ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

24 / 68
今回で、過去編1は終了です。

2をやるかどうかは、皆さんの反応で決めます。

またちょっとした小話も今後しょっちゅう入れると思います。

次回から、本編に戻りたいと思いますが、最後までお付き合い頂いたら幸いです。


過去編:「三度死ぬ少年 後編」

カーテンから溢れる朝日で、集は目を開けた。

 

子供達が眠る広々とした寝室に、暗い部屋を切り取ろうとするかの様な、強い光が差し込んでくる。

 

集は身を捩り、光が目に入らない場所まで移動すると、ボンヤリと天井を眺める。

 

ふと、横隣りのベッドに目を向ける。

 

そこには、集の親友である、ルキナがまだ寝息を立てていた。

 

彼は、この教会に来てからずっと一人だった集に、自分もいじめの標的にされても見捨てる事無く。さらに昨日、自分の兄になりたいとまで言ってくれた。

 

(兄さん…か…)

 

記憶の無い集は、兄弟がどういうものかは、全く分からない。

 

それに、なぜルキナがここまで自分にしてくれるかも、分からない。

 

(僕がルキナのために…出来ること…)

 

昨夜から、どんなに考えても答えが浮かばないルキナへの恩返しの仕方に、集が頭を回している内に、シスターが子供達を起こしに来た。

 

(…慌てないで、ゆっくり考えればいいかな…)

 

ーーーーーーーーーーーー

 

主のいない店内で、モリソンはソファーに座り、タバコを吸っていた。

 

「おはようダンテ!」

 

すると金髪三つ編みの少女が扉を開けて、店長に大声であいさつすると、その対象がいない事に気付き、周りをキョロキョロ見渡す。

 

「おはようパティお嬢様」

 

「おはようモリソン、ダンテは?」

 

「仕事だよ」

 

「へえー、めっずらしー」

パティは目を見開き、心底驚いたという表情をする。

 

「ところで…ダンテになんの用だ?」

 

「ううん、いないならいないでいいの…勝手に掃除するから!」

 

今日はホコリっぽいしとパティは三角巾を頭にかぶると、何処からともなく掃除用具を引っ張り出し、セッセと床を履き始める。

 

モリソンはそのすっかり板に付いた光景を見ながら、笑みを浮かべる。

 

「こりゃあ…、ダンテが自立するのもかなり先かな?」

 

モリソンは自嘲気味にポツリと呟いた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

掃除の時間、集は一階の廊下を雑巾で拭き取っていた。

他の子供達は、談笑しながらそれぞれ箒でゴミを集めたり、花瓶の土を変えたりしていたが、露骨に集から距離を取っているのが集もよく分かっていた。

 

(……今更気にするな…、もう慣れただろ…)

 

集はわざと自分を視界から外す子供達を振り切る様に、雑巾を床に押し当てて駆け出す。

 

「ん?あれは…」

 

ふと集の視界に開いたロケットが目に入った。

普段なら嫌がられるので、落とし物には触らない集だったが、開いたロケットから覗いていた写真には、見覚えのある少年が家族と一緒に写っていた。

 

「…ルキナ…?」

 

両親に挟まれた少年は今よりも幼い外見だが、面影は間違いなくルキナのものだ。

 

(ルキナのか…後で返しておこう…)

 

集はロケットをポケットに仕舞い込んだ。

 

 

 

「お疲れシュウ」

 

「うん…」

 

講堂に戻ると、一足先に戻っていたルキナが集に手を振って呼ぶ。

 

さっきまで、とても居心地がいいとは言えない空間にいた集から思わず安堵のため息が漏れる。

 

「ギリギリ間に合ったね。もうすぐお昼ご飯出来るってさ」

 

「ああ、よかった。遅くなったらいくつか抜かれるところだったよ…」

 

ルキナはそうだねと笑う。それから街の日本食の話や、古本屋にあった珍しい本の話などをしている内に、昼食を食べ終わり、集はシスターに呼ばれルキナと一旦分かれた。

 

「あっルキナにこれ返さなきゃ…」

 

シスターに頼まれた本の整理を終わらせ、寝室に向かっていた。

寝室のドアを開けると、ちょうどルキナが居た。

自分のベッドをひっくり返したり、荷物を漁ったり、あきらかに何か探してる様子だった。

 

「ルキナ、探してるのこれ?」

 

「あ…っ」

 

ロケットを差し出した集を見て、ルキナは目を見開き固まる。

 

「あ…ありがとう。……えっと、シュウ中見た?」

 

「……うん…、ごめん開いてるの見ちゃった…」

 

「謝る事無いよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

集もルキナも、次に何を言ったらいいのか分からない。

 

「ああ…、じゃあ僕はまだ手伝える事が無いかシスターにきいてくるよ……」

 

沈黙に耐えられなくなった集は、そう言って寝室から出ようとした。

 

「待ってシュウ…」

 

「?」

 

「えっと…」

 

ルキナが言いずらそうに口篭る。

 

「どうしたの?言い難い事ならーー」

 

「いや、いいよ…シュウには話していいかな…。僕の家族の事なんだけど………」

 

「っ!……本当にいいの?僕なんかに教えて…」

 

「いいんだ…。君の兄になるって言ったのに、君の秘密は知ってるのに…君が僕の家族について知らないのは、何か違うなって思ってさ…」

 

「…ルキナ…」

 

ルキナの言う集の秘密とは、おそらくは集が記憶喪失である事だろう。

 

集はルキナの気遣いが普通に嬉しかった。

 

