小悪魔日記 ~悪魔に『小』がつく幾つかの事情~   作:puripoti

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第10.5話(上) 燃えるデザイアタウン

 死を嘆いて舞い踊る阿呆のごとくに荒れ狂った炎の中で、私達は“まんじり”ともせず、まるで他人事と変わらぬ白けた気分で業火に崩れる屋敷を眺めていました。

 

   *

 

 状況に関する説明を手っ取り早くしてしまいますと、私らの住んでたお屋敷がどこの誰とも判らぬろくでなしによって火を点けられました。いわゆるひとつの放火ですね、それ以外に言いようがあるなら聞きたいもんですが。なお、やらかしてくれた“ばかたれ”については見当もつきません。なにせ心当たりが多すぎるので。

 そして被害者であるところの私らが何をしてるのかといえば、別に何もしてはおりません。それこそ避難もせずにお屋敷に留まり、ちょいとした物見遊山気分で今まで過ごしていた仮の住まいが燃えるのを“ぼけーっ”と眺めているのです。

 

 ───燃えてますね。

 

 轟々と唸りをあげる炎を鬱陶しく感じながら、密かな自慢の赤毛を指に絡めてもてあそび当たり前のことをつぶやく私へと、さも“どうでもいい”とばかりのお返事が返されました。

 

「そうね、ここまでくるといっそ気持ちが良いくらいだわ」

 

 右隣に佇む声の主、パチュリー様といえば相も変わらぬ静かな佇まいのまま、自身を飲み込まんとする炎の渦へと興味なさげな視線を向けるばかり。かつて何度も火炙り首吊り磔刑(たっけい)斬首などという愉快な経験を経てなお、“ちゃっかり”生き延びてきたこの方にとっては見飽きた光景でしかないのでしょう。先程から瞬き一つしないのだって、この光景に目を奪われているからではなく、まぶたを動かすのも億劫(おっくう)だからにすぎません(付け加えるならこの方の眼球はとっくに性能のよい人工物に換装済みで、瞬きの必要がないというのもありますが)。なんにせよ、お屋敷に設けられていた肝心要の施設はとっくに“仕舞って”ある上に、私らどちらも今更このくらいじゃ痛痒も感じやしないので気楽なものです。

 

 とはいえ頑丈なのは上っ面だけ、その内実はお世辞にも健康とは程遠い我が主のこと。万が一の事があってはいけないので、私はお使いとして主を気遣う素振りだけでも見せておくことにしました。この方にはまだまだご壮健でいただきたい。さもないことには私の懐具合にゃ都合が悪い。

 

 パチュリー様、お暑くないですか。といいますか熱くないですか?

 

「平気よ、シールドはしてあるもの。何より“今の身体”はこのくらいじゃ火傷も負いはしない」

 

 むしろ、そういうあなたこそ大丈夫なのかしら? 逆に心配を返されてしまいました。正確には私の身を案じたのではなく、大枚はたいて育てた投資対象がこんなしょうもない事で失われるのを厭がったというところでしょうけれども。肩に振りかかる火の粉を払いつつ私は小首を傾げ、軽いウィンクをしてみせました。ご心配なく。吹けば飛ぶよな小悪魔といえどもそれなりの研鑽(けんさん)は積みましたからね、このくらいなら“びく”ともしない程度の魔力は身につけておりますて。

 

「それは重畳」

 

 パチュリー様はそれっきり興味を失ったように視線を戻されました。あら残念。私は軽く肩をすくめずにはいられません。今のウィンクは毎日の練習を欠かさぬものなので、見惚れて欲しいとまでは言いませんが、少しは反応してもらいたいところなのですけど。慨嘆する小悪魔の心中も知らず、冷徹の魔女は荒れ狂う炎へも凍てつくがごとき冷え冷えとした表情を炎へと───正確にはそれを飛びこした向こう側、お屋敷の外にいるであろうこれら一連の馬鹿騒ぎの大元に向けて言いました。

 

「とはいえこの光景にも飽きた、さっさと出ましょうか」

 

 はあい、ではお先に失礼いたしますね。小さく応えて足元に置いてあった頑丈そうなつくりの鞄(例の『お引越し』用のやつです)を拾い、主の先導というよりは露払いとして歩き出しながらも、私は事ここに到るまでの経緯を思い浮かべずにはいられませんでした───思えばなんでこんな事になったのやら。

 

 誰に気付かれることもなく吐き出されたか細い溜め息さえ、燃え盛るお屋敷とともに炙られていく。

 

