やはり俺の幼馴染と後輩がいる日常は退屈しない。 作:あべかわもち
―午前9時43分
―京葉線稲毛海岸駅改札
「遅い!」
改札を次々と出てくる人混みを見つめながら、ついにお目当ての人物が出てこなかったことがわかった瞬間、つい声が漏れてしまった。
どうやらあーしの声は思ったより大きかったようで、周りにいた人たちが一斉にこっちを向く。
少し罰が悪くなりながらも、ジト目で周りに視線を向けるが、周りの人たちはすでに興味がないようで、こっちを見ている人はいなかった。
あーしはほっとしながら、さも何事もなかったかのようにスマホに目を落とす。
そこには昨日の夜に八幡との会話アプリでの履歴が映っている。
昨日の八幡とのやりとりを思い出して、ふとつぶやきが漏れる。
「・・・ちゃんと来てくれるよね・・・」
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(注:以下、会話アプリでの会話は『 』で、登録名は『』の前についています)
夕食を食べた後、あーしは自分の部屋に戻ってベッドに横たわりながら、スマホの画面とにらめっこしていた。
あーし『明日、稲毛海岸駅に10時だから』
少し唐突すぎる?でも八幡を動かすにはこれくらい強引な内容の方がいいことを、あーしは経験で知ってる。
若干迷いながらも結局文面を変えることもなく送信をタップする。
そう。これは八幡へのデートのお誘い。
いつもなら、あーしは直接伝えて誘うところだけど、これは急に降って沸いたチャンス。逃すわけにもいかないし。
というのも、
小町から『明日、友達とららぽに買い物に行くので、お兄ちゃんのことお願いしますね♪』
いろはから『三浦先輩!サッカー部の練習試合があるんですけど、人手不足で大変なので、明日一緒にマネージャーやってくれませんか!?』と相次いで連絡が来たのだ。
極めつけは、実家がケーキ屋の親戚のお姉さんから『カップル割始めたからよかったら来てね。八幡くんと(ニヤニヤ)』と見透かしたようなお誘いがあったから。カ、カップルに見られているとか、も、もう!八幡には責任とってもらうし!・・・なんのだし。落ち着けあーし。
ちなみに、いろはの文章は
『三浦先輩!!わたし、明日の練習試合に同行しないといけなくなりました・・・ですから、抜け駆けしたら許しませんよ!?わかってますよね!?』
と変換したけど、きっと間違ってないっしょ。そんなにフラなくてもわかってるし。あーしはあの芸人を好きじゃないけど、こいうときには使えるから便利だ。
それにしても。なんであーしが誘いの一文を送るだけでこんなに悩まないといけないのだろう。
どれだけ面倒くさい男なのだろうと改めて実感するも、溜息しか出てこない。
毎回八幡を説得するためにどれだけ気をつかっているのか、一度八幡には理解してもらった方がいいのかもしれない。
その時はいろはにも出張ってもらうから。
『傷ついたせんぱいは私が癒しますから!三浦先輩は安心してせんぱいに愚痴ってくださいね?』
いろはでてくんなし。
てか絶対呼ばないから。
どうやって八幡にあーしの苦労を伝えようかあれこれ考えていると、スマホが振動していることに気付く。
あ、やっと返信きたし。どれどれ。
だーりん『は?』
ちょっと!!一文字だけってなんだし!?
このあーしが誘っているのに、よりにもよって『は?』だけ!?
いやいや落ち着けし三浦優美子。
あいつはこんな風に短文でしか返信してこないじゃん。
ふーふーはーはー
よし、落ち着いた。
あーし『なに?拒否権は認めないし』
だーりん『いや明日は予定があるから』
あーし『え!?うそっしょ!?』
あ、つい食いついてしまった。このアプリはついつい反射的に返事してしまうところがやりづらい。逆にいいところでもあるけど。
てゆーか、なんで八幡に予定があるし!?
小町は友達と出掛けるし、いろはもサッカー部の練習試合に同行するから、明日は久しぶりに二人きりになれるのに!!八幡は嬉しくないし!?
