月姫転生 【完結】   作:HAJI

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第二話 「因果」

どこか心地良い揺れを感じながら、深く目を閉じたまま身を任せる。いつも通りの、慣れ親しんだ感覚。差しこんでくる日差しの暖かさも相まって知らずそのまま眠りに落ちてしまそうな程。ゆりかごにも似た安堵感と共に意識が消えそうになりながらも

 

 

『次は―――番地。―――番地前。お降りの方はバスが止まるまで席を立たずにお待ちください』

 

 

機械的なアナウンスによって容赦なく現実に引き戻される。そのことに若干不満を覚えながらも大きく欠伸をし、体に新たな空気を取り入れ意識を切り替える。そんなことをしている間にバスは目的地へと到着し、足を止める。ゆっくりとはしていられない。このまま降り損ねれば、戻ってくるのは面倒なことになる。

 

 

「さて……と」

 

 

独り言をつぶやきながらゆっくりと席を立ち、バスの前方にあるドアから停留所に向かう。勝手知ったる、といった所。そこには全く無駄がない。何十、何百回と繰り返して来た反復の為せる技。無事に降り立つことができたことに息を吐くと同時に

 

 

「気をつけてな、志貴君」

 

 

そんな自分を気遣う、慣れ親しんだ声がバスの中から掛けられる。初老を感じさせる男性の運転手。もし自分に父がいれば同じぐらいの年齢かもしれない。もしかしたら、同じように運転手も自分のことを子供と同じ年ごろだと感じているのだろうか。

 

乗客が少ないローカル線であることを差し引いても、自分はこの辺りではちょっとした有名人でもある。決して喜べる話ではないが、それが結果的に自分が生活する中では大きな助けになっている。

 

 

「ありがとうございます。また明日も宜しく」

 

 

このやりとりもそんな一環の一つ。自分を案じてくれる言葉に出来る限りの笑みを浮かべながら返事をする。少しの間の後、バスのドアが閉まる音と排気音とともに自分を運んでくれたバスは去っていく。

 

しっかりとバスが走り去っていくのを聞き届け、まだ眠気が若干抜け切っていない頭を振りかぶりながらしっかりと地面を足で踏みしめる。肩には学生鞄、手には杖。そのままいざ帰路へ、と踵を返さんとした瞬間

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

 

眠気など一気に吹き飛ばしてしまう程の大声が響き渡る。元気の塊と言ってもいい小さな女の子の声。バタバタと擬音が聞こえてきそうなほど慌てた様子の足音。同じように背中にしょっているであろうランドセルも弾むような音を立てている。もはや振り返るまでもないがあえて顔を向けながら突然の小さな乱入者を迎え入れることにする。

 

 

「都古……? どうしたんだ、また学校を抜け出してきたんじゃないだろうな」

 

 

半分の驚きと、半分の呆れを含みながら自分の正面、やや斜め下にいるであろう珍客に声をかける。もっとも珍客と言うのは正しくはないかもしれない。

 

 

「ち、ちがうよ! 今日はがっこうはお昼までだったの! それに、もうしないもん。お父さんとお母さんにも怒られちゃったし……おこづかいも減らされちゃったんだから……」

「そうか。それは災難だったな。じゃあ俺はこのまま帰るから。お前も寄り道せずに帰ってこいよ」

「うん! がっこうでも最近はぶっそうな事件が多いから気をつけるように言われてるんだよ。でもしばらく学校はお昼までだからみんな喜んで……」

 

 

呟きながら恐らくは学校での先生の話を思い返しているのだろう。どこか真剣さを感じさせる雰囲気で必死に反芻している都古の邪魔をしては悪いとそのまま歩き始める。だが気になるのは物騒な事件という話。十中八九、ほぼ間違いなく自分はそれについて思い当たる節がある。とうとう、いやようやくやってきたと言った方がいいのかもしれない。問題は――

 

「ちょ、ちょっと待ってよお兄ちゃん!? 何であたしを置いて先に行っちゃうの!?」

 

