ギルティクラウン~The Devil's Hearts~ 作:すぱーだ
私「おめえの役(せき)ねえから!!」
マティエ「…………」
「ふ〜ん、つまり集はいのりちゃんを、意地悪なお兄さんから庇ってるって事だね?」
「あ…はい」
自然と敬語になってしまう。
集の母、桜満春夏は普段はだらしなく、集から注意されることの方が多いのだが、母親としての威厳はちゃんと持っている。
「じゃあ、ルシアちゃんは?」
春夏はいのりとルシアの方に視線を向ける。
いのりはソファで、ふゅ〜ねると一緒に洗濯物をたたんでおり、ルシアは少し離れた位置で、去年集がゲームセンターで手に入れたぬいぐるみの手を動かしたりして遊んでいた。
こころなしか、集には二人がお互いに背を向けている姿が、二人の間に距離がある事を示している様に見えた。
「…えっと…、ルシアはいのりの義理の妹で、いのりが家を出るときに一緒に来たんです…」
「………いのりちゃん、本当?」
いのりは一瞬、集とアイコンタクトを取る。
「ーー、本当ーー」
「……」
春夏はしばらく黙って、集といのりとルシアの顔を見比べると、手に持った缶ビールを飲み干すと、プハーと息を吐いた。
「あーお腹すいた!」
「はっ?」
「いのりちゃんとルシアちゃんはお腹すいてない?」
突然冷蔵庫に向かいながら、春夏がそんな事を言い出したので集はポカンと春夏を見る。
「ピザーニャとピザファットとどっちがいい?」
「えっと、母さん?」
「あっ、私ケーキ食べたいかも。集っ買って来てくれる?」
「はっ、ーーって今から!?」
「おいしいものを食べながらーー、
じ っ く り ……!
聞かせてもらうからね?」
「…はい…」
集は日本に帰ってから五年、初めて母親が怖いと感じた。
「ふうーやっと解放された…」
食事中は集といのりは春夏に根掘り葉掘り聞かれた。
どこで出会ったのか、誰が学費を出しているのかとか、とにかく答えに困る質問をされた。
ちなみに前者は適当にでっち上げ、後者はいのりの両親が意地悪な兄に隠れて学費を出しているという設定にした。
「ごめんねいのり、母さん僕が女友達とか連れてくるといつもああなんだ…」
「いい…」
「いのりありがとう」
「お礼はいい…シュウの護衛をする以上、シュウの話に合わせるのは当然…」
「あっいや、そうじゃなくて…いや、それもあるんだけど……」
「?」
「その…今朝、学校で生徒会長に助けられる前に僕に悪口言ってた人達がいたでしょ?」
「うん…」
「その時、いのりはその人達に怒ってくれたじゃない?それをありがとうって言ったの」
「??」
いのりはさらに首を、ほぼ直角になるほど傾ける。
「えっと、僕さあんまり他人を怒ることが出来ないんだよ」
「………?」
「自分のことなのに、どんなにひどい事を言われても" これぐらいいいや "で済ませちゃって、日常生活で誰かに怒ったことなんてほとんどないんだ…。これがいいのか悪いのかは分からないけど……」
いのりの脳裏に、少し前に集と交わした寒川谷尋についての会話が過る。
「怒りが湧いて、抑えるんじゃなくて。抑えようとする前に消えちゃうんだ。ーーだから、あの時いのりが僕の代わりに怒ってくれたのは、すごく嬉しかった…。だから、ありがとう」
「………………」
「いのり、顔赤いよ…熱?」
「………?」
自覚が無いのか、いのりは自分の頬に手を当てる。
「ねえ、集!明日のパーティで着るドレス一緒に探してくれない!?」
「今行くー!今日は早く寝てね、いのり」
「うん…、……?」
いのりは早打つ胸に手を当て、首を傾げる。
不思議と不安感や不快感はせず、心地のいい感覚だった。
ーーーーーーーーーーーー
「よろしかったのですか?桜満集を学校に行かせて」
「あいつはいい囮になる。それにいのりも居るからな…」
四分儀から予想通りの質問を受け、涯はあらかじめ用意していた答えを返す。
四分儀は特に疑問を持つ様子は無く、そうですかと返す。
「それはそうと、供奉院の孫娘を見逃したのは何故ですか?」
「………」
