ISS 聖空の固有結界   作:HYUGA

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 今更ですが、サブタイトルはその話の主人公の名前からとってます。
 今回は数馬君の名前です。
 


第四話『数多なる付箋の収束』

 

 □数多なる付箋の収束

 

 

 こいつは、こんな表情をするやつだったろうか?

 織斑一夏。俺こと五反田弾とこいつの関わりは、同じクラスといえども、ないに等しい関係だ。

 でも、たった二カ月ほど同じクラスだっただけだが、俺はこいつがこんな表情をするところを初めて見た。

 いや、表情じたいは変わらない。いつもと同じ「無」の表情だ。

 だが、こいつが覆う雰囲気。オーラとでもいうのだろうか?とにかく、そのあたりの何かが、俺にこいつの幻想を見せてくる。

 恐怖。そこにあったのはただその言葉のみ。

 俺は思った。やっぱりこいつはただの人ではない。『化け物』だと。

 

 

 

「なんだよ…、……この、状況…、……いったい…何があったんだ…、……?」

 

 

 

 隣にいる数馬が茫然と呟く。

 その気持ちは俺も同じだった。

 そう広くはない、屋上の扉前の踊り場。そこにいたのは4人の生徒の姿。

 すなわち、頭から血を流して気絶してるらしい『鳳鈴音』

 その彼女を抱えて殺気を繰り出す『織斑一夏』

 そして、その殺気を向けられている2人の少女。見覚えがある。と、いうより同じクラスの女子。もっと言えば、昨日の放課後に見た3人の女子のうちの2人だった。

 女子のリーダー格の『佐々木さん』お嬢様の『相葉さん』

 2人は踊り場の端の方でブルブルと震えながらへたり込んでいる。クラスの真のリーダーである『久世さん』の姿が見えないのが気になったが、今はそんなの些細な問題だ。

 今はこいつを…、……織斑一夏を止めなくては!

 

 

 

「待てよ織斑」

 

 

 

 低く、問い詰めるような俺の声色。

 でも、織斑は止まらなかった。女子2人は、少なくとも俺達がここに来たときには気づいていた。俺達の姿が見えたとき、どこかほっとしたような表情をみせたからだ。

 でも、こいつは俺達が来たとき、俺達のことを気にもしなかった。こいつの目に映ってるのはきっとあの女子2人だけ。こいつ、まさか俺達が来たことにすら気づいてないのか?

 俺の言葉を無視し、織斑はゆっくり鳳を地面に降ろす。その次は何をするのか?決まっている。

 ヤバい。そう悟ったとき、俺は再度織斑を呼び止めた。

 

 

 

「待てつってんだろ織斑!!!!」

 

 

 

 ほぼ叫んだと言っても差支えのない大声。どうやら、階下まで俺の声は響いたらしく、階段下の生徒の悲鳴も一瞬聞こえた。

 そこまでやって、こいつはやっと俺の方を向いたのだ。

 何も見えない、色のない真っ黒な瞳で。

 

 

 

「…、……なに、なんかよう?」

 

 

 

 抑揚が一切ないその声は、俺を恐怖へと引きずり込む。

 思わず後ずさりしてしまいそうになる。でも、真後ろは階段だ。

 足がすくんで、一瞬階段から転げ落ちるかもしれないという恐怖に駆られたが、俺は何とか踏みとどまることができた。

 その過程を、織斑は興味なさそうに眺めていた。

 それは変わらない。いつもの表情であった。

 

 

 

「…。ようがないんならそこで黙っててくれない?ジャマだから」

 

 

 

 そう言う織斑の眼差しはどこか冷たかった。

 さっきまで女子2人に向けられていた殺気が、今は俺へ向けられている。

 邪魔するな。雰囲気だけで、こいつが思ってることはひしひしと伝わってくる。

 なんとか踏ん張りを効かし、俺は正面からヤツと対峙する。

 今日、ここで。俺は初めて『織斑一夏』と正面から向き合った。

 

 

 

「…。用はある。織斑。俺は、お前を助けに来た」

「…。オレをたすける?」

「あぁ。正確には、お前を、じゃなく鳳さんを、だけどな」

「…。リンを…?」

 

 

 

 今、一瞬だけ織斑の動きが止まった。

 たぶん鳳の名前が出たことで一瞬だけ冷静な頭を取り戻せたのだろう。

 それだけ、鳳が織斑の中では大きい存在だということだ。

 だけど、あくまで『一瞬』だけ。結局は、表情は相変わらず無表情だし、雰囲気も変わらない。

 そこにいたのは間違いなく『織斑一夏(化け物)』だった。

 

 

 

「…。どーいうことだ?」

 

 

 