 

そんな思考を断ち切るかのように慌てながら、脱兎のごとく少女、都古は再び目の前に飛び出してくる。本気で焦っているのか先程以上に余裕がない。もっとも落ち着きがないのはいつものことなのだがそれは言わぬが華だろう。

 

 

「いや、考え事の邪魔しちゃ悪いと思って。それよりもいきなり前に出てくるなっていつも言ってるだろ。ぶつかったらどうするんだ」

「ご、ごめんなさい……じゃなくて! 何で一人で行っちゃうの!? せっかく迎えに来たのに!」

「いや、俺、一人でも帰れるし」

「そ、そうだけど……でも……もう! なんでそんないじわるばっかりするの!?」

 

 

ついに堪忍袋の緒が切れたのか都古は地団駄を踏み始める。きっと頬を膨らませ、涙目になっているのだろう。困ったり、混乱した時はさらに「むうー」という唸り声と共に頭突きをかましてくるのだがそこまでには至ってないらしい。もっとも家の中ならいざ知らず、往来でそんなことをされてはたまったものではないのでそろそろ挨拶と言う名の悪ふざけはおしまいにするとしよう。

 

 

「悪い悪い……迎えに来てくれたんだろ? ありがとな、都古」

 

 

悪びれた様子もなく、ただその手を都古に向かって差し出す。本当なら自分にとってのもう一つの目であり、手足でもある右手に握っている杖を使わなければ歩くことはできないのだが、今はその代わりをしてくれる小さな家族がいる。

 

 

「……うん! 任せて! お兄ちゃんを守るのがあたしのしごとなんだから!」

 

 

慌てながらも、慣れた手つきで都古は自分の手を取り、そのまま歩き出す。嬉しそうに、それでも自分の歩幅に合わせられた優しい導き。

 

それが妹である『有間都古』と遠野志貴である自分の関係。

 

目が見えない自分にとって何よりも大切な、日常の象徴である道標だった――――

 

 

 

「~♪」

 

 

先程までの不機嫌さはどこにやら。上機嫌に都古は自分の手を引きながら歩いている。その姿が鮮明に目に浮かぶかのよう。今にもスキップをして走りだしそうな雰囲気を感じさせながらも都古は必死にそれを抑えるかのように踏みとどまっている。目が見えない自分に合わせるために。もっともそれができるようになったのはつい最近。今は小学六年生だがそれ以前は好奇心の塊のような少女。勢いそのままに自分を引っ張ったり、自分に気を取られ過ぎてあやうく事故にあいそうになったりと気が気ではなかったのだが今は何とか落ち着きつつあるようだ。ちゃんと自分の歩幅とリズムに合わせながら帰路へと誘ってくれている。確かな成長、時間の流れを感じさせる変化だった。

 

 

(そうか……もう、八年になるんだな……)

 

 

八年という長かったのか、短かったのか分からない月日。自分が目覚め、遠野志貴になってしまった日。そのまま遠野の分家であり、血の薄い有間へと預けられた日。思い返せばただその日その日を乗り越えることに必死だった。他のことを考える余裕などありはしない。だが最近はようやくそんな生活も落ち着きつつある。悩むこと、考えなければならないことは変わらず山積みだが少ずつ今の生活にも慣れてきたのだろう。

 

 

「ちょっと待って、お兄ちゃん。そのままそこで待っててね!」

 

 

そんな感慨も霧散してしまうような大きな声とともに都古は足を止めてしまう。どうやら交差点に辿り着いたようだ。そこまで大げさにすることもないだろうに、と思いながらも口に出すのはあきらめた。今の都古はさながらお姫様を守る騎士。主に敵は車。時々通行人。自分にとって一番の不安要素は都古という騎士自身なのだが眼をつむるしかない。

 

『有間都古』

 