涯は集でGHQの目を逸らし、その隙に供奉院亜里沙を拉致する作戦があった。
もちろんそれはGHQになすり付ける計画だった。
しかし涯は亜里沙を見て、正確には彼女のヴォイドを見て計画を変更した。
「そう不満そうにするな四分儀…。物資の確保に供奉院グループを利用するのに変更は無い」
「………」
「だがその過程の計画は大幅に変更する。四分儀。供奉院の爺の予定を探れ」
「わかりました。すぐに」
「さあ、おもしろくなるぞ」
涯はこれからの出来事を想像し、口端を持ち上げた。
ーーーーーーーーーーー
春夏の部屋はクローゼットの中身をぶちまけ、グチャグチャになっていた。
(これ…どうせ僕が片付けるんだろうな…)
その惨状に集は嘆息する。
「ありがとうね集。お偉いさんの付き合いのパーティだからどうしても外せなくて」
「いいよ別に母さんが帰ってから面倒を起こすなんて、何時ものことじゃないか」
「おっ、言うじゃないこのこの」
「あははは」
春夏は笑いながら集の脇腹をこづく。
「いのりちゃんとルシアちゃん、いい子じゃない。洗濯物のたたみ方で育ちがいいって分かったわ。ルシアちゃんも、おとなしくて全然手がかからないし…」
「えっ…」
「もっともお兄さんは違ったみたいだけど、例外なんてどこにでもあるんだし…」
「信じてくれるの?」
春夏は優しく微笑むと、集の頭を胸に抱き寄せる。
「ちょっ…やめてよ恥ずかしい」
「あら?スキンシップはいけない?」
「い…いけなかないけど……」
「……母さん……」
「ん?」
無意識に集の声のトーンが落ちる。
「母さんの信頼…絶対、裏切らないから…」
「ーーっ……」
春夏の息遣いが、微かに引きつるのを感じる。
母は自分の言葉を聞いて、どう思ったのだろうか。
春夏は十年前から五年間、集がどこにいたのか知っている。
そもそも集を見つけ、日本に帰るきっかけを作ったのは他でもない彼女なのだから。
しかしその間、集が何をし、何を見たのかまでは話していない。
だから先ほどの言葉を、どの様な意味で受け取ったかは分からない。
きっと春夏は自分が記憶を失う前の自分も、集の本当の家族の事も知っている。
「……ごめん。変な事言って…」
だが春夏が何を知っていても、自分は春夏を信じるし、春夏も自分の事を裏切ることは無い。
「……あっ」
突然、春夏は声を上げると、クローゼットに飛び付きドレスを引っ張り出した。
「あった私の一張羅!これで明日のパーティは大丈夫ね!」
「そう、よかった。じゃあ僕もいのり達が上がったらお風呂入って寝るよ」
「はいはーい」
集がドアの取手を回し、引き開ける。
「集っ…」
「ん?」
「今の言葉…忘れちゃだめよ?」
「…うん…、おやすみ」
集が母を振り向くと、母はいつもの調子ではいはーいと手を振っていた。
ーーーーーーーーーーーーー
身体が火になったかの様に熱くなる。
気のせいでは無く、本当に集の体温は凄まじく上昇している。
少しづつ、自分の中に流れるもう一つの血管が膨張するのを感じる。
「っ…ふー」
それが限界まで達したとき、集はもう一つの血液の働きを停止させた。
「はあー自分の中にある魔力の制御は、だいぶ出来る様になったな…」
と言っても半魔人でいられる時間は、五分にも満たないだろうが。
「……もうちょっと難易度の高いやつに挑戦してみるか……。えーと魔力増加はどうかな…」
魔力増加は言葉通り、自身に内在する魔力の量を意図的に増やし、自己の存在としての" 格 "を引き上げる戦略だ。
当然、自己の実力に見合わない段階まで引き上げれば、自滅を誘う諸刃の剣だ。
(だけどこれを成功させれば…、半魔人化の持続時間を上げる目処が立つ)
集は呼吸を整えると、目を閉じ、再び魔力制御の時と同じ精神状態にする。
(基本は魔力制御と同じ…全身に等しく魔力をならし、循環させる…)
そして魔力制御の修行では、いかに少量で力を発揮させるか、どれほど魔力を節約出来るかにかかっていた。
(そして…今までとは逆に、全身の魔力を増量し、吐き出す!!)
