やはり俺の幼馴染と後輩がいる日常は退屈しない。 作:あべかわもち
「せんぱい!こっちですよ!」
駐輪場にやってきたせんぱいを出迎えながら、大きく手を振る。
せんぱいはそんな私を見つけてギョッとした眼で周囲を伺っている。周りに誰かいないか気にしながら呼びかけましたから大丈夫ですよ?正直、私は別に噂になってもいいんですけど(むしろなれよ)、せんぱいはなぜか嫌がるんですよね。
「なんでいんの?ていうか一色、あんまり大きな声出すなよ。噂になったら社会的に死ぬだろうが。全面的に俺が」
「大丈夫ですよ。周りに誰もいないようですし」
ほらやっぱり。
どうやら入学したばかりの私に変な噂が立たないようにと思っているようです。
そんなせんぱいの照れ隠し半分、私への心配半分の気遣いに思わず心が躍ります。
だから、私もせんぱいの気遣いを無下にしないように配慮しているんですよ。
ふふ。こんな後輩はいろは的にポイント高い!
「それに、もしせんぱいが社会的に生きれなくなっても、私だけはせんぱいの味方ですよ?」
そういいながら、そっとせんぱいに近づいて、せんぱいの顔を下から覗き込む。せんぱいは顔をさっと逸らしましたけど、眼が泳ぎ気味で頬が若干赤いのは見逃してませんよ?
「それは大丈夫だ。俺には小町がいるからな。小町さえいればこのクソゲーの世の中でも生きていける」
「もう!シスコンはいろは的にポイント低いですよ」
ちょっと拗ねたように頬を膨らまし気味に抗議する。このあたりはさすがにあざといかな?とも思いつつ。
小町ちゃんと過ごすようになってから年々行動が似通ってると、入学したての頃にせんぱいに言われたことがある。
じつはちょっと意識しているのでこのせんぱいの発言は私にとって嬉しいものだった。
だって小町ちゃんに似てるってことは小町ちゃんと同じように私のことも大事に思ってくれているってことだしね(もちろんただの勝手な解釈です)。まあ妹的なあれというのは少し複雑ですけど。
「あざとい。つーか、いつからお前もポイント制になったんだよ。そういや小町ポイントいくつ貯まったら景品もらえるんだろ」
「たぶん小町ちゃんはそこまで考えてないんじゃないですかね」
「だよな。小町だしな」
「ふふ。あ、でも私の場合はもちろん景品ありますよ?」
「ほう?一体なにをくれるんだ?」
「なんで私の身体を嘗め回すように見るんですか・・・は!もしかしてせんぱい私に身体でご奉仕的なことを期待してますか?すいませんもう心の準備はできてますしむしろいつでもウエルカムなんですけど状況というかタイミング的に初めてはもっとロマンティックなのがいいので別の機会に改めて出直してきてくださいごめんなさい!」
「嘗め回すってなんだよ。ただお前の方を向いただけだろうが。というかただポイントの景品を聞いただけでも振られるの?」
「お前って・・・もしかしてこれは今後私はせんぱいのことをあ、あなたって呼べっていう遠まわしに口説いているんですかそうですよね!?」
「おうふ。続けて振られ・・・てない!?あれれ?ちょっと一色落ち着け」
「は!すみません。取り乱しました」
いけないいけない。一瞬我を忘れてしまった。いつもの癖で反射的に断ってしまいました。ちょっと勿体なかったかな。でも続けて私をテンパらせるとはやりますねせんぱい。
「まあどうでもいいけど。じゃあ帰るか」
「そうですね。ふふん。こんなに可愛い後輩と下校できるなんてせんぱいは幸せ者ですね」
「あーはいはい嬉しい嬉しい」
「せんぱい心がこもってないです。やり直しを要求します」
「うっせ」
そうです。ここでせんぱいを待っていたのは一緒に下校しながら放課後デートにしゃれ込む計画を立てたからでした。
というのも、今日は幸運なことに三浦先輩はクラスのお友達と一緒に遊びにいくらしく(せんぱいと違ってクラスメイトとも友好的な関係を築いているようです)、
奉仕部の先輩方(私はクッキーしか印象が、うぅ頭が)も用事があるとかで部活が休みだとせんぱいが昼休みに教えてくれました。
これはチャンスです。善は急げと5限の授業中に大急ぎでプランを練って(主に部活をサボる口実)、放課後、せんぱいが必ず現れる駐輪場で待ち伏せしていました。
途中何人か同学年の男子と喋った気がしますけど、校舎出口を見張るのに全神経を使っていたので、あまり内容は覚えてないんですよね。
もしかしたら明日噂がたっているかも?気遣ってくれてるのに、せんぱいごめんなさい!
