ISS 聖空の固有結界   作:HYUGA

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第七話『終焉へ続く数多の思い』

 □終焉へ続く数多の思い

 

 

 

「聴取は取った。証拠もここにある。こいつらは―――首謀者である久世さんも―――お前が手を下さずとも学校が裁いてくれるはずだ。いや、それ以前に、こいつらは本当にお前が手を下すべき価値がある存在なのだろうか?どうだ、織斑君?」

「…。……」

 

 

 

 圧倒的だった。数馬が張り巡らさせた策略の網の目。

 それは本当に…、……圧倒的だった。

 絶望的な表情を浮かべる相葉さんと佐々木さん。その表情からはただ、後悔の念だけが伝わってくる。

 最早、状況は一変の狂いもなく数馬が掌握していた。すべてのことが数馬により操られているような気さえしてきた。

 いや、それは間違ってはいない。

 俺達は、揃いも揃って、数馬の手のひらの上で踊らされていたのだから。

 

 

 

「…。御手洗。もう、俺はお前を尊敬すらするよ。こんなとんでも理論で…お前ってやつは…」

「それは光栄だな織斑君。俺も、今回ばかりはかなり頭を使ったよ…」

 

 

 

 そう言いつつ、数馬はあのニヒルな笑みを向かべた。

 その笑みすら策略の一部ではないのか?そう思えてきてしまう。

 俺は、二人のやり取りにやっと肩を落とした。全身から一気に力が抜けた気がした。

 

 

 

「…、で?どうだい織斑君?ここまで俺達にさせといて、まだ君は二人に手を出す気があるのかい?」

 

 

 

 確信をつく、ど直球の数馬の言葉に、織斑も肩を落とした。

 相変わらずの無表情の彼だが、雰囲気というか、身体から出ているオーラというか、そのあたりのものからドッと疲れが伝わってくる。

 だが、その様子から、織斑の戦意はもうなかった。

 

 

 

「…。正直、まだ納得はできない…けど、…御手洗。どうせ、お前のことだ。まだあと二、三、隠し手があるんじゃないのか?」

「ははは、そこまで買いかぶられてもらっちゃ困るよ。織斑君」

「…。人の皮をかぶったキツネか…お前は…」

 

 

 

 また、貼り付けたような笑みを浮かべた数馬に織斑はため息を吐きながら言葉を返す。

 織斑の言葉に、数馬は苦笑いで返した。

 御手洗数馬。俺とは小学校以来の幼馴染で、親友で、三枚目の気のいい男。その実態は、決めたことはどんな手を使ってでもやり遂げる策略の男である。

 ただ、一言だけ付け加えるなら。あいつは人を化かすタヌキやキツネではなく、正真正銘、人間だということ。

 とてつもない“お人好し”という言葉が前につくけれどな…。……。

 

 俺は肩をすくめた。

 そのとき、気が付いた。下から誰かが駆けてくる。

 さっと腕時計に目を落とせば、ここにきて、かなりの時間が経っている。

 もう、職員会議も終わったころだろう。それは、俺達の勝利を示していた。

 

 

 

「…。どうやら時間切れみたいだ」

「だな。遅いってーの先公。本当に待ちくたびれたぜ…」

 

 

 

 数馬はそう言って、ハーッと大きく息を吐いた。

 それに習い、俺も同じくハーッと息を吐く。全身の疲れがドッと抜けた気がした。

 直後、階段を上がってきた人物が方を現す。

 その姿を見て、俺達は安心したように肩を落とし…。……。

 

 

 

「なっ…!?」

「…、…っ…!?」

「…。……」

 

 

 

 絶句した。

 

 

 

「お前ら!なにやってるんだ!?」

 

 

 

 最初に姿を現したのは生徒指導の鬼教師。この間のエアガンの件で、俺もこってり絞られたからよく覚えている。

 最近では稀に見ない熱血教師である彼。確かに、厳しい先生ではあるが、同時に生徒のことをちゃんと考えるいまどき珍しいこの先生。信用に値する先生であるのは間違いない。悪いようにはしないはず。

