やはり俺の幼馴染と後輩がいる日常は退屈しない。 作:あべかわもち
「ねぇねぇせんぱーい!私のお弁当見てくださいよぉ。美味しそうですよね?思いますよね?思わないとか意味わかんないんですけど」
「まだ何も言ってないからね?それなのに、なんで否定したことになって怒られないといけないの?」
俺のマイベストプレイスでの昼食。いつもなら、爽やかな風と静かな空間が暖かく俺を迎えてくれる。さらにテニス部の熱心な練習風景から漂う青春の色は俺を図々しくも彼らの親にでもなったかのような豊かな気持ちにさせてくれる場所。穏やかな時間、マジプライスレス。
そんな素敵空間を独り占めするべく、購買で買った焼きそばパンに手をつけようとしたところで声をかけられた。そう。例のごとく一色が現れたのだ。なんでいんの?と聞いた俺の言葉は当然のように無視されて、一色は俺の左側に座りこむ。そしてイソイソと距離を詰めてきて、身体ごと俺にもたれかかって、そのほわほわした甘栗色をした頭を俺の肩にくっつけてくる。甘い柑橘系の香りに少しだけクラッとしながらも、そろりと一色の様子を伺うと鼻歌なんか歌って上機嫌のご様子。楽しそうだからまっいっか。
数分にわたって俺の心臓に悪い時間が続いていたが、思い出したかのように小さいバックから弁当箱を取りだし、冒頭の言葉にあるように、パンを食べようとしている俺に向かって己の弁当箱を見せつけてくる。おまけに、「私きれい?」と聞いてくるどこぞの都市伝説ばりに「美味しそうですよね?」と問いかけてくる。一体なんなのなの?
「うふふ。せんぱい?私のお弁当食べてみたくなりましたよね?」
「いや、別に。つーか、購買のパンあるし・・・っ!ちょ、まっ!」
俺に問いかけてきたときは楽しそうな表情だったのに、俺の言葉に一瞬で無表情になり、無言でポカポカ俺の胸を叩いてくる一色。痛くはないけど意味わからん。なんなんだこいつは。そういやこの前も駅前のショッピングセンターで叩かれたっけ。
「うふふ。せんぱい?私のお弁当食べてみたくなりましたよね?」
「またかよ・・・だから、購買のパンがだな」
「そんな、ひどい・・・うふふ。せんぱい?私のお弁当食べてみたくなりましたよね?」
「どこぞの囚われてしまった姫かよ!?」
まさかのループ仕様だと!?一色がまさかの囚われの姫だったとは。そりゃあこいつの容姿なら、初対面でその場所が場所であれば、そうだと言われて信じないでもない。ただ、今朝も一緒に朝食を食べた俺からすれば、その時の所帯じみたこいつからは高貴さとかは感じなかったけどな。つーかこいつ絶対俺のゲームパクってやりこんでるだろ。古いからそろそろ動くかどうかヤバいはずなんだが。
それにしても。なんでさっきからこいつは身体をぴったりと俺に寄せてくるんだ。おかげで高校生男子にとっては大変光栄でありますという状態に陥っている。彼女の身体と密着してるってことなんだが、ちとまずい。いや、かなりまずい。こいつ案外着痩せするタイプなのな、とかわかってしまうし。さらに煩悩と脳内で繰り広げられるディスカッションの内容と身体に張り巡らされたセンサーから感じる刺激によって困ったことになりそうだ。誰か助けてくれよ。あ、いやいや神はいないんだっけ。
「あれ?ヒッキーといろはちゃんだ。やっはろー!こんなところで集まって楽しそうだね!」
「あなたが神か」
「ふぇ?か、髪?ひ、ヒッキ―よく気付いたね。実は昨日美容院行ってきたの!毛先を整えるだけだったから意外かも・・・案外ちゃんと見てくれてるんだ」
いけね。頭で考えていたことがつい口から出てたな。てか美容院?いやいやなんか勘違いしてないか。てーか毛先を整えるってそんなに重要なんですか?正直、言われてから見ても全くわからないんですが・・・
「ちっ」
いま、この囚われ癖のあるお姫様は舌打ちしませんでした?とても小さかったから、由比ヶ浜には届かなかっただろうけど。
「それにしても結衣先輩、どうしたんですかぁ?」
(私とせんぱいの愛の時間を邪魔するなんてどういう考えをしているんですか!せっかくの甘い時間が台無しですよ。しかもせんぱいは結衣先輩の髪型のちょっとした変化に気づいちゃうし・・・まったくもうせんぱいはナチュラルに女性を口説く節操なしさんですね。やっぱり一度本気で禅寺の修行をしてきたらどうですか。私が時々顔を出して通い妻的ポジションを獲得してあげますからせんぱいも本望ですよね!あっなんかそれでいい気がしてきました。後はどうやって雪ノ下先輩にせんぱいを引き渡すかですね・・・)
