ISS 聖空の固有結界   作:HYUGA

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第六話『数知らずの計略』

 □数知らずの計略

 

 

 

「…。これで、取り引きは不成立ってわけだな」

「くっ…」

 

 

 

 織斑の言葉に俺は息を詰まらせる。そうだ、これですべて台無しなのだ。

 必死に命乞いをする相葉さん。その隣では、あまりの出来事に驚きで佐々木さんが硬直してしまっている。

 無理もない。友達が、いや、友達だと思っていた人間がこうもあっさり裏切ったのだ。驚くなと言う方が無理がある話だ。

 そして、これで明らかに俺達にとって不利な方向へと話が動き出した。

 あの織斑が。狂犬のような織斑が、こんなことで二人に手を出すことを止めるはずがない。

 さらに、こちらの切り札―――事件の首謀者の情報―――も失ってしまったも同然。

 完全に積みだった。

 

 

 

「…。……」

 

 

 

 数馬も、顔を伏せて表情がよく見えないが同じ気持ちだろう。

 何もしゃべらず、押し黙った雰囲気がどことなく暗い。こんな結末になって、悔しいのだろう。俺も同じ気持ちだから。俺は歯ぎしりした。

 明らかに場の空気が暗くなっていく。けど、その空気も読まず、相葉さんは尚も叫び続けていた。

 

 

 

「ねぇ…助けてよ!あたしは何にも悪くない!やらされただけなんだから!助けなさいよ!」

 

 

 

 そう叫ぶ姿に、俺は憐みを感じてしまう。

 バカか。お前は…バカか。

 もう、やらされたとかそういう問題じゃないんだよ、これは。そういう問題はとっくの昔に通り過ぎてるんだ。お前たちはもう手遅れなんだよ。

 鳳に手を出した。その時点でお前たちは織斑に目をつけられたんだ。

 そんなことも分からずに…、……お前らは…、……お前らは…。……。

 

 

 

「…。黙れよ」

 

 

 

 ピシャリと空気が固まった。怒りがこもった織斑の言葉に、相葉さんは凍りついていた。

 たった一言。それ以降はただ無言に、彼女のことを視線で射殺す。それだけで、相葉さんは足腰が立たなくなり、地面にへたりと座り込んだ。

 佐々木さんは、彼女に助けようとしない。当然である。

 だって、彼女達の友情はとっくに粉々に砕け散ったのだから…。……。

 

 

 

「…。……」

 

 

 

 蔑むように、彼女達を見る織斑。その姿は、化け物にしか見えない。

 

 もう、俺に残ってる手は一つしかない。

 今日、もしかしたら…と、思い持ってきておいてよかった。できれば使いたくなかったが…致し方ない。

 俺は、学ランの下。ズボンに挟んでおいた“それ”を抜く。

 動きで気が付いたのか、織斑が俺を一瞥するも、もう遅いと判断したのか、それとも大した脅威じゃないと判断されたのか、織斑は一歩も動かなかった。

 だから俺は、遠慮なく織斑に“銃口”を向けた。

 

 

 

「…動くな。織斑。動くと…撃つ」

 

 

 

 トリガーに手をかけた瞬間、全身に電気が走ったような感覚にさいなまれる。

 昨日のAMT オートマグIIなんか目じゃない。俺が持ってる―――数か月分の小遣いはたいて買った―――最も強力な、そして有名なエアガン。

 

 デザートイーグル

 

 それを俺は…、……人に―――織斑に―――向けたのだ。

 

 

 

「…。五反田。この間、見つかって怒られたばかりなのに…懲りないやつだな」

「今日は特別だよ。なんて言ってもお前を相手にするんだからな…これぐらいないと心もとない」

「…。そうか。俺も過大評価されたもんだな…」

 

 

 

 銃口を向けられているにもかかわらず、織斑は至って冷静だった。

 モデルガンと言っても、このクラスになるとかなりの威力がある。その知識がなくとも、この距離で銃口を向けられたら、普通はかなり緊張するはずだ。

 なのに、まったくと言っていいほど慌てない織斑。その姿に焦りが募った。

 

 

 

「…。いいか、五反田。一度しか言わないからよく聞け…」

 

 

 

 その言葉に、焦りがピークに達する。

 俺は気づいた。追い詰められているのは織斑のほうじゃない。俺の方なのだと…。

 

 

 

「その銃を下ろせ。そして、大人しくしてるんだ」

 

 

 

 ゾワッと背中に悪感が走った。存在が違いすぎる。俺は瞬時にそれを感じ取った。

 大きい。ただひたすら大きな『化け物』が俺の目の前にはいた。

 それは例えるならライオンとかクマのような野獣に似た何か。カタカタと音がするデザートイーグル。手が、足が、体が、知らず知らずのうちに震えだしていた。

 

 けど…。……。

 

 

 

「…。…っ…」

 

 

 