自分が預けられた有間家の長女であり、妹。今年小学六年生になった少女。小さい頃から面倒を見てきた自分にとっては妹と言うよりは娘に近い。もっとも今はもっぱらその立場は逆転しつつあるのだがそれは割愛。そして自分は出会う前から彼女のことを知識として識っていた。だがそれはあまり役には立たなかった。むしろそれ以上に驚かされた程。経験は知識を凌駕する、と言うがまさにその通り。有間都古という少女を前にして知識など何の意味も持たない。同時に自分が成り変わってしまう以前の、本物の遠野志貴と面識がないということが大きかった。今の関係は、本物の遠野志貴の物ではなく、間違いなく自分の築き上げた物なのだから。

 

 

「右良し! 左良し! もう一度右も良し! いいよ、お兄ちゃん!」

 

 

まるで小学生のように左右の安全確認をしている都古にどこか呆れてしまう。よくよく考えれば小学生なのだから間違ってはいないのだが、六年生にもなってそれはどうなのか。そもそも本当に来年からこいつは中学生になれるのだろうか。不安は尽きない。

 

 

「何言ってるんだ都古。まだ上と下が終わってないぞ」

「え? 上と下? そんなところまで見ないといけないの?」

「当たり前だろ。もし上からロケットが落ちてきたらどうするんだ。マンホールの下から人が出てくるかもしれない。そうだろ?」

「わ、分かった! もう一度確認するから……えーと右、左、上、下、また右……どうしようお兄ちゃん!? 全部見てるうちに時間が経っちゃうよ!?」

「本気にするなよ……ほら、さっさと行くぞ。車の音もないしな」

「お、お兄ちゃん! またあたしをからかったの!?」

 

 

純粋と言うには度が過ぎる親愛なる我が妹を逆に引っ張りながら再び歩き始める。しばらく不機嫌そうにしていたものの、都古は気を取り直したように再び自分より少し前に出ながら先導し始める。まだまだ幼さはあるが頼りになる妹の姿を思い浮かべる。こうして都古と触れあうことは自分にとっては何よりも代え難いことなのだから。

 

 

――――ただ何もない、暗闇。

 

 

それが今の自分の視界。八年前から変わらない自分の世界。目が見えない、という世界の裏側。

 

だが正確には目が見えないわけではない。目を開けることができない、と言った方が正しいだろう。事実、両目は視力を失っているわけではない。その証拠に太陽や光は感じ取ることができる。今も眼を開けば間違いなく世界を見ることができるだろう。

 

 

死の線に満ちた、崩壊しかけた世界の真実を。

 

 

八年前のあの日。ただ自分は待ち続けた。蒼崎青子という魔法使いを。彼女から手に入れることができるかもしれない、魔眼殺しという眼鏡を。だがいくら待っても彼女は現れなかった。医師達の目を盗み、朝から晩まで。時には日の出までただ待ち続けた。しかし、結果は変わらなかった。自分の前に、魔法使いは現れることはなかった。

 

それが何故なのか、自分には分からない。時間が違っていたのか。それとも自分が識っている知識が間違っていたのか。本物の遠野志貴ではないからなのか。

 

その答えを得る間もなく、自分は退院することになった。本当なら退院したくなどなかった。だが小さな子供である自分に選択肢などあるわけもなく、ただ従う他なかった。しかしこのままでは自分は遠からず、壊れてしまう。直死の魔眼を持ったままで生きて行くことができるはずもない。本物の遠野志貴が元の生活に戻れたのは魔眼殺しがあったから。それがない以上、自分に取れる選択肢は一つしかなかった。

 

 

眼を開けないこと。単純であるが故にこれ以上ない方法。

 

 

ただ目を閉じ、死の線を見ないようにすることだけが自分にできる唯一の抵抗だった。幸いにも自分は事故のショックで記憶喪失になり、心的外傷、トラウマを負っていると診断されていたため医師達を誤魔化すことは難しくはなかった。黒い線が見えるという眼の異常もそのことに一役買ってくれた。だがそれは容易なことではない。視力は失ってはいないものの、それは全盲になることと大差はなかったのだから。

 