集の身体は熱に満たされ、その熱が外に吐き出される前に、ーー
ブチュッ
ーー肉体の方に先に音を上げた。
集が生々しい音がした左腕の方を見ると、左腕は鋭利な刃物で切られたかの様に裂け、傷口から真っ赤な肉が覗き込んでいた。
「…づ……ああっ!」
しかし左腕の痛みなど、遊びに思えるほどの感覚が集の全身を襲った。
頭には千本の矢で撃ち抜かれた様な痛みと、氷をつめられた様な寒気、内臓がまるで別の生き物に変わったかのように暴れ回り、強烈な吐き気に襲われた。
「う……う…っ」
集は崩れるように両手をつき、意識をとどめる。
喉まで押し寄せた嘔吐物を飲み込み、抑え込むと、胃液の苦い臭いが鼻に押し寄せた。
「はーはーはーはー…っはーはー」
集は仰向けに転がると、荒い呼吸をしながら滝のような汗をかいた。
吐き気と寒気は収まったが、頭痛はまだ続いている。
それと左腕の傷口の痛みと、そこから流れ出す血の熱さにようやく気を向けられる様になった。
「はー…今…本当に死にかけた…よな」
あのまま無理に続けていたら、間違いなく死んでいただろう。
「くそっ!魔力精製で死にかけるなんて…三流以下じゃないか…」
いや、今のはそんなレベルでは無かった。
今の自分は自分の中から湧き上がる魔力に、自分という存在と魂が" 押し潰され "掛けていた。
「…こんなんだったら、魔力が使える前までの方が良かったくらいだ…」
常に身体を循環している魔力を表に解放すれば、自分は上級悪魔以上の力を引き出すことが出来るが、それも一瞬の話で、しかもその後は疲労感や脱力感でほとんど動けなくなる。
(道のりが遠過ぎて落ち込む気にもならないや……)
思わず自虐のこもった笑いが浮かぶ。
「全然分からないよ…ダンテ…、一体どうすればみんなを守れるくらい……」
集の問いかけに答えるものは無く、月は静かに集を照らしていた。
ーーーーーーーーーーーー
気付けば草原の上に立っていた。
風は感じたことの無いほど穏やかで、足下の草はくすぐったく足を叩く。
「…………」
自分は草の上に立っていて、その下に湿った土の感触が足に伝わる。
それだけリアルな感触を感じても、これが夢だと何故かすぐに分かった。
ふと、風の音に混ざり、カン カン と自然の音とは思えない木を打ち合う音が耳に届いた。
「?」
不思議に思い音の元を探す。
音の主はすぐに見つけることが出来た。
「あれは…ーー」
幼い少年が赤いレザーのロングコートを着た長身の男に何度も木剣を振り回し、その度に男に受け流されて転ばされている。
「ーーシュウ?」
自分の呟きで気付いた。
あの少年は幼い頃の集だと、少年の顔をじっくり見ればどこか面影がある。
「うわっー!!」
「はっ、おいシュウどうした。もう諦めるか?」
弾き飛ばされ、背中から地面に倒れた集に男が挑発気味に言う。
「くっ……うわああ!!」
「ほらほらどうした?俺に一発でも当てられれば、次のステップに進められるんだぜ」
集は何度も叫びながら男に突っ込んで行き、男はその度にそれを笑いながら弾き飛ばし、挑発する。
一見弱い者いじめにしか見えないが、男は集の振るう木剣をさりげなく的確な箇所へ誘導している。
おそらく集自身は気付いていないだろうが、緩やかに、しかし確実に集の実力は上がっているのが分かった。
何故自分がこんな夢を見ているのかわからない。
自分は集の幼い頃など知るはずが無いし、あんな男も知らない。
それでもーー、
「がんばれ…
自分の中にふつふつと芽生える感情に従って、届くはずの無い声援を集に送る。
「がんばれ……シュウ…」
いのりは願った。
彼がその夢をいつかその手にできることをーー、
ーーーーーーーーーーーー
集はなんとか重い身体を引きずり、朝食の準備をしていた。
まだ夕べの魔力増加の負担が身体に残っているのか、妙に身体が重いが、普通に行動する分にはさして問題は無い。
(まさかこんなに負荷がかかるなんて…、やっぱり持続時間は自然に増えるのを待つしかないのか…?)
