ISS 聖空の固有結界   作:HYUGA

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第五話『数刻の策略』

 □数刻の策略

 

 

 雨は止まない。昨日から相も変わらずザーザーと憂鬱に振り続けている。

 けど、俺達と織斑との関係は大きく動き出したような気がした。

 

 数馬に殴られ、地面に倒れているままの織斑の瞳は訴えていた。「なにすんだ?ぶっ殺されたいのか?」と。

 背中にビンビンと感じる殺気。冷や汗はおさまることなく流れ続け、手の先は痺れてきた。

 ふと気が付くと、俺はいつのまにか爪が皮膚を引き裂くほどまでに拳を握っていた。雰囲気に流され、俺も拳を握っておかないと安心できない。

 一触即発。数馬と織斑の雰囲気を表すならその言葉がピッタリであろう。

 織斑は間違いなく数馬を敵と認識しただろうし、数馬は数馬で挑発的な口調であんなことを言ってしまう始末。

 そこに、俺なんかが立ち入る隙間はなかった。

 

 

 

「…。御手洗、殺されたいのか?」

「そんなわけあるか。少なくとも童貞のうちに死にたくはない。俺だって命は惜しいからな」

「…。なら、口出ししないでほしい。俺にとって、鈴を傷つけたやつを殴ること以外に目的はない。大人しく、そこで見ていろ」

「だから、そうはいかないんだよ織斑君。言っただろ、俺はお前のその考えを全部ぶっ壊してやるってな」

 

 

 

 そう言って、数馬はやれやれと首を振った。

 

 

 

「まぁ、落ち着けって織斑君。今は早朝。授業開始までにはまだまだ時間がある。少し、俺の話を聞いてはくれないか?」

「…。先生が来るかもしれない。そんな時間はないと思うんだけど?」

「そうでもないさ。今日は水曜だ。ってことは朝は職員会議があってるから、いくら先生を呼びに行こうとする生徒がいても、あの雰囲気の中、職員室に入ることはなかなか遠慮するだろ?ってことは、もういっとき、時間はあるってことだ」

「…。……それでも、リスクは少ない方がいい」

「そのリスクを押して余るメリットがあるんだよ。俺の話にはな。たとえば…、……この事件の、そこの二人以外の関係者の話とかな…」

「…。……」

「おっと、そこはまだ話さないぜ。まずは俺の話を聞いてからだ。どうだ?織斑君?」

 

 

 

 数馬の言葉に、織斑は少し考える仕草をする。

 だが、やがて一つ息を吐くと、織斑は小さく頷いた。

 

 

 

「…。分かった。少しだけなら聞こう」

「アリガト。織斑君」

 

 

 

 織斑の口撃。それを数馬は受け流し、口八丁で自分の領域へと織斑を誘導する。

 鋭く尖った織斑の瞳は狂犬のごとく、話を自らの方へ呼び寄せるのは簡単だったようだ。薄く笑む数馬の表情を見る限り、計算のうちらしい。

 これでこそ御手洗数馬。俺の親友である。

 ニヤリと笑みを浮かべ、数馬は口を開けた。

 

 

 

「まず」

 

 

 

 そう前置きをし、数馬は人差し指をビシリと立て。

 

 

 

「俺は“女の子”が大好きだ」

 

 

 

 恥ずかしげもなく堂々とそうのたまったのだった。

 …え?数馬?誰それ、俺はシラナイヨ?

 

 

 

「そもそも、女というのは俺達には分からない生き物だ。腕は細く。胸は膨らみ。厨坊で童貞な俺達には想像もできないような柔らかさだと…、……ネットに書いてあった。知ってたか織斑君?」

「…。知ってる。何度か鈴を抱きしめたことあるし、千冬姉…姉さんに抱きしめられたことも一度や二度じゃないから」

「なにぃ!?それはなんてうらやま…じゃなくて、俺が言いたいのはそうじゃなくてだな…」

 

 

 

 ボリボリと頭を掻き数馬は続けた。

 

 

 

「織斑君。なら、分かるだろ?女は男ほど丈夫じゃない。今の世じゃ忘れられがちだけど、身体能力だけ見れば男の方が圧倒的に上なんだ」

 

 

 

 正論だ。

 とりあえず、数馬は正論を振りかざすことで織斑が二人に手を出さないように仕向けるつもりなのだろう。だが、そこは織斑一夏。一筋縄じゃいかない。

 

 

 

