ISS 聖空の固有結界   作:HYUGA

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 今回からシャルロット編の始まりです。
 気に入ってくださった方は、ぜひ感想等をお願いします!!


第0‐4章『翼無きセレナーデ』
第一話『 What shall I do? 』


 □ ~ What shall I do? ~

 

 ボクはいつも一人ぼっちだった。

 家族との最後の記憶は、9歳の時。ママが死んだときの記憶。

 ボクはそれ以来…、……ずっと一人ぼっちだった。

 IS産業において、世界第三位のシェアを誇るフランスの会社デュノア。パパに当たる男はそこのトップ。

 そして、ママはバレエ界の至宝と謳われたトップスター。

 

 ボクは愛人の子供だった。

 

 小さいときから、ボクはママの昔の姿を見るのが大好きだった。

 ビデオの中のママは、いつも輝いていて、まるで女神様みたいにボクを魅了する。見よう見まねで踊っているボクを、ママはいつも穏やかな笑みを浮かべながら見守ってくれていた。

 いつかはママみたいにあのステージの上に立ちたい。

 ボクの思いは日に日に強くなっていった。

 

 …。けど、その夢は、叶うことなく散っていった…。……。

 

 9歳のとき、ママが死んだ。

 その事実に、ボクはただただ泣いていた。来る日も来る日も、ママの部屋のママのベッドの上で、ボクは毎日のように泣いていた。

 そんなボクの前に、パパだと名乗る人物が現れた。

 ボクを引き取りたい。そう言って、パパは穏やかな笑みを浮かべていたことを覚えている。

 その笑みに引き込まれ、ボクも久しぶりに笑った。

 それが地獄への入り口だとも知らずに…。

 

 ボクは、今もこの世界で生きている。ISに囚われた、パパの“道具”として…。……。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 それは、弾と数馬と友達になって二か月後。

 夏休みの出来事だった。

 

 

 

「…。……」

「はぁ…にしても暑いわねぇ…。なんで日本の夏ってこんなに暑いの?誰か説明してよ日本人~」

「おい鈴。暑い暑い言うな~もっと暑くなんだろ~そして扇風機独り占めすんな~。にしてもホントにアチィ~」

「おい弾。お前も暑いって言ってんぞ。そして鈴ちゃん。お前、もう日本人みたいなもんだろうが、自分でその辺のこと考えろよ~」

「え~だって考えんのもめんどいじゃん~。数馬~あんた頭いいんだから教えなさいよ~」

「やなこった。暑くて考えんのもかったるい。一夏君に聞け」

「は、あんたも所詮その程度の男か…」

「おいおい、聞き捨てならないなそれは…と、いつもなら言うんだが、今日はだるいから別にそれでもいいや~」

「末期ね。お互い。ねぇ一夏~教えなさいよ~なんで日本の夏ってこんなに暑いの~?」

「そうだぞ一夏~なんで今日はクーラーつけちゃダメなんだ~」

「名前に夏って入ってんだから何とかしろ一夏く~ん~」

 

「…。おい。てめーらいい加減にしろよ」

 

 

 

 我慢の限界だった。

 

 

 

「てめーら…。夏休みに入ってから毎日毎日毎日…なんで俺の家に集まんだよ!?」

『え?いまさら!?』

 

 

 

 俺の叫びに似た憤怒の言葉に、ソファーで寝転がり扇風機を独り占めする鈴。床でゴロンと大の字で寝転がってる弾。隣接した台所の椅子で身を投げ出し座ってる数馬がそれぞれ驚嘆の声を上げた。

 そう。ここは俺の家。織斑家の一軒家である。

 夏休みが始まって、すでに十日ばかり過ぎていた。その一角を完全に我が物顔で占領しているこいつらが来たのは夏休みの初日。その日から、毎日のように、こいつらは現れ、こうして、俺の家で日がな一日だらだらと過ごしているのだ。

 そしてさらに達が悪いことに…。……。

 

 

 