 けど、ビビってなんかいられない。今、俺がここで諦めたら、ここにいる誰もが後悔することになる。

 俺が、止めなきゃいけない。ここで止めなかったら、俺は一生後悔する。

 無理やり手に力を込めなおし、俺は織斑に銃口を向けなおす。まだ、震えが止まらない。だけど、俺は必死に銃を握る手に力を入れた。

 

 

 

「…。…マジ…か…」

 

 

 

 驚嘆の声を漏らす織斑。それはどういう意味の驚嘆なのかは分からない。

 でも、あの鉄仮面の無表情の中で俺に向けた瞳には、関心半分、呆れ半分。そんな色が映っている。

 その視線に、俺は唾を呑んだ。

 

 

 

「…。五反田。お前はホントに損な性格をしてるな」

「ど、どういう…意味だよ…?」

 

 

 

 俺の言葉に、織斑は息を吐く。

 

 

 

「…。そのままの意味だよ。お前は“人間らしくない”。他人のために自分を犠牲にする自己犠牲ヤロー…、その性格は絶対に損をするぞ。…、お前は昔の俺に似ているから…」

「…。……」

 

 

 

 最後の言葉は小さすぎて、よく聞こえなかった。

 けど、織斑の言葉。その中にはどこか、確信めいたものがあった。

 口調も、どことなく優しかったような気がする。

 いつのまにか震えは止まっていた。俺はこの時、初めて織斑に『親近感』がわいた気がした。

 

 

 

「…。それに、そう張りつめなくてもいい。まだ、お前の友達。御手洗は諦めたわけじゃない。と、いうよりむしろ…。……」

 

 

 

 そう言って、織斑は数馬に視線を戻す。

 つられ、俺も視線を数馬にへと戻すと、

 

 

 

「…。お前の友達は…、“最初からこれを狙っていた”みたいだな」

 

 

 

 そこには、まるで貼り付けたかのような数馬の笑みがあった。

 

 

 

「…、いやいや、買いかぶりすぎだよ…織斑君」

「…。ふん。抜けぬけとよくそんなことを言えるな…。認めるよ御手洗。お前は正真正銘、性格悪い悪魔みたいな男だよ。だから、一つ忠告だ」

 

 

 

 そう言って、織斑は数馬を睨みつけた。

 

 

 

「…。表情に出すな。あのクソ女が叫んだ瞬間のお前の笑み、俺は見逃さなかったぞ」

「あ~マジか…、それは盲点だったな…」

 

 

 

 織斑の言葉に、数馬は肩をすくめた。どことなく、その姿は道化師のように見えた。

 

 

 

「けど、織斑君。それは無理な相談だ。さっきからこんなことやってるけど、俺は中学校1年生のごく普通の一般ピーポー。そんな高等技術持ち合わせてないよ。…、けど、肝には銘じておくさ」

「…。で、結局お前は何を企んでいるんだ?」

 

 

 

 場が再び緊張に包まれた。

 織斑の鋭い目つきが数馬を貫く。その視線の中でも、数馬は涼しそうに笑みを浮かべていた。

 

 

 

「そうだな、織斑君。んじゃま、話そうかな…」

「…。時間はない。手短にな」

「はいはい。分かりましたよ…。クイックリーにね…」

 

 

 

 そしてまた、数馬は肩をすくめた。その姿に、俺は自然に銃を下ろしていた。

 時間は、そろそろ職員会議が終わる頃合い。

 ここからが、勝負だった。

 

 

 

「まず、第一前提は“俺が女の子が大好き”ってことだ」

「…。それは終わった話のはずだ」

「いやいや、大事なことだよ?こうやってキャラは作らないと登場人物としての存在感が小さくなっちゃうからねぇ~。で、然るべき出来事が起きた今、ここで、新たに第二前提が現れるんだ」

 

 

 

 そう言って、数馬は俺を指差した。

 

 

 

「第二前提。それは俺と弾が“親友”だってことだ」

 

 

 

 そう言った数馬は、どこか誇らしげだった。

 目の前でそんなことを言われて、照れてしまう。けど、臆面もなく、そう言った数馬を俺は素直にすごいと思った。

 そうだ数馬。そうだ。俺とお前は幼馴染で…、……これからもずっと、親友だ。

 

 

 

「なぁ…織斑君。俺はな、女の子は大好きだし、Hなことはもっと大好きだ…。けどもし、俺が思いを寄せ、好きだと思った女の子が弾のことを嫌っていて、弾と縁を切るなら付き合ってもいいって…、そんなことを言われたとする。でも、そうなったら…」

 

 

 

 そう言って、数馬はどこか自嘲気味に笑みを浮かべ、

 

 

 

「俺は間違いなく女の子よりも親友を取る。友達がない人生ほどつまらないこと…知ってるからな…。……恋愛より友情を取る。ホント、バカな性格だよ…」

「…。……」

 

 

 

 そう恥ずかしげもなく堂々とのたまったのだった。

 数馬の言葉に、織斑は何も応えなかった。

 けど、その瞳はどこかで見たことあるような気がした。

 そう、あの瞳はあの日。入学式の日、数馬が織斑と鳳に向けていた瞳に似ている。

 

