ISS 聖空の固有結界   作:HYUGA

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第0‐2章『青空のナミダ』
第一話『癒しの鈴音』


 □癒しの鈴音(すずね)

 

 

 あたしの家族は、何処にでもいる一般的な家族だった。

 

 

 少し気の弱いパパは、頼りないときもあったけど、優しくて…叱るときにはちゃんと叱ってくれて、でも、あたしとママを守るときは、とってもカッコいい。そんな頼りになるパパには違いなかった。

 対して、ママは少しお転婆。パパがいうには、あたしの性格はママ譲り…らしい。あたし自身、自覚はなかったけどあたしは昔のママにすごくそっくりだったみたい。それが、子供のころのあたしにはすごくうれしかった。

 一緒に遊んでくれたときのパパの笑顔は忘れられないし…。

 ママの作った子供っぽいパジャマには苦笑いしたときもあった…。

 パパの作る中華料理はおいしかったし…。

 あたしを抱きしめてくれたときのママの腕の中はすごく暖かかった…。

 

 

 どこにでもいる平穏な家族。あたしは両親に囲まれ幸せだった。

 

 

 そんなあたし達家族に転機が訪れたのは、あたしが小学校の5年に上がったときだった。

 その年、あたしは慣れ親しんだ故郷を離れ、幼いあたしにとって、異郷とも呼べる国へと足を踏み入れる。

 

 

 その国の名は…、『日本』

 それが、あたしの第二の故郷の名前だった。

 

 

 あたしにとって、最も幸せだった時期を過ごせた国であり…、…、あたしの幸せが壊れてしまった国…。

 

 あたしはこの国で、後に『英雄』となる男と出会うことになる。

 誰にでも優しくて…、どうしようもないくらい鈍感…、だけど、それと同じくらいどうしようもなくあたしが大好きになった男の子…。

 

 

 織斑一夏。あたしが救った男であり…、あたしを救ってくれた男…。

 それが、そいつの名前だった…。

 

 

 正直、あいつとの出会いは最悪だったと言っても過言ではない。

 なぜなら、あたしと出会った当初、あいつには表情なんてものがなかったからだ。

 

 あたしがその学校に転校する一か月前。あいつもまた、同じ様に転校してきたらしい。

 でも、あいつはクラスには一切馴染んでない異端な存在だった。

 その理由は言わずもがな、あいつに表情というものが存在していなかったからだ。

 

 クラスでは人形などと呼ばれていたあいつ。あたしも、転校した当初は、他の奴らと同じく、あいつのこと

を気味悪がっていた。

 まるで、世界の何もかもに絶望したかのような、その無表情。

 あたしには得体のしれないあいつの存在が怖くてたまらなかったのだ。

 

 

 そんなあたし達のファーストコンタクトは、以外な形で訪れることとなる。

 

 

 それは、あたしが日本に来て一か月後のことだった。あたしはあいつと、たまたま町で出会ってしまったのだ。

 しかも、これがまた最悪な形で…。

 

 

 

「おい、人形。俺たちさぁ…今から遊びに行くんだけどさぁ。…ちょっと今月、俺、金欠ぎみなんだぁ。だからさ、ちょっとでいいから…金貸してくれない?俺たち友達だろ?」

 

 

 

 …どうして、こんな状況になったのかはわからない。

 

 どういった経緯で、彼らが町中であいつを捕まえたのか…そんな、どうでもいいことが一瞬頭の中を過る。

 だけど、あたしはクラスで見たことある複数の男子があいつ…、織斑一夏をカツアゲしている情景をただ腹立たしく思った。

 

 時は女尊男卑の世界。世の男達は、小学生だろうが成人した大人だろうが、女子に対して力では抗えなくなっていった。

 そんなとき、男達が彼らに目を付けたのは、至極当たり前のことかもしれない。

 

 …自分よりも弱い男にへ、と。

 

 だから、あたしはこんな光景、見慣れていた。

 