「おい、一夏。洗濯しようと思うのだが、洗濯機の様子がおかしいんだ。ちょっと見てくれないか?」

「あ~もう!千冬姉!また変なボタン押したのか!?帰ってきて何度目だよ!?家事は俺がやるから、千冬姉は大人しくしててくれ!!」

「う、うむ。そ、そうか。だが、しかしな…私も何もやらないというのもいささか姉として…」

「洗濯機1台。コンロ2台。服23枚に、三日前まであった冷蔵庫の食材の大半。エトセトラ…それが千冬姉が帰ってきてダメにした物の数だ。どうだ?これでもまだ何かしたいと?」

「うん。お前ら今日も来てたのか。毎日毎日。一夏と仲良くしてくれてありがとうな」

『どういたしまして~千冬さん~』

「…。お前ら、ホントに仲いいなぁ…」

 

 

 

 達が悪いことに、夏休みということもあって、ドイツから千冬姉も帰ってきているのだ。基本的にできる女なんだけど、身内の前じゃこれだから…。

 俺はげんなりとため息を吐いた。

 こらこら、千冬姉。タンクトップにホットバンツなんて、青少年の前でなんて恰好してんだ。ほら数馬とかもう完全にガン見してるじゃないか?…あ、鈴が投げたマンガ本がクリーンヒットした。

 まぁ初日の上下下着よりはだいぶまともだけど…。千冬姉には羞恥心というものはないのだろうか?

 あぁ…なんか俺も考えるのがかったるくなってきたなぁ。

 なんで、俺だけこんなに頭を悩まさせてるんだろう…。部屋に帰って布団被ってテレビ見ながらポテチ食べたい…。だるい。ねるい。きつい。かったるい…。

 

 

 

「千冬さん。千冬さん。大変です。一夏がダル夏になりかけてますよ?」

「うん、これはまずい…鈴。すまんが一夏と私の生活のため、よろしく頼む」

「アイアイサー」

 

 

 

 よし、もう決めた。俺は決めたぞ。

 俺は自分の平和のため。千冬姉の今後の嫁入り先のため、心を鬼にすると。

 その第一段階として、俺は引きこもる。そうすればさすがの千冬姉も危機感を感じて…。

 

 

 

「ねぇ一夏。お願いがあるんだ…いい…かな?」

「…。……」

 

 

 

 いつの間に、移動したのか?身長差から俺のことを上目使いで見つめる鈴がそこにいた。図ったように可愛らしさを演出する角度。瞳はどこか潤んでいて、どことなく妖艶さまである。

 俺はなんとなく悟っていた。

 これはお願いではない。女の武器を使った脅迫なのだと。

 

 

 

「…なんだよ鈴。改まって…お願いなんて…」

「えへへ…うん、実はね。今さっきさ。今度の日曜日にでも、弾達と海水浴に行こうって話してたんだけど…。あ、もちろんあんたも強制参加ね。でね、去年はほら、小学生だったじゃない?だから、スク水で海水浴行ったでしょ?覚えてる?」

「…。……」

 

 

 

 その瞬間。俺の頭の中に電撃のように去年の出来事が入ってきた。

 覚えてるかって?忘れるわけがない。

 よく覚えてるさ。去年の…海水浴…。

 スク水を着た鈴。その隣にいた俺は、「可愛らしい妹さんだね」とか「えらいね~その年で妹さんのお世話?うちの子にも見習わせたいわ~」とか「はぁはぁ…、ねぇねぇ。君の妹ちゃん。ちょっとだけボクに貸してくれない?はぁはぁ…」とか…。鈴を俺の同級生に見てるやつが一人もいなかったことを…。

 このことを鈴は知らない。そして、間違いな、。今年もスク水で海水浴なんかに行ったりしたら同じことが起こるだろうと…。俺は確信した。

 ちなみに、最後のやつはもちろんボコッたうえで通報しました。

 

 

 

「…。なんか、とてつもなく失礼なこと考えなかった?」

「き。気のせいだって鈴。…言いがかりは、や、止メテクレヨナ?」

「…なんで片言なの?」

「…だ、だから気にすんなって、な?」

「そ、まぁいいわ。でね、中学生になったんだし、さすがに今年はスク水じゃだめだと思うのよ」

 

 

 

 その言葉に、俺は心の中でガッツポーズした。

 

 

 

「だから、ね?一夏に水着を選んでほしいな~って…だめ…かな?」

 

 

 

 どんなお願いをされるかと思ったら…。俺は安慰した。

 それくらいだったら…まぁ、なんとかなる。俺は、コクリと頷く。すると鈴は、満開の笑みを浮かべた。

 

 

 

「…。…そ、そんなに嬉しそうにするなんて…。で、いついくんだ?」

「今から!!」

 

 

 

 …。はい?

