ISS 聖空の固有結界   作:HYUGA

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第八話『夏鈴を弾き鳴らす』

 □夏鈴を弾き鳴らす

 

 

 朝はあんなに降っていた雨もすっかり止んだ放課後。

 朝の件を含め、生徒指導室でこってり絞られた五反田弾こと俺は、ぐったりと机に倒れこんでいた。

 窓の外を見れば、薄暗かった朝とは違い、真っ赤な夕日が顔を覗いている。

 その夕日を見ていると、俺はなんだか、無性に悲しくなってきた。

 

 

 

「うぅ…よかれと思ってやったことなのに…なんで…なんで…」

「あぁ~もう。いつまで落ち込んでんだよ弾!辛気臭くて見てるこっちまでブルーになるだろ?」

「だってよ~数馬!!」

 

 

 

 うあぁ~んっと、俺はまた机に倒れこむ。

 数馬の慰めの言葉すら、俺には悲しい現実を突きつけられる言葉でしかなかった。

 

 

 

「いや…、まぁ…、俺もあればかりは予想外すぎて…、……なんというか…ドンマイ」

「下手な慰めは止めてくれ~!!」

 

 

 

 その気遣いが俺の心の傷をさらに抉る。

 困った数馬が頭を掻いている。が、俺にはそんなことも、どこ吹く風。

 それほどまでに、俺の心の傷は深く。そして完治不能なものだった。

 

 

 

 

 

 

         *

 

 

 

 

 

 

 

 話は昼休みまで遡る。

 生徒指導室。俺は、相葉さん。佐々木さん、二人の女子とは隔たりを経た、別室にて担任に説教を受けていた。

 時より聞こえる生徒指導の先生の怒鳴り声。それとは対照的な静かな担任の説教。

 だが、それは確実に俺の心を穿っていた。

 

 

 

「え!?没収!?破棄!?そ、それは勘弁してください先生!!」

「ははは、だから言ったろ?公務員なめんなって」

 

 

 

 あっちはあっちで初犯とはいえ、大変なことをしてしまっているため、学校側はそれなりに大きな問題にしているが、俺の場合はやっていること自体は軽いものの。初犯ではないため、学校側はこっちもそれなりの問題としていた。

 昨日の先生との話から停学も覚悟していた。俺自身、今回ばかりは甘んじてそれを受けようとも思っていたし、覚悟もできていた。いたのだが…。

 学校側から出された条件は俺の予想を大きく裏切るものだった。

 

 

 

「けど…!」

「あのなぁ…五反田。学校側としては、あっちの二人をどーしても停学にせにゃいかん。けどな、生徒の停学処分をそう何人もポンポン出すわけにはいかないんだよ。分かるか?」

「お、大人の事情…って、やつですか?」

「そ。そういうことだ。そこで、思案されたのがこれってわけだ」

 

 

 

 そう言って、先生が二丁のモデルガンを出す。

 AMT オートマグII。そして、デザートイーグル…。俺の小遣いの役半年分の代物がそこにあった。

 

 

 

「これを破棄してお前に対する教訓にしようってわけだ」

「鬼!!悪魔!!」

「ははは、大丈夫だ。ちゃんと保護者の許可ももらってるから」

「誰だよ!?許可したの!?」

「お前の妹さんだ」

「な、なんだって!?」

「しっかりした妹さんじゃないか。俺は一瞬、お姉さんと間違えてしまったぞ。ま、そういうわけで、今回は諦めろ。な?」

「そ、そんな…。う、うぅ…ら、蘭の…バカヤロー!!!う、うあぁあああああああん!!!!」

 

 

 

 ってなわけで。俺は小遣い約半年分の宝物を失ったというわけである。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 