「…。それがどうした。俺にとってみれば男も女も関係ない。みんな等しく『人間』それだけだ」

「等しく人間って…。なぁ織斑。俺はお前の身体能力を体育の時間で見てるからわかるけど、お前ほどのやつが本気で女の子を殴ったらマジでシャレになんねーんだぞ?」

「…。そんなの関係ない。それを言い出したらこいつらが鈴にしたことはいったいどうなる?」

「あぁ~…もう、なんで分からないかなぁ…」

「…。うるさい。とっとと関係者の話をしろ」

 

 

 

 苛立ちげに、数馬はため息を吐く。

 いや、むしろ数馬のため息は苛立ちというより呆れに近いような感じだった。

 

 

 

「…じゃぁ話を変えるぞ。織斑君。君はそこの、鳳さんの何が好きで一緒にいるんだ?」

「…。鈴の?」

 

 

 

 数馬の新たな言葉に、織斑がいぶしげに目を細める。

 

 

 

「そう。鳳さんさ。どうなんだいボーイ?」

「…。その質問はこの場では必要なのか?」

 

 

 

 その思いは俺も同じだった。

 俺には、その質問は単なる時間稼ぎにしか思えない。けど、数馬はそんなこと関係なく話を続けた。

 

 

 

「もちろん。必要だとも織斑君。俺はさ、中学に入ってお前が鳳さん以外のやつと話ているとこなんて見たことねぇ。言っちゃ悪いがそんなコミュ症のお前が、なんで鳳さんにだけは心を開いてるんだ?」

「…。本当に余計なお世話だな」

 

 

 

 織斑はため息を吐いた。

 半ば呆れたような顔の数馬の問い、というよりも確認。

 

 

 

「…。なんで、俺が鈴にだけ心を開いているのか、か…そんなの決まってるだろ」

 

 

 

 織斑は床に寝かされた鳳を一瞥し、迷いなく応えた。

 

 

 

「…。好きだからだ。人間として、俺は鳳鈴音が好きだからだ」

「あらら…そうだったの…」

 

 

 

 その堂々とした振る舞いに俺は感心した。ここまで、はっきり言い切るなんて…。

 数馬も、織斑の言葉に面食らったようだが、次いで苦笑いを浮かべた。

 だが、一目瞑るとへらへらとした雰囲気からまた一転し、鋭い顔つきに戻る。

 今の状況を思い出した俺も、慌てて思考を切り替えた。

 

 

 

「織斑君。実をいうと俺も好きな女の子がいるんだ」

「…。御手洗。それこそ今、この状況に関係ある話なのか?」

「まぁ聞けよ織斑君。その子とは、同じクラスで入学したときに一目ぼれ。容姿とか実に俺好みでさぁ~この2カ月それとなくアタックもしてきたんだよ。だけどな…、……」

 

 

 

 数馬の表情は鋭くはあるが、どこか悲しそうにも見える。

 彼の思っていることは分かる。よくよく考えれば、今朝の話で数馬がショックを受けないはずがない。

 だからこそ、今は気丈にふるまっているのだ。

 

 

 

「それは、とびっきりの貧乏くじだったよ」

 

 

 

 シニカルな笑みを浮かべる数馬。

 その鉄仮面の奥に、数馬が何を思っているのか?今の俺には分からなかった。

 

 

 

「…。織斑君。正直に言おう。俺はこの場にお前を助けに来たんじゃない。鳳さんを助けに来たわけでもない。俺は、その好きな子を助けに来たんだ」

「…。まさか、その好きな子ってこいつらのこと…なのか?」

「いや、残念だけどその二人のどちらでもないよ。どちらかって言うと二人のことは苦手かな。俺の好みは大人しい深窓の令嬢みたいな女の子だから」

 

 

 

 肩をすくめ、やれやれと数馬は首を振った。

 

 

 

「だから、俺は方向転換して、鳳さんを助けることにしたんだ。確かに、彼女は俺の趣味とは合わないんだけど、学年で指折りの美少女だからね。もしかしたらってこともあるかもだし。勝手だろ?」

 

 

 

 胸を張って、そんなことを言う数馬に俺は軽くため息を吐く。

 それが数馬の真意じゃないってことは分かっている。だから、俺は敢えて何も言わなかった。

 

 

 

「…。ホント、勝手だな」

「言っただろ。俺は女の子が大好きなんだって…、だから織斑君。さっきの君の鳳さんへの愛の告白はなかなかに心に来たんだぜ?」

「…。?そんなことしたか、俺?」

「はぁ?いや、だってさっき…って、あぁなるほど。今になってこっ恥ずかしくなったのか…。まぁそれでもいいか…」

 

