ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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今回で、ルーカサイト編完結です。
ようやく話が一区切りつきました。

これから、新しく話が展開していく予定です。


皆さんあまり期待せず、お待ち下さい。


#21極光~join~

「はあ…」

 

紋条祭は自分の机から手を放し椅子の背もたれに背を付き、深く息をつく。

 

ここ最近の彼女はいつもこんな感じで、宿題もなにも手が付かず上の空だ。

 

その原因は彼女自身がよく分かっている。

 

「…集…」

 

約一週間前、祭が中学生の頃から密かに心を寄せていた、幼馴染の桜満集がGHQに連行された。

 

理由は分かっていない。

 

教師に訊いても、両親に訊いても教えてはくれなかった。

というよりもなにも知らない様子だった。

 

彼は今どうしているだろうか。

しっかりご飯は食べれているのだろうか。

痛い思いはしていないだろうか。

また会えるようになるのは、いつのことになるのだろうか。

 

また涙が溢れてきた。

もう絞り尽くしたと思っても、数分もすればまた目が熱くなり、雫が後から後からこぼれ落ちる。

 

「う…ぐすっ…」

 

祭から嗚咽が漏れ始める。

ここ一週間で祭が涙を流さなかった日は無い。

 

何度目が腫れても、何度水分を使い果たしても、涙は枯れない。

 

ふと部屋のドアの隙間から、カツカツと木の床を爪で叩きながら、祭の家族の一員である柴犬が祭の足元に駆け寄る。

 

「?…どうしたのラッキー?」

 

祭は涙を拭い、柴犬のラッキーに目を向ける。

 

「キューン」

 

ラッキーは一声鳴くと、祭の足に身体を擦り付けた。

 

祭の足に毛皮と体温でくすぐったくて、心地よい感触が包み込む。

 

「……」

 

祭にはその行動が、甘えるというより支えようとしているように見えた。

 

「…励まそうとしてくれてるの?」

 

祭は屈み込むと、力いっぱいラッキーを抱きしめる。

 

「ふふ…ありがとう…」

 

ピピピピッピピピピッ

 

携帯の呼び出し音が鳴り、祭は机の上に置いてある携帯を取ると、ラッキーを抱き上げてベッドの上に座る。

 

「もしもし花音ちゃん?」

 

『ああー祭?』

 

電話に出ると委員長の花音だった。

 

「どうしたの?なにか連絡事項?」

 

『いやそうじゃなくて。大丈夫かなって思って…』

 

「……」

 

『あんたここ最近ずっと元気ないし…。なんか無理してる気がしたからさ』

 

「そっか…。心配させちゃったんだね…」

 

祭の親友である花音はやはり、祭の様子を心配していたようだ。

「大丈夫だよ?集もきっとすぐ帰ってくるし…」

 

『…祭…そうだよ!あの桜満君がおおそれた事をするはずないし。きっと明日にでも無実が証明されて帰ってくるって!』

 

「ふふ…ありがとう花音ちゃん。励ましてくれて…。谷尋君も早く復帰してくれたらいいね?」

 

『なっ…なんで今あいつの話が出てくーーブツッーー』

 

「?…花音ちゃん…?」

 

突然通話が切れ、祭は何度も掛け直すが呼び出し音すら鳴らずすぐ切れる。

 

「あれ?繋がらなくなっちゃった…」

 

祭はベッドから立ちベランダを出ると、手を頭上に伸ばして電波を受信しようとする。

 

「ん?なんだろうあれ…」

 

すると視界に奇妙なものが写った。

 

最初は少し大きな星かと思った。

 

しかし目の錯覚なのか、光がゆらゆらと炎の様に揺らめき、しかも星全体が次第に大きくなっていくように見えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「涯…そのペンでどうしようっていうの?」

 

エレベーターに乗り込んだ集は横に立つ涯に尋ねる。

 

「集…これは何だと思う」

 