「…。…まぁ…気持ちは分からんでもないよ、弾。俺も、コツコツと河原で拾ってきたエロ本を捨てられたときはかなり凹んだし…」

「エロ本なんかと一緒にすんじゃねーよ!俺があれを買うために、何か月…何か月…!」

「わ、わかったわかった!俺が悪かった!そうだよな…エロ本なんかと一緒にしちゃ悪いよな。ごめんな。ごめんな弾。だから機嫌なおせって」

 

 

 

 憐れむような数馬の視線が妙に心に染みる。

 数馬は、俺があれをどれだけ大切にしてきていたのかを知っている。

 だから数馬は俺に強くは言えないし、言わない。それが俺の心を深く傷付けることを知っているから。

 

 慰めるような数馬のセリフ。頭を左右に振ると、数馬は場の空気を変えるように訊いてきた。

 

 

 

「そ、そういえば弾。久世さんは…、…久世さんは生徒指導室にいたか?」

「…うぇ?」

 

 

 

 突然の数馬の問いに、思わず変な声が出てしまう。

 一瞬で、頭の中がリセットされる。そういえばと、頭の中で思い出してみれば、数馬の言うとおり、俺は生徒指導室で久世さんを見た記憶がなかった。

 

 

 

「…あれ?そういえば…主犯のはずなのにあの女。なんでいなかったんだ…?」

「…やっぱりか」

 

 

 

 俺の応えに、数馬は神妙な顔つきでうねる。

 けど、その顔からして大方の見当はついているらしく。すぐに、大きく息を吐いた。

 

 

 

「…やられたな、これは」

 

 

 

 やがて出てきた数馬の言葉に、俺はゴクリと唾をのんだ。

 あの数馬が。織斑と中学生離れした壮絶な頭脳戦をした数馬が、やられた…?

 俺にはその事実が信じられなかった。

 

 

 

「どーいう…ことなんだ…?」

 

 

 

 懐疑的な俺の眼差し。それに数馬が応えるように肩をすくめる。

 エアガンの話も今は忘れ、俺は数馬を食い入るように見つめた。

 

 

 

「なーに。簡単な話だよ。俺より、織斑君より、あの女の方が少しだけ悪知恵が働いたってだけの話さ」

 

 

 

 そう言った数馬の顔つきは、どことなくしかめっ面だった。

 だが、そんな顔されてもこっちが困る。俺には、何がなんだか、状況は全然分からない。

 俺の心中を察したのか、数馬は苦笑いを浮かべ、俺の肩にポンと手を置いた。「気にすんな」数馬が思っていることが話さずとも伝わってくる。

 その態度に、俺は怒りもせず、頷きもせず、ただ、首を横に振った。

 

 

 

「なぁ、数馬。教えてくれ。あの女…【久世揚羽】はいったい何をしたんだ?悪いとは思う。けど、俺にもわかるように…簡単に。頼む」

「弾…」

「俺だって、何も知らないまま終わるのは嫌なんだ。だから、だから…」

「…はぁ…、わかったよ…」

 

 

 

 どことなく呆れたように、数馬はため息を吐いた。

 けど、その顔に嫌悪感はない。寧ろ、どこか喜ばしげに微笑みを向けていてくれた。

 

 

 

「んじゃま、説明しますか」

 

 

 

 数馬の言葉に、俺は「アリガト」とはにかんだ。

 

 

 

「じゃあまずは…、なぜ、久世さんがあの場にいたのか。そこから始めるぞ」

 

 

 

 そう言って、数馬は俺の隣の席にドカッと腰を下ろす。

 話はかなり長くなりそうだった。

 

 

 

「第一の謎。久世さんはなぜあの場に先生と共に現れたのか?これを説明するのは簡単であり複雑なんだ」

「?どーいうことだ?」

 

 

 

 数馬の言い分に、俺は首を傾げる。

 簡単と複雑。対になるこの言葉の意味が俺には理解しがたい。が、俺の心中に関係なく、数馬は話を続けた。

 

 

 

「まず、簡単という方だけど…、これか本当に簡単な話。職員室から先生を連れてきたのが久世さんだったってだけの話さ」

「なっ!?」

 