そして、ルキナは本当に集に自分と家族について全て話した。父親が死刑囚である事も、母親がどの様に死んだかも包み隠さず集に教えた。

 

ルキナが話し終わった時には、外はすっかり暗くなっていた。

 

「ありがとうシュウ…。最後まで聞いてくれて……」

 

集は目に溜まった涙を拭きながら、首を横に振る。

 

「ううん、話してくれてありがとう」

 

「それとさ…シュウ…この事はさ…ーー」

 

「分かってるよ。誰にも言わない…僕の記憶喪失と同じ…二人だけの秘密だよ…」

 

「ありがとうシュウ」

 

二人は再び、固い握手を交わした。

 

「…っ!」

 

「!?…ルキナ!」

 

突然ルキナが胸を押さえて苦しみ出す。

 

「どうしたの!?」

 

「大丈夫…ちょっと…ね?」

 

ルキナ本人は大丈夫だと言うが、土気色の顔に脂汗を浮かべている表情では説得力が無い。

 

「ちょっと胸の傷がさ…」

 

「傷…?」

 

ルキナはシャツをめくり、左胸の傷を集に見せた。

 

「っ!!」

抉られた様な傷の上に、新しい皮膚が覆っていたが、穿たれた様な穴にも見える。

どうみても浅い傷では無い。

 

「痛むの?…いつこんな傷を?」

 

「分からないんだ……。昨日まではこんな傷は無かったはず…だけど朝見たらこんなもう何年も経ってるみたいな傷が出来てた…」

 

「えっ…朝起きたらこの傷があったって事…?」

 

「……怖いんだ…」

 

ルキナは頭を抱えて震えている。

 

「……ルキナ…君は一人じゃない!」

 

集はルキナに恩返ししたい一心でそう言った。

 

「シュウ…?」

 

「ルキナ…僕達は二人共独りだ。家族も無いし、ここでも居場所が無い…だからこそ同じ苦しみが分かるし励まし合えると思う…」

 

「……」

 

「…だからもし君が苦しんでたら、僕が出来る事だったらなんでもする」

 

「……全く、弟に励まされるなんて…兄貴失格だな……」

 

ルキナはやれやれと首を振って立ち上がる。

 

そしていつもの屈託の無い笑顔を集に向ける。

(…これでいいのかな?少しでもルキナへの恩返しになるかな…?)

 

集もルキナに笑顔を返した。

 

 

ーーーーーーーー

 

「シスターマリー」

 

「はいっ!」

 

「業者さんの荷物を受け取って頂けましたか?」

 

「はい、えっと…キッチンに置いておきました」

 

マリーがそう言うと、シスターの中で一番歳上の女性は、 そう と顔のシワをさらに深めて微笑む。

 

「ありがとう。この歳じゃあもうちょっとした力仕事で身体が痛くなっちゃいまして…」

 

彼女の言う通り、六十越えが多いこの教会のシスター達の中で、マリーは唯一の未成年者だ。自然、マリーの方に力仕事が任される。

 

「いえ、仕事なので」

 

「ところで、あの子の方はどうですか?」

 

「相変わらず、他の子供達と馴染めない様です」

 

マリーは悲しそうに眉を寄せる。

 

「…そうですか…、悲しいですね… "この国" の子供だからという理由で仲間外れにされるなんて…」

 

「そうですね…、最近はルキナと一緒に遊んでいるところをよく見かけますね…。ルキナも仲間外れにされてる事を気に病まなければいいのですが…」

 

「あの子ですか…、彼には分かるのでしょうね…虐げられる者の苦しさが…」

 

「?…あの子の過去に何かあったのですか?」

 

「…………他言無用ですよ?」

 

高齢のシスターはしばらく悩むと、マリーに顔を近付け言った。

 

彼女の様子にマリーはしばらく戸惑っていたが、すぐに はい と力強く頷いた。

 

彼女はマリーの反応に微笑みを浮かべた。

 

「あの子の両親…特に父親の事です…」

 

彼女の話は衝撃的なものだった。

マリーは自分の耳に届く話を半信半疑で聞いた。

職業柄、今までにも信じられない様な話を散々聞いて来たが、基本的に子供達の過去にあまり深く触れる事は、当然ながらタブーとされている。

彼女がこうして、ルキナの過去を詳しく話してくれるのも、マリーが誰よりも二人の事を気に掛けているおかげだろう。

 

「ルキナのお父さんが…死刑囚……?」

 

彼女の話が終わった後、マリーの口からようやく絞り出た言葉はそれだった。

 

「シスターマリーっ!」

 

「あっ!」

 

彼女の咎める様な声に、マリーは慌てて自分の口を塞ぐ。

 

「……あなただから話しました…」

 

「…………」

 

「明日からは…今日の事を忘れて、いつも通り彼らに接してあげてください…」

 

「…はい…」

 

あの子達がここにいる間は…降りかかる災厄から、自分が真っ先に盾になって守ろう…。

どんな事になっても、あの子達の味方でいてあげよう…。

 

マリーはそう決心した。

 

この時、彼女達が少しでもドアの向こうに気を向けていたら…廊下を駆ける小さな足音に気付くことができたであろう…。

 

しかし、マリーがドアを開けた頃には、いつも通りの静かな夜の暗闇が横たわっているだけだった。

 

ーーーーーーーーー

 

街の中を走る軽自動車に、二人の男が乗っている。

一人は刑事のケイン、そしてもう一人がーー

 

「よお…どういう風の吹き回しだ…?」

 

「うるせえ…こっちだって今にもぶっ壊れそうなんだよ…」

 

「はっ!随分と自信なさそうじゃあねえか!」

 