「えっ…照準装置とか…?ミサイル…とかの…」

 

「半分正解だ。…だがこれはミサイルの照準機では無い」

 

「!…じゃあ…まさか…」

 

涯は集が答えに辿りついたのを感じ取り、頷く。

 

「そうだ。そのペンのシグナルはルーカサイトと繋がっている。ボタンを押したらそのペンを標的にレーザーが発射される」

 

頭の中で梟の顔がよぎり、集は無意識に歯を食いしばる。

 

「……なるほど…予想以上に悪趣味な奴だな…あの虚界って奴」

 

(!…待てよ…涯はまさか…)

 

「撃つ衛星と落下する衛星、そして標的となるこのペンを直線に繋いで、衛星を撃ち落とす」

 

ルーカサイトはいつも同じ軌道を通る。

涯は落ちたひとつの衛星を、同じ軌道を通るもうひとつの衛星が重なった瞬間にその衛星からのレーザーで落ちる衛星を撃ち落そうとしているのだ。

 

……だがそれは……

 

「ツグミ。ポイントとタイミングの計算を頼む」

 

涯がそう言った時、集が涯の持つペンを涯の手ごと強く掴んだ。

 

「……ちょっと待ってよ」

 

「離せ…」

涯が集の腕を力尽くで振りほどこうとする。

 

「それって涯が的になるって事でしょ…。そんなの許さない…。なんで涯が死なないといけないんだ!!」

 

集は涯の手の骨がミシミシと音を立てるほど、強く握り込む。

 

「シュウ…。ガイが死んだら葬儀社は無くなる…。そうなれば……シュウは元の生活に戻れる」

 

「……っ」

 

『一連の事件で得た桜満集に関するデータを全て抹消しろ』

 

集は涯が虚界と交わした取り引きで、涯が言った言葉を思い出す。

 

「最初からこうするつもりだったの?」

 

「………」

 

「……っ」

 

涯の沈黙が答えだった。

 

「涯っ!僕がやる!」

 

「なっ…!?」

 

「シュウ!?」

 

「僕が代わりに的になる!」

 

「………」

 

涯は集を睨みつける。

 

「本気か集。自分がなにを言っているか分かっているのか?」

 

「分かってるさ。だから言ってるんだ!」

 

集は一歩も引かず、涯を睨み返す。

 

「……お前が勝手に死ぬのは自由だ…。だがお前が大事だと言ったお前の友人達はどうするんだ?」

 

「!!」

 

涯の言葉で集は一瞬固まる。

 

涯は集の腹に力一杯拳を叩き込む。

 

「うっ…」

 

集は痛みで涯を掴んでいた手が離れ、腹を抑えてその場にうずくまった。

 

その直後、エレベーターが止まり地上へ続く扉が開く。

 

「むこうはまだ戦場だ。俺たちに立ち止まっている時間は無い…」

 

涯はそう言うと、集を尻目にエレベーターから歩み去った。

 

「シュウ…っ」

 

いのりはうずくまる集に屈み込み、背をさする。

 

「……分かってる…」

 

「?」

 

今にも消えそうで、掠れたような声で集は呟いた。

 

「分かってるよ涯…」

 

集は目の前のいのりではなく、涯に向けて言葉をかけていた。

集は持っていた研二のヴォイドをいのりに手渡すと、扉の縁で身体を支えながら立ち上がる。

 

「馬鹿な事を言ってるって事くらい…」

 

集は気を失っている研二に歩み寄ると、肩を貸しながら立たせる。

 

「だけど僕は…例え僕自身の命を落とすことになっても…近くにいる誰かのために戦うって……ーー、

 

ーー決めたんだ…ずっと前から……」

 

ダンテみたいになるって決めたんだ……

 

集は夢うつつを彷徨っているかのような声で呟いた。

 

一連の言葉を集は、口に出ていることに気づいていない。

 

それほど集の感情は乱れていた。

 