 

 

 

「…。すまん、鈴。耳が悪くなったみたいだ。もう一回、言ってくれないか?」

「だから、今から行くの!弾と数馬も一緒に!!」

「え!?」

「俺達も!?」

 

 

 

 間違いではなかった。ついでに、巻き込まれた弾と数馬も、驚きの声を上げる。

 男は可愛い女に弱い。それは今も昔も変わらない。鈴がにんまりと笑い。千冬姉がほくそ笑むのを見て、俺はそう思った。今、この家の中は間違いなく、女尊男卑の世界だった。

 

 

 

「じゃあ決断即行動よ!早く行かないといいやつ無くなっちゃうから!」

「まてまてまてまて!!おい鈴!!なんで俺達まで巻き込むんだ!?お前らだけでいいだろ!?デートだろ!?これってそういう趣旨だろ!?」

「そうだそうだ!!それに俺はまだここで千冬さんのあの脚線美を眺めてたいんだ!!だいたい、お前水着って言っても、どうせ去年から体躯変わってないんだから別にスク水でもいいじゃ…ぐぎゃっ!?」

 

 

 

 イエス。失言だった。

 数馬。ブレナイな…お前。俺はお前のことを結構ガチで尊敬するよ…。

 見事な放物線を描く数馬に、俺と弾は清く敬礼した。お前の勇士は決して忘れない。

 さらば数馬。やすらかに眠れ…。

 

 

 

「…ふぅ…さて、他に文句あるやつ居る?」

『どこまでもついていきます!!』

 

 

 

 キラキラとした鈴の笑みを前に、俺達は膝まづいた。遠くでソファに顔から突き刺さる数馬が見える。あいつの二の前にはなりたくない。

 その思いで俺は急ぎ部屋に着替えをしに行く。

 俺達は…。……無力だった…。……。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

『…対象。動きました。現在、家を出た対象は、友人と思われる人物複数と共に西へ移動中。おそらく○○駅を目指すもようです』

「わかった。引き続き、対象の追跡を続けよ」

『了解しました』

 

 

 

 通信機から入ってきた声に、ボクは息をのむ。

 トラックの荷台の中。光すら入らない空間にいくつもの機械が敷き詰められている。その端の方で、ボクはもう後戻りはできない。そう悟っていた。

 

 

 

「うまくいきそうだな」

「何言ってんですか。こんな任務。うまくいかない方がおかしいですよ」

「ちがいない。さっさと終わらせて、この蒸し暑い国からおさらばしたいよ」

「はははは!まったくだ!」

 

 

 

 車の中にいる人間が、全員大笑いする。ボク以外は、全員体格のいい大男ばかり。

 皆、外を歩いても不思議はない現代風の恰好をしてはいるが、その風貌は間違いなく歴戦の戦士にしか見えない。

 けど、それもそのはず。この人たちは今回のために、あの人が雇った傭兵部隊。

 皆、間違いなく。歴戦の戦士達なのだ。

 

 

 

「さて、もうじき出番だぜ嬢ちゃん。準備は出来てるか?」

「…。心配しないでください。ボ…私はいつでも準備できてます」

「はははは!そうかいそうかい。それは野暮だったな!な~に、嬢ちゃんならうまく行くさ。嬢ちゃんみたいな上玉はそうそういない。うまくたらしこんで来い」

「…。言われなくても分かってます」

「はははは!こいつも野暮だったな!俺達は金さえ貰えればそれでいいんだ。お互いにビジネス関係これからもよろしく頼むぜ?」

「…。……」

 

 

 

 この人たちは、正直嫌いだ。

 ボクを利用する“あの人”と同じ匂いしかしない。

 だから…嫌いだ。

 