舌打ちした瞬間、彼女に寄りかかられてる俺は一色の身体からどす黒いオーラが噴出しているのを肌で感じるも、一瞬で態度を軟化させ、いつも通りの挨拶を由比ヶ浜に返すこいつに驚かされる。こわっ!女子ってこわっ!てか、一色さん、なんかさっきより近くないですか?あと、なんか本音が漏れてますよ?てか長いし、結局俺を貶める作戦じゃねぇか。
「えっとね?ゆきのんと一緒にご飯食べてたんだけど、あっ優美子も誘ったんだけど、別クラスの友達と昼ごはん食べるから今日はパスだって言われたから、二人だけだったの」
「三浦先輩は人気者ですね。誰かさんと違って」
「うるせーよ」
「あはは!二人とも相変わらずだね。えっと話続けるけど、私たち二人とも飲み物を用意するの忘れているのに気づいたんだけど、せっかくだからじゃん負けした方が二人分買いにいこうよって言ったんだ」
「なるほど。それで結衣先輩が負けて買い出しの途中にここを通りかかったんですか」
「そういうこと」
「それにしてもよく雪ノ下がそんな勝負に乗ったな。リア充御用達のそんなクソゲーをやるとは思えないんだが」
「ヒッキー、リアじゅう?に対して当たりきつくない?」
「結衣先輩。せんぱいは、リア充への嫉妬心から彼らに宣戦布告をして平塚先生にお仕置きされたんです」
「ただの八つ当たりだ!?」
「なんのことかしら?」
「もしかして、雪ノ下先輩の真似ですか?微妙に似てますね・・・でもそのドヤ顔がウザイので腹立たしいです」
俺の会心の雪ノ下真似は不評なようだ。自信あるんだけどなあ。
「それで、結局雪ノ下はどうして乗ったんだ?」
「えっと、この前ヒッキーが教えてくれたように「ゆきのんも負けるのが怖いんだね。わかります」って言ったら「ちょっと待ちなさい由比ヶ浜さん。誰に言われたかは知らないけれど、そんなんでこの私が勝負を受けるとでも思っているの?そう。そういうこと。わかったわ。この勝負受けてあげます」って。じゃんけんして負けた私が部屋を出る時に小さくガッツポーズしていたゆきのんは可愛かったなあ」
「なるほどそれで」
「その光景は鮮明に目に浮かぶな」
きっとあいつのことだから本気で嬉しかったに違いない。ていうかお前のそれ、物真似だとしたら、恐ろしいほど似てないな。
「あ、そうだ。ヒッキーに伝言もあったんだ。たしか「比企谷くん。今日の部活を楽しみにしてなさい」って」
「今日、部活休みます」
「ダメだよヒッキー。部活はちゃんとやらないと」
「そうですよせんぱい。真面目にやらないせんぱいはいろは的にポイント低いです」
さいですか。雪ノ下のことだから三浦にもすでに手を回して逃げられないようにしているに違いない。といいつつなんとか逃げられないものかと画策する俺だったが、そんな俺の思考を全て消し去るような事態が起きた。それは転がってきた1つのテニスボールと1人の女生徒によってもたらされた。
「ごめんなさーい!ボールそっちに行きませんでした?」
来た来た来た来た来たぁああああ!!なんだこの天使は!!破壊力が天元突破しているじゃないか!!そうまるで彼女は神がつくりし芸術作品のような少女であった。華奢なその身体は守ってあげたくなる俺の庇護欲をそそってやまない。さらに、そのボーイッシュな短めの髪は彼女の細い首筋や白い透き通るような肌を我らのような愚民に見せつけるための増幅装置のようでもある。また、可憐な唇やスッと通った鼻筋、そしてパッチリとした瞳や長い睫など、挙げればキリがないくらいに彼女は魅力的だった。すでに八幡による天使認定済みの小町と先日であった城廻妹「もう八幡ったら。栞、でしょ?うふふ」・・・はい。栞の2人に加えて、3人目の天使と認定していいだろう。これだけテンションが上がっていながら、まだ一度も言葉を交わしていないのだから天使もなにもないだろうとは思うのだが、この超絶美少女は間違いなく性格まで天使であることに、一点の曇りもなく俺は信じて疑わなかった。
「彩ちゃーん!やっはろー!」
「あ、由比ヶ浜さん。うん。やっはろー」
なにあれ可愛い。なぜ彼女がすると、あの変な挨拶があんなにも魅力的になるのか。これも天使の持つ力か。
「ボールってこれのこと?」
いつの間にかその手にテニスボールを持っていた由比ヶ浜は、突如現れた天使に見せて確認をとる。
「あ、やっぱり来てたんだ。どうもありがとう」
なんだそのニコッとした笑顔は。俺の横でニコッと笑いながら脇腹を思い切り抓っているどこぞの囚われの姫なんかのそれと比べ物にならないくらい魅力てkいたたたたた!!ごめんなさい!調子に乗りました!!