重いため息をつく、ふとリビングのソファの辺りに目を向ける。
ソファにはぬいぐるみを腕に抱きかかえたルシアが、テレビに映る子供番組に釘付けになっていた。
(昨日も思ったけど…、ああしてると本当に普通の子供みたいだな…)
あれを見て、一般人なら数秒でミンチに出来る腕前の持ち主だと言っても、信じる者はいないだろう。
目の前で見ていなければ集だって信じなかっただろう。
(……それにしても…、
少しも表情を変えず、ひたすらテレビに熱中する姿を見て思うーー、
(ーー…やっぱりちょっといのりに似てるよな……)
いのりに何故ルシアをこの家に連れて来たのか聞かれた時は、答えなかったが、彼女の纏う雰囲気がいのりに似ていたから、なにかきっかけがあれば仲良くなれるかもしれないという期待があった。
昨日の事務員のおじさんの一件から、集とはまあまあ打ち解けるようになったが、
(んー、だから二人にはもうちょっと仲良くして欲しいんだけど…)
いのりはルーカサイトの一件以来、ルシアを極端に警戒している。
ルシアもルシアでそれを察してか、いのりからは微妙に距離を置いている。
「うーぬ、なんとかならないものか……」
集は味噌汁の具を切りながら頭をひねった。
「おはよー集。おーいい匂い」
「おはよう母さん。もうすぐ出来るから大人しく席に座ってろ」
集が皿に盛り付けた煮物に、つまみ食いしようと伸びる春夏の手にしっぺをくらわせると、春夏はケチ〜と唇を尖らせながら集の指示に従う。
「…あれ?」
そこでふと、いつもなら六時頃に起きてくるはずのいのりが来ない。
時計をみると七時丁度、いつもきっちりしたサイクルを持つ彼女には珍しい。
「ちょっといのりを起こしてくるから、母さんは味噌汁を見てて」
そう告げると、集はいのりが使っている空き部屋のドアの前に立つ。
「いのり?もうご飯出来るよ」
……返事は無い。
「いのり…?」「うん」
再三呼びかけると返事があった。
「今行く…」
「?」
なにか変だ。
これといって具体的に何がとは言えないが、いのりの声の感じがいつもと違う。
なんというか寝ぼけている様な感じだ。
少し心配になったので、もう少しドアの前で待つことにする。
部屋の中からはゴソゴソと物音が聞こえる。
着替えでもしているのだろう。
しばらくすると、制服姿のいのりがドアを開けて出て来た。
しかし髪はところどころ毛が立っていて、呼吸は荒く、顔も赤く、足元もおぼつかない。
「ちょっ!いのり大丈夫?!」
「うん…、だい…じょ…ーー「うわ!」
意識がもうろうとしているいのりは大きくバランスを崩し、受け身も取らず床に倒れこむのを、集は慌てていのりを抱き止めた。
制服越しでも伝わる、いのりの体温は明らかにいつもと違った。
「すごい熱い…母さん!」
「三十九度、風邪ね」
春夏は体温計を見ながらそう言った。
「喉が痛いとか、頭が痛いとかある?」
「…ない……ぼうってするだけ…」
「……、…っ」
「落ち着きなさい集。あなたがそんなんだといのりちゃんも不安になるじゃない」
「う うんごめん母さん」
春夏はウロウロと落ち着きなく歩き回る集を咎める。
「じゃあ今日は母さんが用事を休むから、集は早く学校に行きなさい」
「………母さん今日は大事な仕事なんでしょ?今日は僕が学校を休むから、母さんは仕事に行って来てよ」
「え?でもそれだと集が…ーー」
「僕の成績知ってるでしょ?一日くらい大丈夫だよ」
「…………」
折れる気配の無い集に、春夏はふうとため息を漏らすと、
「そうだったわね…集ってそういう子だったっけ……いいわ、学校には集が風邪って伝えとくから」
「いいの?」
「どうせ集のことだから、このまま学校に行ってもいのりちゃんの事が気になってろくに授業に集中出来ないでしょ?」
「ぐぬっーー」
図星をつかれた集が呻く。