・・・まさか
だーりん『なんで驚いてるのか問い詰めたいんだが』
あーし『・・・誰と?』
だーりん『はい?』
あーし『誰と行くんし!?』
だーりん『いや・・・別に誰とってわけじゃないが』
あーし『本当に?』
だーりん『本当だぞ』
あーし『奉仕部の二人は?』
だーりん『なぜあの二人が出てくるのか知らんが、関係ないぞ。そもそも連絡先すら知らないし』
その後も追及したけど、どれもシンプル極まりない返信が続く。どうやら本当に誰かとの予定があるわけではないと、やっと信じられたのは10回くらい問答が続いた後だった。
あーし『わかった。この件はひとまず置いておくし 』
だーりん『あれだけ説明させてまだ納得しねーのかよ・・・』
あーし『もし明日来なかったら・・・ね?』
しばらく八幡から返事はなかった。
・・・ちょっとしつこかったかも・・・
少しナーバスになってゴロゴロしながら返信を待ったが、期待むなしく時間だけが過ぎていく。
そろそろ寝ようかと思って部屋の電気を暗くした瞬間、スマホが振動していることに気付く。
慌てて画面を確認するが、そこには八幡らしい捻くれた返事がシンプルに表示されていた。
だーりん『気が向いたらな』
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うーん。振り返ってみると、あーし性格悪いかも。というかもしかして嫉妬深いのかな。なんだか自己嫌悪な気分だし・・・はぁ。
「はぁ」
「溜息ついてると不幸を吸い込むらしいぞ」
「それをいうなら幸せが逃げるっしょ」
「いや、溜息ついたあとはまた空気を吸い込むだろ?そのときに周りに幸せがない人間は必然的に不幸を吸い込むだろうが。だから同じことなんだ」
「全く、どんだけ捻くれた解釈をしてんだ・・・し・・・は、八幡!?」
「お、おお。そんなに驚かなくてもいいだろ」
え!?なんで八幡がここに!?いやいや待っていたのは八幡だから、八幡がいるのは至って普通だし!あわてて左手の腕時計を確認すると9時53分。ちょうど電車が到着した後だった。
「ちゃんと来てくれたことに驚いただけだし」
「その反応だと俺が来ると思ってなかったように聞こえるぞ」
「そ、そんなわけないし!むしろ来てくれなかったら泣いてたし!」
「大げさだっつの・・・女王様が泣いてるのはちょっとみてみたいが」
八幡がなにかつぶやいた様だけどよく聞こえなかった。まあどうせろくでもないことを考えているに違いない。
「てか、来るかどうか気にするくらいなら、そもそも家から一緒にいけばよかったじゃねえか」
「・・・それじゃあいつもと同じだし」
「いつもと同じでいいじゃねぇか」
「はぁ、これだから八幡は・・・」
「だから溜息をつくと「もう!さっきも聞いたし!」・・・はい」
まったく八幡はやっぱり八幡だし。デートという自覚がないのだろうか。
でもこうしてバカなことを言い合うだけで、あーしの不安な気持ちは一気に晴れていってしまう。
まいったな。あーしはつくづく単純なようだ。
「八幡、あーしをみてなにか言うことは?」
「・・・よく似合ってるぞ。その服。あと髪型もなんというか、その、いいんじゃないか」
「あ、ありがと」
なんか照れる。今日は気合をいれて最近お気に入りの薄いブルーのシャツワンピを着ているが、季節がら少し肌寒い。それでも褒められればおしゃれを優先してよかったと思える。たとえ誘導的に言わせたとしても、想い人にやっぱり褒められるのは嬉しいものだ。髪型まで気づくとは思わなかったけど。無理言って行きつけの美容院で朝髪型のセットをお願いしてよかった。
ただ、八幡が素直に褒めてくるとは思わなかったらちょっとビックリした。やっぱり少しはデートと意識しているのだろうか?でも、もしそうなら待ち合わせのこともわかれし。
「それでどうすんの?帰るの?」
「帰るとかふざけてんの!?・・・いいからついてくるし」
そういってあーしはさっさと歩き出す。前言撤回。八幡は絶対デートと意識していない。こうなったら徹底的にデートだって意識させてやるから。
「なあ」
「なによ」
「いつまで歩けばいいんだ?そろそろ目的地くらい教えてくれよ」