 

 

 胸を張ってこんなことをするからこいつは侮れない。

 関係ない俺ですら、顔が熱くなるのがわかる。

 そして、こいつはその人間関係すら利用しようとするから…、……侮れないのだ。

 

 

 

「さて、ここで最初の話に戻るわけだ。なぁ織斑君。『取り引き』をしよう」

 

 

 

 そう言って、数馬はまたシニカルな笑みを浮かべた。

 

 

 

「…。取り引き?」

「そう、取り引き。織斑君。さっきも言った通り、俺は君の告白に心動かされた。あれはなかなかに身に染みる物があったよ。…、……だから、俺も決心できた」

 

 

 

 口元を緩める数馬。その笑みには、どこか儚げな思いが見えた。

 叶うことのない恋…そんな思いの片鱗が。

 

 

 

「織斑君。俺はここに好きな女子(ひと)を助けに来た。けど、君の思いは俺なんかの思いに比べたらずっとずっと大きい…、だから、俺が取り引きの条件に出すのはこれだ」

 

 

 

 そして、数馬はにぃ…と口元を歪ませた。

 

 

 

「俺はこの事件の首謀者。『俺の好きな女子』の名前を教える。そしてそっちの条件はただ一つ。この場はその拳をおさめてくれ。それでどうだ?」

「っ!?」

 

 

 

 数馬の出した条件…。それは俺も、織斑も、いや、おそらくこの場にいる誰もが思ってもいなかった条件だった。

 

 

 

「…。はったりだ」

「はったりなんかじゃないさ。俺の言ってることは事実…。織斑君、君は不思議に思わなかったのか?そこにいる二人が、ホントにこんな過激なことをする女子(たま)かってことをさ?」

 

 

 

 織斑は数馬の言葉に黙り込む。

 どうやら、身に覚えがあるようだ。

 確かに、彼女達は普段こそ、女子の中で目立つ存在ではある。だが、こんな有事にこんなことを考えて実行しようとする勇気があるとはどうしても思えない。

 そう、もっと怖い後ろ盾があるとしか思えないのだ。

 

 

 

「分かるだろ。織斑君。つまり、そいつらは『小物』だってことだよ」

 

 

 

 本人を前にそんなこと言うか…。

 俺は、数馬の言葉に呆れ、ため息を漏らす。

 けど、これで織斑は信じたはずだ。彼女達の後ろには、こんなことを兵器で考える首謀者がいることを。

 

 

 

「…。けど、それならなお分からないな、御手洗」

「ん?」

 

 

 

 数馬の言葉を信じたらしい織斑は、またいぶしがるように目を細めた。

 その眼差しには、まだ俺達への疑いがあった。

 

 

 

「…。だってそうだろ。そこまで知っておきながら、なんで、ここでそんな条件を出すんだ?その条件をのめば、確かにこの場は俺は拳を引くと思う。…けど、その後はどうするんだ?俺は、その首謀者の名前を聞けば、たぶん今日の放課後にはそいつをぶん殴ってるはずだぞ?」

 

 

 

 そして、鋭い眼差しが俺と数馬を貫いた。

 

 

 

「…。それじゃぁ、お前らの『俺を退学させない』という目的は果たされないんじゃないか?」

 

 

 

 っ…!?気づいていたのか…。俺達の目的に…。

 適格に、俺達の狙いを指摘してきた織斑に、俺は苦い顔をする。

 けど、これではっきりした。織斑は頭に血が上ってこんな暴挙に出ているわけではないのだと。あいつは冷静に考えて、そのうえでこんな暴挙に出ているのだ。

 

 だから、余計にたちが悪い。

 

 そう、織斑の言う通り。

 数馬の出した条件。それでは、織斑は結局『退学』になることは免れない。俺達の目的からは外れている。

 けど、男には、間違っていてもやらなければいけないときがある。その言葉通り、織斑は退学を覚悟したうえで、こんな暴挙に出ようとしているのだ。

 

 数馬。お前…いったい、何を考えているんだ?