 ボクはこの日のために渡された対象の写真を見る。

 最初に思ったのはただただ純粋な嫉妬だった。ボクと似たような境遇なのに、こいつはボクに持ってないものをすべて持っている。

 写真に写ってる対象には、小さな女の子が抱き着き。黒髪と赤髪の少年が二人肩を組んでいる。それから一歩下がったところには、IS業界における有名人。対象に似た美人な女性がどこか嬉しそうに笑みを浮かべている。

 そこには、ボクが欲しくても手に入れられないもの。その全てがあった。

 

 グシャッ。ボクは写真を握りつぶす。

 絶対。絶対に、ボクはこいつの幸せを壊してやる。

 そのために、ボクはここに来たんだから…。……。

 

 

 

「待っててね…織斑一夏。今、行くから…」

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

「そういえば一夏っていつのまにか弾と数馬のこと普通に名前で呼べるようになってたわよね?」

「うっ…」

 

 

 

 一夏の家より二駅離れたデパート。

 結構広いデパートなため、水着売り場を探すためにデパートの全体図を眺めているとき、ふいに鈴がそう言った言葉に弾と数馬がそう言えば…と、俺を見る。

 唐突に来たピンチに、俺は頬が赤くなるのがわかった。

 な、なんでいまさらその話になるんだよ…!

 

 

 

「そう言えばそうだったな。なんか気にしてなかったけど…」

「なんかいつの間にか普通に呼んでたな~俺も弾も。その辺どうなんだ一夏君?」

「ぐっ…」

 

 

 

 ヤバい。弾と数馬がめんどくさい絡みを始めてきやがった…。

 弾が右。数馬が左から。俺を逃すまいとガッチリと肩を組んでくる。

 ウザい。そしてだるい。こいつらが俺に向けている瞳がもう、完全にからかう気満々なのだから俺はげんなりする。

 正直に言えばいいかもしれないとも思ったが、それはそれでまためんどくさいことになりそうだから俺は頭を悩ませる。

 なぜなら、いつから呼び始めたのか?そう聞かれれば、俺は「お前たちと友達になったその日から」と答えなければならないからだ。図らずも、鈴の策略でこいつらと友達になったあの日。俺は誰も聞いてなかったとはいえ、こいつらの名前を呼んだのだ。

 それがわかった日には…。……。

 

 俺はサッと顔の血の気が引いていくのがわかった。

 

 

 

「べ、別にいいだろそんなこと…お前らには関係ないんだから」

「あれれ~そんなこと言っちゃっていいのかな~一夏君?弾も俺もあのときのことを鈴ちゃんに言っちゃっても別にいいんだよ~?」

「…。あの日のこと?」

 

 

 

 数馬の言葉に俺はいぶしがるように、数馬を見た。

 鈴も、不思議に思ったらしく首を傾げている。あの日のことって…いつのことだ?

 本気で分からない俺に、今度は弾が鈴に聞こえないように、こそっと耳打ちしてきた。キモい。やめろ。息を吹きかけるな。

 

 

 

「ほらほら俺達が友達になったあの日のことだよ…お前、眠ってた鈴にあんな熱烈な、あぁい(愛)の告白しといて、まさか忘れたわけじゃね~よな~?」

「…。愛の告白って…」

 

 

 

 弾の言うことに、俺は今度こそ目を細め疑問符を浮かべる。

 弾達が言っているあの日がいつのことなのかは分かった。が、弾の言う鈴への『あぁい(愛)の告白』とやらが、どうにも俺には分からなかった。

 本気で悩む俺。その様子に、弾と数馬が「え…?」と青い顔をする。

 なぜか、絶滅危惧動物でも見られた気持ちになった。

 

 

 

「え?おいおい…冗談だろ一夏…」

「確かに言ったよな?一夏君。あのとき確かに言ったよな?鈴ちゃんのことが好きだって…」

 

 

 

 その言葉に、今度は俺が目をパチクリとさせた。

 え?鈴が好きって言っただろうって?何言ってんだお前ら…?