「うるせえって!この車から蹴落とすぞ!!」

 

ソーリー とダンテはわざとらしい大袈裟な仕草で肩をすくめる。

 

ダンテにとって、軽自動車の中はかなり窮屈のはずだが、ダンテは無遠慮に座席を倒し、足をアタッシュボードに乗せ、靴がフロントガラスに着くほど伸ばしてくつろいでいる。

 

それを見ながら運転するケインは、しかめっ面はするのの…いつもの様に注意することは無い。

 

つい先日までは、自分の捜査に同行するダンテを煙たがっていたケインだったが、あの夜以来は積極的にダンテを連れ回す様になっていた。

 

「で、刑事さんは次はどこへ行くんだ?」

 

連続殺人の犯人が子供だと分かった二人は、この街の全ての子供達を見て回っていた。

 

「この街で子供がいる場所は後ひとつ…教会だ…」

 

「……そうかい…」

 

「…?」

 

ケインはダンテの反応に違和感を感じた。

この男だったら、 "悪魔がミサ?信神深いことで" くらいの軽口は叩きそうなものだ。

 

そうこうしてる間に、ダンテ達は教会に到着した。

 

ーーーーーーーーー

 

「そういえばさ…この花…なんていうの?」

 

墓石に花を添えていた集は、同じく花を添えているルキナにそう尋ねた。

 

「薔薇…かな?あまりお墓に供える花にむかないと思うけどね」

 

「えっ!?そうなの?」

 

「はは、でもこういうのは真心だから!」

 

「なにそれ?てきとう過ぎない?」

 

昼食を食べた直後、集がたまたまルキナが薔薇を持って歩くところに遭遇し、綺麗だしせっかくだからお墓にお供えしようと提案したのは集からだった。

 

「じゃあ…お供えするのに向いた花って?」

 

「うーん、僕そういった知識はほとんど無いし…薔薇がむかないっていうのも、僕の個人的な感想だからなあ…」

 

「じゃあ僕、シスターにちょっと聞いてくるよ!」

 

困った様に頬を掻くルキナに、集は教会に向かっていく。

 

「え?ちょっと集!?そこまでしなくていいって!……どうも集は変なこだわりを持ってるんだよな…」

 

まあ…優しい事には違いないんだけど…… とルキナは一人呟く。

 

 

「えーと、シスターは…いた!」

 

集は玄関前で、来客を迎えているらしきシスターマリーの後ろ姿を見つけた。

 

「…ダンテ…?」

 

用事が終わるのを待とうかと思い、ふと来客の二人の男の内の一人が見覚えのある男だと気が付いた。

 

 

 

「ダンテ!」

 

「よおっ、小僧元気だったか?」

 

ケインが教会のシスターから聞き込みをしていると、一人の東洋系の子供がダンテに駆け寄ってきた。

 

「知り合いか?」

 

「ああ……まあな…」

 

「?」

 

どうもダンテの歯切れが悪い気がした。

 

ダンテはこの少年と知り合いの様だが、何かあったのか とケインは頭であれこれ考えながら首を傾げる。

 

「なんでここに…?」

 

「仕事だよ。どうにも厄介そうな依頼でな…」

 

「ふうん……えっと…」

 

ケインに気付いた集は、怖がっているかのようにたじろぐ。

人見知りなのだろうと、ケインはすぐ分かった。

 

「俺の一時的の相棒だ。仕事が終わるまでのな…」

 

「あんたの知り合いか?」

 

「ああ、前にちょっとな…。俺がこいつをここに入れたんだ」

 

「あんたが妙にしおらしかったのは、この子供が要因かダンテ?」

 

「ん?まあな…」

 

「えっ…と…」

 

「ああ、もう行っていいぞ。友達のトコに戻りな…」

 

「いや、待て!悪いなボウヤ、ちょっと時間もらえるか?」

 

「?」

 

ソワソワしていた集は、ケインの呼び止めにキョトンとした表情になる。

 

 

(シュウ…遅いな…)

 

集の帰りが遅いことに、心配になったルキナは集が駆けていった方向と同じ方向へ向かっていた。

 

「あっシュウ…。?あれは誰だろう…」

 

集は赤いロングコートの男と、ねずみ色のコートを着た男達と向かい合っていた。

 

特に赤いロングコートの男は、銀髪に巨大なギターケースを担いだ、明らかに周りから浮く存在感を放つ、異質な雰囲気を纏った男だった。

 

「…ーっーー…!!」

 

ルキナは何故かその男に、言いようのない恐怖を覚えた。

その場を一目散に逃げ出したい、そんな衝動にかられる。

 

踏みとどまり、集と男の話に耳を澄ます。

 

「ーーいな、ちー付きーーーーれ。時間ーーらせない」

 

「ーーーぐに終わるーーら…」

 

(……?)