 けど、このときばかりは何を思ったのか、あたしはこの光景に、居ても立ってもいられなかった。

 こぶしを握り、歯を食いしばり…息を吸い込む。

 

 そして、地面で足を踏ん張り…、…、…、一気に駆け出した。

 

 

 

「弱いものイジメを…、…、するなあぁああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 …ホント、あのときは自分でもいい蹴りだったと思う。

 すごくいい…。とび膝蹴りだった。

 

 

 

「っ~~~!?いってえぇな!!何しやがんだっ!!??」

「何しやがるんだって?それはこっちの台詞よ!!あんた達こそ、こんな町中で何やってんのよ!?犯罪よ犯罪!!そのことわかってんの!?」

 

 

 

 そこまで言うと、あいつらの目がニヤリと笑った気がした。

 こいつら…、何かせこいこと企んでるわね…。

 そのあたしの考えは、十中八九当たっていた。最早、隠すことすらせずにニヤリと口元を歪ませるあいつら。すると、唐突にあいつらのリーダー格であろう男の子が、織斑一夏と肩を無理やり組み、ニヤニヤとした顔をあたしへと向けてきた。

 

 

 

「はんっ!!お前こそどこ見て言ってやがんだよ?俺たちは、友達の、織斑君の善意でお恵み頂いてるだけなんだよ。なぁ、織斑君?これのどこが犯罪なんだ?」

「っ~~~!?」

 

 

 

 こいつら…手馴れてる。

 あたしはあまりに手馴れたこいつらの手口に一瞬絶句する。この感じでは、今回が初めてというわけではないらしい。肩を組んだ織斑一夏に向ける、違うって言ったら分かってんだよな?という視線。

 

 こいつら…、本当に小学生なの?

 

 いや、いまどきの小学生じゃ、これくらいはやるわよね…。

 あたしはギリッと歯ぎしりをした。もし…、もし、織斑一夏が彼らの言い分に、そうだと肯定すれば…、あたし達の立場は大きく逆転する。

 しかも、その可能性はかなりの確率だと言ってもいい。そうなったら…、あたしにはどうすることもできない…。

 

 失敗したと思った。あたし自身が介入するのではなく、近くの大人を連れてくるべきだった。でも、そう思ってももう手遅れで…、あたしの力ではもう…、…。

 そう、思った時だった。

 

 

 

「…、……、俺が…、俺が、お前らにやる金なんて…、一円もない」

『っ~~~!?』

 

 

 

 あいつの…、一夏の口から出てきた言葉は以外なものだった。

 一夏の言葉に、その場にいた全員が絶句する。それは、あたしにとっても、あいつらにとっても予想すらしなかった出来事だったからだ。

 

 

 

「お、おい…人形。お前、今、なんて言った?」

「……、…お前らにやる金はない…、そう言ったんだ」

「ん、なんだと…てめ~…」

「…、……だから、お前らにやる金なんてない。そう言ってんだ」

「っ~~~!!ふざけんなっ!!!!!!」

 

 

 

 バキッ、と。鈍い音が木霊する。一夏が殴られた音だった。

 あたしはすぐに、あいつらと一夏の間に割って入る。キッとあいつらを睨み付け、もうこれ以上、あいつらに手出しさせないように立ちふさがった。

 必要とあれば、もう一発蹴りを入れることすら辞さない…、そんな覚悟で。だが――…

 

 

 

「…、……ん。鳳さん…、もう…いいよ」

 

 

 

 ポンとあたしの肩に置かれた一夏の手で、あたしの決意は抑え込まれた。

 

 

 

「っ~~~!?織斑君!?でも!?」

「……、大丈夫。だから、もう…行こう」

 

 

 

 いろいろと言いたいことはあった。でも、その前に、一夏はそう言うと、あたしの手を引き、あいつらに背を向けた。

 

 

 

「っ!?おい待てっ!!てめーら!!!!」

 