それでもそれに後悔はなかった。あのまま死の線を見続けるくらいなら、脳が壊れてしまうぐらいなら目が見えなくなっても構わない。それほどの負荷が、絶望があの世界にはある。

 

本当ならもう一つ、選択肢はあった。両目を潰すという選択肢。目を閉じることよりも早く思いついた最善策。だが実行することはできなかった。両目を抉る、という恐怖。確かにそれもあった。だがそれ以上に怖かったのはある恐怖があったから。

 

 

もし眼を潰しても、死の線が見えたらどうなるのか――――

 

 

掛け値なしの絶望。その深さが自分の手を止めた。だがすぐに考えるのはやめた。逃避。目を潰しても、目を閉じていても、瞼の裏からでも死の線が見えるようになること。それは自分の死と同義。

 

だからこそ自分はほとんど眼を開けることなくこの八年間を過ごして来た。反射的に目を開くことがないように、普段はアイマスクをつけるのを徹底することで。ある意味未来にあり得た本物の遠野志貴の姿。殺人貴と呼ばれるようになった頃のよう。違うのは本物の志貴は包帯であったということだけ。一般人の生活をしている自分にはこの街で包帯を眼に巻いたまま生活できるほどの度胸は残念ながらなかった、という笑えない笑い話。

 

 

そして今は学校の帰り。もちろん普通の学校ではない、目に障害を持つ人々が通う場所。視力自体を失っていない自分は本当なら通うことができないのだがそこは色々と誤魔化した。遠野家の力か、はたまたあの藪医者の仕業か。とにもかくにも何とか自分は死の線と向かい合わずに生きて行く道を歩いている。逃げているだけ、と言ってもいいのだが。

 

死の線からだけではない。全てのことから自分は逃げている。目を閉じ、耳を塞ぎ、ただ先送りにするだけ。だがそうする以外に、今の自分にできることは何もない。自分は遠野志貴ではない。

 

 

誰かが言った。聖人になる必要はない。ただ自分が正しいと思う大人になればいい、と。

 

 

だがその自分がなければどうすればいいのか。何が正しくて間違っているのか。それすら分からない自分はどうすればいい。

 

 

何もしないこと。それが今の自分の選択。選ばないという選択の果て。月触において青の魔法使いが言っていた。何もしないという選択肢も許されたのだと。特別な眼を持ったとしても、特別に生きる必要はないのだと。なら――――

 

 

「――――お兄ちゃん?」

 

 

いつまでそうしていたのか、知らず立ち止まったまま考え事をしてしまっていた自分の意識を、どこか不安げな都古の声が現実に引き戻してくれる。つい考え事をしてしまう、自分の悪い癖だった。

 

 

「悪い、ちょっと考え事をしてた。早く家に帰ろうか」

 

 

気を取り直し、出来るだけ自然にそう促す。今の自分がどんな顔をしているのか、都古がどんな顔をしているのかは分からない。だが今度は都古が動こうとしない。その小さな手で自分の手を掴んだまま。知らず、都古の手にはいつも以上の力が込められている。

 

 

「都古……?」

「お兄ちゃんは……本当に遠野の家には帰らないの……?」

 

 

意を決したように、それまでの天真爛漫さは欠片もない不安げな声で都古は自分へと問いかけてくる。そこでようやく気づく。何故今日、都古が自分を迎えに来たのか。その本当の理由。

 

 

遠野志貴が遠野家に戻ること。

 

 

それが都古が気にしていることであり、先日、自分宛てに伝えられた電報だった。きっかけは先日の訃報。遠野家の当主である遠野槙久が亡くなったという知らせだった。表向きは病死ということになっているがそれが偽りであることを自分は知っていた。だがそれ自体はどうでもいい。自分にとって、遠野槙久はどうでもいい人間だ。体面上は遠野志貴の父であることになっているがそれすらもただの偽り。加えて自分は彼とは一度しか会ったことはない。病院から退院し、一度遠野家に戻った時。すぐに有間の家に戻されるまでの一度のみ。故にただの他人も同じ。その死に対して何の感情も湧くことはない。

 