「じゃあ行って来るけど、薬の場所は知ってるわよね?あっそれと…いのりちゃんが動けないからって、襲ったりしちゃダメよ?」
「しないよ!!」
集の反論を春夏は笑って受け流すと、ひらひら手を振りながら玄関の扉を閉める。
「…全く…」
いつもより調子のいい春夏にため息をつき、いのりの部屋へ戻ろうとした時、ひとつ思い出したことがあった。
「てっそうだ、葬儀社にこの事伝えなきゃ…」
自分は春夏がなんとかしてくれるからいいが、いのりも誰か学校に連絡する人物が必要だ。
自分や春夏が連絡するわけにもいかないので、必然的に葬儀社の誰かの手が必要になる。
集は携帯を取り出すと、葬儀社の番号にコールする。
『俺だ』
「ん?涯?」
てっきりツグミ辺りが出ると思っていたので、一瞬面食らう。
『そうだが…俺だとなにか不都合か?』
「いや、そんなことは無い。むしろ色々手間が省けた」
『なんだ。用件があるなら早く言え』
少しむっと来る言い方だが、涯が暇では無いのは確かな事実なので、余計な反発はしない。
「いやそれが…いのりが熱出しちゃってさ…。そっちで学校の方にそのことを連絡して欲しいんだ」
『なに…?』
電話の向こうにいる涯の声が、僅かに強張る。
『いのりが風邪だと…そう言ったのか…?』
「んっ、そうだけど…そんなに意外そうに言うこと?いのりだって調子に波があるんだから、風邪くらい引くでしょ?」
『……それもそうだな…、すまない考え過ぎた…』
「?」
なにを考え過ぎたのだろうか…?
『分かった。学校には俺の方から連絡しておこう』
「頼むよ」
『そうだ集、今日の夜に任務がある。お前も参加しろ』
集が携帯を切ろうとすると、涯が唐突にそんな事を言い出した。
「?…それって、いのりがいなくて大丈夫?」
『かまわない、この作戦は最初から俺とお前だけが参加する予定だったからな』
「涯と僕だけで?」
『詳細はおって連絡する。心構えだけはしておけ』
「ちょっと待って、いのりはどうするの?」
『後で看病にメンバーを送る。お前たちのよく知る奴を送ろう』
「わ…分かった。それなら…」
『以上だ。また後でな…』
「う うん、後で…」
集が言い切る前に通話が切れ、集は涯の言う任務に不安を覚えながら、ポケットに携帯を押し込んだ。
濡れたタオルを取り替えると、いのりが目を開けた。
「ん…」
「あっごめん。起こしちゃったね」
「今起きたところだから…」
いつもの調子で言ういのりだったが、赤い顔でベッドに横たわっているととても弱々しい少女に見える。
いつもと全く違う雰囲気に不思議な温もりが胸に湧き上がる。
『俺はいのりと特別な関係じゃないぞ』
「……、……」
(なんでこのタイミングで涯との会話を思い出すんだよ…)
「?」
顔を真っ赤に染めた集が悶えるのを、いのりは首を傾げる。
(落ち着けえ…そうだ、人間そう簡単に人に恋するわけがないんだ!僕がいのりが気になってるのも…きっとアイドルが急にこんな近くに来たからびっくりしただけでーーー、
GHQに逮捕されそうな時も、自分の事よりも集のことを気にかけ、自分が逮捕された時も、いのりは涯の命令を無視してまで助けに来てくれ、いつもどんな時も集を気にかけ最優先に考えてくれたいのり……。
(くそっ参ったよ…、やっぱりどうも、僕は本当にいのりが好きみたいだ……)
集は今度こそ本当に自分の気持ちに確信を得た。
「シュウ…ごめんね」
集があれこれ悶々と考えていると、いのりがそんなことを言い出した。
「?どうしていのりが謝るのさ」
「だって…せっかく学校に戻れたのに……」
「…………」
(本当に…いのりは、自分がこんな状態なのに…)
「気にすることないよ。いのりがこの家に住んでる以上、いのりだってこの家の一員なんだ」
「でも…!」
「それにこの前にも言ったでしょ?