 

 

 

「…。鈴のことが好きなんて当たり前だろ?俺は織斑一夏なんだから」

『…。は?』

 

 

 

 俺の言葉に、弾と数馬は本気で愕然としていた。

 そして、目の前の鈴は鈴で、真っ赤な顔でプルプルと震えていた。

 

 

 

「って、あんた達!!人のこと無視してなんてこと話してんのよ!?」

「いや。俺が鈴のことを好きだって話してたんだ」

「そ、そんなことをこんな人がいっぱい居る場所でナチュラルに話してんじゃないわよ!?」

 

 

 

 「死ね!!」最後にそう言って、鈴はずんずんと先に歩いて行った。

 鈴のやつ。なんで怒ってんだよ…。ていうか危ないな…。鈴を一人で行かせたら…。ま、いっか。いざというときは迷子のお知らせでも流してもらえば。

 そんなことを思ってる俺の後ろで、弾と数馬はぼそぼそと何か話していた。

 

 

 

「…なぁ弾。もしかして一夏君って…」

「言うな数馬。お前の言いたいことは分かる。けど、言うな…」

「…もしかして、一夏君。人間不信じゃなくて鈴ちゃん以外の女の子とも絡むことがあったら…」

「…顔立ちはいいやつだからな。なんと言ってもあの千冬さんの弟だし…」

「…なぁ弾。ハーレムって…実在すると思うか?」

「…言うな数馬。悲しくなるから…」

「違いない…」

 

 

 

 なぜか後ろから黒いオーラが伝わってくる。

 どこか居心地も悪い。俺はいつの間にかおちいったこのアウェーな状況に、息苦しくなり。鈴を見失う前にさっさと追いかけるか…。と、歩き始めた。

 買い物客であふれかえるデパート店内。それでも、今日が平日ということもあって、客足は少ないように見える。

 鈴の姿は、そんな客足に飲まれず、まだ遠くでピョコンピョコンと揺れるツインテールで確認することができた。

 そういえば、鈴が使ってるリボン。結構ボロボロだったな…。

 誕生日はまだまだ先だけど、今度新しいやつでも買ってやるか…。そんなことを考えながら、俺は人ごみの中、鈴を追いかけて行った。

 

 

 

「…いけね。弾達のこと置いてきちまった」

 

 

 

 そこになって、俺は弾と数馬が俺の後ろからついてきてないことを思い出した。

 鈴の姿はまだ見えてる。はぐれるのはまずいだろうが、まだ余裕はあった。俺は二人を探すためにクルリと後ろに反転する。

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 

 そのとき、俺のすぐ後ろから着いてきていたらしい何かが俺に突き当たった。

 あまり周りを警戒していなかった俺はその金色の物体を見事にノッキング。ガンッとぶつかり、金色の物体が地面に倒れこんだ。

 が、俺にはそんなこと関係ない。俺はその物体を避け、かったるいと思いながら二人の影を探そうとし、

 

 

 

「って、あんたは人にぶつかっといて何普通にスルーしようとしてんのよ!?」

「い゛っ!?」

 

 

 

 その瞬間。またしてもいつの間にそこに居たのか、さっきまで俺の遥か前方を歩いていた鈴が俺の頭を思いっきり叩かれていた。

 痛い。なんであんなに背が低いのに、俺の頭を普通に叩くのか?それが不思議でたまらない。

 その鈴はというと、俺の頭を叩いた後、すぐに俺がぶつかったらしいヤツのもとへ駆け寄っていた。が、少し困った風な様子だった。

 

 

 

「…おい、弾。フラグが立ったぞ」

「そして、それを普通にへし折ったけどな…」

「…それにしても弾。あの子…」

「…あぁ。そうだな」

 

 

 

 これまたいつの間にそこにいたのか、俺の後ろにいる弾と数馬もどこか困惑した様子だ。

 その理由は、俺も俺にぶつかった『彼女』の姿を見てようやく理解した。

 

 

 

「え、えっと…あの…その、日本語。分かる、かしら?」

「…。……」

 

 

 