 

 

 数馬の言葉に俺は思わず立ち上がってしまう。

 その俺の様子に、数馬は「落ち着けよ」と手で制した。

 

 

 

「まだ、話は終わってない。もう少しだけ聞けって」

「…わかった」

「よろしい。聞き分けがいい子は俺は好きだぜ」

「お前は俺のおかんかよ…」

 

 

 

 お互いに軽口を叩き合い。話はまた元に戻る。

 再び、席に着き。俺は少しだけ苛立った頭を冷やす。

 苛立ったように足は俺の意思に反し、未だにカタカタ震えているが、俺は手で無理やり抑え込み、顔を上げた。

 

 

 

「けど…、それはおかしくないか?だって、久世さんはこの事件の主犯。首謀者だろ?そんなやつがわざわざ自分から職員室に行って、事件現場に先生を連れてくるなんて…、そんなの、自首してるも同然じゃないか?」

「そう。そのとおり。弾、お前の言うとおり、これは行動“だけ”を見れば、自分から罪を認め、自首したようにしか見えない…が、問題はそう単純なものじゃないんだよ…弾」

 

 

 

 そう言った数馬は深く息を吐く。

 そして、また神妙な顔つきになり、数馬は話を続けた。

 

 

 

「じゃあ聞くぞ、弾。お前がもし、職員側の人間だとする。その場合、誰よりも先に職員に事件をチクってきた生徒を、お前はどう思う?」

「え…、それは…、……ほら…。……」

「…何も言えないだろ?」

「…。……」

 

 

 

 何も言えない。そうだ、何も言えないんだ。

 事件のことを最初にチクった生徒、先生側からすればいろいろ複雑な思いが渦巻いてしまう存在だ。

 先生としてはその事件のことを知らせてくれたいい生徒なのだろう。が、生徒の側から見れば、先生に事件をチクッた裏切り者でしかない。

 ゆえに、先生側から見たら、その生徒に見る思いは自然と、かなり複雑なものになってしまうのだ。

 

 

 

「それじゃもう一つ問題だ。その事件を最初にチクッた生徒が『先生!大変なんです。私のせいで…私のせいで…大変なことに!』って言って来た場合。これはどうなるかな?」

「…。…あっ!?」

 

 

 

 そんな、そういうことだったのか。

 俺は愕然とした。これは、罪を認めるための自首なんかじゃない。

 責任を、自分から他人に逸らすための巧妙な策略だ…!

 

 

 

「気づいたか、弾。おそらくお前の思ってるとおり。これは久世さんの策略だ。自分を加害者から被害者に変えるためのな」

「っ…!?」

 

 

 

 その言葉に、俺は驚きのあまり固まってしまった。

 こんな…、こんなことって…ありなのかよ…。

 俺は悔しさのあまり、唇を噛みしめた。なんで、なんで首謀者である彼女が、何の罪も被(こうむ)ることなく…。

 理不尽すぎるだろ。何か…、何かないのか…。……。

 

 

 

「そ、そうだ…。あの録音だ!!数馬!!」

 

 

 

 俺は叫ぶように数馬に説いた。

 そうだ、まだ、あれがあるんだった。

 

 

 

「そうだよ、数馬。お前の携帯電話の中に録音された相葉さんの自白。あれの中には、確か、久世さんについても言及されていたはずだよな!あれがあれば、久世さんも罪を問われるはず。数馬!あれは、あれはどうした…。……」

「消しちまったよ。とっくの昔にな」

「なっ…」

 

 

 

 数馬の言葉に、俺は絶句した。

 なぜ、なぜあれを消したりしたんだ…。

 が、俺はすぐに原因に行き当たる。そうだ、久世さんはこいつの思い人。だったらまさか…。

 そう思った瞬間。俺は無性に怒りが込み上げてきた。

 こいつ、あんなことがあったのにまだ…。……。

 俺は、キッと数馬を睨みつけた。

 