   *

 

 そも事の起こりは私にとっては二度目の、そしてパチュリー様にとっては何度目になるかも判らぬ“お引越し”から始まりました。

 

 例のスラム街に居を構えてから四半世紀ばかりの時間が経ったある日のこと。パチュリー様はそろそろこの土地に見切りをつけ、次の拠点に移るので準備をしておくようにとおっしゃいました。この小汚い街にいい加減、辟易となりつつあった私としては、それはまさに渡りに船とでも云うべきもので、喜々として身辺の“整理”を進めたものでした。そんな私へと、ついでとばかりのごく軽い調子でパチュリー様は付け加えたものです。

 

「ちなみに次の引越し先は新大陸よ」

 

 それを聞いた私が思わず手を止め首を傾げたのもむべなるかな。

 

 新大陸といえば海を隔てて遥かに彼方、一攫千金の夢を求めて大望を抱く者達が集うフロンティア……などといえば聞こえは良いものの、結局のところ“こちら”では食べていくことさえままならなくなった食い詰め者にろくでなしが行き着く掃き溜めくらいにしか思っていなかった私としては(実際のところ、それほど間違いではない)、そんな未開の地に足を運んでほんとうに大丈夫なのか半信半疑の態で居られずにはおれませんでした。

 

「気持ちは判らんでもないけどね。けれどこの大陸に留まっていたところで、もはや“うまみ”はない」

 

 パチュリー様が仰るにはこの大陸はとっくに高度成長のピークアウトをしており、さらにしばらくの間は成長期のツケとでも云うべき諸問題の噴出で少なからざる混乱を迎えるのだとか。それから逃れる意味も含めて成長と発展の余地を大いに残している場所で活動の手を拡げていくらしいのです。それに発展途上の混乱期を迎えてる土地は、金さえあれば身元はじめとした経歴を一から作るのにゃもってこいなのだとも。これらの話を聞くに、どうやら引っ越しによる身元のリセットついでに新たなコネなりも再構築する腹積もりなのでしょう。相変わらず抜け目というものとは無縁のお方です。

 

「なによりも投資は上り調子の案件の、それもごく初期にするのが王道でしょう」

 

 もっとも、これは釈迦に説法だろうけれどね。パチュリー様の口元に、これみよがしの皮肉なものが浮かびました。おや、その様子ではご存知でありましたか。

 

「まあね。最近、派手に稼いでいるようじゃない」

 

 恐縮です。隠すほどのことでもなかったので私は素直に首肯しました。実はしばらく前から、これまでに頂いたお給金を元手とした投資運用をしておりまして、これが中々によい稼ぎになっているのです。しかしなにを副業にしているかはともかくとして、私の稼ぎが上手くいっている事までをどうやって見抜かれたのでしょうか。

 

「そんなもん、あなたの格好を見りゃ一目瞭然じゃない」

 

 言いながらパチュリー様は、少し前から私の愛用品となっている絹のブラウスの襟元を細い指で弾きました。これ以外にも黒褐色のジャケットにお揃いのベスト、フレアスカートの三点セットは地味で目立たぬ色合いながら、その実この界隈どころか国でも有数のテイラーで仕立てた特注品。程よい艶がのったシルクのネクタイを彩るタイピンやカフスの材料が金銀瑪瑙に珊瑚なら、履き心地のよさを足裏から伝えるパンプスは当たり前のように手縫いのコードバン───まさに完全無欠、非の打ち所のない成金の格好です。

 

「どこで憶えたのかは知らないけれど、儲けたものね」

 

 東洋の諺で云うところの門前の小僧云々てやつですかね、この場合は門内の小悪魔ですけれど。からかい半分、感心半分といった声にどう応えてよいか判らず曖昧な笑みを浮かべて誤魔化していると、パチュリー様はかすかに鼻を鳴らしてみせました。

 

「まあ貴方の稼ぎを何に使おうが好きにすればいいけれど、それでも気をつけなさい。悪目立ちして素性がバレるなんてことになったら目も当てられない」

 

 ───そこは悉皆承知しております。パチュリー様には何一つの憂いさえもなさしめぬよう細心の注意を払う所存でございます。パチュリー様は珍しく冗談めかしておいででしたが、しかし万が一にも下手を打ったが最後、即座に私を切り捨てにかかるのは目に見えていたので、精々“しかつめらしい”態度をとってみせるしかありません。

 