 織斑はいぶしがるように俺を見つめてくる。

 その瞳はまるで俺を試しているかのよう。下手なことを言うと、ガチで殺されそうだ…。

 ゴクリと唾を呑む。だが生憎と、俺にはそんな経験はない。そして、自分で言うのもあれだが、俺は頭がいい方ではないだろう。

 ようはバカなのだ。

 でも、バカにだって頭はあるんだ。脳みそは入ってるんだ。

 小さく息を吐く。心を落ち着かせようとしても脈拍はどんどん早くなるばかり。だけど、今はすくんでるわけにはいかない。

 さぁいくぞ、織斑一夏。

 

 

 

「…、6月3日。午後6時くらい。つまり、昨日の夕方。俺は教室でその二人を見た。声も聞いたし、姿も見たから間違いはない」

 

 

 

 俺の言葉に、女子2人はビクッと体を震わす。

 だが、おりむらの瞳は相変わらずどこか興味なさげだった。

 俺は話を続けた。

 

 

 

「話の内容はここでは伏せようと思う。ただ、俺はこの話を聞いて『世界は狂っちまった』心からそう思った。これだけ言えば何ともなしに察してはくれるだろう?」

「…。で、お前は何を言いたいんだ?」

 

 

 

 織斑の目つきが細くなる。

 その目、だいたいは察してくれたみたいだ。

 時間をかけるわけにはいかない。だから、話は手身近に済ませた。

 これだけの騒ぎだ。もうすぐ、先生も来るだろう。

 タイムリミットはそこまでだ。

 それまでに何とかしないと…、……織斑はきっと『学校にいられなくなる』

 そこまで持ちこたえないと。

 

 

 

「…、その話の中に、明日。つまり今日にでも鳳さんをどうにかしようって話になったんだ。そこで俺は今日にでもそのことをお前か鳳さんにでも伝えようと思ったわけなんだが…。後はお察しの通りだ」

「…。なるほど、つまり間に合わなかったってことか」

「そういうことだ」

 

 

 

 背中にヒヤリと汗が流れる。

 流れは掴めた。こういう駆け引きは苦手だ。

 でも、大丈夫。まだ、大丈夫。俺は決意と共に唾を飲んだ。

 

 

 

「…、だから、とりあえず俺は謝りたいと思う。…ごめん」

「…、……」

 

 

 

 そして俺は、ゆっくりと頭(こうべ)を垂れた。

 すっと音が消えた。聞こえてくるのはただ、ザーザーと降り続ける雨音。あとは、わずかながらに階段下から声がするのみ。

 俺の謝罪は、わずかではあるが何かしらの効果を生んだようだった。

 

 …、……織斑。血走るな。なんとか…、……なんとか踏みとどまってくれ。

 

 俺のその願いを込めた謝罪。だが、その願いは崩れ去った。

 

 

 

「…。五反田だったっけ?別に俺は気にしない。謝ってくれたことも、許す許さない以前に、お前が悪くないことも分かってる」

 

 

 

 そう言った織斑の瞳には…、……何も映っていなかった。

 数馬も、俺も、鳳すら。あいつの目に映っていたのは…、……ただ純粋なる怒りだけだった。

 

 

 

「けど、それとこれとは話は別だ。俺はこいつらが許せない。鈴を傷つけたこいつらが許せないんだよ!」

 

 

 

 一番恐れていたことが現実となった。

 織斑一夏。今のあいつは怒りで何もかもを忘れている。

 こうなれば、きっとこいつは相手が女だろうがなんだろうが関係なく『殴る』

 それが、俺が一番恐れていた事態だ。殴るなんて喧嘩沙汰。しかも、このご時世。女を殴ったりすれば、中学だろうが否が応でも学校にはいられなくなる。

 

 実質の『退学』だろう。

 

 そうなったら、後味が悪すぎる。理不尽すぎる。

 だから、俺はこいつを止めたい。止めなければ。なんとしても…、……止めなければ!

 そう思い、俺は足を踏み出した。

 

 

 

「ふざけんじゃねーよ!てめー!!!!」

 

 

 

 次の瞬間、俺は愕然とした。

 バキッと木霊する鈍い音が耳をつんざく。ちなみに、俺はまだ一切手を出してない。

 さっきまで話の中心だった俺が、その瞬間一気に傍観者にへと為り替わったのだ。

 俺には何が起こったのか分からなかった。いや、状況は明白なのだが、俺はそこに至るまでの経緯が分からなかったのだ。

 

 数馬が…、……織斑を殴ったこの状況が。俺には分からなかった。

 

 

 

「数馬。お前…何してんだよ…」

「弾。少し黙ってろ。俺はこいつに言いたいことがあるんだ」

 

 

 

 俺は戦慄した。そこにいたのは数馬であって数馬じゃなかった。

 殴り倒された織斑を見下ろす数馬はどこか勇ましい。ガキなんかじゃない。いつもエロいことばかり口走る数馬でもない。それはどこか大人びた、数馬だった。

 

 

 

「おい。立てよ織斑…、お前のその考え。全部ぶっ壊してやるから」

 

 

 

 

 

 

 

 


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