いのりは集が研二をかかえたままエレベーターから歩いて行っても、集から銃のヴォイドを手渡された体勢のまま動けなかった。

 

いのりの頭の中で集の言葉がぐるぐる回っている。

 

「ダンテ…?」

 

集の言葉の意味が分からない。

 

 

「いのり、援護をお願い…!」

 

集から声をかけられ、いのりは今すべき事の優先順位を意識の中で切り替えると、集と涯を追って走り出す。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

地上では今だに陽動部隊の戦闘が続いていた。

 

「はあ…はあ…くそっ」

 

アルゴは肩から息をして、毒づいた。

 

結論から言うとかなり不利の状況だった。

 

その原因の大半はGHQの兵隊達と共に現れた、集がブレイドと呼ぶ謎の生物兵器にあった。

 

生物兵器達は姿も能力も異様だった。

 

人間とトカゲを混ぜたような姿に、古風な西洋の盾と兜を着けた兵器というより異形の兵士だ。

しかも盾を顔の前にかざし、弾を避けている。

 

そして爪をミサイルのように飛ばす能力。

 

最初はそれで攻撃をしてくるだけであったが、人間の兵隊が引いた途端、爪と牙を振り上げ猛然と襲ってきた。

 

まるで邪魔者が消えたとでも言いたげに、獰猛な本性を隠そうともせず襲い掛かり、アルゴの目の前でもう何人もの仲間を八つ裂きにした。

 

しかし集からの事前情報があったおかげで、ほとんどのメンバーはブレイドの動きに柔軟に対応して見せた。

 

もしそれがなかったら、メンバー達の犠牲は倍以上に引き上がっていただろう。

 

しかしだからと言って危険な状況には変わりない。

 

「…ちいっ!不気味な奴らだ!」

 

アルゴは呟きながらブレイドに向けて、撃ち続ける。

効果は薄いようだが、敵を引き付けるという陽動本来の目的が果たされているのだから問題は無い。

 

「!!」

 

ふと視界の隅で、ブレイドが地中に潜る様子が見えた。

 

「気を付けろ!!地面から来るぞ!」

 

アルゴは慌てて周囲の仲間に叫ぶ。

 

その直後、仲間が一番固まっている場所のど真ん中から、ブレイドがロケットのように飛び出した。

 

『ギュイイイイイッ』

 

ブレイドはブレーキ音にも聞こえるような、怒りを孕んだ鳴き声を発する。

 

「距離を離せ!そいつから離れるんだ!」

 

アルゴがブレイドに向けて銃を乱射する。

 

ブレイドは盾を顔の前で立て銃弾を防ぎ、お返しとばかりに爪を飛ばす。

 

「!!」

 

赤い奇跡を描きながら飛来する、数本の爪をアルゴは飛び退き、うつ伏せに伏せる。

 

爪は近くの木の幹に突き刺さり、幹を貫通する。

 

「ちいっ!やっぱりこいつじゃあ火力不足か!!」

 

アルゴはそう唸ると、背負っていたバズーカ砲をブレイドに向けて構える。

 

「こいつを喰らいやがれ!!」

 

叫び、引き金を引く。

 

砲弾は真っ直ぐ直線を描きながら、ブレイドが頭の前に立てた盾に吸い込まれ、凄まじい爆発が覆う。

 

煙が晴れ、そこに盾が砕けその腕が見るも無残に傷付いたブレイドの姿があった。

 

『ゴオオオオオッ!!』

 

自身の片腕が原形を留めないほどズタズタになっても、ブレイドは構わずアルゴに牙を剥き飛びかかる。

 

「…ちくしょう…」

 

目の前に迫る牙がスローモーションにアルゴの顔面を捉える。

アルゴは覚悟を決めた。

 

その時、真横から巨大な腕が飛び出し、ブレイドを殴り飛ばした。

 

ブレイドは二度三度地面でバウンドし、倒れたまま小刻みに震えると、動かなくなった。

 