 

 

「数馬!!まさかお前!!久世さんを庇うために…」

「んなわけあるか!!!!」

 

 

 

 俺の追及に、数馬は学校全体に届かんばかりの声を上げた。

 その声に圧倒され、俺は凍りつく。

 数馬は怒っていた。俺にも、そして…、……久世さんにも。

 

 

 

「…悪い、弾。言い過ぎた。ごめん」

 

 

 

 そうだ。あんなことがあって、数馬が怒らないはずがない。

 と、いうより。あれは数馬じゃなくても怒るはずだ。

 俺は、あの時何を見た。久世さんが来たときの、あの数馬の睨み。俺はあれほどまでに鬼気迫る数馬を見たことがなかったじゃないか。

 それに、思い人に裏切られた数馬の心中を考えると…。……。

 

 

 

「…いや、こっちの方こそ悪い、数馬。謝るよ…ごめん」

 

 

 

 俺は、頭を下げる。情けなかった。頭を下げることじゃない。俺は、親友の思いを察しってやれなかった自分が無償に情けなかった。

 俺の謝罪に、数馬が「いいよいいよ」と手で制す。

 その仕草に、俺は心の底から自分を恥じた。そんな俺の心中を察してか、数馬は場の空気を変えるようにニッと笑った。

 

 

 

「気にすんなって。俺の言い方も悪かったわけだしな」

「…すまん」

「だから気にすんなって。…、俺があれを消したのは、あれにはもう何の価値もないからだ」

 

 

 

 そう言って、今度はどこか自嘲気味に数馬は笑った。

 

 

 

「意味がないって…だってあれは…」

「意味がないんだよ。久世さんがあの場に、来た時点で…な」

「…。……」

 

 

 

 そう言う数馬の表情は冗談でもなんでもなく、俺は、数馬の言っていることは事実なんだと理解した。

 こんな表情を見せられたら、俺だってわかる。

 これが、久世さんに一泡吹かせるための作戦会議ではなく、久世さんに敗れた原因を言及するための反省会なんだってことくらい。

 ただ、俺はその真実が知りたかった。

 なぜ、数馬が。織斑が。負けてしまったのか。その真実が。

 

 

 

「なぁ弾。俺は、今の世の中。すっごく理不尽だと思う」

「世の中って…女尊男卑のことか?」

「そう。確かに、昔の男尊女卑の世界も悪くなかったといえばウソになる。けど、俺は思うんだ。男も女も、なんで平等な世界は生まれないのかって…」

「数馬…」

 

 

 

 それは、今の世界で男が思っていること。

 そして、かつての世界で女が思っていたこと。

 だからこそ生まれない平等な世界。誰もが求め、渇望していてもも、その世界は決して生まれないのだ。

 

 

 

「…。あの状況。俺達は、怯える相葉さんと佐々木さんの前で、織斑と戦っていた。その過程で、俺はさらに相葉さん達を地獄に突き落とした…、……けどな、弾…。……」

 

 

 

 ――――脅迫した上で取った自白供述は、証拠にならないんだよ。

 

 

 

 それは昨今の世の中、社会問題にもなっている大問題。

 が、納得はできない。だって、俺達は一度として、彼女達を脅してなんかいないんだから。

 

 

 

「客観的にだよ。俺達のあの状況。客観的に見たらどうだ?どう見たって、男が女の子二人を脅迫していたようにしか見えない。それに、この女尊男卑の世界。男の言葉と女の言葉…、……どっちが重いのか…言わなくても分かるよな?弾?」

「…。……」

 

 

 

 数馬の言葉に俺は何も言えなかった。

 この世界は、力で出きている。それは男が持つ腕力とかではない。

 法。そして理不尽な女尊主義の理。

 この世界の力とは、それなのだ。

 

 

 

「…不合理だ」

「そうだ。不合理だ。けどな弾、その不合理がこの世界の合理なんだよ」

 