 そう思って、安心した。

 そしてその後ろから来たのは、俺達の担任の先生。

 彼も厳しい顔ではあるが、俺は、彼も信用できる先生だと知っている。

 だから、安心した。そして、ある意味でラッキーだとも思った。二人が、男の先生で…。……。

 

 けど…、……その後ろ。

 その後ろから来た人物に、俺達は絶句した。

 

 

 

「…。……」

 

 

 

 数馬が複雑そうな顔で目をそらしている。

 それとは対照的に、織斑はその人物を全力で睨んでいた。

 けど、“彼女”はその視線にも涼しい顔。まるで、犬にでも睨まれたかのように可憐にスルーする。

 

 そう。そこに居たのは…。……。

 

 

 

「…あ、あ、…、…【…揚羽(あげは)】…。……」

 

 

 

 そこにいたのは…、……【久世揚羽】…。……。

 この事件の首謀者である女だった。

 

 唖然と口を開ける相葉さんと佐々木さん。口から洩れた彼女の名前には驚嘆の念が溢れている。

 それは俺達も同じだ。まさか、まさか、この場に彼女が来るなど、誰が想像できただろうか?

 彼女が浮かべる笑みはどんな意味があるのか?

 …。……俺には、怖くて考えたくもなかった…。……。

 

 

 

「…な、なんで…ど、どうして…。……」

 

 

 

 パクパクと陸の魚のようにさせながらやっと出てきた相葉さんの言葉。

 だが、久世さんの応えは、俺達の予想を遥かに裏切るものだった。

 

 

 

「相葉さん。佐々木さん。あれだけダメって言ったのに…。…まさか本当にやっちゃうなんて…。先生。彼女達は悪くないんです。彼女達は私の“冗談”を鵜呑みにしてしまっただけですから、どうか許して頂いてははいただけませんか?」

『…。…っ…!?』

 

 

 

 俺達は息をのんだ。

 この女…、……どの口がそんなことを言うのか?と…。……。

 冗談?そんなことがあっていいはずがない。現に俺は、あいつらの話しているところをバッチリ聞いたのだ。それは間違いのない事実だ。

 自然と握りこぶしに力が入る。俺は我慢できなかった。

 

 

 

「てめー…いったいどの口がそんなことを――――」

「弾!!!!」

 

 

 

 ピシャッと放たれた数馬の声に俺は口を閉じた。

 どこか鬼気迫るような声で名前を呼ばれ、俺は思考が一気に停止してしまったのだ。

 

 

 

「か、数馬…?」

 

 

 

 恐る恐る、数馬を見ると、そこには声のまま。さっきまでの貼り付けた笑みすらない、鬼気迫る顔つきをした数馬の姿があった。

 その瞳は、迷うことなく久世さんを睨みつけている。

 そこにはもう、好きな人に恋い焦がれる数馬の瞳はなかった。

 

 

 

「弾。落ち着け…。今、お前が何かをしたら…、……あの女の…。……思うつぼだ」

 

 

 

 小声で俺に囁(ささや)いた数馬がギリッと、奥歯をかみしめるのがわかった。

 その様子に、俺は何も言えなくなる。数馬の怒りも頂点に達していたようだ。

 けど、数馬は何もするなと、俺に言う。それに、あの女に一番怒りを感じているはずの織斑も、先生が前にいるとはいえ、何もしないのはおかしい。

 何かある。俺は直感的にそう悟った。

 

 

 

「…とにかく、だ。お前ら生徒指導室に来い。話はそこで聞く」

「…、はい」

「…、わか、わかりました…」

 

 

 

 生徒指導の先生がそう言うと、奥の二人。相葉さんと佐々木さんは大人しく従う。

 が、織斑はその指示には応えず、地面に横たわる鳳を抱きかかえた。

 その動作に、一瞬だけ生徒指導の先生の眉が傾く。が、直後の織斑の言葉に、先生は何も言わず頷いた。

 

 

 

「…。先生。俺は鈴を…、…鳳さんを保健室に運びます」

「それは菊池先生(担任)にでも頼め。お前もすぐに――――」

「…。お願いします。ちゃんと、ちゃんと後で行きますから…」

 