『アルゴっ!無事!?』

 

「ーっ!綾瀬!」

 

ブレイドを殴り飛ばしたのは、綾瀬のシュタイナーだった。

 

『私の後ろへ!押し返すわよ!』

 

「分かった。おいみんな!」

 

アルゴは後ろのメンバーに呼びかけると、メンバー達は頷き銃を構え前進する。

 

アルゴも綾瀬の後に続いて進もうとした時、ふと先ほど綾瀬が殴り飛ばしたブレイドの姿が目に入った。

 

動かなくなったブレイドは、渇いた泥人形の様に砂になり崩れ落ちた。

そこには砂の山が残り、生き物の死体があった痕跡も残っておらず、その砂の山も風にさらわれ無くなろうとしていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「虚界の奴、兵を引かせないとは気が利かないな」

 

研二を壁に寄り掛からせた集の前で、一足先に空の見える地上に出た涯がぼやくのが聞こえる。

 

涯の視線の向こうには、兵士とエンドレイヴの姿が見える。

 

腰のホルスターからナイフを取り出した集は、刃を見て一瞬固まる。

 

ナイフの刃は、刃こぼれしているというレベルを超えて、折れ無かったのが不思議な程深い溝がいくつも出来ていた。

 

原因は間違いなく、あの仮面の少女と相対したことだろう。

 

棒状の駄菓子を折る程度の力を込めただけでも、真っ二つになりそうだ。

 

集は一瞬迷ったが、心の中で一緒に戦ってくれたナイフに一言礼を言った後。

そのナイフをゆっくり地面へ置くと、ズボンのベルトからいのりに撃ち飛ばされて、床に突き刺さった少女の短剣を抜いた。

 

銃の弾が命中したはずなのに、その短剣は星空を写す程綺麗なままだった。

 

集はその短剣を握ると涯の横に立つ。

 

「ポイントってどこ?」

 

「あそこだ」

 

そう言って涯が指を指した先には、四方をアンテナに囲まれた四角形の台座のような場所があった。

 

しかしその場所は兵達のど真ん中にあり、どう進んで台座に到着しても兵達の目に入ってしまう。

 

最初に彼らを倒すしか無い。

 

「GHQはどうして衛星レーザーを使ってまで日本人を閉じ込めようとなんて…」

 

「理由があるのさ。全ての日本人はもうアポカリプスウイルスに感染している…。あの衛星は日本人を国外へ出さないための檻だ…」

 

話しながら涯は柵を飛び越え、兵達の死角となる壁の影に飛び降りる。

 

着地した涯は兵士を一人撃ち、兵達は涯の存在に気付き一斉に銃弾を放つ。

 

涯はその前に再び壁の影に隠れた。

集はその後ろに着地した。

 

「GHQは日本人を殺すことを躊躇わない。数年後には全員が発症して死の国になるのだから」

 

「………」

 

涯は壁越しに兵士を睨む付ける。

 

「だが俺は諦めない。未来がないなら自らの手で作り出してやる」

 

涯はそう言うと銃弾を恐れず兵士の前に飛び出すと、次々と兵士達の胸の辺りを的確に撃っていく。

 

兵士を撃った涯にエンドレイヴが銃口を向ける。

 

その時、機体は奇妙なシャボン玉状のものに包まれ宙に浮く。

 

集がそちらに目を向けると、いのりが集から手渡された銃のヴォイドを構えているのが目に入った。

 

集はいのりに軽く手を上げて礼を伝えると、すぐ涯の後を追おうとした。

 

「ーっ!!」

 

その時、集の足元に何本もの投げ矢が集の行く手を阻むように突き刺さった。

 

集は踏み出そうとしていた足を無理矢理止め、前につんのめりかける。

 

集は無理な体勢のまま、矢が飛んできた方向に顔を向ける。

 