 

 

 その言葉は、俺の中に深く突き刺さった。

 男の不合理こそが合理の世界。それが、俺達が今、生きている世界なのだ…。……。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

「すっかり遅くなっちまったな…」

 

 

 

 夕日はほとんど沈み、ちらほらと星が見える時間帯。

 部活道をやっている生徒すら、帰宅しはじめている学校の廊下を、俺達は歩いていた。

 靴箱まであと少し、家に帰ったらとりあえず蘭の頭をぐりぐりしてやろうと息巻いていた。そんなところで、

 

 

 

「あ!やっときたわねバカップル!」

『待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てまえぇええええええ!!!!!』

 

 

 

 俺達は、出鼻を挫かれた。

 靴箱の前。そこに居たのは件(くだん)の二人。

 頭にガーゼを着けてはいるものも、ブンブンと勢いよく手を振る鳳鈴音。それに、どこかブスッとした雰囲気を醸(かも)し出しながらも、鳳に右手を掴まれているため、逃げられない織斑一夏だった。

 俺達の同時ツッコミに、ニッシッシといたずらが成功した子供のように笑みを浮かべる鳳。

 その様子には、気にするような体調不良は見えない。いつも通り、元気な鳳の姿だった。

 

 

 

「いやいやいや!バカップルってなんだよ!勝手に俺達の関係を偽造しないでくださいませんか!?」

「あら?別に間違ってないでしょ?だってあんた達って愛し合ってるんでしょ?」

「なわけあるか!?」

「あははは…そうだったの?ごめんね…えっと…おてあらい君?」

「読み方が違う!!御手洗だ!み・た・ら・い!!」

「失礼。噛みました」

「違う。わざとだ!?」

「かみまみた☆」

「わざとじゃない!?」

「そのネタはいろんな理由でやってはいけません!!」

 

 

 

 俺も数馬も狂わされっぱなしである。

 鳳鈴音。恐ろしい子…。

 俺達のリアクションに満足したのか、鳳はキャッキャッと嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

「…。鈴」

「ちぇ、は~い」

 

 

 

 後ろで呆れたように織斑がため息を吐き、鳳を咎める。その大人びた対応に、思わず気恥ずかしさを感じた俺と数馬はゴホンと咳払いし、場の空気を変えた。

 それに習うように、鳳もこれまで浮かべていた悪戯っ子のような笑みを止め…、……いままでと真逆のどこか大人びた笑みを浮かべる。

 その変化の大きさに、俺達は驚く。見た目は同年代の女の子よりもさらに小柄な体格にも関わらず、その浮かべる笑みのあまりの穏やかさ、大人っぽさに、ポカンと口を開けた。

 

 

 

「一夏に聞いたわ。あんた達、あたしと一夏のこと助けてくれたんだって?…ありがとう」

 

 

 

 穏やかな口調で、そう言い頭を下げた鳳鈴音。いつもとは違う鳳の様子に、俺達は逆にかしこまってしまう。

 おずおずと俺達も、頭を下げ返すと、鳳はムッと顔をしかめた。

 俺達の態度が気に入らなかったのか?と、初めは思ったが、それは俺達の勘違いだった。

 

 

 

「ほら一夏!!あんた頭を下げる!!」

「いてててて!!分かった!!分かったから鈴!!」

 

 

 

 俺達の前で、鳳が織斑の頭を無理やり下げさせる。

 初めは抵抗した織斑だったが、絶対にひかない鳳の強引さに、ぶつくさと文句を言いつつも、サッと潔く頭を下げた。

 

 

 

「…。御手洗。それに、五反田。今日は…その…助かった。礼を言う。…ありが、ありがとう」

「はい、よくできました」

 

 

 

 少し照れくさげに頭を下げた織斑に、鳳はよしよしと頭を撫でる。

 その手を避けるように、プイッとそっぽを向いた。

 うわ…、ツンデレだ…。

 織斑のその態度に、俺達は同じことを思った。

 そう思ったら、今まの仏頂面っぽい無表情も、なぜか可愛らしく思えてきた。

 