想い人と二人きりで下校する。
これだけ聞くと青春の甘酸っぱいワンシーンと誰もが言うんじゃないでしょうか。
青春を全否定しているせんぱいも、さすがに何か感じるものがあるのか、それとも夕日で茜色に染まっただけなのか、若干顔が赤いような気がします。前者だったら嬉しいな。でもないか。せんぱいだし。
「それでですね、対戦相手のマネージャーまで葉山先輩を応援しだしまして、もう傍目からみても対戦相手は意気消沈してましたよ」
「ほう。葉山はついにあの素敵スマイルで試合を支配できるようになったのか。対戦相手に同情するわ」
「もうほんとカオスだったんですよ。シュートを打とうとした葉山先輩を止めた相手校の選手がなぜかそっちのマネージャーからブーイング受けてるんですから」
「なにそれ怖い。もはや葉山対その他だな」
「ですよね。私なんか対戦相手に同情しちゃって、どっちのマネージャーだったのかわからなくなりました・・・」
私たちは連れだって歩いて下校しながら、他愛もない会話をしている。
ほぼ私から話題を出して、先輩がそれに答えるスタイル。せんぱいはいつも口数は少ないが、話題を出したらしっかり答えてくれるし、たまに饒舌になる。
そして私が欲しい言葉を、ほんとに唐突に溢すんですよね。それが憎めないというか、言わしたくなるというか。
ちなみに、自転車の二人乗りはポイント高いけど、少しでも長くせんぱいと喋りたいからあえて歩いて帰りましょうとお願いしてみた。
最初はわざわざ歩くのは面倒くさいと渋っていたものの、小町ちゃん直伝上目遣いによって折れたのはせんぱいでした。
どんだけシスコンなんですかこの人。
「あ、そうだせんぱい。私この後買い物に寄るんですけど」
「そうなのか?じゃあまた」
そう言って自転車に跨がりペダルを漕ぎ出そうとする。
「は?」
「こえーよ。とうやったらそんなに低い声が出るんだよ一色・・・」
いけないいけない。つい意味わからない行動をとるせんぱいに本音が漏れてしまいました。
「えーとですね。私は今から買い物にいくじゃないですか?じゃあ荷物が増えてしまいますよね?だから男手がないと困るじゃないですかー」
「後日改めてお父さんと来たらいいじゃないですかー」
「なんですかそれ。私の真似ですか。は!それはお父さんと呼ばせてくださいという外堀から埋めていくプロポーズですかそうなんですねでも私にも理想のシチュエーションがあるのでやり直しを要求しますごめんなさい、ってそうじゃなくて!」
「今日はいつにも増して振られてるなぁ。てか、ノリツッコミとか元気だな」
「もう!全く話が進まないのはせんぱいのせいですからね」
「なんでそこで俺のせいになるんだよ」
「とにかく!可愛い後輩との買い物デートに付き合わせてあげます」
「なんで上から目線なんだよ。ああもう。わかっからそんなに引っ付くな!」
せんぱいの言質をとれたことに嬉しくなる。ふふ。やりました成功です!
「ありがとうございます!せんぱい!じゃあ行きましょうか」
「お、おう」
私はせんぱいを先導して少し先を行く。
溜息をつきながらもカラカラと自転車を押しながらついてきてくれるせんぱい。
その事実は私を嬉しくする。
やっぱりなんだかんだ構ってくれるせんぱいが私は大好きみたいです。
―駅前ショッピングセンター
「んで結局なにを買うんだよ?」
「もうせんぱい女の子を急かしたらダメですよ?私だから特別に許してあげますけど。この後は本屋に行ってなにか適当な参考書でも見繕ってもらおうかと思っていまして。せんぱいに」
「あぁなるほど。それが目的だったのね」
「えへへ。ばれちゃいました?今のところ授業がわからないとかはないんですけど、経験者の意見を取り入れて高校デビュー成功した素敵な私演出みたいな」
小首をかしげながらにこっと先輩に向けてウインクを決める。
「はいはいあざといあざとい」
「なんですとー!」
モールの中にあるスイーツ屋さんのイートインコーナーでせんぱいと休憩中。
さっきまでアクセサリーショップとか服屋さんとか周っていましたけど、あまりパッとしなかったんですよね。
まぁ今日はせんぱいと居られることが重要ですから別にいいんですけど。
今度はららぽとか足を延ばして東京までせんぱいを連れ出してみようかな。
ふふ。東京の人混みにせんぱいが愚痴をこぼすのが目に浮かぶようです。
「ん?」
私がせんぱいとの次のデート(確定)について思いを馳せていると、せんぱいはイートインコーナーから見える通路の方を向きながら、なにかつぶやいている。
もう!こんなに可愛い後輩と一緒にいるのにこっちに視線を向けないとかどういう神経しているんでしょう。
「もう!せんぱい。私というものがありながらよそ見ですか。もうこれはいろは不敬罪によって即逮捕ですよ」
「なんで聞いたこともない罪状で逮捕されないといけないんだよ・・・それより、ほら」