その視界にいのりに仮面を破壊された、あの少女が短剣を振り上げ上空から飛び掛かってくる姿が写った。

 

「ーっ!!」

 

集はバックステップで紙一重で短剣を躱した。

 

切れた前髪が数本、集の目の前をハラハラと舞い落ちる。

ふと視界の隅に、ポイントとなる台座へ向かう涯の後ろ姿が目に入った。

 

「涯っ!!」

 

このままでは本当に涯がレーザーの的になってしまう。

 

しかし目の前の、褐色の肌と赤毛の少女が集が涯の元へ向かうことを許してくれるはずが無い。

 

集はベルトから抜いた短剣を振り、少女の短剣と空中で打ち合った。

 

火花が散ると同時に、キイインッとかん高い音が響き渡る。

 

少女は打ち合った短剣を軸に集の頭上を飛び越え、集の背後に着地する。

 

集と少女は向かい合い、短剣を向け合ったまま睨み合う。

 

(半魔人化が使える時間は、どんなに多くても後十秒以下が限界…。しかもその後は一切動けなくなるかもしれない…)

 

少女のチクチクとした殺気が集の全身を刺した。

 

(危険を感じたら一瞬発動…。隙を見つけて一気に決める…。この子に勝つにはそれしか無い!)

 

集には半魔人無しでは、少女の攻撃を防ぐことすら至難のわざだ。

魔力は小出しにして戦わなければ、集は一瞬で自滅してしまう。

 

少女は地面を蹴って一気に集を肉薄する。

 

「ふっ!」

 

水平に振るわれた少女の短剣を集は首に届く寸前に大きく身体を反らして避ける。

 

少女は素早く短剣を逆手に持ち替え、再び集の喉元目掛けて振り下ろす。

 

集は身体をねじり、側方を大きく飛び、これを避ける。

 

少女の短剣は狙いを外れ、集の喉元の下にあったコンクリートを砕く。

 

「はあっ!」

 

少女が体勢を立て直す前に、集は少女に向けて勢いよく短剣を突く。

 

少女は先ほどと同じように集の手首を掴み、あっさり突きを止める。

 

しかし集はそうなる事くらい予想していた。

 

集は少女の襟首を掴むと、自分の身体に引き寄せ、背負い投げしようとした。

 

しかし世界が回ったのは、集の視界だった。

 

「!!?」

 

動きの繋がりが理解出来ず、集の思考が一瞬固まりかける。

 

集は身体が叩きつけられるのを防ぐために、手を地面に付けて身体を支える。

 

「ー…っ!!」

 

コンクリートの荒い表面が、集の表皮を削り上げる。

その痛みによる声を、集はなんとか押し殺す。

 

少女は集に向かって真っ直ぐ走り寄り、まるで荒れ狂う蛇のように短剣を振るう。

 

集はそれを避け、短剣で逸らす。

 

(…大丈夫だ…。弾くのは無理でも、反応や対処は出来る…)

 

それでも少女が、半魔人の集と並ぶ程の身体能力を持っていることは変わり無い。

 

集には次第に小さな傷が増えていき、体力を奪っていく。

集の体力が尽きるのは時間の問題だ。

 

(…?)

 

そこで集は少女に小さな違和感を感じた。

 

(この子の剣技…一切の曇りが無くて洗練されてる…。それこそ僕やいのり以上に…。だけどなんでだろう…この子の剣はーー)

 

「……」

 

少女がその隙を見逃すはずが無い。

 

「があっ!?」

 

少女の重い蹴りを腹に受け、集の体内は僅かにプレスされる。

 

集の身体はくの字に曲がり、吹き飛ばーー

 

「…!」

 

少女の表情が、初めて驚愕に染まる。

 

少女の手首には集の手が、先ほどとは比較にならない力でがっしり掴んで、少女の動きを封じていた。

 

半魔人では無い、普段の集では力も速さも目の前の少女と比べて遠く及ばない。

 