 

 

 そう言って、織斑は鳳を抱え、階段を下りていく。誰も何も言わなかった。

 織斑の言葉を信じる何かがあったわけではない。鳳を織斑が保健室に運ぶことで生じる利益があるわけでもない。

 ただ、女生徒、教師を含め、織斑のその大きくないその背中にある。どこか哀愁のようなものが感じとったのだと思う。

 それはきっと、あいつが抱える闇の一辺にもすぎないものだと思う。

 けど、その闇はあまりにも深く。あまりにも重い。

 俺達には…、……絶対に背負うことができないほどに…。……。

 

 

 

「…。……」

 

 

 

 黙ってその背中を見送る。俺にはそれくらいのことしかできなかった…。……。

 

 

 

 

 

        *

 

 

 

 

 

 

 織斑の背中を見送った後。俺は数馬にへと向き直った。

 どうしても、聞いておきたいことがあったから。

 

 

 

「で?本当のところはどうなんだ?」

「ん?何の話だ?」

 

 

 

 囁くような俺の小声に、数馬がいぶしがる。

 確かに、今のでは言葉が足りなかったと俺自身、自覚していた。

 

 

 

「だから、さっきの織斑の言葉だよ。まだ二、三、隠し手があるって、結局のところどうなんだ?」

「あぁ~」

 

 

 

 言葉を付け加え。再度数馬に問うと、数馬は頭をボリボリと掻き、めんどくさそうにため息を吐いた。

 だが、やがて。結局はめんどくさそうではあるものの、ちゃんと、俺の質問に関する応えを出してくれた。

 

 

 

「なぁ弾。頭の傷ってのはどんなに浅くても、見た目はかなりひどく見えるようになるって知ってるか?」

「え?あぁ…まあな。前に何かの漫画でそんな事書いてあった気がする」

「そ。で、鳳の怪我の話だ。この状況で頭をけがしてるってことは鳳が一体どんな目にあったかはだいたい見当がつく。殴られたのであれば、傷は自然と深くなる。だけど、あの鳳にベッタリの織斑がそれでも鳳をすぐ保健室に運ばず、あの二人に手を出そうとしてたってことは、殴られたってことじゃないはずだ。と、すると…残る答えは一つ…。……」

 

 

 

 そう言って、数馬はゆっくりと指差した。

 

 

 

「階段から突き落としたんだよ」

 

 

 

 その答えに、俺は目を羽ばたいた。

 

 

 

「は?いやいやいや…階段から突き落としたって…、それはそれで大事じゃないか!?」

「いや、違う。全然違うよ弾。いいか?階段から突き落とされ、尚且つ気絶したってことは十中八九、鳳は“脳震盪”を起こしていたってことだ。この場合は、保健室に運ぶため、すぐに無理やり運ぶよりその場で大人しく寝かせておいた方がいいんだ。だから、織斑は鳳をすぐには動かさず、その場で寝かしていたってわけ」

 

 

 

 改めて言うが、こいつは中一だ。

 今日だけで、そのことを何度も忘れてしまいそうになる。

 昔はもっとこう…、……バカだったのにな…。……。

 

 

 

「…それで、それのどこが隠し手になるんだ?」

「そう。本題はそこだ」

 

 

 

 そして、数馬はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

「通常、脳震盪の場合。気絶してる時間は数時間くらいになる。けど、まれに一瞬で目覚めるってときもある。貧血に似た感じだな。で、俺はそれに賭けたってわけ」

「…。つまり、お前は鳳が目を覚ます可能性に賭けていた。それがお前の隠し手ってわけか?」

「そういうこと。ま、見事に負けちまったわけだけどな~」

 

 

 

 そう言いつつ、数馬はまた頭を掻いた。

 ホント、ギャンブラーにもほどがある。

 確かに、織斑と鳳の関係を考えれば、織斑を一番止められる可能性があったのは鳳だ。けど、そんな都合がいいこと、そう易々起こるわけない。

 ってことは、実質。あの音声録音が最後の手だったってわけだ。

 それをうまいこと隠して、数馬は織斑を止めたということ。駆け引きはうまい癖、賭け事はてんでダメなんてなんともお前らしい。

 