 

よく聞こえない。

 

「ーーーで、ーそこのーーはお前のーーーか?」

 

男がこちらに気付く。

 

瞬間、逃げ出してしまった。

 

コワイ 。

 

何故かは分からない。

 

コワイ 。

 

何故集があの男と親しいのかも…。

 

ユルセナイ 。

 

「ルキナ!!なんで逃げるの!?」

 

集に肩を掴まれ、ルキナは急停止する。

 

後ろを見ると、集が息を切らしている。

 

「……あ、ごめん……」

 

「謝ること無いよ…。それより、どうして急に走り出したりしたの?」

 

「えっ、いや…邪魔しちゃ悪いかなって……。あの人は誰?」

 

「ん?ダンテの事?……あの人は僕の命の恩人だよ」

 

「恩人?」

 

「うん、僕が死にかけてた所を助けてくれたんだ。自分の所じゃ預かれないからって、ここに入れられることになったんだけどーー」

 

「ーーーー」

 

集の言葉はほとんどルキナの耳に入らなかった。

 

「……ルキナ?」

 

ルキナは集に微笑みかける。

 

「行って来なよ。久しぶりに会えたんでしょ?だったら色々話して来なよ」

 

ルキナの言葉に集は、いかにも嬉しそうに頷き、ダンテの方に走っていく。

 

手を振って見送るルキナは、不意にその光景がかつての父に走り寄る自分の姿と重なる。

 

「ーーそうか、ーー

 

ウソツキ 、

 

ーーシュウには居るんだね……」

 

独リダッテ… 、

 

「家族と呼べる人が…」

 

同ジ苦シミヲ分カチ合エルッテ言ッタノニ…。

 

ルキナは結局最後まで、自分の胸の底から湧き上がる、 "自分の物では無い悪意" を抑えることはおろか、気付くことも無かった。

 

ーーーーーーーーー

 

昼食の時間になっても、集はまだ帰って来なかった。

 

ルキナは他の子供達から外れ、夕食を食べていた。

 

仲間外れにされることは慣れていたが、久々だと流石にこたえる。

 

(シュウのやつ、遅いな……)

 

ルキナがステーキにフォークを突き刺した瞬間、頭に グチャリ と柔らかい物が衝突する感触があった。

 

「ーーえっー?」

 

戸惑いと混乱が、ルキナの頭の中で渦巻き、しばらくしてやっと、頭にぶつかった物が食べ物だと気付いた。

 

飛んで来た方向を見ても、子供達が食事をしてるだけで食べ物が飛んでくる様な事があるとは思えない。

 

「何するんだよ…誰だよ今の!!」

 

自分が集と一緒にいることで白い目で見られていることは、知っていた。

 

それを集のせいだと思う事はおろか、それを気にした事すら無かった。

 

しかし今回は、どうもおかしい。

 

全ての子供達が、まるでルキナを憎んでいるかの様に睨んでいる。

 

(な…んで)

 

ルキナは訳が分からなかった。

 

「誰だって言ってるだろ!!」

 

ルキナがそう叫んだ瞬間、再び頭からぐちゃぐちゃに混ぜられ、元がなんだったかさえ判別出来ないものがぶつかる。

 

「うるせえよ犯罪者…」

 

「ーーはっーー?」

 

子供達の中からの声に、ルキナの頭の中は今度こそ真っ白になる。

 

「なにをーー、

 

「とぼけるなよ。知ってんだぞ、お前の親が死刑囚だって」

 

「ーーー、ーー」

 

なにも言えなくなった。

 

反論の言葉を出そうにも、出るのは嗚咽に似た呼吸。

息さえもまともに出来ない。

 

その間も、子供達はルキナを "人殺し" "生きる価値が無いと次々に罵り続ける。

 

しかし、それもーー、

 

(なんで…シュウーー

 

ルキナには、遠い世界の出来事の様になっていた。

 

ーー裏切ったのかーー)

 

ルキナにとって、自分の秘密を知っているのは集だけだ。

 

なぜそんな事をしたのかは分からない。

しかし、現に他の子供達が自分の秘密を知っている。

 

(どうして……シュウ…、ーーどうして……)

 

疑問の声が頭の中でどんどん大きくなるにつれ、凄まじい憎悪次第に膨れ上がるのを感じた。

 

「ーーあっ、

 

そして思い出した。

 

深夜、異形の姿となって人々の生き血を吸う、もう一つの自分の姿にーー、

 

「ああああ、ーー

 

あのダンテという男に、自分の胸を撃ち抜かれた事をーー、

 

「ああああああーーおおおおおおおおおおーー、オオオオオオオオオオオーー!!!」

 

叫びは、いつの間にか咆哮に変わっていた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

「遅くなっちゃったな……」

 

呟きながら、集は教会の門をくぐる。

ダンテとケインに変な事が起きなかったか、事情聴取を受け、その後すっかり話し込んでしまい、気付けば夜も更けそのまま喫茶店で夕食を食べて教会へと戻った。

 

ケインに彼の家族のいる家に、泊まっていくことを提案されたが、友達を待たせていると断って、近くまで送ってもらった。

 

「おかえり…、…シュウ……」

 

「……ルキナ…?」

 

教会の扉の前で、ルキナが一人でたっていた。

 

「ただいま。待っててくれたんだ…」

 

「ーー、ーー」

 

「…?…ールキナ…?」

 

集は違和感を感じた。目の前にいるルキナから生気を感じない。

 

(僕の目の前にいるのは…、本当にルキナか?)

 

集に言いようの無い不安感が襲う。

 

「シュウ…来てくれる…?見せたいものがあるんだ…」

 

「見せたい……もの……?」

 

 

 

ルキナの後に着いていくと、墓地の前に出た。

 

「……見せたいものって何?」

 

「……………」

 

尋ねても、ルキナはマネキンの様に全く反応しない。

 

比喩では無く、本当にマネキンの様に、人間らしい活力をまるで感じられない。

 

「……っ?」

 

ふと、墓地にある墓石が光っている様に見えた。

 

その瞬間、ボコッ と土を突き抜けて、土にまみれたボロボロの乾いた肉と皮を纏った腕が現れた。

 

「なっ…!!」

 

集が目の前の出来事を、正しく理解しようとしている間に、他の地面からも次々に腕が突き出され、まるで出来の悪いゾンビ映画の様に墓下の死人達が地面から這い出している。

 

