤い電灯も無い。

しかも赤い光は広がり、強まっていく。

 

本来なら強くなる光の中央は白くなるものだが、その赤い光は代わりに穴のような黒が中央から広がっていた。

 

集はその現象はイヤになる見て来た。そして、その意味も知っている。

 

「後ろだ涯!!」

 

集が叫んでいる最中に穴から、人間の身長より一回り大きい古ぼけた大きな人形が、カタカタカタと骸骨が笑うような音を立てながら、穴から滑るように現れた。

 

「っーー!!」

 

涯が振り向いた頃には、人形は手に持った半月刀を涯の頭目掛けて振り下ろした。

 

「がっーー、ぐ!!」

 

半月刀は間に飛び込んで来た集の背中をえぐった。

同時に、えぐられた背中から血が吹き出す。

 

「うぐおおおおおお!!」

 

痛みよりも背中に異物を押し込められる違和感に、集は眼球が締め付けられるような頭痛を感じながらも、人形の顔面に思い切り蹴りを入れた。

 

その反動で集は涯と亜里沙を抱えながら、人形からある程度距離を取ることに成功した。

 

「っーー」

 

「集、お前また!」

 

「大丈夫……。これぐらい、慣れっこだって…」

 

「ーーーーっ」

 

そう言いながら集は涯に盾のヴォイドを手渡すと、ふらふらとおぼつかない足で立ち上がる。

 

すると背中から真っ二つになったナイフとホルスターがこぼれ落ちた。

 

(これが無かったら背骨と腸まで真っ二つにされてたな…)

 

と言っても背中の傷は指が埋まりそうになる程、深い。

それに、武器となる物も無くなってしまった。

 

(『マリオネット』か。倒せない相手じゃないけど、丸腰はまずい…)

 

しかもマリオネットが出現した穴から、新たにマリオネットが次々と出現していた。

その数は五体、八体と増えていく。

 

「ーーうっ!」

 

冷たい風が集の傷口を触る。

それだけで集の視界は真紅に染まる程の痺れを感じる。

 

集はナイフのホルスターの上に着ていたスーツを脱ぎ捨てる。

 

血に濡れたスーツは、ベシャッと水気のある音を立てて展望台の甲板に落ちる。

 

「集!」

 

「っとーーふ!!」

 

涯の声に振り返ると、集に向けて真っ二つになったナイフより、ふた回り程の大きさのサバイバルナイフが飛んで来た。

集は左手に逆手で飛んで来たナイフを掴むと、飛び掛かるマリオットの一体の胴に斬りつけた。

 

集は胴を斬ったマリオネットを蹴り飛ばすと、続けて背後まで迫っていたマリオネットの首筋にナイフを突き立て、テコの原理でその首をねじ切り飛ばした。

 

首を失ったマリオネットが崩れ落ちるのと同時に、周囲のマリオネットは初めて集を血を吸う獲物から、敵と認識した。

 

集は一度涯の方を見ると、涯は追い縋るマリオネット達をヴォイドとサイレンサー付きのハンドガンで牽制していた。

 

亜里沙を抱えながらも、見事な奮闘ぶりだ。

 

(とりあえずあっちは問題無しか…)

 

正直に言えば集の方が状況は深刻だった。

 

ただでさえ背中に浅くない傷を負っている上に、涯の方へ行くマリオネットの数を出来るだけ減らそうと、標的を一身に受けているために戦況は苦しくなる一方だ。

 

(どうする、使うか?)

 

ひとつの思考が半魔人化を提案する。

 

しかし、集はそれを却下する。

 

(だめだ!ここで魔力をいたずらに消費したら、本当に終わりだ)

 

確かにトリガーを引くことで、戦闘能力は飛躍的に上がるし、背中の傷も完治出来るだろう。

半魔人の持続時間も、つい一週間前と比べると比較にならないレベルで上がっている。

 

問題なのは、トリガー使用後に来る動けなくなる程の疲労感と虚脱感だ。

敵の数が分からないのにそんなことになれば、さらに絶望的な状況に追い込まれかねない。

 

現にこうしてる今も新たな穴が現れ、そこから次々にマリオネットが出現していた。

 

その数は今や、十四体に増えている。

 

(まずい、このままじゃ数で圧される!)

 

集の正面の一体が短剣を振り下ろした。

 

「づう!!」

 

集はナイフを縦に立て、マリオネットがクロスに振り下ろした短剣を止める。

 

下級悪魔とはいえ、高校生に止められる程生易しい重さではない。

 

「ぐっーーあぐ…」

 

組み合った刃物は失明しかねない程、眩い火花が散る。

 

その時、集の真横から別のマリオネットが集目掛けてナイフを飛ばした。

 

「!!」

 

身体に吸い込まれるように向かって来るナイフを見た集は、わざと後ろに倒れ込んだ。

 

集の身体を倒そうと押し込んでいたマリオットは、一緒に倒れ込み集に当たるはずだったナイフの直撃を受けて吹っ飛んだ。

 

「ぎっーーぐ」

 

受け身無しで背中から倒れた集は驚いた。

 

自分が倒れ込んだフロアが、真っ赤に染まっていたのだ。

 

背中を見えないバットで殴られているような激痛が、何度も襲う。

 

カタカタカタ

 

ガチャガチャガチャ

 

激痛に呻く集を嘲笑うかのように、マリオネット達は次々と手に持つ刃物を投げ飛ばして来た。

 

刃物は空一面を銀の蜂の大群のように覆い、集に殺到する。

 

「集!!」

 

「っ!!デビルトリーー」

 

迷っている暇は無いと判断した集は、半魔人化を発動させようとした時、

 

ーーその顔に、疾風が吹き付けた。

 

目の前降り立った小さな影は、集の目前まで迫っていたマリオット達の刃物を次々に弾き落とした。

 

目の前で何度も弾ける視界を覆う眩い火花と、雨の様に打ち合う金属の音。

 

それしか現象として把握出来なかった。

 

やがて閃光から解放された視界が、ようやく周囲の光景を捉えることが出来た。

 

絹のような赤毛が最初に目に入った。

 

「ーーールシア……?」

 

両手に二刀のククリ刀を持ったルシアが、マリオットの行く手を阻む様に集の前に降り立っていた。

 

 

 




マリオネットがマリオットになっていることに、投稿する直前に気付いた。

まだ爪が剥げたところが痛い……。

次の話を書くまでに治るといいな……。(←ヘタレ)

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