「結構、なら後は一切を任せたわ。期限は二週間、それですべての始末を終えなさい」

 

 安んじてお任せあれ。主に恭しく一礼した私は早速、手元に電子端末を喚び出して作業工程の簡単な見積もりを入力していきます。以前と同じく今回の“お引越し”においても、処分した“もの”のいくらかはお駄賃として私の懐に入れてよいとのお墨付きを頂いているので、作業に気が乗ろうというものです。調子に乗ってついつい鼻歌なども歌ってしまいます。しかしそこは稀代の魔女パチュリー・ノーレッジというべきか、ささやかなる皮算用という名のぬるま湯に肩まで浸かった小悪魔へと釘をさすのを忘れません。

 

「ただし諸経費は全部あなた持ち。手段方法については好きにすればいいけれど、費用を浮かすためにせこく立ちまわった挙句、損害なんぞを出そうものなら差し引きは全て引き受けてもらおうか」

 

 はあい、承知いたしました。けちな打算で茹だった脳ミソに冷水を浴びせかけられた小悪魔が、さながら机の角っこへ足の小指でもぶつけたような顔になったのを確認したパチュリー様は、これみよがしの意地悪い笑みを浮かべられました。

 

   *

 

 元の大陸における資産(9割方が表向きにはしていない、というかできないもの)を無事に処分し、現在就航している中でも一等、豪華なお船のこれまた最高の客室を使い、ほとんど身一つで揺らめく海に身を任せることおよそ2週間。優雅な船旅の末に到着した新天地は中々どうして、目を瞠るほどの発展と活況具合を呈しておりました。しかしこの世のすべての繁栄と活気がこの地に集まっているのではないかとさえ思われるほどの熱気に圧倒されるのも束の間、まずは活動の手を拡げていくため渡航に使った港街を足がかりにするのかと思いきや、なんとパチュリー様は中央を抜け、西部地域に向かうと言い出されました。

 

 私は引越し先を告げられた時と同じく、なんだってそんな所にという疑問を頭に浮かべずにはいられませんでした。このだだっ広い大陸は未だ手付かずの場所も多く、というよりも半分近くがほったらかしときたもので、聞いた話じゃ中央以西は特に酷い有様。東部から爪弾きにされた“はぐれ”や“あぶれ”が現地の未開人と血みどろの仁義も任侠もへったくれも無き戦いを繰り広げる無法地帯になっているのだとかなんとか。そんなどうしようもない土地に出向いて一体、何をなさろうというのでしょうか。

 

「それに関しては“おいおい”説明してあげる。今は黙って従いなさい」

 

 そのように言われては一介のお使い風情に主の意に沿わぬ真似ができようはずもなく、言われるままに馬車をはじめとした諸々の手配を済ませた私は一路、大陸横断の旅に出たのです。

 

   *

 

 お船に揺られたその次は、馬車に揺られること一月弱。道中、何度か遭遇した現地の先住民やら、原住民に毛が生えた程度の破落戸(ごろつき)ボンクラろくでなしの相手をこなしつつ(そいつらの末路については語るのも阿呆らしいので割愛します)、到着したのは辺り一面どころか遥かに遠い地平線の彼方まで乾ききった荒れ地が続く、不毛という言葉を形にしたが如き場所でした。

 

 ───こりゃあまた、ずいぶんと見晴らしのよろしいところで。

 

 停車した幌馬車の御者席から降りた私はテンガロンハットの(つば)を上げ、“ぐるり”と辺りを見渡しました。目を凝らせどもどこまでも、人っ子一人猫の仔一匹草木の一本さえ見当たらぬひび割れ乾いた荒野の情景。いっそ感心するほど何もない大地の感触を確かめるように歩いていると、ブーツのつま先に“こつん”と何か硬いものが当たりました。おや、なんでしょうか?

 

 石や岩にしては、妙に軽い感触に不審を感じて足元を見れば、地面に半分ほど埋まった“されこうべ”と目(?)が合いました。あら、ごきげんよう。大きさからするとまだ年端もいかない子供のものらしいそれを、“つんつん”と爪先で突っついていると、耳元にパチュリー様の声が届けられました。声だけが。当のご本人様は出発してからこっち、馬車の中に篭もりっきりでございます。

 

「“それ”は少しばかり前に、ここで暮らしてた連中のものね」

 