「あははははははは…ーーどうだい?シュウ……」

 

「……ルキナ……?」

 

その光景を、さもおかしそうに笑い転げる。

 

あまりに異様で異常な行動、シュウは思わずルキナから後ずさる。

 

「ルキナ……これは一体……」

 

「…これで、みんな一緒になれる……。ひとつになれるんだ……」

 

「何を言ってるんだ…。何がどうなってるんだ!!」

 

ルキナが何を言っているのか分からない、まるで要領得ない。

 

ゾンビ達は、集とルキナの方向に向かってくる。

 

「!!」

 

「大丈夫さ、シュウ……。彼らの目的は僕らじゃない…」

 

「それ…、どういうーー」

 

ルキナの言葉通り、ゾンビ達は二人に目もくれず、まっすぐ教会を目指している。

 

「彼らが僕らにした仕打ちを考えれば…、あんな奴ら…腐った死体と一緒に苗床になるのがお似合いだよ……」

 

「苗……床……?」

 

ルキナの言葉に、ゾンビ達をよく見るとーー、

 

「あれって……」

 

ゾンビに薔薇の蔓が寄生虫の様に全身に纏わり付き、不釣り合いで艶やかな薔薇の花弁を咲かせていた。

 

しかし、集が驚愕したのは、その醜悪な光景からでは無い。

 

「あの花って…ルキナと一緒にお供えした…」

 

「うん…手伝ってくれてありがとうシュウ…。まあ僕にこんな力があるって気付いたのは今さっきなんだけどね……」

 

「ルキナ…まさか、教会の人達を…」

 

ルキナは、いつも集に向けていた優しい笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だよ?シュウはあいつらと同じ場所にはいかせない…。僕らはずっと一緒にいるんだから」

 

ルキナの剥き出しの腕から、巨大な薔薇の棘が突き出し始めた。

 

皮膚を突き破り、飛び出した棘から緑色の血が流れ出す。

 

「ーーっーー!!?」

 

その瞬間、集にあの "鉄の部屋" で化け物を見た時と同じ感覚に襲われた。

 

もう二度と味わうことは無い、味わいたくないと思っていた感覚。

 

「あ…ああっあーー」

 

気付けば集はルキナから背を向けて、走り出していた。

 

「なんだよシュウ、なんで逃げるんだ?」

 

背後からルキナの声が聞こえる。

 

追ってくる気配は無かったが、それはまるで獲物が弱るのを待つ捕食者を想起させるものに、集は感じた。

 

 

ーーーーーーーー

 

「んっ…う…」

 

窓を叩く音で、マリーは目を覚ました。

 

食堂で騒ぐ声が聞こえ、何事かとドアを開けてから記憶が無い。

 

何故自分が倒れてるか分からず、ボンヤリと周囲を見回す。

すると、床に倒れた子供達の姿が目に入った。

 

「あっ!」

 

慌てて一人の子供の元へ駆け寄る。

 

息もあるし、意識もあるようだ。

 

周りの子供達も、呆然としながら起き上がり始めている。

 

マリーから安堵のため息が漏れる。

 

すると一際大きく窓ガラスを叩く音が聞こえ、そちらに目を向けーー、

 

「ひ…っ!」

 

マリーから一気に血の気が引く。

 

窓の外には、土と泥にまみれた死体がしきりに窓を破ろうと叩き続けていた。

 

腐りかけで、まだほぼ肉が残っているものから、ほぼ白骨化したものまで、様々な死体があったが、全ての死体から薔薇の花が咲き、茨が身体中に巻き付いている。

 

子供達もマリーが見ているものに気付き、悲鳴を上げながらマリーの元へ逃げる。

 

「みんなっ早くこっちへ!!」

 

マリーは食堂に誰も残っていないのを確認すると、礼拝堂へと向かった。

ドアを閉めた向こうから、窓ガラスが割れる音が響く。

 

恐怖で足がもつれ転んだ幼児を抱き上げ、必死に走る。

 

礼拝堂に着くと、婦長の役割を持った老いたシスター始めとするシスター数人が子供達を集め、懸命に励ましていた。

 

「みんな!此処に、動かないでね」

 

マリーも中心に子供達を集め、強く抱き締める。

 

その瞬間も礼拝堂の空間は窓ガラスが割れる音で埋め尽くされる。

 

動く死体の足音が真後ろまで迫る。

 

ヨダレの様に口から垂れる土が、マリーの襟元にかかる。

 

「大丈夫よ…みんな一緒だから…」

 

湧き上がる恐怖を抑え、抱き締める子供達にそう告げた時、凄まじい破壊音と共に教会の扉が破壊され、同時に数発の銃声が轟く。

 

マリーの真後ろにいたゾンビは、銃弾を浴び、シスターと子供達を飛び越えてパイプオルガンに激突すと、ピクリとも動かなくなった。

 

「はっ、いかれたパーティーの始まりか…」

 

楽しそうに言う男の声が響く。

 

ゾンビ達は乱入した侵入者に目を向ける。

 

その人ならざる者の視線を、ダンテは鼻で笑って流す。

 

「なんだ?お呼びじゃねえってか?」

 

ダンテの問いに応えるかの様に、二体のゾンビが唸り声を上げながらダンテに走り寄る。

 

「そう、言うなってーー

 

それでもダンテは一切慌てる事無く、背負っていたギターケースを床に立て、チャックを思いっきり下げる。

 

、ーーこれから盛大に盛り上げてやるからよ!!」

 

ギターケースの中の物が露わになる。

 