 

 

「…。っ…やめろ、鈴!!恥ずい!!」

「何照れてんのよ一夏。あ、ごめんね二人とも。気づいたかもしんないけど基本的に一夏ってツンデレだから」

「…。なぜだろう。お前にだけは言われたくない気がする」

「気のせいよ。気のせい」

 

 

 

 息の合った二人の掛け合い。その雰囲気を現すピッタリの言葉を俺達は知っている。

 あれは間違いない。夫婦(めおと)漫才だった。

 

 

 

「って、これじゃいけないわ。これじゃ今までと同じじゃない。あたしだけしか友達いなかったら、一夏の将来が…。やっと…やっと見つけたんだから…一夏と対等に渡り合える人間に…やっと…。……しっかりしなさい、あたし」

「…。さっきから何言ってんだ、鈴?」

 

 

 

 ぼそぼそと、何かを呟く鳳に、織斑が首を傾げる。

 はっきりとは聞こえなかったが、ポツリポツリと聞こえた言葉は、どこか子供の将来を気に病む母親のよう。

 ブンブンと顔を振り、鳳はキリッと俺達を見てきた。

 それは獲物を狙うトラのよう。俺達はなぜか、背筋にゾワッと寒気が走った。

 

 

 

「み、御手洗君!ごたんでゃぐん!!」

「あ、噛んだ」

「ははは、鳳さん。そのネタはさっきやったよ?しっかりしてくれよ~」

 

 

 

 そう言いながら、俺達はケラケラと笑う。

 どうせ、この後に「失礼。噛みました」そう来ると思っていた。けど、鳳の表情は、見る見るうちに真っ赤になっていく。

 

 

 

「う、うぅ~…///」

 

 

 

 なぜか、俺達は身の危険を感じた。主に、織斑あたりから。

 織斑の視線が痛い。そのときになって、俺達はやっと悟った。

 あ…。これ、やっちまったと…。

 

 

 

「何よ…何よ何よ…。噛んで悪いの?罪なの?誰かの迷惑になるの?あ、あんた達なんて…うぅ…ひっく…あんた達なんて…ひっく…大っ嫌いよ…」

「…。五反田。御手洗。覚悟はできてるか?」

『すみませんでした!?』

 

 

 

 全力だった。

 全力の…。……土下座だった…。……。

 俺達の態度に、一瞬織斑の頬が引きつる。デジャビュでも感じたのか?

 が、織斑は首を振り、拳を振り上げる。ヤバい。そう思い途端に目を瞑る。けど、それより前。織斑の拳が止まった。それと同時に聞こえてきたのは、鳳の心からの言葉だった。

 

 

 

「…、ひっく…許さない…ひっく…。……許さないんだから…、……あたしと…ぐす…一夏の友達になってくれないと…。……許さないんだから…。……」

『…え?』

 

 

 

 …。俺達は、それに織斑も、その言葉に「え…」と言葉を失った。

 鳳は…、今、何を言った?

 最初、俺達は鳳が何を言ったのか分からなかった。俺達に向けられた拳がピタリと止まった織斑も、目をパチクリとさせ、驚嘆の意を表している。

 けど、その言葉は間違いなく鳳の本意なんだと分かった。

 こいつは…、まさか、それを言いたいがために…。

 俺達は思った。鳳鈴音は、本当に。本当に織斑一夏のことが好きなのだと

 その思いは間違いなく、間違いなく、俺達の心の奥にまで届いた。

 

 

 

「な、な、何言ってんだよ鈴!?友達って…俺は、別にお前だけでいいって何度も言ったのに…」

「うっさい。バカ一夏。死ね」

 

 

 

 照れ隠しなのか、織斑はまたそっぽを向く。

 それが逆効果なんだって気が付かないのか?俺達は心の中でほくそ笑んだ。

 