 憧れ…、……そして、嫉妬。

 

 俺は、その瞳の意味がなんとなく分かった気がする。

 孤独。独尊。一人ぼっち…。あいつは、本来そういうのを嫌うやつなのだ。確かに、俺と織斑は似ている。俺も…、そうだから…。……。

 俺は知っている。そういうやつほど一度裏切られたら…、……脆いことを…。……。

 心の中の何もかもが崩れて、崩れて、崩れて…何も考えなくなる。

 

 コワレテシマウ…。

 

 …、……あいつはただの化け物じゃない。ただ、あいつは欲しかったのだ。

 安心できる場所を。安らぎをくれる人を…。

 俺にとっての…、……『数馬(親友)』のような存在を…。

 俺はここに来てやっとわかった気がする。織斑と鳳の関係が。それは、恋人でも、親友でも、まして幼馴染でもない。織斑にとって鳳は…ただ、『安らぎ』なんだ。

 

 ただ、人肌を求めた『寂しがりの化け物』の…『安心できる場所』なんだと…。……。

 

 

 

「…けど、織斑君…」

 

 

 

 そして、だからこそ…、……俺と、織斑は…。……誰よりも“脆い”。

 そういう場所を失った者は…、すぐ壊れてしまう。

 そしてそれは誰よりも自分自身が分かっている。だから、織斑は怒っているのだ。

 その場所を奪おうとするやつらを…。

 

 

 

「俺は、それを恥じない。そして、友達を平気な顔で売るやつを…どうしても許せないんだ」

 

 

 

 それは、俺も…。……俺達も同じだから。

 数馬はそう言って、気分を変えるように笑みを浮かべた。

 

 

 

「なぁ織斑君。俺はな、今回のことで、お前のことを少し見なおしたんだぜ?友達の鳳さんが傷ついたとき、お前は誰よりも彼女を傷つけた者を許せなかった。その思いはすごく尊い。違うか?」

「…。いや、違わない」

「だろ?そんなやつが悪い奴なわけないじゃないか。…けど、彼女達は違う」

 

 

 

 そしてまた、数馬の雰囲気が変わった。

 

 

 

「彼女達は、平気な顔で隣にいる友達を売った。遠くの友達も売った。そのことが、俺にはどうにも許せない。この場で一発ぶん殴りたいと思ったくらいに…な」

「…。だったら代わりに殴ってやるがどうだ?」

「はは、魅力的だけど遠慮するよ。…、……織斑君。俺はね、このことを踏まえたうえで、もう一回君に取り引きを持ちかけたいと思う」

「…。もう一回だって?」

 

 

 

 織斑は眉を潜める。そりゃそうだ、こちらにはもう交渉材料がないのだから。

 けど、数馬はそんなの気にする素振りもせず、ポケットから携帯を取り出す。

 画面を織斑に見せ、真ん中の決定ボタンをポチっと押した。

 

 

 

『『久世揚羽』よ!!』

 

 

 

 携帯電話から聞こえてきたその声に、俺達は目を見開いた。

 それは間違いなく、さっきの相葉さんの声だった。

 

 

 

「なに、なによ…それ…、……」

 

 

 

 流された本人は、もう信じられないとばかりに命一杯目を開いていた。彼女には憐みすら覚えてしまう。

 それほどまでに衝撃的。誰もが耳を疑う出来事だった。

 

 

 

『お願い!首謀者の名前を教えてあげたでしょ!!』

『だから…!あたし『だけ』は見逃しなさい!!』

『全部久世さんが仕掛けたことなのよ!!』

『あたしたちは無理やりやらされただけなの!!』

『全部あいつの仕業なのよ!!』

 

 

 

 流れる言葉の数々に、ついに相葉さんは耳をふさいだ。

 もうこれは取調べとかそんなのじゃない。ただ、一方的な最後通告だった。

 

 

 

「いやはや、最近の携帯電話は便利だよなぁ…録音がワンタッチで出来ちまうだから」

 

 

 

 そう言って、数馬がピッと携帯電話のボタンを押し、声が止まると、場には何とも言えない雰囲気が流れた。

 ここまで来ると、もう数馬が何を言いたいのか考えないでもわかる。

 と、言うか、あの話の流れで、相葉さんにわざとこれを言わせたのであれば、俺はもう驚きを通り越して絶句してしまう。

 数馬の謀略は…、……完璧すぎだった。

 

 

 

「さて、織斑君。もう言いたいことは分かってるだろうけど、一応言っておくよ?この彼女の自白録音を聞いたうえで、再度君に問う」

 

 

 

 そして、数馬は笑った。

 今まで見たことないほど…ニヒルに、ずる賢そうな顔で。

 

 

 

「織斑君。果たして彼女達は、君が殴る価値のある人間なのだろうか?」

 

 

 

 その言葉に、俺はただただ、ゴクリと唾を飲み込むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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