しかしそれはギターなどでは無かった。

 

鍔の部分に二本の角のある髑髏の装飾がされた、銀色の巨大な剣だった。

 

ダンテは 反逆者の剣 "リベリオン" を引き抜くと、バットの様に振り、飛びかかるゾンビを吹き飛ばした。

 

ほぼ砂と土のゾンビ達は壁に激突すると、ボロボロに崩れ落ちる。

 

「はっはーー!!」

 

ダンテは楽しそうに笑いながら、剣を振るい、銃を撃ち、ゾンビ達を蹴散らしていく。

 

「ーーー、ーー」

 

遅れてやって来たケインは、あまりの光景に銃を構えたまま石になる。

 

「よお、また会ったな嬢ちゃん…」

 

「あっ……」

 

ダンテの言葉で、マリーはようやく彼が昼間訪ねてきた来客だと気付く。

 

「もうちょっと待ってな。すぐ終わるから…よっ!」

 

ダンテはかかとをゾンビの眉間に振り下ろす。

 

メキメキと鈍い音が響き、ゾンビの頭蓋はみるみる変形する。

 

「……ああ……」

 

マリーは次々に押し寄せるゾンビを、凶悪な笑みを浮かべながら叩き伏せるダンテを見て、自分と子供達は助かるのだと実感した。

 

 

ーーーーーーー

 

集は必死に鐘のある塔の階段を駆け上っていた。

袋小路になることが分かり切っているここに何故来たのか、集にも分からない。

 

「はあ…はあ…はあ…っ」

 

頂上まで登り切り、喉の奥に血の味を感じながら息を切らして、階段を見ながら自分と階段の間に鐘を挟む位置に移動する。

 

「…っふう…はあ…はあ…はあ…」

 

慎重に耳を澄ませ、息も出来るだけ殺す。

 

まだ、階段を上がる足音は聞こえない。

 

もっと耳に意識を集中させる。

 

『もう鬼ごっこは終わりなの?…シュウ…』

 

 

「……え……?」

 

階段からでは無く、真後ろから声が聞こえた。

 

慌ててその場を飛び退く。

 

ルキナは星空を背にし、フェンスの上に立っていた。

 

矢じりの様に尖った柵の上を、まるでその上に地面があるかの様に、ルキナが立っていた。

 

「……あっ……」

 

「大丈夫だよシュウ、なにも怖くないよ…」

 

「ルキナ…ダメだ…やめてよ、こんなの君じゃ無い!!」

 

「なに言ってるのさシュウ…。みんな同じものになれば、君がいじめられることも、仲間外れにされることもなくなるんだよ?」

 

「ルキナ……っ!」

 

集にはルキナが何を言っているのか全く分からない。

 

「…シュウ…、君も…彼らと同じになるんだ。そうすれーーば僕らはずっと一緒にいられる…』

 

ルキナの声がエコーがかるのと同時に、身体中から何本という茨が皮膚を突き破り、目も赤黒く変色していく。

 

『じゃあ、始めるよ?大丈夫シュウはあいつらと違って苦しませたりしないから…』

 

それでもルキナは笑顔を絶やさない。

 

「あ…あっーー」

 

後ずさりしていた集の背中に、鐘がぶつかる。

 

『じっとして…』

 

追い込まれた集に、茨と化したルキナの指先が徐々に近付く。

 

「ーー!」

 

『…っ?どうしたの?』

 

「ーけーーっ」

 

震えて言葉がうまく出ない。

 

『よく聞こえないよシュウ…』

 

目の前の事が、信じられない。

 

 

 

「化け物!!」

 

 

叫んだ集は手が切れる事に構わず、ルキナの茨の手をはたいた。

 

『ーーーーー』

 

その瞬間、時間が止まる。

 

ルキナは信じられないものを見るかの様に、呆然と集の血が滴る自分の腕を見つめた。

 

『…………そうか……、

君も僕を否定するんだね……!、シュウ!!』

 

ルキナの腕に大量の茨が巻き付き、まるで巨大な腕の様になると、集を軽々掴み上げる。

 

「ぐう…はっ…づ……」

 

背後の鐘に叩きつけられた集は、骨を折るつもりで首を締め上げる茨の腕から逃れようともがくが、ルキナはむしろさらに力を込める。

 

「ーーがっ、……あ……」

 

意識が遠のく。

 

『無駄だよシュウ……。死ね』

 

視界の端に、憎々しげに自分を睨むルキナの顔が見えた。

 

 

ーーーーーーーー

 

銃声も、外から押し寄せる気配も消えた。

 

「あん?終わりか?張り合いねえな」

 

ダンテが吐き捨てる様に言うと、銃をホルスターに戻した。

 

「よお、嬢ちゃん大丈夫かい?」

 

「はい。みんな…大丈夫?」

 

マリーの呼びかけに、子供達はなんとか頷く。

 

「その剣の事も諸々、あんたから絞り出す必要がありそうだな……」

 

銃の弾を装填し安全装置をかけながら、ケインは剣を肩に担ぐダンテに歩み寄る。

 

ふと、足下に転がる死体に気付き、銃口で突ついたり蹴ったりしてみる。

 

ゾンビは全てがただの死体に戻っていた。

 

「たくっ、報告書になんて書きゃいいんだ」

 

「ありのままを書きゃいいじゃあねえか?」

 

「馬鹿言え!クビどこらか病院送りだ!!」

 

呑気に笑うダンテに、ケインは怒鳴り散らす。

 

「あれ…?」

 

「どうした嬢ちゃん?」

 

マリーの戸惑う声に、ダンテは振り返る。

 