しかしそんな集にも、二つだけ少女に勝っている部分がある。

 

「…こ…んな、蹴り…」

 

それは身長…つまりはリーチ。

そして…

 

「ダンテの方が!十倍は重かった!!」

 

最強の悪魔狩人からの、五年間の修行で手に入れた脅威の打たれ強さ。

 

「はあああああああっ!!」

 

集の目は、少女の驚愕と困惑に染まった目をしっかり捉えた。

 

「…うあっ!」

 

突き出した集の右手が光を放ちながら少女の胸元に沈み、少女の表情は苦悶に歪み、切なげな声が漏れる。

 

(よしっ!このままヴォイドを引き抜けば……!!)

 

ヴォイドを引き抜けば少女は気を失い、怪我をさせること無く撃破に成功する。

 

しかし次の瞬間集は、予想だにしなかった感触に目を見開く。

 

(どういうことだ!?この子にはーー)

 

「ごはっ!!」

 

少女の足が鞭のようにしなり、集の側頭を打つ。

 

集は今度こそ耐え切れず吹き飛ばされる。

 

地面に倒れ込む集を、少女は間髪入れず飛びかかり短剣を振り下ろそうとする。

 

その瞬間、集の魔力が解放され、少女に濃密な力の渦が襲いかかる。

 

「ーっ!?」

 

少女は一瞬、空中で自由を奪われる。

 

「お…おおおおおお!!」

 

集は獣じみた雄叫びを上げ、全魔力を脚力を集中させると地面をありったけの力を込め蹴り付ける。

 

集の身体はロケットのように少女に向けて飛び、空中で少女と衝突し、集は少女を押し付ける形で壁の二階部分に激突する。

 

「かはっ!」

 

少女の首に着いたチョーカーが衝撃で外れ、少女は肺に詰まった全ての空気が押し出され、少女の意識は眠りに落ちる。

 

「くっ!」

 

半魔人化を解いた集は、落下の衝撃から少女を守ろうと少女の小さな身体を抱え込む。

 

「……?」

 

間近まで迫っていたはずの、衝撃がいくら経っても襲って来ない事を不思議に思った集は、ゆっくり目を開ける。

 

すると見覚えのある、シャボン玉状のものが集と少女を包んでいることに気が付いた。

 

「シュウ!」

 

「いのり…いのりが助けてくれたんだね。ありがとう」

 

ゆっくり地面に降ろされた集の元に、重力制御の能力を持つ銃のヴォイドを持ったいのりが駆け寄る。

 

彼女がそのヴォイドで集と少女が、地面に叩きつけられるのを救ったことは、想像に難くない。

 

「……その子は……?」

 

「…死んでは…ないと思う……」

 

集は壁に激突する寸前に、少女が頭をぶつけないようにと、少女の頭の後ろに手を回しクッション替わりにしたり、腕を引いて衝撃を分散させたりと少女に伝わるダメージを最小限に抑えたりと、色々工夫はしていたのだが…。

 

ぶつかった衝撃で壁に出来た大穴を見て、少し不安になる。

 

集はおそるおそる少女の口の前に、耳を近付けてみた。

 

すると、すーすー とリズムの整った呼吸音が聞こえ、集から安堵のため息が漏れる。

 

「……!そうだ涯!!」

 

重大なことを思い出した集は、重い身体に鞭をうち勢いよく立ち上がる。

 

「……っいのりその子のこと頼んだよ!」

 

集はいのりにそう告げると、涯の所に向かって駆け出した。

 

しかし足が思うように持ち上がらず、酔っ払いの千鳥足のように今にも倒れそうな走り方しか出来ず。

 

意識も一瞬でも気を抜くと、即眠りに落ちてしまいそうな程、朦朧としていた。

 

「っ…くそっ!」

 

それでも涯を見捨てるわけにはいかない。

集には具体的な策は無いが、涯を狙ったレーザーを自分の生命力の全てを魔力に変えてぶつける気持ちでいた。

 