俺と一色の無言の攻防戦が繰り広げられる中、由比ヶ浜と3人目の天使の会話は続く。意図的に無視しているのか、俺のステルスヒッキ―が猛威を振るっているのか判断に迷うところだが、彼女が天使なことを思うとやっぱり後者が正しいのではないだろうか。
「彩ちゃんはなにしてたの?」
「昼錬だよ」
「あ、そっか。彩ちゃんテニス部だもんね」
「うん。えっと、比企谷くんだよね?こんにちは」
「お、おお、おぅ。こ、こんにゃちわ」
「せんぱいキモいです」
「うっせ」
こんな天使が急に俺に話しかけてきたんだ。キョドっても仕方ないだろ。
「あの、そっちの君は初めましてだよね?名前を教えてくれるかな?」
「あ、えっと、い、1年の一色いろはでしゅ!」
「一色いろはさんだね。僕は2年の戸塚彩加です。よろしく」
「は、はい!」
おぉ。この彼女は戸塚彩加というのか。なんとも本人の容姿と名前がマッチしていること。素晴らしい。さらに同じ2年だと?まだまだ知らないことがたくさんあるようだ、それよりも問題は一色だ。人にキョドってると突っ込んでおいて自分もとはなんなのか。
「お前もキョドってんじゃねえか」
「う、うるさいですね。たまたまタイミングが悪かっただけです。細かいことばっかり言ってるとモテないですよせんぱい」
「いろはちゃんの言う通りだよ。ヒッキーったらなんでそんなに細かいの。マジキモい!」
「あははは!3人とも仲いいんだね!僕、とっても羨ましいな」
「これから俺たちだって仲良くなればいいじゃないか」
ほぼ反射的に出た俺の言葉は自分でも驚くほどキザな台詞だった。
「・・・え?それって僕とも仲良くしてくれるってこと?」
「あ、あぁ。初対面から少しずつ言葉を交わして、色々なイベントを共にして、仲を深めていっていつかは・・・」
いつかは・・・ね?あれ?一色さん、なんでスマホにそんな高速で文字を打ち込んでるの?いったいどこに出そうというのかね?
「あ、ありがとう!僕の方こそ、仲良くしてくれると、嬉しいな!」
あらいやだ。やはりこの子天使だわ。
「あれ?ヒッキー知らないの?」
「あん?何をだよ」
「彩ちゃんは、私たちと同じクラスだよ」
「なんだと!?」
ばっと戸塚を振り向くと、その表情にはやや困惑気味な薄い笑みが浮かんでいた。
「う、うん。だから比企谷くんを知ってたんだよ」
驚愕の事実に驚くばかりだが、なるほど言われてみればなぜ俺の名前を知っていたのか。といっても、俺のような隠れキャラを目敏くも知ってくれているなんて、どんだけ天使なのか。たぶん今のクラスメイトの多くに俺のことを聞いても「比企谷?だれそれ?」ってなるに違いない。
「ありがてぇありがてぇ」
「そのキャラなんだし!?」
「ばっか!お前、戸塚に対して頭が高いぞ。俺みたいなボッチを見守ってくれる天使なんたから」
「僕は比企谷くんがボッチって思わないけどなぁ。だって、三浦さんとは凄く仲良さそうだし、最近は由比ヶ浜さんともよく喋ってるよね?」
「そうなんだよな。なんでだろ?腐れ縁ってやつだからか?由比ヶ浜はわからん」
「疑問系!?・・・ちょっと優美子に同情するかも。てか、あたしのことわからんってなんだし!」
アホのこの子の抗議は長くなりそうだからとりあえず置いておこう。
「そもそもだが、俺が女子と仲良くできるわけないだろ?」
「まぁ先輩が、私以外の、女子と仲良く談笑なんてできると思わないですけど。しかもこんなに可愛い女の子相手なんて話題も合うわけないですもんね!」
「ぐ!事実だけに否定しづらい!」
「事実なんだ!?」
「ね、ねぇ」
手の指をもじもじとしながら、戸塚は俺たちに向けて声をかけてくる。いけね。仲間外れにしてしまったことに罪悪感を覚えながら彼女の続きの言葉を待ったが、彼女の口をついて出た言葉は驚くべきことだった。
「あの、僕、男の子なんだけど・・・あはは」
「は?」「へ?」
この戸塚彩加という女生徒は今なにを言った?この世の言葉と思えないようなことを言ったような。
「あれ?私、言わなかったっけ?戸塚彩加くんって・彩ちゃんは正真正銘、男の子だよ」
「「ええぇぇえええ!?」」
俺と一色の絶叫がベストプレイスに響き渡る。この世には大変奇妙なことがあるもんだ。事実は小説よりも奇なり。まさしくその通り。それもこれも、神様の茶目っ気たっぷりな遊び心といったところか。
おめでとう!ついに3大天使が出揃ったぞ!