「ダメ」
「なんでだよ」
「着いてからのお楽しみって言ったっしょ」
さっきからすでに3回目。あーしの隣を歩くアホ毛の少し猫背気味の男はいつもこう。むしろいつもに比べれば少ないくらいだけど。
あーし達は連れだって駅の北口から北東方向に進んでいる。目的地に対して若干回りくどいルートだけど、少しでも長く一緒に歩きたい気分だから問題ない。
かくいうあーしは八幡の左腕に抱きついて、身体を密着させている。
普段はいろはが邪魔をしてくるからなかなかこういった行動はとれない。その反動からか、あーしはもっと八幡にくっつきたくてしょうがなかった。といっても、たぶん駅での八幡とのやりとりも大きな理由だけど。
じつはさっきから、八幡に抱き付きながら、絡ませるように繋いでいる手の指に力をいれてたまに強く握ったりしている。
そのたびに八幡はビクッとして、あーしの顔を見てくる。
抱き付いている分顔が近くてお互いに見つめあう格好になり、八幡は照れ臭いのかサッと顔をそむける。
そりゃあーしも照れ臭いけど八幡の顔ならずっと眺めていられるからいつも顔を背けるのは八幡だ(いつも彼の寝顔を見つめているからだろうけど)。
でもそんな八幡は、そっぽを向きながらも、あーしの指をほんの少しだけ強く握ってくれる。
・・・素直じゃないとこはマイナスだけど、そんな反応が愛おしくってたまらない。まったくもう可愛いんだから!お返しにもっとぎゅっとしてみる(エンドレスループ突入)
この状態のあーし達は、誰がどうみてもただのバカップル。だよね?
住宅街では浮いてるかもしれないけど、あーしにとってはどうでもいいこと。
八幡もこの状態を嬉しく思ってくれてたらいいんだけど。
「とはいってもだな。目的なく歩き回れるほどおれの日曜日の休日は暇じゃないんだが」
「いつもテレビの前でぷりなんとかってアニメ見てるだけじゃん」
「プリキュアな。あの良さがわからないとかマジかよ。横でいつも一緒にみてるじゃねぇか」
八幡は少し不満そうな顔をする。
「あーし、別にアニメ興味ないし」
「おいおいじゃあなんでいつも家までやってきて俺の隣で見てるんだよ」
「べつにあーしの勝手っしょ」
「でたよ千葉のエリカ様」
「うっさい!」
本当に理由がわかっていないんだろうか?いいかげんその鈍感具合(時々鋭いときもあるから、本当に振りかどうか判断しづらい)をやめてほしいんだけど。まあ急にわかられてもそれはそれで困るか。
「わかったよ」
「え!?なにを!?」
「?どこにいくかはもう聞かないって意味だが」
「あ、あぁそういうこと・・・全く紛らわしいし」
あーしの心の声に被らせるなし。
というか八幡には心を読む能力はないんだよね?
「それはそれとして…あのさ、さっきから左腕にまとわりつくのをやめてくれません?」
「なんで?」
「なんでって、そりゃ暑苦し「ん?」・・・なんか、は、恥ずかしいし」
照れてる八幡はなんか可愛い。あっ耳が赤くなってる。でもキョドった態度とその濁り気味の眼はマイナス。なんというか、少し前に流行っていたキモカワってやつ?
いやいや八幡はキモくないし!むしろ・・・
「これくらいで恥ずいとか小学生かっての」
あーしは頭に浮かんできた素直な感想を頭の端に追いやって、八幡にからかいの眼を向ける。ついでに抱きつきを強くすることを忘れない。
「ニヤニヤしすぎだろ。どんだけ俺をからかったら気がすむの?」
「べつにからかってないし。あーしとこんな風にデートできて、八幡は嬉しいっしょ?」
「べつに」
「素直じゃないし。てゆーかあーしの真似しないでくれる?」
誰よりも近くで八幡とあーだこーだ喋りながら一緒に歩く。
あーしにとってはこれが最高の時間。あーしが落ち着いて自分らしくいられる時間。こんな時間がずっと続いたらいいなんて思う。
でもさすがにいつまでも目的なく歩き続けるのは八幡に悪い。
「あ、そこ右だから」
嘘。左に曲がれば目的地にすぐにつく。
だからこれはあーしのわがまま。
傲慢。
少しの罪悪感も大きな期待に負けてしまうあーし。
ごめんね。
でもあと少しだけ。
もう少しだけなら、遠回りしてもいいよね。