 鈴が困惑気味にそう尋ねると、『彼女』はコクリと頷く。

 金髪碧眼。そこにいたのは、どう見ても白人系の容姿をした…。……すごい美少女だった。

 弾や数馬が見惚れるのも分かる。俺ですら、少しだけ見惚れてしまったくらいだ。

 少女は、鈴の差し出された手を握り、立ち上がった。

 手を出してくれた鈴に満弁の笑みを向ける。その笑みは、普段から鈴や千冬姉で見慣れている俺でも美しいと感じるものだった。

 

 

 

「Merci(ありがとう)。ご親切に、ありがとうございます」

「い、いや。べ、別に気にしなくたっていいわよ。元はと言えば一夏のやつがぶつかったのが悪いんだから」

「イチカさん?すみません。ボク、よそ見してて…あの…できたら謝罪をしたいのですが…。その…イチカさんという人は…?」

 

 

 

 後ろで数馬が「ボクっ娘キター!」と叫んでいる。

 とりあえず腹に一発入れて黙らせた。紳士的…。いや、この場合は淑女的とでもいうのだろうか?そんな態度の少女に、根っからの庶民育ちの鈴が困惑しているのがわかる。

 その気持ちはよくわかる。俺も、あんな態度で接しられたらどうしていいのか分からなくなるから。

 

 

 

「え?あ、あぁ…一夏ね。いいわよそんなの。どう考えてもこっちが悪いんだし…」

「そういうわけにもいきません。どんな理由であれ、ぶつかったことには変わりありませんから」

「え?でも、正直会わない方が…いいと思うんですけど…」

「そういうわけにもいきません。私の方にも非はあったわけですし」

「え、えっと…えっと…」

 

 

 

 困った鈴が、俺を仰ぎ見る。

 あの鈴が。唯我独尊を地で行くあの鈴が。おろおろと俺を頼って見つめるその姿にはどうにも弱い。

 俺は一つため息を吐いた。仕方ない。鈴が困ってるのなら、その理由が俺なら尚のこと、俺が行かないわけにはいけない。

 意を決して、俺は一歩踏み出す。俺の動向に、鈴が安心したようにホッと息を吐いていた。

 

 

 

「…。すまんそれは俺だ。俺が、織斑一夏だ」

「あぁ…あなたがイチカさんですか。その、先ほどは申し訳ありませんでした。急いでいたとはいえ、とんだご迷惑を」

「…。あ~…俺の方も悪かったし。別にいい。それより、俺の方も悪かったな、ぶつかったのに助けもしないで」

「いえ、お気になさらないでください。こちらこそ、申し訳ありませんイチカさん」

 

 

 

 やっぱり、こういうタイプの人間は苦手だ。

 彼女と接してるうちに俺はそう確信した。鈴も、それが分かっているから、俺を彼女と引き合わせたくなかったのだろう。その気持ちがありがたい。

 とにもかくにも。こういう場合は、場を早く収めて、さっさと別れるのが一番いい手。

 俺は「それでは…」と、頭を下げ。鈴の手を引き、弾達のところへと帰ろうとした。

 

 

 

「ちょっと、待ってください」

 

 

 

 が、その計画は鈴の手を引く逆の手を掴まれたことで破綻した。

 めんどくさい。どうしてこう、俺はめんどくさいことに巻き込まれるのか?それが分からない。

 彼女を見た時点で、半ばそうなるだろうと予想はしていたものの、俺は表情を凍らせた。

 

 

 

「…。な、なにか?」

「いえ。ぶしつけではありますが…少しだけ、お時間をいただければ…と」

「…。すみません。俺も、急いでいるので」

「そこをなんとか。お願いします」

 

 

 

 ヤバい。断れない雰囲気になってきた…。

 俺は、思わずゴクリと唾を飲む。彼女の青い瞳が、俺をとらえて離さない。

 隣を見れば、鈴も困惑しているらしく、おろおろと俺と彼女を交互に見ていた。

 このままではまずい。なんとしてでも脱出しなければ。

 そう思い。俺は振り返る。理由は、何かこじつければいいだけの話だ。

 

 

 

「おいおい一夏君。今日はどうせ鈴の水着を買いに来ただけだろ?だったら、すこしくらい時間を割いてもいいんじゃないか?」

 

 

 

 が、俺の思惑はあっけなく崩れ去ることとなった。

 数馬あぁあああ。お前えぇぇええええ!!