 

 

 無論、その行為にあいつらが怒らないわけがなかった。

 一夏の行動に、やつらはすぐにあたし達の前へと回り込んでくる。

 怒りに染まったその目。あたしは、その目を前に恐怖を感じた。無意識のうちに、あたしは一夏の後ろに隠れる。だけど、もしかしたらこれが原因だったのかもしれない。

 

 ……あいつらは、ここで最もやってはいけないことをやってしまった。

 

 

 あの当時、あたしもまだ知らなかった…、一夏の逆鱗。

 あいつらは…、それに触れてしまったのだ。そう…あたしがあの場に居たが故に――…

 

 

 

「おい鳳!!お前、中国人のくせに生意気だぞ!?」

「そうだ!!お前なんかが俺たちに話しかけんなよ!!吐き気がする!!」

「俺、知ってるぜ。中国人って動いてるもんならなんでも食うんだろ?ムカデとかゴキブリとか!!」

「うっわーきったね〜」

「おぇ〜」

「お前って、本当に人間なの?動物とかわんねーじゃん。動物が服着て歩いてんじゃねーよ!!」

 

『あはははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!』』

 

 

 

 さっきまでとは明らかに違う、馬頭の言葉に、あたしは奥歯をギリッ…、とかみしめた。

 隠すことのない、あたしを――中国を――バカにした言葉。

 

 食いしばった歯に鈍い痛みが走る。自分でも気付かないほど強い力で噛みしめていた。

 あたしは悔しかった。 勝手に押しつけられた先入観だけで差別を受ける。こんなことは、これまでだってなかったわけではない。

 

 どういうわけか、この国の人間は、あたしたち中国人という人種を嫌う傾向にある。

 中国が悪くない…なんて言うつもりはない。実際に中国でも、日本人を嫌う傾向がかなり強かった。日本人を悪くいうニュースも多くみてきた。

 

 でも、だからと言って中国人が全面的に悪いといったら…それも首をひねる疑問だ。

 日本にだって悪いところはあるし、もちろん中国の側にだってある…。

 いや…そもそも、その認識こそが間違い。中国人や日本人といった人種単位で人を嫌ってるのが間違っていることなのだ。

 

 あたしだって人間。そりゃあ…嫌いな人間だっている。

 実際、あたしは横にいるこの男…、織斑一夏のことが嫌いだ。嫌いな人間がいないやつなんて、それこそ聖人。あるいは人類随一のバカのどっちかだと思う。

 でも、人種で…、それこそ、こんな風に偏見だけでひとを悪く言うやつがもっと嫌いだ。

 あたしはあたし。人は人なんだから…。一緒に…、しないでほしい。

 

 手に痛みが走る。爪が皮膚を貫くのが見なくても分かった。

 怒りと悔しさで握った拳には、思っていた以上の憎しみも混ざっていたようだ。

 今にも、あいつらに殴りかかりそうなほどに脆い自制心…。

 あたしのがまんも限界だった。

 

 でも、あたしの思いが現実になることはなかった。

 そんなあたしよりも早く…、誰よりも早く…。

 

 

 

「あはははははははぐぎゃっはっ!!??」

『『っ!!!?』』

 

 

 

 誰よりも早く、拳を振りぬいたバカがいたからだ。

 誰もが、その瞬間息を呑み込んだ。

 バキッ、と鈍い音が木霊する。まるでアニメの中のようにスローモーションで流れる映像。

 それは、一番目の前であたしをあざ笑っていた男子が吹き飛ぶ映像だった。

 

 その刹那、あたしは理解する。

 これは、さっきまであたしの手を握っていた手。その手が…、いつの間にかあたしのために振りかざされていたのだと。

 

 あたしは言葉を失い。あいつらも言葉を失う。

 それは、誰もが予想だにしなかった事態だった。

 なぜなら、吹き飛ばされた男子をぶん殴ったのは、この場にいた誰よりも大人しいはずの根暗な少年…、織斑一夏の拳だったからである。

 