 まったく…ホントに、大した奴だよ…。……。

 

 

 

「というわけで、俺達は教室に帰ろうぜ弾。早く帰らないと一時間目に遅れちまうし」

「あぁ…そうだな…」

 

 

 

 ま、そのおかげで今回は助かったんだからよしとしますか。

 俺はホッと息を吐き、右手のデザートイーグルをズボンにしまう。

 そして、そのまま階段を降りようとして…。……。

 

 

 

「おいおい、五反田。どこ行くんだ?お前もこっちだよ」

 

 

 

 …。……担任に手首を掴まれた。

 ちっ、誤魔化せなかったか…。俺はギリッと歯ぎしりした。

 

 

 

「まったく、お前ってやつは…、……昨日の今日で、またこんなの持ってきやがって…。……」

 

 

 

 呆れ混じりに担任が俺のズボンからデザートイーグルを抜く。

 あぁ~…俺の小遣い三か月分~…。

 

 

 

「いやはや、今回は俺も庇いきれないかもって言っておいただろ?まあなんでこう、持ってくるかな…」

「いやぁ…なんというか…、…今日は事情があったというか…ごめんなさい」

「はい。没収」

「そ、そんな~」

 

 

 

 涙目で訴えかけても露知らず、担任は俺の襟首をつかむとドナドナしていった。

 

 ―――あの…先生?階段で襟首掴んで引きずらないでくれませんか?なんか、足がギッタンバッタンしてすごく痛いのですが…。

 ―――罰だよ。お前が今後こんなことをしないためのな…。甘んじて受けろ。

 ―――いや、でも体罰とかその辺りのやつ。確か禁止なんじゃ…。

 ―――大丈夫。公務員なめんな。

 

 なぜか、俺が連れ去られる姿を拝む数馬の姿が妙に心に残った一日だった。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

「許さない…絶対に、許さないからな…。……」

 

 

 

 ドナドナされる弾。それを拝む数馬。

 そんな二人を睨みつける少女がいたことを、二人はまだ、知らなかった。

 

 

 

「あたしはあなた達を絶対に許さない。必ずあなた達に生きていたことを後悔するほどの地獄を見せてやる。絶対に。絶対にだ」

 

 

 

 この事件が後に、弾と数馬。二人を切り裂くことになる。

 まだ小さな復讐の種は、いつの日か花開き。彼らを絶望へと誘う。

 今の世界は、そういう風にできているから…。……。

 

 

 

「五反田弾…。御手洗数馬…。……光( Shine )」

 

 

 

 そして二人は、世界に壊される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 あとがき

 今回で、一応は弾編第一部終了です(#^.^#)
 このあと、後日談的な話を一話書いて、その次にシャルロット編に入る予定です。

 さて、今回の弾編ですが、導入ということで、話を軽く収めようと思ったのですが…。……気がつけば鈴編よりかなり長くなってしまいました(T_T)
 しかも、弾編なのに、ほとんど数馬君の話だという…。どうしてこうなった?
 まぁ、今更後悔したところで遅い話なんですが(笑)

 そして、この編でもう一つ上げるのがオリキャラの登場ということですね。
 名前を一人だけ書いていた時点で気が付いた方もいると思いますが、揚羽さんはこれからも出てきます。
 そのため最後にキャラ付けもしました。

 『光(SHINE)』一応、揚羽さんは『シャイン』って言っています。

 意味は…、……分かりますよね(笑)
 英語のとこをローマ字読みで。っていうか厨二病まっさかりですね!(^^)!


 と、いうわけで次回のシャルロット編の話の概要についてだけさらっと説明したいと思います。

 シャルロットが日本に来て、一夏達と知りあう。

 はい、以上です<(_ _)>
 なんか、めっちゃ単純な説明しかできませんでした。
 てなわけで、また次回。よろしくおねがいします。





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