「シュウ…」

 

ポイントとなる台座に涯の姿が見え、最後の柵を越えようとしていた集に、突然後ろからいのりに声をかけられた。

 

「…救いたい?…みんなを…ガイを…」

 

「当たり前だよ!僕の全てをくれてやってもいい!!」

 

なにを当たり前のことを言っているんだと、集は思わずいのりに振り返り、固まった。

 

周囲はさっきまでいた寒々しい森林と施設では無く、初めていのりからヴォイドを抜いた時に見た、白くコンピューターの仕組みを視覚化したような光景が、あの時の再現のように二人の周りを包んでいた。

 

しかし集が固まった理由は他にあった。

 

「……君は…誰……?」

 

集は目の前の少女を、いのりとは認識出来なかった。

 

見た目は確かにいのりだった…しかし集には全くの別人に見える。

 

「集の願い……きいたよ…」

 

いのりでは無い誰かは、そう言って集に微笑みかける。

 

なぜか" なつかしい "という気持ちが集の心を満たしていく。

 

その気持ちの正体がつかめないまま、集は吸い寄せられるようにいのりに右手を差し出す。

 

「……」

 

いのりはあっさり集の右手を受け入れ、右手はヴォイドの輝きを放ちながら、いのりの胸元に沈んでいく。

 

「う…ああっ…んん」

 

いのりの口から、切なげな声が漏れる。

 

集が右手を引き抜くと、剣のヴォイドが姿を現す。

 

すると銃のヴォイドが、いのりの手を離れ、集の持つ剣に吸い込まれ、融合していく。

 

「ヴォイドが…合体して……」

 

集は目の前に起こっている事が理解できないまま、その現象を口にした。

 

 

 

涯は星がほとんど見えない夜空を、一人…なんのけ無しに見上げていた。

 

涯には、迷いが無かった。

 

エレベーターでいのりが言った通り、自分がここで死ねば、葬儀社が瓦解することは分かっている。

 

その後は新たなリーダーの元で、戦いを続けることも出来る。

そして葬儀社を抜けたい者は、いいきっかけになるだろう。

 

集もデータが消えれば、自由の身だ。

 

それが……涯なりの償いだった……。

 

『…涯……後三分…』

 

涯は そうか とツグミに素っ気なく返し、夜空の一点を睨む。

そして夜空そのものに戦いを挑む様に、ペンをかざす。

 

「さあ…勝負だ。淘汰されるのは俺か……。それとも世界か……」

 

ふと涯の脳裏に、十年間片時も忘れることがなかった、おそらくは自分が戦う一番の理由であるはずの、最愛の人が浮かぶ。

 

「………」

 

それがなにかは涯には分からない。

 

後悔なのか……懺悔なのかすらも……。

 

 

(……真名……、もう一度お前にーー)

 

「 涯 っ !!!」

 

涯の思考は、集の声で現実に戻される。

 

「集っ!!お前……そのヴォイドは!?」

 

集の両手には、トリガーと銃身の着いた剣のヴォイドが握られていた。

 

「これを使えば……涯を救えるって誰かが言ったんだ!!」

 

「……!!」

 

「ツグミっ!こっちもカウント頼んだ!!」

 

『はっはい!後十秒だよ!』

 

ヴォイドから発せられる光が、さらに強まる。

 

「お願いだ……涯や…みんなを……守ってくれ!!」

 

集は叫び、引き金を引いた。

 

刀身から重力の刃が伸び、二つの" 星 "を両断した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ルーカサイトの消滅。

 

この報告を聞いた茎道は、はらわたが煮え返りそうな程の怒りに支配された。

 

「ふむ……まさか衛星を堕とすとは…。いやはや彼奴等想像以上にやりますな……」

 

茎道の背後で顎に手を当てて、ウロボロス社の社長のアリウスはどこか芝居がかった口調で言う。

 

「…………っ」

 