 

 

「はいはいはい、二人ともそこまで、そこまで」

「まったく。水くせーな二人とも。俺達と仲良くしたいんなら最初からそういえばよかったのに。なぁ弾?」

「そうそう。俺達なら、いつでも大歓迎なのだぜ?鳳さん、織斑」

「ふぇ?」

 

 

 

 俺達は、そのまま喧嘩でもはじめそうな雰囲気の二人の間に入り込む。

 俺は右から。数馬が左から織斑の肩に腕を回し、鳳にニッと笑いかけた。突然の出来事に、メソメソと泣いていた鳳も驚き、可愛らしい声を出す。

 鳳のその様子に、俺達は今度は隠すことなくほくそ笑んだ。

 

 

 

「御手洗君。五反田君。一夏と…、一夏と…友達に、なってくれるの?」

「おうとも。なってやるよ鳳さん」

「…一夏、無愛想だよ?ツンデレだよ?それでも、友達になってくれる?」

「…。おい」

「はははは!しつこいって、鳳さん。伊達に二カ月もクラスメートなんてやってないさ。無愛想なのもツンデレなのも承知の上さ!」

「…。そうか。喧嘩売ってんだなお前らは」

「あはははは。そんな気張るなよ織斑。ほら笑顔笑顔」

 

 

 

 相変わらずの無表情な織斑の頬をむにゅっと引っ張る。

 当たり前に抵抗する織斑。けど、俺はどこか感じていた。鳳が隣にいるってのもあると思う。だけど、どれを踏まえたうえでも、織斑の雰囲気が丸くなっているような気がする。

 今はまだ、織斑は俺達に心を開いてはいない。

 けど、いつか開いてくれる日が来てくれることを…。……。

 

 

 

「とりあえず、まずは名前で呼ぶことから始めようか、い・ち・か!!!!」

「…。っ!?名前で呼ぶな!?」

「え~なんでだよ~いいじゃ~ん、い・ち・か!!」

「ほらほらい・ち・かも、俺達のこと名前で呼ぶ呼ぶ。だ・ん。りぴーとあふたーみ~。だ・ん!!」

「だ、誰が呼ぶか!?」

「ほらほら~呼ぼうぜ~、い・ち・か!!」

「だ~か~ら~!!名前で呼ぶなあぁああああああ!!!!!!」

 

 

 

 世界は変わった。けど、人はこうやって友達になると思う。

 それは変わってないと思う。

 数馬の言うとおり。人は最初、上辺の関係だけでその人となりを理解する。けど、深い関係を築くと、その人の知られざる一面を知ることとなる。そのうえで、好きか嫌いか判断をする。

 俺は、織斑の深いところにあるものを一部ではあるものの、見ることができた。

 そしてそれは、俺にとって。数馬にとって…。……好きだと判断するに値するものだった。

 

 だから俺は…。……織斑と友達になる。なりたいんだ。

 

 もう完全に暗くなった外で、また雨が降り出した。けど、俺の心はどこか晴れやかな気分だった。

 ふと、俺は傘を教室に忘れたことを思い出す。

 時間は遅い。俺達はともかく、鳳をこんな遅い時間まで残しておくのは気が引ける。

 俺は一言、三人に声をかけると、全速力で廊下を走り出した。

 廊下を走っていけどもいけども、生徒とすれ違うことはない。でも、俺はどこか確信していた。

 あいつらは、俺が行くまできっと待っていてくれるだろうと。

 数馬も鳳も、一夏(・・・)も。俺のことをきっと待っていてくれるだろうと。

 俺は確信していた。

 

 

 

「…。鈴を家まで送らないとな…。くそ、どれもこれも、全部あいつのせいだ。俺がこんな目に合うのも。鈴が泣いたのも…。だから、早く来い。……。……だん…。……」

「ん?なんか言った一夏?」

「な、なんでもない!」

 

 

 

 

 

 

 

 


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