 

 そして数馬は、まるで俺の心の中の言葉に答えたかのように、笑みを漏らした。

 でも、今までの笑みとは違う。苦笑とかじゃない。それは間違いなく…、……『冷笑』だった。

 

 

 

「…、勘違いするなよ。織斑君」

 

 

 

 数馬の口から洩れた言葉が容赦なくその場の空気を貫く。

 まるで、RPGの氷の魔法を使ったみたいに一気に凍りついた。

 

 

 

「俺は、あまっちょろい弾とは違う。お前を助けようなんてこれっぽちも思っちゃいないよ」

 

 

 

 それほどまでに、数馬の言葉はトーンはなく…、……冷たかったのだ。

 

 

 

「…俺はな、今ここでお前に暴力沙汰を起こされて、この場にいたから関係者ではないのか?と疑われでもしたら困るからこんな取り引きを持ちかけてるんだ…、もう少し正直に言うと君の告白に感動したってのも嘘さ。俺はただ、自分の身が可愛いだけなんだよ」

「…、……」

「人間ってのはそんなもんだ。愛だの絆だのいくら言っても結局は自分が一番可愛いのさ。そうだろ?織斑君?」

 

 

 

 …言葉を失った。

 俺には分かってる。そんなの詭弁だと。

 数馬も織斑と鳳を助けるためにここにいる。それは間違いない。

 けど、それは付き合いが長い俺だからこそ分かる話であって、織斑には真実として映ってるはずだ。

 あの告白云々の話も、すぐに否定することでより数馬の凶悪性が増している。

 数馬。分かったぞ。お前の考えてることが…。

 

 数馬。お前は…、織斑の悪意を自分に向けさせようとしてるのか…、……!

 

 そして、数馬の読み通り。織斑は数馬にも鋭いまなざしを向ける。

 数馬の思惑が、成功したのだと確信した。

 

 

 

「…。あぁ…知ってたさ…、……」

 

 

 

 ボソリと呟かれた織斑の言葉は、生憎遠くて俺にはよく聞こえなかった…。

 

 

 

「…。性格悪いな…お前」

「女を本気で殴ろうとするお前に言われたくはないよ…」

 

 

 

 お互いに牽制しあう二人。

 壮絶な頭脳戦だった。俺には到底まねできないことを平然とやる二人に、俺はゴクリとつばをのんだ。一応言っておく。…、……こいつらは中一だ。

 俺は、数馬がここまで駆け引きが上手いことを知らなかった。

 にらみ合う二人。だがやがて、先に諦めたかのように織斑が折れた。一つため息を吐き、織斑はどこか笑みを浮かべ口を動かした。

 

 

 

「…。分かったよ。この場は引くよ」

 

 

 

 その言葉に、俺は心の底からホッとした。

 過程はどうあれ、数馬の思惑通りに事が動いたのだ。数馬の勝利だった。

 織斑の言葉に数馬は笑みを浮かべる。その笑みは、どことなくホッとしているようにも見えた。

 

 

 

「アリガトよ。取り引き成立だ」

 

 

 

 数馬の言葉に、緊張が一気に緩んだような気がした。

 これで、とりあえずは一件落着。肩の荷が一気に下りたようだ。

 だが、世の中そんなにうまくいくはずがなかった。

 

 

 

「首謀者がいるんならこいつらはそんなに重要じゃないからな。まぁ、そいつらもその内粛清するつもりだけど…、首謀者をぶん殴らないと腹の虫がおさまらないから…、……」

 

 

「『久世揚羽』よ!!」

 

 

 

 …、……その声に俺は耳を疑った…。……。

 

 はっきりと、迷いもなく。その名前を口にした彼女を俺は仰ぎ見る。

 絶体絶命の状況。必死の形相で何度も何度も…、彼女はその名前を叫んでいた。

 俺は愕然とした。

 

 

 

「お願い!首謀者の名前を教えてあげたでしょ!だから…だから…!」

 

 

 

 彼女…、俺達のクラスでお嬢様として有名な女子…、……『相葉さん』が。

 

 

 

「だから…!あたし『だけ』は見逃しなさい!!」

 

 

 

 そう言って、命乞いをしてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 と、いうわけで今回から数馬君活躍の話が続きます!

 話の中にもありましたが、こいつらは中一です(笑)
 ですが、数馬君は策略家な一面を持つという設定にしました。中一で、この策略が企てられる数馬君。室は、それにもちゃんとわけがあります。
 これはのちの伏せんということで、一つ納得していただけるとありがたいです。

 ちなみにタイトルの数刻(すうこく)というのは、少ない時間を漠然ということ。つまり、少ない時間で張り巡らされた策略ということです。

 それではまた次回!



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