知識として識っている通りの人物だったのか。それともそれ以外の顔があったのか。今はもう知る術はなく、知る気もない。ただ分かることは一つだけ。決して悪人ではなかった加害者はそれに相応しい報いと結末を迎えたということだけだった。

 

そして自分にとって重要なのはその先。遠野槙久が亡くなることによって、新たな当主が誕生し、自分を呼び戻そうとするということ。

 

だがそれに応じる必要も、義務も自分にはない。

 

 

「――――ああ、俺はあっちに戻る気はない。こっちの方が気楽だからな」

 

 

何故なら自分は遠野志貴ではないのだから。

 

 

呼び戻そうとしている彼女もまた同じ。彼女が戻ってきてほしいと願っているのは自分ではなく、本物の遠野志貴。加えて、遠野の家に戻ることは日常ではない、非日常に身をゆだねることと同義。例え直死の眼を持ち、遠野志貴の体を持っていようとも自分は自分。そんな世界で生き残ることができる術など持ち合わせてはいないのだから。さらに加えるなら

 

 

「それに、都古の面倒もみないといけないからな。来年には中学生なんだからもっとしっかりしてくれよ」

 

 

自分は今の生活を気に入っている。目を開けることができず、目が見えない生活を強いられてはいるものの、何とか生きていけている。血は繋がってはいないが、自分のことを気に掛けてくれる人達がいる。ならこの日常こそが自分がいるべき場所なのだから。

 

 

「っ!? ほ、ほんと……!? や、やった……じゃなかった、今のどういうこと!? あたしがお兄ちゃんの面倒を見てるんだから! 間違えないでよ!」

 

 

思わずガッツポーズを取りそうになりながらも都古は慌てて誤魔化し、食ってかかって行く。志貴には見えていないのでバレなかったと安堵するも、目が見えていない志貴でもバレバレな有様。だが胸のつかえが取れたかのように都古は安堵と満足気な表情を浮かべながら志貴の手を取り歩きだす。溜息を吐きながら、志貴もまた満更でもなさげな笑みを浮かべながら付いて行く。それが志貴と都古のいつも踊りの、賑やかな日常だった――――

 

 

 

「ただいまー! お兄ちゃんも一緒に帰って来たよー!」

「ただいま」

 

 

ドーンという登場音が聞こえてきそうなノリで都古は自宅の玄関のドアを開け開く。どうやら先程のやりとり、もとい自分が有間の家から出て行かないと分かったからいつもよりハイテンションになっているらしい。自分の声も完全にかき消されてしまっている。

 

 

「早くお兄ちゃん! 今日はあたしと一緒に出かけてくれる約束でしょ?」

「分かってるさ……だからそんなに焦るなって。せめて着替えさせてくれ。流石に学生服で店に行くのは勘弁だ」

 

 

頭を掻き、杖で位置を確認しながら志貴は玄関で靴を脱ぎ、段差を登らんとする。だがふと、手を止めてしまう。それは違和感。杖から伝わってきた自分の物ではない靴を触れてしまった感覚。自分だけでなく、都古の父でも、母の物でもないであろう感覚。それが何であるか都古に確認する前に

 

 

「おかえりなさい、志貴、都古。志貴、突然だけれど、お客様がお見えになっているわ……」

 

 

都古の母である有間啓子が二人を出迎えながら、志貴の疑問に答える。だがその声はいつもとは明らかに違う。どこか言いようのない感情を含んだ物。例えるなら自分に対する後ろめたさ、申し訳なさ、そんなものが滲んでいる。それが何を意味するか問うまでもなく

 

 

「――――お邪魔しています。お久しぶりです、兄さん」

 

 

聞いたことがないはずの、聞き慣れた声が自分に向けられる。もはや眼を開く必要もない。それほどまでに印象的な、彼女の在り方を形にしたような凛とした音色。

 

 

『遠野秋葉』

 

 

今、八年の時を超え、逃れることができない『遠野志貴』の因果が巡ってこようとしていた――――

 

 

 


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