 時が止まる。

 比喩ではなく、それから数秒。あたしたち時が止まったように全員で固まってしまっていた。

 この誰しもが予想しなかった事態にも対応できなかったからである。

 

 むなしく路地の外の音があたしの耳に鳴り渡る。

 そして数拍の時を置き、時間がまた動き出した。

 

 

 

「て、てめー…人形!!なにしやがる!?タカシのこと殴りやがって!?」

「うわ…痛そぅ、これ痕が残るんじゃねーか?」

「せ、先生に言いつけてやる!!そうなればお前なんて退学だ!!そして慰謝料払えってんだ!!」

「そ、そうだ!慰謝料払え!!いしゃ…」

 

 

 

 最初にこの空気を動かし始めた男子の言葉を口火に、無効の男子が一誠にはやし立てる。

 だが、それも長くは続かなかった…。

 

 

 

「黙れよ…殺すぞ?」

 

 

 

 その一言で、また、時が…止まった。

 

 たった一言。織斑一夏の口から出てきたそのたった一言で、あいつらの顔に戦慄が走る。

 直接向けられていないあたしにすらヒシヒシと伝わってくる…。それは間違いなく、殺気。

 あいつらみたいな、お遊びの言葉ではない。殺すという意思が本当にこもったその声に、あたしは全身で身震いした。

 それはまるで言葉という、刃に貫かれたかのような…痛み。

 

 そして、それはこいつらにとっても同じ。いや、直接向けられている分、こいつらはあたしよりも自覚しているはずだ。

 目の前の力を…、目の前の恐怖を…。

 あたしたちなんかでは決してかなわない…、絶対的な違いを。

 

 

 

「…なぁ、お前ら。俺はな…人を見た目で判断するやつが一番大っ嫌いなんだよ…」

 

 

 

 コツ、と織斑一夏が一歩あいつらに近づく。

 あいつらは無言で一歩後ずさった。

 

 

 

「人種がどうこう…人の体じゃないとかどうこう…、言葉を並べるやつを見るだけで虫唾が走る…」

 

 

 

 また一歩、織斑一夏があいつらに近づく。

 無論、あいつらも一歩後ずさる。

 喧嘩が強いとかの問題ではない。織斑一夏。あいつは…雰囲気だけで、あいつらを圧倒していた。

 

 

 

「…知ってるか?俺、2年前…、まだこの町にいたころ、剣道やってたんだぜ?そして、まぁなんとも都合がいいことに、こんなところに鉄パイプの山が…どうやらここ、資材置き場みたいだな?」

 

 

 

 違う。これは喧嘩なんかじゃない。

 ただ、強者が弱者を追い詰めているだけの…、制裁行為。

 あいつが…、織斑一夏が鉄パイプを拾った瞬間。あたしはそれを理解した。

 こんなこと…、いけない。

 

 

 

「…剣道、やるの久しぶりだから、手加減は期待できないぜ?死ぬ寸前まで…、ぶっ叩いてやる」

「ひっ…!?」

 

 

 

 誰だかはわからない金切声が小さく、あたしの耳に届く。

 もはや、あいつらの繊維は完全にそぎ落とされていた。あるものは怯え、腰を抜かし。あるものは泣きじゃくり、許しを請おうと声も出ない口をパクパクと動かし。あるものはただ茫然と立ち尽くす。

 多数対一。圧倒的に有利に見える状況で…、あいつらは圧倒的に負けていた。

 それでもなお、繊維をむき出しにする…、織斑一夏。

 

 正直、あたしにはあいつが…、化け物にすら見えた。

 でも、あたしにとってはそれだけだった。

 あいつは…、織斑一夏は…、ただの化け物。

 

 寂しがりの…、……化け物だった。

 

 

 

「じゃ、お前ら…死ぬんじゃねーぞ…」

 

 

 

 

 

 


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