 にやにやとしながら彼女にそう言ったのは数馬だった。おそらく、こっちに非があるからという理由が1割。さっきの俺の腹パンへの仕返しが2割。下心7割くらいの成分で、その言葉は形成されていたと思う。

 それに悪乗りしてくるように、弾が付け加えた。

 

 

 

「そうだぜ一夏。困ってる人は放っては置けないだろ?」

 

 

 

 ぐっ…。弾、正論を…。

 弾の場合は何の思惑もなしでこんなことを言っているから尚、たちが悪い。

 もうここまでくれば、ごまかしようがなかった。

 諦めたように、俺はため息を吐く。結局は、こうなる運命だったのだ。

 

 

 

「…。…わかった。わかったよ。やるよ。やればいいんだろ?」

「そうこなくっちゃ!」

「さすが一夏君!その生きざまに痺れる憧れる~!」

 

 

 

 横で鈴が「いいの?」と目で訴えてくる。

 あぁ、ホントにお前だけが俺のオアシスだよ。心配げな鈴の頭をポンポンと軽く叩き、俺は彼女にへと向き直った。

 

 

 

「…。と、いうわけで。改めて自己紹介しようと思う。俺は織斑一夏。こいつらのおまけだ」

「あたしは鳳鈴音。一夏の…まぁ、幼馴染ってやつ?セカンドらしいけどね…よろしく」

「俺は五反田弾。一夏の友達だ。それくらいか…言うことは…、よろしく」

「はいはい!俺は御手洗数馬!おてあらいって書いて御手洗って言うんだ!趣味は音楽鑑賞に読書!好きな食べ物は肉で嫌いな食べ物はトマト!現在彼女募集中なのでぜひ…」

『長い!!!!』

 

 

 

 鈴と弾に、ツッコまれ数馬はシュンとする。

 ていうか数馬。お前の趣味は確か河原でエロ本散策じゃなかったか?

 そして、音楽はともかくとして、お前、本は漫画しかよまねーだろ。事実改ざんをするな。

 そんな俺達の愉快な自己紹介に彼女はくすくすとおかしそうに笑っていた。

 

 

 

「みなさん。おかしな方ばかりですね」

「…。待て、ナチュラルに俺をこいつらと同類にするな」

「あんたも十分に愉快な人間よ。一夏」

「…。そんな…バカな…」

 

 

 

 またしても、俺達の会話に、彼女はくすくすと笑う。

 けれども、その笑みの中に、俺はどこか違和感を感じていた。それはどうやら他の連中も同じらしく、弾にいたってはあからさまにいぶしがんでいる。

 が、俺達の様子に関係なく、彼女は優雅に礼を取る。その礼の取り方からして、彼女の育ちの良さが際立っていた。きっと彼女はどこかの令嬢なのだろう。

 温室育ちの俺達、庶民とは別世界の人間。

 

 

 

「はじめまして。【シャルロット・オルヴォアール】です。みなさんどうかよろしくお願いします」

 

 

 

 俺達は、そう思って疑わなかった…。……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 シャルロット編。ついに始まりました。
 開始そうそう、こんな長い話になって申し訳ありません。自分では5000字くらいで収める予定でしたが、気がついたらいつのまにか10000字と、倍の数に。
 自分の文章力のなさが身に染みます(笑)
 さて、話を戻します。今回からシャルロット編ということで、皆様にはだいたいの話の流れが理解していただくように書かせていただきました。
 つまり、シャルロットは敵です。ま、この話だけですが。
 ここからどんな大逆転劇が始まるのか。それを楽しみにしていてください。

 では、今回からの新設定です。
 まず、弾君と数馬君ですが、やっぱり見分けがつかないと思うんですよ。一応は、会話文の中にお互いで名前を呼び合うようにしているのですが、余計にガチホモっぽくなっちゃいます。
 そこで、今回から、数馬君には一夏と鈴の呼称を変えようと思います。君ちゃん付けです。
 あまり意味がない気もしますが(笑)

 てなわけで、今回のあとがきは終わりです。
 それではみなさん。また次回。感想とかも待ってます!!




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