 姿あらわさぬ雇い主が言うには、今でこそご覧の有り様なこの一帯もつい数十年くらい前まで豊かな緑の生い茂る土地であったのだそうです。へえ、こんなぺんぺん草も生えてないような今の景色からじゃ想像もつきませんね。だとしたら、それが一体全体なんだってこんな風景になっちゃったんでしょう。

 

「文明人気取りの物知らずが、でかい顔を並べてやってきたのが主な理由かしら」

 

 そこで行われた無計画極まる入植やら放牧やらが祟り、ここら一帯は“あれよあれよ”という間さえなく眼前のごとくに成り果てたのだとか。ついでとばかりにその過程で、この地に居留していた元の住人連中も不毛なる大地の肥やし(なんと矛盾した物言いであることか)になっちまったのだそうで。

 

「良質なペヨーテが手に入る土地でもあったのだけれど───物の価値がわからん輩が生産者もろとも根こそぎにしちまいよってな」

 

 お陰で私の研究にも少なからずの支障をきたすようになった、大迷惑よ。姿は見えずとも馬車の中で一人、しかめっ面をしている姿が脳裏に浮かぶような声でパチュリー様はぼやかれました。それはそれは災難でしたね。別段、こちらの懐具合に関わることでもなかったので、精々、同情の響きが伝わるように相槌を打ちます。そんなことよりパチュリー様は今や何の価値もなくなったこの地に、一体全体どのような御用がおありなのでしょう? まさかに、一文の得にもならなさそうな昔話を聞かせるために、こんな辺鄙な所へ足を運んだわけでもありますまいに。

 

「無論、そんなつもりは一切ないわ。ここからもう少し南西へと進んだ所に河がある、そこが目指す場所よ」

 

 はあい。それでは早速、そちらに向かうことにしましょうか。軽いお返事とともに踵を返し、馬車の御者席に乗り直した私はお馬に一鞭くれてその場を後にしました。

 

   *

 

 特に急ぐこともなかったので“のんびりのったり”馬車を走らせることおよそ1時間弱。目的地に到着した私は馬車を降り、目の前に拡がる河を観察しました。

 

 川幅はそこそこ広く、豊富な水量の割に流れも水深もそんなでもない。あたり一面が石ころばかりという殺風景さを除けば何の変哲もない河のようです。こんなところにまで足を運んで、パチュリー様は一体、なにをしようと云うのでしょうね。疑問は尽きぬものの、まずはここまで走り詰めだった馬達に休息を取らせるため、私は馬車から馬を外して水辺にまで連れて行ってやることにしました。

 

 疲労の度合いが高そうな仔から順番に水を飲ませてやり、最後の一頭を川辺に連れてその首を労るように撫でてやっていると不意に足元でなにか、いくつもの光る粒のようなものが視えました。なんでしょうか、ありゃ。私は身を屈めてそれを拾い上げて掌で転がしてみます。光の粒は小指の爪ほどの大きさで、どれも煌びやかな金色をしてお天道さまにも負けない輝きを放っておりました。これはまさか……。

 思い当たる節に眉をひそめていると、馬車の中から予想通りの答えがもたらされました。

 

「砂金よ」

 

 相変わらず馬車から出ようともしないパチュリー様の説明によると、この近くに手付かずで埋もれたままの鉱脈があるのだそうです。

 へえ、そうなんですか。気のない相槌を打った私は、掌の砂金をお天道様めがけて思い切りよく放り投げました。繽紛と降りしきる陽光の下、千々に散らばる黄金の輝きが煌めき踊り、それは例えようもない美しさで私の目を奪う。

 

「もったいないことをするわね。拾って集めりゃいい小遣いになるでしょうに」

 

 ご冗談を。パチュリー様の“からかい”に、私は肩をすくめずにはいられません。一攫千金の代名詞のように言われている金鉱掘り(ゴールドラッシュという事象含め)ですが、実際のところ個人程度で行うそれは流通に前後した段階で貧乏人が苦労して手にしたものを金持ちが二束三文の端金で吸い上げるというシステムが成立しているので、客観的に見ると労働の対価として割にあわないこと甚だしいのです。実際にこの大陸だけでも何度かそれなりの規模の金山が見つかってはいるのですが、それを集めてお金持ちに成り上がった輩なんぞは一人もいやしないのがいい証左。金を掘って儲けたければ、まずは貧乏人を安くこき使えるお金持ちになるべしというこの矛盾は一体なんでしょう。

 