「子供が足りないんです!食堂にいた子達はみんな連れて来たはずなのに!!」

 

「落ち着いてシスター。どの子が居ないんです?」

 

ケインがマリーをなだめながら話し掛ける。

 

「……シュウ…ルキナ……」

 

「なんだって?」

 

「シュウとルキナが居ないんです!!」

 

その時、辺りを鐘の音が響く。

 

「鐘…?」

 

「どうして……?鳴らす人なんて誰もーー」

 

「ケイン…弁償はゾンビ共に頼むぜ」

 

マリーが言い終わる前に、ダンテが動いた。

 

「はあ?!あんた今度はなにをーー」

 

またケインが言い終わる前に、ダンテが子供達の上を飛び越えて、壇上を蹴り、正面のステンドグラスを割り、音のする方へ向かう。

 

ケインは悪態をつくと、無線で応援を呼ぶ。

 

 

ーーーーーーーーー

 

「ぐ…うぐ…」

 

ルキナは鐘を動かすほどの力で、集を鐘に縫い止めていた。

 

既に息も止まり、後は意識を失えば、集の命の灯火は急速に勢いを弱める。

 

しかし、風か、鳥が偶然鐘にぶつかったのか、なにかの拍子に鐘が大きく鳴り始める。

 

『うっ…うおおわあああ!!』

 

「うっ!」

 

突然、悪魔となったルキナが苦しみ始め、集は茨の腕から解放され、地面に崩れ落ちる。

 

「ぐ…げほっぐほっ」

 

息を整えながら、ルキナに視線を向ける。

 

『ぐぎ…ギリギリギリギリギリギリ』

 

支えを失った鐘が揺れ動き、さらに連続した鐘の音を響かせている。

それを、教会の鐘の聖なる力か、はたまた単に元から大きな音が苦手なのか、定かでは無いが、逃げる隙が出来た。

 

集は茨の棘が食い込み、流血する首元から気を離し、走ることに集中する。

 

茨を掴んでいたせいで血まみれになった両拳を強く握り締め、全力で駆け出す。

 

鐘の反対側に回り、階段を目指す。

 

その瞬間、ルキナが間にある鐘を飛び越え、集の行く手を阻む形で階段の前に着地すると、血の涙を流す眼を吊り上げて集を睨む。

 

『ドコ行くンだヨ、シュウ!!』

 

怨みのこもった声で、ルキナが言う。

 

「ーーっ!!」

 

『どこ行クんだよオオオ!!』

 

横薙ぎに、巨大な茨の腕を振るう。

 

間にある矢じり状の先端を持つ柵も、柱も、腕の勢いを妨げる要因にはならなかった。

 

柵と柱を粉砕した腕をまともに受けた集は、錐揉みを描きながら何度もフロアをバウンドする。

 

「ご…ごえ…」

 

気が狂いそうになる程の痛みが、全身を駆け巡る。

 

「い…だあ…」

 

ほぼ無意識に、集は手の先にある先の尖った柵の破片を掴んだ。

 

(死にたくない)

 

今、頭の中にあるのはそれだった。

 

あの鉄の部屋で唯一生き残ったのは、自分だけ……死んだ者達に報いる生き方をしたい。

ようやくそう考え始めていたところだったのに……、

 

「こんな…ところで…、死んでたまるか……!!」

 

ここで死んだら…、なんのためにダンテに救われたのか…。

 

ルキナに振り向く。

 

ルキナは腕を槍の様に、集に突き刺そうと弓の様に引き絞っている。

 

人間では、例えスポーツのスーパースターでも、視認も反応も不可能なほどの速度に特化した攻撃。

 

しかし、なぜか集には全てスローモーションに見えた。

 

「あっーあああああ

 

柵の破片を、ゆがむ程強く握り締める。

 

、おおおおおおおおおおお!!」

 

ルキナと同じく身体を引き絞る。

 

『おおおオオオオオオオオオ!!』

 

「おおおおおおおおおおおお!!」

 

二人はお互いに雄叫びを上げ、引き絞った力を解放した。

 

 

 

「ーー、ーーー」

塔の最上階の柵の上に降り立ったダンテは、その光景にしばし言葉を失った。

 

植物の蔓を纏い、悪魔となった子供、そして、柵の破片でその胸を貫く "銀髪" の子供。

 

ダンテは、まるでもう一人の自分が、目の前にいる様な感覚を受ける。

 

やがて、"銀髪" は黒に変わり、そこにはダンテの知る子供がいた。

 

 

 

「はあ…はあ…はあ」

 

しばらくは、自分がなにをしたのか分からなかった。

手に当たる鉄以外の、液体が伝い滴り落ちる感覚で、集はようやく理解出来た。

 

自分の手でルキナを貫いたのだと…。

 

「ーーあーーっーーあ」

 

「ありがとう、シュウ……」

 

ルキナは弱々しい力で、集の身体を強く抱き締める。

 

「ーーうーあー」

 

それだけで、ルキナの生命力が一気に失われたことが分かった。

 

「…意識は……あったんだ……。だけど…自分じゃどうしようもないくらい…憎くて……辛くて、君の事まで殺したくなって……」

 

ルキナが喋るたびに、生きるための大事な何かが無くなっていく。

 

顔が熱いのは出血してるからだと…、視界が歪むのは血が目に入ったのだと思った。

 

「ゲホ……泣いてくれるんだ…、こんなに酷い事したのに……やっぱりシュウは優しいなあ……」

 

「ううううっ、うわあ、あああああああああ!!」

 

声が勝手に出た。

 