しかし茎道には、それに気が回る程の余裕すら無かった。

 

世界を再生させるための楔が、このような形で失われるとは思ってもみなかった。

 

茎道は血がにじむ程、拳を握り締める。

 

『ありがとう…シュウイチロウ……』

 

茎道は、声のした頭上を仰ぎ見る。

 

『コキュートスが震えました。彼女はまもなく目覚めますーー』

 

天井に立ち、茎道を" 見上げる人物がいる。

金髪を揺らす少年のように見える人物だが、年齢を感じさせない不気味さがあった。

 

『愛しい彼女の王を求めて……彼女は目を覚まします……』

 

禍福は糾える縄の如し…。

悪い事があれば、良い事もある……。

 

茎道の心は打って変わって喜びの感情に満たされ、口元に深い笑みを作る。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

どうやら気絶していた様だった。

 

集は仰向けに転がり、夜空を見上げていた。

 

さっきまで星が全く見えていなかった空に、大量の流れ星が夜空の光を支配していた。

 

「バカな奴だ……」

 

ボンヤリ夜空を見ていると、横から涯の声がした。

 

「……どうして来た。俺が死ねばお前は自由だったのに」

 

「……言ったろ?手伝うって」

 

集の答えを聞いた涯は、呆れたような、嬉しいのか、よく分からない笑みを漏らす。

 

「それに…信じるって言ったろ?」

 

集は立ち上がると、涯に手を差し出す。

 

「これで、僕もはれて君らの仲間……でしょ?」

 

「……ああ、そうだな……」

 

涯はその手を、しっかり握った。

 

夜空はまるで祝福する様に、星の雨を降らせ続けた。

 

 

五分後、GHQのサーバーから、桜満集が葬儀社に関与する全てのデータが抹消された。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

夜空には、大きな穴の様な満月が地上を見下ろしている。

 

その下で、剣を担いだロングコートの男…ダンテが悠々と立っており、まるでスターの石像かなにかのようだ。

 

そしてその足元には、ヘリや戦車の残骸が大量に散らばっている。

 

よく見ると、どの残骸にもまるでしがみ付く様に、肉塊が付いており、眼球の様なものまで見える。

 

その肉塊は全て悪魔だ。

 

「たくっ、ここまでとはな…」

 

そんな醜悪な景色に、ダンテはそんなことを言った。

 

無論、この景色では無く、元凶に対しての言葉なのだが……。

 

その中を、一片の躊躇い無く歩く一人の女性がいた。

 

長い金髪に、黒いレザー服を着た美しい女性だ。

 

女性の名は、トリッシュ。

ダンテの相棒だ。

 

「よう…どうだった?」

 

「魔具を盗まれた事件は無し……。貴方のとこ以外はね……」

 

ダンテは、 だろうな… と軽く返しながら、背中に剣を納める。

 

「他には?」

 

「あなたが言ったアリウスって男は、兵器製造会社のオーナーね……かなりアコギな商売をしてるみたいよ」

 

「ああ、さぞ儲かってるみたいだな?」

 

ダンテは周囲の悪魔と同化した兵器を眺めながら、皮肉を込めた感想を漏らす。

 

「で…?この社長様はどちらにいらっしゃるんだ?」

 

トリッシュは、一度深く息を吐くと……。

 

「日本よ……」

 

「………そうかい…」

 

「…どうするの……?」

 

「決まってるだろ?お邪魔しに行くんだよ…」

 

トリッシュは はあ と、呆れを隠そうともせず、ため息を吐く。

 

「そっちじゃないわよ…。分かってるでしょ?」

 

「ああー…」

 

ダンテはようやくトリッシュの言いたい事を理解した。

 

「久々に顔でも拝みに行くか……」

 

その言葉に、トリッシュは納得した様に、頷く。

 

 

 

ダンテは満月を仰ぎ見ると、小さく呟く。

 

 

 

「日本か……」


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