 黄金の放物線が河の中に消えゆき、私はまた川底を探り砂金を手に取ります。程よい量が溜まったところで、また宙に放り投げる。砂金が水面に落ちたらまた拾ってまた投げる。それを飽きることなく何度も何度も繰り返す。正直、自分でもなにをしているのかは判りません。しいて言うならひと掬いで最上等の馬車だって買えてしまう黄金の煌めきが、誰に知られることもなくこんな“ちんけ”な悪魔に路傍の石のごとく扱われるというのが、たまらぬ皮肉を感じさせる。世の大半の連中からすりゃ垂涎(すいぜん)どころか呪い殺されそうなそれがこんなにも愉快で仕方がなくて、こんなにも笑えて仕方がない。

 

 しばらくの間、私は世にも贅沢な川遊びを満喫するのでした。

 

   *

 

「満足したかしら?」

 

 いつの間にやら馬車からお出になられていたパチュリー様からそんな声がかけられたのは、一息ついて額の汗を拭っているときのことでした。そのお顔は微笑ましいものを見たというより、未開の地に住まう原住民による得体のしれない奇祭を目の当たりにしたと言わんばかりでありました。

 

「カラスよろしく綺麗な石を拾って集めてぶん投げて───十やそこらの餓鬼じゃあるまいになにがそんなに楽しいのやら」

 

 中々に愉快なもんですよ。私は新たに拾った砂金をこれみよがしにパチュリー様へ向け、“にやり”と笑って言い返しました。なんでしたら、ご一緒にどうです。たまには童心に戻られるのも悪くはないのでは。

 

「遠慮しておくわ。《魔女》の役割てな、童心をたぶらかし弄ぶもんだでな」

 

 そも戻るべき童心なんざ、とっくに犬にでも喰わせたさ。パチュリー様はいつものように厭味を“たんまり”とまぶした笑い方をなさいました。あらら、それは残念。名にしおう魔女の童心感傷郷愁懐旧なんてもんは、それこそ餓死寸前の野良犬だって御免こうむることでしょうがね。

 

 あさっての方向へ大きく手を振って砂金を放った私は首元のネッカチーフを外し、それで手を拭いながらパチュリー様へと訊ねました。

 

 ささやかながらのリラクゼーションも済んだところで、そろそろ本題に入ってよろしいか。結局のところ、こんな辺鄙なところにまで足を運んで我が主様は一体全体なにをなさろうってんで?

 

「それはもちろん、私のごくささやかな未来への投資のためよ」

 

 ほほう。打てば響くというよりも、乾いた雑巾が床に落ちたような気のない相槌を私は打ちました。未来への投資ときた。無垢な人心を弄ぶ《魔女》の口から出るものとも思えぬ、目が潰れんば灯りに光輝あふるる前向きなお言葉ですこと。

 

「どの口がそれをほざくか、頭に『小』がつくちんけな悪魔め」

 

 憎まれ口を返しつつも否定はしないのがこの方らしい。言いながらパチュリー様は懐からとても大きな、両腕に二抱えくらいはある金塊を取り出してこちらに放り投げました。大きさからすればどう考えても仔牛くらいの重さはあるはずなのに、まるで丸めた屑紙のような軽々しい放物線を描いて寄越されたそれを、私は慌てることなく魔力を込めた右の手で受け取ります。

 

「お駄賃よ。とっておきなさい」

 

 なんともまあ、相変わらず華奢なお身体に見合わぬ太っ腹ですこと。

 

「仕事の対価に物惜しみはしないもの」

 

 ええ、存じておりますよ。だからこそお仕え甲斐があろうというもので。ほくほく顔で金塊をポッケに仕舞まった私は河から出て、詳しい話を訊くためにパチュリー様のところに向かいます。なお、“お駄賃”の大きさはどう見てもポッケの容量では収まりきらないものではありますが、そんな些細なことに拘るようでは《魔法使いの弟子》は務まりません。

 

 ───それで、私は何をすればよろしいのでしょうね。

 

「なあに、簡単なことよ。久方ぶりに《使い魔》として働いてもらうだけのことさね」

 

 字のごとく、ちょいとした“お使い”をしてくれればいいの。うそぶくパチュリー様のお顔には《魔女》の肩書に相応しい、ふてぶてしさと意地の悪さが同居した微笑みが浮かんでいらっしゃいました。これはまた、ろくでもないことを企んでいるらしいですね。

 

「ほっとけ。駄賃はずんであげたのだし、文句を言わんと“きりきり”働きなさいな」




 登場人物

小悪魔

そういえば使い魔だったこいつ

パチュリー・ノーレッジ

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