そういってせんぱいは顎をそっちに軽く向けるようにして、私もそっちを見るように促してくる。
「いったいなんなんですか・・・あれ?あの子」
せんぱいに促されて通路の方を向くと、そこには今にも泣きだしそうな顔をしながらきょろきょろと辺りを見回す小学生高学年くらいの女の子が立っていた。
身長はそんなに高くないけど落ち着いた雰囲気からか若干大人びてみえる。
すでに時刻は夕方ということもあり、私たちと同じように女の子をチラッと見る人もいるのだが、急ぎ足で我関せずとすぎ去ってしまう。
その女の子は女である私から見てもの凄く可愛かった。肩くらいまで伸びた黒髪を緩くパーマでふんわりさせていて、服装も大人しめながらも可愛らしい白のワンピース。そして今は涙が溢れているくりくりとした大きな瞳をした顔をみていると女の私でも庇護欲をそそられる。
将来がとても楽しみであると同時に、いつまでもそこにいるとよからぬことが起きるのではと心配になってくる。
「・・・ちょっと行ってくるわ」
「え?ちょっとせんぱい!?」
一言行ってくると告げたせんぱいは、私を残して席を立ち、今は俯いている女の子に近づく。
せんぱいは膝をついて女の子の目線に合わせて声をかけている。
あ、やっぱり女の子がビクッとしている。
はぁ、もう全くせんぱいは。
私もせんぱいを追いかけて席をたつ。
もちろんせんぱいが置いていったカバンも持っていきます。これはポイント高いですよね?せんぱい。
「どうかしたのか?」
「え、えっと、あの」
「ん?」
「ひ!」
「・・・もうやだおれ帰る」
「せんぱい。人にビクつかれるのは得意じゃないですか。なんで喋りかける勇気はあってもそんなに打たれ弱いんですか」
「ちげーし。おれはそんな打たれ弱くねーから。ただ小町より年下からビクつかれる経験がなかっただけだ。よって俺のせいじゃない」
なにわけわかんないこと言ってるんですか・・・
「なにわけわかんないこと言ってるんですか・・・」
思わず心の声とシンクロしたじゃないですか。あ、女の子が今にも泣きそう。
しまったフォローのつもりがせんぱいに突っ込むのに夢中だった。仕方ないせんぱいですね。
「ここは頼れる後輩である私にお任せください」
「ほう。じゃあお手並み拝見といこうか」
せんぱいの煽りを背中に受けて、私は女の子と向きあう。もちろん、女の子の前でしゃがんで目線を合わせるのを忘れない。
「えーと私は一色いろはっていうの。こっちのせんぱ、人は比企谷八幡。あなたが一人なのをみかけて気になって声をかけたんだ。よかったらあなたのお名前を教えてもらってもいいかな?」
「あの、その・・・」
「?」
「ママに知らない人と喋ったらダメだって言われてるの・・・だから・・・」
「え」
「く、くくく。い、一色、どん、どんまい。ぐふ」
言われた瞬間。私は顔が真っ赤になってしまう。
なんてよく教育された女の子だろう。
そういえば私も少し前まで両親からそう教えられてたっけ。
あぁだから周りの人たちは我関せずだったのか。というかせんぱい笑いすぎでしょ。しかも堪えながらの笑い方めちゃくちゃキモイんですけど。
「うー!そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!ていうか笑い方が本当に気持ち悪いんですけど。私の半径1km以内に入らないでくれます?」
「それは暗に俺の存在を消したいと言っているのか。というか気持ち悪いっていうなよ。傷つくだろ」
「別にそこまで言ってないんですけど。というかどんだけ打たれ弱いんですか」
「これが小町に言われてたらやばかった。すでに土下座で謝罪しているまである」
「私の認識が正しかったら、その格好は土下座ではないんですか?」
「は!?うわまじかよ。身体が勝手に動いてたとか社畜根性ありすぎだろむしろ有り余ってるまである」
「社畜って・・・社会でてからも土下座で謝罪することは確定なんですか・・・」
「ばっか、お前おれの将来は専業主夫って言ってるだろ。おれが社畜になるとか別の世界線のおれに任せるわ」
「別の世界線とかわけわかんないんですけど・・・は!もしかして社畜になった暁には私のことを養ってやるぜっていう気障なプロポーズのつもりですか?さっき出直してきてくださいって言いましたけど何言っているかわけわかんないんでもう一度出直してきてくださいごめんなさい!」
「長々と語った挙句結局振られちゃうのかよ!」
しまった。ついいつものせんぱいとのやりとりをしてしまった。
今はこんな場合じゃないっていいうのに。
それもこれもぜーんぶせんぱいのせいですからね!
「あは、あははは!お姉ちゃんたちおもしろーい!テレビの芸人さんをみてるみたい」
いつの間にか女の子は泣いていたのが嘘のように笑顔になっていた。
つられて私たちも顔を見合わせて苦笑い。
結果オーライ。
なんとか打ち解けたようだ。
―というかせんぱいってやっぱり私を小町ちゃんと重ねているのかな?