僕はいのりと一緒にいたいんだ…これは僕のわがままで僕の責任なんだから、いのりはなんにも悪くないよ!」
「シュウ…」
「だからもし今度僕が寝込むようなことがあったら、その時はいのりが看病してね?」
「……うん…」
いのり薬を飲ませ、また眠りについたので、集は次にいのりが目を覚ました時のために、お粥を作ろうとリビングのキッチンへ向かっていた。
と朝と変わらずリビングのテレビの前に座るルシアが目に入った。
「……ルシア、いのり結構元気そうだよ」
「………」
「……えっと…、ルシアは様子を見に行かないのかなって…あはは…」
「なんで…?」
「なんでってせっかく同じ家で住んでるんだから、仲良くしても……」
「しゅうは、ルシアがいのりと仲良くして欲しいの?」
「うん、そーー「ムリ」っ!どうして」
即答されたので、さすがにむっとくる。
「いのりがルシアを" 敵 "だと見てるから…」
「えっ?それってどういうーー」
「ルシアは敵意を敵意で返すことしかできないから…」
「えっ?そんなの当たり前だよ。相手が自分の事が嫌いなら、自分だって相手のことを嫌いになるのは珍しくない」
「ルシアにとって…敵意や悪意は" 殺すことで返すもの "だから…」
「…殺すことで……?」
「それがどんなに小さくても、ルシアにとってのそれは相手を殺すための目印なの…」
『ーー排除、可能ーー』
「………」
ルシアの言葉がどれだけの意味があるのか、集には半分も分からない。
しかしルシアの言葉には、それまでのルシアの生き方が反映されてる気がした。
「……だから分からない……。集はあの時怒ってたのに…集からは敵意を感じなかった……ねえ、なんで?」
あの時とは、おそらく校門前の事務員のおじさんとの諍いのことだろう…。
ルシアは集の目をまっすぐ見て、答えを待っている。
「……たぶん…、ルシアを守りたかったからだと思う……」
「守る?」
「ルシアがもし、あのまま自分のわがままだけを通そうとしたら、それこそたくさんの人に恨みを買って一生敵意に囲まれて生活しなきゃならなくなる…だから、そんな悲しい未来からルシアを守りたかったんだと思う」
「……守るってなに?」
「…なんだろうね…、人が人を傷付かないようにすること…なのかな?」
「傷付く…怪我…?」
「まあ…それもあるし…一番は自分がその人のためになると思うことを、これが正しいって信じてやることじゃないかな…?」
集はほとんど、自分に言い聞かせる様に言っていた。
「人のためになることを……信じて…」
ルシアも集の言葉を噛み締める様に言った。
ポーン
その時、マンションの正面玄関の呼び鈴が鳴る音が響く。
(涯の言ってた看病に来たメンバーかな?)
集は呼び鈴の正面玄関のドアの開閉ボタンを押して、この部屋の玄関の鍵を開けるために玄関に向かう。
ピンポーン
丁度玄関の呼び鈴が鳴る。
「はーい、今行きます」
集は玄関を開ける。
直後に後悔した。
何故呼び鈴を鳴らした主を確かめなかったのかと…、
「あっ!集元気になったんだ!」
「ハ…ハレえ!?」
それは集のこれまでの日本の生活の中で、最も親しい少女だった。
デビルメイクライ4のスペシャルエディションが出るらしいですね!
まあ私はps4もXbox1も持ってないですけどねえ〜あははは………。