涙も滝の様に溢れ出る。

 

ルキナの身体がボロボロと崩れていく。

まるで夢まぼろしから、覚める様に、まるで土人形の様に、

 

(ごめんね…。…ありがとう…)

 

潰れて、もう何も出ない声帯から、そんな声を聞いた気がした。

しかし、それを確かめることは出来ない。

 

 

ルキナは、この世から消滅した。

 

泣き叫ぶ集と、その手に握られるどこの部分かさえ分からない骨の一部を残して……。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

墓地に、神父の声が響く。

 

土砂降りの雨で、死者を送るにはいささか不相応な天気だ。

しかし、人は死の時を選べない。

 

集はいつまでも続くと思っていた。

どんなに辛い日でも、ルキナがいるから耐えられた。

だがもうどこにもいない、この墓を掘っても、出るのは死体とも言えない骨の一部だけだ。

 

「あの死んだ奴、跡形も残らなかったんだって?」

「らしいよ…」

「やっぱり、あの噂は本当だったんだ」

「こわい…あいつが本当の人殺しだよ……」

「死んじゃった子かわいそう」

 

シスターには聞こえなかったが、一番前にいる集にははっきり聞こえた。

身体に当たる雨も、神父の祈りも、子供達の罵倒も、全て冷たい刃になって集の身体を切り刻む。

 

「あいつが殺した」

 

そうだ自分がこの手で彼の心臓を突き刺した。

 

「人殺し」

 

そうだ真実だ。なにも間違えてない、君の言うことが全て正しい。

 

もはや、自分の心と思考でさえも、自身を傷つけるだけのものとなっていく。

 

 

 

ゴンッ

 

鈍い音と共に、大音量の子供の泣き声が聞こえた。

 

「こら!神聖な葬儀の前で子供に暴力を振るうなどとは天罰が下りますぞ!!」

 

神父の怒鳴り声が聞こえる。

 

「へえー、じゃあ子供が子供に人殺しって罵るのは、神様にはありなんだな?」

 

ダンテの声が聞こえる。

いつも通りの調子に聞こえるが、その声はどことなく不機嫌だ。

 

「うっーーー」

 

「この中で死者を弔う気が無い奴は帰れ…。神父てめえもだ」

 

「へ?」

 

「……分からねえのか……?」

 

ダンテは鋭い眼光で神父を睨み付ける。

 

「お前の雑音みてえなお経じゃあ、眠たくても寝れねえって言ってんだよ」

 

「ひいっ!」

 

転げる様に逃げる神父と、教会へ戻る子供達の中で、マリーは最後まで集から目が話せなかった。

 

できれば駆け寄りたい、駆け寄って抱きしめて、慰めて上げたい。

 

しかし、なんと言葉を掛ける。

なにも失ったことの無い自分が、どんな無責任な言葉を掛けられる。

 

悩むマリーの肩に、同期のシスターの手が乗る。

 

その目は "そっとしといて上げて" そう言っている様に見え、マリーはそれに従うことしか出来なかった。

 

 

墓地には、集とダンテだけが残された。

 

「…………」

 

「…………」

 

十分ほど沈黙が流れ、聞こえる音は雨音だけだった。

 

「……今したいことをすればいいさ…」

 

やがてダンテが口を開いた。

 

「………」

 

「遠慮すんな……笑う奴は誰もいねえよ」

 

「…………あ…ああうわあああああーーー、

 

ダンテの言葉をきっかけに、葬儀の前に絞り尽くしたと思っていた涙が、また溢れ出る。

 

「………」

 

ダンテは静かに、泣きじゃくる集を見守った。

 

 

「……ダンテ…」

 

三十分近く泣いた後、集は口を開く。

 

「僕を連れて行ってください……」

 

「…………」

 

「僕を強くしてください。お願いします!」

 

集はダンテと向かい合い、頭を深く下げる。

 

「………」

 

「マリーさんから聞きました…、あのゾンビの群れを倒したのはダンテなんでしょ?」

 

「俺に着いて来ても、強くなれるって保証はどこにもねえぞ…」

 

「それでもいい!!素質が無いって分かったら、すぐ追い出してもいい…!」

 

「……お前は、強くなってなにがしたい……」

 

「守りたい!誰にも負けない…優しい強さがほしい!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

集とダンテは、お互いの目を睨み合う。

 

「………言っておくが…ボランティアじゃあねえんだ」

 

「僕に出来る事だったら、なんでもやるよ!仕事の手伝いだってやる!」

 

「…子守りをする気はねえ…」

 

「さっきも言ったでしょ?ダメだと思ったら、追い出してもいい!」

 

お互いを試す様に、言葉を投げ合う。

 

そしてまた沈黙が流れる。

 

「…………」

 

「…………っは!いいだろ来いよシュウ…、その言葉…証明してみせな」

 

「はい!」

 

集は強く頷き、ダンテの背を追う。

 

 

雨はいつの間にか止み、雲の切れ間から光りのカーテンが地表に垂れ下がっていた。

 

 

こうして桜満集は、およそ三ヶ月間過ごした教会を去り、新たな家へ向かった。

 

 

デビル メイ クライに……、

 

 

そして待ち受ける過酷な運命を、彼はまだ知らない……。

 

 

 

 




過去編2をやるとしたら、ダンテと、"ロストクリスマス" の時に集を誘拐した犯人の悪魔との戦いを描きたいと思います。

プロローグでちょっとあった、集とダンテの出会いをさらに掘り下げたいと思います。

最後まで、作者の自己満足にお付き合い頂いたてありがとうございます。

次回からの本編もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。